ある部隊でのお話でございます……。どこの部隊かということまでは申しますまい。いや、より適切な言葉遣いをするならば、申し上げられない、というのが正しいでしょうな。それというのも、これから語らせていただく話はわたくし自身が経験したことではございません。わたくしはこの話を戦友から聞いたのです。戦友と言いましても、わたくしは彼の名前も存じておりません。わたくしはあの忘れがたいラインにいた頃、塹壕の泥やネズミのみならずフランソワ兵と戦っていたあの頃に、偶然彼を知ったのです。彼と知り合ったきっかけというのはさほど珍しいことでもございません。わたくしどもが数も忘れるほど繰り返した突撃の中では、数秒前に初めて顔を見た人物との友情が、竹馬の友とのそれに劣らないものになることがあるのは皆様よくご存じだろうと思います。わたくしと彼の友情もそういった類のものでございました。このような友情が平時においては類稀なことは悲しむべきでありましょう。
さて、その彼ですが、わたくしと同じ伍長でありました。そうは申しましても、わたくしのような中年男ではなく、青年といった年頃でした。彼の姿をできる限り正確に描いて見せましょう。背丈は将校様方―われらを導くかくも偉大な方たち―と同じ程度まで高いわけではございませんが、兵卒の中では高く見えました。四肢の体格がやや痩せ気味であったので余計にそう見えたのかもしれません。肌の色については、元来の白色が火の試練によってやや赤茶けた色となっておりました。勤勉な帝国労働者にもよくみられる肌の色でございますな。髪は暗褐色で瞳は青色でありました。面差しの方は愛想が良くニコニコと笑う、しかし決して追従するような卑屈さのない、絵にかいたような好青年でございます。
いやしかし、今後も「彼」と呼び続けているととかく話しにくいので、便宜上彼のことを「ラッヘン」と呼ばせていだたきます。ええ、それでは話を始めさせていただきましょう。
この事件をラッヘンが経験したのは戦争が始まってから最初の春だそうであります。雨と雪が終わり、草が芽生え、花が芽吹き、ありとあらゆる生き物が生命を取り戻す季節ですな。しかし皆様ご存じの通り、わたくしども兵隊にとってはまた別の苦難の始まりであります。それというのも、自然と人間においては全く同じ原理によって正反対の結果がもたらされるからです。植物も兵士も、冬の間はとかく地中に籠り、その熱を保とうとします。それによって厳しい寒さを堪えしのぎ、植物は打ち付ける雨や雪、兵士は砲弾や銃弾から身を守るわけですな。そして春になると植物は暖気に惹かれてその生身をさらけ出し、燦然と輝く太陽を何物にも遮られずに謳歌し、生の季節の訪れを告げます。同様に兵士も暖気に惹かれてその身体をのろのろと壕から這い出し、散歩をするのに丁度よい硬さとなった大地の上で、砲撃と銃撃の暖かな歓迎を受け、あるいは相手を歓迎し、新たな季節の訪れをその身に感じるといった具合ですな。
そんな季節の初めの頃、ラッヘンの部隊はある教会をフランソワの部隊と争っておりました。この教会自体は特に古いだとか、ご利益があるだとかではありませんで、そこかしこの村にあるようないたって普通の教会だったようです。しかしこれが珍しいのは、この建物がその春まで残っていたという点であります。教会の周りにあった村はフランソワが攻めてきた年の内に司祭様方も含めて住民は勿論いなくなっておりましたし、建物といえば跡形もないという風情となっておりました。しかしどういうわけかこの教会だけは、その戦域に何千発何万発の砲弾が撃ち込まれようと元の形を留めて残っており、それゆえ穴だらけとなった大地においてひと際目立つ建物となっていたので、戦前には特に見向きもされなかったその建築が、どうにもこうにも両軍の気を引くものとして、互いの塹壕間のど真ん中に鎮座ましましておりました。そしてその絶好の位置取りゆえに両軍はその教会を何度も奪い合い、家主の入れ替わった回数も手足の指では足りないほどです。こういった経緯がありまして、この教会は兵士たちからある種の尊崇を集めておりました。
事件が起こった日の朝は、教会の家主は帝国軍でありましたが、昼頃にはフランソワ兵にその地位を奪われておりました。帝国軍が何度目かの教会の主となってから三日目のことだったそうでございます。神の家の主はただ一人であるべきですのに、ずいぶんと尻軽なものですな。ラッヘンも部隊の一人としてこの教会を守っておりましたが、攻め寄せるフランソワ兵の勢いを見た中隊長殿が、頃合いを見て撤退の指示を出しました。皆様ご存じだろうとは思いますが、撤退と一言で言ってもやることは色々あるわけでございます。まずは何といっても機関銃を逃がさなければなりません。こいつが一つ鹵獲されるだけで、補充兵が少なくとももう一個中隊分必要になるわけですから、進出させた機関銃を我方の陣地に持ち帰るのが第一の任務でありますな。そのために、小銃で戦う兵士たちは、できる限り粘り強く、陣地に残って戦うわけであります。そして機関銃が無事に戻れそうだとなった頃に、徐々に、かつ整然と塹壕へと戻り始める。ラッヘンもこの常道に則り、いつも通りに塹壕へと引っ込みました。
ついでのフランソワ兵の追撃も撃退し、ひと段落してから、ラッヘンは今日も生き延びられたことを神に感謝しようと、首元を撫でて十字を引き出そうとしたんですが、いつもなら指先に感じられるはずのあの感覚がないんですな。はじめはどこかに隠れているのかと、少し広めに首のあたりをなぞったんですが、ちっとも金属の手触りがない。ラッヘンは慌てて上着を脱ぎ、上着を検分してからペタペタと首から腹、腰にかけて体をまさぐりまわしたがないんです―ロザリオがないッ!
