ネオン父に転生したのでふんわりした未来知識で成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
1978年、初夏。
まだ朝晩は冷え込む日もあるが、日中の日差しには確かな熱が混じり始めていた。
ノストラード組の運送会社オフィス内に設けたハンター支援窓口。その一角にある応接ブースで、ライトは手元の『特殊物品売却相談票』に目を通していた。
今回の依頼内容はこうだ。
『深海の遺構付近で回収した金属片の正体と、可能なら価値を知りたい』
事前に窓口担当が聞き取った情報によれば、依頼人は海洋調査を専門とするプロハンターらしい。
「ボス。本人が今日こちらへ来るそうです」
窓口担当の社員が報告に来た。
「現物も一緒に?」
「はい。郵送はせず、自分で持ち込むと仰っていました」
今回の依頼人も、事前に写真と取得経緯だけを窓口へ送り、現物は本人が直接持参する手順を踏んでいる。
「紹介の経路はどうなってる?」
ライトが確認する。窓口業務は原則紹介制にしているからだ。
「ガレスさんから二人挟んでいます。間に入ったお二人とも当窓口の利用歴があり、本人確認も取れています。最後に紹介した方についても、トラブル歴はありません」
「ならいい。時間になったらここへ通してくれ」
ライトは相談票の『紹介者』欄に並んだ名前を確認した。紹介が二段、三段と伸びても、経路を遡って身元が確認できる相手なら受け付ける。ただし、途中で一人でも確認が取れなければ、そこで止めることにしていた。
午後になり、応接ブースに一人の男が案内されてきた。
背が高い。骨太で大柄な体格。肌は深い海焼けで赤銅色に染まり、着古した服からは潮と船の特有の匂いが微かに漂っている。手には、今どき珍しい大きな煙管を握っていた。
二十代後半から、三十代の入り口といったところか。プロハンターとしての野性味と腕の確かさは十分に感じさせるが、まだ完成されきっていない若さが残る男だった。
「初めまして。シーハンターの、モラウ=マッカーナーシさんですね」
窓口担当が紹介する。
(…………モラウ?)
ライトは、顔には出さずに男を見た。
(若っ!!)
前世の記憶にある、あのサングラスをかけた巨大な貫禄ある姿とはまだ少し違う。だが、骨格や目元の印象、そして何よりその煙管。前世で見覚えのあるモラウの面影は、確かにそこにあった。
(本物のモラウか……)
一瞬だけファン心をくすぐられたライトは、すぐに営業用の笑みを浮かべた。
「ライト=ノストラードです。今日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます」
「あんたがここのボスか」
モラウはライトの顔を見て、少し意外そうな声を上げた。
「もっと、腹の出たオッサンが出てくると思ってたぜ。随分若いな」
(こっちの台詞だよ)とライトは内心でツッコミを入れた。
「よく言われます。どうぞ、座ってください」
モラウはどっかとソファに腰を下ろすと、持参した頑丈なジュラルミンケースをテーブルの上にドンと置いた。
「相談票には『売却相談』ってことになってるが、正直、金にするのは二の次だ」
「では?」
「こいつが何なのか、知りてえんだ」
モラウはケースのロックを外し、蓋を開けた。
中に入っていたのは、掌より少し大きいくらいの、黒灰色の金属片だった。
何かの板の一部にも見える。縁は不自然に破断しており、表面には人為的に刻まれたような細い溝が規則的に走っている。だが、それが文字なのか、単なる装飾なのか、素人目には全く断定できない。
ライトはすぐには触れなかった。
「海から回収してから、何日経ってます?」
「三週間くらいだな」
「その間、あんたや、一緒にいた連中に何か体調の異常は?」
「ねえな。ピンピンしてる」
「毒性や放射性物質については?」
モラウは少し面倒くさそうに答えた。
「船で簡単な検査はした。今のところ引っかかってねえよ」
「念は?」
ライトのその一言で、場の空気が僅かに変わった。
モラウの目が鋭くなり、ライトを値踏みするように見つめる。
「……あんた、念を知ってんのか」
「少し、先生について習ってます」
ライトはそこで言葉を切った。
「そうか」
モラウもそれ以上は聞かなかった。
「金属片についてだが、俺が見る限り、変なオーラは纏ってねえ」
モラウの言葉に、ライトは彼が間違いなく念能力者であることを確認した。
