黒く染まった青いバラ、再び咲き誇るまで ―ライスシャワー、6年間の空白― 作:ちいさな魔女
原作:ウマ娘プリティーダービー
タグ:R-15 残酷な描写 アンチ・ヘイト 台本形式 AI本文利用 原作崩壊 キャラ崩壊 独自解釈 オリジナル展開 闇堕ち 独自設定 オリジナル設定 ライスシャワー
始まりは、菊花賞だった。
ミホノブルボンの無敗クラシック三冠が掛かったあのレース。
勝ったのはライスシャワー。
しかし、飛び込んできたのは絶え間ない誹謗中傷。
そのせいか、有マ記念は8着で終わってしまった。
それでもお姉様や仲間達の励ましがあったから、ライスシャワーは天皇賞・春に出走出来た。
しかし、天皇賞・春で再び勝利したライスシャワーに待っていたのは、またもや心ない言葉だった。
メジロマックイーン三連覇を潰した事。あんな子がなんで勝つんだ。そんな酷い言葉がライスシャワーに降りかかった。
ライスは、分からなかった。
どうしてそんな事を言うの?どうしてそんな顔をするの?どうして頑張ったのに謝らなければならないのか?
ライスはただ、走りたかっただけだった。誰かを不幸にしたかったわけじゃなかった。本当は分かってほしかった。誰かに大丈夫だと言ってほしかった。
お姉様も、友達も、ライバルも、自分を悪くないと言ってくれた。
でもライスの中に、周りへの不信感という呪いが積もっていく。どうしてこんな人達の為に頑張らなくてはならないのか、、誰も不幸にしたくないだけなのになんで周りが悲しむのか?
ライスは、その場から逃げ出した。
その日の天皇賞・春のウイニングライブ。なんと一着の子が欠席するという前代未聞の事態が起きた。
欠席したライスシャワーはその後も、ウイニングライブに出ようとしなかった。
グランプリウマ娘となったメジロパーマー。オールカマーでのツインターボの勝利。トウカイテイオー復活の有マ記念。その光の裏でライスシャワーは、姿を消した。
――――――――――――――――――――――
その日、トレセン学園は混乱した。
担任教師「皆さんに、残念なお知らせがあります。机の一つ、空いてるでしょ?」
クラスメイト達が、一つの机を見た。其処は、本来とある生徒が座ってた場所だ。
担任教師「この前の天皇賞・春………いいえ、トウカイテイオー復活の有マ記念以降………ライスシャワーさんが失踪しました。どうやったのか知らないけど、窓を割って侵入した痕跡があったの。そして……理事長室にこれが置いてあったわ」
担任教師が見せたのは、退学届だった。本人の字、ハンコもしっかり押されている。しかし、秋川理事長やたづなさん曰く、まだ受理はされてないとの事だった。
教室は重苦しい雰囲気に包まれていた。誰も、何も言えなかった。
あんなに儚げで、小さくて、いつも周りに気を遣ってた少女が。自分を常に責め続けてきた少女が。何も言わずに失踪したのだから。
この事は、学園中にすぐに広まった。そして、特定のチームにもそれは伝わったのだ。
チームスピカの部室。
マックイーン「………は?」
メジロマックイーン。彼女は自分を負かしたライスシャワーが、突然退学届を出して行方を晦ました事に、耳を疑った。
沖野「……何度も言わせるなよ。ライスシャワーが理事長室に侵入して退学届を出して、行方不明になったと」
マックイーン「全部聞きましたわ!その上で、「はっ?」と聞いてますのよ!?」
チームスピカの担当トレーナーである沖野に、マックイーンが詰め寄り始める。
ゴールドシップ「おい!マックイーン落ち着けって!」
テイオー「……ライス。なんでだよ………」
チームスピカに所属するゴールドシップことゴルシは、マックイーンがトレーナーに詰め寄ろうとしてるのを止めた。テイオーも、茫然自失としていた。
沖野「……ライスシャワーのルームメイトであるゼンノロブロイにも尋ねたが、ライスシャワーは私物も何もかも置いていった。朝目を覚ましたら………という流れだ。ただ財布も無くなってたからな。警察にも届け出は出したし、消防隊やボランティアにも呼び掛けて捜索は続けるようだ。だがなんの手掛かりも見つかってないから、最悪の出来事だって想定も―」
マックイーン「そんなわけないでしょう!!ライスさんが!!ライスさんが……………」
スカーレット「ちょっと!!落ち着きなさいよ!!」
ウオッカ「今言い争ったってライス先輩帰って来るわけじゃねぇだろ!!」
スペ「そうですよ!!」
沖野に詰め寄ろうとしたマックイーンは、皆から取り抑えられる。それを見ていた沖野も、片手で顔の半分を覆いながら苦悶の顔を浮かべた。困惑、絶望、そして言い表せない無力感、それらが顔に強く表れていた。
沖野「マックイーン!俺も……何がなんだか分からないんだ…!」
マックイーン「……ライスさん……どうして……?」
マックイーンは何も言えなかった。どうしたら良かったのか?
そんなスピカも重苦しい雰囲気になる中、他のチームでもライス失踪の報告が入ってきていた。
チームカノープス。
ターボ「嘘だ!!そんなの嘘だよ!!ライスが居なくなるわけないじゃん!!」
ツインターボは、泣きながらそう訴えた。
南坂「しかし、ライスシャワーさんは寮にも帰ってないそうです」
南坂トレーナー。チームカノープスの担当トレーナーである彼も、頭を抱えていた。
ネイチャ「そんな………ライス………なんで……」
タンホイザ「ライスさん……あの時、ライスさんを傷付ける人達の声………ライスさんの耳、塞いどけばよかった……」
イクノ「あの、私もボランティアに参加出来ますか?」
全員が、様々な感情が入り乱れた困惑の表情を見せる。
イクノさえも顔付きが強張り、目は泳いでいる。冷静で計画的なイクノディクタスが、だった。
南坂「皆さん……分かりました。ですが、くれぐれも単独での自然や裏路地等の危険な場所の捜索は控えてください。先ずは、ライスシャワーさんの実家へ向かいましょう」
南坂は、カノープスの皆が見せる優しさに、強張っていた表情が緩やかになった。
チームリギル
東条ハナ「……ルドルフやグルーヴは聞いてると思うけど……ライスシャワーが退学届を出した後に失踪。理事長はまだ受理せずに本人の意思確認も兼ねて長期休学中という事にしてるわ」
グルーヴ「その方が良いだろうな………しかし………まさかライスシャワーが居なくなるなんて……」
ヒシアマゾン「ロブロイの奴、『私が傍に居たのに………!』と後悔して泣いていたよ。戻って来ると信じてるのか、隣のベッドや机は出ていった当時のままだよ」
ブライアン「ルドルフは未だに探してる。彼女も酷く後悔していた」
ハナ「まさかこんな事になるなんて………ルドルフの事は私も何とかしてみるわ」
リギルも重苦しい雰囲気に包まれた。
そして、とあるチームの部室でもそれは同じだった。
ミホノブルボン「………ライスが?」
黒沼「ライスシャワーは今、警察に捜索願を出した。お前は、故障を治す事に集中しろ」
ブルボン「………あり得ません。私を倒したライスが……」
黒沼「ブルボン!!」
黒沼が声を上げた。ブルボンは肩を震わせる。
黒沼「ライスシャワーの事は気の毒だが、悲しんでは居られん。お前は、このままライスシャワーが無念のまま終わっていいのか?」
ブルボン「……違います」
黒沼「なら身体の不調を少しでも早く治るよう努めろ。お前がライスシャワーの意思を継いで走れ」
ブルボン「っ!!当たり前です!」
黒沼「よく言った!しっかり治せよ!」
黒沼トレーナーは、彼なりにブルボンの心を鼓舞した。悲しみたい気持ちを理解した上で、ブルボンの心を鼓舞したのだ。
その後、警察や消防隊、トレセン学園関係者、両親や親戚も加えてライスを捜索したが、彼女は見つからなかった。
やがてこの件は世間にも漏れ出て、トレセン学園最大の不祥事と、誹謗中傷に対する見方、そしてトゥインクルシリーズ最大の炎上事件として取り上げられた。
秋川理事長は取材に対しても真剣に向き合い、ライスシャワーの捜索は続行する事と、誹謗中傷に対する対策強化もより強く行う事、そして誹謗中傷者に対する被害届もライスシャワーの両親と話し合い、提出する予定だと発表。
そこから5年間。殆どの人達が捜索を打ち切りにしてなお、ライスの両親や親戚、友人達は捜索を諦めなかった。
退学届は、流石に長い期間学園を離れていた為と、マスコミに情報が流れた事もあり、促されるような形で受理せざるを得なかった。
そんな中で、事態は思わぬ展開を迎える。
―――――――――――――――――――――――
5年後。世界をとあるニュースが飛び交った。
キャスター『凱旋門賞にて、黒いシスター服のウマ娘が数ある強豪を征して、一着の座を手にしました』
そんなニュースが流れた。国籍不明。分かるのは、その見た目はボロボロになった黒いシスター服だった。但し、汚れた聖書に千切れた数珠、そして背後の服に刻まれた十字架や、首から下げたロザリオに飾った十字架は、いずれも逆さになっていた。
彼女はマスクで目元以外は隠れている。素顔は見えない。伸び切った髪はボサボサで、枝毛も酷い。
その瞳で敗者を見つめた後、その場から歩き去っていく。
ウイニングライブ。本来なら一着のウマ娘が出るそのライブに、そのウマ娘は出席しなかった。
凱旋門賞を征した謎のウマ娘。暫くした後に、今度はブリーダーズカップにも姿を現した。
日本のウマ娘「よし!ブリーダーズカップを勝つぞ!」
その日、日本から一人のウマ娘が挑戦する事になった。彼女はアメリカの舞台で活躍する事を夢見てトレセン学園に来て、そして今ようやくブリーダーズカップの舞台に立った。
パドックで見に来てくれたファンに手を振る。見に来てくれた人達へ感謝を伝えていた。
そんな時だった。
ざわざわと騒ぎが起きる。
パドックに現れたのは、黒いシスターのウマ娘だ。マスクは左目しか見えず、もう片方の目は伸び切った髪の毛に隠れて見えない。
シスターウマ娘「………」
日本のウマ娘「な、なに?」
シスターウマ娘は、日本のウマ娘を見つめる。生気のない目は、日本のウマ娘を見つめるだけだ。
そして、ウマ娘全員がゲートに入る。ブリーダーズカップの頂点を決める、ゲートの開閉音と共にウマ娘達がスタートした。
日本のウマ娘(私の得意な“差し”!しかも好位置だ!ってあれ?あのウマ娘は?)
