平成ホラーって容赦ないよね   作:ホほ保

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感想コメントありがとうございます。コミュ障なので返信してませんが全部にグッド押させてもらってます。

今回だいぶ長くなったので何個かに分けています。


ななわめ①

 

ジャンケン小僧。

 

そんな噂が学校で流れ始めたのは、六月に入って少し経ったころだった。

 

「放課後、一人でいると現れるんだって」

 

休み時間。

 

教室の後ろに集まった何人かが、声を潜めて話していた。

 

「黄色い帽子をかぶった、一年生くらいの男の子なんだってさ」

 

「それで、いきなり『ジャンケンしよう』って言ってくるの」

 

「負けたらどうなるの?」

 

「持ってるものを、ひとつ取られる」

 

「何それ。泥棒じゃん」

 

「でも、ジャンケンに勝ったら願い事を叶えてくれるらしいよ」

 

どこにでもある学校の噂話だった。

 

放課後に現れる謎の子ども。

 

勝負に勝てば願いが叶う。

 

負ければ何かを奪われる。

 

なんともまあ、分かりやすく怪異案件である。

 

俺は自分の席に座ったまま、聞こえてくる話へ耳を傾けていた。

 

もちろん、興味があるからではない。

 

今後の人生に関わる危険情報だからだ。

 

「断って逃げればいいじゃん」

 

「断っても駄目なんだって。ジャンケンをしない代わりに、何かひとつ渡さないと帰してくれないらしいよ」

 

「じゃあ、消しゴムとか渡せばよくない?」

 

「選ぶのはジャンケン小僧の方なんだって」

 

笑っていた児童たちの声が、少しだけ小さくなった。

 

「三組の佐久間、昨日会ったらしいよ」

 

「うそ」

 

「ジャンケンしないで逃げたら、ランドセルにつけてたキーホルダーがなくなったんだって」

 

「落としただけじゃないの?」

 

「でも、そのあとジャンケン小僧が同じキーホルダーを持ってるのを見た子がいるんだって」

 

そう言って、一人が黄色い帽子をかぶった真似をする。

 

周囲から笑い声が上がった。

 

この段階では、話している連中もまだ本気にしていなかった。

 

小物がなくなった程度なら、落としたか、誰かに盗まれたと考える方が自然だ。

 

仮に噂が本当だったとしても、小物を一つ取られるだけなら、怪異の被害としてはかなり優しい方だ。

 

もちろん、何を取られるかは相手次第なので、油断はできない。

 

それに、一度負けたあとで願いを諦めきれず、何度も挑戦すれば話は変わってくる。

 

一回につき一つ。

 

十回負ければ十個。

 

いくら一度の被害が小さくても、積み重なれば洒落にならない。

 

まあ、どちらにしても対処法は簡単だ。

 

ジャンケン小僧に会わなければいい。

 

放課後に一人で歩かず、噂のある場所にも近づかない。

 

俺からすれば、それで終わる話だった。

 

◇ ◇ ◇

 

翌日。

 

ジャンケン小僧の噂は、さらに広がっていた。

 

今度は、二年生の女子が被害に遭ったらしい。

 

その子はジャンケンを断り、大切にしていた桃色の鉛筆を取られた。

 

さらに六年生の男子は、面白半分で勝負を受けた。

 

負けた直後、昨日の夕飯を食べた記憶がなくなったという。

 

「そんなの、普通に忘れただけじゃない?」

 

森下美桜が言った。

 

朝の教室。

 

いつもの三人が、窓際に集まって話している。

 

「お母さんから『昨日のカレー、どうだった?』って聞かれても、カレーを食べたこと自体を思い出せなかったらしいわ」

 

白石栞が、どこから仕入れたのか分からない情報を付け加える。

 

「家族は一緒に食べたと言っているのに、本人には食卓へ座った記憶もなかったそうよ」

 

「物だけじゃなくて、記憶まで取るのか」

 

高瀬悠真が難しい顔で腕を組む。

 

「ジャンケン小僧が出る場所は?」

 