ライト自身も、数秒間だけ目にオーラを集中させ、《凝》で金属片を観察した。
(……うん、特にオーラはないな)
確認する対象は金属片だけに留め、ライトはすぐに《凝》を解いた。
「少なくとも、呪われた念具とか、そういう感じではなさそうですね」
ライトが言うと、モラウも頷いた。
「ああ。俺もそう思う」
危険性が低いと判断し、ライトは初めて金属片に触れ、持ち上げてみた。見た目よりもズシリと重い。
「どこで見つけたんです?」
モラウは内ポケットから防水加工された海図を取り出し、テーブルに広げた。
「ここだ。ベレノス海の東部」
ライトは地図を覗き込んだ。前世の記憶にもない海域だった。
「遺跡探索の最中に?」
「いや、俺はシーハンターだ。深海性の大型生物の生態調査で潜ってたんだよ。そしたら、海底の斜面に人工的な構造物があるのを見つけた」
そこから、モラウのプロフェッショナルとしての報告が始まった。
「水深は?」
「六百八十から七百二十メートル。遺構は斜面に沿って南北に広がってる」
「海流は?」
「北から南だな。底層流は弱いが、満潮の時間帯だけ東側の海溝から強く流れ込む」
「地質は?」
「玄武岩質だ。だが、石組みに使われてる石は、そこらの岩盤を削ったもんじゃねえ。別の場所から運んできた物だ」
さらに、周囲の海洋生物の分布や、堆積物の状態まで尋ねてみたが、モラウはほとんど間を置かずに答えていった。
(……すげえな)
ライトは次々と返ってくる答えをメモに書き留めた。
モラウは防水カメラで撮影した写真と、自筆の簡易図面も持参していた。
写真には、崩れた石組みの柱や、平坦に加工された床らしき部分が、深海の暗闇の中にぼんやりと写っていた。
規模は数十メートル程度。巨大な古代都市というわけではなく、小さな海底遺構だ。大部分は海底の堆積物の下に埋もれている。
「何の遺跡なんです?」
ライトの問いに、モラウは写真へ視線を落とした。
「遺構だけなら、いくつか候補はある。問題はそっちじゃねえ」
ここからが本題だった。
「海人として、世界中の海に沈んだ昔の遺跡なら、一通りは見てきたつもりだ」モラウは煙管を取り出し、指先でもてあそんだ。「沈んだ港町、海没した古い集落、昔の神殿、難破船。仕事のついでにそこそこ潜って見てきた」
若いとはいえ、その経験値は確かなものだろう。
「石組みの遺跡だけなら、別に珍しいってほどのモンじゃねえ。だがな……」
モラウは、テーブルの上の金属片を指差した。
「こいつは知らねえ」
モラウは金属片の表面に走る細い溝を、煙管の先で示した。
「石組みと同じ時代の物かどうかさえ、今のところ分からねえ」
モラウが「おかしい」と感じた理由はいくつかあった。
まず、長期間深海に沈んでいたはずなのに、金属の腐食が異常に少ないこと。
周辺の古い石造遺構と、この金属片の材質が明らかに不釣り合いであること。
現代の船舶から落ちたただのゴミには見えないし、破断面を見る限り、中まで全て同じ特殊な材質でできていること。
そして、表面の溝の意匠と、海洋生物の付着具合から見て、最近捨てられた物でもないこと。
「俺が知らねえ合金なんて、世界中に腐るほどある。だから、まずはまともな専門家に見せたいんだ」
ライトは頷き、金属片をケースへ戻した。
ライトは写真を見ながら、ふと疑問を口にした。
「モラウさん。この金属片、その遺跡のものじゃなくて、海流に乗って別の場所から流れ着いた可能性は?」
「なくはねえ。海ってのは、どこから何でも運んでくるからな」モラウは煙管を咥えた。「だからって、暗黒大陸から流れてきたとか、そこまで飛躍する気はねえけどな」
ライトの手が、ほんの一瞬だけ止まった。
「……暗黒大陸?」
モラウが顔を上げる。
「なんだ、知ってたか」
「……名前くらいは」
「どこで?」
「ハンター相手の商売を始めてから、妙なオカルト話は色々聞くんですよ。海の向こうには恐ろしい大陸があるとか」
ライトはそこで口を閉じた。
「まあ、そういうこともあるか」モラウはそれ以上追及しなかった。
モラウが再び金属片へ視線を戻したところで、ライトはようやく指先の力を抜いた。
「言っとくが、そこまでは俺も言ってねえぞ」
「分かってますよ」
「海の外から流れてきた可能性はある。だが、暗黒大陸なんて話まで飛ばす材料は何もねえ」
暗黒大陸についての会話はそこで途切れた。
ライトはテーブルの下で掌を開いた。薄く汗が滲んでいる。
(……危なかった)
