2026年8月30日にSS速報VIPに自分が投稿したものを、再校正して投稿しています。
また、いくつかのまとめサイトさんでまとめてもらっています。
なお、ハーメルン転載のための校正時に、AIの力を借りて誤字脱字衍字の検出を行っています。
文章自体はAIの力を借りていません。

なお、次の作品履修前提で書いています。
葛葉ライドウ対超力兵団またはRAIDOU Remastered:超力兵団奇譚
葛葉ライドウ対アバドン王
艦隊これくしょん -艦これ-
ただし、いずれも雰囲気だけ知っていれば違和感なく読めると思います。
また、艦これについては設定の一部のみを引用しており、ゲーム中に登場する艦娘は一切登場しません。


帝都新報の紙面を賑わす、帝都近海における連続沈没事件。
馴染みの帝都新報記者朝倉タヱから、その事件には化け物が関わっているとの情報提供があった。
興味を抱いて調査を進める内に、ライドウは見慣れぬ悪魔と遭遇する。
やがて世界の海を脅かしかねない未知の悪魔に、ゴウトとともにライドウが立ち向かうお話です。

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暁の水平線に勝利を刻みなさいっ!


第1話

 帝都の筑土町矢来区、その一角には銀楼閣という今風のビルヂングが建っている。その三階には鳴海探偵社という、一風変わった事件を専門とする探偵事務所があった。

 ここしばらく依頼もなく、鳴海探偵社は平和な暇を享受していた。

 事務室内には二人と一匹。

 学生服にマントを羽織った美丈夫、葛葉ライドウは壁に背を預け、無言でたたずんでいる。その足元では翠眼の黒猫が暇そうに座っていた。

 そして、探偵社の主、鳴海昌平はトーストを齧りながら新聞、帝都新報を読んでいた。

 帝都近海で船舶が続々沈むという事件が発生し、ここしばらく紙面を賑わしている。

 そんな記事を読みながら、珈琲を啜っていると、探偵社のドアーが開き、一人のモガが現れた。朝倉葵鳥を名乗る帝都新報の記者、朝倉タヱである。

「おはようライドウくん。珈琲お願いできるかしら? ついでに鳴海さんもおはよう」

 これから鳴海が口にする言葉をほぼ正確に推測しながら、ライドウは珈琲を淹れるために席を外した。

「はぁ、あのねぇタヱちゃん。これを言うのは何回目かも分からないけど、うちはカフェーじゃないの。

探偵社。で、所長は俺で、ライドウは助手。俺がついで扱いなのはおかしいでしょ?」

「あのねぇ、鳴海さん。これを言うのもこれを渡すのも何回目かも分からないけど、私は帝都新報の敏腕記者、朝倉葵鳥。

 そう呼んでくれるまで、『ついで扱い』を改めるつもりはないわ。

 まあ、誰がついでか、なんてそんなつまらないことはどうでもいいのよ。それよそれ、鳴海さんが読んでる記事。

 いい文章でしょ。私が書いたのよ。その連続沈没事件の記事、で、実はこの事で面白そうな話を持ってきてあげたのよ。

 この連続沈没事件には化け物が関わっているという噂があるの」

 タヱ曰く、沈没した漁船の乗組員が瀕死で丘にたどり着き、証言した内容によれば、見たこともない得体のしれない化け物が船を砲撃し沈めたとのことであった。

 その船員はその後しばらくして意識を失い、病院で治療を受けるも未だ意識が回復しないとのこと。

 寝耳に水のような話に、ライドウと鳴海は顔を見合わせた。それを見て、タヱは露骨に肩を落とす。

「変わった事件専門の探偵社、鳴海探偵社であれば何か情報をつかんでいるのではないかと考え、情報のすり合わせを期待して来てみたけど……

 まあ、知らないものはしょうがないわね。あくまでも伝聞だしね」

 珈琲を飲み終わったタヱは、当てが外れたと言って帰っていった。

 タヱが帰ってなおしばらく考え込んでいた鳴海は、不意にライドウのほうを向き、声を上げた。

「なあ、ライドウ。少し調べてみないか? ただの勘違いならいいが、本当に悪魔の仕業なら、俺たちの領分だろ?」

 ゴウトもそれに続けた。

「ふむ、噂とはいえ化け物……悪魔が帝都近海の海を荒らしているのであれば放置はできないな、ライドウ?」

 ライドウは、鳴海とゴウトに強く頷いた。

 

 

 

第壱章 探偵と船

 

 翌日、ライドウは漁業の勉強のためと偽装して帝都外れの漁港を訪れていた。

「おう、書生さん。世に数多ある仕事の中、社会見学先として漁業を選ぶとは感心じゃねぇか。しばらく世話してやるぜ」などと快く受け入れてくれた漁師とともに数日間海に出るライドウであったが、特段変わったことは起こらず、悪魔の気配を感じることもなかった。

 最終日、これはハズレかと考えながらようやく手慣れてきた漁業に励んでいると、ふと悪魔の気配を感じた。

 視線を向けると、黒い影が波間にかすかに見えた。それとほとんど同時に轟音と共に漁船が真二つに割れる。

 悪魔から放たれた銃弾のようなものが、漁船を大破轟沈せしめたのである。

 咄嗟に漁師を横抱きに抱き、タラスクを呼び出した。その間にライドウの目に飛び込んだのは、犬ほどの大きさの正体不明の黒い流線型の悪魔である。

 一瞬祓うことも頭によぎったが、タラスクの甲羅は戦闘の足場にするほどの安定性は無いし、何より漁師の身の安全を確保せずに戦うわけにも行かない。

 漁師をタラスクの甲羅に下ろし、悪魔会話を試みるが、話にならない。しばらくの睨み合いの結果、何を思ったのか悪魔は海底へと去っていった。

 慌てふためく漁師を宥めて、タラスクに乗ったまま帰港したライドウは、その足で志乃田の名も無き神社に向かうことにした。

 

 帝都郊外志乃田、名も無き神社で本坪鈴を鳴らすと、ふと気配もなく黒服に黒い頭巾を被った女が現れた。

 彼女こそが超国家機関ヤタガラスの一員である。

 ライドウは名前を知らないため、ヤタガラスの使者と呼んでいる。

「どうしました。十四代目葛葉ライドウ?」

 ライドウは、これまでの経緯をヤタガラスの使者に説明した。

「なるほど、十四代目葛葉ライドウもこの件に行き当たり、加えて、すでにその悪魔と相まみえましたか」

 どうやらヤタガラスの使者によると、民間からの陳情が海軍にも届いているようで、海軍も調査を行うこととしているようである。

 海軍は正体不明の悪魔に遭遇した人物を調査協力者として求めているが、生還した事例はわずか数例。

 生還後も意識不明が続いている事例がほとんどで、ライドウと漁師の事例が唯一行動可能な生還者であったようだ。思った以上に危険な橋だったようだ。

 海軍は情報に飢えているようなので、世話になった漁師は、当時の状況と引き換えに補償を受けられるようヤタガラスで采配してくれるようである。

「さて、十四代目葛葉ライドウ。本来ならもう少し情報の確度を上げてから、あなたに話を持ち込む予定でしたが、既にこの件に関わっているならば是非もありません。

 海軍と協力しこの件の調査を。また帝都守護の悪魔召喚士として悪魔が帝都に仇為す者であればその撃破を命じます。行きなさい、十四代目葛葉ライドウ」

 

 翌日、東京湾上に浮かぶ二等駆逐艦樅型一番艦樅、以前戦った超力戦艦ヤソマガツとは比べるべくもないが、それでも巨大と言える艦にライドウは乗っていた。

 樅の艦長は化け物の存在を信じておらず、今回の任務に消極的で、ライドウの付き人を命じられた軍人以外はライドウを冷遇していた。

 付人は元陸軍所属らしく、以前の超力兵団事件後の軍の再編成の際に海軍へと移籍したようで、陸軍訛りが抜けないと愚痴りながらも親切に色々と教えてくれた。

 気さくな付人の話によれば、駆逐艦というのは軍艦の中でも小型であるが、外洋航行も出来、体躯で遥かに勝る戦艦や巡洋艦相手に臆せず接近し、限られた兵装で葬り去る。

 軍用艦の中でも最も勇猛果敢な艦艇こそがこの樅をはじめとした駆逐艦であるとのことであった。

 ライドウ、ゴウトがほうと感心し、正に軍艦の中の軍艦と呟くも、当の付人にそれを否定された。

「残念ながら、駆逐艦は軍艦の中の軍艦とは言えないのでありますよ。

 軍艦外務令上では……要するに対外的には軍旗を掲げて軍人を乗せた船は全て軍艦となっとりますので駆逐艦も当然軍艦と言えるんであります。

 しかし、艦船令上では……ひらたくいえば国内での分類上では軍艦、駆逐艦、以下略と分類されとりまして駆逐艦は軍艦とは別の区分となっとるんであります。

 広義の軍艦ではありますが狭義の軍艦ではないので、軍艦の中の軍艦と言ってしまうと誤りとなってしまうのであります。

 ここで大切なのは、艦船令では軍艦と駆逐艦が並列に並んでいる事でありますな。

 戦艦だの巡洋艦だの航空母艦だのは図体ばっかりでかくて海軍の顔の様に思われとりますが、奴等有象無象を全部をひっくるめてようやく軍艦という分類になるんでありますよ。

 対して駆逐艦は駆逐艦だけで軍艦というくくりと同列に扱われとる証拠でありますな。

 他、同列に扱われる類別として潜水艦、水雷艇、掃海艇がありますが、潜水艦は海に潜る特技で別に扱われとるだけであります。

 水雷艇は、戦艦をも撃沈せしむる駆逐艦に似た見所のあった類別でありましたが、結局は駆逐艦に駆逐される運命にある哀れな類別。

 その活躍の場を駆逐艦に奪われて久しく、お情けで類別標準に載っているだけであります。

 水雷艇に出来ることは駆逐艦にも出来るのでありますから当然でありますな。

 掃海艇は機雷の除去を担う重要な類別でありますが、敵艦を撃破する様な艦ではなく、帝国海軍の花形とは言えないであります。

 まあ他の類別の艦も駆逐艦に出来ない幾ばくかの役割を頑張っとるようでありますが、やはり我ら帝国海軍の花形は、この樅の属する駆逐艦でありますな。

 わはははは。耐久性? そんなもの知らんであります。敵弾など当たらなければ良いのであります。

 駆逐艦の兵装と速力、大和魂、海軍魂、水雷魂と舟魂様の御加護があれば敵弾を避けて通るなど朝飯前であります。

 まったく、駆逐艦は最高だぜ!!……であります」

 妙に早口で長々と語った付人は、ついでとばかりに、舟魂についての概要も語ってくれた。

 それによれば舟魂とは艦船の守護者として祀られた神が艦船と一体と成ったものだ。舟魂は山の神同様女性型であることが多いようだ。

 とにかく言葉数と言葉の圧が強く、ライドウもゴウトも圧倒されながら、口をはさむこともできずにただ聞くしかなかった。

 長話はまだ続くらしい。

「しかし、不本意千万なことにこの二等駆逐艦樅は来年の退役が決まっているであります。

 姉妹艦は従軍し続けると言うのに、長女たる樅だけが無理矢理退役させられるとは……!

 乗員として憤懣やる方ないですが、それ以上に駆逐艦樅の気持ちはいかばかりか。それを考えるとただただ悲しいばかりであります。

 はぁ……樅を下ろされた自分はどの艦に乗せられるんでありますかな。

 榧、梨、竹等樅型駆逐艦であれば最高ですが、新鋭の特型駆逐艦、綾波型の潮や舞鶴で建造中の九番艦漣も良いでありますな。

 間違えても戦艦や巡洋艦などの大女ども、特に神通や那珂には乗りたくはないであります。

 やはり女は……もとい艦船は駆逐艦くらいの小さいのが最高でありますよ。

 水雷魂が勃起する!! であります。ぬははは」

 品のない叫び声に辟易しながらも甲板で付人の終わりのない話に付き合っていると、偵察に出していたモー・ショボーから化け物発見の報告があった。

 それから少し遅れて艦上が騒がしくなる。艦橋からの通達によれば海軍側も目標の化け物を確認した様である。

 相手からは巨大な駆逐艦樅がはっきりと見えているだろうが、こちらからは敵を目視できるギリギリの距離。

 直接ライドウが手出しできる距離ではないし、仮に近付いたとしても、水面と甲板の高低差からまともには戦えまい。

 しかし、それらのことは駆逐艦樅に乗る前より十分承知の上であった。

 ライドウは、胸の封魔管からジャックランタンを呼び出しモー・ショボーと共に出撃させた。

 文字通り風の如く飛ぶモー・ショボーに手を引っ張られて、悲鳴をあげながら飛ぶジャックランタン。

 僅か十秒ほどで接敵した二体の仲魔はそれぞれ、衝撃属性、火炎属性の攻撃魔法を浴びせる。

 幾多の悪魔合体を経て、ライドウと長く連れ添った彼等の練度は高く、繰り出す魔法は中位程度の野良悪魔ならば容易に葬れる程のものである。

 しかし、その魔法を受けた敵悪魔は無傷とはいかないまでも健在の様で、応射している様であった。

 時折、駆逐艦樅にも砲撃を仕掛けてくるが距離が空いているせいか直撃弾はない。しかし、水柱の大きさからその高い威力が窺がわれた。

 駆逐艦樅の耐久性は分からないが、直撃弾があれば人的被害も大きいはずである。

 となれば仲魔に庇って貰うのが常套手段だが、弱点ではないものの銃撃属性耐性の弱いモー・ショボーとジャックランタンでは役者不足、一撃で大きな被害を受けかねない。

 火炎属性と衝撃属性は無効化されているようであるし、ライドウは二体の仲魔を召し寄せ、銀氷管属のアリオクと雷電管属のアスタロトと入れ替えた。

 二体とも普段から連れている仲魔ではなく、今日の為に新たに悪魔合体によって産み出してきた仲魔である。

 いずれも銃撃属性無効の防御相性を持つ上級の悪魔で、アスタロトは飛行能力、アリオクは海面を凍らせて足場を作る能力を持つ。練度は低くとも今回の敵を相手取るに有利に戦えるであろう仲魔である。

