灰被りの蜘蛛 作:BNDに脳を焼かれたやつ
その後の話をしよう。
私が起こした惨状はすべて、あの武器が暴走したことにより起きた事故、ということになった。
強盗たちは改造されたチタウリの武器を持って家屋に押し入り、その後武器が暴走。そこに私が帰ってきた、ということになった。
私はショックにより心神喪失してしまい、自分が人を殺してしまったとして警察に通報した。
そういうことに、なってしまったのだ。
なにせ、私が人を殺したところなんて誰も見ていない。11歳の少女が強盗三人を肉塊にし、一人を灰にしたと言うよりも、チタウリの武器が暴発してあんなことになりました、と言う方がまだずっと説得力があった。
私の殺人の証拠品と呼べるだろう蜘蛛糸は、すべて気化して消滅してしまっていた。ウェブシューターの蜘蛛糸も、私の体から出た蜘蛛糸も、性質としてはほぼ同じだったようだ。空気に触れて一定期間粘性を維持した後、数時間と経たないうちに揮発し、消滅する。おかげで私の正体はバレなかった。そして、私の犯した罪もまたバレなかった。
「すまなかった」
チタウリの武器で襲撃されたためか、留置所以外もボロボロになった警察署の中で、何もかもがなくなってしまった私の心に最初に入ってきたのはそんな言葉だった。
「我々警察が、あの強盗犯たちを留置所からみすみす逃していなければ」
「はは、無理ですよ。だって宇宙人の武器ですよ? 警察が対処できるはずがない。あんな武器と戦えるのは、アベンジャーズだけだ」
思わず笑ってしまうほど不公平だった。悪党たちはみんな、揃いも揃ってハイテク兵器を持っている世の中で、正義のはずの警察はずっとニューヨーク決戦以前の標準装備のままだ。
そりゃあ、犯罪も減らないはずである。
「あの武器がどういうルートで出回っているのか、今探っている」
「……見つかりっこないよ。だって、それを知ってる人は私が殺しちゃったし」
どうしてだろう。寒くないのに、体の震えが止まらなかった。
「ねぇ警部、もしかして私に電話してくれたのって、あいつらのことを伝えるためですか?」
「……そうだ」
「あのとき私が出ていれば、なんて、考えても無駄ですね。意味ないや」
私がまっすぐ家に帰っていれば、少なくともメイおばさんは灰にならずに済んだかもしれないのに。なんであの時に限って、おばさんを喜ばせようなんて思っちゃったんだろう。
「……なんで私を罪から庇ったんですか。全部改造されたチタウリの武器が原因って、無理やりすぎません?」
「だが、11歳の少女が強盗犯を皆殺しにしたと言うよりは説得力がある」
「かもね。でもあなたは知ってるでしょ。私はそうできるほど、暴力的なやつだって」
「現場を直接見たわけではない。君が殺したという証拠もない。私だって、君が人を殺したなんて信じられないからな。推定無罪というやつだ」
推定無罪か。残酷な言葉だ。私の罪はすべて、灰となって誰にも分からなくなってしまっただけで、消えてなどいないのに。
「そっかぁ。ねぇ、ステイシー警部」
「なんだ」
「警部はなんで」
私は、ジョージ・ステイシーの目を見て聞いた。
「なんで、私を死なせてくれなかったんですか」
いっそその方が、幸せだったかもしれないのに。
「私には、そうする責任があったからだ」
回答は実にシンプルだった。それから、彼がどのようにして責任を果たすのかも実にシンプルだった。
「……まだ心の整理がつかないうちにこんな話をされるのは嫌かもしれないが、君さえ良ければ、私が里親として君の生活を支援したいと思う」
「……」
「どうだろうか」
ありがたい申し出だと思う。親なしの子どもが生きていくには、この社会はあまりにも複雑すぎるから。
だけど、私はその申し出を。
「丁重にお断りします」
はっきりと断った。
「あなたは、あなたの娘を大切にしてあげてください」
私と関わる人はきっと死ぬ。もう、私のせいで家族が死ぬなんてこりごりだよ。
あれから、数カ月が過ぎた。