「話が本当なら、東階段の踊り場。あとは体育館裏でも見た人がいるみたい」

 

「放課後、行ってみよう」

 

おい。

 

何でお前は、もう調べに行く気満々なんだ。

 

好奇心の塊かよ。

 

俺の心の声など聞こえるはずもなく、話はそのまま進んでいく。

 

「ちょっと待って」

 

美桜が慌てて止めた。

 

「何か取られるんだよ? 危ないよ」

 

「ジャンケンに勝てばいいんだろ」

 

「悠真はジャンケンに自信があるの?」

 

「普通」

 

「一番駄目な答えじゃない」

 

呆れたように言いながらも、美桜は悠真一人を行かせるつもりはないらしい。

 

白石も不安そうな顔をしているが、「行かない」とは言わなかった。

 

この三人は、どうしてこうも毎回、自分から怪異の口へ飛び込んでいくのだろう。

 

原作主人公とは、そういう生き物なのかもしれない。

 

確かに三人なら、最終的には何とかするのだろう。

 

途中で酷い目に遭ったとしても、主役補正と友情の力で乗り越えるはずだ。

 

俺が首を突っ込む必要はない。

 

むしろ、関わらない方がいい。

 

俺は聞こえなかったふりをして、次の授業の教科書を机から取り出した。

 

◇ ◇ ◇

 

その日の放課後。

 

俺は西階段を使って昇降口へ向かった。

 

普段なら東階段の方が近い。

 

だが、わざわざ噂のある場所を通るほど馬鹿ではない。

 

ジャンケン小僧が出ると噂されているのは、東階段と体育館裏。

 

その二か所を避け、人通りの多い道を通って帰ればいい。

 

そう考え、西階段へ続く廊下の角を曲がろうとした瞬間だった。

 

ぞわりと、背筋を冷たいものが駆け上がった。

 

俺は足を止めた。

 

全身の産毛が逆立ち、心臓が早鐘を打ち始める。

 

危機察知だ。

 

まだ何も見ていない。

 

声も聞いていない。

 

それでも、この先へ進めば危険だと身体が訴えている。

 

俺は角から顔を出すこともせず、その場で一歩後ろへ下がった。

 

その直後。

 

階段の下から、足音が聞こえてきた。

 

ぺた。

 

ぺた。

 

ぺた。

 

上履きの音にしては、妙に湿っている。

 

一定の速さで、一段ずつ上がってくる。

 

やがて角の向こう側へ、黄色い帽子の先端が現れた。

 

見えたのは、それだけだった。

 

俺はすぐに身体の向きを変えた。

 

走れば足音で気づかれる。

 

だから、できるだけ音を立てず、なおかつ可能な限り速くその場を離れる。

 

廊下の先には、部活動へ向かう上級生が何人か歩いていた。

 

俺はその集団へ紛れ込むように距離を詰め、そのまま別の階段へ向かった。

 

背後から呼び止められることはなかった。

 

追いかけてくる足音もない。

 

昇降口へ着くころには、危機察知の反応も消えていた。

 

どうやら、向こうに気づかれる前に離れられたらしい。

 

靴を履き替えながら、俺は頭の中の情報を修正した。

 

ジャンケン小僧が現れるのは、東階段と体育館裏。

 

その噂は、正確ではない。

 

あれは一か所に留まっているわけではない。

 

校内を移動しているのか。

 

それとも、一人になった相手の近くへ現れるのか。

 

どちらにしても、場所を避けるだけでは足りないらしい。

 

俺は外へ出ると、校門まで足早に歩いた。

 

まだ追ってくる気配はない。

 

危機察知にも反応はなかった。

 

今回は、声をかけられずに済んだ。

 

その事実に胸を撫で下ろした、そのとき。

 

校舎のどこかから、子どもたちの声が聞こえた。

 

「最初はグー!」

 

続いて、何人もの楽しそうな声が重なる。

 

「ジャンケン、ポン!」

 

それ自体は、どこにでもある遊び声だった。

 