 二体の仲魔が海原へ飛び出したころ、駆逐艦樅と、敵悪魔の砲撃戦が始まった。

 予想以上に強い砲声に顔をしかめて耳を塞ぎ、仲魔の様子を見つめる。

 弾道の都合上、海面を行くアリオクは接敵しなくては盾になれないが、空を行くアスタロトは樅に当たりそうな砲弾を全て身に受け、しかしそれを意に介せず敵へ向かう。

 その間にたどり着いたアリオクの氷結属性魔法は無効化されているようであるが、周囲の海水を凍らせ、動きを封じる役割をはたしているようであった。

 遅れたアスタロトの電撃属性魔法は耐性もなく有効な様であるが、海水が電撃を散らし、いまいち効率が悪い。

 と、樅の砲弾が的中したようだ。着水音とは明らかに違う音が聞こえるが別段朗報ではない。

 耳慣れたこの音は悪魔が属性相性によって攻撃を無効化している音であった。銃撃属性無効の防御特性を持っているらしい。

 むしろ氷の枷を砕き自由を与えてしまった。無為な砲撃を止めさせたいが海軍にとって外様で若輩のライドウの言うことなど聞くまい

 アスタロトの槍やアリオクの剣も敵を捉えているが、やはり耐性があるようで効果は振るわない。

 ライドウには物理・銃撃属性耐性を無視する貫通と呼ばれる類いの技能がある。

 永世ライドウを名乗ることを許された責任とそれによる決意がもたらした技能である。とはゴウトが分析であった。

 その技能の効果は仲魔にも及ぶが、その前提としてライドウとの高い信頼関係、忠誠心、そしてライドウからさして距離が離れていないことが挙げられる。

 仲魔になりたての二体では高い信頼、忠誠など望めないし距離は見ての通り離れている。貫通の効果は期待できない。

 アリオクを召し寄せ再度作らせた氷の足場を伝い、ライドウ自身が接敵し長く連れ添っている蛮力属の仲魔と共に戦う手段もあるにはあるが、敵や樅の二方向からの砲撃が飛び交う中狭い足場に身を投げ入れるのは戦術上得策ではない。

 攻撃の効率は悪いが、敵の攻撃手段である砲撃が効かないアリオクとアスタロトが倒しきるのを待つか、危険を承知でライドウ自身が接近し短時間で仕留めるか。

 敵砲弾がアリオクとアスタロトの盾を掻い潜り、駆逐艦樅にまぐれ当たりする危険を小さくする為の選択肢が後者であるが、現状その危険は小さいし、その為に一時的に盾を減らすのもまた危険。

 軽く悩んでから二体の仲魔に任せる決断をして暫く、双眼鏡で敵方を見ていた見張員が声を張り上げた。

「雷跡多数見ゆ! 敵はあの小さな体に無数の魚雷を装備している様子!」

 数秒後、船体が傾く。被雷したわけではなく、回避のために舵を切ったようであった。

 艦首があと少しで敵に正対するというころ、放送が響く。「総員何かに捕まり対衝撃姿勢! 被雷まであと五秒、三、二、一」

 言わなかったのか轟音にかき消されたか、零の声は聞こえなかったがそれが気にならないほどの衝撃が艦を襲った。

 船体が徐々に傾き出すのを感じる。何処からか「左舷に被雷二、損害は甚大、交戦の継続は困難」との声が聞こえる。

 となれば撤退しかないだろうが、敵が素直に逃がしてくれるとは思えない。

 砲撃は仲魔が無力化しているが今の魚雷を再び撃たれては今度は沈没しかねない。

 ライドウは、一瞬の迷いもなくアリオクを召し寄せ、氷の足場を作らせた。そのままアリオクの後を追いながら敵を目指して海上を進む。

 敵の砲弾はマグネタイトを纏わせた陰陽葛葉で防御すれば凌げそうな威力ではあるが無傷とは行かないだろう。彼我にアリオクを挟むよう移動する。

 幸いにも敵が再度雷撃するよりも早く接敵に成功した。

 アリオクの影から飛び出し、照準を許さぬほどの早業で陰陽葛葉を閃かせる。煉獄撃刃・壊・塵と各々よばれる三連斬である。

 煉獄撃・刃が敵を切り裂く頃にはアリオクは管に戻され、煉獄撃・塵の後の隙を埋めるように、ライドウの頭上にはヨシツネが召喚されている。

 落下しながらの雄叫びと共に繰り出される愛刀薄緑が敵に食い込んだ。

 煉獄撃刃・壊・塵と、召喚直後のヨシツネの奇襲は、ライドウが好んで使う連携であった。

 ヨシツネの一撃で遂に力尽きた敵はマグネタイトを撒き散らし、何か仄かに光る玉を残して希薄になりながら沈んでいった。

 呪殺属性の耐性を試していなかったが討伐が優先である。同じ悪魔が現れた時に試せばよいだろう。

 陰陽葛葉に付いた穢れを払うため虚空を一閃、腰の鞘に納刀する

 ライドウに遅れて付いて来ていたゴウトが、仄かに光る球を見て唸る。

「ライドウよ。悪魔が残していったその玉。気になる。しかるべき相手に見せれば相手の正体に迫れるかもしれん。回収しておけ」

 ゴウトの言葉に頷き、謎の玉を懐に仕舞うと同時に、ヨシツネは爆炎に包まれた。氷の足場にも大きな亀裂が入る。

 たまたまライドウの立ち位置はよろける程度で済んだが、亀裂のうえに立っていればただでは済まなかっただろう。落水し、氷に挟まれ致命傷を負っていたかもしれない。

 新たに現れた敵の砲撃によるものであると一瞬遅れて気付き、アスタロトに時間稼ぎを頼みつつヨシツネを召し寄せたところ重傷を負っていた。

 継戦困難と判断してヨシツネを管に戻し代わりにアリスを呼び出す。アリスの無垢の笑顔とは裏腹に禍々しい呪殺属性魔法が周囲を支配した。

 この悪魔は呪殺属性を吸収する防御相性を持つらしく、電撃属性魔法による傷が塞がる。その隙に敵は海中へ潜った。

 奇襲を終えたためか、不意に回復させられて戸惑ったのか、撤退の為に潜って行ったようである。

 念のため数分間、残心のまま待つが再び現れる気配はない。ようやくライドウは構えを解き、仲魔を管に戻した。

 遠目に見える、回頭する樅に戻るためモー・ショボーを召喚した。

 

 喧騒に包まれる甲板の上、目立たぬように人気のない場所に降りた。

 ライドウを抱えて飛んだことで、疲労困憊のモー・ショボーは、言葉もなく封魔管に帰っていった。

 聞こえてくる声によれば、軽傷者は多数居るものの死人は出なかったようだ。また、継戦不可とはいえ、少なくとも沈没するような心配はなく、多少速度が落ちるくらいでその他には航行に支障のない程度の損傷ですんだようである。

 とはいえ、主砲が直撃したにも拘わらず、相手が健在であったことが衝撃であったのか、単に駆逐艦樅の被害に落胆したか士気は目に見えて低く、陰鬱な雰囲気が漂っていた。

 そんな中、ライドウに話しかける声がする。

「もし、そこの悪魔召喚師さま」

 周囲を探ると希薄な思念体がいた。話し掛けたのはこの思念体のようだ。

「このような姿で失礼します。私はこの駆逐艦樅の舟魂であり、樅の全ての乗員の魂の残滓であり、樅自身でもある者です。

 既に私の乗員からお聞きおよびのとおり、私は来年の四月には退役が決まっています。

 それに加えてこの大破に近い損傷。おそらく帰港後一度も港を離れぬまま退役、解体が待っていると思われます。

 私は口惜しいのです。大破したこと、退役すること、解体されること。これ自体は兵器と生まれた身として、何ら差し支えありません。

 妹たちを置いていくことになるのも、悲しく不甲斐なくはあっても不満はありません。

 しかし、この度海軍より受けた『謎の化け物を討伐し帝都の海に平穏を取り戻せ』との命令を果たせぬままとなることが口惜しくてたまらないのです。

 そこでお願いです。先程化け物を屠った悪魔召喚師であるあなたさまにお願いするのです。

 私を仲魔として使役し、かの化け物を退治させてほしいのです」

 思念体の言葉にゴウトが唸る。

「ウーム……確かに、うぬは我らの言うところの悪魔の一種ではある。仲魔として使役することも可能であろう。

 だがうぬは悪魔として弱すぎる。

 艦船としてのうぬは、戦闘を行うに十分な強さを持っているようだが、悪魔としてのうぬは精々思念体程度の存在でしかない。

 そんなうぬを使役したところで戦力にはなるまい。下手をすれば死ぬことになる。

 命令を果たせなかった無念は解らぬでもないが、舟魂として船を護り、解体前にうぬの勧請元の神社に帰るというわけにはいかぬのか?」

 舟魂樅は、そんなゴウトに、丁寧に礼をしつつも反駁する。

「心遣い痛み入ります。しかし今の私は神である以前に軍属。

 衆合された今の神格と、この鋼鉄の身体は皇国の臣民を護るために作り出されたのです。

 臣民の盾となり矛となりながら散るは本望。

 そして、私が悪魔として力不足であることは存じておりますが、悪魔合体なる術も存じております」

 その言葉を聞き、さらにゴウトは唸る。

「ウーム……悪魔合体を行えば確かにうぬも強靭な悪魔へと生まれ変わるかもしれぬ。

 だが、合体の結果生まれるのはうぬではなく別の悪魔。

 駆逐艦樅の舟魂としてのうぬは消えてしまう」

 それでも舟魂樅は食い下がった。

「しかし合体を経ても私の意思は消えない。

 あなたの仲魔が持つ思い出特技と呼ばれる分類の技能。

 あなたたちがボルテクス界で見た混沌王の古き友、小さくとも強力な彼女の事例がそれを証明しています」

 ゴウトは驚愕して、一瞬絶句した。

「……なぜうぬがそれを知っているのだ? 思い出特技の件はともかく、あの世界の件をうぬが知るよしはないはず」

「言ったはずです、私はこの駆逐艦樅の舟魂であり、樅自身でもあり、樅の全ての乗員の魂の残滓でもあると。

 樅の乗員とはあなたたちも例外ではないのです、つまりあなたたちの魂に刻まれた記憶は私の記憶でもあります」

「……なるほど、その上で悪魔合体を望むならば、もはや我々の説得は通じまい。

 ライドウよ。こやつの願い、聞き届けてやっても良いと思うのだが、どうだ?」

 このまま解体される船とはいえ、軍用艦の舟魂である。それを連れ出す事を海軍が許すかはともかくとして、新たな悪魔が仲魔になることはライドウも望むところである。

 ライドウは舟魂樅に首肯して答えた。

「ありがとうございます。それでは挨拶がわりにあの化け物について判ったことをひとつ。

 あの化け物の正体は艦船です。私と同様舟魂なのか、付喪神となったか、元々あのように作られたのかはわかりませんが、艦船であることだけは同じ艦船として確信できるのです」

 ゴウトはそれを聞いて、少し考え口を開いた。

「ふむ、漁師とともに遭遇した際には、奴等は深海に帰っていったとのことであったな。

 先程奇襲してきた二陣目の悪魔も海中に潜っていった。

 艦船とすれば潜るのは不自然な気もするが……」

「確かに、先程海中に潜っていったのを私も確認しました。

 であれば深海へと沈没した船が悪魔化したか、深海を根城とする悪魔が作った船か……

 発生源について推測ならば語れますが結論は得られないでしょう」

 判然としない敵の正体にゴウトは悩みながら言葉を発する。

「いずれにせよ深海に棲む艦船があの悪魔の正体か……では今後は便宜上『深海棲艦』と呼称しよう。

 さて、撃滅は叶わなかったが、深海棲艦の正体、戦闘能力、複数いることが明らかになった。

 港に着いて海軍に挨拶を終えたら探偵社に帰り鳴海に報告しよう。

 そのあとは、舟魂樅の悪魔合体についてヴィクトルの奴に相談するのが良かろう。

 ついでに、深海棲艦の残した謎の玉も奴に見せよう。悪魔由来のものの鑑定は奴が適任だろう。

 そのほか、ライドウが海上で戦える方法、足場や乗り物についても相談してしまえ。悪魔のことからはちと離れた話題だが、相談するだけタダだ。

 うまい知恵があるかもしれぬ」

 ライドウも異論は無かった。

 ゴウトに頷いて返し、空いている封魔管に舟魂樅を封じると、手伝いを申し出るため艦橋へとむかうのだった。

 

 駆逐艦樅を降りたライドウを待っていたのは鳴海と川野定吉であった。

 川野定吉は、以前、超力兵団事件の際に出会った海軍士官である。

 鳴海が大きく手を振って駆け寄ってくる。

「ライドウ! 心配したぜ」

 定吉もゆっくりと歩み寄りながら声を上げた。

「おおっ! 葛葉氏。無事で何よりです」

 駆け寄ってきて、目の前で息をついた鳴海が、嬉しそうに語る。

「ライドウの乗った軍用艦が大破したって聞いて、居ても立ってもいられず飛び出して来ちゃったよ。

 まあ、軍港の入り口で川野将校殿に会わなければ入ることもできずに足止めを食らっていたけどな。見たところ怪我もないようだし、要らない心配だったかな」

 言葉を切り、心底嬉しそうな鳴海はライドウの肩を叩いた。

 それを見ながらゴウトが告げる。

「フム、鳴海と定吉がここに来ているとは予想外であったが、好都合だったな。

 探偵社に戻る手間も、この軍港の要人に挨拶する手間も省けそうだ。

 ライドウよ、二人に事の次第を報告し、事後処理はすべて任せてヴィクトルの奴を訪ねるとしようぞ」

 ゴウトの声が、猫の鳴き声にしか聞こえない鳴海は、何を勘違いしたのかゴウトに向き合った。

「お、ゴウトちゃんのこともちゃんと心配してたぜ、だからそんな寂しがって拗ねたような声で鳴かなくても良いんだぜ」

 言いながら鳴海は素早くゴウトを抱き上げ、頭から顔にかけて執拗に撫で回す。

 不意を突かれたゴウトはガッチリと掴まれ逃げられないようだ。鳴海は調子に乗って腹や背中まで撫で始めた。

「ぶっ、バカ、やめろ。やめんか、そんなことは微塵も考えておらんわ。ちょっ……くすぐった……ライドウ……たすけてくれ……」

 ライドウは、鳴海を制止し、艦上での出来事を詳細に報告した。鳴海の手が緩んだ隙にゴウトは抜け出し、鳴海から距離をとる。

「なるほど、深海棲艦か。

 二体だけのはぐれ悪魔なのか、一大勢力を持った未知の存在なのか測りかねるな。

 でも今まで全く判っていなかった敵の存在、性質が明らかになったのは大成果だ。

 しかも現れた深海棲艦二体の内、一体を仕留めるとは流石はライドウだぜ。

 いやぁ、ヤタガラス経由とはいえかなり無理を言ってライドウの乗艦を認めさせたからな。

 これで成果がなければ、海軍から嫌味を言われるだけじゃすまないところだったぜ。

 そんなことになったら、また顔の形が変わるほど何処かの将校殿に殴られていたかもしれないな。わはははは」

 鳴海は頭をかきながら冗談めかして軽い口調でいう。

 その言葉を聞き、所在なさげに定吉が口を開いた。

「へへへ、鳴海氏。やっぱり気にしちゃってます?

