多分続かない。
ねぇ、お姉さん。
「なんだい少年?」
お姉さんはここで何をしているの?
「ここでこの地に住む子供達を見守っているのさ、こう見えて、ワタシはカミサマだからね」
木々の隙間を風が通り抜けていく、冷たい風がボクの頬を撫でていく。
「少年はここに何をしに来たんだい?」
そう聞かれて初めて、ボクは初めて疑問に思った。
ボクは一体、なんでここにいるのだろうか。
辺りには木々の他に何もなく、ただ一面を紅葉の帳が覆っている。
「もしかして、友達とはぐれたのかい?」
お姉さんの問いかけに、首を横に振り、わからないと告げる。
するとお姉さんは顔を曇らせてボクを見つめてくる。
「あぁ、迷い込んでしまったのか」
「しょうがないなぁ」
そう言ってお姉さんは、スタッ と木の枝から飛び降りてきた。
「ほら」
スッとお姉さんが手の平を差し出してくる。
「掴んで、お姉ちゃんがキミを連れて行ってあげるよ」
お姉さんの手の平にボクの手の平を重ねると、ギュッ とお姉さんの手が僕の手を掴んだ。
「本当は、カミサマが人の子に過度に接するのは、あんまりイイコトではないんだけどね」
お姉さんがボクの手を引きながら紅い森の中を歩き始める。
「キミ、名前は?」
ナマエ••••ボクの名前はなんだったろうか。
ボヤけて霧がかかっているアタマでは、思い出そうとしても思い出せない。
「ダメか。その調子じゃ、親のこともどこから来たのかもわからなそうだね」
「一度拾ってしまった命だ。投げ出してしまうのも目覚めが悪いか」
ザァザァと木々がざわめく音が聞こえてくる。
ボクの手を握りしめているお姉さんの手は、ほんのりと暖かかった。
「このまま、ワタシの家に向かうけど、いいかい?」
ピタッと止まったかと思うと、顔だけコチラに向けて、そう問いかけてくる。
その問いに首を縦に振ると、「そっか」と言って、ボクの手を引き歩き出した。
「紅野だ」
お姉さんの顔を見上げる。
「キミの名前、紅野。どうだい?」
紅野。それが、ボクの名前。
「気に入ったか、よかった」
そう言ってお姉さんはハッハッハと笑った。
お姉さん。
「うん?」
お姉さんの、名前は?
「ワタシの名か。そういえば名乗ってなかったね」
「諏訪子。ワタシの名前は洩矢諏訪子だ」
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──
「諏訪子様」
「諏訪子様、おきてください」
「ん、ん〜」
モゾモゾと布団がうごめく。
「朝ごはんの時間です。遅くなると、また早苗に怒られてしまいますよ?」
「こーや、あと5分•••」
布団の膨らみからそんな呟きが聞こえてくる。
困ったな•••。
「お願いします、起きてください」
シーン。
ダメだ、二度寝をするつもりだ。
「諏訪子様、もう一度言います。起きてください。」
1、2••••、胸の中で10数える。不敬ではあるが、仕方がない。
布団を掴むとガバッと捲る。
「何をするのさ」
「自分で起きてくださらないからです」
不満げにしているが、こればかりは仕方がない。
後で早苗に怒られるよりはマシだと思っていただく他ない。
「先に行ってますよ」
諏訪子様の部屋を出て居間に向かうと、学生服の上にエプロンを付けた早苗さんが机に朝ごはんを並べていた。
「紅野君、おはようございます。諏訪子様は?」
「おはよう。今起こしてきたから、もう少ししたら来ると思うよ」
そう言って襖を閉めて居間に入ると、早苗の他にも人影があった。
「神奈子様、おはようございます」
「うむ、おはよう紅野」
既に座卓に座っている神奈子様に挨拶をして、俺は冷蔵庫の前に向かうと、冷蔵庫から麦茶を取り出して、人数分のコップを手に座卓へと向かう。