日本のウマ娘は芝を走る中で、シスターウマ娘が前方の何処にも居ない事に気が付いた。
周りを見渡しても、何処にも居ない。
すると、背後から感じたのは鋭い殺意だ。敵意より鋭く、何より強い恨みの念を感じる。背後にずっと付きまとう、死神に鎌を向けられているかのような恐怖心が、日本のウマ娘を支配し始めていた。
日本のウマ娘は徐々にペースが乱れていき、最終コーナーに差し掛かった、その時だった。
横から現れたのは、例のシスターウマ娘。日本のウマ娘を見もせず、周りの外国ウマ娘を一気に抜き去って行った。まるで興味すら失せたかのように、そのシスターはコースの先へと走り去って行く。
日本のウマ娘「い、嫌……!やめて………私の……ゆめ……」
日本のウマ娘は必死に脚を前に出して、大地を蹴る力を強めた。しかし、益々突き放されていく。
日本のウマ娘「あ」
やがて、日本のウマ娘はその場で足が歩きに変わっていき、周りに追い抜かされる事すら気にする事もなく、ただその場に立ち尽くすだけだった。
日本のウマ娘は、圧倒的実力に打ちのめされて、その場に佇むしか出来なかった。
そのウマ娘は、圧倒的バ身差を付けてブリーダーズカップを制覇。しかし、その場で喜ぶ事もせず、興味を無くしたようにその場から歩いて立ち去って行った。
海外ウマ娘「なによあれ………あんなの……勝てる筈ないわ………」
ブリーダーズカップへ挑みに来た海外ウマ娘達は、去っていくシスターウマ娘をただ見届けるしか出来なかった。
その後のウイニングライブにも、そのシスターウマ娘は出席する事はなく、一着不在でウイニングライブは開始されたものの、最も盛り上がりに欠けたライブとなってしまった。
しかし、このウマ娘は世界各地の大きなレースに現れて、どれも一着でゴールする。圧倒的な差を付けて。但し、ウイニングライブには絶対に参加しなかった。
しかし、悲劇はこれだけに留まらなかった。
オベイユアマスターの敗北。モンジューやヴェニュスパークも廃人同然となり、引退宣言後は自宅に引きこもるようになってしまった。
彼女達は語る。黒いシスターのウマ娘に呼び出され、勝負を挑まれたのだ。その圧倒的実力と、徹底的過ぎるマークに心を折られ、走る事すら出来なくなったのだ。
世界各地の強豪達は、神出鬼没の黒いシスターに心を折られ、レース世界を去って行く。
それは、日本にも伝わっていた。
―――――――――――――――――――――――
日本のレースは、5年前と世代が大きく変化していた。ミホノブルボンやビワハヤヒデ、ナリタタイシンやウイニングチケットといった当時のメンバーは既に引退し、卒業後はそれぞれ別の進路を歩んでいる。
メジロマックイーンやハルウララ、ゼンノロブロイはドリームトロフィーリーグに移籍済みで、活躍して名を連ねている。
新たな世代が名を連ねている中、チームカノープスに所属しているとあるウマ娘が、フリースタイルレースに呼び出されていた。
ターボ「なんだろ……?『フリースタイルレースで待ってる』?」
ツインターボだ。ターボは寮に投函されていた手紙の内容を見て、フリースタイルレースに向かってきたのだ。
シスターウマ娘「………待ってたよ」
ターボが後ろを振り返ると、其処には世界を騒がせていた黒いシスターのウマ娘が佇んでいた。千切れた数珠、汚れた聖書、逆向きの十字架。ボロボロのスカート。間違いなく例のシスターだった。
ターボ「な、なに?何なの?ターボに何か用?」
シスターウマ娘「いいから勝負して」
ターボ「で、でも………なんか、怖いよ?」
シスターウマ娘「早く!!」
シスターウマ娘が声を荒げる。ターボは何処かで聞いたことのある声に、謎の既知感を感じていた。懐かしくも悲しい。そんな既知感を。
ターボ「………ライス?」
シスターウマ娘「………」
シスターは何も答えない。そして、スタート位置のゲートに2人は入る。
やがて、ゲートが開いて2人はスタートした。ターボは逃げで走り続けるが、ここで予想外の事が起きる。
背後にはシスターウマ娘が何処までも追跡していき、ターボを徹底的にマークしていた。ターボは嘗ての大逃げですらない全力を出して振り切ろうとするが、振り切ろうとしてもしつこくシスターは背後に取り付いて離れてくれない。
ターボ「う、うわぁぁあああああっ!!」
ターボは駆ける。しかし、背後のシスターは振り切れない。
ターボ(やだ!なにこれ……振り切れない!怖い!怖い!怖い!)