 でも我が帝国陸海軍は必要もなく帝国臣民に手を挙げたりはしないですから。

 それに今度の件は海軍兵士はともかく上層部やぼくからすればありがたかったんで、例え成果がなかったとしても感謝ですよ」

 定吉はへへへと笑いながら頭を掻き、さらに続けた。

「それはそれとして葛葉氏。ぼくの口からは言えないんですが、ちょっと困った事がありまして。

 このまま帰ってもらっちゃ、ちょっと困るんです。ぼくの言いたいこと、わかってもらえます?」

 ライドウは、モコイを召喚し読心術を試みた。

 定吉の心の声が聞こえる。

(葛葉氏、もし私の心を読んでいたら右手を挙げてほしい。

 ……読んでいるようだな。舟魂樅は帝国海軍所属であるため勝手に連れていってもらっては困る。

 他方で、葛葉氏が超国家機関ヤタガラスの下活動しており、舟魂樅自身が葛葉氏と行動する事を望んでおり、何より葛葉氏が帝都の平穏のために行動していることも承知しているため舟魂樅の同行を制止するのも憚られる。

 舟魂樅の今後の処遇については、私一人の判断には余るので上層部に照会したい。

 暫し時間をもらえないだろうか? もし良ければ、咳払いをしてほしい)

 ライドウはわざとらしく二三度咳払いをした。

 定吉は「ちょっと待っててください。へへへ」と言い残し近くの建物へ入っていった。霞台との通信の為だろう。

 鳴海も察したようで、その行動に言及せずに口を開いた。

「ともあれ状況は判った。お疲れさまだったなライドウ。

 舟魂樅を連れていけるって前提の話になっちゃうけど、舟魂樅を悪魔合体する際、艦としての性質を強く残した、それこそ今話に聞いた深海棲艦の様に悪魔と軍用艦の中間みたいには出来ないのかな。

 俺は悪魔合体……と言うより悪魔自体をあまり理解していないが、もしそれが可能なら、舟魂樅も現状の自分に近くてやり易いだろうし、何より深海棲艦との戦いが有利に進められると思うんだ」

 ゴウトは鳴海の言を検討し、一理あると口を開いた。

「あながち無茶な素人考えというわけでも無さそうだな。

 我も悪魔合体について特別詳しい訳でもないが……

 ヴィクトルは悪魔と剣を合体させるシュミットなる儀式すら実現させる男だ。

 奴なら可能かもしれぬ。

 そして仮にその様なことが可能ならば確かに頼りになるな。

 先ほどの戦いでもライドウの仲魔が海上戦闘に不向きであると証明されていた。

 疾風管属の仲魔なら海上の不利は小さいが、深海棲艦の奴等は衝撃属性に高度な耐性を持っている。

 だが、舟魂樅が船に近い悪魔になれば心強い。

 戦うために造られた艦船の魂が船の特徴を色濃く残した悪魔になればそれは海上戦闘の泰斗とも成りうる筈だ。

 とは言え、先ずは海軍からの許可と、本人の意向の確認だな。

 それが確認でき次第、業魔殿でヴィクトルの奴に相談するとしよう。

 もとより、舟魂樅の悪魔合体については奴に相談する予定だったのだ。

 合体後の方向性に要望が加わっただけだ。こちらとしては手間は増えぬ。

 ついでに深海棲艦の落としたあの玉を奴に見せるのと、海上戦闘の件についても忘れぬようにしなければならぬな」

 話がまとまり、暫し海を眺めて時間を潰していると、定吉が駆け寄ってくるのが見えた。

 ライドウは再び読心術を試みた。定吉の心の声が聞こえてくる。

(葛葉氏、もし私の心を読んでいたら、自らのもみ上げを触ってほしい……

 読んでいるようだな。

 帝国海軍では舟魂樅の処遇を葛葉氏に一任することを決定した。

 ただし、この一件が片付くまでの一時出向という扱いとしたい。

 悪魔合体の秘儀を用いたとしても、合体後の悪魔を樅として返してほしい。

 また、帝国海軍においても、此度の敵の呼称に、氏の提案する深海棲艦を採用することとなった。

 是非とも帝国海軍の誇る駆逐艦樅、その舟魂の力を持って深海棲艦を蹴散らしてほしい。

 御武運を祈る)

 定吉の心の声に頷いて返すと、定吉は踵を返し去っていく。

 ライドウ達は鳴海に定吉とのやり取りを説明し、軍港を後にした。

 

第壱章 探偵と船 完

 

 

 

 

 

第弐章 艦であり娘であり

 

 築土町矢来区、鳴海探偵社の入っている銀楼閣から程近い雑貨店、金王屋。ライドウとゴウトはその地下を訪ねていた。

 そこではヴィクトール・フォン・フランケンシュタインと名乗る、怪しい風体の白衣の外国人男性が、業魔殿という施設を設けている。

 なお、ヴィクトールは、ライドウ達に自らのことをヴィクトルと呼ばせていた。

 そのヴィクトルが、深海棲艦の残した仄かに光る謎の球を食い入るように観察している。

「ふむ、これが深海棲艦とやらが残した玉か……ムゥ、まさか……しかし、否定も出来んな……」

 地下深く薄暗い地下室に、ところ狭しと並んだ怪しい機材の数々。

 それらに囲まれて唸るヴィクトルは、顕微鏡のようなものの台座に球を置き、鏡筒を覗き込み、手元で何らかの操作をし始めた。

「……この検体からは、深海棲艦の素性を確定することまでは出来んが、興味深いことはわかったぞ」

 鏡筒から目を離さぬまま、ヴィクトルがライドウに声をかける。ゴウトがそれに問い返した。

「何がわかったのだ? 早く教えろ」

「まあ待て、まだ推測に過ぎん部分も多い。

 それより先に、他の相談事の話をしよう。

 葛葉の連れたその舟魂樅を悪魔合体で海上戦闘に優れる悪魔にすること。

 葛葉本人が海上で戦える方法、足場や乗り物について心当たりがあるか?

 だったな」

 ヴィクトルは目を閉じ、手袋に被われた手を蠢かせながら悩み出した。

 脳裏で複雑な計算を行っているのだろう。小さな声で「あれをこうしてそれがああなって」等と呟いている。

 そして突如眼を開き叫んだ。

「喜べ、葛葉ァ! ひとつ心当たりがある。

 その二つの相談、吾輩が同時に解決してやろう!」

 ヴィクトルは興奮が押さえきれないといった様子で続ける。

「我が輩が研究している物の一つに造魔合体なる技術がある。

 造魔合体に錬剣術(シュミット)の技術を応用し、舟魂樅を造魔とすれば、葛葉の希望は叶う。

 我が輩が保証しよう」

 ゴウトは初めて聞く単語に目を白黒させながら尋ねた。

「ゾーマだと? はじめて耳にするが、何故か氷結属性に長けた魔王級の……いやそれ以上に偉大で強力な悪魔のような印象を受ける名前であるな。

 回復魔法と相性が悪いようにも思えるが」

 何故かディアで痛手を被りそうな……等と呟くゴウトをヴィクトルは慌てて諌めた。

「まて、何を想像しているか分からんが、それ以上口にするな。それではない。

 錬金術の研鑽の果てに得たドリー・カドモン、日本語にするならば造魔素といったところか。

 とにかくその造魔素と悪魔を合体させることで産まれる人造の悪魔こそが造魔。

 限界はあるものの、術者の望んだ性質の造魔を生み出す事が出来る、技術の結晶だ。

 今回は艦の性質を色濃く残すため、錬剣術の技術を応用し、艦の素材や関連深い資材を合体させる。

 さすれば駆逐艦並の性能を持つ人間大の悪魔が出来る筈だ。

 葛葉はその悪魔に乗って戦えばよい」

 駆逐艦樅の砲撃は深海棲艦に無効化されたが、永世ライドウの技能を用いれば、新たな仲魔も深海棲艦に十分な打撃を与えられるはずである。

 ゴウトは、ヴィクトルの説明により概要を理解したようであった。

「なるほど、とにかくその造魔合体で舟魂樅を強力な船の悪魔とすることが出来るのだな?

 だが人の大きさの仲魔にライドウが乗るとは?

 人の形の悪魔でライドウを乗せる浮力が確保できるのか?」

「そこは人のかたちとなっても駆逐艦。駆逐艦同様の浮力と安定性を、吾輩が保証しよう」

 その言葉に安心したゴウトは、造魔合体においてライドウとゴウトが取るべき行動に言及した。

「では我々はドリー・カドモン、造魔素とやらを何処からか探してくれば……」

 それをヴィクトルが制した。

「それには及ばぬ。ここで先ほどの話につながるのだ。

 先程深海棲艦の遺した玉を分析した際にわかったことがあると言ったな。

 聞いて驚くなよ? 奴等の身体構成はほとんど造魔なのだ」

 ゴウトは、驚愕し叫んだ。

「何だと! では、深海棲艦は何者かが人為的に造った悪魔なのか!?」

「そこが悩ましいところなのだ。奴等が造魔素と何らかの悪魔が合体した存在であることは間違いないのだが、人為的に合体させたにしては粗が目立つ。

 滅多にあることではないが、何らかの原因により生まれた造魔素にそこらの悪魔がたまたま憑依してしまった。

 そんな印象を受けるのだ。とはいえ未熟な何者かが、造魔合体を行っている可能性も否定しきれん」

 造魔の類であることは明らかだが、その素性は分からない。

 先程のヴィクトルの煮え切らない態度に、合点がいった。ヴィクトルはさらに続けた。

「深海棲艦の創造主の素性はさておき、造魔素たる深海棲艦の遺物はすでに手元にある。

 いくらか深海棲艦の組織がこびりついていたり、造魔素の中に深海棲艦としての特徴が残留したりしているが、吾輩手ずから精製すれば問題なかろう。

 本来なら精製を行うにあたり葛葉には対価を求めたいところであるが、研究中の造魔合体に錬剣術を応用するという新発想。

 その着想を与えられた礼に無料で提供してやろう」

 ゴウトはその言葉を聞き咎め、待ったをかけた。

「まて、研究中に新発想と言ったな?

 もしかして造魔合体自体確実な技術となっていないのか?

 錬剣術の応用に至っては試したこともないのか?」

 それに対して、ヴィクトルは自信満々に答えた。

「…フ、我が輩の技術力を疑うか? 心配は無用、我輩の理論は完璧だ。

 それに造魔合体の技術自体は完成している。大船に乗ったつもりで任せるがいい……船だけにな。

 研究中と言うのは造魔の次なる高み、完全造魔の創造だ。

 そのためには数多の造魔を生み出し、データの蓄積、解析、考察が欠かせん。

 その意味で葛葉の提案は渡りに船と言える。……船だけにな」

 それを聞いて多少納得、大半不安といった様子のゴウトがこちらを向いた。

「錬剣術の応用に対しての不安は払拭されておらぬが……

 ライドウよ、舟魂樅の意見を聞いてみてはどうだ?」

 確かに合体の当事者である樅の意見を聞いていない。

 新たな合体技術を用いる危険性を知り、舟魂樅がどう考えるか確認しなければならないだろう。

 ライドウは舟魂樅を封魔管から召喚した。

 舟魂樅は封魔管の中で話を聞いていたらしい。事情の説明もしないうちに答え始めた。

「お話は聞かせていただいておりました。結論だけ申し上げましょう。

 私はヴィクトルさまを信じ、この身を委ねるつもりです。

 それで深海棲艦に抗うためのより強い力が得られるならば是非もありません。

 失敗の危険もあるかも知れませんが、危険を乗り越えずに得られる力などないのです」

 それだけ言うと舟魂樅は封魔管に帰っていった。

 ゴウトはその言に納得したようであった。ゴウトの目配せに、ライドウは頷いて答えた。

「本人がそう言うならば我も異論ない。ヴィクトルに任せよう」

「確かに任されよう。

 だが、造魔素以外の素材は葛葉に用意してもらうぞ。

 駆逐艦の性質を色濃く残した悪魔にするならば……そうだな、必要な素材は鋼鉄、弾薬、重油あとはアルミニウムといったところか。

 相応額及び手間賃を現金でも構わぬぞ、いやその方が都合がいい。

 金王屋の主人にも電気代を払わねばならんしな」

 ライドウは財布から多額の現金を奪われた。

「うぬがコツコツ貯めて財布に入る限界まで達した現金が……

 ライドウよ、心中察するに余りあるが、気を落とすでないぞ」

 ゴウトの慰めが、財布と同様寒くなったライドウの心に染みわたった。

「さて、残る問題は造魔合体のパラメーターの計算のみだ。そうだな……半年ほど時間を貰おう」

 ヴィクトルは、悪びれもせずそんなことを言い放った。思わずライドウは目を見張り、ゴウトは叫ぶ。

「半年だと!」

「そうだ、全く新しいタイプの造魔を設計するのだ。

 当然綿密な計算を要するし、その計算量を考えればどうしてもそのくらいはかかってしまう」

 呆然としたゴウトが呟く。

「……いくら何でも、そんなに待ってはいられぬ。

 ライドウよ、造魔は諦めて、他の方法で海上での戦力を求める方が得策かもしれぬぞ。どうする?」

 計算速度が問題で事態が好転しない……

 以前にも似たようなことがあったはず。

 確かロケットを飛ばしたときには、その複雑な計算にかかる問題を、ダークサマナー、ラスプーチンの助力で解決した。

 ライドウは、その事をヴィクトルに伝えた。

「ふむ、具体的にどの程度の短縮になるかはわからんが、確かにあの男の計算能力ならばかなり期間を短縮できるであろうな……」

「決まりだな。

 よし、ライドウよ。ラスプーチンの奴を探しに行くとしよう」

「では吾輩は計算に必要なデータをまとめながら待つとしよう。待っているぞ葛葉」

 

