エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
最後の答え――《RELEASE》。
こっこがその文字を入力した瞬間、石室の奥で小さな作動音が響いた。
――カチッ。
長い沈黙の後、中央に置かれていた宝箱の封印がゆっくりと解除される。
「……開いた」
ここまで何時間かかったのか、もう覚えていない。
数々の石板。
暗号。
規則性。
そして最後には、攻略組やエンジニアたちへ片っ端からメッセージを送りつけてしまった最終問題。
その果てに、ようやく辿り着いた報酬だった。
こっこは宝箱の前へしゃがみ込み、慎重に蓋を持ち上げる。
中から現れたのは――。
「おお……」
黄金色に輝く、一辺十五センチほどの立方体。
《Golden Cube》
表面には細かな紋様が刻まれ、角度を変えるたびに淡い光が走る。
武器でもない。
防具でもない。
用途すら表示されていない。
ただ、その存在だけで明らかに通常のクエストアイテムとは格が違うと分かる。
「これが……スタキオンの呪いの報酬?」
こっこは両手で黄金のキューブを持ち上げる。
ずしりとした重さ。
アイテム説明には、短い文章しか表示されていなかった。
《用途不明》
「そこまで秘密にする!?」
思わず突っ込んだ。
しかし。
キューブを持ち上げた瞬間――。
宝箱の底から。
――カチ。
小さな音がした。
「……ん?」
こっこの動きが止まる。
黄金のキューブが置かれていた場所。
そこだけ、箱の底板がほんの数ミリ沈んでいる。
「……まだある?」
普通なら、ここで宝箱を閉じる。
普通のプレイヤーなら、黄金のキューブを手に入れた時点でクエストクリアだと思う。
だが。
こっこはエンジニアだった。
しかも、こういう不自然な段差を見つけると放っておけないタイプである。
指で底板を押す。
動かない。
左右にずらす。
動かない。
「固定じゃないな……」
工具を取り出す。
薄い金属板を隙間へ差し込む。
手応えがある。
「やっぱり二重底だ」
少しずつ力を加える。
――カコン。
底板が外れた。
「よし!」
その下には、小さな空間が隠されていた。
そしてそこに。
一冊の本が置かれている。
古びた革表紙。
植物の蔓のような紋様。
中央には、見覚えのある意匠。
森エルフと闇エルフ。
両陣営が争ってきた――。
《秘鍵》。
「……え?」
こっこは慎重に本を取り出した。
システムウインドウが開く。
《The Ancient Elven Tome》
《エルフの古文書》
「エルフ……?」
ページを開く。
そこに書かれていたのは、今まで一度も見たことのない文字だった。
アルファベットでもない。
日本語でもない。
ゲーム内で使われる共通文字でもない。
複雑な曲線と点。
時折、秘鍵と同じ紋章。
さらに。
森エルフ。
闇エルフ。
そして、その二つとは異なる第三の紋章。
「……読めない」
ページをめくる。
読めない。
さらにめくる。
やっぱり読めない。
「何一つ分からない 」
システム翻訳も発動しない。
アイテム説明にも、
《プレイヤーによる解読不可》
とだけ表示されていた。
こっこは腕を組む。
「プレイヤーが読めない……?」
数秒考える。
そして。
「……エルフなら?」
頭に一人の人物が浮かぶ。
ランスロット。
森エルフの騎士。
秘鍵を追い続ける男。
「ランスロットさんに会った時に見てもらおう」
こっこは《エルフの古文書》をストレージへ収納した。
続けて黄金のキューブも収納。
そして大きく息を吐く。
「終わったぁ……」
長かった。
パズル。
暗号。
スタキオンの呪い。
ようやく攻略した。
その達成感に浸りながら、こっこは石室を出る。
だが。
この時。
まだ気付いていなかった。
いや。
数分後には気付くことになる。
自分が、とんでもない失敗をしていたことに。
◇
石室から出て、スタキオンの街へ向かう通路。
こっこは歩きながらメッセージ欄を開いた。
大量の返信が届いている。
キリト。
アスナ。
エギル。
リズ。
シリカ。
アルゴ。
エンジニアたち。
攻略組。
果ては普段あまり連絡を取らないプレイヤーまで。
『問題どうなった?』
『宝は本当にあるのか?』
『答え分かったぞ!』
『まだ間に合う!?』
『場所どこ!?』
こっこは苦笑する。
「いや、だから宝は僕が――」
そこまで言って。
止まった。
場所。
こっこが最終問題を送った時。
石板のスクリーンショットも一緒に送った。