神奈子様は座卓で頬杖をつきながらテレビを見ている、テレビでは若いお天気お姉さんが、1週間の気象情報を伝えてくれている。
コップを机に並べて、神奈子様のコップにお茶を注ぐ。
「おぉ、ありがとう紅野」
そう言って神奈子様はコップを手に取りお茶を飲み、再び目線をテレビへと向けた。
「紅野君、お茶ありがと」
キッチンからエプロンを脱いだ早苗が戻ってきて、座卓の自分の席に座る。
「諏訪子はまだ来ないようだし、先に食べてしまおうか」
神奈子様がそう言って手を合わせたので、ボクと早苗も手を合わせて食前の挨拶をした。
机の上を見ると、白米に味噌汁そして焼き魚に漬物と、美味しそうな食事が並んでいた
漬物を白米に乗せ、一緒に口へと運ぶ。
今日の漬物は、戸隠大根の「しば漬け」だ、ダイコンのパリパリとした食感と酸味の利いた味が白米によく合うのだ。
食事を進めていると、スススッと静かに襖が開き、寝巻き姿の諏訪子様が顔を出した。
目を擦りながら、トボトボと座卓に座ると、早苗が諏訪子様の分のコップにお茶を注いだ。
昨日は遅くまでお酒を飲んでいたせいか諏訪子様は少し気分が悪そうだが、一緒にお酒を飲んでいた筈の神奈子様はお元気そうだ。
味噌汁を手に取りズズズっと啜ると、「はぁ」と息をついた。
「紅野君は今日は部活はお休みでしたよね?」
「うん」
俺は高校の剣道部に所属している。
「申し訳ないのですが、帰りは買い物に付き合っていただけないですか?」
「いいよ、荷物持ちは任せて」
朝食を食べ終えると、荷物を纏めて早苗と2人で玄関へと向かうと、神奈子様も玄関までやってきた。
「2人とも、車に気をつけてな」と手をヒラヒラとさせながら神奈子様がそう告げると、
「勉強頑張るんだよ〜」と諏訪子様は、居間から顔だけひょこっと出して見送ってくれた。
玄関を出て早苗と2人で通学路を歩く。
「今日は三限持久走でしたよね」
「怠いよなぁ。せめて長袖ジャージくらい着させてくれると嬉しいんだが」
うちの高校の体育の持久走は半袖半ズボンの体操着で走らされるのだ、真冬に半袖半ズボンは中々鬼畜である。
「先生は長袖で狡いですよね〜」
学校で下駄箱に着くと、クラスが違うのでそこで別れる。
「おはよう」
そう言ってクラスメイトに挨拶をして、机へと足を進める。
机に荷物を置き、椅子に座ると、ゆっくりと不良が歩いてくる。
赤い髪に、耳にピアスをつけ、制服を着崩して胸元を曝け出している。
「おはようさん、紅野!」
コイツは鬼道錬。中学からの腐れ縁で、俺の数少ない友人の1人だ。
「今日、部活休みだろ?放課後、一緒にゲーセン行かねーか?久しぶりに格ゲーやろうぜ!」
「悪い。今日は早苗に先に誘われていてな」
そう言うと、鬼道はニヤっとイヤな笑みを浮かべて肩を組んでくる。
「早苗ちゃんとデートか?お熱いねぇ」
ニヤニヤと笑いながら顔を覗いてくる、イラッとしつつ顔を押し除ける。
「そういうんじゃないって」
「年頃の男女が2人きりで出掛けるなら、それはもうデートだろ」
「え、紅野君。彼女さんがいるの?」
隣の席からそう声をかけられる。
「違うよ荻野さん、ただの幼馴染」
隣の席の荻野沙月、茶髪のショートカットで三日月の髪飾りを付けた少女だ。
「な、なんだ。よかったぁ」
何がよかったのか、まるで意味がわからない。
ただ、隣で先ほどよりも笑みを深めてニヤニヤと笑う男に腹が立ったので顔を手のひらでグイッと押し除けた。
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キーンコーンカーンコーン
