え、何この能力 作:闇次元の解放
あれから数週間経った。
「ねえ、このクエストの難易度高いわよ。初心者向けじゃないわ、大丈夫なの?」
カウンター越しに、ミラジェーンが心配そうな眼差しで俺を見つめていた。
彼女の手元にあるのは、肉食系巨獣の討伐依頼——本来ならベテラン魔道士が挑むべき『A級クエスト(準S級)』の依頼書だ。
「平気です。ギルドの誇りにかけて、必ずや完遂してみせます」
俺は静かに、だが拒絶を許さないトーンで答え、受付印の催促として依頼書をさらに押し出した。今の俺が失敗するなんて、口が裂けてもあり得ない。
……フン、俺を舐めるなよ
内心で冷たく毒づきながら、俺はちらりと横の依頼掲示板(リクエストボード)に視線を滑らせた。
そこにあったはずの『エバルー屋敷』の依頼書が消えている。原作通り、ナツとルーシィがチームを組んで受注したのだろう。
そこに、俺の居場所はなかった。声すら掛けられなかった。
原作通りの流れだと頭では分かっている。だが——胸の奥底から、ヘドロのようなドス黒い感情が湧き上がってくるのを抑えきれなかった。
(仲間、ね……。声くらい、かけてくれても良かったんじゃないのか……?)
ギルドの温かさに馴染むルーシィと、ラクサスにボコボコにされて泥を舐めた俺。
吹き出しそうになる闇の感情を激しい理性で殺し、俺は黙ってギルドを後にした。今ここで闇の瘴気を漏らせば、正当な魔道士として怪しまれ、ギルドを追い出されかねない。
——数時間後。目的地である村へ到着した俺は、村長から手短に被害状況を聞き出すと、巨獣が巣食う深い森へと足を踏み入れた。
森の奥で、数頭の巨大な肉食獣が群れをなしているのを発見する。
周囲に人の気配がないことを確認した瞬間、俺はこれまで押し殺していた『それ』を解き放った。
ドオォォォォォッッ!!!!
膨大な量の闇の瘴気が、濁流となって全身から吹き出す。
怒り、惨めさ、嫉妬——負の感情がそのまま俺の魔力を爆発的に跳ね上げていく。
ギチギチギチッ……! と不穏な骨鳴りが響いた。
両腕、両足、そして服の下の皮膚全体が、赤黒く硬質化した鎧のような外骨格に覆われていく。指先は鋭利に伸び、獣を殺すためだけの『巨大な爪』へと変貌を遂げた。
視界の端に映る己の異形の手を見て、俺は内心で低く嗤った。
『グロォァァァッ!』
俺の姿を認めた巨獣たちが、格好の獲物とばかりに牙を剥いて飛びかかってくる。
「——生贄になって貰おうか」
瞬間。爆発した闇の瘴気と共に、俺の身体が消失した。
ザシュッ!!!!
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何度も交差する一閃。
何が起きたのかすら理解していない巨獣たちの巨躯が、一瞬にして真っ二つに切り裂かれ、豪快な血の噴水があがった。
粘つきのある返り血で汚れた己の爪を見つめる。足元には、物言わぬ肉塊となった巨獣たちが転がっていた。
……足りない。特訓のつもりだったが、まったく暴れ足りない……!