周囲の壁。
床。
特徴的な紋様。
さらに。
途中のメッセージでは。
『スタキオン北西の地下遺跡』
『パズル街の外れ』
そんな情報まで書いていた。
「…………」
冷や汗が流れる。
「僕……」
メッセージ履歴を見返す。
「自分の場所、ほぼ全部教えてない?」
沈黙。
そして。
背後。
遠くの通路から。
――カツン。
足音。
こっこの表情が変わる。
一人ではない。
複数。
しかも。
普通の攻略プレイヤーなら、わざわざこんな奥まで急いで追ってくる理由はない。
こっこはゆっくり振り向く。
通路の向こう。
視界の端に。
プレイヤーカーソルが一つ。
そして。
もう一つ。
さらに。
三つ目。
「……うそでしょ」
聞き覚えのある笑い声が響いた。
「ずいぶん楽しそうな宝探しだったじゃねえか」
こっこの顔から血の気が引く。
「…………」
最悪だ。
あのメールは。
助けを求めるためのものではなかった。
結果的に。
宝の存在と。
自分の現在地を。
SAOの中でもっとも会いたくない連中へ知らせる――。
招待状になってしまっていた。
こっこは静かに右手を腰の剣へ。
左手を空ける。
視界の端にシステムウインドウを呼び出す。
工具の位置。
煙玉。
ワイヤー。
簡易罠。
回復アイテム。
全部確認する。
そして、小さく呟いた。
「……宝箱開けた後の方が難易度高いって、聞いてないよ 」
次の瞬間。
こっこは踵を返し――。
全力で走り出した。
こうして。
第六層スタキオン。
《スタキオンの呪い》を解き明かしたこっこは。
その直後。
自分が解いたどのパズルよりも危険な――。
命懸けの逃走劇へと突入することになる。
《黄金のキューブ》。
そして、宝箱の底に隠されていたもう一つのギミックから手に入れた、《The Ancient Elven Tome――エルフの古文書》。
こっこは大満足だった。
スタキオンに到着してからというもの、クロスワード、数独、暗号、法則性を見抜くパズル――。
誰もついてこなくなるほど夢中になり、一人で片っ端から解き続け、とうとう最奥の宝まで辿り着いたのだ。
「いやあ……苦労した✨️」
古文書を開いてみる。
「…………」
読めない。
「なんじゃこりゃ 」
見たこともない文字がびっしりと並んでいる。
アイテム名から考えればエルフに関係するものなのだろう。
「ランスロットさんに会った時に見てもらおう」
こっこは《エルフの古文書》をストレージへ収納した。
そこでようやく気が抜けた。
だが――。
こっこは一つ、大きな失敗をしていた。
最後の問題が解けず、知り合いという知り合いへ問題をメッセージで送りつけたこと。
その情報が攻略組やエンジニアたちへ広がり、
『正解者が宝を手に入れられるらしい』
という、とんでもない誤報にまで発展した。
そして。
その情報は当然――。
聞かせてはいけない連中の耳にも届いていた。
◇
「よう、おっさん」
帰路。
聞きたくない声に、こっこの足が止まった。
前方にPoH。
そしてモルテ。
ジョー。
三人。
「…………」
こっこは黙って周囲を見る。
「宝探しは終わったのか?」
PoHが笑う。
モルテも片手斧を肩に担いだ。
「随分と派手に問題をばら撒いていたみたいじゃないか。おーっと、もしかして本当に宝を見つけちゃったのかな?」
ジョーが武器を抜く。
「だったら、置いてけよ」
三対一。
こっこは右手でローグサーベルを抜いた。
だが――。
戦うつもりなど、欠片もなかった。
三人ともPKを前提に戦闘経験を積んでいる。
対人戦。
それも相手を殺すことを躊躇しない戦いにおいては、自分より遥かに経験豊富だ。
何より。
勝つ必要がない。
逃げればいい。
「……三人がかり?」
こっこの声が低くなる。
「あ?」
「僕一人に三人がかりかよ!」
わざと怒鳴った。
ローグサーベルを構える。
「上等じゃないか!!」
ジョーが笑った。
「ハッ! やっとやる気になったか!」
モルテも構える。
「意外だねえ。もう少し臆病だと思ってたよ」
「臆病?」
こっこが一歩踏み込む。
「誰が――」
PoHの目だけが細くなった。
こっこの左手。
そこだけを見ていた。
「――なんてね♪」
左手が動いた。
《ブラインドタッチ》。
視線すら向けず、整理されたストレージから目的のアイテムを呼び出す。
「目ぇ閉じろ!」
PoHが叫ぶ。
遅い。
閃光弾。
炸裂。
「ぐっ!」
白光が三人の視界を焼く。
だが、こっこはそれだけでは終わらない。
続けて左手。
煙玉。
ボンッ!!