 新世界 ミルクホール そこは多くの情報、そして悪魔召喚師が集う場所。

 ライドウの探しているラスプーチンもダークサマナーとは言え悪魔召喚師には違いない。

 その居場所として最初に思い浮かんだのはこの場所であった。

 軽やかなドアベルの音を耳にしながらドアーを潜ったライドウの眼に飛び込んできたのは、ライドウの探し人、ラスプーチンが管をまく姿であった。

 ゴウトが思わずつぶやく。

「……幸先がいいな。探し人がいきなり見つかるとは」

 ライドウはヴィクトルの手により随分寂しくなった財布の中身を確認してからマスターにソーダ水を頼み、ラスプーチンの隣に座った。

 ラスプーチンは笑顔でこちらを向き、すぐに表情をゆがませた。

「OH! ……ナんだMr.ライドウですカ。Miss.キチョーが戻ってきてくれたかと思ったネ」

 ラスプーチンがキチョーと呼ぶのは、ライドウの知人、深海棲艦の件の調査のきっかけとなる情報を持ち込んだタヱである。

「タヱがここに来ていたのか」

 ゴウトの呟きに、マスターが慈愛の瞳を向けながら答えた。

「取材に訪れていらした朝倉様に、偶々顔を出したラスプーチン様が声をかけ……二三言言葉を交わした後に、朝倉様の鞄がラスプーチン様の後頭部を襲い昏倒させました。

 それはもう見事な一撃でしたね。

 朝倉様が帰られたあと、目を覚ましたラスプーチン様はずっと管をまいておられます」

 ゴウトとマスターのやり取りをよそに、ラスプーチンは迷惑そうに語った。

「Mr.ライドウ。ミーは見ての通り、深く深く悩んでマス。何の用かわからないケド、また今度にしてほしいネ」

 しかし、火急とまでは言わずとも、こちらも気を長く待っている余裕はない。

 とりあえず話だけでも聞いてみるかと考えていると、ゴウトも同じ考えであったようで助言してきた。

「……気が乗らぬようだが、こやつの協力は不可欠。ライドウよ、とりあえず交渉してみてはどうだ?」

 ライドウは、ラスプーチンに凡その事情を説明し、協力を求めた。

 ラスプーチンは多少興味を持ったようだ。

「……フフーン、要するに造魔合体のシュミレートをするのにミーの計算能力が必要ってことネ。

 フッフッフ。Mr.ライドウ。ユーは正しいネ。

 確かにミーならばその程度の計算はお茶の子さいさいヨ。

 でも、前にも言ったヨ。タダは駄目ネ」

 呆れた表情のゴウトが、吐き出すように言葉を口にした。

「……また、タヱがらみの面倒ごとを熟さねばならぬのか」

「OH! Mr.ゴウト。ユーは鋭いネ。確かにMiss.キチョーのことを頼みたかったのヨ」

 ラスプーチンは大げさに天を仰ぎながら続けた。

「以前Mr.ライドウの協力を得てMiss.キチョーとミーはお互いに理解を深めあっタ。

 でもそれ以降それまで以上にMiss.キチョーがミーに冷たいデぇス。

 今日などは出会うなり舌打ちをされてしまったヨ。

 余りのショックにその後の愛の会話の最中にミーは気絶してしまったのデス」

 それを聞いたゴウトは、冷たい口調で呟いた。

「……マスターの言を信ずるに、それは余りの精神的ショックというよりはタヱの鞄……

 まあ、物理的な打撃も確かにショックか」

「ミーが……Miss.キチョーと分かり合ったミーが思うに、Miss.キチョーはちょっと照れ屋さんネ。

 照れてミーの前では素直になれないに違いないヨ」

 ほほをわずかに染め、自らが照れながら見当違いのことを告げるラスプーチン。

 これにはゴウトの顔も引きつった。

「コヤツ……自分がタヱに嫌われていることに気づいていないのか!?

 前向きというべきか鈍感というべきか間抜けというべきか……」

 気持ち悪い表情のラスプーチンの耳にはその言葉は届いていないようであったが。

「というわけで、Mr.ライドウ。

 ユーには、Miss.キチョーと『ただの友人』として仲良いいユーには、Miss.キチョーに対して、もっと素直になるようなアドバイスをお願いしたいネ」

 それを聞いたゴウトは、一拍の間真剣に悩み、すぐにまあどうでもいいかという表情でライドウに話しかけた。

「タヱにアドバイスか……どうする、ライドウ?

 素直になるよう進言するだけではタヱにも被害は無かろうし、実害が出るような内容では……

 アドバイスによりタヱからラスプーチンへのクリティカル率は上昇しそうだが、まあコヤツ以外には実害は無さそうだ。

 この申し出、受けてもよいと我は思うが」

 確かに、素直になるよう伝えるだけで良いならば、タヱも自分も損をしない申し出である。

 これを受けることで造魔合体の助力を得られるならば、断る手はない。

 ライドウはラスプーチンの依頼を受けることにした。

「フフーン、交渉成立。

 Miss.キチョーも、良き友人のユーに言われたならばきっと素直になるはずネ。

 引き受けてくれると信じていたヨ」

 上機嫌のラスプーチンに、ゴウトは告げた。

「では、善は急げだ。早速降魔殿へ移動しよう」

 

 降魔殿、薄暗くはっきりとは見えないが、先ほどまでは無かった資材がそこかしこに積まれている。

 手元の画板の書類と資材を見比べていたヴィクトルは、ライドウが訪ねたことに気が付くとすぐに声をかけてきた。

「おお、葛葉。

 どうやら無事にその男の協力を取り付けてきたようだな。

 では早速とりかかろう」

 ヴィクトルは手招きでラスプーチンを呼び、何やら分厚い紙束を手渡した。

 ラスプーチンはフンフンと頷きながら紙をめくっている。数枚めくったところでその動きが止まる。

「これハ……深海棲艦? おかしい。奴らが活動を始めるのハ、どんなに早くても第二次世界大戦後のはずネ。

 アカラナ回廊から覗けるどの異世界であってモ、それだけは揺らがないトいうのに……」

 深刻そうな様子を見せるも一時のこと。すぐに一転、いつもの軽薄な調子に戻るラスプーチン。

「まあ、ミーには関係ないヨ。

 ミーはとにかく造魔合体に協力してMiss.キチョーと愛を囁きあうだけネ」

 いい加減な手つきで紙をぺらぺらめくるラスプーチン。

 そのペースは速く、とても真剣に目を通しているようには見えない。

 最後の一枚をめくると、ラスプーチンは紙束を近くの机に適当に放り投げた。

「どうだ?

 この造魔合体に必要なパラメーター、計算できそうか?

 時間はどのくらいかかりそうだ?」

「時間? 計算はもう終わってるヨ」

 ラスプーチンは言いながらがばりと口を開いた。

 その口の奥から細長い紙が吐き出される。

 遠目にも何かが記述されていることは見て取れたが、その内容までは分からなかった。

「ここの設備ナラ、このパラメーターで設計通りの造魔が出来るヨ。

 フッフッフ、ユーは優秀な錬金術師ネ。時代にそぐわぬ高度な技術を見せてもらったヨ」

 ラスプーチンは、ヴィクトルに長い紙を押し付けると、出口に向かい歩き出す。

 ライドウとすれ違いざまに肩をたたき呟いた。

「Mr.ライドウ。Miss.キチョーの件くれぐれも頼んだヨ。

 ミーに親切にされたとも伝えてくれると嬉しいネ」

 それだけ言い残し、ラスプーチンは手を振りながら去っていった。

 その姿を見送りながら、ゴウトは低い声でライドウに話しかけた。

「……あやつのとぼけた性格、剽軽な言動、間抜けな口調に惑わされ、つい軽く見てしまいがちだが、奴も恐るべき知識量と技術を持つダークサマナー。

 今日は助けられたが、次に会うときは敵かもしれん。

 ライドウよ、今日見たあやつの実力の片鱗、よく覚えておくのだぞ」

 ライドウは静かに頷いた。

 もとよりラスプーチンを甘く見たことはない。

 単純な戦闘能力ではライドウが上回っているが、ラスプーチンの真の強さは豊富な知識と技術に裏打ちされた手の内の豊富さにあるとライドウは考えている。

 その手の内の一つを晒して貰ったのだ。忘れる筈がない。

「やはり奴の計算能力は確かだな。この短時間でこれだけの計算を終えるとは。

 膨大な計算式の内、無作為に抽出したいくつかを検算したが完璧だ。この分では全て問題無かろう。

 よし、葛葉! 早速造魔合体を執り行うとしよう!

 先ずは舟魂樅を召喚し、合体装置に入れるのだ!」

 合体装置とは、この薄暗い地下室の最奥に鎮座する二つの檻である。

 左右それぞれに入ったものを合体させる、ヴィクトルの技術の要とも言える装置である。

 ライドウは言われるままに舟魂樅を召喚した。

 やはり封魔管内で事態を把握していたのだろう。此度も事情説明は不要であった。

「委細承知しています。

 これで私も深海棲艦と戦う力となれるのですね。

 漸く命令を果たす事が出来ます」

 舟魂樅は大人しく左の檻に収まった。

 それを満足げに見送ったヴィクトルは口を開いた。

「では、もう一方の檻に鋼材等を配置しよう。これで繊細な作業だが、我輩一人では時間がかかる。手先が器用な助手たちに任せよう」

 ヴィクトルがそう言うと、何処からともなくレオタードやら丈の短い着物やらを着た、翅の生えた掌位の大きさの少女の姿の悪魔たち、ピクシーとハイピクシーが複数体現れ資材を檻へと運びはじめる。

 疑念を抱いたゴウトが、ヴィクトルに声をかけた。

「ちょっと待て。うぬの助手はイッポンダタラではなかったか?」

「それは第一助手の話だな。あやつはいま別の用事で使いに出していてな。

 この妖精さんたちは別の助手だ。多少いたずら好きだが、腕は確か。

 なりは小さいが技芸管属の悪魔。その腕前は、我輩より葛葉たちのほうがよく知っている筈だ。

 こやつらには悪魔合体はもとより、造魔合体も仕込んでおいた。

 簡単な造魔ならば吾輩が居なくとも造れる程度にはな」

 納得したようなしないような絶妙な表情のゴウトが呟く。

「確かに技芸管属の匠の技には我々も世話になっているが、同じくらいひどい目にもあっているのだが……」

 そんな呟きを無視して、ヴィクトルがライドウに話しかけた。

「そうこう言う間に準備が出来たようだな。

 念のため最後にもう一度確認しよう。本当の本当に合体して良いのだな?」

 ライドウが頷き返すと、舟魂樅もそれに習った。

 それを確認したヴィクトルは一本のレバーを引く。

 すると舟魂樅の入った檻と資源の入った檻の扉が閉まり、鎖で遥か高い天井付近まで巻き上げられていった。

 それを見上げたゴウトが呟く。

「……いつも思うのだが、よくもまあ地下室をこんなに掘り下げ、あんなに高い装置を組み上げたものだよなぁ」

 遥か頭上の檻は雷光を纏い輝き出した。

「しかし、駆逐艦樅の性質を強く引き継ぐ悪魔……もとい造魔か。

 一体どのような見た目なのだろうか。楽しみだな、ライドウよ。

 あれだけ大きな艦船だったのだ、天を突くような偉丈夫か、いや舟魂は女性だから大女かも。

 オボログルマのように船の形状といったことも考えられる……」

 なおもゴウトがワクワクしながら呟く。

 その間にも合体は進んでいる。雷光が極まった両檻は磁石のようにくっつき合い、仕切りとなった格子が取り除かれる。

 見慣れた合体の様子ではあるが、その実初めての造魔合体。

 自ずと気が張りつめたライドウは人知れず喉を鳴らしながら見つめていた。

 やがて降りてきた檻は、床面とその中身を残し、再び天井に巻き上げられていった。

 残された床面には一つの影。濃い霞に遮られその姿は判然としないがその双眸は力強く翠色のマグネタイト光を発している。

 誰かが唾を飲む音が聞こえる。それが合図であったかのように霞が晴れる。

 その場に立っていたのは少女、いや幼女のように見えた。

 黄色いメトロ帽、白いブラウスに赤い吊りスカート。

 肩に掛けたベルトで腰付近に、駆逐艦樅に搭載されていた45口径三年式12cm砲をそのまま小さくしたような砲が一門吊られている。

 背嚢は船尾を模しており二つの小さな砲と更に小さな機銃が付いている。

 その背嚢と肩掛けの砲が、かろうじて駆逐艦樅の勇姿を思い起こさせた。

 幼女型の悪魔が、海軍型の敬礼をしながら名乗る。

「樅は駆逐管属、樅です。司令、コンゴトモヨロシク、です!」

 それを見たゴウトは大きな声で叫び出した。

「まてまて!

 そのちんちくりんの姿も納得いかんが、それより何だその司令と言うのは!?」

 ゴウトの叫びに、樅は落ち着いて答えを返した。

「勿論、召喚師さまのことですよ。猫さんのことではないです」

「こやつは悪魔召喚師であり書生であり探偵でもあると複雑な立場ではあるか、司令などという役職にはないぞ?」

 ライドウはゴウトの言葉に続くように首肯した。

 今までライドウは仲魔から、あんさん、人間、ライドウちゃん、キサマ、さまなぁ、サマナー、ライドウ、うぉまえ、ライ様等と好き放題呼ばれてきたが、流石に就いてもいない役職で呼ばれたことはない。

「あれー? でも、樅は駆逐艦だし、駆逐艦長は樅だし、司令は樅を使役するし、指揮系統上駆逐艦長に命令して駆逐隊を指揮するのは司令ですよね?

 だったら召喚師さまは司令では?」

 心底不思議という表情で樅はつぶやくが、ゴウトは納得しない。

「確かにうぬは駆逐艦であったかもしれぬが今は悪魔であろう」

「? 樅は今も駆逐艦ですよ? 樅の管属、駆逐管属ですし。

 でもまーいいや。司令は司令って呼ばれるのが苦手なんですね。

 それじゃあこれからは司令のこと召喚師さま……じゃあ長いからさまなぁさんって呼びますね?

