未来の崩壊世界に転生したら、職業くじでハンターを引いたので旧文明を漁る 作:パラレル・ゲーマー
旧北部データセンターを初めて探索した翌朝。
朝食を終えた俺は、自室のベッドに腰掛け、探索母機の画面を真剣な顔でスクロールしていた。
画面に並んでいるのは、ハンター協会が提供している専用のオンラインカタログだ。項目は『索敵ドローン』。
昨日の探索で、真壁班の榊原さんが使っていた小型索敵ドローンがどれほど有能だったか。それはもう、俺の骨の髄まで嫌というほど理解させられていた。
曲がり角の先に潜む小型警備機械の数と位置。
天井の闇に隠された固定式の拘束装置。
一見安全に見えて、実は裏側から崩落している通路。
あれらを『自分たちが踏み込む前に、先に見つける』ことができるだけで、探索の安全性は劇的に変わる。俺の念動力は出力こそ規格外に強いが、危険に気づけなければ、その力を使う判断すらできないのだ。
カタログには、用途に合わせていくつかの種類がラインナップされていた。俺はそれぞれのスペックを見比べる。
【視界偵察型】
映像の送信を中心としたベーシックなモデルで、比較的安価だ。だが、距離測定や機械反応の検知といった探知性能は弱い。便利だが、少し物足りない。
【構造スキャン型】
距離測定、構造の簡易スキャン、電磁波による機械反応の検知が可能。隠れた敵や床の空洞を見つけるならこれだ。かなり欲しい。
【通信中継型】
母機と協会との広域通信の距離や接続性を補助することに特化している。通信障害のあるデータセンターなどでは有用かもしれないが、映像索敵能力は低く、使いどころが限定的すぎる。
【複合型】
高性能な索敵センサーと、自律飛行による高度な巡回システムをすべて兼ね備えたハイエンドモデル。非常に魅力的だが、値段を見た瞬間、俺はそっと目を逸らした。数日前に買った中容量型インベントリを軽く超えている。
ため息をつきながら、俺は複合型の仕様詳細を読み込んだ。なぜこんなに高いのか。
広角カメラ、赤外線センサー、レーザー測距儀(距離センサー)、電磁波検知、簡易構造解析。搭載されているセンサー群が高価なのは分かる。
だが、それだけではない。
無音に近い高性能な推進機構。複雑な飛行制御システム。障害物衝突回避AI。通信途絶時の自動帰還制御プログラム。強風下でも映像をブラさないための三軸姿勢安定化装置(ジンバル)。大容量のバッテリーと高度な電力管理システム。
「……ドローンって、ただの『空飛ぶカメラ』じゃないんだな」
俺は画面を眺めながら呟いた。
自律して飛び、落ちないようにバランスを取り、壁にぶつからないように障害物を避ける。そのための複雑怪奇なシステムとハードウェアが、あの小さな機体にぎっしりと詰め込まれているからこそ、これほど高額になるのだ。
昨日、片桐に用途を決めてから選べと忠告された理由がよく分かった。全部入りは高すぎる。
だが、俺は仕様のリストを眺めているうちに、何となく引っかかりを覚えていた。
俺が今、本当に欲しい機能は何だ?
曲がり角の先を安全に見ること。敵を発見すること。危険な床や天井の状態を事前に調べること。そして、それらの情報を俺の母機の画面へ送ってもらうこと。
極論を言えば。
別に、ドローン自身が『自分で飛べる』必要はないのではないか?