ターボの壊れることのなかった心が、背後へピッタリ付いてくるシスターによって、ボロボロに崩されていく。
そして、ゴールが見え始めた、その時だった。
シスターはターボを横から抜き去り、その直後にゴールへ走っていく。
ターボ「あ」
ターボは減速。やがて足が前へ出なくなり始めて、ゴールする事すらなく止まった。
ターボは、抜け殻になったようにその場で膝を付いた。
ネイチャ「ターボ………なにこれ?どうなってるの?」
フリースタイルレースの出入り口から、差し入れのお菓子やスポーツドリンクを持ってきたネイチャ達だったが、其処で見たのはターボが茫然自失となって芝に膝を付き、ゴールを駆け抜けたシスターウマ娘が興味なく歩き去る姿だった。
タンホイザ&イクノ「「ターボ!!」」
2人はターボの元へ駆け寄る。ターボはいくら肩を揺さぶられても、答える事は無い。
シスターウマ娘は、そんなターボに見向きもしないで歩き去ろうとした。
ネイチャ「待ってよ!!」
ネイチャがシスターウマ娘に話しかける。
ネイチャ「アンタさ、いくらなんでもやりすぎだよ!!誰だか分からないけど、レースで競い合った相手をこんな風に心をへし折って、そんな事して何が楽しいんだよ!!」
ネイチャは怒りと悲しみの目でシスターウマ娘を睨む。シスターウマ娘は、ネイチャの悲しみの涙も言葉も、まるで気にしてないように紡ぐ。
シスター「楽しいよ?私を誰も言葉で庇うだけで、彼奴等の言葉に対して何も言わず、見て見ぬふりするだけだった。そんな奴等がこうなったんだよ?嬉しいよ」
ネイチャ「何を言って………あっ」
ネイチャは、このウマ娘が誰なのか予想し始めた。5年前から行方不明になり、多くの皆が探すのを諦め始めた、あのウマ娘。
ターボ「………ライスなの?」
心が折れた筈のターボが、顔を上げた。
ターボ「ライス、なんだよね?そうだよね?」
ターボは打ちのめされて立ち止まる間も、実は会話がぼんやりと耳に入っていた。そして、シスターの声が自分も探していたライスシャワーの声とそっくりだった。いや、あまりにも同じなのだ。
ライス「違う…………ライスシャワーはもう死んだ」
シスターのウマ娘は、ライスシャワーはそう告げた後にその場から歩き出す。
ターボ「嘘だもん!!だって、ライスは、勝っても負けても泣くし、全部自分のせいなんて言うんだもん!!それでも走りに向けた情熱は本物で、今も走ってる時の勝ちたいって思いが伝わって来たもん!!」
ターボの言葉に、ライスは歩くのを少しだけ速めた。
ターボ「そんな奴が死んでるなら、今ターボと走ったのは誰なんだ!!今のライス、全然楽しそうじゃないもん!!」
ライスは益々歩く速度を速めた。振り返らない。振り返らず、ターボの言葉が聴こえないよう耳を閉ざし、フリースタイルレースを後にした。
タンホイザ「あれが………ライスさん?でも、なんであんな姿に?」
イクノ「ターボ。本当なんですか?今のがライスさんだなんて………」
ネイチャ「……うん。多分そう。アタシもさ、何となく分かるんだよ。あの子が、ライスシャワー何じゃないかって。でもあれは………トゥインクルシリーズ駆け抜けた当時のアタシも、勝てるかどうか分かんないね」
オールカマーで敗れたライスは、今になって姿を現し、世界中のレースを荒らした。そして、因縁の相手であるツインターボを圧倒した。しかしそれは、より大きな力で昔より弱くなった相手をイタズラに叩きのめしただけだ。つまり、立場が最悪の方向へ逆転しただけだ。
しかし、ライスは止まらない。次々と、嘗て自分ご負けた相手を叩きのめすだけだ。
―――――――――――――――――――――――
その日のフリースタイルレースには、三人のウマ娘が出場した。
その内の2人は、メジロパーマーとダイタクヘリオス。その2人は、シスターのウマ娘に呼び出されてレースをしていた。『有マ記念の借りを返しに来た』と。
しかし、その結果は爆逃げコンビと呼ばれし2人の大敗。
シスターのウマ娘は、二人の背後を徹底的にマークし、ゴールしそうになれば一気に突き放したのだ。
パーマー「ライス………なんで……?」
ヘリオス「ひっ!ああ………」
2人はライスと見抜いていたが、ライスは否定しなかった。
ライス「もう隠す必要無いか………私は、あの5年前の復讐に来た。見て見ぬふりしてきた奴等を、奴等の応援するファンにも、絶望を与える」
パーマー「もう止めようよ!!だってこんなの………これじゃあただの八つ当たりじゃん!!」
ライス「何を言ってるの?私が彼奴等に罵声浴びせられた時、お前達は何もしなかった。見て見ぬふりしたくせに」
ヘリオス「それはっ!!あっ…………ごめんなさい……ごめんなさい………」
ヘリオスは何も言い返せなかった。その場で泣き崩れ、頭を抱えて謝罪を飛ばすだけだ。
ダイイチルビーとケイエスミラクルは、2人に駆け寄ってタオルを掛けて、ルビーはヘリオスの頭を抱き締めて撫でながらライスを睨む。
ルビー「これが復讐ですって?貴女のしてる事は………結局は八つ当たりではありませんか?」
ライス「見て見ぬふりしてた奴等と話したくない」
ライスはその場を去る。
ルビー「待ちなさい!!……ヘリオスさん!ヘリオスさん!」
ミラクル「ライス………どうしてこんな………ルビー、二人を病院に連れて行こう。今の状態じゃ、何をしでかすか分からないから」
ルビー「ヘリオスさん………」
ルビーはヘリオスを抱き締める。嘗ての太陽が、学園時代に常に自分を照らし続けた太陽が、こんな悲しまされていい筈が無い。
ミラクルも、パーマーに肩を貸しながらも、ルビーの手配した運転手の運転する車に乗せて、二人を病院まで運んだのだった。
そしてある日、BNWと呼ばれた三人のウマ娘を呼び出した。一人はナリタタイシン、二人目はウイニングチケット、三人目はビワハヤヒデ。三人もライスとは縁がある。
今は引退し、それぞれ社会に出て働き始めて、それなりに家庭も築き上げた。そんな彼女達は、フリースタイルレースで家族を連れてやってきた。
其処に現れた、黒いシスターのウマ娘に出会い、勝負を挑まれ、敗れた。
ハヤヒデもチケットも、あの日とは比較にならない強さを得たライスに、人生でこれ以上無い絶望を味わわされた。
嘗てライスが勝てなかったBNWは、今や地に脚をつけて2人が絶望に泣き叫ぶ。
ライス「そうだよ。私もそうやって泣いたんだ。お前達のファンが、私を傷付けたんだ。それを見て見ぬふりしたんだ!お前等もそうなって当然だよ」
ライスはその場を去る。憎悪と共に進むライスに、タイシンが顔を上げて睨む。
タイシン「5年前のアンタは、そんな奴じゃ無かったでしょ?」
ライス「何が言いたいの?」
タイシン「アンタは確かに傷付いたし、確かに見て見ぬふりしてたかもしれないあたし達も酷かったよ。だけど……だからってその苦しみを周りに押しつけるような奴じゃ無かっただろ?」
ライス「だから、何?ライスはこんなになった。でも、お前等は?この5年間でライスが復讐の為に苦しみながら強くなってきたのに……幸せに過ごしちゃって。」
タイシン「いい加減にして!!」
タイシンはライスの頬を叩く。
タイシン「自分だけ不幸で、本気でアタシ等が幸せだったと思ってんの!?」
ライス「…………」
タイシン「ライスが消えてから、アタシ達が何も苦しまずに生きてきたと思ってんの!?」
ライス「……だって……」
タイシン「ハヤヒデも、チケットも、ずっと後悔してたんだよ!!もっと話せばよかった。もっと早く気付けばよかった。あの時、ライスのところへ行けばよかったって!!」
ライス「…………」
タイシン「でもさ……それでも、生きていかなきゃならなかったんだよ!!レースもあった。仕事もあった。毎日が来たんだよ!!だからアタシ達は前に進んだ!!ライスを忘れたからじゃない!!」
ライス「……!」
タイシン「忘れられるわけないだろ……!」
ここでタイシン自身も声が震える。
タイシン「……馬鹿。アタシ達だって……ずっと待ってたんだよ」
ライス「……進めるだけ幸せに慣れたくせに……」
ライスはその場から歩き去った。届いたのか分からない。しかし、ライスは明らかに動揺していた。自分だけが世界で一番苦しんだというアイデンティティが、揺らいでいる証拠だった。
タイシン「ばか………いい加減戻って来てよ」
