【異世界版】ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になって色んな世界に転移・召喚される話 作:ポップ
「バニーよ、見事であった」
カーテンの向こうから声を掛けられ、バニーはハドラーから顔を逸らした。まだその身には神鳥の法衣を纏っているが、先程まで溢れていた魔力は収まり、今はいつもの調子で得意げに胸を張っている。
「まぁね。今更そこらの魔王に負けちゃうようなバニーさんじゃないから」
その言葉を聞かされながら、ハドラーは床についた手に力を込め、どうにか立ち上がり始める。ベギラゴンで焼かれた身体は、少し動かすだけでも痛みはするが、それでも人間の女の前で、魔王を名乗る自分がいつまでも這いつくばっている訳にはいかなかった。
「ぐっ……おのれぇ……」
バニーを睨み付ける目には、まだ怒りが残っている。だが、敗れた自分が大魔王の前で今更殴り掛かる訳にもいかず、強く握った拳を身体の脇で震わせるばかりであった。
そんなハドラーにも、バーンは声を掛ける。
「ふむ。ハドラーも、悪くない戦いであったぞ」
「は……ははっ!」
まさか労いの言葉を掛けられるとは思っていなかったのか、ハドラーは慌ててカーテンに向き直る。敗れた事を責められずに済んだのは有難いが、それがかえって自分の無様さを思い知らされる様にも感じてしまう。
そして、そんなハドラーに横からバニーが明るく声を掛けてきた。
「それじゃあ、ネイル村の件、お願いね」
可愛らしく片目を閉じてみせるバニーに、ハドラーの顔が歪む。今の彼にとっては、その様な仕草でさえも、自分を馬鹿にしている様にしか見えない。
返事をしない魔王に代わり、奥からバーンの声が響く。
「うむ。このバーンの名の下に結んだ約定であるからな。必ず守らせると約束しよう」
「さっすが!大魔王様はやっぱり違うわね!」
嬉しそうに答えたバニーは、そこで今もなお自分を睨みつけてくるハドラーを見た。
「勝負に負けて、未だに『おのれぇ……』とか言っちゃってる、どこかの三流魔王にも聞かせてやりたいもんだわ」
「き、貴様!言うに事欠いて、この俺をまたもや三流魔王だと!?」
ハドラーが声を荒らげると、バニーの顔から笑みが消えた。冷ややかな視線を向けたまま、相手の怒りに付き合う気もない様子で言い返す。
「なに?違うの?戦う前は、あんなに自信満々で強気だったのに、負けたら悔しそうな顔をするだけで、約束をちゃんと守ってくれるのか分からない感じだし。ぶっちゃけアンタのそれって、魔王の器としてどうなのよ?」
「貴様……!」
すぐさまハドラーの足が一歩前に出るが、しかしそれ以上は進めない。
「ハドラー、控えよ」
バーンの低い声が届いて、踏み出した足が止まったのだ。目の前の女がどれだけ腹立たしくとも、大魔王の言葉を無視して暴れる訳にはいかない。
「……はっ」
どうにかそれだけ返すと、ハドラーはバニーから顔を背けた。彼女の方は、もう気にも留めていないらしく、これで用事も済んだとばかりに、そろそろおいとましようかと考えている。
「だがな、バニーよ」
しかし、どうやらまだすぐには帰れない様だ。
「確かに、そのネイルという村に手を出させぬという約定は守らせるが、その前に一つ確認しておきたい」
帰り支度を始めかけていたバニーは、顔を上げてカーテンを見た。
「えっ?何かしら?」