「昨日の?」
ふと、ナギが空中で俺の横へスゥッと顔を寄せてきた。彼女は以前買った淡い青系の服を着て、いつも通り床から三十センチほど浮いている。
「ああ。榊原さんが使ってたやつと同じ種類のカタログだよ」
「買う?」
「まだ比較してるところだ。性能がいいやつは結構高いんだよな」
ナギも俺の肩越しに、空中に浮かんだまま母機の画面をじっと見つめた。
「これ、何ができる?」
「ん? 飛んでいって、向こう側の危ない場所に何があるか、代わりに調べてくれるんだよ」
「悠真も、飛ばせる」
「ああ。物なら俺の能力で浮かせられるし、動かせるからな」
俺は適当に答えて——そして、ハッとして画面を見直した。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「俺が念動力で浮かせて運ぶなら、こいつの『飛行装置』自体、丸ごといらないんじゃないか?」
ナギはポカンとした後、コクンと素直に頷いた。
「うん。悠真が持てる」
「……だよな」
俺は母機のメモ機能を開き、必要な機能を分解して箇条書きにしてみた。
俺が必要としているのは、
・カメラと探査センサー
・センサー情報の処理チップ
・母機への無線通信モジュール
・小型バッテリー
・位置と姿勢の把握用センサー
これだけだ。
逆に言えば、推進用のモーターやプロペラ、自律飛行用の制御AI、複雑な飛行姿勢を維持するためのジャイロ機構などは、俺の『念動力』で完全に代用できる可能性がある。
もちろん、自律飛行の便利さは失う。だが、推進機構や飛行制御装置の分だけ費用を抑えられるし、プロペラの駆動音も発生しない。
「でも、市販のドローンから勝手にプロペラをもぎ取ったら、システムがエラーを吐いて正常に動かなくなるかもしれないな……」
一般的なドローンは、飛行制御システム全体が複雑に連携している。素人が適当に部品を外すのは危険だ。そもそも俺は技術者ではない。
なら、最初から『飛ばない』センサー装置だけを探せばいいのだ。
「ちょっと協会で聞いてくるか」
「私も行く」
「もちろん。一緒に見よう」
俺たちは、新しいひらめきを胸に第十四区画のハンター協会支部へ向かった。
*
協会の装備窓口。
俺は、馴染みになった担当職員に声をかけた。
「索敵ドローンについて聞きたいんですけど」
「購入の相談か? カタログは見たか?」
「はい。ただ、普通のドローンとは少し違う使い方を考えてまして」
「違う使い方?」
「飛行装置がなくてもいいので、探査センサーとカメラだけ使える装備ってありませんか?」
職員は少し不思議そうな顔をして、眉をひそめた。
「そりゃあるが……自分じゃ移動できんぞ?」
「移動は俺が念動力でやります」
「……ああ、相馬か。なるほどな」
協会内では俺の能力の噂がすっかり知れ渡っているため、ここで長い説明を省けるのは非常に助かる。
職員は納得したように頷き、手元の端末を操作して別の製品カテゴリを開いてくれた。
【設備点検用センサーポッド】
「本来は、コロニー内のインフラ整備員が、配管の奥や機械設備の内部を調査するための点検用機器だ。手で持ったり、専用の点検棒の先に取り付けて使う。自分で飛ぶ機能は一切ない。だが、カメラや探査センサー、無線通信機能はしっかりと備わっている」
「これ、俺の母機と接続できますか?」
「対応型ならできる。元々、現場の作業員がARコンタクトで配管の内部映像を確認するための物だからな」
これで既存の装備との整合性も取れる。新しい操作端末をわざわざ買う必要がないのは大きい。
画面に表示されたセンサーポッドの形状は、直径十数センチ程度の丸みを帯びたカプセルのような筐体だった。
前後に広角カメラがついており、周囲の距離を測るセンサー、姿勢や位置変化を把握する内部センサー、小型バッテリー、無線通信モジュールが内蔵されている。普通のドローンと比べると、推進器がない分だけ構造がシンプルで無骨だ。
