第二選択時間の残りが六十分を切った時点で、
第一体育館にいた二年生全員が、この特別試験の構造をようやく正確に理解し始めていた。
学校側が提示した規定責任対象者数は十二名。
現在の責任対象者は八名。
池寛治。
佐藤麻耶。
松下千秋。
椎名ひより。
網倉麻子。
龍園翔。
神崎隆二。
坂柳有栖。
つまり、どれほど救済を停止しても、
第二選択時間終了時点では不足している四名が学校側によって追加指定され、
最終的に責任対象者は必ず十二名へ到達する。
逆に救済を使えば、一人を解除する代わりに二人が追加されるため、総数は一人増える。
一回使えば九名。
二回で十名。
三回で十一名。
四回使えば十二名。
そしてその時点で、学校側の強制追加は行われない。
つまり救済権は、最終的な人数を減らすための手段ではなかった。
誰を十二人の中に残し、誰をそこから外すか。
その選択権を生徒たちへ与えるためだけの仕組みだった。
だからこそ、四クラスの議論はそれまで以上に荒れ始めていた。
坂柳クラスでは、
自分たちのリーダーである坂柳有栖を救うべきだという声が急速に強まっている。
しかし坂柳本人は救済を拒否し、
これ以上自クラスから誰かが再び責任対象者になる可能性を増やすべきではないと主張していた。
龍園クラスでも同じだった。
龍園翔と椎名ひより。
クラスの中心にいる二人が責任対象者となっているにもかかわらず、
龍園は救済を止めろと命じている。
堀北クラスは池、佐藤、松下の三人を抱えたまま、
誰を優先するかという議論そのものができずにいる。
そして四クラスの中で、最も深く崩れ始めていたのが一之瀬クラスだった。
現在、一之瀬クラスから責任対象者となっているのは二人。
網倉麻子。
神崎隆二。
白波千尋は一度救済されている。
しかし、一度救済された生徒も再び抽選対象になり得る。
そして一之瀬帆波は、
白波を助けた結果として網倉と龍園が新たに責任対象者となった瞬間から、
自分の判断が正しかったのか答えを出せないまま、ずっと網倉の近くにいた。
「麻子ちゃん、本当にごめんね」
それが、この一時間で何度目の謝罪なのかは分からなかった。
網倉は困ったように笑った。
「もう謝らなくていいって」
「でも、私が千尋ちゃんを助けようって言ったから」
「私も賛成押したんだよ」
「それでも」
「帆波ちゃん」
網倉は一之瀬の両手を握った。
「私、千尋が助かったことは後悔してないよ」
白波が横で俯く。
「麻子ちゃん……」
「だから千尋もそんな顔しないで。
私が候補になったのは千尋のせいじゃないし、帆波ちゃんのせいでもない」
神崎が少し離れた場所で二人の会話を聞いていた。
腕を組み、険しい表情のまま大型スクリーンを見上げる。
網倉の言葉は優しい。
しかし、その優しさで現実が変わるわけではない。
白波を救済しなければ、網倉は責任対象者にならなかった可能性が高い。
一之瀬が救済へ賛成しなければ、別の展開もあり得た。
そこには確かに因果関係がある。
だからこそ、神崎は簡単に「誰のせいでもない」という言葉だけで終わらせることができなかった。
「一之瀬」
神崎が呼ぶ。
一之瀬が顔を上げる。
「少し話したい」
「うん」
二人は他のクラスメイトから少し離れた位置へ移動した。
それでも体育館内である以上、完全に二人きりにはならない。
神崎は大型スクリーンを指す。
「現在八人だ」
一之瀬は頷く。
「うん」
「規定人数は十二人」
「分かってるよ」
「なら、これからどうするつもりだ」
一之瀬はすぐに答えられなかった。
神崎が続ける。
「俺か網倉を救えば二人増える。両方助ければ四人増えて、その時点で十二人だ」
一之瀬の指先が僅かに震える。
「だったら、二人とも助ける」
神崎の表情が変わる。
「何?」
「神崎君も麻子ちゃんも助ける。それで十二人になるなら、
学校が勝手に四人選ぶより、自分たちで助けたい人を助けたほうがいいと思う」
