幾度目かの地球からの帰還後、ゼロ師匠にただいまの挨拶をしに行って、いつも通りじゃれ合ったあと、インナースペースでゼットは珍しく深刻な顔と声でうんうんと唸っていた。本人は深刻だが、実のところ特に深刻でも何でもなかった。
ハルキはそんなゼットを心配そうに、でも呆れたように眺めている。
「弟子たるもの、師匠に、心を開いてもらわねば……!」
ハルキの心の声としては、またいらん知識を着々と身につけて……といったところだろうか。それを口に出すべきか、ちゃんとゼロ師匠は心開いてると思うっすよ、と言うべきか迷うところだ。
ゼットもだいぶゼロは自分に心を開いてくれていると思っていたし、公に弟子と認めてくれなくても可愛がられている自覚は多少あった。たぶんうぬぼれではないと思う。
それでもこうして悩んでいるのは、地球で見かけたとあるテレビ番組のせいでゼットがいらんことを知ってしまったからだ。
腕組み、という動作を行う心理。
ゼットはゼロの一挙手一投足全てかっこいいと思っている。
師匠の師匠然とした腕組みなんて、普段の親しみやすさとはまた別の、それこそ師匠と仰ぐべき威厳だって感じられる。偉そうには見えないのは師匠の師匠力から来るものだとすら思っている。完全にフィルター通して世界を見ていた。師匠力が何かは知らないし、このフィルターに通されているのは師匠だけなわけだが。
この熱弁をハルキは何度となく聞いていたので、最初は「分かります!師匠かっこいいですよね!!」と熱烈肯定を返していたが今となっては、「そうっすね、分かります」と熱量を抑えて相棒の相手をするようになっていた。微笑ましく見守るに徹していると言い換えてもいい。
しかしだ。
『腕組みは自分を守ろうとする心理、あるいは相手を警戒している、心を許していない時に無意識に出るものである』
他にもいろいろ言っていたが、ゼットはそのいろいろが耳に入らなくなるほどに大変ウルトラショックを受けたのだ。ウルトラショックに大変が付いているので、どれほどのショックだったかは察してほしい。ゼットの図太……おおらかな心をだいぶ波立たせたのであった。
実は師匠に拒絶されて心を閉ざされていただなんて、そんな可能性は0以外認めたくない。
「どう考えてもその可能性はないっすけどね」
ハルキの呟きは走っていくインナースペースの光に連れ去られてしまった。
「師匠ーーーー!!!!」
でかい声で呼ばれて、やれやれと振り返れば、手を振りながらダッシュしてきたゼットがいきなり目の前で90度の礼をして、賞状でも貰うかのような姿勢で綺麗にラッピングされた箱を差し出している。
「…………は?なに?どした?またなんかやらかしたのか」
即座にそれが出てくるあたり、気にかけ、心配してもらえることを喜ぶべきか、それともやはり信用されていないと悲しむべきか。
まごうことなき前者であるが、今のゼットにはそこまで思いつかない。
とりあえずゼロが箱を受け取ってくれたのを腕の重みで察して頭を上げる。
「で、どうした?」
「もっと師匠と親睦を深めちゃったりできたらいいなーってことで日頃の感謝を表せればなと!」
「………………………………それだけ?」
てっきりいつものようにうるさく「修行を!」と言われる可能性も視野に入れていたゼロとしては拍子抜けである。
だが、ゼットは気づいてしまったのだ。
拒絶されているなら少しずつ距離を詰めていかねば、と。これまでの押せ押せでは嫌われてしまう!というわけで、引いてみることにした。
