え、何この能力 作:闇次元の解放
ミラが持ってきてくれた朝食は、湯気が立っていて温かかった。
だが、口へ運んでも砂を噛んでいるかのように味気がない。身体中の痛みに加え、目の前に座るミラの視線が皮膚にまとわりつき、全身の筋肉が嫌な硬直を起こしていた。
看板娘として誰にでも完璧な笑顔を振り撒く彼女のルックスは、素直に整っていると思う。だが、原作知識を持つ俺は知っている。この女の裏にある本性——かつて『魔人』と呼ばれ、荒くれ者たちを恐怖させた真の顔を。
だからこそ必死に思考を巡らせる。ミラの目から見ても、俺はただの「異質な化け物」なのか?
ただの気まぐれか? それとも、俺がどこまで歪んでいるかを検分しに来たのか?
今、この女の目に俺はどう映っている? 絶望して荒れる哀れな新人か、それともギルドを脅かす危険な怪物か。余計な言葉を発して墓穴を掘るわけにはいかず、俺はただ黙々と、機械的に咀嚼を繰り返した。
「……ご馳走様です」
空になった器を置き、ボソリと呟く。それが今の俺に出せる限界の態度だった。
「……少し、落ち着いた?」
ミラは静かな、けれど落ち着き払った声で問いかけてきた。
「ハルト君……貴方が不運だったのは分かってるわ。ラクサスの暴走に巻き込まれたことも、ナツやルーシィたちに置いていかれて一人にされたことも……もちろん、今回の謹慎処分だってそう」
膝の上で固く握りしめられた俺の手の上に、そっと柔らかい手が重ねられる。ミラは俺の瞳を正面から覗き込み、噛み含めるように言葉を続けた。
「辛いわよね。納得いかないのも当然よ。でもね、マスターは貴方を憎んで謹慎にしたわけじゃないの。このまま貴方がその力に任せて突き進めば、いつか心が破滅して潰れてしまう。マスターはそれを心配しているのよ」
彼女の手から伝わる温もりが、今の俺にはたまらなく不快だった。
(……置いていかれた、だと……?)
俺は無言のまま、俯いて彼女の言葉を聞いていた。
言葉の真意を探る。そうだ、ナツもルーシィも、結局は俺を「足手まといの弱者」と決めつけて置いていきやがった。そして今、ミラはそれを口実に俺を慰めようとしている。
「私も……かつては『魔人』と呼ばれた危ない魔法を持っているわ。だから、自分の力に呑まれそうになる感覚や、周囲と隔絶されていく恐怖が理解できないわけじゃない。だからこそ、ハルト君には立ち止まってほしいの」
……いや、待て。
彼女の腹の中を探ろうとしていたが、違うんじゃないか? 目の前にいるこの女だって、かつては内に宿した悪魔の力(テイクオーバー)を恐れられ、故郷の村を追われた悲惨な過去を持っている。力に振り回される者の孤独や痛みを、誰よりも知っているはずの存在だ。
(そうだ……あの過去を持つミラなら、俺を単なる『危険な異物』として排除するような真似はしないはずだ……)
ほんの僅か、ほんの一瞬だけ、彼女なら理解してくれるかもしれないという期待のような思考が脳裏をよぎった。
だが——その甘い思考を打ち砕くように、突如として激しい頭痛と強烈な倦怠感が脳髄を直撃した。
(……っ!? なんだ、これ……っ)
視界がぐにゃりと歪む。手足から急速に力が抜け、まぶたが鉛のように重くなっていく。抗いようのない狂暴な眠気が、波のように全身の神経を飲み込んでいった。
身体が前に倒れ込みそうになるのを、ミラの手が優しく、けれど逃がさないようにしっかりと支える。
「大丈夫よ、ハルト君……。今は何も考えず、ゆっくり休んで……」
鼓膜に届くミラの声が、遠く、酷く歪んで聞こえる。
(……あぁ、そうか……っ)
自分の中で、何かが音を立てて冷たく冷え固まっていくのが分かった。
微かな期待を抱いた自分が愚かだった。かつて悪魔と呼ばれた過去があろうが関係ない。結局、今のミラの目から見ても、俺は『害のない仲間』ではなく『コントロールすべき危険な化け物』でしかないのだ。