「ただ、センサーそのものの性能には差があるぞ」
職員が説明を付け加える。
安価な型は、映像と簡易的な距離測定だけ。
中級型は、それに加えて基本的な電磁波検知や、周囲の立体形状の簡易記録ができる。
高級型なら、さらに特殊な壁越しの構造解析スキャンまで可能になる。
飛行装置を省いたからといって、全部のセンサーがタダ同然で手に入るわけではない。センサーモジュールそのものにも相応の値段が付いているのだ。
俺は昨日のデータセンターでの教訓を思い出していた。
固定式の警備装置を、榊原さんのドローンが事前に見つけてくれた。単なるカメラの映像だけでは、隠れたセンサーラインや内部構造の微細な違いを見逃す可能性がある。だから、映像専用の安価な型では少し物足りない。
かといって、壁越しの高度な解析までできる高級機は、今の俺の予算では厳しい。
「この《汎用点検センサーポッド》の中級型が良さそうですね」
俺が候補を絞ると、職員は頷いた。
「なるほど。お前が本体を念動力で飛ばすなら、普通に索敵機として使えそうだな」
「はい。推進機構がない分、プロペラの風切り音も出ないから、静かに動かせると思うんです」
「確かにプロペラ音はないな。ただ、自動の衝突回避機能なんて付いてないから、お前が操作をミスって壁にぶつけたり落としたりしたら、普通に壊れるぞ」
「それは気をつけます」
職員は、母機との接続条件も確認してくれた。
「購入後の動作確認なら窓口でできる。ただ、念動力で飛ばした時の使い勝手までは保証できないぞ」
「そこは実際に試してみます。自分がどこまで扱えるかも、まだ分からないので」
俺は少し考え、職員に尋ねた。
「あの、昨日一緒に探索した真壁班の榊原さんって、こういう電子系の装備に詳しいんですけど、少し相談してもいいですか?」
「協会経由で連絡を回すことはできる。本人が応じるかは別だがな」
俺は協会経由のシステムで、榊原さんにメッセージを送った。勝手に個人の連絡先を聞き出すのはマナー違反だ。
しばらくして、今日は非番で休憩中だという榊原さんから、通話可能という返事があった。
『昨日はお疲れ様。今、索敵装備を選んでるんだって?』
「はい。少し相談してもいいですか?」
『いいよ。何を考えてるの?』
俺は、飛行機能のないセンサーポッドを購入し、念動力で飛ばすというアイデアを説明した。
『ああ、そういう使い方か。それなら確かに、相馬君なら高いお金を出して普通の自律ドローンを買う必要はないかもしれないね』
榊原さんの理解は早かった。ただし、すぐにプロとしての忠告をくれた。
『でも相馬君。飛ばせることと、索敵装備として使いやすいことは別問題だからね』
「やっぱり、そうですか」
『私のドローンなら、巡回ルートを指定すれば周囲を記録して自分で戻ってくる。相馬君のは、機体を動かすところから自分でやることになるね』
「はい。そこが一番大きいと思ってます」
榊原さんも、俺のアイデアの長所をきちんと評価してくれた。
『でも、静音性はすごく魅力的だね。プロペラの風も出ないし、狭い場所で使いやすそう。それに、念動力なら本体を空中でひっくり返したり、壁にピッタリと固定したりするのも自由でしょ? 検査対象にカメラをギリギリまで近づけられるし、普通のドローンより細かな姿勢変更ができる可能性はあるよ』
なるほど、そういう利点もあるのか。
『問題は、曲がり角を何度も曲がった時に、相馬君がポッドの空間的な位置とカメラの向きを、頭の中で正確に把握し続けられるかどうかかな』
「映像は母機に届くんですよね?」
『うん。でも、映像を見ることと、装置の位置を管理し続けることは別のスキルだからね』
榊原さんは、念動力で操作できる範囲についても確かめてきた。
『相馬君が操作するのは、あらかじめ位置と形を把握しているセンサーポッドそのものだよね? 一度自分の手元にある物体なら、壁の向こうへ移動させてもある程度操作できるんだろうけど……』
「はい、できます」
