ネオン父に転生したのでふんわりした未来知識で成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第11話 ネオンの父、十一歳の天才を門前払いする

 1979年、初夏。

 窓の外には、本格的な夏の到来を予感させる濃い緑と、陽光を照り返して白く光るヨークシンの街並みが広がっている。ノストラード組の運送会社オフィス内に設けられたライトの執務室では、空調の低い稼働音だけが静かに響いていた。

 

 ライトは革張りの椅子に深く腰を沈め、デスクの上に広げられた分厚いファイルの束に目を通していた。

 表紙には、『ベレノス海東部・第二次調査 第十八報』と几帳面なタイプライターの印字がされている。

 

 モラウを現地責任者とし、セオドア財団を筆頭とする複数のスポンサーを巻き込んで送り出した大規模な深海調査船。あれが出航してから、すでに数ヶ月が過ぎていた。

 現地からは定期的に報告書が届き、ノストラードは補給と輸送、契約や連絡の調整を続けている。ライトが毎日の判断へ口を挟まなくても、モラウやエレノアたちの手で調査は進んでいた。

 机の端に積み上がった報告書が、その経過を示している。

 

 ライトは、エレノア教授のサインが記された最新の分析報告のページをめくった。

『──先日採取された深層堆積物のコアサンプルより、陸生植物由来である可能性の高い花粉を複数検出』

 

 ライトの指が止まった。

 陸生植物の花粉。もし海底へ沈む以前の地層に含まれていたものだと確認できれば、アーネストが見た「青空の下の街」を物証の側から支える材料になる。

 

 だが、報告書の文面はそこで終わってはいなかった。

『ただし、海底からの引き揚げ時、および輸送・研究所での分析過程における、現代の陸生植物からのコンタミネーション(混入)の可能性を完全に排除できておらず、現段階では結論を留保する。別地点での追加のコアサンプリングと、より厳密なクリーンルームでの再検証を要する』

 

 ライトは報告書から顔を上げた。

「……まだ確定じゃない、か」

 あのエレノアなら、当然そう書くだろう。面白い結果が出たからといって、確認の済んでいない仮説を事実へ昇格させるような学者ではない。

 

 別紙には、例の黒灰色金属についての進捗も記載されていた。

『第四調査区の崩落した建造物の基礎部分においても、同材質の金属部品を確認。建築物の異なる部位に意図的に配置されていた形跡があるが、現状ではその具体的な用途は不明』

 エドガーが以前言っていた通りだった。一つの事実が分かれば、そこから次の疑問が増えていく。

 

 ライトはベレノス関連のファイルをパタンと閉じ、デスクの端に積み重ねた。

「さて、次は……」

 頭を切り替え、通常の輸送契約書の束へ手を伸ばした。

 

 その時、デスクの上の内線電話が短く鳴った。

 

 受話器を取る。

「俺だ」

『ボス、ハンター支援窓口からですが。少し変わったお客様が来られまして』

 窓口担当の社員の声は、どこか困惑を含んでいた。

「誰だ?」

 ライトが尋ねると、電話の向こうで数秒の、妙な間があった。

 

『……子供です』

 

 ライトは書類をめくろうとしていた手を止めた。

「子供? 迷子か何かか?」

 ハンター向けの窓口へ、一般の子供が一人でやってくる理由は思いつかなかった。

 

 社員はさらに言いにくそうに説明を続けた。

『いえ、年齢は十一か十二くらいに見えるんですが……その、プロハンターのライセンスを提示されまして。照会をかけましたが、本物です』

 

 ライトの中で、一つの名前が浮かび上がった。

(…………まさか)

 

『ジン=フリークス、と名乗っています』

 

 ライトは受話器を握ったまま、数秒黙った。

 鼓動だけが一段速くなる。去年の冬、マーロウから十一歳の単独合格者について聞かされてから約半年。いつかどこかで接点が生まれる可能性は考えていたが、まさか本人の方から正面玄関へ現れるとは思っていなかった。

 

 だが、電話口で取り乱すわけにはいかない。ライトは声だけはいつも通りに保った。

「そうか」

『あの、いかがいたしましょうか? さすがに子供を応接室に通すわけには……』

「通してくれ」

 ライトはそう告げた。

 