神崎は数秒間、一之瀬を見つめた。
「本気で言っているのか」
「うん」
「その結果、四人が新しく責任対象者になる」
「分かってる」
「分かっていない」
神崎の声が強くなる。
一之瀬が息を呑む。
「お前は、俺と網倉を助けることしか見ていない」
「違うよ」
「違わない」
「ちゃんと他の人のことも考えてる」
「だったら、その四人が誰になるか考えろ」
一之瀬は答えられなかった。
神崎はさらに続ける。
「堀北かもしれない。軽井沢かもしれない。伊吹かもしれない。
椎名が一度外れてまた戻るかもしれない。橋本や森下が再び選ばれるかもしれない」
一之瀬の表情が曇る。
「それでも、今ここにいる二人を見捨てられないって言うのか」
「……うん」
神崎の目が細くなる。
「なら、その四人も助けるのか」
一之瀬は黙る。
「助けると言うなら、その次は六人以上になる。そこでも助けるのか」
「……分からない」
「それじゃ駄目だ」
「分かってるよ!」
一之瀬の声が体育館に響いた。
周囲の生徒たちが一斉に振り返る。
神崎も一瞬だけ黙った。
一之瀬は目に涙を浮かべながら続ける。
「分かってるよ。助ければ増えることも、どこかで止めなきゃいけないことも、
誰かを選ばなきゃいけないことも、全部分かってる。
それでも、だからって神崎君や麻子ちゃんをそのままにしていいって思えるわけないじゃん」
神崎は何も言わない。
一之瀬は拳を握る。
「私はそんなことしたくない」
「誰だってしたくない」
「だったら」
「したくないからって、しなくて済む試験じゃない」
一之瀬の表情が崩れる。
神崎はあえて目を逸らさなかった。
「今までの俺たちは、誰も切らないことを正義だと思ってきた。お前がそういうクラスを作ってきた」
「それの何が悪いの」
「悪いと言っているんじゃない」
神崎の声が低くなる。
「ただ、今回の試験だけは、その考え方を使えば使うほど被害が増える」
一之瀬は唇を噛む。
それは、彼女が最も認めたくない事実だった。
仲間を助ける。
誰も見捨てない。
困っている人がいれば手を伸ばす。
これまで一之瀬が積み上げてきた価値観は、普通なら長所として評価されるものだった。
しかし、この試験では逆だった。
一人を助けるたびに二人が危険になる。
その二人を助ければ、さらに増える。
善意そのものが被害拡大の原因になるように設計されている。
学校側は、一之瀬という人間の最も強い部分を、最も残酷な形で逆手に取っていた。
網倉が二人のところへ近づいてくる。
「神崎くん、そんなに帆波ちゃんを責めないで」
神崎が振り返る。
「責めているわけじゃない」
「でもそう聞こえるよ」
「今ここで現実を言わないほうが残酷だ」
網倉は少し表情を曇らせる。
「それは分かるけど」
「網倉」
神崎は彼女を見る。
「お前はどうしたい」
網倉が息を呑む。
「私?」
「ああ」
一之瀬も網倉を見る。
網倉は少しの間、答えを探すように視線を落とした。
「……退学したくないよ」
その言葉は小さかった。
しかし、だからこそ重かった。
「普通に卒業したいし、まだみんなといたいし、こんな試験で終わるなんて嫌だよ」
一之瀬の目から涙がこぼれる。
網倉はそれでも続ける。
「でも、私を助けて別の二人が候補になったら、その二人も同じこと思うんだよね」
誰も否定できない。
「だったら助けてって言えないよ」
一之瀬が首を振る。
「麻子ちゃん」
「本当は言いたいよ」
網倉も目を潤ませた。
「助けてって言いたいし、帆波ちゃんなら助けてくれるって思いたい。
でも、それ言ったら帆波ちゃんがもっと苦しくなるじゃん」
一之瀬は完全に言葉を失った。
網倉は笑おうとした。
しかし、うまく笑えなかった。
「だから、私は今のままでいい」
「よくないよ」
「よくなくても、そうするしかないんでしょ」
白波がその言葉を聞いて、俯いたまま涙をこぼした。
「ごめん、麻子ちゃん」
網倉がすぐに白波を見る。
「だから千尋は謝らないでって」