『でも、カメラ映像に映った未知の敵を、そのまま壁越しに念動力で正確に拘束できるとは限らないでしょ? 索敵と攻撃を混同しないようにね』
「確かに……見えてるからといって、直接見ているのと同じように力をかけられるかは分かりませんね」
これは実戦で試す前に肝に銘じておくべきことだ。
『データセンターの奥は通信が不安定だったでしょ。そこはこのポッドでも同じだよ』
遮蔽された区画では、母機とポッドの直接通信も悪化する可能性がある。
「映像の通信が途切れた場合、録画データは本体に残りますよね?」
『その型なら残る。手元に戻してから確認できるはずだよ』
ログが残るなら帰還後に確認できる。ただ、映像を見られないまま奥へ進めるつもりはない。
横で会話を聞いていたナギが、不意に口を挟んだ。
「榊原のとは、違う?」
『うん。私のは一人でも飛べるけど、悠真君が買おうとしてるのは、悠真君が持って動かしてあげないといけないんだよ』
「悠真が、持つ」
『そういうこと』
「ナギにも、俺と一緒に画面を見ながら、危ない物がないか教えてもらおうと思ってます」
『二人で画面を見るなら、見落としも減るかもしれないね』
「見る」
ナギが力強く頷いた。これまでの彼女の回収補助の経験も活きるはずだ。
『まずは無理に高級機を買わず、その中級型で試すのがいいと思う』
榊原さんが結論を出してくれた。
「やっぱりそうですか」
『それで足りない機能が分かったら、必要な物を追加していく。最初から全部入りを買うより、相馬君には合ってるかもね』
「ありがとうございます。助かりました」
『ううん。むしろ面白い使い方だから、試した結果を今度教えてほしいな』
「分かりました。上手くいったら報告します」
通話を終了した。
俺は窓口の職員に向き直った。
「この中級型をお願いします」
支払いを済ませる。中容量型インベントリよりはずっと安いが、決して使い捨てにできるような値段ではない。現状の俺の収入なら十分に購入可能だ。
俺は受け取った新しい装備のパッケージを開けた。
【設備点検用センサーポッド】
【分類:汎用点検型】
【飛行機構:なし】
【母機連携:対応】
「さて。これを索敵装備にできるかどうかだな」
「飛ばす?」
ナギが覗き込んでくる。
「ああ。まずはここでの動作確認からだ」
*
窓口の隅にある、簡単な間仕切りと障害物が置かれた動作確認用のスペース。
大規模な訓練施設は必要ない。母機との接続テストと、念動力での挙動が確認できれば十分だ。
俺はポッドの電源を入れ、母機へ登録した。
ARコンタクトに新しい表示が浮かび上がる。
【外部センサー接続】
【状態:正常】
【映像通信:接続】
【周囲形状記録:有効】
視界の隅に、ポッドのカメラからの映像が小さく表示される。
俺は机の上に置いたポッドへ念動力を向けた。
フワッ。
カプセル状の装置が静かに浮き上がる。重量はほとんどない。巨大な自律搬送機や六百キロのサーボユニットを持ち上げていた俺にとって、出力上の問題はまったくない。
「おお、ちゃんと見えるぞ」
「私たち、映ってる」
画面には、俺とナギの姿が映っていた。ナギが自分の半透明の姿を画面越しに確認して、不思議そうに瞬きをしている。
俺は念動力でポッドの姿勢を変えてみた。
空中でポッドを回転させる。すると、ARの映像もグルリと回転する。上へ向ければ天井が映り、下へ向ければ床が映る。
単なる『飛行』とは違い、カメラの向きがそのまま視界になるため、姿勢の維持が極めて重要だと気づく。
ポッドを間仕切りの向こうへ送り込んでみる。
しかし、俺の操作が甘く、ポッドの向きが斜めに傾いてしまった。
AR映像がナナメになり、今どちらが床でどちらが天井なのか、一瞬分かりにくくなる。
「……ああ、移動させるだけじゃなくて、カメラの水平も保たないといけないのか」
「横になってる」
「ああ。今直す」
俺は姿勢を意識して水平に固定し、ゆっくりと前進させた。