約束を守ってもらうだけなのに、確認する事なんかあったかと考え始めるが、一体何の話なのかさっぱり思い当たらない。
「その村が攻められぬのをよい事に、他の村や町から人を集めたり、住人を不自然に増やすなどといった行為は認められんぞ?」
「あっ……」
正直そこまでは、全く考えていなかった。
バニーとしては、仮初の平和でも無いよりはマシなので、今世話になっている村が一時でも襲われなくなれば、それだけで十分だったのだ。しかし、確かにネイル村だけが安全だと分かれば、他の場所に住んでいる人達がどう思うかなどは、気が回っていなかったのである。
「この先、その村だけが魔王軍の侵略に晒されぬとなれば、必ず周囲も不審に思うであろう」
言われてみれば、これはもしかして、王様にも報告しておかないとまずいやつなのだろうか。
面倒臭いなぁ……
でも、何も言わずにオラリオに帰ってしまって、後から村が変に疑われたりしたら、それこそ面倒な事になってしまう。
(うわぁ……村の人達に喜んでもらって、それで終わりだと思ってたのに)
そんな事を考えている間にも、バーンは話を続けていた。
「これについては、そなたが何処(いずこ)かの国の者に事情を伝える必要があるという事は、余にも分かる。だが、結果として村の住人が不自然に増えていく様であれば、その時はこの約定は破棄させてもらおう。余が認めたのは「今のネイル村」に手を出さぬ事だ。それを理由に、そこへ人間を集められては困る」
バニーは頬を掻きながら、少し考える。
確かに、バーンの言い分も分からなくはない。魔王軍が来ないからといってロモス中の人間を集めたり、ネイル村がネイル町になり、しまいにはネイル王国にでもなってしまったら、流石のバーンも怒るだろう。
「……まぁ、分かってるわよ、それぐらいは。ロモスの王様にも、そういう話だって事を伝えておくわ」
「ふむ。分かっているのならばよい」
これでようやく話が終わったので、バニーは変身を解いた。杖と盾が光の中に消え、法衣も黒いバニースーツに戻っていく。
ハドラーはその変化を横目で見ていたが、今となっては、服装を理由に侮る言葉も出てこなかった。
「それじゃあ、もうやる事も終わったし、帰らせてもらうわね」
「うむ。ミストよ、送ってやるがよい」
「はっ」
柱の傍に控えていたミストバーンが進み出ると、バニーもそちらに歩き始めた。ハドラーにはもう一瞥もくれず、大魔王にだけ軽く手を振る。
「今日は有難うね。おかげで、村にもいいお土産が出来たわ」
「くくっ……そうか。ではな、恐らくそなたとは、もうこの時代では会う事もあるまい」
その声を背に、バニーは片手をひらひらと上げて広間を出ていった。
扉が閉じた後も、ハドラーは暫くその場に立ち尽くしている。身体に残る痛み以上に、最後は自分を見ようともしなかった女の態度が、腹立たしくて仕方がなかった。
◇ ◇ ◇
「さて、ハドラーよ」
バニーが去ってから、改めてバーンがハドラーに声をかけてくる。
「バニーに敗れた事は、そう悲観する必要はない。あれは、ある種の特別な存在よ」
ハドラーは顔を上げ、カーテンの向こうに意識を戻した。
「特別な存在……で御座いますか?」
「うむ。あり方としては異なるが、ある意味、竜の騎士に近いといえるかもしれん」
「どっ、竜の騎士ですと!?」
その名は聞いた事がある。
人間の神、魔族の神、竜の神。その三神によって生み出された、究極の神造生物。そんなものと、あのふざけた人間が同じような存在だと!?