「でも私が助かったから」
「千尋が助かったのは良かったんだよ」
「でも」
「私は千尋に残ってほしいって思った。だから賛成押した。それは私が決めたこと」
白波は何も言えず、網倉に抱きついた。
網倉も白波の背中へ腕を回す。
その光景を見ながら、一之瀬は耐えきれず顔を覆った。
自分が守りたかったクラス。
誰も孤立させず、誰も切り捨てず、困った人がいれば全員で支えるクラス。
それが今、互いに「自分を助けなくていい」と言わせ合う場所になっている。
神崎はそんな一之瀬を見ながら、表情をさらに厳しくした。
「一之瀬」
「……何?」
「これが最後だと思って聞け」
一之瀬がゆっくり顔を上げる。
「俺たちを救うな」
一之瀬の目が見開かれた。
「神崎くん」
「俺も網倉も、そのままにしろ」
「そんなの無理だよ」
「無理でもやれ」
「できない」
「できるかどうかじゃない」
「できないって言ってるでしょ!」
「それでもやるんだ!」
神崎の声が体育館全体へ響いた。
一之瀬クラスの生徒たちが一斉に沈黙する。
これまで感情を抑えながら話していた神崎が、初めて声を荒らげた。
「お前はクラスのリーダーなんだろ!」
一之瀬の肩が震える。
「仲間を助けたいだけなら誰にでもできる。
助けた結果、何人増えるのかまで考えて止めるのが今のお前の役目だ!」
一之瀬は泣きながら首を振る。
「そんなリーダーになりたくない」
「俺だってお前にそんなことをさせたいわけじゃない!」
神崎の声にも苦しさが混ざる。
「でも今は、誰かがやらなきゃいけないんだ!」
その言葉に、一之瀬は何も言い返せなくなった。
神崎は少し息を整える。
「今まで俺は、お前のやり方に何度も不満を言ってきた」
一之瀬が見る。
「全員を大事にしすぎることも、勝つための決断が遅れることも、いつか問題になると思ってた」
「……うん」
「でも」
神崎は一度視線を落とす。
「俺は、お前のやり方が全部嫌いだったわけじゃない」
一之瀬の表情が変わる。
「このクラスがここまでまとまったのは、お前が誰も切らなかったからだ。それは事実だ」
網倉も白波も神崎を見る。
「だからこそ、今回だけは俺を切れ」
一之瀬の涙が止まらない。
「それが、このクラスを守るために必要なら、今度は俺がその役目を引き受ける」
「そんな言い方しないで」
「言わなきゃお前は止まらないだろ」
一之瀬は顔を伏せた。
「嫌だよ」
「分かってる」
「本当に嫌だよ」
「分かってる」
「神崎くんも麻子ちゃんもいなくなるかもしれないのに、私が何もしないなんて」
「何もしないんじゃない」
神崎は静かに言った。
「これ以上増やさないっていう決断をするんだ」
その言葉が、一之瀬の胸へ深く突き刺さる。
助けないこと。
それも一つの選択。
何もしないわけではない。
新しい犠牲を生まないために、今いる責任対象者を受け入れる。
それは彼女にとって、これまで最も避けてきた種類の決断だった。
その時、一之瀬クラスの端末へ一斉に通知が表示された。
『神崎隆二救済案が申請されました』
申請者は一之瀬ではない。
クラスの別の生徒だった。
ざわめきが起こる。
「神崎を助けようよ!」
「そうだよ、神崎がいなくなったら困る!」
「まだ十二人になるまで余裕あるんだろ!」
神崎が顔をしかめる。
「やめろ」
しかし既に投票画面が開いている。
賛成。
反対。
一之瀬は端末を見つめた。
指が震える。
賛成を押せば神崎は助かる。
その代わり二人が新しく選ばれる。
反対を押せば神崎は残る。
今のまま。
責任対象者として。
一之瀬の視界が涙で滲む。
神崎が彼女を見る。
「押すな」
一之瀬は顔を上げる。
「神崎くん」
「助けるな」
「でも」
「俺を見ろ」
一之瀬は神崎を見る。
神崎は逃げなかった。
「今までお前が守ってきたクラスを、今度は別のやり方で守れ」
一之瀬の指が画面の上で止まる。
賛成。
反対。
たった二つの選択肢。
