【異世界版】ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になって色んな世界に転移・召喚される話 作:ポップ
数日後。
ネイル村の教会に、前回と同じ女性が訪ねてきた。
引き続き帰る為の術式を考えていたバニーは、神父から来客を告げられると、机に広げていた紙を片付けて部屋を出る。教会の入り口で待っていた使者は、こちらの姿を確認して丁寧に頭を下げた。
「バーン様より、準備が整ったとの御伝言を預かって参りました。本日、御都合は如何でしょうか?」
その知らせを聞き、バニーは待ってましたとばかりに笑顔になる。
元いた場所に帰る前に、お世話になったネイル村には何かお返しをしておきたい。もし出来るなら『魔王からの不可侵の約束』でも取り付けていければと思っていたので、実は早く連絡が来ないかと、少し楽しみにしていたのである。
ちなみに、今回魔王がやって来るという事に関しては、特になんとも思っていない。
今のバニーにとって、ただの魔王という存在は、そこまで脅威を感じる相手では無くなってしまったらしい。
勿論、大魔王が間に入ってくれるからといって、何もかも信じている訳ではない。
未来で出会った女の子が、『あれは、この地上を消し去ろうとしている大魔王バーンよ!』と言っていた事も、ちゃんと覚えている。
しかも、その言葉は、この間バーン本人にも『こんな事を言ってた』と話したばかりである。
なので、今は直接手を出していなくても、いずれは自分で何かするつもりなのだろう。あの時は、あまり深く突っ込むのもマズイかもしれないと思って聞かなかったが、そもそも地上を消し去るとは、一体どういう事なのか……
征服とか殲滅とかなら聞いた事はある。しかし、地上そのものを消してしまうなど、バニーには想像もつかなかった。
(あのお爺ちゃんも、私がそこに気付いてるのは分かってるんでしょうけど……)
でもまぁ、その時はこの時代の勇者達が何とかしてくれるだろう。既に引退して遊び人になった昔の人間である自分には、そこまで面倒を見切れないし、まずは今出来る事をしておくつもりだった。
「あの件ね。いいわよ。ちょっと神父様に言ってくるから、待ってて」
正直に『魔王に、ネイル村には手を出すなって一言いってくるわ!』などと伝えたところで、神父を困惑させるだけだろうから、バニーは今回も、少し出掛けてくるとだけ告げて、入り口で待つ女の元に戻った。
「お待たせ。それじゃあ、お願いするわね」
使者は一礼すると、バニーを案内して教会を出ていく。今日は、魔王にネイル村の件で話をつける為に向かうのだ。
……まぁ、ほぼ確実に話して分かってくれはしないだろうから、恐らくは揉めて勝負をする事になるんだろうけども、もし万が一負けたとしても、殺しは無しという条件を、バーンにも約束してもらっている。
後は、相手がどれくらい話の通じる奴なのか、会って確かめてみるしかないだろう。
◇ ◇ ◇
城に着き、長い廊下を案内されている途中で、使者から一つ説明があった。
「バーン様は、ハドラー様にはまだそのお姿をお見せになっておりません。ですので、本日はカーテン越しにお話しになるとの事です」
「ふ〜ん、そうなの?分かったわ」
それには大して興味も無かったので、特にそれ以上の事情までは聞かず、バニーは女の後について歩く。
やがて通された大広間には、石張りの床が奥まで続き、左右には太い柱が並んでいた。中央には卓も椅子も置かれておらず、一段高くなった奥の一角だけが、厚いカーテンで仕切られている。
その傍には白い衣を纏ったミストバーンが立ち、キルバーンも少し離れた位置に控えていた。
(なるほど。あの向こうにいるのね)
感じられる気配にも覚えがあるので、バーンがそこにいる事は分かる。バニーがカーテンに目を向けながら進んでいくと、広間の中央に立っていた男が、勢い良くこちらを振り返った。
緑色の肌に、鋭く尖った耳。バニーよりも一回り以上大きな身体をした魔族である。
「なに!?バーン様の居城に、人間だとっ!?」
男は驚いた様に声を上げ、バニーを頭から足元まで見た。
黒いバニースーツに網タイツ、頭にはウサ耳まで付いている。どう見ても場違いな人間の女が、魔族の女に連れられて堂々と入ってきたのだから、無理もない。