 それならいいですか?」

 司令官でないと納得してもらえないのはともかく、その呼ばれかたには異論はない。ライドウは頷いた。

「……まあ、ライドウが良しとするなら我から言うことはない。

 時に樅よ、うぬは舟魂樅の記憶をどの程度引き継いで居るのだ?」

「全部ですよ、全部。

 猫さんが樅に乗ったとき、甲板で爪磨ぎした回数も覚えてますし」

「まて、待ってくれ、そんな事した覚えは……」

「え? 被雷したとき樅の甲板に爪立ててましたよね? 痕残ったんですよ? だから一回です」

「それは爪磨ぎではなく、ただしがみついただけだろうに……」

「じゃあ、艦内のお手洗いで用を足そうとした猫さんが、揺れに足をとられて便器に落ちそうになった時の話を詳しく……」

「わかった! わかったからもう黙ってくれ! 我の威厳が保てん!」

 ライドウは艦内で便所に立ち寄らなかった幸運に感謝した。

 そんなライドウにゴウトが声をかける。

「おい、ライドウ、こいつ性格悪いぞ。

 舟魂樅とは明らかに性格が異なるが、しかし、記憶はしっかり引き継がれたようだな」

 黙ってみていたヴィクトルが、ゴウトの言葉を補足する。

「吾輩が思うに、性格の変化は身体の変化に依るものだろう。精神はどうしても身体に引きずられる。

 ことにこの駆逐管属 樅の体はマグネタイトにより具現化したものでない。物理的な肉体であるからな。その傾向も顕著であろう」

 その言葉にゴウトは引っ掛かりを覚え質問をする。

「なに? では、召し寄せも、管に納めることも、隠し身も出来ぬのか?」

「まあ、そうなるな。だが利点もある。樅は身体が有るが為に使役者への負担が小さい。

 吾輩の目算では、葛葉の実力ならば樅の他あと二体は仲魔を同時召喚出来るだろう」

 確かにそれは大きな利点である。ヴィクトルはさらに続けた。

「また、身体や生命の維持にマグネタイトをほとんど消費しないため、他の悪魔に比べマグネタイト量に余裕がある。

 才能と修練次第だが、マグネタイトの自給自足や召喚師への供給。

 十分に練度を上げれば樅自身が悪魔召喚師になることすら可能かもしれん。

 まあ、現状ではあくまでも他の悪魔よりも有利というだけにすぎんがな」

 ヴィクトルは咳払いを一つ。そして、ライドウに一歩近付き、樅を手で示した。

 当の樅はゴウトの襟首を掴み、何やら言い合いをしていた。

「だがこの樅の真価は其処ではない。

 我輩もカルテを記録するための解析をしていて驚いたのだが……

 葛葉は貫通という攻撃特性を知っているな?」

 勿論である。ボルテクス界で得た仲魔の一部もその特性を持っているし、ライドウ自身もその特性を持っている。

 相手の耐性、無効、吸収を無視して攻撃を行える。という得難い特性である。

「吾輩の見たところ、駆逐管属の樅は貫通特性を持っている。

 それもただの貫通ではない。属性を問わない、全属性貫通とでもいうべき破格の性能のものだ。

 ただし、海上での、艦対艦の戦闘に限るという条件付きだが、深海棲艦と戦う上では枷になるまい。

 また、樅の耐性も銃撃、火炎耐性とやはり対深海棲艦に相応しくなっている」

 ライドウもゴウトも、そして当の樅の言葉にならないほど驚いた。

 まさに対深海棲艦での切り札とでも言うべき能力である。

「我輩はこの特異なる貫通技能に『帝国海軍の誇り』と名付けた。

 さあ、我輩から伝えるべきことはこれで終わりだ。なにか他に聞くことがあるか?」

 樅が物理的な肉体を持つということはつまり霊力のない者からも見えるということになる。

 見た目だけとはいえ、年端もいかぬ幼女に背嚢や肩に掛けた鞄に、砲などといった物騒な物を着けさせて連れ歩いては、世間と警察部がいい顔をしないだろう。

 陰形術を使えば姿を隠すことも出来るだろうが、常に術を使い続けることなど出来ない。

 ライドウはその事をヴィクトルに尋ねた。

「心配は無用だ。樅が持つ物理的な身体とは、人間と見た目は大差ない。

 即ち背負っている機関部……背嚢のような装備や肩に掛けた砲等の艤装類、それに衣類はマグネタイトで具現化されたものだ。

 必要時以外は具現化しないことも出来るし、隠そうと思えば霊力の無い者には見えん」

 それを聞いて安心したライドウは、樅に機関部と砲、ヴィクトルの言葉を借りれば艤装類を隠させ、ヴィクトルによく礼を言った。

 そして、嫌がるゴウトを無理やり抱き抱えて満足そうな笑顔の樅を従え業魔殿を後にしたのだった。

 

第弐章 艦であり娘であり 完

 

 

 

 

第参章 駆逐管属の仲魔

 

 第四台場、晴海町から東に位置するその小島はかつて大砲を設置するために設けられたが、未完成のままとなった人工島で、今や自動電話が一つポツンと設置してあるのみの孤島である。

 ライドウ、ゴウト、樅はそこにいた。

 舟魂樅が、合体により駆逐管属樅になったことを鳴海に報告し、その足で人目につかない海岸を求め、大タラスクに乗り、ここへ来たのである。

 樅は、自動電話を眺めながら、ゴウトに問いかけた。

「あの公衆電話、随分不便な場所にありますけど誰が使うんですかね?」

「我とライドウは少なくとも二度は使ったが……それはともかくそろそろ放してくれぬか?」

 樅に抱きしめられたゴウトは、半ばあきらめたような声でそう懇願した。

「嫌です」

「うぬは我のことが嫌いなのではないのか? そんな相手を抱いているのは苦痛であろう」

「誰が嫌いと言いましたか? 猫さんのことは大好きですよ。可愛いですし」

「先程業魔殿で我の不名誉な逸話を語っていただろうに。あれが嫌がらせでなければ何なのだ?」

「だから記憶を引き継いで居ることの確認ですって。あと、好きな相手にはイタズラしたくなる心理というか……」

「男子か!?」

 ライドウはこのままでは話が進まないと判断し、ゴウトを離すよう樅に指示した。渋々ゴウトを解放する樅と、一目散にライドウの影に隠れるゴウトを一瞥し、ライドウは深い嘆息と共に学帽の鍔の角度を直した。

 久しぶりの自由を堪能し、晴れ晴れとした声をゴウトが上げた。

「さて、気を取り直して訓練といこう。

 樅よ、我らはうぬが海上でどの様に動き、どの様に戦うのかを知らぬ。

 これでは深海棲艦と戦う以前の問題だ。

 先ずはうぬの能力を見せてもらおう」

 樅は「はいはーい」と適当に答え、海面に飛び降りた。

 着水の直前にその周囲にマグネタイトが渦巻き、背中に機関部を、肩からぶら下がった砲を、その足には何やら仰々しい履き物を具現化させる。

 刹那の変身劇の後、樅は水面に直立した。

「その履き物は合体直後には無かったな」

 ゴウトの指摘に、履物をよく見えるように持ち上げながら樅が答える。

「海上専用の装備ですからね。

 船で言えば船底です。船底を地面に擦り付ける訳にはいかないですからね」

「なるほどな」

 合点がいったゴウトは、深く頷きながら呟いた。

 駆逐管属樅は、先程生まれたばかりの新種の悪魔である。

 自分の身体の使い方は本能で知っていても、実際に海に立つのはこれが初めて。

 駆逐艦であった時とは勝手も違うが違和感や恐怖などは無いだろうか。

 ライドウは樅に訊ねた。

「流石さまなぁさん。どっかの猫と違って意義のあるご質問です。

 確かに実際に海に立つのは初めてですが、不思議なくらいしっくりきます。

 違和感は無いですね」

 樅の言葉の棘に胸を刺されたゴウトが、挽回とばかりに樅に問う。

「グッ……ヴィクトルの奴は、ライドウがうぬに乗って戦えばよい。等と言っていたが、どうやって乗ればいいのだ?」

「おお、猫さん、今度はいい質問ですね。

 さまなぁさん。どうやったら樅に乗れそうですか?」

「船の形に変形できたりはしないのか?」

 ゴウトの言葉に、樅は半眼を向けながら答えた。

「そんなこと出来るわけ無いじゃないですか。

 悪魔をなんだと思ってるんですか」

 樅はそういうが、実のところ人型、艦船型を使い分ける悪魔をライドウとゴウトは知っていたのだからゴウトに落ち度はない。

 ライドウは樅にそう説明した。

「そうだったんですか。それは失礼しました。猫さんごめんなさい。

 とはいえ、私が変身できないのは変わりませんからさまなぁさんを乗せるには……

 横抱き……というのは冗談で、肩車ですかね?」

 樅の肩の上にライドウが座っている絵面を想像したのか、ゴウトはげっそりとした声で応じた。

「うぬが悪魔と頭では分かっているが……

 年端もいかぬ幼女に肩車されるライドウか。

 想像だけで不安になる姿だな。

 少なくとも、警察部にだけは見られたくないな。

 それに、乗っただけで沈んでしまいそうな印象もあるな……

 その細身ではライドウの体重を支えられるかすら不安に思えてしまう」

 その言葉に機嫌を損ねた樅は、ゴウトをにらみつけ、不快感もあらわに言い放った。

「むむ、舐めないでください。

 樅はこう見えても定員百十人、排水量七百七十トン、二万一千五百馬力なんですよ。

 今まで何人の男が樅に乗り、ナカに入って来たと思ってるんですか。

 さまなぁさんと猫さんくらい、乗ったところで風船みたいなものです」

 早く乗れと騒ぐ樅に無理やり担ぎ上げられ、肩車の体勢になる。

 樅の体幹はしっかりしており、まるで切り株に腰を掛けているような安定感であった。

 足を樅に絡めれば上体も安定するため、万全と言えないまでも、十分に対魔刀を振るえそうではあった。

 樅の身体の小ささが幸いしてか、目線の高さもさほど変わらず、十分に実戦に足りそうである。

 樅にそう告げ、もろもろ確認していると、岸に残っていたゴウトが飛び乗ってきた。

 ライドウの肩を伝い、後ろの機関部へ回る。

「ふむ、機関部の上も案外悪くないな。

 ライドウよ、後方の警戒は我が担当してやろう。感謝しろ」

 ライドウとゴウトが定位置を決めたのを確認した樅は、二人に問いかける。

「では、試しに沖合まで出てみますか?

 航行の訓練も砲雷撃の訓練も、こう陸が近いとやりにくいですから」

 ライドウが頷くと、「抜錨!」と叫び、樅は足を動かさないまま前方に加速していった。

 着水の瞬間から見ていた限りでは、特に錨を下ろしている様子はなかったが、抜錨というのは様式美か何かなのだろうか。

 一瞬疑念がよぎったが、見えない部分で錨を下ろしていたのかもしれないし、指摘してどうなるものでもないのでライドウは考えないことにした。

 見る間に第四台場が遠ざかっていく。

「速いな」

 後方を見張るゴウトが、思わず、といった様子で声を上げる。

「最大戦速36ノットですからね。

 艦の時より身体が軽いんで加速もいいです。

 このまま最大戦速で、限界まで舵を取ってみてもいいですか?」

 ライドウが頷くと、樅は身体を倒して左旋回を始めた。

 大きな弧を描き進行方向を徐々に変えていく。

「ここらが限度ですかね。

 艦の時よりかなり無理が利きます。

 戦術旋回直径なんて比べる気にもならないですね。

 前の私は復原性が……ほんのちょぉっとだけ復原性が悪かったですから。

 能動的に重心を動かせることが効いてるんですかね?」

 などと聞かれるが、専門的な知識のないライドウには答えられなかった。

「さて、じゃあ色々試しながら、どんどん沖を目指しましょう!」

 意気揚々と声を上げ、樅は楽しそうに航海を続けた。

 

 加速減速、面舵取り舵を繰り返し、やがて陸地が見えない程度沖へ出た。

「ここらで砲雷撃の訓練もしたかったんですが……」

 樅は10時の方向を見つめて呟く樅。

 肩車されたライドウも、また同じ方向に視線を向けていた。その手は陰陽葛葉に伸びている。

 後方を見張っていたゴウトも、こちらにつられて同じ方向を見て呟いた。

「敵艦見ゆ……というやつだな。三体か。

 まあ、探し回る手間が省けたと思えば良かろう。

 ライドウよ、先日取り逃した深海棲艦は何体だった?」

 確実に確認できたのは一体のみである。

 多くとも三体はいなかったように思われた。

「では、こやつらを片付ければ現状確認されている数は殲滅したことになるな。

 同種の悪魔が他にどれだけ居るかは知らぬが、ヤタガラスからの指令も一先ず区切りとして良かろう。

 気を引き締めていくぞ!」

 ゴウトの声を合図に回頭し、最大戦速で彼方に見える黒い点、三体の深海棲艦へと駆ける。

 相手もこちらに近づいて来ているようだった。

 見る間に距離は詰まり、ハッキリと視認できるほど近づくと、単縦陣を敷く深海棲艦は減速、こちらから見て左に回頭して横腹を見せた。

 深海棲艦の砲が火を吹き、数秒後にライドウたちの周囲に水柱が立つ。

 着弾を想定して陰陽葛葉による防御体勢をとっていたが、幸いにも外れたようだ。

 水柱に遅れて砲声が響く。

 その頃には樅も取舵を取り、深海棲艦と並走しながら徐々に距離を詰めはじめていた。

「二番砲、打てぇ!」

 樅が叫ぶと、背に背負った機関部の砲が一門火を吹き、轟音とともに振動がライドウを襲う。

 初めての砲撃に少し眉をしかめたが、音と振動の程度は掴めた。

 この程度ならば支障無さそうであった。

 しかし、砲付近に座っていたゴウトには酷だったようで悲鳴をあげて「落ちる落ちる」と叫んでいる。

「なにやってんですか、全く」

 樅が器用に腕を回し、ゴウトの襟首を掴んで救い、ブラウスのボタンを一つはずして胸元に放り込んだ。

 ほぼ同時に、深海棲艦手前に水柱。

「発射諸元修正。三番砲打てぇ!」

 今度の砲撃は敵と同時であった。樅は減速、面舵で回避行動を取る。

 弾着。深海棲艦奥に水柱が上がるが、双方命中弾はない。

「弾着! 夾叉確認!

 ようし、砲の感覚が分かってきましたよ。全門急ぎ打て!」

 諸手で持った肩掛け砲、機関部の砲一門の計二門が若干の時間差を持って発射する。

 機関部のもう一門が数秒の時間をおいて火を吹いた。しかしやはり命中弾はない。

 じれ始めたゴウトが呟いた。

「なかなか当たらぬな」

「こんなもんですよ。もともと二十に一つも当たれば良い方ですし、今回は敵艦も小さいですし。

 此方も小さい分距離を詰めていますが、それでもそうそうは、当たらないですよ。

 だから数打つんです」

 樅は加速減速、舵を時折織り交ぜながら呑気に答える。

 その合間にも樅の砲煙が、敵艦の砲撃の生む水柱が周囲に生まれる。

 砲撃毎に消費するマグネタイトの量は実のところ小さくない。

 おおよそ同程度の威力の他の悪魔の魔法と比較してもかなり大きいと言える。

 樅が悪魔として未熟ゆえの消費なのだろうか。

 いずれにせよ、このまま延々と砲撃戦を続けるのみでは、敵を殲滅する前にマグネタイトが尽きることもあり得ない話ではない。

 もっと言うならば、敵が撤退することもあり得る。

 それを防ぐため、短期決戦を目指して接敵するよう樅に求めた。

「了解です。魚雷戦用意! 一番砲徐に打て! 二番三番砲打方止め!

