『魔法使いの嫁 × ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 ――魔法使いと魔術師、その隣人たち――』 作:丹波りん
講義を終えた教室では、
生徒たちがそれぞれに選んだルーンを使い、アミュレットの制作を始めていた。
木片や石など、思い思いの素材を手に、ルーン文字を刻んでいく。
その様子を、フラットとグレイは興味深そうに眺めていた。
二人の視線に気づいたリアンが、手を止める。
「君たちも参加するか?」
「いいんですか?」
フラットの顔がぱっと明るくなる。
「あぁ。素材は好きな物を使ってくれ」
「わからないことや、やり方は聞いてね。相手に教えるのも勉強になるし」
アイザックも作業の手を止めずに付け加えた。
「ありがとうございます!」
フラットはさっそく素材を探し始める。
その様子を、グレイも少し離れたところから見ていた。
すると、二人の少女がグレイへ声をかけてきた。
「グレイちゃんもやってみない?」
「少しくらいなら教えてあげられるよ」
グレイは戸惑った。
初めて見る生徒だった。
それも、よく似た顔の双子らしき少女から突然声をかけられたのだ。
「あぁ、ごめん。自己紹介からだね」
長い髪の少女が笑う。
「私はヴァイオレット・セント=ジョージ」
「同じく、ジャスミン・セント=ジョージだよ。よろしくね」
短い髪の少女が続ける。
「《七つの盾》、セント=ジョージ家の者さ」
「はっ、はい。拙はグレイといいます。よろしくお願いします
……えっと、お二人は姉妹なんですか?」
ヴァイオレットの顔が、嬉しそうにほころんだ。
「あぁ、久しぶりに騙されてくれた」
「ヴァイオレットのは女装だよ。つまり男の子」
ジャスミンが苦笑する。
「えっ」
グレイが目を見開いた。
「ええっ?」
少し離れたところにいたフラットも驚きの声を上げる。
ヴァイオレットは楽しそうに長い髪を指先でつまんだ。
「髪が長いのが私で、短いのがジャスミンって覚えてくれればいいよ」
「……女性の方に見えました」
「嬉しいね。智世のときはバレちゃったけど……いたずら成功だね」
ヴァイオレットは満足そうに笑う。
「でも、どうして女装してるんです?」
フラットから、あまりにも迷いのない質問が飛んできた。
「フラット……」
グレイは思わず小さく声を漏らす。
どう返ってくるのかと、内心ひやひやしていた。
「私の趣味ってのもあるけど、異性装や同性愛って、
特別な魔術を使う場合に有利な時もあるんだ」
ヴァイオレットはあっさりと答える。
「セント=ジョージは竜退治の聖ジョージ……聖ゲオルギウスの名前を冠する家なんだ。
竜退治といえば、聖女マルタも女だてらにこなしているしね」
「古代では魔術は女の扱うものだとされてた時代もあるでしょう?
だからうちの家系では、儀礼で男が女装するときもあるんだ」
「……でも、ヴァイオレットさんのは趣味……なんですよね」
フラットが首を傾げる。
「ふふ、まぁね。……気味が悪いかい?」
「いぇ、全然! こちらこそよろしくです!」
「ありがと、フラット。よろしくね」
ヴァイオレットは嬉しそうに笑った。
その時だった。
パキッ。
小さな音が教室に響いた。
「……ちょっと、お喋りだけじゃなくて、手も動かしなさいよね」
ルーシーの手元で、ルーン文字を彫っていた木片が割れていた。
「ルーシー、八つ当たりはよくないよ」
ゾーイが宥める。
ルーシーは不満そうに木片を見つめた。
一方、ゾーイとアイザックは作業を止めることなく、器用に木片へルーンを刻んでいる。
その手際を見て、グレイが感心した。
「器用なんですね」
「俺の生まれた処は辺鄙な場所にあってね。
自分で何かと作る事が多いから、こういうのには慣れてるんだ」
ゾーイはそう言いながら、慣れた手つきで木片を削っていく。
「僕の家系は鍛冶屋でね、リアンの本家にも武器を卸してるんだ。
職人は手先が器用じゃないとね」
アイザックは苦笑しながら、自分の手元へ目を落とす。
「……ただ、僕はまだまだ未熟だけどね」
そんな生徒たちの様子を眺めながら、
Ⅱ世はふと、この学院を創立した《七つの盾》のことを思い浮かべていた。
【使役のロージングレイヴ】
【医術のリッケンバッカー】
【占術のフォーサイス】
【錬金術のホーエンハイム】
【音楽のナイチンゲール】
そして、今グレイたちと話している
【獣殺しのセント=ジョージ】
【守護のスクリムジョー】
それぞれが異なる魔術を修め、門下生も多いと聞いている。
この学院は、そうした魔術の大家たちによって築かれた場所なのだ。
その名門の跡取りを前にして、フラットが失礼なことを言わないか。
Ⅱ世は、先ほどから気が気ではなかった。
その様子を、ライネスは面白そうに眺めていた。
***
「何か気に入った文字はみつけたかい?」
「う~ん、そうですね。これにしようかな」
フラットが選んだのは、ᚱの文字が下書きされた木片だった。
「ライゾのルーンだね。車輪、旅、移動、変化などを表現しているんだ」
ヴァイオレットは木片を覗き込む。
「プラスの解釈としては、転職、転居などの環境の変化。
または移動、交流、訪れだね。後半は今の君たちに合ってるね」
微笑むヴァイオレットに、フラットの目が輝いた。
「確かにそうですね。はっ! これがもしや《何某かの意図》なのでしょうか⁉」
その反応に、ヴァイオレットが楽しそうに笑う。
「どうだろうね。ただ、マイナスの解釈としては、