たった一語に反応しただけで拾われた。前世から持ち込んだ知識について、これ以上余計な材料を与える必要はない。
「分かりました」ライトは気を取り直して言った。「最初から変なオカルトに飛ぶより、まずは普通の専門家を当たりましょう」
「それでいい」
ここで依頼が正式に成立した。
売却を前提とした仲介ではなく、価値と正体を調べるだけの『Cコース・鑑定依頼』。モラウがCコースの鑑定手数料と、専門家へ支払う実費を前払いする。
ライトはすぐにエドガーを呼び、現物を見せた。
エドガーはルーペで金属片の表面加工、付着物、破断面などを詳細に観察したが、やがて首を振った。
「ボス。これは私の専門である古美術や骨董の範疇からかなり外れますね」
「どこへ回せそう?」
「金属材料の専門家と、海洋考古学の研究者。最低でもその二人の分析が必要ですね」
ライトはすぐに手配を指示した。
数日後、それぞれの専門機関から分析結果が上がってきた。
金属材料の専門家からの報告。
『人工の合金である可能性が極めて高い。主成分は既知の金属だが、微量成分の配合比率が非常に特異。高い耐腐食性を持ち、表面には何らかの特殊処理を施した痕跡がある。しかし、製造方法や年代、何に使われていた部品なのかは断定不能』
既知の元素の組み合わせではあるが、製法が分からないという結果。
海洋考古学の研究者からの報告。
『付着生物と堆積物の状態から、少なくとも数十年から百年以上は海底に存在していたと推測される。現代の船舶ゴミではない。写真の石組み遺構についても、既知の沿岸文化とは様式が合致しない。しかし、未発見の地域文化であった可能性も十分にあり、金属片との同時代性も現時点では不明』
極めて慎重な回答だった。
ライトは二つの報告書を並べ、短い結論を書き出した。
人工物:ほぼ確実。
年代:不明。
文化圏:不明。
材質:特殊合金。
用途:不明。
「……分からないことが増えたな」
ライトが苦笑すると、隣で報告書を見ていたエドガーが眼鏡を押し上げた。
「こういうものですよ、鑑定というのは。一つの事実が判明すれば、三つの謎が生まれるんです」
モラウが再び窓口を訪れ、結果の報告を受けた。
彼は特に驚く様子もなかった。
「まあ、そう簡単に分かるモンなら、俺もわざわざこんなとこまで持ってきてねえよ」
モラウは報告書をパラパラとめくり、テーブルに置いた。
「で?」
「で、これ以上どうやって調べるかなんですよね」
ライトは少し考え込んだ。普通の分析装置と学者の知識では、これ以上の情報は出てこない。
ふと、ライトの口から素朴な疑問が漏れた。
「モラウさん。念能力でこういうのを鑑定できる人とか、いないんですか?」
モラウがライトを見た。
「何を?」
「こういうの」ライトは金属片を指差した。「触ったら、『これはどこの文明で何年前に作られて、何に使われていた物です』って、ポンと答えが分かるような能力を持った奴」
モラウは微妙な顔をした。
「……お前、念能力を何だと思ってんだ」
「大概、何でもありじゃないですか」
ライトの遠慮のない返しに、モラウは小さく息を吐いた。
「まあ、それは否定しねえ」
H×H世界の念能力は、実際かなり何でもありだ。だからモラウも「そんな能力は絶対に不可能だ」とは断言しない。
だが、同じ『鑑定』でも、できることには随分な幅があるらしい。
「例えば、物に残ったオーラの痕跡を見る。これは普通だ。《凝》の延長だな。次に、触った奴の微弱な痕跡を追う能力。これはあり得る。あるいは、特定の厳しい条件を満たした時だけ、その品物の過去の映像を断片的に見る。そういう能力者もいておかしくない。嘘か本物か判定する能力も、制約次第じゃ可能だろう」
モラウは金属片を持ち上げた。
「だがな。誰も知らねえ、歴史にも残ってねえような物を見せられて、いきなり『こいつは二千年前の何とか文明で作られた何とかです』なんて正解を、どこから持ってくるんだ?」
「……念の力で?」
「だから、その念が、どこから情報を拾ってくるんだよって話だ」
ライトは答えられなかった。
「念能力自体が大概何でもありなのは認める。だが、術者本人も知らねえ答えをそのまま引っ張り出すなら、人間の理を一段越えてる」
モラウは煙管をふかした。
「どっちかっていうと、未来予知とか予言とか、そっちに近い領域だな。神の領域に片足突っ込んでる」
(……未来予知)
ライトの脳裏に、一瞬だけ『天使の自動筆記』が浮かんだ。
術者本人すら知らない未来を、詩として書き出す能力。