タイシンは夫や子供達に声を掛けられるまで、その場で佇むしか出来なかった。
―――――――――――――――――――――――
ライスはその後、日本のウマ娘を次々と負かしていく。そんな日々を過ごす中で、ライスは山の中にある洞窟で寝ていた。
しかし、安眠出来た事は無かった。
ライス『ねえ、もうやめようよ?』
ライス「うるさい………」
ライス『そんなことしても、誰も幸せにならないよ!』
ライス「うるさい!!うるさい!!うるさああーいー!!」
ライスは目を覚ます。岩の上で寝ていたライスは目を覚ます。これだった。復讐への道を歩み始めてから、毎夜同じ夢を見る。
初めの1年間は、手にした資金を切り崩しながら生活していた。しかし、賞金は元よりトレーナーや学園にも分配される上に、G1レース2勝したと言ってもそれで一生生きていける筈もなく、資金は瞬く間に底を突いた。ライスは、生きる為に山へ籠り始める。
2年目で山に籠り、四苦八苦しながらも生きてきた。毎日泣いた。そして怒りも憎しみも込み上げてきた。生きる度にそれは積み重なる。
3年目には、憎しみだけで山中を駆け巡り、獣の肉を食らい、野草を食べて生きている。
4年目、青春を捨てて修行中にとある教会を見つけて、其処でウマ娘専用の修道服を見つけた。聖書も泥に汚れて読めない。それを身に着けた時、ライスは決意を固めた。
5年目になり、勝負服を完成させた。そして、世界への憎しみを募らせていき、こうして戻って来たのである。
しかし、やはり悪夢は消えない。もう一人のライスシャワーは毎日夢に出てくる。それを振り払う。また目覚める。同じ日々の繰り返し。
町に出ても、ライスはふらつきながら町の大型テレビに映る映像を見た。其処には、記者会見に出ているメジロマックイーンの姿が。自分と違い、綺麗な服に綺麗な髪型、整った容姿が、ライスシャワーの怒りと憎しみを膨れ上がらせていく。
マックイーン『この映像を観ているなら、是非とも受け取ってください。私は、今世間を騒がせている黒いシスターのウマ娘に対して、宣戦布告を行います。決戦の地は、有マ記念。更に、ゼンノロブロイさんやハルウララさん、トウカイテイオーやゴールドシップ、更には引退されたミホノブルボンさんまで、数多くのウマ娘がご参加くださいました。もしこの映像を観ているならば、この挑戦状を受けてください』
ライスはそれを見た途端、目をギラつかせた。
最高の復讐相手からの宣戦布告なのだ。
ライス「叩き潰してやる………ライスの苦しんだ5年分、たっぷり苦しませてやる!!お前等のファンも絶望に叩き落としてやる!!」
復讐の炎を燃え上がらせるライスシャワー。
ライス「でも先ずは………宣戦布告と準備運動からだね」
その炎を滾らせる。一人のウマ娘としてか、逆恨みからか。ライスは目から青い炎を走らせた。
ライス「過去に強かったウマ娘達を叩きのめす……奴等だって共犯者なんだ!全員……倒せば……………また強くなれる!」
復讐の炎に身を焦がすライスシャワー。呼び出した者達の整った服装や恵まれた姿を見る度に、ライスシャワーの心にさらなる憎しみの念が膨れ上がっていく。
―――――――――――――――――――――――
有馬記念のパドックは盛り上がっていた。それは、ドリームトロフィーリーグで活躍するウマ娘だけでなく、過去に引退したウマ娘まで数多く出場しているからだ。
引退した筈のシンボリルドルフ。有マ記念で奇跡の復活を遂げたトウカイテイオー。天皇賞・春2連覇のメジロマックイーン。秋の三冠を達成したゼンノロブロイ。常敗無勝の愛されウマ娘、ハルウララ。もう少しで無敗の三冠ウマ娘となれたミホノブルボン。芝とダートで高水準に走れるアグネスデジタル。ライスシャワーに心を折られながらも、ハヤヒデやチケットの意思を受け継いで出場したナリタタイシン。呼び掛けに応じたオグリキャップにタマモクロス。ターボの代わりに出場したナイスネイチャ。そして、ゴールドシップ。数多くのウマ娘が、有マ記念のパドックに姿を現した。
観客『『ワアアアアアアアッ!!』』
観客が大歓声に包まれる。それも当然だ。これだけのビッグネームが出揃ったのだから。
しかも中には、長距離が苦手なウマ娘も居るが、彼女達も出場を決意したのだ。
その目的は、ただ一つ。ライスシャワーを止めるため。
昨日までのニュースは、複数の話題で持ちきりだった。
『暴君オルフェーヴル、玉座より転落か!?』
『キタサンブラックが引きこもりに!?例のシスターが原因か!?』
『伝説の貴婦人、ジェンティルドンナ!心が壊れて人形状態!?』
『ミスターシービー、行方不明に!?書き置き残して家出か!?』
『スマートファルコン、ウマドル引退宣言!?その後、行方が知れず!』
『ホッコータルマエ、苫小牧の観光大使を引退。苫小牧より去って以降行方不明に!?』
『アーモンドアイ、戦意喪失!?自宅に引きこもり、泣き崩れる日々!』
過去に栄光を上げたウマ無達が、次々と毒牙に掛けられた。現役を引退する者、引きこもりになった者、心が折れて人形状態になった者、行方不明になった者等。ライスシャワーは嘗ての強者を、全て叩きのめしたのだ。
この有マ記念は、そんなライスシャワーを止める為に開催されたと言っても過言ではない。表向きは嘗てのウマ娘達の同窓会みたいなものだ。
そして、ライスシャワーは現れた。
ざわざわと騒ぎ出す会場。パドックの奥から姿を現したのは、例の黒いシスター。裾がボロボロであり、汚れた聖書に千切れた数珠、逆向きの十字架を背負ったその姿。マスクとフードに被ったその顔は、長く伸び過ぎた髪も相まって、左目しか見えない。
実に5年越しの再会。彼女は既に変わり果てていた。ヒールではなく、ヴィラン。魂の奥底まで魔物に成り果てて居る。そう言っても過言ではなかった。
マックイーン「ライスさん………ですの?」
ライス「ライスシャワーなら居ない」
ブルボン「嘘です。ライスは今、其処に居ます」
ライス「居ても過去の私じゃない」
ウララ「ライスちゃん!皆心配してたんだよ!」
ライス「マックイーン………ブルボン………ウララも居たんだ。心配?いらないよそんなの」
ロブロイ「そんな!私達、ライスさんの事を探してたんです!」
しかし、ロブロイ達の叫びも虚しく、ライスはその場を去ろうとする。
ライス「皆は良いよね………良い部屋で寝て過ごして、良いお風呂に入ってて、ご飯も美味しく食べられて、良い服に着れて………でもライスはそんなもの経験してない。どうせライスなんて………もう幸せにしたいとか不幸とかどうでも良いんだよ……………何も信じたくないし、幸せとか不幸とかどうでも良い………………でも、お前等はどん底に突き落としてやる………一緒に地獄に堕ちようよ!ライスに負けた彼奴等みたいに、そしてあの日誹謗中傷に苦しんだライスの心みたいにさ!!」
ライスの目は、もう光を失っていた。その言葉一つ一つに、ライスの孤独に生きた5年間が深く刻み込まれていた。
マックイーン達は、なんの反論も出来なかった。幸せに生きたのは事実だ。ライスより恵まれた環境に居たのも本当だ。
ライス「………やっぱりそうだよ。お前等全員、あの日の誹謗中傷者を止めなかった共犯者なんだから」
ライスの言葉に、タイシンが胸倉を掴みだす。
タイシン「いい加減にしろよ!!さっきからアタシ等がなんの苦労もしてない、アンタなんか忘れてのうのうと生きてるみたいな言い方をして!あの時の言葉をもう忘れて――」
ルドルフ「良いんだ、ナリタタイシン。離してやってくれ」
タイシン「でも………分かった」
タイシンはルドルフの言葉に引き下がり、ライスの胸倉から手を離す。
ルドルフ「ライスシャワー。確かに君の言う通りだ。私達はあの日、君への誹謗中傷を止めなかった。君が居なくなってから、それを痛感した。しかしだ。私達が君を忘れてのうのうと生きていたというのは、それは大きな間違いだ」
ライス「嘘だよ。町に降りた時に見たテレビ………皆笑ってたよ。楽しんでた幸せそうにしてた!」
ルドルフ「そうしなくてはならなかったんだ」
すると、反論出来ずに固まっていた面々も口を開いた。
マックイーン「ライスさん。わたくしは毎年、貴女の誕生日にいつも、青いバラの花を部屋に添えて、ご両親にも貴女の大好きな絵本やスイーツを、常にお届けしておりましたわ。いつでも貴女が帰って来れるように」