「あの女が、神によって生み出された究極の神造生物に近い存在だと仰るのですか!?」
バニーの背景について、何も知らないハドラーが驚くのも無理はない。
「詳細は省くが……あやつはな、遥か古代から時を渡って来た、今では伝説といっても過言ではない、勇者一行の賢者よ。かつて、古の大魔王ゾーマを討った事もあるそうだ」
バーンは面白そうに語っている。
「古の大魔王を……」
自分としては、人間の娘に負けた事がどうしても受け入れられなかったが、やはり只者ではなかったか……
しかし、それなら何故先に教えて頂けなかったのか。
喉まで出かかった言葉を呑み込むと、ハドラーはそのままバーンの話を聞き続けた。
「今この時代にいるのは、偶然らしい。しかも、ここに留まるつもりもないそうだ。今構築している帰還の術が完成すれば、元いた世界に戻ると言っておった」
その知らせには、ハドラーも少しだけ気が楽になる。
あの女が人間達を率いて立ち向かってくるとしたら、本格的に厄介な事になる。それは恐らく、あのアバンとかいう小僧の比ではないだろう。だが、自分からいなくなるというのなら、わざわざ面倒な事をする必要もない。
もっとも、それで敗北の屈辱が消える訳ではないが、それについては、件のネイルという村以外で晴らさせてもらうとしよう。
「ネイルという村についても、案ずる事はない」
バーンは、その様子も分かっているかの様に続けた。
「考えてもみよ。確かに余は約定を交わした。だが、そなたが今まで通りに地上への侵略を続けていれば、やがて人間どもも気付く。何故、あの村だけが襲われぬのか、とな」
ハドラーは黙って耳を傾ける。
「約定を守りたくば、村には不自然に人を増やすな、とは伝えた。だが、それをあの娘と村の者が守ろうとしたところで、他の土地に住む人間まで同じ様に考えられるとは限らぬ」
他の村や町が襲われている時に、ある特定の村だけが平穏なままでいる。
そうなれば、自分もその村に移り住みたいと思う者が出てくるだろう。村に縁も所縁もない者達は、バニーがこちらと交わした約定など知らないのである。
「生き延びたいと思う者は、必ずそこに向かう。その結果、村が不自然に膨れ上がれば、どうなる?」
そこまで聞いて、ハドラーにもようやく分かってきた。
バニーは、自分達から住人を募らなければいいと考えたのだろう。だが、バーンが告げたのは、結果として村がどうなっていくか、という話だった。
「……約定を破棄する理由になる、と」
「そういう事よ。余は何も偽っておらぬし、条件も事前に伝えた。あの娘も、それを承知しておる」
カーテンの向こうから、低い笑い声が漏れた。
「あるいは、安全な村を羨む者とは別に、魔王軍と繋がっているのではないかと疑う者が出てくるやもしれぬな」
それこそ、パプニカの催しで見たばかりの光景である。
人間とは、そういうものだ。
あのテムジンという男も、大魔王の呪文を使ったというだけで、あの娘を魔王軍の幹部に仕立て上げようとしていた。
それが今度は、実際に魔王軍から攻撃されないという事実まで付いてくるのだ。
「戦う事には慣れていても、人間どもの都合までは考えが及んでいなかった様だ。そこは、あの娘の若さよな」
バーンはネイル村を襲う為に、特に何かをしろと命じている訳ではない。
ハドラーがこれまで通り地上世界への侵略を進めていけば、それだけで状況は変わっていく。約定を破棄する口実が出来るか、それとも人間同士が疑心暗鬼に陥るか。どちらに転んでも、大魔王が困る事はなかった。
「そなたは、このまま地上での侵略を続けるがよい」
「ははっ!バーン様の深謀遠慮、このハドラー、恐れ入るばかりで御座います!」
ハドラーは痛む身体を折り、深く頭を下げた。
村を一つ見逃すという約束も、その理由が分かれば、今はそれほど重く感じる事もない。あの女が得意げに持ち帰ったものが、いつまで人間達を喜ばせていられるのか。そう考えると、ようやく口元にも笑みが戻り始めていった。
◇ ◇ ◇
