え、何この能力 作:闇次元の解放
「出ていけ。てめえは俺のギルドにふさわしくねえ」
ギルドの裏手に広がる森の中、冷酷な声が頭上から降ってきた。
ラクサス・ドレアーは心底吐き気を催したような目で俺を見下ろすと、バチバチと放電しながら一瞬で黄色い雷光と化し、夜の空へと消え去った。
視界が激しく揺れる。泥に顔を押し付け、地面に這いつくばる俺は、去っていく雷を見上げることしかできなかった。全身を焼き尽くすような激痛と絶望感が、じわじわと脳を麻痺させていく。
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——事は、俺が『フェアリーテイル』に加入した直後に遡る。
無事にギルドへ案内された俺とルーシィは、マスター・マカロフから温かく迎え入れられ、念願のギルドの紋章を刻んでもらった。
だが、その余韻に浸る間もなく、原作通りの出来事が起きた。
帰ってこない父親を心配した少年・ロメオがギルドへ駆け込んできたのだ。その話を聞いたナツは居ても立ってもいられずギルドを飛び出し、彼を心配したルーシィとハッピーも後を追ってハコベ山へと向かった。
取り残された俺は、自分の弱さを痛感していた。
ボラとの戦いでは『ベエルゼ』の力が偶発的に覚醒して助かったものの、素の状態の俺はただの一般人に過ぎない。仲間たちが危険な山へ向かう中、自分だけが何もできずに指をくわえているのが悔しかった。
力を……自発的に引き出せるようにならないと……!
そう焦った俺は、一人ギルド裏の森に籠もり、必死に体内の闇の力——ベエルゼの波動を呼び起こそうと試みていた。
しかし、どれだけ集中しても暗黒の瘴気すら立ち上らない。ただの空振りを繰り返すばかりで、魔法すら満足に発動できなかった。
その時だった。
ドドッ、ビシャァァァッ!!!!
背後の空間が裂けるような、凄まじい衝撃音と共に雷が落ちた。
「っ!?」
あまりの圧に思わず振り返ると、そこには激しい雷光を背負った金髪ヘッドホンの大男が立っていた。
背丈も威圧感も段違いの存在感。フェアリーテイルが誇るS級魔道士——ラクサス・ドレアーだ。
俺はとっさに体勢を整え、必死に頭を下げた。
「こ、この度ギルドに加入した者です! ……空野……じゃなくて、ハルト・ソラノス(本名:空野州 陽斗)と言います!」
前世の名前を言いそうになりながらも、慌ててこの世界での名を名乗る。だが、当然ながら歓迎のリアクションなど返ってくるはずもなかった。
ラクサスはポケットに手を突っ込んだまま、虫ケラでも見るかのような冷酷な一瞥を俺に投げかける。
「てめえ……ここで何してる」
「ま、魔法の練習です。ギルドに入れてもらいましたが、まだ上手く魔法が使えなくて……」
「魔法が使えねえくせに、うちのギルドに入っただと?」
瞬間、ラクサスの纏う空気が一変した。
周囲の木々がバチバチと電気を帯び、重苦しいプレッシャーが森全体を支配する。
「ジジイの奴、見境無しにゴミを拾ってきやがって……」
低い唸り声。ラクサスの瞳に殺気にも似た苛立ちが宿る。
「そんなんだから外から舐められるんだよ!! お前みたいな温い奴のせいでよぉッ!!」
ドガアァァァァンッッ!!!!
言葉が終わると同時に、目にも留まらぬ速さで直撃したラクサスの雷撃。
「が、はっ………………!?」
絶叫すら上がらない。
全身の全細胞が焼き千切られるような、想像を絶する超絶的な激痛が脳内を駆け巡る。ベエルゼモードの防御力など発動していない、完全に素の生身。普通の人間なら即死、運が良くても一生モノの重体になる一撃だ。
視界が真っ白に染まり、意識が途切れかける。
手加減? 冗談じゃない、ハエを叩き潰すような本気の一撃だ。
痛い……痛い痛い痛い痛い痛い!! 死ぬ……ッ!!