大量の煙が路地を覆った。
「じゃあね!!」
逃走。
本当に逃げた。
「てめえ!!」
背後からジョーの怒声。
こっこは少しだけ笑った。
怒ったふり。
戦うふり。
閃光弾から煙玉。
二段構えで完全に距離を――。
ピコン!
《WARNING》
「え?」
《The Explorer》。
第五層の王家のイベントで手に入れた防具が、警告を発した。
目の前。
石畳の隙間。
細いワイヤー。
「罠!?」
進路変更。
ピコン!
「こっちも!?」
右。
ピコン!
左。
ピコン!
前方。
「……嘘でしょ」
笑みが消えた。
逃走経路という逃走経路に、罠が仕掛けられている。
つまり。
読まれていた。
自分がまともに戦わないことも。
閃光弾や煙玉で逃げることも。
その後、どこへ向かうかまで。
「最初から……狩るつもりだったんだ」
背筋が冷たくなる。
彼らは強い。
レベルだけではない。
プレイヤーを殺すことに関して、経験が違いすぎる。
《The Explorer》がなければ、最初の罠で終わっていた。
ピコン!
ピコン!
ピコン!
「うるさい! 分かってるよ 」
警告が鳴り止まない。
罠を避ける。
解除。
進路変更。
さらに罠。
その時。
煙の向こうから声がした。
「そこだ」
PoH。
「――っ!」
こっこが振り向く。
PoHの腕が振り抜かれていた。
投剣。
高レベルの投擲スキルに乗った刃が、一直線に飛来する。
速い。
避け――。
ザシュッ!!
「ぐあっ!!」
深々と突き刺さった。
HPが一気に減少する。
「ぐ……!」
膝をつく。
さらに。
ピコン。
足元にも罠。
動けない。
煙の向こうから三人が現れる。
「惜しかったな」
PoH。
「逃げ方は悪くなかったんだけどねえ」
モルテ。
「手間かけさせやがって」
ジョー。
こっこのHPは危険域。
逃走経路は罠だらけ。
三人が近づいてくる。
――まずい。
これは。
本当に死ぬ。
その時だった。
「こっこさん!!」
聞き慣れた声。
「……え?」
小柄な少女が走ってくる。
シリカ。
「なんで……」
こっこが驚いたのには理由がある。
第六層に入ってから、二人はほとんど別行動だった。
スタキオンのパズルを目の前にして完全に暴走したこっこを見て、リズやエギルと共に攻略とレベリングへ向かったシリカ。
その間。
シリカは戦っていた。
自分のレベルを上げるため。
そして何より――。
ピナを育てるために。
「ピナ!!」
「キュルルルッ!!」
青い小竜がシリカの肩から飛び立つ。
そして。
こっこの知らない動きをした。
ピナの身体が淡い緑色に輝く。
大きく息を吸う。
「お願い! 《ヒーリングブレス》!!」
「え?」
柔らかな吐息がこっこを包んだ。
緑色の光。
危険域だったHPバーが回復していく。
「……ピナ?」
こっこが目を丸くする。
知らない。
こんな技。
「新しく覚えたんです!」
シリカが叫ぶ。
「こっこさんが一人でパズルばっかりやってる間に、私たちだってレベリングしてたんですから!!」
「おお……」
こんな状況なのに。
少しだけ嬉しくなった。
「ピナ……成長したね✨️」
「キュル♪」
「感心してる場合じゃありません!!」
「はい 」
だが。
その僅かな安堵を。
モルテは見逃さなかった。
標的を変える。
こっこではない。
シリカへ。
「――!」
小柄な少女へ片手斧が向けられる。
その瞬間。
こっこの中で。
何かが切れた。
「シリカ!!」
自分が攻撃された時とは違った。
投剣を身体に突き刺された時ですら、ここまで頭に血は上らなかった。
だが。
シリカが殺される。
そう思った瞬間。
視界から色が消えた。
左手。
《ブラインドタッチ》。
右手。
ローグサーベル。
モルテの攻撃へ割り込む。
激突。
「なっ!?」
《Disarm》
モルテの武器が宙を舞った。
踏み込む。
工具。
拘束。
壁へ叩きつける。
モルテの身体が大きく揺れる。
「こっこさん!?」
聞こえない。
何も。
聞こえなかった。
「お前……」
自分でも知らない声が出た。
低く。
冷たい声。
「この子に――」
ローグサーベルを引く。
「何してんだよ!!」
攻撃。
一撃。
モルテのHPが大きく削れる。
さらに一撃。
赤。
もう一撃。
あと僅か。
そして。
こっこは剣を振り上げた。
殺せる。
あと一撃。
