ネオン父に転生したのでふんわりした未来知識で成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
1978年、夏。
むせ返るような蝉時雨が窓の外から聞こえてくる中、ノストラードのオフィスにハンター協会地方支部からの電話が鳴った。
『本部で第一次報告書を確認し、審議が終了しました』
受話器の向こうの担当者の声は、いつもより少し硬かった。
『協会として、この案件を『ベレノス海東部・未確認海底遺構第二次調査』として正式に承認し、協力を決定いたしました』
ライトはペンを転がしながら、静かに「了解しました」とだけ返した。
協会はまだ、この案件を「新文明発見」だの「超古代の念の都」だのといった派手な名前では呼んでいない。あくまで『未確認の海底遺構』。どこまでも慎重な学術調査の姿勢を崩さない。
『それに伴い、現地での潜水調査については、第一発見者であるモラウ=マッカーナーシ氏を責任者に据えたいというのが、本部の判断です』
「妥当でしょう。本人に伝えます」
あそこはモラウが見つけ、海流も地形も周辺環境も把握している海域だ。再び調査隊を送り込むなら、他の誰かを頭に据える理由の方が乏しい。
電話を切り、ライトはモラウをオフィスに呼び出した。
「協会から正式に来ましたよ。あんたを現地責任者に指名して、調査を承認するそうです」
「そうなるだろうな」
モラウはソファに座ったまま、特に驚く様子もなく煙管を吹かした。
「……随分と反応が薄いですね」
「海に潜って調べろってんだろ。俺の仕事だ」
いかにもシーハンターらしい返答だったが、ライトはすぐに釘を刺した。
「好き勝手に、ではないですよ」
ライトは机の引き出しから分厚いファイルを取り出し、モラウの前に置いた。
「エレノア教授たちがまとめた、今回の第二次調査の計画書です」
ライトはその中身を簡潔に説明した。
今回の調査目的は、大きく分けて六つ。
遺構全体の大まかな範囲をソナーと水中撮影でマッピングすること。
深層の堆積物からコアサンプルを採取すること。
黒灰色金属が他の区画にも分布しているか確認すること。
文字資料や標識らしきものの有無を確認すること。
周辺の地質、生物、水流などの海底環境調査。
そして、残留念や構造崩壊などの危険性確認。
「いいですか。今回はあくまで『調査』です。『発掘』じゃありません」
エレノアから念を押された部分だけは、ライトも強調した。
「違うのか?」
モラウが眉を寄せる。
「大違いだそうです。最初から掘り返せば、地層も、遺物が元々どこにあったかという情報も壊れる。だから、原則は現位置で記録。回収するのは、すでに剥がれている小型物か、調査に必要な最小限のサンプルだけです」
エレノア自身の長い講義をそのまま再現する気はなかった。モラウに必要なのは、現場で何をしてよくて、何をしてはいけないかだけだ。
モラウは少し不満そうな顔をしたが、やがて短く息を吐いた。
「……分かった。勝手に掘り返しゃしねえよ」
専門外についてまで自分の判断を押し通す気はないらしい。ライトはそれ以上念を押さず、次のページへ進んだ。
「で、問題は金です」
ライトが次のページをめくった。
「調査船から潜水設備、測量と採取に必要な機材、医療支援、研究者の日当、保険、港湾倉庫と輸送まで含めて見積もっています」
ライトは電卓を叩き、一つの数字を弾き出した。
「直接調査費で約一億五千万。不測の事態に備えた予備費が三千万。合計で一億八千万ジェニーの予算枠が必要です」
ノストラード単独で気軽に負担できる額ではない。
横で聞いていたヴィクターが、すかさず口を挟んだ。
「ボス。一点だけ確認よろしいでしょうか」
「何だ?」
「うちが、その一億八千万を立て替える話ではありませんよね?」
ヴィクターの目が笑っていなかった。
「もちろん」ライトは首を振った。「そんな額を抱えたら、他の事業まで止まる」
資金はハンター協会から六千万、セオドア財団から九千万、参加する複数の研究機関から三千万を目安に分担する。ノストラードは出資側には回らず、調査に必要な調達と物流を請け負う予定だった。
モラウの了承を確認したうえで、ライトはエドガーを通じて、セオドア財団へ正式な面談の依頼を出した。