けれど俺は、思わず校舎を振り返った。

 

西階段の窓。

 

その向こうに、黄色い帽子をかぶった小さな影が立っていたような気がした。

 

瞬きをした次の瞬間には、もう何もいない。

 

危機察知も反応していなかった。

 

見間違いだったのかもしれない。

 

そう思うことにして、俺は校門を出た。

 

まだ、俺はあれに声をかけられていない。

 

勝負を挑まれてもいない。

 

だから、俺には関係ない。

 

このときは、まだそう考えていた。

 

◇ ◇ ◇

 

同じ日の放課後。

 

悠真、美桜、栞の三人は、東階段の踊り場へ向かった。

 

すでに下校時刻を過ぎており、校舎内に残っている児童は少ない。

 

開いた窓から運動場の掛け声が聞こえてくるが、階段には三人の足音しか響いていなかった。

 

「いないね」

 

美桜が、階段の下をのぞき込む。

 

踊り場には誰もいない。

 

落とし物らしい消しゴムが一つ転がっているだけで、黄色い帽子をかぶった男の子の姿はなかった。

 

「もう帰ったんじゃない?」

 

「ジャンケン小僧が普通に下校するのか?」

 

悠真が尋ねる。

 

「知らないよ。黄色い帽子なら一年生でしょ。帰る時間だって早いんじゃない?」

 

「そういうものなのか?」

 

「私に聞かないでよ」

 

二人のやり取りを聞きながら、栞は階段の壁へ目を向けた。

 

手すりのすぐ上に、小さな手形のような染みがいくつもついている。

 

ただの汚れにも見える。

 

しかし、そのすべてが同じ高さに並び、階段の上まで続いているのが不気味だった。

 

「ここにはいないみたいね」

 

栞は手形から目をそらした。

 

「次は体育館裏へ行く?」

 

「そうしよう」

 

悠真が迷わず答える。

 

三人は東階段を下り、体育館へ向かった。

 

しかし、そこにもジャンケン小僧はいなかった。

 

体育館の裏を一周し、用具倉庫の周辺も調べてみたが、見つかったのは雑草と錆びたボールかごだけだった。

 

「やっぱり、ただの噂だったんじゃない?」

 

美桜が少し安心したように言った。

 

「被害に遭った人がいるんだろ」

 

「その話自体が噂かもしれないでしょ」

 

「だったら、本人に聞いてみよう」

 

「今日はもう遅いわ」

 

栞が止めた。

 

校舎の時計は、午後五時を過ぎている。

 

日はまだ沈んでいないが、校内に残っていた児童もほとんど帰ったらしい。

 

先ほどまで聞こえていた運動場の声も、いつの間にか消えていた。

 

「先生に見つかる前に帰りましょう」

 

「仕方ないか」

 

三人は昇降口へ戻ることにした。

 

結局、何も起こらなかった。

 

そのことへ安堵しながら、昇降口へ続く廊下の角を曲がる。

 

そこで三人は、同時に足を止めた。

 

廊下の中央に、一人の男の子が立っていた。

 

黄色い通学帽。

 

白い半袖のシャツ。

 

紺色の半ズボン。

 

背丈からすると、一年生くらいだろう。

 

帽子を深くかぶっているため、目元は影に隠れていた。

 

「一年生?」

 

美桜が声をかける。

 

男の子は答えない。

 

俯いたまま、両手を身体の前で重ねている。

 

「もう下校時刻を過ぎてるぞ」

 

悠真が男の子へ近づいた。

 

「一人なら、一緒に昇降口まで――」

 

「ねえ」

 

男の子が顔を上げる。

 

影に隠れた目元は、やはり見えない。

 

けれど、その口は大きく笑っていた。

 

「ぼくと、ジャンケンしない?」

 

三人の間に、沈黙が落ちた。

 

美桜が悠真の服の裾を掴む。

 

栞は逃げ道を確かめようと後ろを見た。

 

先ほど通ってきたはずの廊下が、暗闇の中へどこまでも続いている。

 

