ネオン父に転生したのでふんわりした未来知識で成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

8 / 19
第8話 ネオンの父、過去を見るハンターと出会う

 1978年、初夏。

 モラウからの依頼を受け、ライトが三方向へ向けて『正体不明品を鑑定可能な念能力者』の求人を出してから数日が経った。

 

 運送会社内のオフィス。ライトのデスクには、すでに二件の返答が届いていた。

 一件目は、先月の競売で《凝》を使って見かけた鑑定人、オスカー=ライルの所属元からのものだ。

『ご提示いただいた条件の品物について、来歴の一部を調べることは可能ですが、今回そちらが求めているような特殊な全貌解明には対応できかねます』という、極めて丁寧な辞退の返答だった。能力の詳細は開示されておらず、ライトもそれ以上追及する気はない。

 もう一件は、遠方の護衛仕事に出ていたマーロウへ確認した結果だった。

『該当するような便利な能力者に、俺は心当たりがない』という素っ気ない伝言だけが返ってきていた。

 

(まあ、そんな簡単にポンポン見つかるわけないか)

 ライトは二件の返答をしまいながら、軽く息を吐いた。モラウからも、能力の詳細を隠しているハンターの中から該当者を探すのは骨が折れると言われている。むしろ予想通りの結果だった。

 

 しかし、その日の午後。ハンター協会の地方支部の担当者から、思いがけない電話が入った。

 

『先日の特殊鑑定人募集の件ですが、一名、本人から直接こちらへ連絡がありました』

「該当する人がいたんですか?」

 ライトが少し前のめりになる。

『いえ、本人は「自分が該当するかどうかは、実際の物を見てみないと分からない」と仰っています』

「……いかにもハンターっぽい回答ですね」

 

 担当者は少し言いにくそうに続けた。

『あと、依頼品だけではなく、ノストラードさんご本人にも興味があるそうです』

「俺に?」

 ライトは怪訝に眉を寄せた。

 

 このハンターは、普段から古物や遺跡、歴史遺物を扱う業界に出入りしているらしい。

 そして最近、ノストラードという名前を何度か耳にするようになっていたという。

 詳しい理由については、本人が直接話したいらしい。

 ライトとしても、依頼を受ける気があるのなら会わない理由はなかった。

 

 数日後。

 窓口の応接室に現れたのは、アーネスト=ロウという四十二歳の男だった。

 細身で、少し猫背。歳のわりに白髪が多く、ハンターにしては荷物が極端に少ない。だが、ライトが握手のために差し出した彼の手を握り返した指先だけは、異様なほど綺麗に手入れされていた。

 職業は、遺物ハンター。ただし、本人の専門は未知の遺跡の発掘そのものよりも、『過去の痕跡が残る物を追うこと』だという。考古学者や警察、富豪、博物館などから個人的な依頼を受けることが多いらしい。

 

 普段はかなり飄々とした態度だが、古物を見る時だけ目つきが変わる。そして、人間よりも『物の過去』の方に圧倒的な興味を抱いているような、奇妙な静けさを持つ男だった。

 

「あんたがライト=ノストラード?」

 ソファに座るなり、アーネストはライトの顔をじっと見て言った。

「そうですが」

 アーネストは握手を終えたライトの手を一度見てから、応接室の中へ視線を巡らせた。

「なるほど。ここが最近噂になってる窓口か」

「どんな噂かによりますね」

 

「最近、業界でよく聞くんだよ。ハンターの拾い物を集めてる、妙に手回しのいいマフィアがいるってな」

「集めてはいませんよ。専門家と買い手に仲介しているだけです」

 ライトはきっちり訂正を入れた。

 

「まあいい」アーネストは肩をすくめた。「今回俺が来たのは、依頼書に『能力の詳細を出さなくていい』って書いてあったからだ」

「ええ、その通りです」

「企業や裏社会の連中から仕事を受けると、どんな力なのか全部説明しろってしつこく聞かれることが多い。あれが面倒でな」

 アーネストはそこで一度言葉を切り、ライトの反応を確かめるように見た。

「それに、プロのシーハンターがお手上げだっていう『正体不明の古い金属片』ってのも、純粋に気になるしな」

 