施設でも、私は問題児であり続けた。誰とも関わり合おうとしない、まるで灰色みたいに感情が色褪せた子供。それが私。施設の大人たちは手に負えないと放置しているのか、それともそっとしておいてくれているのか。
ともかく私には、その冷たくも遠い距離感が性に合っていた。
学校では、以前と打って変わって優等生として過ごしている。最近の目標は、とにかく自立することだ。9月になって学年は一つ上がったけど、相変わらず学校の授業の方が私についてきていない。
だからまぁ、飛び級制度を使ってなるべく早く義務教育課程を終えることを目指している。そうすれば、早く施設を出られるしね。
あの日以来、私は変わった。蜘蛛としての能力が変異したのか知らないが、肉体的な能力はもとより、頭の方も冴えている気がする。ウェブシューターはもういらなくなったけど、今ならもっと楽に作れそうだと思うくらいには。
「まぁ、早く卒業したところでどうするんだって感じはするけどね。私がやりたいことなんて、初めから何もないし。というか、叶ってたんだし」
私はただ、二人と一緒に生きたかった。それだけで良かったのに。
ベンおじさんとメイおばさんの墓前で、私は一人呟く。
「多分私はもう、二人が期待するような人間にはなれないと思う。もうとっくに道を踏み外してるし。でも人生を途中で諦めるのは、ステイシー警部からも止められてるから、やめておくよ」
近況報告を終えた私は、墓石に愛してるとだけ伝えて墓地をあとにした。返事もくれない冷たい墓石には、キスする気なんて微塵も起きなかった。
街を歩けば、色々な音が騒がしくも聞こえてくる。人々の喧騒、路上ミュージシャンの歌、そしてパトカーのサイレン。
もう聞きたくないと、私は耳を塞いだ。
関係ないんだ、私にはもう。私は
ベンおじさんだって、人を助けようとして馬鹿をみたんじゃないか。この世界は理不尽だ。善人ほど骨まで吸い尽くされて捨てられる世の中で、善き隣人としてあれるほど私はもう子供じゃない。
「図書館に行って、勉強しよ」
耳を塞ぎ歩き出す。私は何も見ないようにただひたすらに下に目を向けながら、平凡な未来のための知識の園を目指した。
助けてくれと、誰かが叫ぶ声を聞くまでは。
そこでは、一棟のアパートが燃えていた。一室から燃え広がったであろう火が、今や建物全体を覆い尽くしている。もくもくと立ち昇る黒い煙の中から、次々と住人たちが這い出てくる。
「待ちなさい! 危険だから離れて!」
「離してくれ。俺の娘がまだ中にいるんだ、戻らないと!」
今しがた逃げてきたのだろうすすを被った住民と消防士が揉めていた。中にはああして、戻ろうとする人がいるのだ。そうやって自分まで死んでしまえば、元も子もないだろうに。
一室から火が突然燃え上がり、誰かの悲痛な叫びが響いた。今ので、誰か取り残された人が死んだかもしれない。そう思うと、どうにも気分が悪くなった。
消防隊が懸命に消火活動を行っているが、収まる気配はない。きっとこのまま何時間も燃え続けるのだろう。そして、取り残された人は一酸化炭素中毒で眠るように死ぬか、そうでなければ生きたまま焼かれて地獄の苦しみを味わうことになる。
最後に残るのは、誰かも分からなくなったくすんだ灰だけ。
「おい、ベランダに人がいるぞ!」
誰かが頭上を指差した。その先には確かに逃げ遅れた人がいる。少年が一人と、両親と思わしき人が二人。忌々しいくらい、彼らの姿は私の目に焼きついた。
火が、迫っている。もう間もなく彼ら三人は火に飲まれて死ぬだろう。タイムリミットまで、残り幾ばくもない。だが消防隊も黙って見ているわけではない。彼らは消防車からはしごを伸ばし、高所にいるあの家族をなんとか下まで避難させようとしている。
「頑張れ、もう少しだ!」
長く伸びたはしごの先端、籠の中から隊員の激励が響く。あともう少し、ほんのもう少しで手が届く。
「あっ」
思わず、そう声が漏れてしまったのは私だけではなかっただろう。突風が吹き、ボッと炎が燃え盛った。そして少年を持ち上げていた父親の手から少年が滑り落ち、彼は真っ逆さまに地上に落ちていく。