『よろしいんですか?』

「ライセンスが本物ならな。うちはハンター相手の商売をしてるんだ。客の年齢で足切りする必要はない。丁重に上の応接室へ案内してくれ」

 

 社員が了承し、通話が切れた。

 受話器を置いたライトはネクタイの結び目を直し、デスクの上の書類を揃えた。

 

 数分後。

 コンコン、と控えめなノックの後、重厚な木製のドアが開かれた。

「ボス、ご案内しました」

 

 社員の背後から、一人の少年が姿を現した。

 初めて見る、生のジン=フリークスだった。

 

 年齢は十一歳。当然のことながら背はまだ低く、ライトの胸の高さにも満たない。日差しをたっぷりと浴びて焼けた肌。高級な応接室には似つかわしくない、動きやすさだけを優先したラフなシャツとズボン。肩には小さなリュックを一つ引っ掛けているだけで、大した荷物も持っていない。

 ボサボサの髪型や、少し生意気そうな瞳には、前世の記憶にある『未来のジン』の面影がはっきり残っていた。

 

(ジンだ!!)

 さすがに本人を目の前にすると、内心が一瞬だけ騒ぐ。

 そして直後。

(……小っさ!!)

 記憶の中にいる大人のジンとの落差が大きすぎた。

(いや、十一歳なんだから当たり前だろ、俺!!)

 それでもライトは表情を崩さなかった。

 

 しかし、ライトの意識はすぐに別の一点へ引き寄せられた。

 

 ジンがドアを抜け、こちらへ向かって数歩近づいてきた瞬間。

 ライトは、少年の身体を薄く覆っているオーラの存在をはっきりと知覚した。

 

《纏》。

 念の最も基本的な技術。

 ライトは思わず目を凝らした。

 

(……待て)

 

 オーラの絶対量そのものが、異常なわけではない。少なくとも、部屋に入ってきただけで周囲を圧倒するような量ではなかった。

 

 異常なのは、その『早さ』と『質』だった。

 念を覚えたばかりの頃に出やすいオーラの揺らぎや、制御しようとする余計な力み、身体からの無駄な漏れ。

 ジンの《纏》には、それらがほとんど見えなかった。肩に力を入れるでもなく、呼吸するのと同じようにオーラを身体へ留めている。

 

 ライト自身、マーロウについて一年半以上、仕事の合間を縫って基礎を積み上げてきた。だからこそ、目の前の少年がどれだけ早くその段階へ到達しているのかが分かる。

 

(今年の一月にハンター試験へ受かったばかりだろ? もうここまで馴染んでるのか)

 

 ライトは内心の驚きを悟られないよう、立ち上がった。

 

 ジンは、部屋の調度品にも、マフィアのボスであるライトにも物怖じする様子を見せず、真っ直ぐにライトの目を見た。

「あんたが、ライト=ノストラード?」

「そうだが」

「俺はジン=フリークスってんだ」ジンは親指で自分を指差した。「一応ハンターだ。まだ何も実績はねーけどな」

 

「知ってるよ。今年の一月にハンターになったんだろ?」

 ライトが言うと、ジンは少しだけ驚いたように目を丸くし、すぐにニカッと笑った。

「なんだ。聞いてたか」

 そして、悪びれる様子もなく付け加えた。

「話が早えーな」

 

 十一歳の子供が、地方とはいえマフィア組織のトップを前にして、緊張する様子もない。

(胆力、どうなってんだこいつ)

 ライトはソファを指し示した。

「立ち話もなんだ。とりあえず座るか?」

「おう」

 ジンはリュックを床に置き、革張りのソファへ遠慮なく腰を下ろした。

 

 控えていた社員が、タイミングを見計らって声をかけた。

「お飲み物は、コーヒーでよろしいでしょうか? それとも……」

 社員はジンを見て少し迷った。

 ライトもジンを見る。

「ジュースとか、あるか?」

「水でいい」

 ジンは短く答えた。

「冷たい水をお願いする」ライトが社員に指示を出した。

 

 水が入ったグラスがテーブルに置かれ、社員が退室する。ドアが閉まると、ジンはグラスにも触れずに本題を切り出した。

 