ネイル村の外れまで送ってもらうと、バニーはミストバーンに礼を言って、教会に戻っていく。
勝負にも勝ったし、約束も取り付けた。自分としては十分な成果だと思うのだが、バーンから言われた事を思い返すと、これを誰にも話さずにおく訳にもいかなさそうである。
(やっぱり、王様には言っといた方がいいわよねぇ)
神父様に話すだけでは、きっと後から困らせてしまうかもしれない。だったら、最初から王様にも説明しておいた方が良いだろう。
教会に入ると、神父がちょうど礼拝堂から出てきたところだった。
「お帰りなさいませ、バニー様」
「ただいま。あのね、ちょっと用事が出来たから、ルーラで王様のところに行ってくるわね」
「王様……シナナ陛下のところで御座いますか?」
「そう。話しておきたい事が出来たの。戻ったら、神父様にもちゃんと説明するから」
今帰ってきたばかりでは、と言い掛ける神父に軽く手を振って、バニーは再び外に出る。
王宮には既に行った事があるし、場所も大体覚えている。以前の様に馬車に揺られて何日も掛ける必要がないのは、こういうとき本当に助かる。
「【ルーラ】!」
そうして次に足が地面についた時には、ロモス城の門が目の前にあった。
近くにいた兵士は、ルーラでやってきた者を見て一瞬身構えたが、現れたのがバニーだと分かると、すぐに姿勢を正す。前回王宮に滞在していた間に、兵士の人達も少しはこの格好に見慣れてきたのだろう。
「バニー殿。本日はどの様な御用でしょうか」
「王様に、結構重要な話があるの。ちょっと会えるか聞いてみてもらえる?」
「重要な話……で御座いますか。承知しました。少々お待ち下さい」
取り次いでもらうと、思っていたよりも早く返事が来た。今なら会ってもらえるとの事なので、程なくして城内に案内される。
通された部屋では、シナナ王が一人の女性と向かい合って座っていた。
(あら?あれは確か、フローラ姫……だったかしらね)
先日、競技場の控え室で、自分に魔王討伐を頼んできた王女様である。まさかこんなにも早くまた会うとは思っていなかったが、フローラもこちらに気付くと席を立って挨拶をしてきた。
「バニー様。先日は、お話を聞かせて頂き有難う御座いました」
「あら、お姫様。思ったよりも早い再会になったわね」
「フローラ殿とは、カールの情勢について話をしておったところでな。まぁ、そなたも座るとよい」
バニーが勧められた椅子に腰を下ろすと、シナナ王はその様子を確かめながら尋ねた。
「それで、バニー殿。何か重要な話があると聞いているのだが、どうしたのだ?」
「うん。ちょっと、ネイル村の事でね」
村の名が出た途端、シナナ王の表情が引き締まる。何か問題でもあったのかと考えたのだろうが、バニーの口から出たのは、全く違う話だった。
「村で元の世界に帰る為の術式を考えてたらさ、この前、大魔王から使者が来たのよ」
「……大魔王から?」
シナナ王が問い返す隣で、フローラもバニーに顔を向ける。
「そう。私に話があるからって、それで寄越したみたいなの。あっ、因みに大魔王の名前はバーンっていうんだけどもね」
王と王女は、すぐには次の言葉を出せなかった。
魔王と呼ばれるハドラーではなく、更に上の大魔王を名乗る者が、このロモスにいるバニーの元に使者を寄越してきたらしい。しかも、どうやらバニーはそんな大物を相手に会ってきた様子である。
「それで、その者と会ってきたと申すのか?」
「えぇ。最初に呼ばれたのはこの間で、今日は二度目。場所は案内役に任せきりだったから、私にもよく分からないんだけど、大魔王の居城っぽいところね」
どうもバニーのそれは、近所の知り合いにでも会いに行った様な調子で緊張感がない。
フローラは膝の上で両手を重ね、口を挟まずに続きを待った。
「それがさ、なんかパプニカで私が使ったカイザーフェニックスを見てたみたいなのよね。会った覚えのない人間が自分の呪文を使ってるんだから、そりゃ気になったんでしょうけど」