まだ娘すら生まれていない今、その能力を思い浮かべるのは奇妙な感覚だった。
(……そりゃ、珍しいよな)
ライトはそこで思考を切り、目の前の金属片へ視線を戻した。
「じゃあ、そういう万能の鑑定能力者はいないってことですか?」
「そこまでは言ってねえよ」モラウは肩をすくめた。「いるかもしれねえ。俺が知らないだけでな」
「知らないんですか?」
「ハンターってのはな、自分の能力の詳細を名簿に書いて協会へ提出してるわけじゃねえんだよ」
能力を隠している者も多ければ、自分の専門分野の仕事でしか能力を使わない者もいる。
「能力を隠してる奴も多いし、自分の仕事でしか使わねえ奴もいる。探すのは骨が折れるぜ」
「じゃあ、探すのは大変そうですね……」
ライトが顎を撫でると、モラウが現実的なアドバイスをくれた。
「能力そのものから探すんじゃなくて、仕事の経歴から当たればいいんじゃねえか?」
「仕事?」
「遺跡の発掘、古物の取り扱い、念具の回収、呪いの解明、鑑定。そういう物ばっかり追ってるハンターだ。そういう連中の中に、お前の探してる能力者がいる確率は高い」
ライトの頭に、先月の競売で見た一人の男の姿が浮かんだ。
品物に触れて、来歴の不一致を見抜いていた鑑定人、オスカー=ライル。
「そういえば、一人心当たりがいますね。古物を念で調べてる鑑定人」
「なら、その辺から聞けばいい」
「あとは、マーロウにも聞いてみます」
「誰だ?」
「俺の念の先生です」
「へえ」
ライトは、協会地方支部の担当者へも業務依頼として周知を出してもらうことを思いついた。
『正体不明品の来歴・材質・用途などを、通常の分析とは異なる方法で調査可能な専門家を求む。能力の詳細開示は不要』といった形で依頼を出せばいい。
「本当に探すのか?」
モラウが少し呆れたように聞く。
「探すだけならタダみたいなもんでしょう」
「見つからなきゃどうする?」
「その時は、今まで通り普通の専門家を何人も使って、地道に調査を続けるだけです。何も変わりませんよ」
モラウはライトをしばらく見た後、煙管を咥え直した。
「まあ、それなら好きにしろ」
依頼は終了し、金属片はモラウ本人が持ち帰ることになった。
「正体が分かんねえうちは、売る気にもならねえからな」
「分かりました」ライトはCコースの鑑定手数料と、専門家へ支払った実費を清算した。「またその海域の再調査をする時、機材の手配や輸送が必要なら、うちに連絡をください」
「覚えとく」
帰り際、二人は名刺を交換した。
モラウの連絡先は、港の管理事務所や、複数の海運会社の代理受信場所など、三つも四つも並んでいた。
「シーハンターは長期間海に出るからな。船に出てる時はここ。陸にいる時はこっち。どっちも駄目なら、協会経由で伝言を残してくれ」
「連絡先が三つあっても、全部繋がらないことがありそうですね」
ライトが皮肉めかして言うと、モラウはニヤリと笑った。
「あるな」
モラウはジュラルミンケースを提げ、応接ブースを出て行った。
「正体が分かったら連絡くれ」
「そっちも、新しい物を拾ったら、現物を持ってくる前に一本電話をくださいね」
「善処する」
モラウが完全に退場し、一人になった応接ブースで、ライトはもらった名刺を眺めた。
(モラウ=マッカーナーシ……。本物だったなぁ……)
少しだけファン心が漏れた。
(まあ、若かったけど)
だが、ライトはすぐにデスクへ戻った。
金属片の鑑定結果のファイルを『鑑定継続中・所有者保管』として整理する。
そして、新しい白紙のメモ帳を引き寄せた。
そこに、オスカーへの問い合わせ、マーロウへの確認、そしてハンター協会への依頼書の文面を書き出していく。
「今度は何をお探しで?」
お茶を持ってきたヴィクターが尋ねる。
「鑑定ができる念能力者だ」
「……そんな都合の良い方がいるんですか?」
「モラウさんにも全く同じことを言われたよ」
ライトは少し笑った。
「問い合わせ先は三つですか?」
「オスカー、マーロウ、協会。どれか一つ引っかかれば上出来だ」
ライトは書き終えた依頼書に、流れるようなサインをした。
「返事はいつ頃になりそうです?」
「さあな。相手がハンターなら、明日かもしれないし、数ヶ月先かもしれない」
ライトは依頼書を封筒に入れながら、呟いた。
「探すだけ、探してみよう」
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