「海底遺跡の資料、見せてほしくてさ」

 

 あまりにも単刀直入な要求に、ライトは眉を上げた。

「……やっぱり、それか」

「知ってんの?」

「君みたいなハンターが、わざわざうちまで来る理由なんて、今動いてるあの案件くらいしか思いつかないからな」

 

 ライトはソファに背中を預け、ジンを見た。

「資料の話をする前に、一つだけ聞きたいことがある」

 声の調子を少しだけ改める。

「うちがその調査に関わってるってこと、どこで、誰から聞いた?」

 

 ベレノス海東部の遺跡調査は、まだ一般向けに詳しい情報を公開していない。

 内部の誰かが座標や回収物、参加者の情報まで漏らしているのなら、資料を見せる以前にそちらを調べる必要がある。

 

 ジンは隠す素振りも見せず、あっけらかんと説明を始めた。

「ハンター協会のラウンジでな。モラウって名前のシーハンターが、数ヶ月前から何かの長期調査に入ってるって噂を聞いたんだよ」

「ほう」

「中身が何なのかは、誰も知らなかった。でも、あのモラウがそこまで長期間海にへばりついてるなら、絶対に面白え何かがあるだろ? だから調べた」

 ジンは楽しそうに笑った。

「港へ行って、調査船に物資を補給してる業者や船乗りに片っ端から話を聞いた。そしたら、補給品の調達から機材の搬入まで、同じ運送会社のトラックが何度も出入りしてるって分かった」

 ジンはライトを指差した。

「それが、ノストラードだ。そこからあんたの名前を辿って、ここまで来た」

 

 ライトは胸の内で安堵した。

「なるほど。詳しい場所の座標とか、引き揚げた物の中身については?」

「誰も教えてくれなかったぞ。港の連中も、『なんかデカい調査をやってる』くらいしか知らねえみたいだったしな」

 

(よし)

 情報管理の壁は破られていない。

 ただ目の前の少年が、協会の噂から港の物流へ目をつけ、そこからノストラードまで自力で辿ってきただけだ。

 

「そこまで調べて、わざわざうちまで来たのか」

「面白そうだったからな」

 十一歳の少年が、ただ「面白そうだから」という理由だけで、一人でここまで来る。

(ああ……ジンだわ)

 ライトは妙な納得を覚えた。

 

「で、見せてくれんの?」

 ジンが身を乗り出し、期待に満ちた目でライトを見た。

 

 ライトの本音を言えば。

(見せてえぇぇぇ!!)だった。

 アーネストの実況記録や遺物の写真を見せて、「これ、何だと思う?」と聞いてみたい。未来のジンを知っている側としては、その反応にも興味がある。

 

 だが、現実には他人の情報だ。

 ライトが自分の好奇心だけで扱っていいものではない。

 

 ライトは少しだけ間を置き、口を開いた。

「いいよ──と言いたいところだけど」

 ジンの目を真っ直ぐに見返す。

「ダメだ」

 

「へー」

 ジンは怒るでもなく、不満顔になるわけでもなかった。ただ小首を傾げた。

「なんで?」

 

「第一の理由」

 ライトは指を一本立てた。

「あれは、俺個人の資料じゃないからだ」

 ジンが少しだけ目を細めた。

「あの海底遺構の第一発見者は、モラウ=マッカーナーシだ。調査自体は、ハンター協会の正式な承認を得たプロジェクトで、セオドア財団や大学の研究機関も金と人を出して参加している」

 ライトは順番に説明した。

「ノストラードは、全体の調整、機材の輸送、現地への補給、契約周りを担当している事務局だ」

 そこで一度区切る。

「だから俺が勝手に、『面白そうな若いハンターが来たから見せてやろう』と決められる資料じゃない」

 

「ふーん」

 ジンは顎に手を当てた。

 

「さらに言えば、あのプロジェクトの資料には閲覧権限が設定されている。残念だが、今の君にはその権限がない」

「俺、ハンターだけど?」ジンがライセンスの入った胸ポケットを叩く。

「ハンターなら、世界中の機密情報を全部見られるわけじゃないだろ。協会だって、そんな情報管理はしてないはずだ」

 ライセンスがあっても、他人の調査記録まで自由になるわけではない。

 