「大魔王が、あの時の催しを見ていたのか……」
終盤は、人間の恥ずかしい面を見られてしまった気がするが(主にテムジン)、とにかくその先の話が気になる王様は、バニーに続きを促す。
ハドラーだけでなく、その様な者まで地上に興味を持っているとは。
話の大きさに頭を悩ませている王を前に、バニーは自分が持ち帰った成果を説明し始めた。
「それでね。折角直接話せるんだから、ダメ元でお願いしてみたのよ。今お世話になってるネイル村には、出来れば手を出さないでほしいって」
「大魔王に、その様なお願いを……?」
フローラが大きく目を開けて思わず声を漏らすと、バニーは軽く頷く。
「でも、地上を攻めてるハドラーは、どうやら自分の部下っていう訳じゃないんだって。だから、その話は直接ハドラーに言えって言われて、それで今日、そのハドラーって奴とも会ってきたの」
それまで黙って聞いていたシナナ王も、ここでは少し身を乗り出した。
「魔王ハドラーとも、話をしたのか?」
「うん。でも案の定、全然聞いてくれなかったわね。人間の事情なんか知らんって。だから、仕方なく力ずくで話を聞いてもらったわ」
右腕を曲げて力瘤を見せる様にしながら、バニーがニヤリと笑う。その言葉に、フローラは膝の上で重ねていた手を思わず握り締めた。
「……あの魔王ハドラーを、力ずくで?」
「そうよ。前に言ったでしょ?私の前にハドラーが現れたら、ボコっといてあげるって。たまたま今日そういう機会が巡ってきたから、早速約束を果たしておいたわ!」
バニーは嬉しそうに笑った。
フローラにも、その言葉は覚えがある。あの時は、目の前に出てきたら、という話だった筈だ。そんな都合の良い機会は訪れないだろうと思っていたのだが、それが数日後には、実際に会って叩きのめしてきたという……
シナナ王とフローラ姫は、バニーの強さをかなり高く評価していたつもりなのだが、目の前の人物は、そんな自分達の想像を更に超える存在だったようだ。
「……それでは、魔王ハドラーは?」
シナナ王が尋ねると、バニーはそこで初めて、肝心なところを説明していなかったと思い出した様だった。
「あっ、死んではいないわよ?戦う前にバーンから、お互いに殺しは無しって言われてたから。でもまぁ、約束してた通り、かなりボコボコにはしてあげたけどもね」
魔王を倒したと聞いて期待が浮かび上がったが、どうもハドラーは未だ健在のようである。それが二人の胸中で引っ掛かってはいるが、大魔王を相手に交わした取り決めを破ってほしかったとは流石に言えないので、今は素直にバニーの勝利を喜んでおくことにした。
「私が勝ったら、ハドラーも部下達もネイル村には手を出さないって、そういう約束をバーンの前で正式に交わしてたの。だから、今後あの村は魔王軍の侵略対象から外れる筈よ。今日はそれを伝えに来たって訳」
シナナ王は暫く考えてから、慎重に口を開く。
「しかし、バニー殿。相手は、その……大魔王なのであろう?信用出来るのだろうか?」
バニーの話を疑っている訳ではないが、相手は得体の知れない大魔王なのだ。信じて守りを緩めたところで攻め込まれては、取り返しがつかない。
ところが、バニーの返事はあっけらかんとしたものだった。
「う〜ん、大丈夫だと思うわよ?」
「ふむ……そう思う根拠が、何かあるのかね?」
シナナ王としては、そこがどうしても確認しておきたいところだった。
「バーンは、なんていうの?カリスマとかもあって威厳たっぷりの、いかにも大魔王って感じの奴だったわ。そんな奴が、自分の名前で約束したんだから、こんな事で嘘ついたりはしないでしょ」
バニーは先程の広間を思い出しながら、そう言い切る。
「ハドラーみたいなどこかの三流魔王とは、全然違うと思うわよ?」
「ハドラーが、三流魔王……」
フローラは小さく呟いた。
カールに襲い掛かってきた時のハドラーを思い出せば、自分はとてもその様には呼べない。あれほど恐ろしい相手を『三流魔王』と言い切ってしまうバニーには、フローラもただただ恐れ入るばかりだった。