 ライトは核心を突く質問をした。

「アーネストさん。あんたは、触ったものを何でも鑑定できるんですか?」

「できない」

 アーネストは間髪入れずに即答した。

「……ですよね」

 ライトは素直に頷いた。

 

「俺は、その金属片の名前も、現在の市場での値段も、使われている材質も、何一つ当てられない。そんな万能の知識は持ってないからな」

「では、何を調べるんです?」

「過去を見る」

 

 アーネストの目が、細く鋭くなった。

「俺の能力は、手で触れた物体に残っている『過去の痕跡』を、そのまま追体験することだ。誰かが作った、運んだ、使った、落とした、壊した、あるいは長期間放置された。……そういう、その物に実際に起こった過去の情景を見る」

 

 サイコメトリーに極端なまでに特化した能力だった。

 ただし、その能力には明確な限界と制約がある。

 まず、彼が見る視点は『その物体を中心とした半径十メートルから二十メートル程度の情景』に限られる。対象が通った場所の周囲しか見えないため、離れた場所の出来事や、都市全体を俯瞰するような見方はできない。

 さらに、古い物ほど痕跡を読み取るのは難しくなる。最近の記憶や、大きな衝撃が加わった瞬間ほど鮮明に見えるが、長時間同じ場所で放置されていただけの期間は映像として飛ばしやすい。また、「二千年前の五月三日を見せてくれ」といったような、ピンポイントの年代指定もできない。

 

 そして、もう一つ大きな限界がある。

「俺が見るのは、あくまで『映像』と『音』だけだ」

 アーネストは言った。

「例えば、千年前の古代人がペラペラ喋っている映像が見えたとしても、俺がその古代の言語を知らなければ、何を言っているかは全く分からない。文字も同じだ。だから、見えた情景を解釈するためには、結局は普通の言語学者や考古学者が必要になる」

 ライトは説明を聞きながら、能力の条件を手元のメモへ書き留めた。

 

「それと、俺の能力は『直接素手で触らないと使えない』」

 アーネストは自分の綺麗な指先を見た。

「だから、呪われてるようなヤバい物は大嫌いなんだ。最悪、触った瞬間に呪いをもらうからな」

「でしょうね」

 以前、競売で危険な残留念を持つ品を目にしたライトは、素直に同意した。

「今回の金属片については、持ち主のハンターと俺が《凝》で確認して、少なくとも異常な残留オーラは確認していません。その点は事前情報としてお伝えしておきます」

 

「持ち主のシーハンターも同席させてくれ。俺は、所有者の許可なしに他人の物へ能力を使いたくない」

 アーネストは、能力以前の問題だと言わんばかりだった。

「分かりました。連絡を取ってみます」

 

 そこからが少し骨だった。

 モラウから渡された複数の連絡先を順に当たり、二ヶ所で不在を確認した末、ようやく別の港に停泊していることが分かった。

 ライトはその港へ伝言を残した。

 あとは本人からの折り返しを待つしかない。

 

 二日後、モラウから電話があった。

『見つかったのか?』

「ええ。それらしい人が、一人」

 電話の向こうで、数秒の沈黙があった。

『……戻る』

 短い返答だった。

 モラウにとっても、あの金属片の正体はそれだけ気になるらしい。

 

 数日後。

 運送会社内に特別に設けた、防音完備の鑑定室。

 集まったのは、ライト、モラウ、アーネスト、そして記録役兼古物知識のアドバイザーとして呼ばれたエドガーの四人だけだ。エドガーには特殊な古物を扱う仕事上、念の存在と残留念・念具の危険性について必要最低限の知識だけはすでに共有してある。ヴィクターは通常業務に当たらせていた。

 

「あんたが、何でも鑑定屋か?」

 モラウがアーネストを見て値踏みするように言う。

「帰っていいか?」

 アーネストが面倒くさそうに背中を向ける。

「だから、誰も何でも分かるとは言ってないでしょうが」

 ライトが間に入ってなだめる。

 