内容は『ベレノス海東部で、既知文明に分類できない可能性のある海底遺構が見つかった。第二次調査のスポンサー候補として相談したい』という一文だけ。
翌日には、セオドア側から『すぐに面談したい』という返答が飛んできた。
(速っ……)
ライトはその返事を見て、セオドアの顔を思い浮かべた。
数日後、ノストラードの応接室。
参加者は、ライト、モラウ、エレノア教授、ヴィクター。そして、セオドア本人と財団の実務担当者が一名。人数は最小限に絞った。
セオドアは、ライトから渡された資料──遺構の写真、金属分析の結果、建築のスケッチ、エレノアの暫定評価書、そして協会が調査を承認した文書──を、声も出さずに静かに読み込んでいった。
ページを戻し、写真を何度も確認する。少なくとも、未知文明という言葉だけで舞い上がって小切手を書くような男ではなかった。
やがて、セオドアが顔を上げ、エレノアを見た。
「教授。これが既知の文明へ分類できる可能性は?」
「あります。だからこそ調べるのです」エレノアは冷静に答えた。
「未知文明である可能性は?」
「それも、十分にあります」
セオドアは深く頷いた。
「……なるほど」
そして、ライトに向き直り、ただ一言だけ言った。
「いくら必要です?」
(やっぱりそこに来るか)
ライトは計画書に記載された九千万ジェニーという数字を提示した。
「私が全額出しましょう」
セオドアは一億八千万全てを財団で負担すると申し出た。
だが、ライトは首を横に振った。
「それは困ります」
セオドアが怪訝な顔をした。
「なぜです?」
「一人の人間が全額を出せば、後で権利関係が面倒になります。成果の独占権、遺物の所有権、発表の優先権、それに調査方針への介入」
ライトの言葉は、エレノアや協会側とも事前に擦り合わせてあった。
「セオドア様ご本人が何も要求しなかったとしても、制度として一人のスポンサーに依存したくありません。金を出した人間と、研究結果を所有する人間を同じにしたくないんです」
セオドアは少し驚いたようにライトを見たが、やがて納得したように頷いた。
「……確かに、私が死んだ後、財団の人間が私と同じ節度を持って調査を見守る保証もありませんね。分かりました。その条件を飲みましょう」
スポンサー契約の内容は明確にされた。
セオドア財団が得るものは、スポンサーとしての名義記載、中間報告書の閲覧権、学術発表前の事前説明会への参加、そして財団所属の研究者を一名だけ調査団に同行させる枠。
一方、遺物の独占所有権、発見者の功績、独占発表権、研究成果の販売権は与えない。
「十分です」セオドアは満足げに頷いた。
海底から回収された遺物についても、管轄海域を含めた法的な帰属が確定するまでは、協会と専門機関の管理下で共同保管し、勝手な売却は認めないと決められた。
「うちが儲けるのは、遺物じゃありません」ライトは言った。「調査という巨大なプロジェクトを『動かす』方です」
ヴィクターが実務家としての本領を発揮したのは、その後の保険契約の調整だった。
「ボス。通常の海洋保険では、『未知の念能力に由来する現象』による損害までカバーすることは不可能です」
「まあ、そうだろうね」
ヴィクターは保険を細分化した。船舶事故、機材の物理的破損、通常の医療、陸上輸送、一般的な自然災害については、民間保険をかける。
しかし、未知の念現象による事故については保険会社の免責とする。
その代わり、ハンター協会の危険任務規程を適用し、参加する研究者や作業員全員から、危険性を説明したうえで同意書を取る。
「そこまで書かせる必要あるか?」モラウが顔をしかめる。
「死んだ後で、遺族と揉めるのはご免ですからね」ヴィクターが涼しい顔で答えた。
さらに、現場での未知物回収規程も定められた。
発見物はまず現位置で撮影。勝手に触らない。念の反応を確認。生物性や毒性の確認。回収番号の付与。回収位置と深度の記録。高圧対応ケースへの収納。そして船上での別保管。
「……お前、俺を信用してねえのか?」モラウがジロリとライトを見る。
「モラウさん個人を疑ってるわけじゃありません。現場の調査員全員に適用するルールです」
ライトはきっぱりと言い切った。
「前みたいに、『これ何だ?』って金属片をそのまま持って帰ってくるの、禁止ですからね」
「俺がそれを見つけたから、ここまで話が進んだんだろうが」