ここで問題のロザリオについて少しばかりお話しさせていただきましょう。重要な点としては二つございまして、第一に、そのロザリオは学友の形見なんですな。第二に、このロザリオは非常に由緒ある代物ってことです。このロザリオ、元はと言えばフランソワの名高い教会に宝物として大事に保管されていたものなんだそうでございます。それが大革命の折の混乱で一時失われ、流れ流れて帝国の富豪のもとにたどり着いた。この富豪と言うのがラッヘンの学友の御祖父殿であります。それで学友殿が出陣と相成ったとき、ご家族はこのロザリオを御守りとして学友殿に託したのでございますな。しかしいかに霊験あらたかな宝物といえども、持ち主を鉄の暴風から守ってくれはしなかった。学友殿は足に砲弾を受け、病院に送られたがそのまま帰らぬ人となってしまったわけでございます。で、ラッヘンは学友殿の家族に手紙と一緒に遺品を送って差し上げたんですが、その返信と一緒にロザリオが送り返されてきました。手紙の言うところによれば、
「ロザリオを見るたびに息子を守ってくれなかった主を恨んでしまい、どれだけ祈りを捧げても悲しみが癒えることはない。祈りを捧げることのできない私たちがロザリオを持っていても仕方がない。どうか君が持っていてくれ。どうしてくれてもかまわない」
とのこと。
こういうわけでラッヘンが持ち主と相成ったわけですな。そういうわけでラッヘンは友人への愛情から、この形見を決して手放すものかと常日頃から首にロザリオを掛け、盗まれないように種々の工夫をしていたそうで、不心得者が思いつきで盗むようなことは全く不可能だったそうです。
しかしそれほど大事に持っていたロザリオが、まるで元からなかったかのようにそっくり消えてしまった。これにはラッヘンも尋常ではおれません。ラッヘンは大慌てで走り回り、そこらじゅうの兵士に
「おい、俺のロザリオを見なかったか、銀の誂えで皮を巻き付けたやつだ」
というように聞いて回ったんですが、みんな見ていないと言うんですな。ラッヘンがそれを大事にしていたのは有名でしたので、幾人かは心配して一緒に探そうかと申し出て来たそうであります。しかし探すにしてもその当てがないのです。教会で目覚めた朝にはロザリオは首元にあり、塹壕に戻ってくるまでに首元に危ない感触は全く感じなかった。なぜ突然消えてしまったのか、全く不可解極まりない。
数日後に教会を奪還した際にも探し回ったそうですが、それでも見当たらない。ラッヘンは仕方なく、捜索を諦めたそうであります。というのも、探す当てがないというのもございますし、塹壕と教会の間で落としてしまったのならば、砲弾でとっくに粉々になっているか、泥の中に沈んだか。ともかく発見するのは人が月に行くよりも難しいだろうという考えのもとで、泣く泣く諦めたわけでございます。
ところが、このロザリオ、予想もしないところで見つかりました。ロザリオを失ってから二年程経った頃のことであります。ラッヘンの部隊は幾度か転戦した後に、何の因果か、再び例の教会へと戻ってまいりました。自分の身がどこにあるのかもわからないのが兵士の常でありますが、この帰還の際は、目印のおかげで土地を瞬時に判別できたそうであります。しかし二年前と全く同じというわけにはいきません。さしもの教会も屋根は吹き飛び、壁には人が通れるほどの大穴がいくつもできており、建物がいつ崩れるともわからない、という有様でして、昔のように陣地として使うには不安を覚える状態へと様変わりしておりました。それゆえ、教会をめぐっての争いは以前と比べたらずいぶん大人しいものとなり、激戦地という具合でもなくなり、兵士の数も少なくなっていたそうであります。
将軍方はそれを逆手に取り、その地での小規模な攻勢をしようかと考えたそうであります。ラッヘンの部隊はその攻勢のための兵力としてそこに集められたわけでございますな。しかし到着して間もない頃、事件が起こりました。ラッヘンの部隊がフランソワ兵と小競り合いをしていたところ、予期せず敵の陣地の第一線のみならず、第二線を奪取してしまったのであります。この原因としては主に二つありまして、第一に敵の抵抗が以前よりも微弱であったこと、第二に大隊長殿の性格でありました。
一連の事件が終わってから、フランソワ兵捕虜に聞いてわかったことだそうですが、当時そこにいたフランソワ兵は新兵の比率が通常よりも多く、戦地に慣れていなかったそうであります。それゆえ統制が十分に効かず陣地を奪取されてしまったと。第二の原因につきましては、大隊長殿が積極策を好むお人柄をしていたということであります。