しかし、そのどちらにも人間の人生が乗っている。
一之瀬は長い時間をかけ、震える指を動かした。
反対。
その瞬間、一之瀬は端末を胸へ抱くようにして俯いた。
涙が止まらなかった。
神崎は何も言わない。
投票は続く。
賛成票が増える。
反対票も増える。
クラス内の意見は完全に割れていた。
神崎を失いたくない者。
これ以上増やしたくない者。
一之瀬の判断を信じたい者。
神崎本人の意思を尊重したい者。
票差は僅か。
そして最終的に。
『神崎隆二救済案』
『賛成――過半数未達』
『救済不成立』
体育館の一角に深い沈黙が落ちた。
一之瀬は画面を見られなかった。
神崎は小さく息を吐いた。
「これでいい」
一之瀬は首を振る。
「よくないよ」
「今はそれでいい」
「よくない」
「一之瀬」
神崎は少しだけ柔らかい声を出した。
「ありがとう」
その言葉を聞いた瞬間、一之瀬はさらに泣いた。
自分は神崎を助けなかった。
それなのに神崎は礼を言う。
その事実が、彼女には耐え難かった。
しかし、地獄はそれで終わらない。
今度は別の生徒から網倉救済案が申請された。
一之瀬の顔が上がる。
網倉がすぐに首を振る。
「やめて」
投票画面が表示される。
網倉は自分から反対を押した。
白波も泣きながら画面を見る。
「麻子ちゃん」
「千尋」
網倉は白波の手を握る。
「今度は反対押して」
白波の顔が崩れる。
「無理だよ」
「お願い」
「できない」
「私がお願いしてるの」
白波は泣きながら首を振り続ける。
一之瀬も何も言えない。
網倉はそんな二人を見て、無理に笑った。
「私、そんなに人気者じゃないと思ってたけど、こういう時だけすごいね」
誰も笑えない。
「だから、もういいよ」
網倉は続ける。
「千尋が助かった。それで十分」
白波が網倉に抱きつく。
「十分じゃないよ」
「私には十分だよ」
「嫌だ」
「私だって嫌だよ」
網倉の声も震えた。
「でも、嫌だからって誰か二人を代わりにするほうがもっと嫌だよ」
一之瀬は目を閉じる。
神崎が彼女を見る。
今度も同じ判断を求められている。
一之瀬は端末を持つ手に力を入れた。
何度も息を吸う。
そして。
反対を選んだ。
白波は最後まで迷っていた。
しかし網倉に手を握られたまま、泣きながら反対を押した。
票が集計される。
『網倉麻子救済案』
『賛成――過半数未達』
『救済不成立』
一之瀬クラスから、誰も声を出さなかった。
神崎。
網倉。
二人とも責任対象者のまま。
一之瀬は、自分の手で二度続けて仲間を助けない選択をした。
彼女にとって、それはこれまで経験したどの特別試験よりも苦しい判断だった。
しかし、責任対象者の人数は増えていない。
八名のまま。
誰か新しい生徒の名前が赤く表示されることもなかった。
合理的には正しい。
それでも、一之瀬は少しも救われなかった。
「帆波ちゃん」
網倉が声をかける。
一之瀬は顔を上げられない。
「ごめん」
「謝らないで」
「ごめんね」
「帆波ちゃん」
「私、二人を助けなかった」
「うん」
「助けられたかもしれないのに」
「でも、その代わり誰か二人ずつ増えたんでしょ」
「それでも」
神崎が横から言う。
「それでもじゃない」
一之瀬が見る。
「お前は今、初めて止めた」
一之瀬の顔が歪む。
「褒めないでよ」
「褒めてない」
神崎は小さく息を吐いた。
「でも必要だった」
一之瀬は再び俯く。
「こんなの、勝ちたくない」
「誰も勝ってない」
神崎の言葉は冷たかったが、事実だった。
まだ誰も退学していない。
それなのに、既に誰も勝者とは呼べない。
その時、体育館中央では新たな議論が始まっていた。
規定人数十二名。
現在八名。
残り四名。
誰かが救済を四回使えば、その過程で四名分総数が増え、ちょうど十二名になる。
何もしなければ、第二選択時間終了時に学校側が四名を強制追加する。
どちらにせよ十二名。
その事実が明らかになったことで、四クラスの思惑は新たな段階へ入っていた。