しかし、バニーはその問いには答えず、男を軽く一瞥しただけで、カーテンの奥に声を掛けた。
「で?こいつが、噂の魔王なの?」
ハドラーの顔が険しくなる。
この女……今、確かに目が合った。その上で自分の言葉を無視し、あまつさえこの俺を『こいつ』とは、魔王に向かって何という物言いか。
思わず一歩踏み出しかけたが、その足は、カーテンの向こうから響いた声によって止められる。
「うむ。その者が今、地上侵略を進めている魔王ハドラーだ」
「ふ~ん」
そこで初めて、バニーはハドラーをちゃんと見てみる。
なるほど、確かにまぁ、一応魔王を名乗るだけの事はありそうだ。身体つきも立派だし、ただ立っているだけでも、そこらのモンスターとは格が違う事が分かる。もっとも、カーテンの奥にいる大魔王と比べれば、全然なのだが。
そんな態度を見て、ハドラーのこめかみがピクリと動いた。人間に値踏みされるなど、普段なら許しておく筈もないが、ここはバーン様の居城である。
女を睨み付けたまま怒りを呑み込んで、奥に向かって問い掛ける。
「バーン様!これは一体どういう事なのでしょうか!?何故この場所に、この様なおかしな格好をした人間が……」
「ハドラーよ。そう急くでない。その者はバニーといってな。まぁ、簡単に言えば余の客人よ」
「大魔王バーン様の客人!?この人間がですか!?」
ハドラーは改めてバニーをまじまじと見た。
「細かな経緯は省くが、その通りだ」
こんな女が、一体どこでバーン様と知り合ったというのだ……
しかし、魔界の神とまで謳われている大魔王から客として招かれているのであれば、ただのおかしな人間……という訳ではないのだろう。だが、どれだけ見てみても、目の前にいるのは酒場で酔い客の相手でもしていそうな者でしかない。
何故こんな女が……という疑問は深まるばかりだったが、バーンはそんなハドラーの困惑を気にするでもなく、二人を呼んだ理由を話し始めた。
「実はな、以前そこのバニーから余に申し出があったのだ。『地上のとある村には手を出すな』とな」
(ちょっと待ちなさいよ)
バニーは声には出さず、慌ててカーテンに顔を向ける。
自分は『出来ればネイル村には手を出さないでほしい』とお願いしたのであって、そんな強気な発言をした覚えはない。脚色するにも程があるだろう。
しかし、バーンの話はそのまま続いていく。
「そこで余はこう答えたのだ。今、地上を侵略している魔王は、余の部下ではないとな。そして、こうも言った。言いたい事があるなら、そなた自身でハドラーに直接伝えてみればよかろう、と」
そこに関しては、その通りである。
だが、最初の発言を訂正しようにも、ハドラーは黙ってバーンの言葉を聞いており、口を挟むタイミングが中々ない。そして、バニーが少し不満そうにしている間に、大魔王は話を纏めてしまった。
「して、ハドラーよ。その『村には手を出すな』という、バニーの話。聞くつもりはあるかな?」
そこで一度言葉が途切れ、続く声には、どこか面白がっている様な響きが混じる。
「あぁ、無論、返答に際して余の客人である事を気にする必要はない。遠慮せずにそなた自身の考えを、そのままその者に伝えるがよい」
それを聞いて、ハドラーはゆっくりとバニーに向き直った。
この人間が、バーン様とどういう関係なのかは分からん。だが、大魔王の客人だからといって要求を呑む必要はないというのなら、自分の答えは最初から決まっている。
「……バニーといったか。貴様がバーン様の客である以上、ただのおかしな人間ではない事ぐらい、この俺にも分かる」
威圧する様に声を低くし、ハドラーは一歩近付いた。
「その上で、敢えて言わせてもらおう。俺は地上を征服するにあたって、人間どものいかなる事情も考慮するつもりはない!」
地上では、自分の名を聞いただけで逃げ惑う人間どもである。バーン様からも遠慮はいらぬと言われている以上、この女に譲ってやる理由など、ハドラーには微塵もなかった。
「……という事だが、どうする?バニーよ」
カーテンの向こうから、バーンの楽しそうな声が響き、バニーは両手を腰に当てながら大きく溜息を吐いた。
「はぁ……まぁ、私も地上の魔王様が、そうすんなりと話を聞いてくれるとは思ってないわ」