今度は綺麗に映る。カメラの向きと、移動する方向を別々に頭の中で処理する必要があるのだと理解した。
自分の視界からはポッドが完全に消える。
しかし、手元から送り込んだ物体なので、念動力の操作対象としての繋がりは途切れていない。
AR映像には、間仕切りの裏側の様子が映し出されている。隠してあった箱や障害物。簡易距離センサーによる距離表示。
「……できるな」
俺は小さくガッツポーズをした。これが最初の成功だ。
映像を見ながらポッドを動かし、姿勢も保つ。自分の周囲にも気を配らなければならない。動作確認用のスペースでは落ち着いて試せたが、実際の廃墟で使うならもう少し工夫が必要そうだ。
「念動力ってのは便利だな。飛行装置なしでここまで動かせるのか」
様子を見ていた協会職員が感心したように言う。
「ただ、操作は思ったより忙しいですね」
「まずはぶつけずに動かせるようにならないとな」
窓口での動作確認は成功した。
だが、間仕切りだけでは、本当の廃墟探索で役に立つかは分からない。
俺は、勝手の分かる《旧東部第六物流センター》で実際に実地試験を行うことにした。
*
南第三ゲートから出撃し、俺たちは再び物流センターへ向かった。
新しい装備を試すための探索だ。道中、俺はポッドをインベントリに収納しておく。常時飛ばし続けるわけではないからだ。
「また、物流センター」
ナギが周囲を見回す。
「ああ。ここの道なら、ある程度分かるからな」
「今日は、大きいの拾う?」
「今日は新しい装備の試験がメインだ。まあ、いい物があれば拾うけどね」
「分かった」
普段は物資を回収している巨大な配送ヤードに到着した。
しかし今回は、敵を探して解体するよりも、まず探索用装備の動作確認を優先する。
俺は母機から試験用のログの記録を開始した。
遮蔽物のある通路の手前で立ち止まり、インベントリからポッドを取り出す。
念動力で浮かせ、AR映像を表示し、ゆっくりと通路の奥へ送る。
ポッドが角を曲がり、俺の視界から消える。
しかし、母機にはその先の映像が鮮明に届いている。埃の積もった床。倒れた小型ラック。壊れた搬送用レール。
「……普通に使えるな」
「向こう、見える」
ナギも俺の横から画面を覗き込んでいる。
「ああ。俺が直接進まなくても、向こうの様子が確認できる」
「便利」
「かなり便利だと思うぞ」
ポッドの簡易距離センサーを有効にする。
母機の画面上に、廊下や障害物の大まかな立体形状が表示される。ただし、表面しか調べられないため、分厚い床の内部が安全かどうかまで完全に保証するものではない。
少し先。
ポッドの映像に、自律搬送機の一台が映り込んだ。機体はまだ停止状態だ。ARにも機械反応が示されている。
俺は、その機械の位置と通路の構造を確認した。
「この先、搬送機が一台いるな」
「止める?」
ナギが聞いてくる。普段なら近づいて無傷制圧し、部品を回収するところだ。
「いや。別の通路を使おう」
今日は新装備の試験が目的だ。敵の位置が分かったなら、こちらから近づく必要もない。以前は止めて部品を取ることばかり考えていたが、戦わずに進めるのも索敵の成果だ。
俺は母機の地図を確認し、別の通路から奥へ進めそうなルートを見つけた。
ポッドをそちらへ送る。
しかし、また曲がり角だ。一つ目より操作が難しい。
ポッドが二つ目の角を曲がる。母機には映像が届いている。
だが俺は、現在のポッドの向きと、通路全体に対する位置関係を頭の中で追い続けなければならない。前へ進めたつもりが、映像では壁へ急接近している。
「っと」
ポッドが壁にぶつかりかけ、俺は慌てて念動力で停止させた。位置を少し戻す。
「大丈夫?」
「ああ。ぶつけてはいない」
一度姿勢を立て直す。
次の角へ進む前に、地図とカメラ映像を見比べ、ポッドの位置と向きを確かめ直した。
さらに進めると、映像にザザーッとノイズが走り始めた。
【外部センサー通信品質:低下】
厚い壁と金属ラックによる遮蔽。ポッド側の無線通信にも限界がある。