 アーネストは改めてモラウに、見られるのは物体の周囲に残った過去の情景だけで、材質や価値の答えが直接出る能力ではないことを簡潔に説明した。

「なるほど」

「どこまで古く遡れる?」

「物による」

「二千年前でも見えるか?」

「保存状態と、その物に刻まれた出来事の強さ次第だ」

 モラウは首を傾げた。

「便利なんだか不便なんだか分からねえ能力だな」

「念能力なんて、大体そんなもんだろ」

 そのアーネストの返しに、モラウもニヤリと笑った。

 

 モラウがジュラルミンケースを机に置き、ロックを外した。

 中に収められた黒灰色の金属片。

 アーネストはすぐには素手で触れず、まずは手袋をはめた状態で金属片を様々な角度から観察した。そして、ライトが用意した事前の鑑定資料──毒性なし、放射性反応なし、残留オーラなし、海洋考古学者の慎重な見解──を読み込む。

「……なるほど。少なくとも数十年から百年以上は海底にあった。数百年、あるいは千年以上の可能性も?」

「否定はできません」とエドガーが補足する。

「面倒なの持ってきたな」

 アーネストは、口ではそう言いながらも、少し嬉しそうに目を細めた。

 

「さて、料金の話だ」

 アーネストがモラウを見た。

「能力使用と事前のヒアリング込みで、今回の鑑定料は五千万ジェニーだ。もちろん、見えなくても、途中で映像が途切れても、料金は同じだ」

「成功報酬じゃないんですね」

「何千年前の過去まで遡れるか分からないモンに、見える保証なんかできるか」

 ライトはその条件を確認した上で、手元の見積書を一枚差し出した。

「こちらは別に、能力者の探索、日程調整、施設と記録要員の手配を含む特殊案件の手配料として五百万ジェニーをいただきます」

「合わせて五千五百万か」

 モラウは数秒だけ数字を見た。

「払う」

 アーネストへの鑑定料とノストラードへの手配料はそれぞれ別契約として処理され、記録用資材などの細かな実費も明細に分けられた。

 

 準備が整った。

 アーネストが椅子に深く座り、紙と鉛筆の束をエドガーに渡した。

「いいか。これから俺が、見えた過去の映像を声に出して実況する。お前はそれを一字一句漏らさずに書き留めろ。絵を描けるなら、見えた特徴も口で説明するからスケッチしろ」

「……はい」

「それと」アーネストはライトとモラウに鋭い視線を向けた。「途中で、絶対に俺に質問するな。話しかけるな。俺が答えられる状態じゃないことがある。集中が途切れると危険だ」

 ライトとモラウは無言で頷いた。

 

 アーネストが実況しながら能力を使うのには理由がある。

 深く過去へ潜った後は、見た情景の細部が夢の記憶のように薄れることがあるという。

 そのため、長時間の鑑定では第三者による同時記録をつけている。

 エドガーは新しい紙を一枚取り、鉛筆の先を整えた。

 

 アーネストが手袋を外し、金属片を両手で包み込むように持った。

 目を閉じる。

 オーラが派手に噴き出すようなことはない。部屋は静まり返り、ただアーネストの呼吸が少しずつ深くなっていくのだけが聞こえた。

 

 数分が経過した。

 

「……暗い」

 不意に、アーネストの口が動いた。

 エドガーの鉛筆が走る。

 

「海だ。暗い。海底の砂。ほとんど動いてない。時々、小さな魚が横切る……」

 それは、モラウが発見する前の、静かな海底の風景だろう。能力は、現在から過去へと時間を遡っていく。

 

「光が来た。人間だ……潜水装備を着ている。持ち上げられた」

 モラウがわずかに顔を動かした。自分が見つけた瞬間の映像だ。

「船の上。検査されてる。ケースに入れられた……運ばれてる……」

 直近の過去は高速で流されていく。

 

「戻る」

 アーネストの声が少し低くなった。

「海底だ。長い。……長い」

 