バニーは腰から手を離すと、ハドラーに向き直って言葉を続けた。
「仕方ないわね。普通に話しても分かってくれないんだったら、あとはもう『力』で無理矢理言うこと聞いてもらうしかないわ!」
「……何?」
ハドラーは訝しげに眉を寄せた。まさか自分と戦うつもりなのかと女の顔を見たが、バニーは怯みもせず、むしろそのまま条件まで持ち出してくる。
「だから、一つ賭けをしない?私が勝ったら、あんたも部下達も、今後は『ネイル』っていう村には手を出さない!その代わりに、もしあんたが勝ったら……そうね、私に出来る事なら何でもしてあげようじゃない!」
大魔王様の客人だというから、手荒な真似は控えていたが、まさか女の方から勝負を申し込んでくるとは。
そこまで聞いたハドラーの口元が、ニヤリと歪んだ。
「いいだろう。バーン様の前で自分から言い出した以上、後になって後悔しても知らんぞ」
バニーも口の端を上げ、負けるつもりなどないとばかりに言い返す。
「そっちこそ、負けてから約束を守らないなんて言わないでよね」
互いの視線がぶつかる中、奥から低い笑い声が漏れてきた。
「よかろう。勝敗は余が見届ける。ただし、互いに命までは奪うな」
ハドラーはカーテンに向かって頷き、バニーも異論はないと返す。
二人は広間の中央に移動し、奥のカーテンを横手に見る位置で、十分に距離を空けて向き合った。ミストバーンとキルバーンは、それぞれ柱の傍で様子を見守っている。
「それでは、双方よいな」
バニーが軽く拳を握る一方、ハドラーは腕を下ろしたまま構えようともしない。余裕のある態度を見せてはいるが、視線は目の前の女から離れていなかった。
返事の代わりに二人が頷いたのを確かめ、バーンが開始を告げる。
「始めよ」
◇ ◇ ◇
先に動いたのは、バニーだった。
ハイヒールで石の床を強く蹴り、一気に距離を詰めてハドラーの顔に拳を振るう。あまりにも素直な攻撃であり、ハドラーは左腕を上げるだけで受け止めた。
拳が当たる鈍い音が響いたものの、受けた腕が押し込まれる事すらない。ハドラーはその場に立ったまま、バニーを見下ろして笑った。
「軽いわっ!」
お返しとばかりに、右の拳が飛んでくる。
バニーは両腕を重ねて防いだものの、衝撃を受け止め切れず、靴底を石の床に擦りながら後ろに押し戻されてしまう。どうにか踏みとどまり、痺れた腕を軽く振っていると、ハドラーが鼻で笑った。
「どうした。その程度の力で、この俺に挑もうというのか?」
しかし、バニーは特に気にした様子もなく、軽い調子で答える。
「そうねぇ。流石に今のままだと、ちょっと分が悪いかしら」
随分あっさりと認めたものだ。
ハドラーが更に何か言おうとしたところで、バニーは自分に向けて呪文を唱え始める。
「【バイキルト】!【スカラ】!【ピオリム】!」
途端に身体に力が満ちて、床を踏む足取りまで先程とは比べものにならないほど軽くなった。
バニーは拳を握り直し、ハドラーに笑みを向ける。
「それじゃあ、もう一回!」
再び床を蹴った瞬間、ハドラーの眉が動く。先程よりも速い。
すぐに腕を上げて拳を防いだが、今度はそのまま胸元まで押し込まれ、後ろに足を引いて踏ん張らなければならなかった。
「なっ、なに!?」
押し返そうと腕に力を込める前に、バニーは横に回り込み、続けて拳を叩き込んだ。
ハドラーも身体の向きを変えて受け、今度は女の肩を狙って拳を振り下ろす。バニーは片腕でそれを防ぎながら後ろに跳び、追ってくる相手を迎え撃った。
拳と腕がぶつかる音が続き、踏み込んだ足元で、石の床が細かく砕けていく。
バニーの殴り方は、武術を極めた者のそれではなく、いわゆる喧嘩殺法である。だが、呪文によって引き上げられた力と速さは、それだけでも十分厄介だった。最初と同じつもりで受ければ押し込まれ、反撃しようとすると、バニーは既に身を引き、次の一撃を繰り出す準備に入っている。
つまり、さっき唱えた呪文は身体能力を引き上げるものか。
ハドラーもバニーが強くなったカラクリを察し始めたのか、受け止めていた腕を動かし、相手の拳を横に払った。そのまま脇腹に反撃を入れ、避けられれば距離を詰めて追いすがる。
バニーも守りを固めているので致命的な痛手にはならず、反撃を受けながらも、次の呪文を仕掛ける隙を窺っていた。