 ジンは少しの間、無言で考え込んだ。

 断られたことより、どうすれば次へ進めるかを考えている顔だった。

 

 そして、顔を上げて言った。

「じゃあ、どうすれば見られる?」

 

(そう来るよな)

 ライトは少しだけ面白くなってきた。

「簡単だ。君自身が、正式にあの調査プロジェクトに関われる『資格』を作ればいい」

「資格?」

「ああ」

 わざわざライト独自の試験を作る必要はない。必要なのは、既に動いている調査へ参加させる理由だった。

 

「ハンターライセンスは持っている。それは第一関門クリアだ。調査に参加する上での守秘義務契約も、君がサインするなら問題ないだろう」

 ライトは身を乗り出した。

「問題は、君をあの調査チームに『入れる理由』が、今のところ一つもないってことだ」

「理由?」

「現地は観光地じゃないんだよ、ジン」

 ライトは続けた。

「調査船の定員は決まっている。深海に潜れる時間も、調査予算も有限だ。だから、船に乗る人間には全員、役割がある」

 

 ライトは指を折りながら数え上げた。

「考古学者は考古学の分析をする。地質学者は海底の土を調べる。医療チームは潜水病のケアをする。そしてモラウは、海の安全と潜水を統括する。……誰もが、その分野のスペシャリストだ」

 ライトはジンを指差した。

「君は、何ができる?」

 

 問いだけが、応接室の中央に残った。

 ジンはしばらく答えなかった。

 

 ジンは一瞬黙った。

 ハンター試験に受かったことと、未知の遺跡調査で役に立てることは別だ。その違いは、ジン自身も分かっているようだった。

 

 ジンは、悔しがることも、虚勢を張ることもなく答えた。

「……今は、特にねえな」

「だろ?」

 ライトは頷いた。

「だから、今は君を調査に入れることはできない」

 それだけだった。

 

 ジンが、逆に楽しそうな笑みを浮かべて食いついてきた。

「じゃあ、俺がその調査に絶対に必要な『実績』を作ってくれば、いいんだな?」

「実績でも、役に立つ技術でも、専門家からの推薦でもいい。手段は問わない」

 ライトは続けた。

「ただし、最終的に参加の可否を決めるのは、俺一人じゃないぞ」

「誰が決める?」

「ハンター協会の本部、現地責任者のモラウ、そして研究班のトップであるエレノア教授。その全員に、『こいつを船に乗せたら調査の役に立つ』と思わせる必要がある」

「それでいいのか?」ジンが前のめりになる。

「君にそれができるならな」

 

「あと、もう一つ」ライトは念を押した。「もし参加できたとして、そこで見聞きした情報や遺物の内容を、外で勝手に喋らないこと。機密保持は絶対だ」

「分かった」

 ジンは迷わなかった。

「……随分と返事が軽いな」

「約束は守るぞ。俺がそう決めたらな」

 ライトは一瞬だけジンの目を見た。

 

 ジンが、おもむろにソファから立ち上がった。

 リュックを肩に引っ掛ける。

「……それだけか?」

 ライトが尋ねると、ジンはニカッと笑った。

「条件は分かったしな。これ以上ここにいても、資料は見せてくれねえんだろ?」

「当然だ」

「なら、やること決めねえとな」

 

 あっさりとした引き際だった。本人としては、資料を見るために何が足りないのか分かっただけで、今日は十分らしい。

 

「いつ来るつもりだ?」

 ライトが背中越しに尋ねると、ジンはドアノブに手をかけたまま、少しだけ天井を見て考えた。

「そうだな。半年後くらい」

「半年?」

 ライトは思わず聞き返した。

 

「半年あれば、何とかなるだろ」

 ジンは事もなげに言った。

「何をする気だよ」

「まだ決めてねえ」

 ジンは悪戯っぽく笑った。

 

(おいおい……)

 ライトは呆れた。

 普通なら、十一歳の新人ハンターが半年で大規模な遺跡調査へ必要とされる何かを手に入れるなど、簡単な話ではない。

 だが。

 相手はジン=フリークスなのだ。

(……こいつなら、本当に何かやってきそうなのが嫌だな)