「それはそれ、これはこれです」
役割分担も明確にされた。
モラウは現場での潜水指揮と海洋安全の確保。
エレノアは船上から、考古学的な記録手順の監督と、サンプルの優先順位の判断を下す。
「現場じゃ、細かい記録をしてる時間がねえ時もある」
「だからこそ、事前に優先順位を決めておくのです」
モラウとエレノアは、意見をぶつけ合いながらも、もし潜水可能時間が残り十分しかない場合には、人命、現場写真、コアサンプル、文字資料、金属サンプルの順で確保する、といった具体的な手順まで詰めていった。
「これなら、現場で判断に迷う時間も減りますね」ライトは計画書へ追記した。
アーネストは今回、船には乗らない。
彼は過去の痕跡を見るサイコメトラーであり、深海で動くための専門家ではない。回収されたサンプルが陸へ戻ってきた後、安全確認を済ませてから再び仕事を依頼する。
今回の調査団の規模は、総勢二十名前後に抑えられた。
モラウと海洋ハンター数名、海洋考古学者、地質学者、技術員、医療要員。エレノアは船上で統括を行う。
ノストラードからも、増員後の窓口事業で実務経験を積んだ社員を二名だけ同行させる。彼らは海には潜らない。船上で物資の管理、書類作成、サンプルのナンバリング、港や本部との連絡調整を担う。
調査船の出航日。
ライトは港まで見送りに来ていた。
巨大な調査船の甲板には、クレーンで次々と機材が積み込まれている。岸壁にはノストラードのトラックが数台停車し、木箱や高圧ケース、測量機器の搬入作業を続けていた。
「これだけの大型案件を、少し前まで地方の運送会社だったうちが扱うことになるとは思いませんでしたね」
横に立つヴィクターが、珍しく少し感慨深げに言った。
「俺もだよ」
ライトは短く返した。
甲板から、モラウがライトを見下ろした。
「じゃあ、行ってくる」
「ええ」ライトは頷いた。「今回は、変な物を見つけても勝手に持ち帰らないでくださいよ」
「何回言うんだ」モラウが呆れる。「一回で聞く奴には、一回しか言わねえよ」
「……あの金属片がなきゃ、何も始まってねえだろ」
モラウが最後にぼそりと呟いた言葉に、ライトは僅かに口元を緩めた。
「違いありません」
汽笛が鳴り響き、調査船がゆっくりと岸壁を離れていく。
モラウは甲板から片手を上げ、ライトも静かにそれを見送った。
(……新文明の調査か)
船が水平線の彼方へ小さくなっていくのを眺めながら、ライトはほんの数秒だけ考えた。
だが、すぐに踵を返した。
「帰るぞ」
ライトが社員に声をかける。
「午後の予定、何だっけ?」
「運送会社の四半期報告と、倉庫契約の更新が二件です」
「そっちの方が現実的だな」
◇
1978年、秋。
それから数ヶ月、ベレノス海の調査は、ライトが直接現場へ関わらないまま進み続けていた。
ライトの机の端には、『ベレノス海東部第二次調査報告』と印字されたファイルが置かれている。最初は薄かったそのファイルも、秋が深まる頃には何冊にも増えていた。
第一報。遺構の確認範囲が、当初の推定よりも拡大。海底に点在する建物は、最初にモラウが見つけた範囲だけではなかった。
第二報。深層コアサンプルの採取に成功。現在、大学の研究所へ送付し分析中。
第三報。黒灰色金属を、当初の地点から離れた別の建物でも複数発見。
第四報。文字らしき刻印を持つ石片を発見。エレノアの指示でむやみに回収せず、状態の良い一枚だけを記録のうえ採取。
時折、モラウから緊急の電報が入ることもある。
『高圧保存ケース追加六。深海用照明器具二。コーヒー大量』
ライトはその電報を窓口の社員へ回した。
「最後のは食料品扱いですかね?」
「普通に美味い豆を買って、すぐに送ってやれ」
調査が長引けば、必要な物資も増える。
ノストラード側では、契約に従って補給や輸送、倉庫、各種手配の請求書が積み上がっていった。ヴィクターも数字を確認しながら、継続案件として問題なく採算が取れていると判断している。
一般公開はまだされていないが、ハンターたちの間では「モラウが海底で何かとんでもないものを調べているらしい」という噂が、少しずつ流れ始めていた。
詳細までは知られていない。それでも、未知を仕事にする連中の耳には、断片だけでも十分らしかった。
冬が近づく頃。