ロブロイ「ライスさんの机もベッドも、ライスさんが出ていった当時のままです。片付けていませんし、ルームメイトの受け入れもまだしていません。ヒシアマさんに頼んで部屋を空けています」
ネイチャ「アンタは先輩だけど、それ以前にアタシにとっても友人だよ。それに、ターボからの伝言もあるよ。『ライス強かった。毎年お参りして、無事に帰って来ますようにと願って良かった』って。それに、アタシも出来る範囲で探したんだよ。トレーナーさんも手伝ってくれたし、カノープスの皆も協力してくれたよ」
ミホノブルボン「ライス。貴女の事を、忘れた事はありません。ライスが繋いでくれた夢を叶える為に走り続けました。クラシック三冠は確かに叶いませんでしたが、私は春の三冠を掴めたんです」
そして、ルドルフが最後に締めた。
ルドルフ「ライスシャワー。君が居なくなってから、トレセン学園は大きく変わった。誹謗中傷への対策委員会が設立された。匿名でも誹謗中傷を行った者には法的措置を取る制度も成立された。レース後のウマ娘のケアも見直され、メンタルトレーナーの配置や勝利至上主義の時代が見直されつつある。観客へのマナー教育も義務付けられた。そして何より、『ライスシャワー事件』は二度と繰り返してはならないものとして、今も語り継がれている」
ライスは目を見開いた。
ルドルフ「君は自分だけが5年間苦しんで来たと思っている。だが、私たちは5年間、君を探し続けた。泣きながら君の名前を呼んだ者もいる。前を向かなければ生きていけなかった者もいる。君が戻ってくることだけを信じて走り続けた者もいる。この5年間、私達は君の事を忘れた事は一度も無い」
ライス「嘘言わないでよ!なら……………私の5年間を、お前等が生きた幸せを、青春を、ライスが無くした物を全て返してもらう!!お前等を全員叩きのめして!!」
ライスはパドックを早足で去ろうとする。しかし、ロブロイが止めた。
ロブロイ「ライスさん!ライスさんは化け物なんかじゃありません!」
ライス「じゃあ、これはどう?」
ライスは懐から取り出したのは、ウマ娘の祖と呼ばれし三女神の像のペンダント。それを手放した途端、重力でパドックの床に落ちる。ライスはそれを、踏みつけて粉々に砕いた。
ウララ「ライスちゃん!!それは三女神様の像だよ!!」
ライス「これで私を倒しても罪悪感無いでしょ?ロブロイさんは英雄なんだよね?なら、今此処に居る化け物の首を刎ねる時だよ」
ライスはそう言った後、パドックを去って行く。
その場が重苦しい雰囲気に包まれる中、粉々に踏み砕かれたペンダントの破片を、タマモクロスが拾う。
タマ「勝つしかないやろ。それしか救う道はあらへん」
ルドルフ「そうだな……彼女にはもうそれしか無いのかもしれない」
マックイーン「ええっ。ライスさんを救うには勝つしかありませんわ」
全員が同じ気持ちだ。ライスシャワーに勝つ。それだけだ。
そして、全員がゲートに集まる。
――――――――――――――――――――――
ライス達はゲートに入る。皆が走り出す態勢を整えるが、ライスだけが地面を強く足で踏みつける。地面に亀裂が起きた。
それだけでも、ライスがどれだけ力を付けてきたのかが分かる。
そして、ガコン!という音と共にゲートが開く。しかし、全員が予想していなかった事が起きた。
ブルボン「っ!!これは……」
オグリ「バカな!?そんな走り方!」
マックイーン(ライスさん!?貴女は一体何を!?)
ライスはゲートが開いた途端、突如として大きく走り出し、全員を大きく突き放し始めたのだ。
しかし、それは大逃げと呼ぶにはあまりにも度が過ぎる走り。まるで自分こそが最強と言わんばかりの逃げだ。
本来、先行を得意とするライスが、圧倒的だと言わんばかりに後続を突き放していく。
ライス(あはははははは!!ほら見た事か!!誰もライスに勝てやしない!!そのまま突き放してやる!!絶望を胸に抱えたまま離されていけ!!)
ライスは姿勢を低くして、更に走る速度を上げた。
テイオー「無茶な!!あんな走り方したら!!」
一度として勝てた事のない有マ記念。しかし、嘗ての強敵は今や遥か後方だ。
ライス(勝った!!)
ライスのゴールは目前だ。これまで誰一人として達成した事のない記録が打ち立てられる。圧倒的逃げから生じる、未来永劫破られる事のない新記録。
そして味わわせる。嘗て自分が受けた仕打ちを。その苦しみを。
ライスは勝利を確信した、その時だった。
突如として、目眩が生じた。
ライス(えっ?な、なんで………)
ゴールまで残り50メートルの地点で、ライスは突如として足がおぼつかなくなり、千鳥足になってふらつき始めた。
体が重くなり、その場に蹲る。体の奥から激痛が走る。
ライス「ゲホッ!!ケホッ!!ゴホッ!!」
ライスは咳き込む。口から吐血し、黒いマスクに若干赤みが混ざる。残りの距離は50メートルだ。もう少し進めば勝ち確定だ。
ライス「まだ………ライスは………すすめる………もう少し、もう少しで……………」
ライスは体を引きずる。両腕を使い、地面を這って、ゴールへ向かっていく。
ブルボン「ライス!!」
マックイーン「ライスさん!!」
後方から足音がし始めた。皆が追い付こうとしている。
ライス「やだ………やだやだ………来ないで………勝たせて………でないとライスは…………何も無くなっちゃう!」
ライスは両腕で地面の芝を掴み、体を前に押し出して移動しようとする。重い体を引きずり続けて行くが、ゴールまで4メートルの地点に到達した途端、体が浮かび上がる。
マックイーン「ライスさん!ライスさん!」
肩から、マックイーンとブルボンが支える。
実況『これはなんと!!全員が、黒いシスターの元へ集まっていく!レースを中断する異常事態発生!』
実況も困惑する中、マックイーン達は全員がそれぞれ担架を用意し、応急処置を行い始める。担架で運ばれていくライスは、ゴールの方向を見ながら身動ぎし始める。
ライス「ゴールが………やめて―…!ゴールさせて……!」
ウララ「ライスちゃん!もういいんだよ!それより、ライスちゃんを病院に運ばないと!」
ロブロイ「そうですよ!!レースなんてもういいんです!!ライスさんを助けたいんです!」
ルドルフ「そうだ。もういいんだ。君は充分走り続けただろ?」
ライス「やだ………いやだ………いやだ………勝たせてぇ…………」
ライスは手を伸ばしたが、その手はゴールに届く事なく、その意識を手放した。手放す直前に見たのは、自分の手を握って微笑みかけてくるマックイーンだった。
マックイーン「もう充分ですわ。ライスさん……充分頑張りましたわ」
そして、ライスは意識を失った。今度はあの夢も見ない、真の意味で安らげる睡眠の始まりだった。
――――――――――――――――――――――
結局、有マ記念は出場したウマ娘全員が走るのを途中で中断した事によって中止となった。
ライスシャワーはあの後、マックイーン達が呼んだ救急車によって病院へ搬送。
医師達の懸命な治療により助かったものの、彼女は重度の症状を抱えていた。
重度の栄養失調。。慢性的な貧血。全身の筋肉や関節の損傷(無理な鍛錬の影響)。複数箇所の疲労骨折の痕跡。胃腸機能の低下(長期間の粗食によるもの)。慢性的な睡眠障害および悪夢による不眠症。重度の脱水症状と電解質バランスの乱れ。低体温症になりやすい体質への変化。免疫力の著しい低下。心的外傷後ストレス障害(PTSD)や重度のうつ症状および自己否定傾向、人間不信と強い被害妄想的思考、強迫観念に近い「復讐を果たさなければ自分の5年間が無意味になる」という精神状態については、現時点で確認されているものだ。精神面については、今後の診察と心理評価を重ねて正式に診断していくとの事。
そんな症状を抱きながら、「何故これまで世界中のレースを走れていたのか分からない」と医師達は驚いていた。
医者「……という事です。ライスシャワーさんがどれだけ過酷な環境で過ごし、他人を信用せずに居たのか、この症例だけでもハッキリと分かります。メンタル面になりますが、かなりの『復讐心』だけで走り続けてきたのでしょう」
マックイーン「そんな………いつ死んでもおかしくない状態だったなんて………」
ウララ「ライスちゃん、どうすればいいの?」