 何十年、何百年という時間が、アーネストの脳内で圧縮されながら逆向きに辿られていく。

 付着する海洋生物が増えたり減ったりし、堆積物が積もっては海流で流される。砂の位置が目まぐるしく変わり、金属片の周囲の景色だけが高速で移り変わっていく。

 アーネストの額に、じわりと汗が滲み始めた。金属片を握る指先が微かに震えている。

 ライトは何かを聞きたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えて黙っていた。モラウも腕を組み、微動だにしない。

 

 突然、アーネストの眉がピクリと動いた。

「……待て」

 エドガーの鉛筆が止まりかけるが、慌てて書き続ける。

「泥がない」

「……建物?」

 

 今まで海底の泥の上に落ちていた金属片の位置が、過去へ遡った瞬間に変わった。

「壁……いや、柱か? 何かの構造物に固定されてる」

 金属片は、かつて何らかの人工構造物の一部として使われていたらしい。

 

 そして。

 アーネストの呼吸が、ふっと止まった。

 

「……白い」

 モラウの肩がピクリと反応した。

「一瞬、何も見えない……いや、水が……」

 

 ライトも息を呑んだ。

 

「ない。……明るい。空がある。青い。太陽だ」

 

 エドガーが驚きのあまり手を止めそうになるが、必死に紙に書き留める。

 海底に沈んでいたはずの金属片の周囲に、今度は空と太陽がある。

 それは、この金属片が陸上に存在していた時代まで遡ったことを意味していた。

 

「……街だ」

 アーネストの声に、微かな震えが混じった。

「少なくとも集落じゃない。普通に人が暮らしてる」

 

 アーネストに見えているのは、金属片を中心とした狭い一区画だけだった。

 それでも視界の中には、石造りの二階、三階建ての建物が何棟も並び、舗装された道と整備された水路が交差している。店らしき入口もあり、人の往来も絶えない。

 

「服は……知らねえ。現代のものじゃない。染色されてる布だ。装飾品をつけてる奴もいる。エドガー、後で特徴を言うから絵にしろ」

「はいっ」

 

「何か喋ってる。すれ違いざまに口論してる奴もいるが……言葉は全く分からん」

 アーネストの耳には、未知の言語が飛び交っていた。

 

 狭い視界の中だけでも、様々な人間が何度も行き交う。

 荷物を運ぶ商人。走り回る子供。見回りらしき男。店先で話す老人。荷車。犬に似た動物。

 金属片の前には、かつて誰かの日常が確かに存在していた。

 

 やがて、アーネストが違和感に気づいた。

「……何だ?」

 通りのすぐ前で、人間が数人がかりで大きな石材を運んでいる。だが、一人が手を添えた瞬間、その動きが明らかに軽くなった。

「オーラだ。あいつ、オーラを使ってる」

 モラウの目が、スッと細められた。

 

「まただ」

 視界の端を流れる水路で、低い場所から水が持ち上がるように流れ、近くに立つ人間のオーラが揺れた。

「あれもだ。何かに念を使ってる」

 

 そして、最大の違和感。

 アーネストが顔をしかめた。

「待て。この金属片」

「オーラが流れてる」

 現在の金属片には、全くオーラは残っていない。だが過去の情景の中では、一定の間隔で、何者かのオーラがその金属片を通過していた。

 

「これだけじゃない。この狭い範囲に見えてるだけでも、向かいの建物の壁、水路の縁、道路脇に同じ黒灰色の金属がある」

(同じ金属が、ここだけでこれだけ?)

 ライトは質問したくてたまらなかったが、歯を食いしばって我慢した。

 

 アーネストは、そこから時間を過去から現在へ向けて辿り始めた。

 同じ通りで人が入れ替わり、店の看板らしき物が変わり、建物が補修される。子供だった人物らしき人影が、年月を経て大人の姿で同じ道を通る場面もあった。

 長い年月にわたって、人の暮らしが続いていた。

「……この狭い範囲だけでも、念を使う奴を何人も見るな」

 

 そして、ある日。

 実況の速度が、ゆっくりと落ちた。

 

 いつも通りの通り。晴天。目の前では人々が普通に働いている。

 視界の中に警報を聞いて慌てる者はいない。

 争いも見えない。

 地面が揺れる様子もない。

 その一区画は、ほんの少し前までと何も変わらなかった。

 