終業のチャイムが鳴り、一斉に生徒が荷物を持ち席から立ち上がると、それぞれ友人と下駄箱へと足を向けていく。
俺も荷物を持ち、荻野さんと鬼道に「またな」とだけ伝えて下駄箱へと向かう。
下駄箱で靴を履き替えて、いつもの校門近くの桜の木の下へと足を進める。
既に早苗が荷物を手に持ち、木の幹にもたれ掛かって待っていた。
「悪い、待たせたか?」
「いえ、ワタシも今着いたところですよ」
早苗が校門へと足を進めたので、早足でその隣へ並んだ。
「紅野君、今夜は何が食べたいですか?」
んー、と頭を悩ませる。
「じゃあ、ハンバーグ」
「本当に好きですね、ハンバーグ」
呆れた顔で、早苗が顔を覗き込んでくる。
「別にいいだろ?美味しいんだし」
スーパーに入るとカートを出して、カゴ乗せる。2人で買い物をする時、カートを押すのは俺の担当だ。
早苗の後ろをカートを押して着いて行くと、次々と早苗が商品をカゴに詰め込んでいく。
牛乳が切れていたのを思い出し、早苗に告げて手前の牛乳を取ろうとすると、早苗が俺の手を弾いて、奥の方から牛乳を取ってカゴに入れた。
会計を済ませて、スーパーを出る。
荷物持ちとして両手にしっかりと袋を持ち、自宅へと足を進める。
坂道を登りながら早苗と雑談をしていると、ふと早苗が夕陽へと顔を向けた。
「夕焼けが綺麗ですね」
早苗の顔が夕陽で赤く染まると、思わず見惚れてしまう。
長く一緒に暮らしてきていて、随分と慣れてきたとは思っているのだが、未だに、ふとした早苗の表情につい見惚れてしまう。
好きか嫌いかで言えば、好きだとは思う。
ただ、これが恋愛感情から来るものなのかは、いくら自問自答してみてもわからなかった。
「ただいま戻りました〜」
家に着くと、靴を揃えてからキッチンへと向かい、机の上に袋を置くと、洗面所は向かい手を洗う。
「紅野君、ありがとうございました。ゆっくりしてからでいいので、お風呂を沸かしてきてくれませんか?」
「わかった」
冷蔵庫に食材を詰める早苗に背を向け、鞄を手に自室へと向かう。
「おー、おかえり紅野」
•••。
俺のベットで諏訪子様が仰向けになって漫画を読んでいる。
「諏訪子様、はしたないので足を閉じてください」
諏訪子様のスカートから必死に目を逸らしながら、鞄を机へと置く。
「えー、まさか紅野。ワタシのを見て興奮してるの?」
ニヤニヤと笑いながら諏訪子様が顔を見上げてくる。
「違いますよ」
ムッとしながらもそう言って否定する。
「紅野も完全な思春期男子になんだし、これからは気を遣ってあげないといけないね〜」
そう言いながらも、脚を閉じることなく手元の漫画へと視線を戻した。
諏訪子様はこうやって部屋に入り込んでは俺を揶揄ってくるのだ。
ムカッとするが、あまり強く怒るとシュンと落ち込んだフリをしてくるので困る。
俺と本でも読もうかと、本棚へと足を運ぶ。
「うわっ」
諏訪子様が落としていたのであろう、足元に置かれていた本に足を引っ掛け躓くと、ドサっと倒れてこんでしまう。
「••••」
「••••」
ふにっと柔らかい感触が顔に当たっている。
非常にイヤな予感がしたので、おずおずと顔を起こす。
「紅野、スケベさんになったね」
頬を少し赤く染めた諏訪子様の顔がすぐ近くに見えた、どうやら、諏訪子様の胸元に倒れ込んでしまったらしい。
「す、すみません!」
ガバッと体を起こし、距離を取る。
「いいよ•••。許してあげる」
気不味い雰囲気が部屋に満ちる。
「ワ、ワタシ部屋に戻るから」
そう言って諏訪子様がそそくさと部屋を出ていくと、俺は額を抑えてベットに座り込む。
「や、やっちまった••••。」
続かないはず••••。