滾る肉体とドス黒い魔力が、さらなる破壊と苦痛を求めて叫んでいる。
俺は懐から一枚の紙を取り出した。
ギルドの2階——S級クエスト掲示板にあった依頼書の『写し』だ。こっそりと誰にもバレないよう、事前に書き写しておいた代物。
依頼の発生地は、偶然にもこの村のすぐ近く。
当然、新人の俺が勝手に挑めば重大なルール違反であり、最悪ギルド追放だ。
だが——依頼として正規に受注しなければ問題ない。
そう、これはただの『慈善活動』だ。
俺がやっているのは、タダ働きという名の人助け——即ち『正義』。
「……フフッ」
誰も俺を認めないなら、力で分からせるまで。
俺は迷うことなく、漆黒の瘴気を引きずりながらS級クエストの領域へと足を踏み入れた。
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キツかった。手負いの傷は絶え間なく疼き、魔力も限界近くまで削られた。
だが——俺は突破した。
周囲には重苦しい闇の瘴気が充満し、立ち込める血の匂いが鼻をつく。
視界の限り広がっていた敵の根城には、優に百人を超える人間がピクリとも動かずに倒れ伏していた。
その中心で、一人の男が沈んでいる。
闇ギルドのマスターであり、この過酷なS級依頼のターゲット。噂によれば、かつて正規ギルドに所属し『聖十大魔道士』の候補にすら名が挙がったという実力者だ。
その怪物を、俺は一人で叩き潰した。
離れた場所から、恐る恐るこちらを覗き込む街の人々の視線が刺さる。
怯え、慄き、化け物を見るような目。だが同時に、彼らの瞳には確かに『救われた喜び』が浮かんでいた。
……そうだ。見ろよ
己の赤黒く硬質化した両腕を見つめ、俺は歪んだ笑みを浮かべた。
俺が魔道士としてやっていけないなんて、あり得ない。
あの絶望の淵で『魔王龍』の力を手に入れた俺は、もうただの観客でも、無力なゴミでもない。最強になったんだ。
チーム? 仲間……? ハッ、要るわけねえだろそんなもん! 最初から組む必要なんてなかったんだ!
ナツやルーシィの顔が頭をよぎるが、すぐにそれを思考のゴミ箱へ放り投げる。
必要ない。俺は一人でS級すら踏破できる。誰の助けも要らない。
恐れるな……絶対に恐れるな……! ラクサスも、他のギルドの連中も……全員だ……!
胸の奥で、カチリと音を立てて何かが狂っていく。
自分に何度も、何度も言い聞かせる。俺は強い、俺は特別だ、俺は選ばれた存在なんだと。
だが——強弁すればするほど、根底にある醜い劣等感が暴れ出し、それを糧とする漆黒の瘴気がドス黒く周囲へ吹き荒れた。
「俺は……ゴミなんかじゃない……ッ!!」
絞り出すような叫びと共に、溢れ出た闇が街の瓦礫を黒く侵食していく。
俺は傷だらけの身体を引きずりながら、己の『絶対的な強さ』を証明するため、次なる戦いへと足を踏み出していた。
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「はぁ……まさか報酬ナシになるなんて……」
ハコベ山でナツと2人でマカオを助けた後日、ナツとチームを組んで挑んだエバルー屋敷での初仕事。
結果はまさかの報酬ゼロ。依頼人の事情に寄り添ったナツの優しさは確かに心に響いたけれど、家賃の支払いに追われる身としては胃が痛い。
夜風に吹かれながら歩く帰り道、私はふと、ギルドに新しく入ったもう一人の同期のことを思い出していた。
(ハルト……どうしてるかな)
ギルドに加入して以来、ほとんど話す機会も訪れないまま、彼とはまともに会えていない。
ボラの船から助けてくれた時も、彼は私を気遣ってくれるすごく優しくて丁寧な男の子だった。
(あの子、すごくいい子そうだったし……誰かと無事にチームを組めたのかな? 魔法が上手く使えないって言ってたけど、大丈夫かしら……)
リクエストボードの前で一人で悩んでいた彼の姿が脳裏をよぎる。