「……ここまでか」
画面が不安定なまま前進させれば、壁にぶつけたり行方が分からなくなったりする危険がある。
俺は通ってきた経路を母機のログで確かめながら、ポッドをゆっくり引き戻した。進む時に確認した障害物の位置は分かっているが、曲がり角では慎重に向きを変えなければならない。通信が安定する位置まで戻すと、映像の乱れが収まった。
ポッドを手元へ戻し、本体に保存されたログを母機で確認する。
通信が乱れていた区間も、本体には映像が残っていた。リアルタイムで確認できなくても、後から調査する材料にはなる。まず安全な場所で足を止めてポッドを送り、様子を確かめてから自分が進む。今の俺には、この順序が合っていそうだ。
「悠真、上手になった?」
「少しはな。まだ慣れが必要だけど」
「練習する?」
「するよ。これなら本当に役立ちそうだ」
ナギが満足そうに頷いた。
*
帰還前、予定していた装備試験はだいたい成功したので、俺は協会の地図に載っている近くの通路を確認してから帰ろうとした。
地図上では通行可能となっているルートだ。以前は自分も近くを通ったことがある。
曲がり角からポッドを先へ送る。
映像が届く。
しかし、AR地図と実際の形状が一致しない。
「……あれ?」
本来は通路が続いているはずの場所。
現在は、天井の一部が崩れ、大量の瓦礫が通路を完全に塞いでいた。しかも、周囲の床にも深い亀裂が広がっている。
俺はすぐにポッドを停止させた。
母機の地図を再確認する。
【登録状況:通行可能】
現地の映像とは明らかに違う。以前は安全だった道が、今は通れなくなっている。
初めてこの物流センターへ来た日に真壁さんが教えてくれた、一般ルートの危険性そのものだ。
「これ、普通に歩いてたら危なかったな」
「落ちてる」
「ああ。天井も床もかなり傷んでる」
ポッドがあるおかげで、崩落箇所へ直接近づくことなく安全に確認できた。
俺は母機に、映像、測定した距離、通路の大まかな形状、母機の位置情報とポッド内部の姿勢・移動記録から推定した位置、時刻をログとして保存した。
ただし、遮蔽物内の相対位置測定には誤差があるので、現地の状態を完全に確定したことにはしない。
「これは協会へ報告した方がいいな」
「危ないから?」
「ああ。次に来るハンターが知らずに入ったら困るしな」
俺は無理に通り抜けようとはせず、ポッドで周辺を確認し、既知の別経路が今も通れることを軽く調べてから撤退することにした。
俺は母機の記録を見ながら考えていた。
今まで持ち帰っていたのは、モーター、基板、電源、記憶媒体などの『物理的な物資』だった。
でも、ハンターにとっては危険箇所の『情報』も重要だ。もしかすると、物を拾わなくても価値を生み出せるのではないか。
その日は大規模な物資回収は行わず、装備試験と地図の確認だけで帰還することにした。
俺はポッドをインベントリに収納し、ナギとともに帰路へ向かう。
「今日は、あんまり拾わなかったね」
「そうだな。でも、いい物は手に入ったと思うよ」
「何?」
「外の様子を、安全に調べられるようになったことかな」
「うん。よく見えた」
ナギは俺の隣で小さく頷き、いつもの速度でついてきた。
*
協会へ戻り、俺は片桐へ報告に向かった。
「片桐さん、一般ルートの地図と違う場所を見つけたんですけど」
「どこだ?」
俺が母機から記録を送ると、片桐は映像と既存地図を比較した。
「……確かに、ここは通行可能の表示になってるな」
「実際は天井が落ちてました。床にも亀裂があったので、近づいてはいません」
「それで正解だ」
片桐は協会の端末で、まず危険情報として仮登録を行った。
【一般ルート現況報告】
【対象:旧東部第六物流センター】
【区分:通行障害/崩落】
【状態:確認待ち】
協会の調査班の確認後、正式な地図更新へ反映されるという。
「こういう情報って、協会が集めてるんですよね?」