堀北はオレの近くで端末を見ながら呟く。
「これ以上救済を使う意味があるのかしら」
「あるとすれば、現在の責任対象者を別の生徒と入れ替えたい場合だな」
「つまり、誰かを助けるために誰か二人を危険へ送る」
「そうなる」
堀北は険しい表情をした。
「しかも最終人数は変わらない」
「だから、救済という名前はもう意味を持っていない」
「交換……いえ、それより悪いわね。一人を外して二人入れるんだから」
坂柳が少し離れたところから会話へ加わる。
「実質的には、責任対象者の構成を生徒側に選ばせるための装置ですね」
堀北が坂柳を見る。
彼女自身も責任対象者。
それでも声は冷静だった。
「あなたはまだ救済を拒否するつもり?」
「現時点では」
「クラスは納得していないでしょう」
「ええ」
坂柳は坂柳クラスを見る。
橋本を中心に、坂柳救済を求める声は強い。
森下も救済そのものには賛成だと言っている。
しかし坂柳本人が拒否している。
龍園も近くへやってくる。
「一之瀬のところは止まったみてえだな」
オレは一之瀬クラスを見る。
一之瀬は白波と網倉の近くに座り、神崎は少し離れた場所からクラス全体を見ている。
「神崎と網倉への救済は成立しなかった」
「ようやく現実見たか」
堀北が龍園を睨む。
「言い方を考えなさい」
「事実だろ」
「それでもよ」
龍園は鼻を鳴らす。
「甘っちょろいこと言ってる場合じゃねえ。今八人。残り四人は絶対増える」
坂柳が静かに言う。
「問題は、その四人を学校に選ばせるか、私たちが救済を使うことで間接的に選ぶかですね」
龍園の目が細くなる。
「学校に任せるのも気に入らねえ」
「私も同感です」
坂柳が珍しく即答した。
龍園が僅かに口元を歪める。
「だったらどうする」
「少なくとも無秩序に救済を繰り返すべきではありません」
堀北が腕を組む。
「四クラスで救済対象を決める?」
「それも一つです」
「誰を助けるのよ」
誰もすぐに答えられない。
現在の八人。
誰かを助ければ二人増える。
誰を残す価値が高いか。
誰なら切っていいのか。
その議論を始めた瞬間、四クラスは本当の意味で互いの人間価値を比較することになる。
坂柳はそれを理解している。
龍園も分かっている。
堀北も分かっている。
だからこそ、口が重くなる。
オレは八人の名前を見ながら考える。
学校側は、ここまで来ることを最初から想定していた可能性が高い。
十二名という規定人数を後から開示したことで、救済権の意味そのものが変わった。
最初は仲間を助けるための権利。
今は、十二人の構成を操作するための権利。
そしてその操作をすれば、必ず新たな二人を危険へ送る。
誰かを救う価値があると判断することは、別の誰か二人より価値が高いと宣言することに近い。
学校側は、生徒たちにそれをやらせようとしている。
その時、第一体育館の端末が一斉に震えた。
第二選択時間の残り三十分。
新しい通知。
『最終中間通知』
『第二選択時間終了時点で責任対象者が十二名未満の場合、
不足人数を学校側が無作為に追加指定します』
さらに、その下へ一文が表示される。
『追加指定された責任対象者に対して、
第二選択時間終了後の救済権行使は認められません』
体育館全体がざわめいた。
堀北が目を細める。
「つまり、学校側に選ばれた最後の四人は救えない」
坂柳が頷く。
「そういうことになりますね」
龍園が舌打ちする。
「性格悪すぎんだろ」
この通知によって、状況はさらに厳しくなった。
今なら救済権を使える。
しかし、救えば二人増える。
何もしなければ、最後の四人は学校側が選び、その四人には救済の機会すら与えられない。
つまり、生徒側へ再び圧力をかけている。
自分たちで選べ。
今ならまだ誰かを助けられる。
ただし、その代わり別の二人を差し出せ。
一之瀬は通知を見て、再び顔色を変えた。
白波も網倉も神崎も同じ画面を見ている。
「神崎くん」
「何だ」