往来ででかい声で呼ばわった張本人とは思えない思慮であった。いかんせん、自分で思っているよりグイグイ来ていて、客観的に見て押して駄目でも引いてない。
ハルキは生ぬるい目で見守っている。師弟コントの特等席だ、もはや今さら、何も言うまい。まぁ少しくらいフォローしたほうがゼロ師匠の心労は軽減されるかもしれないが、ほっといたほうが面白そ……いやいや、きっと彼ら自身のためであろうと思うことにしたのだった。
「え、ほんとになに……?お前、急にどした……?」
うーん?と困ったようにゼロが腕を組む。組んだらゼットが「ひょぇぇ……」と情けない音を出した。
「し、師匠!パトロールに行ってきますのでごゆっくり!」
いや、ごゆっくりもなにも……とゼロが言おうとしたが、なぜかゼットはすでに飛び立っていた。
「………………なんだったんだ……?」
「は、ハルキ!どうしよう、また師匠が腕を組んで……!!」
「あぁ、うん……そうっすね……」
完全に不審者ムーブをかましてきた相棒にどう言葉をかけてあげようかとハルキが言葉を選んでいる間にも、ゼットははわはわと動き回っている。
「どうしよう……でも腕を組んでる師匠、やっぱりウルトラかっこよかった……!!」
あ、これ大丈夫そうなやつっすね、とハルキは一つ頷いた。
「じゃあゼットさん、とりあえずゼロ師匠に認めてもらうためにも、宣言通りパトロールを無事に終えましょう!」
「あ、そ、そうだな、ハルキ!よーし、行くぞ!」
ウルトラたんじゅ……素直なゼットははわはわしていた挙動をぴしりと改め、宇宙空間に大きな「Z」を描いて飛び出した。
「ってことがあってよぉ……まぁゼットのやつがおかしなことするのはまぁ稀によくあるってやつだけど、今回はなんか変なんだよなぁ」
ゼットの妙な突撃の数日後にゼロはジードにそう零していた。
「へぇ……どうしたんだろう?ところで、贈り物はなんだったの?」
純粋に、ゼットが選ぶ感謝の贈り物ってなんだろう、という好奇心の質問だったのだが。
「菓子折り」
「……………なんか謝られるようなことでもあった?」
まさかの無難すぎるチョイスに逆に驚いた。いや、菓子折りが悪いというわけではないけれども。
「いや……今のところはこれって思い当たることはねぇな……」
「今のところはって」
ゼロの言い草にジードは思わず苦笑する。
「あいつのことだから何かやらかすんじゃねぇかと今から不安だ……」
「なんだかんだ言って、結構しっかり師匠や兄貴分してるよね、ゼロ」
実に面倒見がいい。
「うるせぇな」
すでに絆されまくっているゼロはゼット以外の前では意外と素直に師匠という認識を受け入れていた。というか、外堀を完全に埋められてしまった。
何しろお年玉まで上げている始末である。
「満更でもないくせに」
ジードがおかしそうに笑えばゼロは決まり悪そうにそっぽを向いた。
「そんなに気になるならハルキさんにでも聞いてみたら?」
弟子であろうとなかろうと、ゼロはゼットのことは気になるし、ジードとしてもゼットは先輩と慕ってくれる可愛い後輩ではあるのだ。
「お、おう……そうだな……」
ゼットに分かる形で、気になります!という気持ちを表に出すのはいかがかものか。変なところでゼロも意地っ張りである。
「じゃあゼロ。ゼットのことよろしくね」
「は?」
「だって、分離させないと話聞けないでしょ。ゼロがゼットを呼び出して、僕がハルキさんと話があるって言えばバッチリだよ」
せっかくならその菓子折りでお茶会でもすれば?