窓の外も、真っ黒に染まっていた。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃんたち……」

 

男の子は嬉しそうに言った。

 

「ぼくを探してたんでしょ?」

 

自分たちが探していたはずだった。

 

それなのに三人とも、見つけられたのは自分たちの方だと感じていた。

 

「勝ったら、願いが叶うって本当か?」

 

悠真が尋ねる。

 

「うん。一つだけ、叶えてあげる」

 

「負けたら?」

 

「きみのものを、一つもらう」

 

男の子は両手を広げてみせた。

 

「ジャンケンをしなかったら?」

 

今度は栞が尋ねる。

 

「同じだよ」

 

男の子が笑う。

 

「一つもらったら、帰してあげる」

 

勝負を断っても、何かを奪われる。

 

それなら、勝つ可能性があるだけジャンケンをした方がいい。

 

そう考えさせるためのルールだった。

 

「俺がやる」

 

悠真が一歩前へ出た。

 

「待って」

 

美桜が服を掴む手へ力を込める。

 

「本当にやるの?」

 

「断っても取られるなら、勝負した方がいいだろ」

 

「でも……」

 

「一回だけだ」

 

悠真は美桜の手をそっと外した。

 

それから男の子と向かい合い、右手を握る。

 

男の子も、小さな手で拳を作った。

 

「一回勝負でいいんだな?」

 

「うん」

 

「後から、やっぱり三回勝負だったとか言うなよ」

 

「言わないよ」

 

男の子は楽しそうに身体を揺らした。

 

「それじゃあ、いくよ」

 

二人が同時に拳を構える。

 

「最初はグー」

 

声が重なる。

 

「ジャンケン――」

 

悠真は相手の腕を見ていた。

 

男の子の手に、不自然な動きはない。

 

「ポン!」

 

悠真が出したのは、グー。

 

男の子が出したのは、パーだった。

 

「あっ……」

 

美桜の口から声が漏れる。

 

「ぼくの勝ち」

 

男の子は、パーの形に開いた手を嬉しそうに振った。

 

誰の目にも、二人は同時に手を出したように見えた。

 

悠真は自分の拳を見つめる。

 

出す手を読まれただけだ。

 

ジャンケンなのだから、負けることはある。

 

「何を取った?」

 

悠真が尋ねる。

 

身体に異常はない。

 

記憶が消えた感覚もなかった。

 

男の子は右手を背中へ回す。

 

そして、もう一度前へ出した。

 

その手には、小さなドライバーが握られていた。

 

青いテープの巻かれた、使い込まれた工具だった。

 

悠真は反射的に腰へ手を伸ばした。

 

いつも身につけている小さな道具入れを開く。

 

そこに収めていたはずのドライバーが消えていた。

 

「それ……」

 

壊れた玩具や時計を直すとき、悠真が何年も使っていたものだった。

 

男の子はドライバーを目の前へ掲げ、くるくると回してみせる。

 

「これ、もらうね」

 

「返せ」

 

「駄目。ぼくが勝ったから」

 

悠真は再び拳を握った。

 

「だったら、もう一回だ。次に俺が勝ったら、それを返せ」

 

「悠真!」

 

美桜が腕へしがみついた。

 

「一回だけって言ったでしょ!」

 

「でも、あれは――」

 

「今度は何を取られるか分からないのよ」

 

栞も悠真の前へ出る。

 

怖くて足が震えていた。

 

それでも、ここで止めなければならないと思った。

 

「今日は帰りましょう。何も分からないまま続けるのは危険だわ」

 

「でも……」

 

悠真は、男の子の持つドライバーを見た。

 

もう一度勝負をすれば、取り戻せるかもしれない。

 

たった一回。

 

次は勝てるかもしれない。

 

そんな考えが、頭から離れなかった。

 

男の子は急かさなかった。

 

ただ楽しそうに笑いながら、悠真が再び拳を構えるのを待っている。

 

「帰るよ」

 

美桜が悠真の腕を強く引いた。

 

悠真は迷った末、握っていた拳を下ろした。

 