だからこそ、言葉ではなく薬を使って俺の意思を奪い、力づくで眠らせて管理しようとする。
(俺に……味方なんて、最初から一人もいねえんだ……)
意識が深い闇の底へ引きずり込まれていく。
微かな希望の潰えた瞬間、絶望と孤独は瞬時にドロドロとした純粋な殺意と憎悪へと姿を変えた。
優しさも、理解者ぶった言葉も、すべては俺を縛りつけるための汚い罠だ。誰も信じない。誰も許さない。この力で全員をひれ伏せさせ、俺という存在の恐怖を骨の髄まで刻み込んでやる。
薄れゆく視界の隅で、優しく微笑むミラの顔が、俺を嘲笑う悪魔の顔に見えた。
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「……ふぅ、やっと寝てくれたわね」
ベッドに身を預けたハルト君の身体に、そっと柔らかい毛布をかけ直しながら、私は小さく息を吐いた。
苦しげに眉間に皺を寄せた彼の寝顔を見つめていると、胸の奥がキュッと締め付けられるように痛む。
(……本当は、こんな薬なんて使いたくなかったけれど……)
ハルト君の肉体の傷もそうだけれど、それ以上に彼の『心』がもう限界だった。
ラクサスやフリードに「ギルドから出ていけ」と威圧的に迫られ、期待していたナツやルーシィたちにも置いていかれて仲間外れにされた……。行き場のない屈辱と孤立感で荒れていたところに、あの凄惨なラクサスとの決闘。そして、追い打ちをかけるようなマスターからの謹慎処分。
自分の力に振り回され、居場所を失うかもしれない恐怖と怒りで、彼の心は今にも壊れてしまいそうだった。
(あのまま放っておいたら、ハルト君はもっと自分を追い詰めて、本当に破滅していたわ……)
かつて『魔人』と呼ばれ、自分の力と居場所の狭間で苦しんだ私だからこそ分かる。今の彼に必要なのは、理由や言い訳を考える時間ではなく、ただ無心で心を休ませることだけなのだ。
ハルト君は「自分はマスターに嫌われた」「見捨てられた」と思い込んでいるかもしれない。でも、それは違う。
(マスターには、私からちゃんと話さなくちゃ……)
ハルト君がどうしてあれほど荒れていたのか。なぜ無謀だと分かっていてラクサスに牙を剥いたのか。
彼がどれだけ追い詰められ、傷ついていたのかを、私が代わりにマスターに伝えてあげなきゃいけない。
彼がギルドで居場所を失わないように。彼がただの「暴走した怪物」だと思われないように。
「安心して休んでね、ハルト君。私が……ちゃんと守ってあげるから」
彼の額に軽く触れ、熱がないことを確認すると、私は足音を立てないように静かに部屋を後にした。
パタン、とドアが閉まる音とともに、静寂が部屋を包み込む。
——ハルト君を救いたいという純粋な善意と過保護な愛。
それが、目覚めた彼の怨念をさらに深く、酷悪に燃え上がらせることになるとも知らずに。
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目を開けた瞬間、頭を覆う重苦しい倦怠感は消え去っていた。
(……一体、あれから何日経った……?)
ベッドから体を起こすと、身体の痛みは綺麗に引き、底を突いていた魔力も完全に満ち満ちているのが分かる。どれだけの時間、あの女の薬で眠らされていたのかすら分からない。思考の片隅に沸き立つ不快感を振り払い、俺は静まり返った部屋を出て街へ繰り出した。
すでに陽は傾き、街並みは朱色から群青色へと染まりつつある。夕闇が迫る街並みを抜け、ひとまず足の向くままにギルドへと向かった。
だが——ギルドの敷地が見える角を曲がった瞬間、俺の足はピタリと止まった。
(……っ…、もう始まりやがったのかよ……!)