医者「現在は病室で眠っていますが、目を覚ましたら私達を信用しようとしないでしょう。先ずは長期入院と栄養の良い食事とリハビリ、筋力の回復に睡眠改善、そして定期的な血液検査も行います。それから、メンタル面回復のリハビリも熟していきます。定期的に面会に訪れてください。PTSDの治療と、誹謗中傷によるトラウマへの心理療法、それにより段階的な社会復帰プログラムを実施します。皆さんと少しずつ会話を重ねる事が大切です」
ブルボン「はい。ライスには、私達との対話が必要です」
医師「もう一点、大きな問題があります。ライスシャワーさんは、この5年間をほとんど他者との交流なく過ごしてきました。現在の彼女は、対人関係を築く能力が著しく低下しています。極端な話、病院のベッドで眠ることや、誰かと同じ部屋で食事をすることすら、強いストレスを感じる可能性があります。今の彼女に必要なのは、『元の生活に戻ること』ではありません。一から社会生活を学び直すことです。これからも治療とリハビリを続けていきますが、皆さんとの交流が何よりもライスシャワーさんを救う鍵になるでしょう。受付で申し出てくだされば、宿泊も許可いたします。どうか、彼女を一人にしないでください」
こうして、ライスシャワーは長期入院生活を送る形で落ち着いた。
そしてその後、有マ記念に出場していた黒いシスターの正体が、5年前に行方不明になったライスシャワー本人である事が明かされた。
そしてトレセン学園も、彼女を守れなかった責任を負うとして、治療費や入院費は学園と関連機関が全面負担する事を発表。ライスシャワーの事件を切っ掛けに、レース後の心理カウンセリング、引退後の社会復帰支援、誹謗中傷被害者へのサポート、元生徒専用の相談窓口等も行った。
そして、秋川理事長はこう宣言した。
秋川「彼女の退学届は既に受理されている。しかし、もし本人が望むのであれば、トレセン学園はいつでも彼女を迎え入れる準備を行おう!ライスシャワーは5年間の失踪期間によって、教育を受ける機会や社会経験を得る機会を失っている!本人が希望するのであれば、学業支援や社会復帰支援を全面的に行おう!」
勿論これは、学籍を丸ごと返すという意味ではない。
ライスシャワーは5年間、復讐の為に多くの時間を費やしてしまった。
トレセン学園での学生生活、義務教育の一部と高等教育、友人との思い出、学園行事(文化祭や合宿など)、レースキャリア、社会経験、健康な身体と精神、将来の進路等を、丸ごと失っているのだ。
そんなライスの為に、いつでもトレセン学園の施設を自由に出入り可能にしたのだ。ありとあらゆる学園行事に、ライス本人が好きなように介入出来るように手を回してくれた。
トレーニング施設は勿論、リハビリ施設、過去に使っていた教室、図書室、カフェテリア等、学園の施設を自由に使えるようにしてくれるそうだ。
ライスシャワーがいつでも帰ってこれるように。そして失った青春の日々を取り戻せるように。
そして、ライスは目覚めようとしていた。
――――――――――――――――――――――
ライスはゆっくりと瞼を開いた。視界に映ったのは、見慣れない白い天井。消毒液の匂い。身体中に繋がれた点滴の管。
ライス「......ここ、どこ?」
身体を起こそうとして窓の方を見ると、そこには一本の青いバラが花瓶に飾られていた。
ライス「どうして......青いバラが?」
花瓶には一枚のメッセージカードが添えられている。ライスは手を力の限り伸ばして、メッセージカードを摘み取る。
『おかえりなさい。ずっと待っていました。無理をしなくていいです。今は、ゆっくり休んでください――ゼンノロブロイより』
ライス「………今更お帰りなんて……結局ライスは皆に迷惑掛けただけだった…………」
ライスはそのメッセージカードを捨てられなかった。枕元に置いて、そのまま寝そべる。
点滴を見つめながら窓の外に広がる曇り空を見つめて、ライスはこれまでの人生を思い返す。
逃げ出した日。泣き続けた日々。積もっていく憎しみ。怒り。悲しみ。日を追う事に積み重なる憎悪。
しかし、積み上げてきた5年間は、あの有マ記念の敗北で崩れ落ちた。
今では萎んだ風船のように、何もしたい気持ちが湧いてこない。
ライス「日付は………もう1月下旬!?」
ライスは、カレンダーの日付を見て驚愕する。世間は既に年越しを迎えて1月の下旬を迎えており、あの有マ記念の日どころか年越しの日も既に越してしまっていた。
ライス「ライス…………何のための5年間だったの?他の皆は悠々自適に暮らしてたのにライスだけ過酷な環境で…………無駄な5年…………誰か、返してよ………」
枕に顔を埋めて、シーツを強く握る。
もう戻って来ない青春時代。復讐の為に青春を犠牲にした結果、こんな無様な醜態を晒す事になった。
すると、病室の扉が開いて誰かが入って来た。
マックイーン「ライスさん!やっとお目覚めですわね!」
マックイーンだ。彼女はライスの手を握り、漸く目を覚ましたと喜んでいた。
マックイーン「ライスさん……1ヶ月間眠っていらしたんですのよ!でも……目が覚めて良かったですわ!」
ライス「………マックイーンさん。何しに来たの?」
マックイーン「何って、お見舞いに――」
マックイーンの手を振り払うライス。
ライス「要らない。帰って」
ライスは布団を深く被る。
ライス「どうせライスがこんな惨めになっちゃったから救ってやらなきゃ、なんて考えてるんでしょ?でもライスはもういいよ。どうせ世間から嫌われて、復讐も失敗したし、そんな良い服に毎日お風呂に入れて美味しく贅沢な日々を過ごしてる人達の情けなんか要らない。ほっといて!」
ライスはもう自暴自棄になっていた。もうマックイーンの顔すら見たくなかったのだ。
しかしマックイーンは、ライスの言葉を否定しなかった。
マックイーン「ええ。私は毎日温かいベッドで眠って、お風呂に入って、美味しいものを食べてきましたわ。ライスさんみたいに過酷な環境に置かれておらず、温々とした結果、有マ記念では大敗しそうになりましたわ」
ライス「ほら!だったら――」
マックイーン「ですが、一日たりとも、ライスさんのことを忘れた日はありませんでしたわ」
ライス「……はっ?」
ライスは耳を疑った。
マックイーン「毎日毎日、貴女が消えた日を思い出していましたわ。貴女がわたくしに勝ったあの天皇賞・春の日よりも、貴女がわたくし達に何も言わず去った時の方がショックでしたわ。あの日から五年間、何度『あの時もっと何かできたのではないか』と考えたか分かりません。確かに、私達は前へ進みました。ですが、ライスさんが居なくなった事実まで置いてきたわけではありません」
マックイーンは更に続ける。実は、扉を開ける直前に聞いてしまったのだ。ライスの、『無駄な5年を返して』という悲痛な言葉を。
マックイーン「ライスさん。貴女はずっと『五年間を返せ』と仰いますわね。ですが、返せません。誰にも返せないんですの。だからこそ、これからの時間を貴女と一緒に作りたいんですわ」
マックイーンの言葉が、嘘偽りの無い本音である事は、ライス自身も感じていた。
マックイーン「それと、一つだけ訂正させてくださいまし。私はライスさんを可哀想だから助けようとしているのではありません。大切な友人だから、お見舞いに来たんですの。五年経っても、それは変わっておりませんわ」
ライス「………そんな事言われても、今更信じられないよ」
マックイーンからの言葉。ライスは言葉を失っていた。唯一の反論も、自閉に近いだけの空虚なものだった。
マックイーン「今日はわたくしが傍に居ます。医師から許可も得て泊まっていきますので、ゆっくりと治していきましょう」
こうして、ライスシャワーのリハビリの日々が始まった。
最初の一週間、ライスは誰とも目を合わせようとしなかった。マックイーンが持ってきた食事も半分以上残し、「ライスなんかが食べちゃ駄目だから」と口にした。それでもマックイーンは怒ることなく、「一口だけでも構いませんわ」と言って、毎日隣で食事をした。
ーーー
二週間後。
ターボが病室へ遊びに来た。彼女は手に持ってきたのは、最新式のゲーム機とソフトだった。
ターボ「ライス!これ見て!新しいゲーム買ったんだ!」
ライス「ライス、ゲームなんて五年間やってないよ」
ターボ「じゃあターボが教えてあげる!」