その瞬間。

 

暗闇に覆われていた窓の外へ、夕方の光が戻った。

 

長く伸びていた廊下も、いつもの校舎へ戻っている。

 

「今日は終わり?」

 

男の子が残念そうに尋ねた。

 

三人は答えなかった。

 

男の子を避けるように横を通り、急いで昇降口へ向かう。

 

背後から追いかけてくる気配はない。

 

ただ、廊下の奥から楽しそうな声が聞こえてきた。

 

「また遊ぼうね、高瀬悠真くん」

 

悠真は振り返らなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

翌朝。

 

教室へ入ってきた高瀬は、いつもどおり森下と白石のもとへ向かった。

 

けれど、普段より少し元気がない。

 

二人と話しているあいだも、何度も腰の道具入れへ手をやっている。

 

何かをなくしたらしい。

 

俺はその様子を、自分の席から眺めていた。

 

何があったのかは知らない。

 

知りたくもない。

 

ただ、三人の間から「ジャンケン」という言葉が聞こえた瞬間、だいたいの事情は理解した。

 

やっぱり行ったのか。

 

あれだけ分かりやすく危険な噂を聞いて、それでも探しに行ったのか。

 

ただ、三人とも怪我をした様子はなかった。

 

何か物を取られただけなら、まだ軽い方だろう。

 

まぁあの3人なら何とかするだろう。

 

俺には関係のない話だ。

 

そう考え、授業の準備を始めた。

 

◇ ◇ ◇

 

それから数日後、ジャンケン小僧の噂は留まることなく広まっていった。

 

初めは、消しゴムや鉛筆がなくなったという話が多かった。

 

だが、大切なものを奪われたという話も、次第に増えていく。

 

毎日持ち歩いていたキーホルダー。

 

祖父からもらった腕時計。

 

何年も使っていた道具。

 

なくなるのは、買い直せばそれで済むものばかりではないらしい。

 

やがて、身体に関わるものまで奪われ始めた。

 

三年生の女子は、甘い味が分からなくなった。

 

別の学校へ通う子どもは、片方の耳が聞こえなくなったという。

 

病院で診てもらっても、原因は分からなかったらしい。

 

ジャンケン小僧に勝ったという話は、まだ一つも聞こえてこない。

 

噂が広まって一週間ほど経つころには、被害者は十人を超えていた。

 

俺は放課後になると、必ずほかの児童と一緒に校舎を出るようにした。

 

帰り道も、人通りの少ない道は使わない。

 

危機察知が反応したら、迷わず引き返す。

 

それだけは徹底した。

 

被害に遭った子たちには同情する。

 

けれど、俺が自分からジャンケン小僧を探す理由にはならない。

 

三人組が休み時間のたびに被害者の情報を集めていることにも気づいていた。

 

誰が、どこで会ったのか。

 

何を出して負けたのか。

 

何を奪われたのか。

 

白石がノートへ書き留め、高瀬と森下が被害者から話を聞いて回っている。

 

あの三人なら、何とかしてくれるだろう。

 

そう思うことにして、俺は距離を置いた。

 

その日の帰りの会が終わった。

 

俺が教科書を鞄へ入れていると、少し離れた場所から三人の声が聞こえてきた。

 

「もう十人以上だよ」

 

森下の声だった。

 

「このまま放っておいたら、もっと増える」

 

「先生には話したわ。でも、ジャンケンで奪われたとは信じてもらえなかった」

 

白石が答える。

 

「病院で診てもらうように、とは言っていたけれど……」

 

しばらく、三人の間に沈黙が落ちた。

 

やがて、高瀬が口を開いた。

 

「俺たちで止めよう」

 

やっぱり、そうなるのか。

 

俺は顔を上げず、小さく息を吐いた。

 

「もう一度、ジャンケン小僧を探す。今度は勝つ方法を考えてから行こう」

 

どうやら一度負けた程度では、主人公の心は折れないらしい。

 

俺は三人の話を聞かなかったことにして、鞄を閉じた。

 

