手柄は全て人に譲っていたら解雇されたので、僕は競合他社で働くことになった。なんか普通にやっていたらいつの間にかプロデューサーまで上り詰めてしまった。 作:主義
統括マネージャーという役職に就いてからまだ一日目。
これから慣れて行くしかないと思いつつも、まずはタレントとのコミュニケーションをしないといけない。
信頼関係が気付けないようでは、この仕事は全うできない。
トイレに行った帰りに僕のオフィスの前で右往左往している女性がいた。遠目に見て、僕は彼女のことを知っていた。
彼女の名前は法華津《ほけつ》息吹《いぶき》。『法華津家』という由緒正しい家柄のお嬢様。普段の配信としてはFPSがメインでたまに雑談をしたりする、スタイルだったはずだ。この事務所のタレントの動画サイトの登録者では確かTOP5に入るぐらいの人気を誇っていたはずだ。
だけど、そんな彼女が僕のオフィスの前で落ち着かない様子を示している。たぶん彼女は僕に対して何らかの用があるのだろう。
近付いていき、「何か用ですか?」と声を掛けると体がビクッと震えてた後に振り返って、やっと僕の顔を認識した。
「…三橋様ですか?」
さま?
少し違和感があるものの、僕のことを探していたようだ。
「はい、そうです、初めてましてですね、法華津さん」
「挨拶が遅くなってしまい、誠に申し訳ございません。私は法華津息吹と申します。これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
丁寧過ぎるぐらいに丁寧だ。土生さんもかなり礼儀正しい方だけど、この会社のタレントはこういう人が多いのだろうか。
「僕に何か話があるということで大丈夫?」
「いえ、折角事務所に用事があり、来ていたため、これからお世話になる三橋様にご挨拶をさせていただきたいと思いまして」
「態々、挨拶に来てくれてありがとうございます」
何が用があるわけではなく、挨拶のために来てくれていたのか。
「これからちょっと話す時間はありますか?」
「時間は大丈夫ですよ。後は帰るだけですので」
「ではちょっと中で話していきませんか。申し訳ないんですが、僕はまだ入社したばかりで一人一人のことをあんまり把握できていないんです。だからこういう機会に法華津さんと少し話をしたいんです」
少しでもタレントのことを知る上で、本人と話すのが一番いい。
部屋の中に入り、法華津さんをソファーに座るように促す。
「この場所は三橋様専用の部屋でございますでしょうか?」
「そうですよ。自分でもなんで社長室みたいな部屋なのか、謎ですけど」
統括マネージャーという役職がどの程度の位置かと言えば、プロデューサーと同じ位の権力。その程度の人がなんで個室なんだと改めて思う。
でも、一応「ここを使ってくれ」と言われているため、会社から場所の変更を言い渡されない限りはここを利用するつもり。
「会社として三橋様のことを高く評価しているのではないでしょうか」
「そうなんですかね…」
「そういったものだと思います」
少し無茶振りかもしれないけど、僕は法華津さんに対して「自己紹介をしていただけますか?」と問いかけた。それに対して法華津さんは悩むことなく、「いいですよ」と返答してくれた。
「私の名前は先ほどお申し上げましたね。自己紹介は難しいですが、まず私の配信者としてのスタイルから説明していきましょうか。私は配信者として主にFPS系のゲームを行うことが多いです。配信時間帯は夜中が多いですね」
法華津さんの話してくれたことはしっかりと書き留める。本人の自己分析はとても貴重だ。
「あとは私個人ですね。好きな食べ物は筑前煮で、好きなことはゲームと読書くらいです。こんな感じで大丈夫でしょうか」
「ありがとうございます。こんな無茶振りに答えて頂いて」
「いえ、三橋様に私のことを知っていただくのはこれからのことを考えると、必ず必要なことだと分かっていますので」
ここまで理解を示してくれる方がいるとは。
ではそれに甘えて他の質問にも答えてもらおう。
「あと良ければ…この活動をしていく上で目標のようなものってあったりしますか。別になければ『ない』で大丈夫です」
これはあくまで法華津息吹という一人のタレントを理解する上で知れるのであれば、知っておきたいぐらいの気持ち。
どんな目標を持っているのかを知っておくことで、僕としてもその目標に近付けるようにサポートができる。
その問いに対して、法華津さんは考える素振りを見せることなく答えてくれた。
「私の目標は主催のFPS大会を開くことです。他にもゲーム大会での優勝や一つのゲームで世界1位になるなど様々ありますが、一番の目標は主催の大会を開くことです」
「素晴らしい目標だと思います。僕も法華津さんの目標を叶える手伝いをさせてもらいます」
大会の主催となると、僕が手助けになれることもあるかもしれない。そして本当に主催するとなったらマネージャーにも言って、スケジュールの調整はしないといけなかったりもする。
その後も、他愛のないような質問を何個かした。それでも法華津さんは嫌な顔を見せることもなく、答えてくれた。
これは本当にありがたかった。
「僕もまだこの会社に転職してきて、間もないので色々と頑張っていくので何卒よろしくお願いいたします」
「そんなに畏まらないでください。これから一緒に頑張って行きましょう」
「はい、微力ながら頑張らせてもらいます」