「もしこのまま何もしなかったら、あと四人が学校に選ばれるんだよね」
「ああ」
「その四人は助けられない」
「そうだ」
一之瀬の目が揺れる。
「だったら、今のうちに誰かを助けたほうが」
神崎がすぐに遮る。
「また同じことをする気か」
一之瀬は言葉を止める。
「でも」
「俺たちを助けるために四人を増やすのか」
「学校が選ぶ四人だって」
「だからって、俺たちを外すために四人を増やしていい理由にはならない」
一之瀬は唇を噛む。
神崎は続ける。
「今度はもっと難しい」
「分かってる」
「なら、考えろ」
一之瀬は黙る。
網倉が静かに一之瀬へ近づく。
「帆波ちゃん」
「麻子ちゃん」
「私を助けなくていい」
「でも」
「さっき決めたでしょ」
一之瀬は泣きそうになる。
「決めたけど」
「なら、今は変えないで」
白波も涙を拭きながら頷く。
「私も、もう誰かを助けるために別の人が増えるの見たくない」
一之瀬は二人を見る。
神崎。
網倉。
白波。
自分を支えてくれた仲間たち。
そのうち二人が今、責任対象者として赤く表示されている。
助けることはできる。
しかし代わりに二人ずつ増える。
それでも助けたい。
その気持ちは消えない。
しかし、今度はその気持ちだけで動かない。
一之瀬は目を閉じる。
しばらくしてから、ゆっくり息を吐いた。
「分かった」
神崎が見る。
「本当に?」
一之瀬は頷く。
「神崎君も麻子ちゃんも、このままにする」
その言葉を口にした瞬間、自分で自分の胸を抉るような痛みを感じた。
「助けない」
涙が頬を伝う。
「これ以上、増やさない」
神崎は何も言わなかった。
網倉は微笑む。
白波はまた泣いた。
一之瀬は端末を握りしめながら続ける。
「でも、最後まで方法は探す」
神崎が僅かに表情を緩める。
「それならいい」
「まだ退学って決まったわけじゃない」
「そうだな」
「だから諦めない」
「そこはお前らしい」
一之瀬は泣きながら、ほんの少しだけ笑った。
しかし、その笑顔は長く続かなかった。
大型スクリーンには八人。
残り時間二十九分。
あと四人。
学校側が誰を選ぶのか分からない。
自分たちが救済を使わなければ、その四人は無作為に追加される。
そして追加後は救済不可。
つまり、この三十分の間に、四クラス全体が最後の判断を下さなければならない。
一之瀬はそこで初めて理解した。
自分が神崎と網倉を助けないと決めたことは、終わりではない。
むしろこれから、自分たち四クラスがもっと大きな選択をしなければならない。
誰を十二人の中へ残すのか。
誰をそこから外すのか。
そして、その判断によって誰を新しく入れるのか。
彼女はもう泣くだけではいられなかった。
それでも涙は止まらなかった。
神崎はそんな一之瀬を見ながら、静かに大型スクリーンへ視線を戻す。
「ここからが本番だ」
一之瀬が聞く。
「何が?」
「俺たちは今まで、誰かを助けるかどうかだけ考えてた」
神崎は八人の名前を見上げる。
「これからは、誰を十二人に残すかを決めさせられる」
一之瀬の顔が強張る。
「そんなの」
「嫌でもやらされる」
神崎の声は静かだった。
「だから、次は泣いてるだけじゃ駄目だ」
一之瀬は目元を拭く。
「……うん」
「考えろ。一之瀬」
「うん」
「リーダーとして」
一之瀬は少しだけ俯いた後、ゆっくり顔を上げた。
涙で赤くなった目で、大型スクリーンを見る。
その時の彼女には、まだ知らないことがあった。
第二選択時間が終わるまでの残り三十分で、四クラスはさらに追い詰められる。
そして十二人の中には、最終的に一之瀬クラスから三人。
神崎隆二。
網倉麻子。
白波千尋。
その三人が並ぶことになる。
今、白波だけは一度救済されている。
だからこそ、一之瀬はまだ彼女だけは守れたと思っていた。
しかし、この試験はそんな希望すら残すつもりがなかった。
第一体育館の巨大スクリーンには、残り二十九分五十九秒の数字が静かに減り始めていた。