「身体を強化した程度で、この俺に勝てると思ったか!」
「そう?タダの遊び人の女の子が魔王相手にこれだけ奮闘出来てるんだったら、結構悪くないんじゃないかしら?」
バニーはそう返すと、踏み込む振りをして足を止め、受けに回ったハドラーに掌を向けた。
「【ボミオス】!」
攻撃を待っていた魔王の身体を、バニーの呪文が捉える。
気にせず殴り掛かろうと踏み出した足が、思う様に前に出ない。腕を振る動作まで鈍くなっており、初めて見る呪文だが、恐らく相手の動きを阻害するものなのだろう。
忌々しい術を、とハドラーが身体に力を込め直したところで、更に次の呪文が飛んできた。
「【ルカニ】!」
そして今度は、身体から何かが削ぎ落とされる様な感覚が走る。
「おのれっ!またもや奇っ怪な呪文を使いおって……!」
とはいえ、怪我を負った訳ではないし、体力が減った訳でもない。ならば、それほど大した影響もないのだろう。
そう判断したハドラーは、迫ってくるバニーの拳を受けようと腕を動かしたが、鈍らされた身体では防御が間に合わない。脇腹に拳が食い込み、ハドラーの口から苦悶の呻き声が漏れる。
「ぐっ……!」
続く一撃はどうにか防ぐ事が出来たが、受け止めた腕にも痛みが走り、その顔が歪む。
先程までなら、同じ様に防いでやり過ごせた筈なのに、今は拳を受け止める度に、かなりの衝撃を感じる。
ハドラーは大きく後ろに下がって、バニーから距離を取った。
「……小細工を!」
「文句があるんだったら、防いだらいいじゃない」
バニーは追撃する足を止め、ハドラーの動きを見ながら、少し挑発する様に言い返す。
「あそこにいる大魔王には、こんなの使っても全然効かなかったわよ?でも、それがあんたには効くって事は、それだけあんたがショボいって事なんじゃないの?」
カーテンの向こうから、「ふふふっ」と笑う声が聞こえてくる。
ハドラーは奥歯を噛み締め、目の前の女を睨んだ。
この女はバーン様と戦った事があるのか……?
聞き捨てならない話ではあるが、今はそれよりも、自分が大魔王の前で人間に侮られている事が、何よりも腹立たしかった。
「人間風情が……調子に乗るなよ!」
魔王は床を蹴り、正面から殴り掛かる。
確かに動きは鈍らされているし、防御力も落とされているようだが、それでも目の前の女を倒せないという訳でもない。鈍った感覚に慣れてしまえば問題ないとハドラーは考えていたが、今度はバニーが拳ではなく、開いた掌をこちらに向けてきた。
「【メラゾーマ】!」
その手から、凄まじい炎が放たれる。
ハドラーは掌を向けられた時点で横に跳んでいた為、どうにか直撃を避けた。だが、敏捷性低下の呪文の影響で思ったように動けず、掠めた炎が肩口の衣服を焼いていく。
後方の壁に炎が叩き付けられる中、ハドラーは着地と同時に体勢を立て直した。
「メラゾーマか。人間にしては、中々に高度な呪文を使う……」
焼けた肩口を払いながら、ハドラーは口元を歪めて笑う。そんな呪文で自分を上回ったと思われては、堪らないといった表情だ。
「だが!魔王の呪文に比べれば、まだまだ幼稚!」
両腕を左右に開いて持ち上げると、上を向いた掌に、それぞれ眩い光が集まり始めた。
更に膨らんでいく二つの光の塊は、ハドラーの頭よりも遥かに大きくなり、その周囲には、稲妻の様な光が迸っている。
そうだ、何も相手に付き合って拳で倒す必要はない。避ける隙間もない程の爆発で呑み込んでしまえば、いくら素早く動けたところで意味はないのだ。
バニーもその構えを見て、相手が何をしようとしているのか察したらしい。
すると、ハドラーを見据えたまま両腕を開き、左右の掌に魔力を集め出す。
「……何?」
ハドラーは両手に魔力を集めたまま、信じられない様子でバニーを凝視した。
奴の両手にも、自分と同じ様に稲妻が迸る光が生まれている。しかも、その膨れ上がっていく様は、自分のものと寸分違わぬものだった。
「馬鹿な……人間が、イオナズンだと!?」
「普通に使えるわよ。そんなに驚く事?」
バニーが答えている間にも、互いの両の掌に集まった光が強さを増していく。
ハドラーは、構えていた両手を前に突き出した。同じ呪文で対抗するつもりなら、奴の呪文ごと飲み込んで押し潰してやるまで。
「【イオナズン】!」
ゴォォォッ!!!