目の前に広がるのは、無残に壊滅したギルドの姿だった。巨大な鉄の柱が幾重にも建造物を貫き、文字通り蜂の巣にされている。原作の記憶通りの光景だ。ファントムロードの開戦の合図。思わず舌打ちを漏らしたその時、背後から呑気な声が聞こえてきた。
「あ、ハルト! 久しぶりね!」
振り返ると、大きな買い出し袋を抱えたルーシィが立っていた。俺が謹慎処分を受けていたことすら知らない彼女は、崩壊した建物を見上げて目を丸くする。
「ギルド見た? なんだか大変なことになってるわね……」
「……あぁ」
俺は短く答えるのが精一杯だった。そんな俺の重苦しい空気に気づく様子もなく、ルーシィは悪びれもない笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「そう言えば最近どう? チーム組めた? あたし、ナツやグレイ、エルザとチーム組んでるみたいになってるんだ。凄くドタバタしてるけど、すっごく楽しいよ。ハルトは?」
……胸の奥が、ドロリと黒く軋んだ。
チーム、か。俺を仲間外れにして置いていったお前たちが、そんなに楽しい毎日を送っていたのか。言葉に詰まる俺を見て、ルーシィは苦笑いを浮かべながら話を繋ぐ。
「けど、まだ報酬貰ってないのよね。おかげで家賃代が払えなくてさ……。ハルトはどう?」
「……金は、問題ないさ……」
「あはは、そうだよね、それが普通だよね! ナツと初仕事に行った時なんて、ナツが依頼人から報酬貰わないで帰ってきちゃってさ〜! 本当に信じられないわ」
彼女は呆れ顔でため息をつきつつも、どこか嬉しそうに目を細めた。
「あ、でもナツはいい奴よ。次は絶対に報酬貰おうと思ってるんだ」
「……そうか。元気みたいで何よりだよ……」
これ以上、彼女の口から楽しそうなギルドの日常を聞かされるのは耐え難かった。背を向け、その場を離れようと足を踏み出す。
「あ、待って!」
ルーシィの声が俺を引き留めた。
「そう言えば、ハルトとはまだ一緒に仕事に行ったことないわよね。あたし、ハルトのこともっと知りたいな〜って思ってるの。ほら、あの時……ハルジオンでボラの奴隷船から救ってくれた時のお礼も、まだちゃんとできてないし」
彼女は少し恥ずかしそうに、けれど真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。
「ねえ、次の仕事、一緒に行かない? あたし、ハルトとなら上手くやれる気がするの」
——その純粋な誘いに、俺の心が大きく揺らいだ。
この娘は嘘をつかない。俺を仲間外れにして嘲笑うような真意など、最初から1ミリもなかった。純粋な善意と好意だけで、俺に手を差し伸べてくれている。分かっていた。分かっていたはずなのに、ドロドロに腐敗した俺の歪んだ自尊心が、素直にその手を取ることを拒絶する。言葉が出ない。なんて答えればいいのか分からない。
——その、逡巡の一瞬だった。
頭上の空気が、狂暴な殺意とともに激しく裂けた。
「——ッ!?」
俺は思考を切り替え、咄嗟にルーシィの細い腰を抱え込むと、全力で後方へ躍み出た。
ガキィィィンッ!!!!
直後、俺たちがつい先ほどまで立っていた石畳が、巨大な鉄の柱によって木っ端微塵に粉砕された。激しい土煙と衝撃波が頬を撫でる。
「ギヒッ! 変な魔力を感じて来てみたら、こんな所に餌がいたとはよう」
煙の向こうから、耳障りな高笑いとともに歩み出てきた男。長く伸びた黒髪、全身に打ち込まれたピアス、そして冷酷に光る蛇のような瞳。
鋼鉄の滅竜魔道士——ファントムロードのガジル・レッドフォックスだ。俺の内に潜む邪悪な魔力を嗅ぎつけ、引き寄せられてきたらしい。
ガジルは抱えられたまま状況を呑み込めていないルーシィに視線を向けると、ニヤリと下品に口元を歪めた。
「おい、女。お前が大人しく俺と一緒に来るなら、隣のガキは見逃してやっていいぜ?」
「あ、あたし……!?」
怯えるルーシィを背後へ押しやるように、俺は一歩前に踏み出した。
「ルーシィ、下がってろ。こいつが、ギルドを蜂の巣にした奴だ」
「ギヒッ! また早死にしてえ馬鹿がいるみてえだな? おらよッ!」
ガジルは嘲笑うと同時に腕を振り抜き、目にも留まらぬ速度で鋼鉄の太柱を俺めがけて打ち放った——