にっこりと続けられたその言葉にゼロは微妙な顔をする。友達の家への手土産じゃあるまいし。
「……………まぁ、しかたないか……組手の相手でもしてくる」
「きっとゼットも喜ぶよ。ゼットと合流したら連絡して。そしたら僕からゼット経由でハルキさん呼び出すから」
「おー」
いってらっしゃーい、と、ジードはゼロを見送る。
「それにしても、ゼットってばどうしたんだろ?」
そんなこんなで、うまいことゼットからハルキを呼び出したジードはリクの姿でハルキと対面していた。
「で、話ってなんすか?リクくん先輩」
「あー、話っていうか……ゼット、最近何かありました?急に菓子折り持ってきて、とかでゼロが気にしてて」
リクの言葉に、ハルキは、苦笑を浮かべた。
「あぁ……えーと……それなんすけど……」
ハルキはゼットの早とちりを大雑把に説明する。
「…………ゼット、かなりゼロの懐に入ってると思うんですけど……」
「っすよねぇ……でも結構真剣に考えてるみたいなんで、口先で言ってもなぁ、と」
「確かに。こういうのは口先で言ってもあんまり効果なさそう……にしても、腕組み一つで……」
二人して苦笑した顔を見合わせる。
「もう面白いしほっといていい気がしてきた」
「正直、同意っすね……対人関係…対ウルトラマン関係は本人たちの問題っすから」
「まぁ、ゼロはカッコつけだから……」
「確かに」
お年玉まであげておいて、「弟子じゃねーから」はそろそろ説得力がなさすぎる。
「二人のことは二人に任せるってことで」
「賛成」
ということで、この2人はのんびりとお喋りに興じることにしたのだった。
少し遡って一方。
「師匠!今の組手はいかがでしたでしょうか!」
「まだまだ脇が甘ぇ」
「そんなぁ……」
「ったく。情けねぇ声出すんじゃねぇよ」
ゼロはため息をついて腕を組んだ。
その瞬間、ゼットの顔色が変わる。いや、変わるはずはないのだが、なんとなく。ゼロは地球で顔色をうかがう、ということを覚えていた。サラリーマンの悲しい性ともいう。
「………どした?」
「すみません、師匠!精神誠意頑張りますのでどうかー!」
ゼロの困惑と心配が入り混じった声音を吹っ飛ばす勢いでゼットがゼロにすがりつく。
「え、うわ、なんだよ……!?」
「ししょぉぉぉぉ!誠心誠意全身全霊竜頭蛇尾で頑張りますから呆れないでぇぇぇ」
「竜頭蛇尾じゃ駄目じゃねぇか……てか離れろ、1回落ち着け!」
ベリィッ!と効果音付きでゼットを引っ剥がして、ゼロは頭をかかえた。
「師匠ー!」
ほぼ半泣きの様相を呈したゼットが相変わらず縋るような目で見上げてくる。自分よりでかい男、しかも(ゼロは表向きでは認めていないが)一人前の戦士が何て情けない面をしているのか。
「…………お前、こないだからなんかおかしいぞ?」
「そっ、そんなことは……!」
「いーや、絶対なんかおかしい」
断言されてゼットはキラキラの瞳をウロウロと彷徨わせた。
「ほら、話せ。正直に。ウルトラマンたる者、潔さも大事だよなぁ?」
「あうぅぅ……ししょぉぉぉ……」
うじうじウダウダとするゼットの背中をバッシバッシとぶっ叩き、ゼロはようやく事の次第を聞き出したのだった。
「師匠のウルトラかっこいい腕組みがぁ……腕組み……腕組みぃぃぃ……」
最初は何のことやらさっぱりだったが。
「……………ばっかじゃねぇの、お前……」
呆れたと言わんばかりにため息ついでにそう零して。
「あのなぁ、腕組みはその……そういうんじゃねぇよ。つーか、今さら過ぎるだろうが」
「でもぉ……」
師匠は優しいから、とかいろいろ考えてしょんぼりするゼットを
「別にお前が嫌だとかじゃねぇから!」
勢いで
「ほんとに……?ほんとでございますかぁ?」
「なっさけねー声出してんじゃねぇよ!嫌なやつにお年玉なんてやるわけねーだろうが!お前も俺の弟子ならそのくらいのことで心を乱すんじゃねぇ!しゃんとしろ、しゃんと!」
本当に勢いで言葉を突っ走らせた結果。
「お、おお……ウルトラ師匠っぽ……ん?今師匠、俺の弟子って……」
「………………………………………言ってない」
「いやいやいやいや!言いましたよね!?今!言いましたよね!?」
「言ってない」
「師匠ぉぉぉぉぉ!!!!」
ここ最近で1番うるさくなった弟子にまとわりつかれることになったゼロなのだった。
「で、師匠。師匠の腕組みって……」
「うるっせぇな!もうその話はいいだろ!」
(絶対言えねぇ……かっけぇ親父のマネしてるだけとか……ぜーーーったいに言えねぇ……!)