すかさず、バニーも呪文を放つ。
「【イオナズン】!」
ゴォォォッ!!!
二人の手から放たれた爆裂の魔力が、広間の中央で激突する。
弾けた光が膨れ上がり、石の床に亀裂が走った。激しい轟音と共に破片が巻き上げられ、ハドラーは両手を突き出したまま、更に魔力を注ぎ込んでいく。
ところが、中心のせめぎ合いは女の方に進まず、それどころか自分の方が正面から押し返され、2人分の爆裂の魔力がこちらに迫ってきていた。
「な、何だと……!?」
堪らず両足を踏ん張ったが、いくら魔力を込めても勢いは止まらない。そして、ハドラーの放った呪文が呑み込まれ、バニーのイオナズンが目前まで迫る。
このままでは、マズイ。
ハドラーは呪文を維持するのを諦め、咄嗟に横へ身を投げた。思い通りに動かない足で逃げようとするよりも、倒れ込む様にして、その場を離れたのである。
直後、つい先程までいた場所を爆発が呑み込んだ。
背後の壁が砕け、押し寄せた衝撃に身体を煽られながら、ハドラーは床の上を転がっていく。どうにか止まって顔を上げると、煙の向こうでは、バニーが両腕を下ろしているところだった。
……やつの魔力は俺以上なのか?
人間がイオナズンを使える事だけでも信じ難いのに、あの女はこちらの呪文を正面からねじ伏せてきたのだ。
「……忌々しい女め!」
ハドラーは床に左手をついて上体を起こし、右の掌をバニーに向けた。転がった身体には埃が付いているが、それを払う事さえせず、掌に閃熱の魔力を集中させていく。
このままやられている訳にはいかない。
その手元が鋭く輝き始めると、バニーは軽く眉を上げた。
「あら、今度はベギラマ?」
問い掛けながら、バニーは左右の腕を大きく開く。
両の掌から噴き上がった炎が、身体の両側で渦を巻きながら頭上までせり上がっていく。炎が繋がり、バニーの真上をうねり始めたところで、ハドラーの動きが止まった。
「そ、それは……ベギラゴン……!?」
威力に関してはイオナズンを更に上回る、閃熱系の最上位呪文。
魔王であるこの俺でさえ未だ習得出来ていないというのに……まさかこの女は、それを扱えるというのか!?
バニーはその反応を見て、少し笑いを含んだ声で言い返す。
「なに?ギラ系はベギラマまでしか使えないの?さっき笑いながら『まだまだ幼稚!』とか言ってた癖に、それで魔王を名乗ってるなんて、とんだ三流魔王様ね」
バニーの嘲りに耐えかね、ハドラーは歯を剥き出しにして怒鳴り返した。
「黙れえっ!【ベギラマ】!」
ドンッ!
ハドラーの掌から、強烈な熱線が放たれる。しかし、バニーは慌てる事なく、左右に広げていた両手を正面で合わせた。
「【ベギラゴン】!」
ドゴォォォンッ!!!
頭上で渦巻いていた炎が集約され、灼熱の奔流となって一気に解き放たれる。
二つの呪文がぶつかったものの、ハドラーのベギラマは、殆ど抵抗も出来ずに押し返されていく。掌から更に魔力を注ぎ込もうとした時には、既に視界を埋め尽くす炎が目前に迫っていた。
今度は避ける間もない。
「ぐああああっ!」
全身を激しい炎に呑まれ、ハドラーの身体が後方に吹き飛ばされていく。
床に叩き付けられ、そのまま何度も転がった末に、ようやく勢いが収まった。焼け付く痛みに顔を歪めながら両腕で身体を起こそうとするも、激痛が走り、すぐには立ち上がれない。
胸に残った息を吐き出して、床に這いつくばりながら、どうにか片膝をついた。
「おのれえ……!」
人間の女に、ここまでやられるなど。しかも、バーン様の目の前である。こんな無様な姿を晒したまま終われる訳もなく、ハドラーは怒りに任せて顔を上げた。
その先で、バニーは追い掛けてくるでもなく、静かに目を閉じていた。
「最後に少しだけ、私の本気を見せてあげるわ」
【賢者の回帰(ルビス・メモリア)】
白い光が身体を包み、黒いバニースーツとウサ耳が消えていく。代わりに現れたのは、純白と青を基調とした『神鳥の法衣』と、淡く輝くサークレット。
右手には『神鳥の杖』を装備し、左腕には『女神の盾』を装着している。
さっきまでのおかしな格好とは、まるで違う。
……いや、気のせいでなければ、魔力も威圧感も増している気がする!