誰もが死んだと思った。あの高さからアスファルトの硬い地面に落ちれば、ペシャンコになって当然だと。
私だって、そう思ったのに。
気がついた時には、私はフードを深く被り走り出していた。
「捕まえた」
私の手に、熱を帯びた命が落ちてきた。漏れ出た声は、安心させるように温かく、そして親しみを感じさせるように。
「怪我はないかな? びっくりしたね、でももう安心。君はちゃんと地面に足をつけて立つことが出来る。だろ?」
少年を地面に下ろすと、安心したのか彼の強張った体が弛緩した。それを確認して、私はすぐに。
「消防士さん、ちょっとこれ借りるね」
「あ、おい! 俺の防火服だぞ!」
すぐそこにいた消防士から、灰色の防火服を奪い取った。手癖が悪くてごめんね。
そして壁に張り付き、炎の熱さなんてものともせず、少年の親のもとへ向かう。周囲の視線なんて気にする余裕もないほどに、私はもう無我夢中だった。
「我が子を優先した君たちに敬意を表して、世界で初めての蜘蛛糸エレベーターに招待するよ。とはいえ降ろせるのは片方ずつなんだけど。ほら、私の……ボクの手を取って!」
何が何やら分かっていない奥さんの手をしっかりと握りしめ、私はベランダから飛び降りた。
「一名様ご到着、そのまま上へ参りまーす!」
蜘蛛糸の張力でそのまま元のベランダまで上昇、旦那さんを掴んで下まで下ろした。
「これで家族三人とも無事だね? 怪我はないかな、煙で脳がやられたりしてないよね? よろしい。念のため向こうで酸素を吸入してくると良いよ!」
ああ、口が勝手にペラペラと喋って、恥ずかしい。まったく何を言っているんだろうか、私は。そう思ったのも束の間、なんと私の体は燃える建物の入り口へと向いていた。
「待ちなさい君! ……っというか、なんなんださっきのは! すごいな!? あと俺の防火服返せ!」
「ごめんね消防士さん、悪いけどボクには聞く耳がないらしいんだ」
今、炎の中から確かに声が聞こえた。かすかにだが、建物の中から助けを呼ぶ声が。
私はもう、なりふり構っていられなくて、炎で崩れていく壁をフィジカルでぶち抜きながら、感覚が訴えるままに要救助者を探し出す。
「見つけた……!」
そうして瓦礫の中、こちらに伸ばされた小さな少女の手を取った。
「誰……? パパ……? それとも消防士さん……?」
小さな女の子だ。私よりもまだ二回りくらい年齢が若いくらいの。だから私でも彼女を担ぐことができた。
煙を吸いすぎたようで、彼女の目は焦点が合ってない。早くここを抜け出さなければ。
だが、外へ続く道はすでに炎の中だ。致し方ない。やることは一つ。またしてもフィジカルで道を切り開くだけだ。
私は防火服を脱ぎ、ハンカチをその少女の口に添えると、ニッコリと微笑んで言った。
「ボクは君を助けに来た、ただの親愛なる隣人だよ」
道が崩れ、炎に包まれる。ああ、きっとこの道の先に待っているのは、碌な最期ではないことだろう。
だが、むしろ望むところだ。叔父も叔母も守れなかった私には、それが相応しい末路だろうから。
私の名前はペトラ・パーカー。クイーンズ生まれ、クイーンズ育ち、そして中身はたぶん別の世界から来た12歳の平凡な少女。
そして誰かが伸ばしたその手を取るために、たった今この瞬間から私は。
この世界で唯一のスパイダーマンとなろう。
「お前、どうやって……いや、それは良い。早く担架を用意してくれ、二人分だ!」
暑い。痛い。苦しい。そんな瓦礫の道から這い出れば、途端に太陽の眩しさが私の目を焼いた。消防士の人が駆け寄ってきたので、抱えた少女を譲り渡す。
「ボクの分は良いよ、消防士さん。あと防火服ありがとう。それのおかげで、その子を助けられた。それじゃあ、ボクは行くね!」
「あ、おい、待て──!」
大いなる力には、大いなる責任が伴うというのならば。
私は私の力の限り、できることを成そう。
たとえこの身が燃え尽き、灰となろうとも。