だが、ベエルゼの能力である『超再生』が強制的に起動し、破壊された肉体を即座に復元し始めてしまう。傷が癒えては激痛が走り、死ぬことすら許されない地獄。
「ガクッ……けほっ……!!」
膝が激しく崩れ落ち、俺は泥の中に崩れ去った。息も絶え絶えに肩を上下させるのが精一杯だ。
「立て」
頭上から、一切の情を排した声が降ってくる。
「それでうちのギルドの魔道士になる気か? 巫山戯るのも大概にしやがれ」
見下ろすラクサスの顔には、蔑みと底冷えするような不快感だけが浮かんでいた。
「今すぐこのギルドから出ていけ」
「い、今は弱くても……絶対、強くなって見せます……! だから、そこをなんとか……っ」
泥に塗れながらも、俺は必死に声を振り絞った。
だが——俺が最後まで言い終わるより先に、重厚な破壊の気配が迫った。
「ちッ……」
ドガァァァンッッ!!!!
腹部に激痛。ラクサスが雷を纏わせた鋭い蹴りを、容赦なく俺のみぞおちに叩き込んできたのだ。
「がぁッ……!? ほ、ふっ……!!」
「消えろ」
冷酷な一言と共に、返す刀で放たれた雷の裏拳が俺の顔面を捉える。
バキィィンッ!!
強烈な衝撃で身体が弾き飛ばされる。だが、何かがおかしかった。
ボロ雑巾のように宙を舞い、吹き飛んだはずなのに——まるで倒れることすら許されない打撃練習のサンドバッグのように、壊れた身体が吸い寄せられるように不自然に立ち上がってしまう。ベエルゼの超再生と異質な魔力が、死を拒絶して無理やり俺の膝を直立させているのだ。
「……チッ、ゴミが鬱陶しいんだよ」
倒れることすらできず、ゆらりと立ち上がってしまう俺の姿に、ラクサスの苛立ちが跳ね上がった。
間髪入れずに叩き込まれる怒涛の拳と雷撃。
ドガッ! バキッ! ズドッ! ゴォォォンッ!!
「あ……がっ……あぁ……っ!!」
激痛で意識が何度も真っ白に染まり、気絶して倒れそうになる。
けれど、倒れない。倒れさせてくれない。
意識が飛びかけても、肉体が勝手に復元され、ガタガタと震えながら再びラクサスの目の前に立ち塞がってしまう。
「てめえみたいな奴は邪魔なんだよ! とっととギルドから出ていきやがれ!! 失せろゴミがぁッ!!」
容赦のない追撃が俺の全身を襲う。
「うわあああああああッッ!!!!」
俺は半ば狂乱しながら、必死に右拳を振るった。
だが、素人の大振りなパンチなど、S級魔道士のラクサスに通じるはずもない。最小限の動きで軽々と回避される。
泥を蹴って渾身の蹴りを繰り出すも、空を切るだけだった。
「ふん……威勢だけは一人前か」
俺の攻撃を紙一重でかわしながら、ラクサスが冷たい吐息と共に呟く。
「——だが、まだ甘いんだよ!!」
ズドォォォォォッ!!!!