ハドラーがその変化に目を奪われている間に、バニーは杖を左手に持ち替え、更なる力を引き出していた。
【魔力覚醒】
身体の内側から、魔力が一気に膨れ上がる。
パプニカで炎の鳥を放った時とは違い、今は賢者だった頃の姿に魔力覚醒を重ねている。ここまでの戦いで使っていた呪文とも比べものにならない力が、バニーの全身に満ちていった。
ハドラーもその変化を感じ取り、立ち上がろうとしていた動きを止める。
バニーが目を開くと、空いた右手を高く掲げ始めた。
掌の上に炎が集まり、みるみる大きさを増していく。やがて左右に大きな翼を広げると、燃え盛る炎の鳥が頭上に姿を現した。
【カイザーフェニックス】
バーン達に以前見せたものよりも、更に強い魔力で構築された炎の鳥が、膝をつくハドラーを見下ろしている。
「な、何だ……その呪文は!?」
炎の鳥から感じられる膨大な力は、確かにメラ系の魔法力の様ではある。だが、自分の知っているメラゾーマとは、規模も、その姿もまるで違う。
あれは、一体なんなのだ……
触れれば、自分の身体など立ち所に焼き尽くされる。先程までの呪文とは違って、耐えられるかどうかを考える余地さえないと、ハドラー自身の経験が告げていた。
「そろそろ、決着をつけちゃうわよ」
バニーの声は、ここまで戦っていた時と変わらなかった。
頭上で炎の鳥が翼を広げ、ハドラーに狙いを定める。身を退こうとしたものの、傷を負った身体と鈍らされた動きでは、すぐに距離を取る事も出来ない。
……このままでは、死ぬ。
バニーの右手が動きかけた、その時だった。
「そこまでだ」
カーテンの向こうから、バーンの制止の声が響く。
「勝負はついた。双方、大儀であった」
バニーはカーテンの方を見てから、ハドラーに視線を戻す。相手が膝をついたまま動けずにいるのを確かめると、掲げていた腕をゆっくりと下ろしていく。
注いでいた魔力を抑えるにつれ、炎の鳥は形を失い、次第にその姿を消していった。
「はぁ……はぁ……っ……」
立ち上がろうとしていた筈のハドラーは、その場で動けなくなっていた。
あの、死を彷彿とさせる炎の鳥は、もういない。それでも、頭上で翼を広げていた姿が脳裏から離れず、身体はまだ硬直したままである。
バーン様が止めていなければ、アレは確実に自分に向けて放たれていた。
そう考えた途端、背中に冷たいものが流れる。ハドラーは両手を床についたまま、何度も息を吐き続けた。
「……おのれっ!バニー!!!」
呼吸が幾分落ち着いてくると、強張っていた顔が、屈辱と憎悪で歪んでいく。
ハドラーは床についた指を握り込み、神器の様な装備を纏って立つバニーに、恐ろしい視線を向けていたのだった。
お疲れ様です。
遂にこの『ロモス編』も第十話までやってきました。
頭の中でぼんやりと思い浮かべていたものが、まさかここまでくるなんて、自分でも驚いています。
これで、当初考えていたやつの9割くらいは書けたと思いますので、あとは最後にもう少しだけ書いてから、この過去にあったロモス編のお話を終えたいと思います。
別に未来にいってもいいんですが、それだとファイヤーヘッドさんの作品「【習作】USBから忘れ去っていた黒歴史が……ッッ!!(ダイ大・逆行・最強・TS)【ネタ】」と、展開が被っちゃうような気もしますので、悩みどころではありますよね。
こちらも、ダイの大冒険の二次創作小説の中では神作だと思っておりますので、未読の方がおられましたらお勧めさせて頂きます。
それと、前回で「もし宜しければ、感想や評価などもどうぞ宜しくお願いします」と書かせて頂いたのに、その機能を撤去してしまってすいません。
活動報告でも書かせて頂きましたが、色々悩んで取りやめにさせてもらいました。
それでは!
これからの展開は考え中ではありますが、まだまだバニーの作品は続けていきたいと思っておりますので、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
現代に来たり、異世界ファンタジーの世界にも行ってみたい(笑)