シナナ王も、バニーの言葉をどう受け取るべきか考えていたが、彼女にはまだ伝えるべき事が残っていた。
「あっ、でもね。一応バーンから釘を刺されてる事もあるから、それも覚えておいてほしいのよ」
「ふむ……どの様な事かな?」
やはり、ただの甘い話では無かったか。
王の声に緊張が戻る。
「えっとね、ネイル村が襲われないからって、他の村や町から住人を募ったり、不自然に人を増やしたりはしない事。それをやったら、約束は取り消すって言われたわ」
シナナ王の眉が僅かに寄る。
それは、まぁ分かるが……
確かに「あの村だけが何故か安全だ」と聞けば、住居を移したいと考える者も出てくるだろう。シナナ王としても今の話を聞いて、それが全く頭をよぎらなかった訳ではないが、大魔王はそこも見越して念を押してきたらしい。
「ネイル村に手を出せないのをいい事に、人を集めてネイル町とかネイル王国とかにしちゃったら、バーンも流石にキレちゃうでしょうからね」
「なるほど……確かにな」
シナナ王はゆっくり頷き、椅子に座り直した。
「分かった。ロモスとしても、その件については重要事項として受け止めよう。ネイル村の者達に伝える際にも、約束の条件をきちんと理解してもらわねばならんな」
どうやら、ネイル村には国の方から説明してもらえそうだと分かり、バニーも肩の荷が下りた気分になる。
「お願いね。もし何も言わずに帰っちゃってたら、後から絶対ややこしい事になってそうだったし」
「うむ、知らせてくれて助かった。国の者達にも、扱いを誤らぬ様に伝えておこう」
バニーは王の返事に頷いた。
これで、自分が勝手に魔王と話をしていた事も、村に手を出させない条件も、国に伝えられた。これなら、後から神父が何も知らずに困るという事もないだろう。
「どう?私が元の世界に帰る前に勝ち取ってきたお土産としては、悪くないでしょ?」
バニーは、ちょっとした贈り物を渡し終えた様な顔で笑う。
だが、今回の件によって起こり得る「嫉妬」や「疑心暗鬼」などを想像すると、国を預かる者としては到底軽く考えられる話ではなく、シナナ王もフローラも、バニーと同じ調子では笑い返せなかった。
◇ ◇ ◇
ネイル村の報告が一段落し、バニーがそろそろ帰ろうかと考え始めた時、フローラが声を掛けてくる。
「バニー様。一つ、お尋ねしても宜しいでしょうか」
「なに?」
「破邪の洞窟という場所は、御存知でしょうか?」
その名を聞いて、バニーは少し考えたが、心当たりはなかった。
「私は聞いた事ないわね。何なの、そこは?」
「カール王国にある地下迷宮です。人間の神が、神話の時代に遺した場所だと伝えられております」
遥か古代の賢者ならば知っているのではないかと、フローラは考えたが、目の前のバニーは、初めて聞いたという様子で話を待っている。
神話の時代から残っている場所でも、世界中の人間がそれを知っている訳ではないのだろう。フローラは、その洞窟にまつわる話を説明し始めた。
「そこには、通常では中々覚える事の出来ない特別な呪文を契約出来る場所もあると聞いております。ですので、もし御興味がおありでしたら、一度お訪ねになるのも宜しいのではないかと」
「珍しい呪文?」
バニーの顔つきが、そこで変わった。
王宮の書庫でトベルーラを見つけた時もそうだったが、自分の知らない魔法があると言われれば、やはり気になってしまう。あとは、帰る為の術式を構築するだけだと考えていたが、これはまだ見落としているものがあるかもしれない。
フローラはその反応を見て、具体的な呪文の名を挙げた。
「はい。邪悪なモンスターの侵入を防ぐ、マホカトールなどの契約も行えると聞いております」
「マホカトール!」
その名前には、バニーも覚えがあった。
ロモス王宮の書庫で見た、魔法陣を書いて邪悪な者の侵入を阻む破邪呪文である。そんな呪文が契約出来る場所があるなら、是非とも行ってみたい。
「面白そうね!特に面倒な手続きとかがないんだったら、ちょっと興味あるかも」