 

「一応言っておくけどな」

 ライトは最後に確認した。

「君が半年後に条件を満たして戻ってきたとしても、俺が参加を保証するわけじゃないぞ」

「分かってる」ジンは振り向かずに答えた。

「俺から、君の参加を断る理由がなくなるだけだ。あとは自分で話を通せ」

「十分だ」

 

 ジンはドアノブを回した。

「じゃあ、半年後。また来る。今度は条件満たしてな」

 ライトは笑った。

「待ってるよ」

「おう!」

 

 ジンはドアを開け、廊下に立っていた社員へ「邪魔したな!」と声をかけ、そのまま軽い足取りで歩き去っていった。

 ライトは無言で、その後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

 重厚な木製のドアが、静かに閉まった。

 

 応接室には、再び静寂が降りた。

 

 数秒間。

 誰もいないことを確認する。

 

 ライトは、椅子に深く背中を預け、天井を仰ぎ見た。

 

(…………)

 一拍。

 

(わーい!!!!)

(ジンと喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)

 さっきまで押し込めていたものが、一気に噴き出した。

 

(本物だった!! 生ジン!! 喋り方とかマジであのまんま!!)

(十一歳のジンとかレアすぎるだろ!! サイン……いや、マフィアのボスが十一歳にサイン頼むのは流石にキモい!!)

 しばらくの間だけ、ライトは一人で浮かれた。

 

 だが、その興奮が収まると、別の感覚が残った。

 

(……いや、それより)

 ライトは、先ほどのジンの立ち姿を思い返した。

 入室した時から、ごく自然にまとっていた《纏》。

 

(……あれで十一歳なんだよな)

 半年であそこまで馴染ませている。

 それだけでも十分おかしい。

 

(しかも、あれで完成形じゃない)

 今はまだ、何者でもない新人ハンターだ。

 これから何年も経験を積み、その上に技術も能力も積み上げていく。

 

 前世の記憶にある、彼への評価が蘇る。

(……そうだったな)

 

(こいつ、将来は世界で五指に入る念使いになる男だわ)

 

 一拍の沈黙。

 

(天才かよ)

 さらに一拍。

(……いや、知ってたけどさ)

 ライトは、思わず乾いた笑いを漏らした。

 

 しばらくして、ノックの音がして、ヴィクターが入室してきた。

 彼はジンが座っていた空のソファを見た。

「ボス。先ほどの子供は、一体何者だったのですか?」

「今年の新人ハンターだよ」

 ライトは答えた。

「……あれが、ですか?」

 ヴィクターは念を見ることはできない。それでも、十一歳の子供が一人でここまで来て、ボスと話をして帰ったこと自体が普通ではない。

 

「海底遺跡の資料を要求してきたそうですね」

「ああ、そうだ」

「見せてはいませんね?」

「見せてないよ」

 ヴィクターはそれを聞いて頷いた。

「それなら結構です」

「俺を何だと思ってるんだ」

 ライトは呆れた。

 

「それにしても」ヴィクターが空になったグラスを見た。「半年後に戻ってくると言ったそうですが、本当に来るでしょうか」

「来ると思うぞ」

「随分と信用していますね」

 ヴィクターがライトを見る。

「信用っていうか……」

 ライトは少し考えた。

「来る気のない奴は、あんな顔で半年って言わないだろ」

 

 ヴィクターは何とも言えない顔をした。

「十一歳で、ですか?」

 

 ライトは、机の端に積まれた『ベレノス海東部・第二次調査』のファイルに目をやった。

 さっきまで読んでいた未知文明の報告書。

 その資料を見たいと言って、十一歳の新人ハンターが自分の足でここまで来た。

 

 ジン=フリークス。

 

 ライトはその名前を、頭の中でもう一度転がした。

 

「だから、半年後が楽しみなんだよ」

 

 ヴィクターが一礼して退室していく。

 一人になった執務室で、ライトは椅子の背もたれに深く寄りかかった。

 

(半年後、か)

 

 広大な世界へ飛び出していった、あの小さな背中を思い浮かべる。

 

(……何やって戻ってくるんだろうな、あいつ)

 




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