 機関全速、最大戦速!」

 樅は号令と同時に速度をあげ、時折肩掛け砲から発砲しながら敵艦に近付く。

 自然、敵艦の砲撃も苛烈さを増す。

 敵の最初の砲撃以降、万一に備え陰陽葛葉を用いた防御術を展開しているが、その万一が今起こった。

 無防備で食らえば身体が四散する程の威力があるのだろう。

 しかし、戦闘中は常に展開している学生服やマント、表皮に施しているマグネタイトを用いた防御術越しならば致命傷には至るまい。

 更には今のように、陰陽葛葉を防御術に用いれば、浅手で済む。

 耳をつんざく着弾音と衝撃に閉口していると、樅の悲鳴が鼓膜を揺らした。

 落ち着いて大事無いことを伝えると「むしろ、何で生きているんですか!」と叫ばれた。

 なおも距離を詰めながらの何度目かの樅の砲撃が、真ん中の深海棲艦に命中したようだ。

 マグネタイトと黒煙を撒き散らし、希薄化しながら沈む深海棲艦。

 今回はほのかに光る玉、すなわち造魔素を残さなかった。必ず残すものでもないらしい。

 残りの二隻は、防御相性で無効化できるはずの敵の砲撃が、味方に致命傷を与えたことに驚き戸惑ったようである。

 歓声を上げる樅にゴウトが叫んだ。

「このまま、更に近づけ! ライドウの剣の間合いまで!」

 この速度なら、敵艦隊との接触まで数秒、樅の肩掛け砲の再装填まで待つより肉薄してライドウの斬撃の方が早いと判断しての指示であろう。

 敵が怯んでいる今を逃さず速攻で片を付けるべきである。

 ライドウは防御体勢を解き、すれ違い様の一閃に備えて構えた。

 敵艦隊の斜め後方からのすれ違い。ライドウの振るう陰陽葛葉が後側の深海棲艦を捕らえた。

 耳障りな悲鳴を上げる敵に一瞥もくれず、封魔管に手を伸ばし仲間を二体召喚。

 結果を見ずにライドウは樅の肩に立ち、前側の深海棲艦目掛けて跳んだ。

 樅から跳んだ勢いをそのまま切っ先に乗せ、空中で突きを放つ。

 葛葉一門に伝わる剣技の一つ、羅刹飛討撃である。

 陰陽葛葉は深々と深海棲艦に、突き刺さり、ライドウはその背に一旦着地。

 傷を抉るように陰陽葛葉を抜くと、すぐさま跳ねて先程召喚した仲魔、モー・ショボーの足に捕まる。

 視界の端では、召喚したもう一体の仲魔、ヨシツネが、後側の深海棲艦を空中から追撃していた。

 足場となる深海棲艦が沈み行き、次なる足場もないヨシツネを召し寄せ、管に戻す。

 眼下では、ライドウの突きを受けた前側の深海棲艦が、マグネタイトを撒き散らし希薄化しながら沈んで行った。造魔素を残したので回収しておく。

 もう一体の沈没を確認しようと視線を動かした先、後側の深海棲艦が沈み行く体を僅かに蠢かせ水中で何かを放つ。

 扇状に広がりながら高速で進むそれに、ライドウは見覚えがあった。

 駆逐艦樅を大破せしめた魚雷の痕跡、すなわち雷跡である。

 魚雷を放ち力尽きたか、今度こそマグネタイトを撒き散らし、崩壊する体を海原に沈めていく深海棲艦を尻目に、魚雷の進行方向、つまるところ樅の方を向いてライドウは声の限り叫んだ。

 その声も虚しく、既に遠方まで遠ざかり、回頭のため減速している樅は雷跡に気づくのが遅れて回避しそこねた。

 水柱が立ち、遅れて雷撃音が響く。

 異様に長く感じる数秒間を経て、ようやく視界が回復すると、そこには、衣類がボロボロになり髪の乱れた樅と、樅に抱かれ目を回したゴウトがいた。

 

 胸を撫で下ろし、モー・ショボーに頼んで樅に近寄ると、ゴウトが目を覚ました。

「……ムゥ、どうやら、魚雷はなんとか切り抜けたようだな」

「いてて、格好悪いとこ見せちゃいましたね。

 深海棲艦が沈み始めたのを見て油断しちゃいました。

 猫さんが雷跡に気が付かなければ防御体勢も取れなかったですね。

 最悪、沈むところでした」

「今際の際とは言え、悪魔の死力を尽くした一撃。

 流石の我も背筋が凍る思いだったぞ。

 だが、沈まずにすんでよかった。

 ライドウよ、回復を頼む」

 言われるまでもない。

 ライドウは金髪の可憐な少女の姿の仲魔、アリスを召喚し、回復魔法で全員の傷を癒した。

「おぉ、艦の頃なら長い間入渠しなければならないような損害が一瞬で。

 流石はさまなぁさん! インチキ臭いほどの凄さです!」

 褒めているのか貶しているのかわからない言い回しでライドウに感謝する樅。続いてゴウトも礼を言った。

「ライドウよ、感謝してやる。

 樅も、よく活躍してくれた。

 うぬが砲撃で轟沈せしめた1隻は言うに及ばず、ライドウらが仕留めた残り2隻も、うぬがライドウを乗せ、臆することなく接敵した功績が大きい。

 この戦いの武勲はうぬのもの。世界で初めて深海棲艦を沈めた艦船はうぬだ。

 誇るが良い」

 突然の褒めちぎりに樅は、嬉しそうに照れている。

 その様子は、姿相応の年の少女のように見えた。

「さて、先程も言ったが、現状存在が確認されている数の深海棲艦はこれで殲滅した。

 これで全部とも思えんし、他に気になることもあるが、とりあえずこの事件は一先ず区切りとしてもよかろう。

 取り敢えず帝都に戻りたいが……樅の服装を何とかするのが先だな」

 確かにこのまま帰った場合、衣類がボロボロの樅を連れたライドウの社会的地位は、致命的に地に堕ちかねない。

 とはいえ、対策はさして面倒でないはず。

 ヴィクトルの言によれば、樅の衣類はマグネタイトで具現化されたもの。

 樅の体力とマグネタイトに余裕があれば、自在に修復できるはずである。

 樅にそれを告げると、今更のように恥じらい露出した肌を手で隠しながらマグネタイトを全身から吹き出し衣類を修復するのだった。

 

第参章 駆逐管属の仲魔 完

 

 

 

 

第肆章 探偵の本領

 

 十日後、樅は鳴海探偵社の事務室で、ゴウトの背中を撫でながら雑誌を読んでいた。

 最初はゴウトも嫌がったが、何を言っても止めないと二日前に悟り、逃げ出すことも今朝ほど諦め、今ではゴウトは背中を撫でられながらも、それを無視して一心にタイプライターと格闘している。

 不意に、樅が呟いた。

「暇ですねぇ」

 樅の声に振り返りもしないが、それでも律義にゴウトは言葉を返した。

「暇なら我の代わりにタイプライターを使ってもよいのだぞ。

 子供とは言え人の姿をしているのだから、我よりは使いやすいのではないか?」

「樅は鳴海探偵社の社員じゃないんで、遠慮しておきます」

「では、先週の様にライドウと共にアカラナ回廊で修行でも積んでくるか?」

「げ。ほ、ほら、樅は駆逐艦だから陸の上での戦いはもう遠慮したいかなぁ~なんて思ったりぃ……」

 先週、悪魔としての戦闘経験を積むために、ライドウに連れられてアカラナ回廊で戦いに明け暮れたのは、樅にとっては精神的外傷になっているようである。

 ライドウにしてみれば、普段の訓練より少し余裕をもって行っていたつもりだが、地上での戦闘経験の無い樅にとっては、相当つらかったようだ。

ゴウト「冗談だ。先週みっちり鍛練したからな。これ以上修行を積んでも最早うぬの練度の向上は望めまい。何よりライドウを連れて行かれては書類が今日中に片付かぬ」

 そう、最早樅の練度は上がりきっていた。それに伴い、物理的肉体の恩恵で自給自足出来るほどのマグネタイトも保有するに至ったのだ。

 流石に最大戦力を発揮する際にはライドウからのマグネタイト供給を要するが、平時には逆にライドウへのマグネタイト供給すらこなせるようになっていた。

 背中を撫で続ける樅にかわまず、タイプライターから目もそらさないゴウト。

 その後頭部を暫し眺めた樅は、やがて構って貰うのを諦めたのか、それ以上口を開かず再び雑誌に目を落とした。

 暫くして、探偵社のドアーが開き、鳴海が戻ってきた。

「ただいま、樅ちゃん。良い娘にしてたかい。ライドウもゴウトちゃんもただいま。ようやく海軍省から資料が貰えたぜ」

「待ちわびたぞ」

 

「電車の中でちょっと読んでみたが、ちょっと凄いぞ。

 早速捜査会議、行けるか?」

 ライドウ、ゴウト、樅の三人は頷いた。

 じゃあライドウ、珈琲を頼む。俺は資料を準備するからさ。

 鳴海は着席し、テーブルに資料を広げはじめた。

 珈琲を煎れ終わった頃には、皆準備が出来ていた。

 ライドウが席に着けば、鳴海が宣言した。

「さあ、捜査会議を始めよう。捜査会議にはやっぱり珈琲だよな。

 さて、まずは事件の概要から整理しよう。

 そもそもこの連続船舶沈没事件、名前の通り帝都近海で次々に船が沈没若しくは大破している事件だ。

 ライドウの捜査によって、その実行犯が悪魔、深海棲艦と命名した新種の悪魔だと判明した。

 そして先日、ライドウと樅ちゃんの活躍により、現在までに存在が確認されている全ての深海棲艦を倒した。

 ここまでは良いよな?」

 ライドウは頷いた。

「それ以降事件は起こっていない。

 本来ならこれで事件は解決としたいところだけど、ライドウには腑に落ちない点が有ったんだよな?

 どうしてだっけ?」

 

⇒ラスプーチンの言葉

 深海棲艦の数と沈没事件の数

 腑に落ちない点など無かった筈だが……

 

「そうだった、ラスプーチンの言葉に違和感を覚えたんだったな。

 ライドウの報告によればラスプーチンは深海棲艦というかなり前から言葉を知っていた様子だった。

 そして、深海棲艦が活動を始めるのはどの時間軸でも例外なく第二次世界大戦以降だとも」

 鳴海は言葉を切ってライドウたち三人を見回した。

 そこで樅は、手を上げ、恐る恐る質問をした。

「よくわからないんだけど、第二次世界大戦って何ですか?

 樅は軍事にはちょっと明るいけど、そんなの知らないんですけど」

 樅の膝に抱えられたゴウトが、すぐに答えを返した。

「そんなものは誰も知らぬ。まだ勃発してはいないのだからな。

 ラスプーチンの奴は未来から来た機械仕掛けのダークサマナーなのだ。

 先日まで、うぬとライドウと我が通いつめたアカラナ回廊。時空をつなぐあの回廊から覗くことも出来たが、第二次世界大戦とは今後発生する可能性のある戦争の事のはずだ」

「うん、ゴウトちゃんが何て言ったか分からないけどたぶんその通りだ。

 だがこの際、第二次世界大戦の詳細や起きる時期、その規模は関係ない。

 大切なのは、本来なら深海棲艦が今活動するはずがないって事だ」

 鳴海はライドウに視線を向けて、言葉を続けた。

「では何故、深海棲艦が例外的に今活動を始めたのか。俺達の見解は何だっけ?」

 

 ただの気紛れ。

⇒誰かが深海棲艦を利用している。

 ラスプーチンの記憶違い。

 

「そうだった。深海棲艦が自ずからこの時期に活動しないのであれば、第三者の意図が絡んでいると考えるのは自然だよな」

 そういった鳴海に、会議中だけでもなんとか樅の手中から逃れようと暴れながら、ゴウトが鳴海に声をかけた。

「沈没事件の詳細から、その第三者が何者か。正体を調べようと、資料を海軍省に請求したのだったな。

 先程の鳴海の様子では何か成果があったようだが」

 当然鳴海にはただニャアニャア泣いているようにしか聞こえていないはず。ライドウは通訳した。

 それに鳴海は、配布された資料の二枚目を示して答えた。

「先ずはこの資料を見てくれ。これは事件の発生していた時期、帝都近海を通航した船の一覧だ。小さな漁船は除くけどね」

「ほう、流石は帝都の玄関口。外国籍の船もかなり多いな」

 ゴウトの言葉を、今度も通訳するライドウ。

 鳴海は、右手に鉛筆をもって、左手で資料をつかんだ。

「この一覧の内、襲われた船に印を付けていくぞ。

 ……………これで全部かな?」

「半数近くが外国籍の船だというのに、被害は全て日本の船だな」

 ゴウトが目を細めて呟く。

 ライドウも同じことに気がついていた。

「気がついた様だな。被害は日本の船に限定して発生している。

 また、他の資料と合わせると、荷物を積んだ輸送船に被害が集まっていることがわかる。

 ということは、ライドウ?」

 

 深海棲艦は日の丸が嫌い?

 日本の船が脆い?

⇒意図的に日本の船を狙っている?

 

「ライドウもそう思うよな? 意見が一致して安心したぜ」

 鳴海は更に次の資料をライドウの眼前に示して言葉を続けた。

「次に、この図面を見てくれ。これには船が襲われた概ねの位置が記してある」

「フム、東京湾内外に多数、湾外の方が多いが………」

 ゴウトの言う通り、確かに湾外の襲撃のほうが多いようだ。

「更にわかる範囲で沈没前の船の動線を書き加えよう」

 鳴海は鉛筆でいくつかの線を引いた。

「見てくれ、全ての船が東京湾の入り口、浦賀水道通過後に沈没している。

 この事が何を意味しているか、判るよな、ライドウ?」

 

 深海棲艦は、浦賀水道で待ち構えている。

⇒浦賀水道付近に、深海棲艦に指示を出す者がいる。

 東京湾の出入口だから必然。

 

「よし。ライドウも俺と同じ結論に至ってくれて安心したぜ。

 深海棲艦が浦賀水道に潜んでいるなら襲撃地点がもっと浦賀水道に集まってなければおかしいし、浦賀水道を通る前に襲撃された船はいない。

 この推論は多分間違えていないぜ」

 鳴海は図面をテーブルの隅に追いやった。

「さて、ここまでの推理で、何者かが深海棲艦を利用していること、その誰かは浦賀水道近辺に居ること、何者かは日本籍の船を狙っていることがわかった。

 これから考えるべき事は次の三点、何者かの正体。何者かは何処に居るのか。何者かが利用しうる深海棲艦がまだいるのかだ」

 鳴海は珈琲をすすり、鼻から深く息を吐いた。さらに言葉を続ける。

「先ずは正体から考えよう。動機を推測すればなにかわかるかもしれない」

 日本籍の船ばかり狙うのだから、日本に打撃を与えるのが目的と考えるのが自然だ。

 では、その動機はと言うと……怨恨、利害など無数にあり特定できない。

「そうだよな、これだけの情報から動機なんて……

 そうだ! 鋭い俺は閃いたぜ。動機から正体を探ることに固執していたが目的からだって大雑把には推測できる。

 何者かは日本国と何らかの関係をもつ知性ある何者かだったんだよ」

 それは……間違えてはいなくとも容疑者の絞り込みには何の意味もないような……ライドウが隣を見ればゴウトも樅も呆れている。

「いや、相手はそれこそ未知の悪魔って可能性もあったんだぜ。

 それこそ居るかどうかも分からない深海棲艦の上位種とかな。

 だが、そんなやつらが日本という国家とかかわり合いがあると思うか?」

 鳴海は軽く両手を広げて続ける。

「それに、船の掲揚する国旗を判別できる程度の知識はあるし、人口の多い都市や港を狙わず船を叩くと言う迂遠な手を採る理性がある。

 ある程度地上の、人間の情勢を理解している可能性が高い。少なくとも、貨物船を狙えば日本に打撃を与えられるという知識があるはずだ。

 海に潜む悪魔って可能性も無いとは言わないが、それにしたって人間社会に溶け込んで生活しているか、少なくともその経験はあると思うぜ。俺はな」

 そこまで言われてみれば、成る程ある程度納得できる。

「で、相手が人間社会に溶け込んでいる。すなわち地上に居ると仮定すればだ。

 居場所も当たりがつけられる。

 浦賀水道は西側の方が水深が深いから、多くの船は西よりを通る。

 地上から船籍を確認するには船に掲揚された国旗を見るのが一番だが、当然近い方が楽だ。

 つまり、湾の西側の海岸付近に居ることがわかる。

 さらに、最も航路に近く見通しのよい地点を考えると……ここかな?