あの三人が、早くこの異変を終わらせてくれるといい。

 

それだけを思いながら、教室を出た。

 

◇ ◇ ◇

 

まとが教室を出たあとも、悠真たち三人は残っていた。

 

栞が机の上にノートを広げる。

 

聞き取った被害者の話が、何ページにもわたって書き留められていた。

 

「出した手まで教えてくれたのは七人」

 

栞はページの端を指で押さえた。

 

「グーを出した人が三人。チョキが二人。パーが二人。全員、負けてる」

 

美桜が机に頬杖をつく。

 

「どうして、あいつばっかり勝つんだろう」

 

「俺たちが出す手を、先に知ってるのかもしれない」

 

悠真は腰の道具入れに触れた。

 

ドライバーがなくなってから、そこだけ妙に軽い。

 

「顔や腕の動きを読んでるのか、頭の中まで分かるのかは知らない。でも、俺たちが手を決めてから勝負するのはまずい気がする」

 

「だったら、出す直前まで決めなければいいのね」

 

栞はノートから白紙を一枚破り、三つに分けた。

 

それぞれにグー、チョキ、パーと書いて、小さく折り畳む。

 

「勝負の前に一枚引いて、開かずに持っていて。『ポン』の直前に紙を開いて、そこに書かれた手を出すの。それまでは悠真自身にも、何を出すか分からない」

 

三枚の紙を筆箱に入れ、蓋を閉めた。

 

「それで勝てるの?」

 

美桜が尋ねる。

 

「分からないわ」

 

栞は正直に答えた。

 

「でも、先に私たちの手を読んでいるなら、決めるのを遅らせれば間に合わなくなるかもしれない」

 

勝った人の話は、一つもない。

 

悠真は筆箱を見つめ、それから立ち上がった。

 

「まずは一回、勝ってみよう」

 

美桜は、そんな二人を交互に見た。

 

「無理だと思ったら、すぐ帰るからね」

 

「ああ」

 

悠真は答えた。

 

◇ ◇ ◇

 

被害者の話に何度か出てきたのは、学校から少し離れた商店街だった。

 

三人は下校する児童に混じって校門を出て、人通りのある道を選んで歩いた。

 

パン屋の前には買い物客がいる。

 

自転車に乗った中学生が、三人の横を通り過ぎた。

 

「ここなら、何かあっても人を呼べるよね」

 

美桜が言った。

 

「……そうだといいわ」

 

栞は答えながら、筆箱の入った鞄を抱え直した。

 

商店街の角を曲がったところで、悠真が足を止めた。

 

少し先のシャッターの前に、黄色い帽子の男の子が立っている。

 

白い半袖のシャツに、紺色の半ズボン。

 

前に会ったときと、まったく同じ格好だった。

 

「また来てくれたんだ」

 

男の子が笑った。

 

背後で自転車のベルが鳴る。

 

悠真が振り返ると、自転車はもう見えなかった。

 

パン屋の前にいたはずの客もいない。

 

店には明かりがついているのに、中に人の姿はなかった。店員の声も、車の音も聞こえない。

 

美桜が悠真の袖を掴む。

 

「一回だけだよ」

 

「ああ」

 

悠真はうなずいた。

 

「ぼくと、ジャンケンする?」

 

男の子が悠真に尋ねる。

 

「する」

 

栞が筆箱を開け、三枚の紙を混ぜた。

 

悠真は一枚を左手で引く。

 

まだ中は見ない。

 

折り畳まれたままの紙を、指の間に挟んだ。

 

「勝ったら、何をお願いする?」

 

男の子が聞いた。

 

「勝ってから決める」

 

「うん。それでもいいよ」

 

二人が右手の拳を構える。

 

「最初はグー」

 

声が重なった。

 

悠真は、まだ紙を開かない。

 

「ジャンケン――」

 

男の子の声が伸びる。

 

「ポン」の直前、悠真は左手の紙を開いた。

 

チョキ。

 

右手の指を動かす。

 

「ポン!」

 