……こんなことになるなら、ナツと2人じゃなくて、ハルトも仕事に誘ってみれば良かったかも
「ハルト、あたしたちが誘ってたら一緒に来てくれたかなぁ……」
ぽつりと漏れた呟きは、夜の風に溶けて消えた。
だけど、ハルジオンでのあの底知れない戦いぶりを思い出して、首を横に振る。
「……まあ、あの子強いし。心配要らないよね」
——その頃、彼女が「優しくて強いから大丈夫」と思っている当のハルトが、冷たい月明かりの下で100人を超える敵を血の海に変え、漆黒の瘴気を撒き散らしていることなど、ルーシィは知る由もなかった。
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ギルドの重厚な扉を押し開けると、いつものように騒がしい喧噪と酒の匂いが俺を包み込んだ。
「マスター、無事に終わりました」
俺はカウンターへ歩み寄り、酒樽の上で呑気に木樽を傾けていたマカロフへ、無傷の状態で『A級クエスト』の達成証明書を手渡した。
「ほほう、ハルトか。……む? もう終わらせてきたのか!?」
証明書をまじまじと見つめたマカロフの目が、驚愕で丸く見開かれる。
「怪我一つなく、あの肉食巨獣の群れを一人で討伐してきたというのか! 新人とは思えぬ手際だ……素晴らしい! フェアリーテイルの誇りじゃな!」
「ありがとうございます、マスター」
マカロフのオーバーな感動の声を背に、俺は静かに一礼してカウンターを離れた。周囲の騒がしさには目をくれず、ギルドの片隅にある影になった席へと腰を下ろす。
その時、ギルドの入口付近にいた男たちの話し声が、俺の耳に届いた。
「おい、聞いたか? さっき隣町から来た魔道士が言ってたんだが……」
「例の闇ギルドの賞金首が、手下もろとも全滅させられたって話か?」
「ああ! 100人以上の構成員と、元・聖十大魔道士候補のマスターがひとりで叩き潰されたらしい。現場は黒い瘴気で埋め尽くされてて、まるで地獄絵図だったそうだ……」
「恐ろしいのは、それをやった魔道士の特徴だよ。全身に黒い服を纏った青年で、腕や脚が赤黒い鎧みたいな外骨格に覆われてたらしい。怪物みたいな爪で一瞬で切り刻まれたって……」
話が広がるにつれ、ギルド内にはざわめきが広がっていく。
カウンターの奥でその噂を聞いていたミラジェーンは、眉をひそめて手元の書類へ視線を落とした。
「……マスター。その闇ギルドのアジトがあった場所って、ハルトくんが行っていた村のすぐ隣の領域ですよね?」
「ん? うむ、確かに距離的には目と鼻の先じゃな。それがどうした、ミラ?」
マカロフが不思議そうに首をひねる。ミラジェーンは一瞬だけ言葉を詰まらせ、そっと遠くの席に座る俺の背中に視線を向けた。
ポツンと一人で座り、静かにグラスを見つめている黒服の俺。
「ハルトくん……まだ私達に一度も魔法を見せてくれていないんですよね……」
「む? まぁ、本人が特訓中と言っておったからな。じゃが、今回のA級クエストを無傷でこなすほどだ。体術か、何か基本性能が高い魔法なのかもしれんのう」
「……そう、ですよね」
(まさか……ね……)
ミラジェーンは心の中で小さく首を振った。
噂の男の特徴である『黒服の青年』。俺の服装と重なる部分はある。だが、俺はいつも物静かで、ギルドに入った時も謙虚で大人しかった。
あんなに大人しくて素直そうな子が、100人を血の海に変えるような、恐ろしい闇の邪悪な魔法を使うはずがない。きっとただの偶然か、噂が尾ひれ尾尾をつけて大袈裟に伝わっているだけだ、とミラは思った。
(考えすぎよね。……あの子が、そんな恐ろしい化け物みたいな真似をするわけがないわ)
そう自分に言い聞かせ、ミラジェーンは優しげな微笑みを浮かべてグラスを拭き直した。
そのカウンターの遠く背後で、俺は誰にも気づかれないよう、袖の陰で固く拳を握りしめていた。
服の下で、あの赤黒い外骨格の残動がバチバチと小さく黒い火花を散らしているのも知らずに。