ライトは地下訓練室で、マーロウと念の修行に励んでいた。
ライトの《凝》の精度や、《練》で維持できるオーラ量は、覚醒したばかりの頃とは比較にならないほど伸びている。
「基礎は、ようやく見られるレベルになってきたな」
マーロウがタオルを投げ渡す。
「ようやく、ですか」
「まだ二年も経ってねえんだ。十分速い方だ」
マーロウはそう言うと、訓練室の隅に置かれた机へ向かった。
そこには、水を一杯に張った透明なグラスが置かれていた。
水面には、一枚の葉が浮かんでいる。
ライトはそれを見て、すぐに意味を察した。
「……水見式?」
「ああ」
マーロウが椅子を引いた。
「基礎も固まってきた。いい加減、お前がどの系統なのか見ておこう」
「もっと早くやるものじゃないんですか?」
「知ったところで基礎もまともにできねえ奴が、派手な《発》のことばっか考え始めるからな」
「信用ないなあ」
「初心者なんてそんなもんだ」
ライトは椅子に座り、グラスの左右へ両手を添えた。
マーロウの指示に従い、《練》でオーラを高める。
数秒。
最初は何も起きない。
水量は増えない。
色も変わらない。
味を確認する必要もなかった。
やがて、水の中に小さな変化が現れた。
透明だった水の中へ、細かな結晶のような不純物が一つ、二つと浮かび始める。
それは徐々に数を増し、グラスの底へゆっくり沈んでいった。
マーロウが覗き込む。
「具現化系だな」
ライトも水中に浮かぶ細かな物質を見つめた。
(具現化系か)
前世で読んだ知識から、大まかな意味くらいは覚えている。
念によって物質や道具を形にすることを得意とする系統。
「意外か?」
マーロウが聞く。
ライトは少し考えた。
「いや……案外、俺らしいかもしれません」
何を具現化するのか。
何のために使うのか。
制約をどう組むのか。
そこまでは、まだ何も決まっていない。
「系統が分かったからって、明日から便利な能力が生えてくるわけじゃねえぞ」
「分かってますよ」
「ならいい」
マーロウはグラスを片付けながら言った。
「これから、自分の《発》をどうするか考え始めろ。急いで決める必要はねえ。一度作った能力は、後から都合よく全部やり直せるもんじゃないからな」
ライトは頷いた。
《発》について考える時間が、ようやく始まった。
◇
1979年、一月。
新しい年が明け、底冷えのする空気がヨークシンを覆っていた。
ライトの机の端には、相変わらずベレノス海調査のファイルが積まれている。
調査はまだ続いている。
だが、その日のライトが聞くことになった話は、海底の未知文明とは全く別のものだった。
地下訓練室での修行後。
ライトが息を整えながらタオルで汗を拭っていると、片付けをしていたマーロウが、思い出したように口を開いた。
「そういや、今年のハンター試験が終わったらしいぞ」
「ハンター試験?」
ライトは手を止めずに聞き返した。毎年行われる恒例行事だ。
「今年は、妙なのが一人受かったらしい」
「妙なの?」
「ガキだ」
ライトは少し興味を引かれた。
「何歳です?」
「十一歳」
ライトの手が、一瞬だけ止まりかけた。
(……十一歳?)
前世の記憶の奥で、何かが引っかかった。
ジンがかなり若い時期にハンター試験へ合格したことは覚えている。
だが、何年の試験だったか、何歳だったかまで正確に暗記していたわけではない。
(いや……まさかな)
「年齢だけじゃねえ。今年の合格者、そいつ一人だけだったらしい」
マーロウが何気なく付け加えた。
「……一人?」
ライトの中で、引っかかっていた記憶が急激に形を持ち始める。
「ああ。単独合格だ」
ライトは声の調子を変えないように気をつけながら尋ねた。
「その合格者の名前は?」
マーロウは、ダンベルを棚に戻しながら答えた。
「ジン」
一拍。
「ジン=フリークスだ」
ライトは、首筋の汗を拭おうとしていた手を止めかけ、どうにかそのまま動かした。
「……十一歳で単独合格ですか。それは凄いですね」
「だろ? 試験が終わったと思ったら、もうどっか行っちまったらしいがな」
マーロウは特に気にした様子もなく、残りの訓練用具を片付け始めた。
ライトも黙って、手元のタオルをゆっくりと畳む。
(来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!