最初は断っていたライスだったが、ターボに促されてゲームをやる。しかし、長いことやってないせいでプレイはかなり拙い。
ネイチャ「おーやってるね」
ターボ「まだ操作に慣れてない感じだよ」
ライス「こ、これ?あれ?こう?」
ライスは四苦八苦しながら、コントローラーの操作に苦戦していた。
ーーー
一か月後。
ロブロイと共に病院の中庭を散歩する。ライスは松葉杖を使っていたものの、歩行は安定していた。中庭には、ライスシャワーへ寄付された青いバラが咲いている。
ロブロイ「青いバラが綺麗ですね」
ライス「うん。でもライスには似合わないかな」
ロブロイ「いいえ。青いバラは、ライスさんの花ですよ」
ライスは何も答えなかったが、その日初めて自分から青いバラを見つめていた。
ーーー
二か月後。
医師から許可が下り、病院の食堂で皆と一緒に食事を取ることになった。
人の多さに怯えていたライスだったが、マックイーン達が両隣に座る。
マックイーン「ライスさん、大丈夫ですわ」
ブルボン「私達も傍に居ます」
ロブロイ「無理をする必要はありません。ゆっくりで良いので、少しずつ食べてくださいね」
ウララ「ライスちゃん!ほら、カレー持ってきたよ!」
ウララが配膳してくれたカレー。5年ぶりに目にするカレーの香りは、ライスの嗅覚を刺激してきた。
ライスは震える手でスプーンを握り、小さく呟いた。
ライス「......いただきます」
それは、五年間で初めて誰かと囲む食卓だった。
スプーンでカレールーと白飯を混ぜた後、口に運ぶ。その時、カレーの味が口の中へと染み渡ってきた。
―――
三ヶ月後。
ライス「おはようございます」
看護師「あっ、おはようございます!」
ライスは病院の廊下を歩く途中で、病院の看護師へ自分から挨拶をした。
たったそれだけのこと。しかし、五年前のライスと黒いシスターとなったライスを知る者達にとって、それは何より大きな一歩だった。
ライスは松葉杖無しでも歩けるようになっており、歩く事は容易くなっていた。部屋に戻って購入したジュースを飲み始めると、病室に来た看護師から面会がある事を告げられた。
看護師「ライスさん。今日はご両親も面会に来られるそうです」
ライス「はい」
看護師「お父さんとお母さんも、ずっと心配しておられましたから、ゆっくりとお話をしてくださいね」
こうして、ライスは次第に回復していく。
―――
1年目。ライスは漸く退院を迎えた。迎えたと言っても、本来なら後2、3年は入院が望まれたが、本人希望もあって退院が認められたのだ。
ライス「ありがとうございました……」
医者「お疲れ様でした。よく1年間リハビリを頑張れましたね。予定より早めの退院ですが、どうか、自分の人生を生きてください。もしまた悩んでぶつかりそうになった時は、周りの皆さんを頼ってください」
退院した時、医者からそう告げられた。
病院の外に出たライスは、入院費を負担してもらえたお陰で楽に退院出来た。
ライスは病院を出た後、病院の駐車場にあるリムジンの傍で待っていたマックイーンが、ライスに手を振った。
マックイーン「ライスさん!お待たせしましたわ!是非とも、乗って行ってくださいまし!」
ライス「何処に行くの?」
マックイーン「トレセン学園ですわ」
ライス「……もう、ライスは生徒じゃないんだよ?それに5、いや6年も経ってるし……」
マックイーン「いいから、来てください」
そして、言われるがままにライスはマックイーンに促されて、リムジンの後部座席に座る。後部座席に座ったライスは、リムジンの中でマックイーンオススメのワインを勧められたが、飲む気にはなれなかった。
マックイーン「退院とライスさんのお帰り会みたいなものですわ。皆さんが待ってます。顔だけでも出してください」
ライス「今更会わせる顔なんて………」
マックイーン「退院してもまだこれとは………しかし、貴女の想像してるような事にはなりまんわよ」
やがて、トレセン学園に到着。ライスはマックイーンに手を握られ、案内されるようにカフェテリアへ向かう。5年前と比べてさほど変わらない廊下を歩くのだが、途中で知らない生徒と擦れ違うが、ライスはマックイーンの背後に隠れる。病院で対人関係を築いたと言っても、やはりまだ人見知りが消えない。
マックイーン「着きましたわ」
ライスはマックイーンと共にカフェテリアの扉を開く。其処に広がっていたのは、多くのウマ娘や人間、更にはライスがこれまで叩きのめした筈の人達までもがパーティーに参加している。
カフェテリアの横断幕には、こう記されていた。
『お帰りなさい。ライスシャワー』と。
―――――――――――――――――――――――
パーティー会場に来ていたメンバーは、皆ライスが学園で知り合った人達でいっぱいだった。
両親、ウララ、マックイーン、ブルボン、ロブロイもそうだが、他にも沢山いる。
トウカイテイオー、ナイスネイチャ、ツインターボ、マチカネタンホイザ、イクノディクタス、ダイワスカーレット、ウオッカ、ゴールドシップ、ヒシアマゾン、フジキセキ、ナリタブライアン、テイエムオペラオー、エルコンドルパサー、グラスワンダー、シンボリルドルフ、タマモクロス、オグリキャップ、ダイイチルビー、ケイエスミラクル、サトノダイヤモンドの姿もある。
更に、ライスが叩きのめしたメンバーも居た。
ナリタタイシン、ウイニングチケット、ビワハヤヒデ、メジロパーマー、ダイタクヘリオス、オルフェーヴル、キタサンブラック、ジェンティルドンナ、ミスターシービー、スマートファルコン、ホッコータルマエ、更にはアーモンドアイの姿もある。更に、海外で破り去った筈の強豪達や、引退宣言した元現役のウマ娘達の姿も確認出来る。
ライス「な、なにこれ!?なんで……こんなに?」
マックイーン「さあさあ、本日のメインであるライスさん。服装なんて気にしなくて構いませんわ。私服のままで構いませんわよ」
マックイーンに手を引っ張られ、そのまま中央のステージへ案内されるライス。全員の注目が集まる中で、ライスは6年間で久々となる大人数の中で、ガチガチに緊張していた。
マックイーンは壇上に上がり、マイクに口を近づける。
マックイーン『皆様。お忙しい中、お集まりいただいてありがとうございました。前置きは省きまして、これからこのパーティーの本来の主役であるライスシャワーさんが漸くお越しくださいました』
ライス「ま、マックイーンさん!!」
ライスはマックイーンの後ろに隠れようにも、周りには沢山の人達が居るので何処に居ても必ず視線にぶつかる。
マックイーン「さあライスさん。難しい事は言わなくても大丈夫ですわ。短くても構いませんわ。詳しいお話は、後で構いませんわよ」
そして、ライスはマックイーンに促されるがままに、壇上のマイクに口を近付けた。そして、緊張しながらも声を上げる。
ライス「えっと………その…………ただいま………」
ライスはそれしか言えなかった。他に何を言えば良いか分からなかった。
しかし、周りは拍手をしてくれた。誰も笑わなかった。
帰りを祝福するように、皆が歓迎してくれたのだ。
ライス「っ!皆………ありがとう!ありがとう!」
ライスは感謝しか出来なかった。色々と言いたい事はある。しかし、それ以上に皆が歓迎してくれた事が嬉しかった。
誰からも嫌われていたと思っていた6年間。しかし、皆がライスを歓迎してくれた。
ライスはこの瞬間、皆から歓迎された事を喜び、嬉し涙を流した。
そして、パーティー会場でライスは、沢山の人達と話した。
タイシンやチケット、ハヤヒデは復讐でやられた時はライスを確かに憎んだ。しかし、ライスの独白と倒れたニュースを聞いたら、もう憎しみはなくなったのだ。
ヘリオスやパーマーも、やられた時はライスに対してムカついていた。しかし、ライスが倒れたニュースを聞いたら『ライスに死んでほしくない』という思いが強くなったらしい。
オルフェやジェンティル、キタサンにシービー、ファル子にタルマエ、そしてアーモンドアイも同じだった。そのライバル達も、ライスに嘗てのライバルが叩きのめされたと知った時は怒りが込み上げたものの、ライスが倒れたニュースと抱えた症状、何よりライス自身があのようになった理由も知ってしまえば、憎しみは消え去った。