ラッヘンの中隊が小競り合いの結果第一線を確保した際、大隊長殿に伺いをたてましたら、この機を逃さず直ちに戦果を拡大せよとの仰せと、増援を送るという返事がすぐさま返ってまいりました。そして返事を得た中隊長殿は未だ統制の回復していなかったフランソワ陣地を中隊単独で強襲すると、そのまま第二線陣地を確保したのであります。しかしここからが大変なところであります。事態を重く見たフランソワ軍はあまりにも大規模な逆襲を開始したのです。初めは野砲による砲撃、続いて戦車と歩兵が協働して攻めかかってまいりました。その激しさといったら優に旅団規模であったそうであります。
ラッヘンたちには大隊からのプレゼントもしっかりあってございました。第一に言伝。味方の連隊が第一線陣地に到着するまでは何とか耐え抜いてくれとのこと。もちろん大隊長殿はただでお願いしたわけではございません。これが第二の贈り物。もともと約束していた増援だけでなく、手始めに戦車小隊と野戦砲中隊の支援を追加しておりました。この増援のおかげで、ラッヘンたちは数時間にわたって文句なしの戦いぶりを見せたそうであります。しかし焦れたフランソワは遂に魔導士を投入してきました。これがいけなかった。戦車は足を止められ、機関銃陣地は破壊され、上空から狙い撃ちされる。それをみたフランソワ歩兵たちがここぞとばかりに陣地へ近寄ってくる。ラッヘンも自分の命もここまでかと思ったそうでございます。
しかしそうはならなかった!目の前のフランソワ兵の集団が歩兵も戦車も問わず突然爆発したのです。味方の砲撃にしては風切り音が聞こえない。そうかと思うと、上空のフランソワ魔導士も次々撃墜されていく。何かと思えば、帝国魔導士が到着したのであります!それもあの「白銀」の部隊!彼らは次々と敵を蹴散らしていき、ラッヘンの前に生きたフランソワ兵がいなくなるまで十分もかからなかったそうであります。
さて、どういった経緯かはわたくしは存じ上げませんが、その後ラッヘンは幸運にも白銀殿を近くで見る機会があったとかでございます。その時ラッヘンは礼を言おうと近寄ったそうですが、白銀殿が首にかけるロザリオを見てラッヘンはアッと驚きました。ラッヘンがかつて持っていたロザリオと瓜二つ、いやまさにそれそのものだったんですな。ラッヘンは白銀殿の部隊の魔導士にロザリオの出所について尋ねたそうであります。というのも、ご本人に聞くのは階級という点でも親しさという点でも失礼でございますから。驚いたことに、そのロザリオを白銀殿が手に入れたのは、少なくとも二年目の初夏の前、ラッヘンが失ってから一月もたたない頃だそうであります。訓練中にロザリオに祈る姿が良く見られたとか。その訓練地はラインから随分離れたところだったそうです。ラインの泥の中で失ったロザリオが一月もしないうちに全く別の地の人様の手に渡るなんて、不思議なことです。ラッヘンもそう思ったそうですが、自分の命を救ってくださった人の手にロザリオがあるのは、よりふさわしい人の手に渡ったということなのだろうと納得したそうであります。一度諦めたものでしたから、それが立派な人、命の恩人の手にあるのならば文句はないとのことでした。
これがある部隊のラッヘンと言う兵士が体験したことの顛末でございます。それにしても、改めて考えると、この話には道理に合わないことが数ありますな。戦争が始まって三年もたつのに面影を残す教会だとか、中隊単独で第二線陣地まで確保するとか、首元から突然消えるロザリオだとか、危機一髪で命を救ってくださった恩人の首にそのロザリオがかかっていたとか、まるで中世の武勲詩、聖人伝、奇跡譚じゃないんだからといったといった出来事だらけです。それにわたくしが納得いかないのは、ラッヘンに白銀殿の容姿を尋ねたところ、言ったところで信じてはもらえないだろうとの一点張りで、何も教えてはもらえませんでした。いや、ラッヘンが嘘つきだなんて言いたいわけではございません。最初に述べました通り、彼は立派な青年そのものといった人柄でありましたし、この他にした話についてはまったく納得のいく、道理に合ったものばかりでございました。いやだから……わたくしにはわからないのでございます。この話には道理に合わないことが多すぎます。万が一嘘だとしても、彼のような好青年がこんな噓をついて何の益があるのかが全く分からないのです……。
戦場ではおかしなことが良く起こるものですが、これほど奇妙奇天烈な話をわたくしは耳にしたことがございません。まったく、どういうわけなんでしょうな。