 観音崎の灯台付近が一番都合が良さそうだ。

 まあ、可能性が高いってだけだけど、何の指針もないよりましじゃないかな?」

 鳴海の主張には信じるだけの説得力を感じた。ならば裏をとろうと考えた。

 ライドウは、ずぼらな鳴海が積み上げている帝都新報の気象情報欄を手分けして確認するよう提案する。

「成る程、さっきの俺の推論が確かなら、見通しの悪い悪天候の日の被害は少なく、浦賀水道の東側を通る船も被害は少ないはずって事か。

 いいね、ライドウ。探偵らしく成ってきたじゃないか。

 よし、手分けしてやってしまおう」

 ライドウたちは、手分けして帝都新報の気象情報欄と格闘した。この隙にゴウトは樅の手を抜け出し、卓の反対側に逃げ延びた。

 ある程度の結果が出て、ゴウトが感心するように呟いた。

「フム、こうしてみると先程の鳴海の主張が正しく思えるな。

 確かに悪天候時や水道の東を通る船の被害は少ないようだ。

 鳴海がただのサボり魔ではないと知っていたが、ここまでとは」

 そのことに続いて、樅も鳴海を称賛した。

「鳴海さんはすごいですね。さっきの情報だけでここまで推測できるなんて。同じ情報を持っている海軍は、まだなにも掴めていないでしょうに」

 鳴海は照れるように頭を掻き、そうではないと樅を制した。

「たしかに、海軍はこの事を知らないだろうけど別に特別俺がすごいって訳じゃないよ。

 単にこっちのほうが情報量が多いってだけだ。

 海軍の関係資料は、洗いざらい写しをもらってきたし、樅ちゃんとライドウのお陰で、実行犯が悪魔で、悪魔を使役する者がいるって事を、たまたまよく知っていたからここまで推理できたんだ。

 海軍にも悪魔召喚師は居るだろうけど、深海棲艦と相対した悪魔召喚師はライドウだけだし、ライドウの報告を一番詳細に聞いているのは俺だからね」

 鳴海はそう言い終わると、資料を纏めてから言葉を続けた。

「さて、考えるべき三点目、何者かが利用しうる深海棲艦がまだいるのかってのが残っているけど、こればっかりは全くわからない。

 今後再び被害が出れば居たって分かるが、それを待つわけにはいかないだろう?」

 当然だと、ゴウトが卓に飛び乗り鳴海のほうを向く。

「鳴海の言うとおりだ。ここまで分かればあとは我々の仕事よ。

 ライドウ、樅よ、行くとするか」

 樅はそれを聞いて、ゴウトの襟首をつかみ上げて「行きましょう」と同意した。

「じゃあ、捜査会議はこれで終了だ。お疲れ様だったなライドウ、ゴウトちゃん、樅ちゃん。

 そして、行ってらっしゃい。気を付けるんだぞ」

「……鳴海よ、行ってくる。探偵業の書類作成は頼んだぞ。今日までの書類が沢山ある」

 襟首からぶら下げられながらゴウトが発した言葉、それを樅が翻訳したものを聞いて悲鳴を上げる鳴海を尻目に、ライドウたちは鳴海探偵社を後にした。

 

 電車に揺られること暫く、ライドウたちは観音崎付近の集落で聞き込み調査をしていた。

 近所の住民の話では、日本語が達者で、気さくなロシア人の老人が日がな灯台付近で双眼鏡で海を眺めているらしい。

 一通り聞き込みを終えたところで、ゴウトが話しかけてきた。

「ライドウよ、決めつける気はないが怪しいぞ。

 ロシアの老人であれば日露戦争に参加していた可能性もあるし、ロシアは先だっての革命以降情勢が不安定だ。

 個人的にも政治的にも日本に打撃を与える動機があっても不思議はない。

 ここは取り敢えず灯台に行って様子を見てはどうだ?

 事件の起こっていない今、そのロシア人が今灯台にいるとは思わんが、灯台守が、何か知っているかもしれん」

 確かに、これ以上聞き込みを続けてももう情報を得られそうにない。ライドウたちは、灯台に向かった。

 

第肆章 探偵の本領 完

 

 

 

 

第伍章 敵艦隊指揮官、見ゆ。

 

 観音崎灯台へ続く道をライドウたちの向かいから一人の老人が歩いてくる。

 それを見たゴウトが呟いた。

「ライドウよ、うぬの巫蠱術による幸運は冴え渡っている様だな。

 居らぬと思っていた捜査対象が向こうからやって来たみたいだぞ」

 老人は左に寄り、道を譲るが、ライドウは老人の前に仁王立ちし、その行く手を遮った。

 そのライドウの左手には一本の封魔管が握られていた。

 老人が足を止め、声を上げるより早く管の蓋が開き、緑の光と共に悪魔、モコイが召喚された。

 老人の目は明らかにモコイに向けられている。それを確認したゴウトが朗々と声を上げた。

「さて、名も知らぬ老人よ。少々伺いたいことがある。

 こちらの素性には心当たりがあるのではないか?」

 後ろに控える樅がザリッと足を動かす音を響かせる。

「君達かね? 私の同志を討ったのは」

 年に似合わず覇気のある、見事な日本語で問いが返ってきた。

「うぬの同士とやらが、帝都近海で船を沈めて回っていたあの悪魔。

 我々は深海棲艦と呼んでいるか、あやつらのことであればその通りだ」

「ふむ、勘違いではなかった様だね」

 老人の返答は静かであった。

「意外に素直だな。あやつらを操っていたことを認めるのだな」

「心外だな、操ってなど居らんよ。だが、指示を出していた事は認めよう」

 言いながら老人は、歳に見合わぬ機敏な動きで後ろに飛び退き、いつの間にか手にしたマトリョーシカ人形、いや魔トリョーシカを開き悪魔を召喚した。

 ライドウも目を見張る熟練した動きである。

 マグネタイトの緑光がおさまり、姿を現したのはピクシーであった。

 ゴウトが鋭い声を発する。

「油断するなよライドウ。

 深海棲艦を操るような悪魔召喚師が、この土壇場でただのピクシーを呼ぶはずがない」

 老人が魔トリョーシカを開いた直後、ライドウは斜め後方に飛び退き、すでに樅に並んでいた。

 そしてゴウトの声に小さく頷いた。

 油断なくピクシーを見据えながら、陰陽葛葉を握りしめる。

 一方、老人は魔トリョーシカを開けると、直に踵を返し、海へと駆けながら指笛を吹いた。

 目の前のピクシーを無視して無防備に老人を追うわけにも行かず、やむを得ずモー・ショボーを召喚し、捕縛を命じて後を追わせる。

 ピクシーは、それを目で追う事もなく、悠然と此方を見つめていた。

 ライドウ、樅、モコイ、ピクシー。その場で最初に動いたのはモコイであった。

 一歩踏み出しブーメランを投げる。

 ピクシーはその一撃をかわしながら前に出ようとし……

 その後頭部に、ブーメランが直撃する。

 そして、そのままマグネタイトを撒き散らして消えていった。

「……油断するなよ ただのピクシーを呼ぶはずがない」

 樅が冷ややかな皮肉と嘲笑と共に先のゴウトの言葉をそのまま真似た。

 そしてやや乱暴な手つきでゴウトをブラウスの胸元に放り込み、老人を追った。

 モコイを管に戻しながらそれを見ていたライドウもあとに続く。

 その先には、追いすがるモー・ショボーを二丁拳銃で牽制しながら海を目指す老人と、今まさに海面から顔を出す三隻の深海棲艦が見えた。

 使役する悪魔は三流もいいところだったが、銃撃の腕前は超一流と言えるようだ。

 充分に練度を高めたモー・ショボーの追撃を拳銃のみで押さえるなど、容易な事ではない。先の身のこなしも見事であった。

 内心称賛しながら、海岸に現れた深海棲艦を見る。老人は、それに乗って逃走するつもりなのだろう、猶予はあと十数秒というところか。

 老人の残弾数によっては追い付くことも可能かも知れないが、楽天的には考えられない。

 残弾が充分であった場合、深海棲艦の援護射撃を考慮すればモー・ショボーの死亡も充分に起こり得る。

 偵察任務に向いた疾風管属の仲魔が、モー・ショボーしかいない今、それが撃破されれば老人に逃げ切られる。

 そして捕縛の機会は、二度と無いかもしれない。

 肚を決めて殺害に踏み切るならば手段はいくらでも有るが、老人が主犯でなく実行犯の一人にすぎない場合、老人を逃がしたと変わらぬ状況となる。

 暫し悩み、ライドウはモー・ショボーに高度を取るよう指示した。

 先日の戦いから、樅は深海棲艦よりも速力に優れることが分かっている。

 陸上で無理をするより、モー・ショボー偵察下の海上で捕縛を試みた方が有利との判断である。

 ゴウトも納得し、樅などは見せ場が出来ることを喜びライドウに付き従った。

 深海棲艦に飛び乗った老人に遅れること数十秒、ライドウは水面に躍り出た樅の肩に乗り、深海棲艦を追い始めた。

 

 樅に乗り海上で老人を追うライドウ。順調なのははじめの数分のみであった。妨害に現れる無数の深海棲艦。

 何度か見ている流線型の個体の他、縦長の体躯で上部についた複数の砲身の下の巨大な口から人の上半身がはみ出たような、気味の悪い個体も現れた。

 いずれも大して強くなく、鎧袖一触に撃破を繰り返すが、そのためにどうしても速力が落ちる。

 だが、深海棲艦どもを無視するわけにはいかない。相手をしなければ狙い撃ちになるだけである。

 老人との距離はそのままに、ライドウは徐々に沖へと引き込まれていった。

 

 陸など見えなくなってからかなりの時間が過ぎ、既に沈めた深海棲艦は20を越えた頃、前方を行く老人を乗せた深海棲艦がその動きを止めた。

「諦めた……のであれば楽なのだが、そうではあるまい。

 奴の有利な場所まで誘い込まれたというわけだ」

 樅のブラウスから顔を出すゴウトが、そう言ってライドウを見上げた。

 ライドウはニヤリと笑って返した。ゴウトは満足げに頷き、再び老人へと視線を向けて言葉を続ける。

「だが、思い通りにいっているのはあやつだけではない。

 どんな罠かは知らぬが、正面から打ち破れば奴等の戦力は激減、上手くすれば一網打尽だ。

 罠を承知で誘い込まれてやったことを教えてやろうぞ」

 止まっている老人まであとわずか、表情のはっきり見える距離で樅が止まる。

 何事もなければそのまま追い付き捕縛するところであるが、周囲に満ちる妖気がそれを許さない。

「君たちは強いな。日本のサマナーみんなそんなに強いのかね?

 君が私を追いながら切り伏せた同志たち。

 君の言う深海棲艦は掛け値なしに駆逐艦や巡洋艦並の戦力があったのだが」

 その言葉に、ゴウトが胸を張りながら答えた。

「他のサマナーと一緒にされては困るな。こやつこそ誉れ高き第十四代目葛葉ライドウ。

 こやつかつて超弩級戦艦を切り捨てた事もある猛者よ。

 今更駆逐艦や巡洋艦程度相手にならぬ」

 ゴウトの言に老人は驚いたようであるが、それ以上に動揺したのが樅である。

 体が揺れ、「うそぉ……いやでも実力的には……でも流石にそれは……」等と小さな声で呟いている。

 微動だにしない老人に、今度はゴウトが問うた。

「今度はこちらから質問しよう。なぜ日本の船舶を狙ったのだ?」

「言うと思うかい?

 同志たちによればそっちの女の子は……俄には信じられないが駆逐艦だというじゃないか。

 本国と無線通信しているんだろう」

 ゴウトの視線が樅に定まり、尋ねる。

「我は聞いておらぬが、うぬは無線を装備していたのか」

「いや、三六式は積んでますけど使えるわけ無いじゃないですか。

 元々の駆逐艦樅ならともかく、この駆逐管属、樅は軍属じゃ無いんですよ?

 勝手に軍の通信に割り込んだら一発で軍法会議ですよ。

 あれ? 今の樅は軍属じゃ無いなら、逮捕から裁判かな?」

 ゴウトは、再び視線を老人に戻し、語りかけた。

「……というわけだ。無線は使えないらしいから、安心して日本の船舶を狙った理由を教えてもらえぬか?」

「それを信じろと?

 まあいい。考えてみれば、私の関与が明らかになった以上隠すこともあるまい。教えてやろう。

 恨みだよ。あの戦争で私と仲間が乗った船を轟沈させた日本の艦船に対するね。

 同志たちとは、日本への憎しみというただ一点でのみ意気投合して、共に戦っているんだ。

 ピクシー一体扱うのが限界だった、ヘボと言うのもおこがましい駆け出しサマナーだった僕も、そんな理由でこんなに強力な悪魔の同志になれたのさ」

 続けてゴウトが問う。

「うぬに仲間は、仲魔でなく人間の仲間は居るのか?」

 フンと、鼻で笑い老人は応えた。

「気になるかね?