特にファル子とタルマエは、一度辞めた事に再び向き直すように頑張り、一からやり直し始めた。ファル子はウマドルを辞めてしまった為に地下アイドルからもう一度スタートをして、今はステージに立てる位に回復したらしい。タルマエは観光大使を辞めてしまったものの、もう一度苫小牧観光大使になる為に猛勉強中。近い内に試験を受けるらしい。
海外のウマ娘や現役のウマ娘も、皆ライスに打ちのめされて一時は心が折れて引きこもった。しかし、今はもう『負けた』事を受け入れて、新しくトレーニングを始めている。
皆と話し合い、心の濁流が解け始めたライス。
ライスは目の前の料理をフォーク一つで食べ進めていく。どの料理も豪華ではなく、家庭でも見かけるような料理ばかりだ。しかし、ライスは6年分を取り戻すように食べていく。ライスが復讐に生きた6年間を取り戻すように頼み、沢山食べ続けていく。お腹が苦しくなっても、それでも食べ続けていく。
そして、お皿が多く積み重なり、他の料理も食べに行こうとした時だった。パーティー終了まで残り少ない、そんな中でライスはルドルフに呼び出された。
ルドルフ「やあライス。急に呼び出してすまない」
ライス「どうしましたか?」
ルドルフ「君に、もう一つのサプライズがあるんだ。パーティーが終了前に、こうして渡したかったんだ」
ライスは首を傾げるが、ルドルフが皆に呼び掛けてある物を運ばせた。それは、有マ記念優勝者にのみ届けられる優勝レイだった。それだけでなく、マックイーンの手元には分厚い封筒の束が複数握られている。
ルドルフ「ライスシャワー。有馬記念特別賞レイと、有マ記念優勝分の賞金を提供する。そして、君が世界各地のG1レースで勝ち続けた分の賞金だが、本人不在又は本人確認が取れなかったため、賞金は信託・凍結管理されていた。しかし、本人確認が取れた為に近い内に賞金は君の口座に振り込まれる。そして今は、優勝レイと賞金を是非受け取って欲しい」
ライスは意味が分からなかった。有マ記念は勝てなかった筈だ。三度目の有マ記念も倒れてゴールすら出来なかった。
ライス「ライス………そんなの受け取る資格なんて………」
マックイーン「いいえライスさん」
マックイーンが前に出る。
マックイーン「これは、私達からのお帰りなさいの意味も込めた贈り物ですわ。あの日、ライスさんは倒れなければ確かに勝っていました。本当の優勝には出来なくても、ライスさんの人生を変え続けたあの有マ記念。三度目の挑戦は、確かにライスさんの勝ちですわ。ですから、受け取ってください。皆さんからの、贈り物ですわ」
マックイーンに言われた後、周りを見渡す。皆がライスを見ていた。敵意なく、純粋に子供の帰りを待つ母のような目だ。
ライス「………分かった。皆、ありがとう……!」
ライスは泣いた。優勝レイを受け取り、賞金も受け取った。その日は本当に大泣きした。
5年間、青春すら捨てて復讐に走ったライスは、1年もの入院の末に退院。そして漸く、前へ進み出す勇気を貰えたのだった。
――――――――――――――――――――――
ライスは6年間もの長い戦いを終えた。それは世界との戦いであり、自分自身との戦いでもあった。レースに復帰こそしなかったものの、今ではフリーター等をしながらバイトを転々としている。カフェや図書館、コンビニ等でアルバイトをしているが、初めは人の視線をよく気にして上手く出来なかった。バイト先はマックイーンの紹介したメジロ家またはサトノ家お抱えのバイト先でもあり、そしてマンハッタンカフェが卒業後に経営しているカフェな事もあり、ライスは優しく教えてもらった。
その為、今では基本的な挨拶も行えるようになる。とはいえ、簡単な日常会話位ならともかく、複雑な単語の飛び交う会話には中々ついて行けなかった。
因みに、貯金は世界のレースを征した事や、ルドルフ達から貰った賞金もあったので少なくとも暫く遊んで暮らせる。
とはいえ、ライスもニートでいるつもりはなかった。
ライスは現在、フリーター等をしており、バイトをして人間との関係構築を頑張っている。
そんなライスは、トレセン学園を現在は自由に出入りしている。
ライスはトレセン学園に訪れる理由。それは、学園行事に参加する為だ。ライスは5年、入院生活も含めて6年間で青春の全てを捨てていた。
だから、彼女は学園行事に積極的に参加する。
春には入学式の手伝いをしたりして、後輩達を出迎えたりする。夏にはバイト先に長期休暇を出した後に合宿へ参加し、トレーニングを見学しつつ後輩達とバーベキューに参加したりした。秋には学園祭に参加し、喫茶店や屋台を巡ったりお化け屋敷で怖がったりする。冬にはクリスマスパーティーに参加したり、年末には餅つき大会に参加したりする。
また、体育祭や球技大会にも見学した。流石に激しく動く事はもう出来ない為、見学して応援したりした。
図書室では静かに本を読んだり、時折読書会に参加して自分の好きな本を朗読したりした。勿論、高卒資格を取る為の勉強にも利用している。
また、トレーニング施設では現役ウマ娘である後輩達の相談に乗ったりした。
七夕行事やハロウィンのコスプレ大会、遠足や社会科見学、トレセン学園の行事にライスは積極的に参加した。これまでの6年間を取り戻すように。
そして、ライスは卒業式でトレセン学園の後輩達を見送っていた。
ライス(おめでとう……ライスの代わりに卒業出来て)
ライスはもうじき高卒資格を取る試験だ。それが終われば、今度は大学受験に向けて勉強している。とはいえ、ライスは慌ててなかった。何度も浪人する事になっても、ライスは大学受験に向けた勉強はゆっくりしていくつもりだ。トレセン学園の出入りは許されており、並の学園より良い教材が揃うこの場所は、勉強にはうってつけだった。
そして、ライスは最後の卒業生を隣にある見学席で見守った。そして、理事長達の見送りが終わった後、卒業生全員が卒業式場から出た。卒業式は無事に終了し、ライスも立ち上がろうとした、その時だった。
秋川理事長『発表!では改めて、もう一人の卒業生を発表する!ライスシャワー君、壇上へ!』
ライス「………えっ?」
ライスは驚く。すると、たづなさんがライスの傍に近寄り、その手を取ってライスを案内した。
たづな「ライスシャワーさん。是非こちらへ」
ライスはたづなに促されるがままに、壇上へ案内される。壇上に向かう途中で見たが、よく見ると見学席にはマックイーンやブルボン、ウララやロブロイ、更にはルドルフやエアグルーヴ、ブライアン達元生徒会メンバーに加えて、ライスがレースで関わってきた者が全員出席している。さっきまで居なかった筈だ。
更に、卒業生達も帰らずにライスの事を見ていた。在校生達に混じって、共にライスを見る卒業生も居た。
たづな「皆さん、この時が来たら見学に来てくださるようお願いしたんです。そしたら皆さん、喜んで出席してくださいました」
ライス「嘘………」
ライスは信じられないと驚きながらも、壇上に到着して理事長の前に立つ。
秋川「よくこの6年間、無事に帰ってきてくれた!そして、長い戦いであった。そんな君に、トレセン学園から社会復帰も含めて送る、特別な卒業式だ!」
秋川理事長は、卒業証書を取り出した。それは、青いバラを描いた卒業証書だった。正にライスの為にあるような卒業証書だ。
ライス「……受け取れません。ライスはもう、退学してトレセン学園の生徒じゃありませんし……高卒資格もまだで……」
秋川理事長「確かにこれは正式な卒業式ではないが、これは君の『6年間の戦い』を卒業する為の卒業式だ!それに、君はまだ卒業式を終えていない!ならば、トレセン学園はこの場で君だけの卒業式を行おう!これは、君だけに贈る学園からの祝福でもある!」
秋川理事長の言葉に、ライスは涙を流す。卒業証書を受け取ると、其処にはライスの6年間とトレセン学園からの判子が押されていた。そして、ライスに本来渡す筈だったライス専用の判子も手渡される。
ライスは後ろを振り返る。そこでライスは、自分に向けて沢山の人達が拍手をしてくれた。ライスが傷付けた人達さえも、ライスの卒業を祝ってくれたのだ。
ライス「皆………ありがとう」
ライスシャワーは多くの物を失った。
二度と6年間は戻らない。
それでも、人は前を向いて生きていく。
6年間の長い戦いの末に、一人の小さなウマ娘は今日、漸く卒業する。
復讐から。
過去から。
自分を憎み続けた日々から。
そして――
青いバラは、再び咲き誇る。
Fin