腹部の中心に叩き込まれた、今日一番の強烈な雷の一撃。
衝撃波が背中にまで突き抜け、ベエルゼの強靭な再生力すら一瞬追いつかなくなるほどの激痛が全身の神経を焼き焦がした。
「ガハッ……! ぐ、あ……っ……!!」
今度こそ耐え切れず、俺はガクンと膝をつき、泥の中に深く蹲(うずく)まった。
視界が血と涙と泥で歪む。呼吸をするたびに肺が焼けつくように痛む。
「魔法も使えねえゴミが。てめえがギルドに居座ってたら、そのうちギルドの疫病神になるんだよ」
頭上から見下ろすラクサスは、心底ゴミを見るような目を向けていた。
「とっとと失せやがれ。……俺の言ったこと、忘れるなよ」
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ラクサスが去った後、俺はしばらくの間、冷たい泥の上に突っ伏したまま動くことができなかった。
全身を焼く激痛と、超再生が泥沼のように繰り返される不快感。そして何より、心に深く刺さった敗北感が鉛のように重くのしかかっていた。
翌日。身体の傷自体はベエルゼの力で塞がっていたものの、どうしてもギルドへ足が向かなかった。門を潜れば、またあの雷を纏った大男が待ち構えているかもしれないという恐怖が、足をすくませる。
そもそも、今の俺にはまともに扱える魔法すらない。ギルドに入ったはいいが、これでは依頼を受けに行くことすら不可能だ。完全に詰んでいる。あまりにも情けない自分に、胸の奥が締め付けられた。
居場所のない俺は、ギルドから少し離れた小さな公園に身を寄せていた。
「ハッ……ふぅっ……!」
一人、必死に拳を突き出し、泥臭く身体を動かして特訓を試みる。だが、いくら汗を流しても体内の魔力が応えてくれる気配はない。
そんな俺の背中に、コンッと軽い音を立てて空き缶がぶつかった。
「んだよ、見慣れねえ面だな」
振り向くと、数人の不良たちが下品な笑みを浮かべてこちらを威嚇していた。咄嗟に鋭い視線を返してしまうと、それが気に食わなかったらしい。
「何ガン垂れてんだコラァッ!?」
ガバッと胸ぐらを力任せに掴まれ、そのまま顔面を強烈に殴りつけられた。
ドカッ、と鈍い音が響き、俺はあっけなく地面に倒れ込む。
「けっ、口ほどにもねえな!」
「おいおい、魔道士のマネごとでもしてたのか? 笑わせるぜ!」
倒れた俺を囲むように、数人の不良たちが一斉に足を振り上げた。
ドカッ! バキッ! ズドッ!
みぞおち、顔面、背中。容赦のない蹴りが何度も叩き込まれる。土足の靴底が何度も顔を掠め、砂利が皮膚にめり込んでいく。
「なんだよその目はよぉ! なんとか言ってみろよゴミ!」
「ヒハハハッ! 一言も痛がりもしねえ気違いだぜこいつ!」
数人がかりで交互に殴られ、蹴り飛ばされ、俺の身体は泥と砂埃に塗れて転がった。
痛くはなかった。物理的な痛みなら、昨日のラクサスの雷に比べれば撫でられているようなものだ。ベエルゼの超再生が打撃の傷を静かに塞いでいく。だが——身体にまったく気力が湧いてこなかった。抵抗する気すら起きず、俺はただのサンドバッグのようにボコボコに蹴られ続けた。
やがて俺がピクリとも動かなくなると、不良たちは「つまんねえの」と唾を吐き捨てて去っていった。
誰もいなくなった公園で、俺は泥の中に置き去りにされた。
冷たい地面を見つめながら、ぐるぐると思考が渦巻く。
何がいけなかったんだ?
そもそも俺は、この『FAIRY TAIL』の世界に入り込んで、物語を特等席で眺められればそれで満足だったはずだ。それなのに、どうしてこんなにも悔しがっている?
(……いや、違う。分かってたんだ)
胸の奥で、ドス黒い何かが蠢き始めた。
この世界に来て、突きつけられた現実。俺は何もできないゴミのような存在だと自覚させられた。ナツやルーシィのように輝けるわけでもなく、不良にボコられても抵抗すらできない。誰も俺のことなんて必要としていない。俺はこの世界に居ようが居まいが、何も変わらないのだと——。
「畜生……っ!!」
感情を抑えきれず、切り捨てるように吐き捨てた。
その瞬間。
惨めさ、悔しさ、嫉妬、敗北感——あらゆる負の感情が濁流となって胸を渦巻いた瞬間、ドクン!!と心臓が破裂しそうなほどの音を立てて鳴り響いた。
バサアアアアアッ!!!!
「なっ……!?」
俺の全身から、漆黒の瘴気が膨大な勢いと量で噴き出した。
視界が一瞬で黒く染まり、公園の空気が凍りつくような不吉な圧迫感に包まれる。
「なんだ……これ……っ!?」
己の内に眠る『魔王龍』の異質な闇が、はじめて自発的に目覚めようとしていた。