悠真が出したのは、チョキ。

 

男の子が出したのは、グーだった。

 

一瞬、誰も動かなかった。

 

男の子はグーの形にした手を、嬉しそうに振ってみせる。

 

「ぼくの勝ち」

 

悠真は左手の紙を見た。

 

自分でも、今まで何を出すか知らなかった。

 

それなのに、また負けた。

 

「……何を取るんだ」

 

悠真が尋ねた。

 

男の子は、悠真の左側へ回り込んだ。

 

背伸びをして、その耳に口を寄せる。

 

「これ」

 

指先が、悠真の左耳に触れた。

 

痛みはない。

 

けれど、男の子の笑い声が、不意に遠くなった。

 

すぐ耳元にいるはずなのに。

 

悠真はとっさに左耳を押さえた。

 

「悠真!」

 

美桜の声に顔を向ける。

 

栞も何かを言っていた。二人の声は聞こえるのに、音の届き方がおかしい。

 

悠真は左耳から手を離し、今度は右耳を塞いでみた。

 

二人の声が、ほとんど聞こえなくなる。

 

慌てて手を離した。

 

「左の耳、もらったよ」

 

男の子が笑う。

 

「もう一回やる? 勝ったら返してあげる」

 

悠真の手が、もう一度拳を作りかけた。

 

その手を、美桜が両手で包む。

 

「今日は帰る」

 

男の子は、今度は美桜を見上げた。

 

「お姉ちゃんも、ぼくとジャンケンしようよ」

 

「やらない」

 

美桜は悠真の手を離さずに答えた。

 

「そっか」

 

男の子が笑う。

 

「じゃあ、一つもらうね」

 

悠真の手を包んでいた美桜の指から、ふっと力が抜けた。

 

握り直そうとして、右手の小指だけが動かないことに気づく。

 

ほかの指は曲がる。

 

けれど、小指には力が入らない。

 

美桜は左手を離し、動かない小指に触れた。

 

触られている感覚は、ちゃんとあった。

 

それなのに、自分では動かせなかった。

 

「美桜?」

 

悠真が呼ぶ。

 

男の子は美桜の右手を見て、満足そうにうなずいた。

 

「今日はこれでおしまい。またね」

 

次の瞬間、パン屋の方から店員の呼び込みが聞こえてきた。

 

自転車が一台、三人の横を通り過ぎる。

 

商店街には、さっきまでいなかった人たちが戻っていた。

 

シャッターの前に、黄色い帽子の男の子はいない。

 

栞が何か尋ねた。

 

悠真は聞き返そうと、栞へ顔を向ける。

 

美桜は動かない小指を見つめていた。

 

一度目には、ドライバーを取られた。

 

今度は耳と指だ。

 

三人はしばらく、その場から動けなかった。

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 ゲームは下手だったけどモンハンが大好きだった少年。死後、転生者としてモンハン世界に生まれるが、それに気づかず一般人として育っていく。▼ ある日少年は、趣味で描いていたリオレウスの絵を見られ、その運命が大きく変わっていく。▼ 当方悪意を持ってこの作品を作成しているつもりも、他の作者様の作品を学習もさせておりません。使用しているAIはチャットGPTになります。…


総合評価:5706/評価:7.54/連載:9話/更新日時:2026年09月28日(月) 18:20 小説情報

ヤンデレに監禁されるわけwww(作者:むにゃ枕)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

ヤンデレから逃げようと思ってる。▼ヤンデレのみんなには悪いけど抜け駆けで▼ヤンデレは逃走とかされたことないから、びっくりするかもしれないけど、もう逃げたい気持ちを我慢できないから▼


総合評価:3614/評価:8.12/連載:15話/更新日時:2026年09月28日(月) 21:16 小説情報

放送事故ではありません。(作者:宇宙きのこ(ヴァーチャル))(オリジナル:現代/ホラー)

配信業務中に発生した原因不明事案の処理記録。


総合評価:14321/評価:8.96/連載:13話/更新日時:2026年09月14日(月) 02:20 小説情報


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