「それでしたら、私から書状をお渡し致します」
フローラはシナナ王に断ってから、紙と筆記具を用意してもらった。渡された紙に自分で文面を書き始め、その間も洞窟について知っている事を話してくれる。
「ただし、中は安全な場所ではありません。モンスターも棲みついていますし、奥に進む者を試す仕掛けもあるそうです」
「ふ〜ん?でもさ、そういう場所の方が、意外と凄いものが残ってそうじゃない?」
バニーは楽しそうだったが、フローラは困った様に笑った。
お礼の意味も込めて「破邪の洞窟」について教えさせてもらったが、軽く注意した程度では、目の前の人物の好奇心は収まりそうもない。もっとも、魔王ハドラーを軽く倒してきたばかりだというのだから、普通の人間を送り出すのと同じ様に心配しても仕方がないのだろうが。
書き終えたフローラは内容を確かめ、丁寧に折り畳んでバニーに差し出した。
「カールに着かれましたら、こちらをお見せ下さい。私の紹介である事と、破邪の洞窟に向かわれる事を書いておきましたので、通行や案内の際に役立つ筈です」
続いて、用意してもらった地図を広げ、洞窟の場所と、カールに入ってから向かう道を教えてくれる。
バニーは指先で示された場所を確かめながら、受け取った書状を眺めた。
「有難う、お姫様!でもいいの?カール王国には、特に私、何もしてあげられてないけど……」
前に頼まれた魔王討伐への同行も断ったし、昔の話を聞かせた時も、あまり参考になった様には見えなかった。
そんな自分に、王女が直接紹介状まで書いてくれるというのだから、少し意外だったのである。
「魔王ハドラーを、打ちのめしてきて下さったではありませんか」
フローラは顔を上げ、バニーに微笑み掛けた。
「討伐して頂く事は出来なかったとしても、人間にも魔王を倒せる者がいると知れば、これまでの様には振る舞えなくなるかもしれません。それだけでも、私には有難い事です」
「あぁ、そっか。まぁ、巡り巡って少しでも役に立てたのだったら良かったわ」
「ですので『破邪の洞窟』の件は、そのお礼と思って受け取って下さい」
バニーは少しだけ照れた様に笑い、書状を大事そうに持ち直す。
「そういう事なら、遠慮なく活用させてもらうわね」
もっとも、ハドラーがこの敗北によって学んだのは、人間の中にも油断出来ない者がいるという事だったので、これまで以上に人間の強者を警戒する様になるのだが、それがアバン達の旅にどう影響するのかは、また別の話である。
今ここにいるフローラには、それを知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
ロモス城を出たバニーは、受け取った書状をもう一度眺めた。
王様に報告するだけのつもりだったのに、思わぬ話まで教えてもらえたのである。しかも、王女の紹介付き。
今日は中々、ついているかもしれない。
見た事のない呪文を使える様になるのは、やはりどこか楽しい気持ちになる。それも神様が遺した迷宮で、という事なら、今後の参考になるものだって、沢山あるかもしれないし。
勿論、何も見つからない可能性もあるが、それを行く前から考えていても仕方がない。
ネイル村に手を出さないという約束は取り付けたし、王様にも報告は済ませた。今度は自分の為に、帰る前に少し寄り道してみてもいいだろう。
まずは村に帰り、神父に今日の話をしておかなくてはならない。出掛ける準備も必要だし、その前に祝杯の一つくらいは挙げたいところだった。
バニーは書状を丁寧に仕舞うと、顔を上げてニッと笑った。
「さぁて!お姫様からもいい話を教えてもらったし、明日にでもカール王国に行ってみようかしらね!」
元の世界に帰る筈だった遊び人は、既に次の冒険に心を弾ませている。
どうやらバニーの寄り道は、まだまだ終わりそうにない。
お久しぶりです〜ヽ(;▽;)ノ
まだ見て下さる方がおられるか分かりませんけども、1ヶ月ぶりに更新させて頂きましたー!