振り下ろせば。
モルテのHPはゼロになる。
――死ぬ。
「…………!」
剣が止まった。
刃先が震える。
モルテのHPバー。
赤。
ほんの僅かしか残っていない。
「……僕……」
息が止まりそうになった。
殺そうとした。
違う。
殺そうとしたのではない。
もっと怖い。
今。
殺せると思った。
シリカを殺そうとした相手だから。
殺してもいいと。
ほんの一瞬。
本気で思った。
PoHがこちらを見ていた。
やがて。
口元が歪んだ。
「……いい顔するじゃねえか」
こっこが振り向く。
「お前も、こっち側に来れるぜ」
「……違う」
「何が?」
「僕は……」
否定しようとして。
言葉が続かなかった。
PoHが笑った。
「今、殺せたよな?」
「…………」
「殺したかっただろ?」
「違う!!」
叫んだ。
だが。
その声はPoHではなく。
自分自身へ向けたものだった。
「こっこさん!!」
シリカが腕を掴む。
その声で我に返った。
「逃げます!」
「……うん」
「ピナ! 霧のブレス!!」
「キュルルルル――!!」
白い霧が爆発的に広がる。
PoH。
ジョー。
瀕死のモルテ。
三人の姿が霧に消える。
「走って!!」
二人は走った。
《The Explorer》が警告するたび進路を変える。
シリカが先導し。
ピナが周囲を警戒する。
こっこはただ走った。
◇
どれくらい逃げただろう。
追跡の気配が完全に消えたところで、ようやく三人は立ち止まった。
「はぁ……はぁ……」
シリカが座り込む。
ピナも疲れたようにシリカの肩へ降りた。
だが。
こっこだけは立ったままだった。
右手を見る。
震えている。
「……こっこさん?」
「シリカ」
「はい?」
「ピナ……強くなったね」
シリカが少しだけ笑った。
「はい」
「《ヒーリングブレス》……すごいや」
「頑張ったんですよ。ピナも」
「そっか……」
それが。
余計に怖かった。
自分が知らない間にも。
シリカは成長している。
ピナも成長している。
二人とも、自分で戦える。
分かっている。
それなのに。
危険に晒された瞬間。
自分は。
「……僕さ」
右手を見つめる。
「モルテを殺そうとした」
シリカの表情が変わる。
「君が攻撃されそうになった瞬間……頭の中が真っ白になった」
拳を握る。
「自分が投剣を食らった時は、逃げることしか考えてなかったのに」
笑おうとして。
笑えなかった。
「君が狙われたら……殺してもいいって思った」
シリカは何も言わなかった。
「怖いんだ」
PoHではない。
モルテでもない。
ジョーでもない。
「自分が怖い」
もし。
次があったら?
もし今度は、止まれなかったら?
もしシリカではなく。
リズだったら。
エギルだったら。
サタンだったら。
仲間の誰かが、本当に殺されそうになったら。
「僕は……人を殺してでも守る覚悟があるのかな」
違う。
こっこは首を振った。
「いや……」
もっと難しい。
「人を殺さずに守り切る覚悟が、僕にあるのかな……」
答えは出なかった。
すると。
ピナがシリカの肩から飛んだ。
こっこの前へ。
「キュル」
頬へ頭を擦りつける。
「……ピナ?」
そして。
ほんの少しだけ。
《ヒーリングブレス》。
淡い緑色の光がこっこの顔を包む。
HPはもう十分に回復している。
必要のない回復。
「……はは」
こっこはようやく少し笑った。
「HPじゃなくて、こっちを回復してくれたのかな」
胸を押さえる。
シリカも小さく笑った。
「たぶん」
スタキオン。
この街でこっこは、いくつもの難問を解いた。
クロスワード。
数独。
暗号。
石板。
最後には《解放=Release》という答えまで導き出した。
そして《黄金のキューブ》と《エルフの古文書》を手に入れた。
どんな問題にも。
どこかにヒントがあった。
規則があった。
そして。
必ず正解があった。
だが。
最後に突きつけられた問題だけは違った。
――大切な人を守るためなら、人を殺せるのか。
それとも。
――人を殺さず、大切な人を守り抜けるのか。
どちらが正解なのか。
システムは教えてくれない。
攻略本にも載っていない。
アルゴですら、答えを持ってはいないだろう。
こっこは空を見上げた。
「……難問だなあ」
第六層で一番難しい問題。
その答えだけは。
まだ見つけられなかった。