「……何だ?」

 アーネストの実況が、ふいに止まった。

 数十秒。ライトたちも息を潜めて待つ。

 初めて、アーネスト本人が困惑している様子が伝わってきた。

 

「光が……」

「走った」

 どこから来たのかは分からない。

 ただ、アーネストの見ている範囲すべてが、一瞬だけ真っ白な光に包まれた。

 爆発音はない。衝撃波もない。ただの純白の光。

 

 次の瞬間。

 

「──っ!?」

 アーネストの全身がビクンと強張り、金属片を握る指に異常なほどの力が入った。

 モラウが反射的に身体を起こすが、触れることはしない。

 

「暗い」

 アーネストの呼吸が、急激に荒くなる。

「……水?」

 モラウの表情が変わった。

 

「海だ」

 アーネストが喘ぐように言った。

 ライトの背筋を、冷たいものが走った。

 

「深い……さっきの海底と同じ景色だ」

「建物もある。道も……さっきまで人が歩いてた場所が、そのまま水の中にある」

 金属片の周囲だけではない。少なくとも能力の視界に収まる一区画の構造物が、その配置を保ったまま深海に存在していた。

(……こんなの、俺の知ってる話にはないぞ)

 

 視界のすぐ前にいた人間たちが、突然暗くなった周囲を見回している。

 荷車を押していた男が動きを止め、道端にいた女が頭上へ顔を向け、少し離れた子供が何かを叫んだ。

 その直後、深海の水圧が襲った。

 

「あ──」

 

 ガキンッ、という金属片が柱から引き千切られるような衝撃の記憶と共に。

 アーネストの能力は、強制的に解除された。

 

 アーネストが突然目を見開き、金属片をテーブルの上にボトリと落とした。

 彼は椅子の背もたれに寄りかかり、肩で大きく息をした。額からは滝のように汗が流れ落ちている。

 しばらくの間、部屋には誰も言葉を発する者はいなかった。

 

 ライトはすぐには質問攻めにしなかった。エドガーが差し出した水をアーネストに渡し、彼が呼吸を整えるのを数十秒待った。

 アーネストは受け取った水を少しずつ飲んだ。

 モラウも黙ったまま、テーブルの金属片を見つめていた。

 先ほどまで単なる正体不明品だったものを見る目ではなくなっている。

 

「……クソ」

 アーネストが残った水を飲み干し、悪態をついた。

 

 最初に口を開いたのは、モラウだった。

「今の、見間違いじゃねえんだな?」

「知らねえよ」

 アーネストが吐き捨てるように言った。

「おい」

「俺が言えるのは、実況した通りのものが見えたってことだけだ。それ以上の解釈まで俺にやらせるな」

 

 ライトが最低限の事実確認を入れた。

「最初、その街は間違いなく陸上にありましたね?」

「あった。青空が見えたからな」

「光の直前、地震は?」

「感じなかった」

「津波とか、海が迫ってくる様子は?」

「見てない」

「地面が沈んでいくような動きは?」

「それもない」

 

 そこまで聞くと、モラウは煙管を手に取りながら、もう一度記録用紙へ目を落とした。

 海上と海底を仕事場にしてきた男の表情から、先ほどまでの軽さが消えていた。

 何度かアーネストの返答を確かめるように読み返し、それから現物へ視線を戻す。

 ライトは口を挟まず、その様子を待った。

 

 モラウは、テーブルの上の写真と金属片をじっと見つめ、しばらく沈黙した。

 

「……おかしい」

「何がです?」ライトが尋ねる。

 

 モラウは煙管を握り、低い声で言った。

「街が海に沈むなら、沈むまでの時間がある。地盤が落ちたにしろ、海が押し寄せてきたにしろな」

 

 アーネストは黙って汗を拭っている。

 

 モラウがライトを見た。

「今のには、それがねえ」

 モラウは金属片を指差した。

 

「光った次の瞬間には、もう深海の底だった。過程がすっ飛んでる」

 

 一拍の沈黙。

 

「おい、ノストラード。……これ、自然現象で海に沈んだんじゃねえぞ」

 




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。