「当然だ。一般ルート全部を協会の調査班だけで常時監視するのは無理だからな。一般ハンターからの情報提供も重要なんだよ」
片桐は説明してくれた。
危険箇所を見つけて知らせるのは、ハンター同士の安全に関わる通常の報告であり、それ自体に毎回高額な報酬があるわけではない。
ただし、精度の高い三次元測定データや、新しい通行可能経路、物資の復元に関する検証済み情報などは、協会が別途買い取ることもあるらしい。
「じゃあ、今回の記録も?」
「映像だけなら普通の報告だが、位置情報と周囲形状の測定ログが付いてるなら、調査用データとして買い取り対象になる可能性はあるな」
ただし、検証が必要なので即座に報酬確定とはならない。
「地図も金になるんですね」
「当たり前だ。お前が最初に一般ルートの情報を買っただろ。その元になる情報だって、誰かが危険を冒して調べてるんだ」
「なるほど。そう考えると確かにそうですね」
今までは協会から情報を買う側だった。これからは、自分が調べた情報を協会へ売る側にもなれるかもしれない。
「で、その記録はどうやって取った?」
「今日買った新しいセンサーポッドです。念動力で飛ばしてみました」
「……飛行装置のない点検用のやつか?」
「そうです」
「なるほど。お前ならではの使い方だな」
片桐は少し感心したように頷いた。
「悪くない。ただ、機械の性能が上がっても、地図が正しいか判断するのはお前だからな」
「分かってます。今回は無理に通らずに戻ってきました」
「それならいい」
報告を終え、俺は協会を後にした。
帰り道、俺は榊原さんへ短いメッセージを送った。
『相談したセンサーポッド、使えました。試験結果のログを送ってもいいですか?』
すぐに了承の返信があり、ログを送信する。
『面白いね。ちゃんと狭い通路も通れてる』
ただし、専門家としての指摘も忘れない。
『でも、映像の向きが不安定なところがあるね。これは練習で改善できると思うけど、カメラの水平位置を表示する補助機能があるから、母機側で有効にしておくと使いやすいよ』
『ありがとうございます。次の探索でも使ってみます』
『うん。今度データセンターで使ったら、その感想も聞かせて』
教えてもらった通り、母機の設定画面を開いてカメラの水平基準表示を有効にしておく。次の試験では役に立ちそうだ。
*
夜、自室。
俺は新しいセンサーポッドを机の上に置き、母機で今日の試験ログを見返していた。
今朝までは単なるカタログの候補だった索敵装備。
今日は、自分で選び、自分の能力で飛ばし、実際に廃墟で役立てた。使い方を考えた道具が狙い通りに動くのは、思った以上に嬉しかった。
母機の画面に、曲がり角で映像が傾いたところや、通信が乱れた区間を表示する。新しく設定した水平基準を重ねてみると、次はもう少し上手く扱えそうな気がした。
「今日の、よく見えたね」
ナギが横へフワリと浮いてきた。
「ああ。思ったより使えそうだ」
「まだ練習する?」
「するよ。もっと上手く扱えるようになりたいからな」
「私も、手伝う」
「ありがとう。映像で危ない場所に気づいたら教えてくれると助かるよ」
「分かった」
ナギは自分の役割を受け取って、少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「次は、暗いところ?」
「ああ。この前のデータセンターで使ってみたいとは思ってる。いきなり奥までは行かないよ。まずは前に通った辺りで、本当に役立つか確かめたい」
「危なかったら?」
「戻るよ。調べられる場所が増えただけで、危険がなくなったわけじゃないからな」
俺の言葉を聞いて、ナギは安心したようにこくりと頷いた。
「じゃあ、次も一緒?」
「もちろん」
ナギが机の上のセンサーポッドをじっと見つめた。
「私も、見る」
「頼りにしてるよ」
「うん」
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