焦って空回り、望まぬ変化、自分を見失うってのもあるしね」
先ほどまで笑顔で興奮していたフラットの表情が、一瞬で真顔になる。
「ふふ、ターリク先生も言ってたでしょ。解釈は術者自身に委ねられるって」
「そうですよね⁉ プラスに考えるとします‼」
フラットはすぐに気を取り直した。
その様子を横目に、グレイはジャスミンから彫刻刀を借り、
コインほどの大きさの石にルーン文字を彫っていた。
「滑りやすいから、手を切っちゃわないように気を付けてね」
「はい。……難しいですね」
「焦らないようにね。最後に紐を通す穴を開けたら完成だよ」
グレイは小さく頷き、再び石へ視線を落とした。
そうしているうちに、気づけば時間も経っていた。
「そろそろ時間ですね」
ターリクが教室を見渡す。
「今日、完成しなかった者は、次までの宿題とします。では解散」
その合図で、生徒たちは片づけが終わった者から教室を出て行く。
その中で、ルーシーがグレイとフラットを呼び止めた。
「ちょっと」
二人が振り返る。
ルーシーは少し躊躇うようにしてから、ふたつのペンダントを差し出した。
どちらにも、ルーン文字のᛉが彫り込まれている。
「あげるわ」
「いいんですか?」
「さっさと受け取りなさいよ」
少し赤くなった顔を隠すように、ルーシーが視線を逸らす。
そこへヴァイオレットが覗き込んだ。
「アルジズの文字だね。友情や相互扶助、守護の意味があるね」
「ちょっと、言わないでよ」
「わぁ、ありがとうございます」
フラットは嬉しそうにペンダントを受け取った。
グレイも手の中のペンダントへ視線を落とす。
まだ出会って間もない自分たちに、わざわざ作ってくれたものだった。
「要件はこれだけ。じゃあね」
ルーシーは照れ臭そうに言い残し、足早に教室を去っていった。
フラットは嬉しそうにペンダントを眺め、グレイも大切そうにそれを握る。
その光景を見届けるようにして、ターリクが智世へ向き直った。
「……あぁ、チセさん。今回もよろしいですかな」
「はい。数個だけですが、完成した分を納品しますね」
智世は持っていたアミュレットを取り出し、ターリクへ手渡していく。
生徒同士が互いに助け合いながら作ったものとは違う。
智世の手によって作られたアミュレットには、
ひとつひとつ、明らかに異質な密度の魔力が込められていた。
その様子を見ていたⅡ世が、ふと足を止める。
「彼女の品は学院に納品するのですか?」
「えぇ。魔法使いであるチセさんの作った品は、
込められた魔力が桁違いでしてな。学院としても何かと入用ですので、
こうして納品して頂いているのですよ」
「でも、報酬は特に大丈夫なんですが……」
智世が遠慮がちに続ける。
「そうはいきません。ただ頂いているのだとしたら、
それは搾取と変わりませんのですから。しっかりと報酬は受け取りなさい」
「……はい」
ターリクから受け取ったアミュレットのひとつを、Ⅱ世が手に取る。
「少し拝見しても?」
「えぇ、どうぞ」
Ⅱ世はアミュレットを指先で確かめるように眺めた。
刻まれたルーンそのものは、先ほど生徒たちが作っていたものと大きく違うわけではない。
だが、込められている魔力の量が明らかに違う。
しかも、これが一つではない。
Ⅱ世は机の上に並べられたアミュレットへ目を向けた。
「……どれだけ込めたんだ」
思わず漏れた声には、隠しきれない驚きが滲んでいた。
「普通なら、一つだけでも倒れておかしくないぞ」
智世は困ったように苦笑する。
授業の間の時間だけで、すでに数個。
それも、どれも実用に耐えるほどの魔力が込められ、完成品として仕上がっている。
一つを作るだけでも相当な魔力を消費するはずなのに、それを複数。
しかも本人は、疲労した様子すら見せていない。
「ふむ、これが【夜の愛し仔】の無尽蔵の魔力というやつか。魔術師としては驚愕に値するね」
ライネスもアミュレットへ視線を向ける。
「体は問題ないのかね?」
「はい。全然平気です。むしろ、ある程度、こうして放出した方が良いので……」
その答えに、Ⅱ世は改めて智世を見る。
これほどの魔力を持ちながら、それを本人が特別なこととして捉えていない。
魔術師として見れば、常識から大きく外れた存在だった。
「次は、防衛術の訓練だったね。早めに用意しないと遅れてしまうよ」
「あぁ、そうでした。お先に失礼しますね」
智世は思い出したように顔を上げると、ターリクへ軽く頭を下げ、教室を出て行った。
「では、我々も行くとしようか」
ライネスに促され、Ⅱ世もアミュレットをターリクへ返却する。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。お気をつけて」
ターリクに見送られ、二人も教室を後にした。
廊下へ出ると、先を歩く智世の姿が少しずつ遠ざかっていく。
その背中を見ながら、Ⅱ世は先ほど手にしたアミュレットの感触を思い返していた。
あれだけの魔力を込めながら、本人は疲れた様子ひとつ見せない。
【夜の愛し仔】という存在が、単なる呼称ではないことを改めて実感する。
魔術師として見れば、あまりにも規格外だ。
それでも、本人にとっては、それが特別なことではない。
そして学院側も、その力をただ利用するのではなく、きちんと対価を支払おうとしている。
先ほど見た生徒たちの交流と同じように、
ここでもまた、力を一方的に与えるだけではない関係が築かれているのかもしれない。
そんなことを考えながら、Ⅱ世も智世たちの後を追った。