 安心したまえ、私は単独犯だよ。

 私と、我が同志たちが我らの勢力の全てだ。

 もしここで我々を全滅させれば我が勢力は潰えるよ。請け負おう。

 なんなら外法属の仲魔を呼んで確かめてくれてもいいよ」

「ご親切痛み入る。だが、要らぬ気遣いだな。

 外法属による読心などすでに行っている」

 ライドウの背に隠れたモコイが、肩から顔を出し、老人に手を振った……というか全身を震わせた。

 モコイの読心によれば、老人の語るところは全て真実である。

 ゴウトは老人に続けて言った。

「よくぞ気前よく話してくれたな。投降が希望か?」

「まさか。先程も言ったが、私の関与が知られた以上、隠す必要もないだけだ。

 これらが知られようと知られまいと、私が付け狙われることに変わりはないからな。

 ならば、我々の恨みを知ってもらった方が多少は気が晴れる」

「まさか、無事に逃げ切れると思っているのか?」

 ゴウトの問いに、老人は問い返す。

「君たちこそ、我が同志に勝てると思っているのか?

 ライドウ君だったね。例え君が本当に過去に戦艦を切り伏せた強者だとして、そしてそこの駆逐艦と力を合わせたとして。

 六隻の戦艦を同時に相手して、どのように勝つと言うんだい?」

 老人が言うが早いか、海原に六つの水柱が立ち、そこから両手にそれぞれ巨大な兵装を持った、黒い女が六人あらわれた。深海棲艦である。

「戦艦六隻!?」

 樅の絶望的な叫びが上がる。

 だが、ライドウは瞬時に彼我の実力差を悟り、樅の弱気を諌めた。

 樅がただの駆逐艦と同等の実力であったのは降魔殿での合体で生まれた直後と最初の航海時のみ。

 駆逐艦であり悪魔でもある樅の実力は、アカラナ回廊での修行を経て比較にならぬほど伸びている。

 元々の火力や装甲の差もあるため、一撃貰えば大打撃は免れないが、それでも即死は免れるはずであるし、何よりこちらには回復魔法を操る仲魔もいる。

 油断はできないが、勝てない相手ではない。

「そうでした。樅の砲も雷装も、装甲だって強くなってるんでした」

 冷静さを取り戻した樅は、そう言って砲を構える。

 ライドウは老人の追跡に出していたモー・ショボーを管に戻し、新たな管を手に取った。

「同志たちよ。こいつらを海の藻屑にしてくれたまえ」

 老人の言葉と共に、深海棲艦たちの砲が火を吹いた。

 それに僅かに先じて召喚したのはアリス。銃撃無効の仲魔である。

 少女の姿をした仲魔を盾にするのは、傍目には些か不名誉に見えるかも知れないが、それを気にする者はこの場に居ない

 そのアリスの陰から、樅は自身の切り札とも言える魚雷を一息に放った。

 間合いは最初から近接。駆逐艦に有利な距離である。

 必中距離から放たれた魚雷は過たず一隻の深海棲艦に突き刺さり、耳をつんざく爆発音と悲鳴を響かせ轟沈させた。

 巨大な水柱が、敵艦隊残り五隻を、二隻と三隻に分断する。

 魚雷発射と同時に両舷最大出力にした樅は、アリスを盾にしながら回り込み、二隻側に肉薄する。

 敵の第二射は、数発がアリスに命中、無効化された。残りはライドウと樅を外して後方へと飛んでいく。

 その着水音を聞くより早く、ライドウの振るう陰陽葛葉が一隻の深海棲艦の首を深く切り裂き、追撃にモコイのブーメランが突き刺さる。

 平行して樅が放った第一第二第三砲の一斉射が、もう一隻の頭部に集中、口蓋を貫き頭部を破壊した。

 瞬く間に屠られた三隻は、水柱から生じたにわか雨の中でマグネタイトを撒き散らしながら海中に没していった。

 ゴウトは挑発的に老人に視線を送り言った。

「六隻の戦艦相手にどのように勝つか、だったな?

 見ての通り実力で押し潰すのでは不満か?」

 それを聞き流しながら、ライドウはモコイを管に戻し、ヨシツネを召喚した。

 上空に現れたヨシツネは、残る三隻の内一隻の戦艦に落下しながらの兜割りを叩き込んだ。

 流石に一撃で撃沈とはいかなかったが、上からの襲撃に面食らう戦艦を足場に、次の戦艦、次の戦艦と飛び移りながら一隻毎に斬撃を加えていった。

 気色の悪い色合いの血飛沫の中、伝説にある八艘飛びを再現するヨシツネをただ黙ってみている訳もない。

 ライドウは愛銃コルトライトニングを手に、ヨシツネを援護するため、深海棲艦の目を狙撃していた。

 本来射程の短い拳銃で、更には主砲、魚雷の再装填中、回避行動をとる樅の上で得られる射撃精度ではないが、無数の発砲経験、戦闘経験がそれを可能にした。

 深海棲艦の銃撃無効の防御相性を、ライドウの技能により貫通しているはずだが、それでも拳銃ごとき豆鉄砲、戦艦にはいかほどの痛痒も与えない筈であった。

 しかし、流石に目は別であったようで、敵戦艦を煩わせていた。

 再装填を終えた樅が魚雷を再度放つ。ヨシツネに気をとられていた敵戦艦一隻を沈め、その隙をついたヨシツネが、もう一隻に飛びかかりながらその首に切りつける。会心の当たりがその首を切り落とした。

 敵艦一隻が足場では八艘飛びも用を成さないため、ライドウはヨシツネを管に戻す。

 海上で、これだけの働きをしながら、ヨシツネにはついぞ一滴の海水も付着しなかった。

 残り一隻となった戦艦は果敢にも砲を構え撃ってくるが、樅との間に陣取るアリスが盾となっている為、砲撃がこちらに届くことはない。

 砲だけが攻撃手段の戦艦一隻だけではこの陣形は崩せず、間もなく見せ場もなく、樅の砲撃の的となり沈んでいった。

 海上に残るは、樅と老人の乗る深海棲艦のみ。完全勝利である。

 ゴウトが老人に語り掛ける。

「さて、ご老人、そろそろ観念して投降しないか?

 悪いようにはしない、等という無責任な約束はしかねるが、今ここで命を落とすよりは捕縛される方がましであろう?」

 それに取り合わず、老人は呟いた。

「いや、驚いた。本当に驚いたぞ。

 まさか、戦艦六隻相手に、駆逐艦一隻とサマナー一人で完全勝利とは。

 我が同志たちは物理耐性に銃撃無効、火炎無効、ついでに言えば呪殺吸収の防御相性を持つが、よくもまあそれを意に介さず沈めてくれたな。

 耐性に過ぎない物理はともかく、どんな手品を使えば砲や雷撃が有効打になるのか教えてほしいものだ」

 老人の余裕に、訝しがりながらゴウトは尋ねる。

「随分と余裕だな?

 うぬの切り札は先程の戦艦どもではなかったのか?」

 老人はひょうひょうとした態度で答える。

「どうだろうな、単純に火力と言う意味ではその通りだよ。

 今君たちに屠られた戦艦が我が同志の最高戦力だ。

 だが、その数は六隻等ではないよ。

 それに、当然だが戦艦以外の艦種も多数居る。

 この場に集められた数は戦艦が四十隻程度、巡洋艦が八十隻程度、駆逐艦に至っては百を越える」

「この場にですって?」

 樅は、老人の言葉に思わず悲鳴を上げた。どう考えても絶望的な戦力差である。

 老人はにやりと笑い、言葉を続けた。

「そうだ、すでに君たちは包囲されている。

 先の六隻が時間を稼いでいるうちにね。

 先程のように、その少女姿の悪魔を盾にしたくとも、囲まれてしまってはそうもいくまい」

 老人が言い終わると、周囲に次々と水柱が上がり、深海棲艦が姿を現した。

 全方位を囲まれ、樅やライドウの得意とする間合いには程遠い。

 先程までの戦いから学習、対応されたようである。

 この状況を切り抜けるのは容易ではない。

 最後に、老人の横に、小さな水柱が立った。

 老人はその水柱を手で示しながら言った。

「冥土の土産に紹介しよう。我が同志のなかで司令官の立場にある。

 私はプリンツェーサと呼んでいるが名前はまだ教えてもらっていない」

 水柱の中から現れたのは、女性型深海棲艦であった。彼女が手を一振りすると、その手になぎ払われた老人は、悲鳴を上げる間もなく体が千切れて水平に吹き飛んでいく。確認するまでもなく即死である。

 女性型深海棲艦は、つい先ほどまで老人であった肉片を視線で追いながら呟いた。

「ソウ呼バレルノハ不快ダトイッタハズダ。

 歴戦ノ私ヲ姫アツカイ……ハ嬉シクナイ訳デモナイノデ良イトシテ、露語ガ気ニ食ワン。英語カ日本語ニシロ」

 その女性型深海棲艦は人間と見紛うばかりの姿であった。

 樅よりなお幼い幼女の姿である。

 外見上、人と異なる点を挙げるとすれば、異様に白い肌と同様に白い髪、そして仄かに光る赤い瞳であろうか。

 どこかで話に聞いた白皮症の様相を呈し、その整った容姿も相まって際立った美しさであった。

 しかし、その全身から溢れる妖気は色濃く並の悪魔でないことを物語っていた。

 

第伍章 敵艦隊指揮官、見ゆ。 完

 

 

 

 

最終章 史上最大規模の前哨戦

 

「サテ、小僧。貴様ハ大和男児ダナ。

 コウシテ日本人ト会話ヲスルノハ初メテダ。話シ掛ケラレル事ハアッタガナ。

 私ノ事ハ……ソウダナ、アヤツニ倣ッテ姫トデモ呼ンデクレ。

 無論日本語デダ。

 故アッテ恨ンデハイルガ、ソレデモ日本ト縁ガアルモノデナ」

 女性型深海棲艦、いや姫はその外見年齢にはそぐわぬ落ち着いた態度で腕を組み、そう告げた。

 ゴウトが姫に尋ねる。

「うぬが深海棲艦の首魁か?」

「首魁ト言ウホドノモノデモナイガ、マトメ役ノ様ナモノダ。

 指揮官ト言エバ近イカ、ソンナ事ハヤッテイル」

 ゴウトは続けて問う。

「何故奴と組んで日本の艦船を沈め、何故今奴を裏切ったのだ?」

「恨ミダヨ、私ハ国ニ、奴ハ日本ノ船ニ。ダッタカナ? 馬鹿ナ奴ダヨ。

 日本ノ船ヲ恨ンデ、手ヲ組ンダ相手ガ、ヨリニヨッテ私ナンダカラナ。

 マア、陸ノ様子ヲ探ルニハ丁度良イノデ利用サセテ貰ッタヨ。

 ダガ、奴私ノ仲間ヲ消耗品様ニ扱ッタ。

 仲間ガ少ナイカラ効率的ニ動ケルヨウニ奴ヲ利用シタノニ、消耗品扱イデハ本末転倒ダロウ?

 価値ガナクナッタノデ処分シタノサ」

「……成る程な。では、我々をどうするつもりだ。

 うぬの仲間を殺した我らの事も憎かろう?

 このまま数に任せて殺すつもりか?」

 問いを重ねるゴウトを、姫は手で制した。

「誤解ガアルヨウダガ、仲間沈メラレタ事ハ恨ンデイナイ。

 我々ハ戦イ、沈メ、沈メラレル為ニ造ラレタ存在ダ。

 戦イ破レ、沈ンダナラバ悔シク悲シクアッテモ恨ミハシナイ。本望ダ。

 無為無策ニ付キ合ワサレタノデナケレバナ」

 そう言いきった深海棲艦の姫は、しかし表情は自信無さげであった。

「イヤ、ソレハ私個人ノ考エダナ。ダガ、指揮官ノ考エデアレバ同ジコトカ。

 トニカク、直チニ貴様ラヲ沈メル意図ハナイ」

「直に……ですか」

 樅は、額に汗しながら鸚鵡返しするしかなかった。

 ゴウトは姫に発言の意図を確認する。

「それは、何か交渉事があるということか?」

「ソウダナ。

 貴様ハ悪魔召喚師トヤラダロウ? 悪魔トノ交渉ハ初メテデハアルマイ。

 ナァニ、コチラノ要求ハ大シタ内容デハナイ。

 我々を放ッテ置イテホシイダケダ」

「それは妙な要求だな。我らを数で押し潰せば同じ結果が得られるだろうに?」

 ゴウトの問いに、姫は楽しそうな表情で答えた。

「我等ハ本来平和主義デナ。等ト法螺ヲ吹イテモ騙サレヌダロウナ。

 答ハ単純ダ。数デ押セバ貴様等ヲ沈メル事ハ出来ヨウガ、我等モ痛手ヲ被ル。

 ダガ、我等トシテハコレ以上仲間ヲ減ラスノハ本意デハナイ。

 貴様トハ相互不干渉ノ方ガ都合ガイイノダ。

 貴様ガ条件ヲ呑ムナラバ、貴様等ガ陸ニ帰ルマデ一切手出シハシナイト、我等ガ誇リニ懸ケテ誓オウ」

 ゴウトは、樅のブラウスの胸元からライドウの方を見ながら「どうする?」と呟いた。

「お言葉に甘えて帰っちゃダメですかね? 樅、この数相手に生きて帰れる気がしないんですけど? なーんて言ってみたりして……」

 ひきつった笑顔で、遠慮がちに樅が答えた。

 確かに、この窮地から脱出出来るのは大変魅力的である。

 しかし、日本を恨むと言い切った悪魔の一団とその指揮官を放置することは、帝都守護のお役目上難しい。

 ライドウの意思を察したゴウトは、意見をまとめた。

「フム、そうだな。深海棲艦の目的が解らぬ内には判断しかねる。

 この状況は多勢に無勢が過ぎるが、それによっては無茶をやらねばならんかもしれぬ。

 もう少し奴の肚の内を探るか」

 話を聞いていた樅は、少し顔をしかめたもののわかりましたと頷く。

 造魔合体の話を聞き、すぐさま受け入れる事を決めた舟魂樅の覚悟は、駆逐管属樅となっても健在のようである。

 頷いたゴウトは深海棲艦の姫を見やり、問うた。 

「姫よ、うぬらを放置すれば我らに手を出さぬというが、陸に戻った我等が約束を守ると信じられるのか?

 国にうぬらの事を報告するとは思わぬのか?」

「報告ダロウガ何ダロウガ、シタケレバスレバ良イ。

 ソレヲ妨ゲヨウトハ思ッテオラン。

 何ナラ先程マデ騒イデイタ男ノ死体モ持ッテイクカ?

 放ッテ置イテホシイトイウノハ、今我々ニ手出シセズ、大人シク陸ニ帰ッテホシイトイウ程度ノ意味ダ。

 ソウスレバ我等ハ静カニ棲息海域ヲ移シ、貴様等ノ目ノ届カヌ海デ力ヲ蓄エルノミ。

 ソノ間貴様等ガ何ヲシヨウト関係ナイ」

 今度は樅が姫に問うた。

「力を蓄えるですか。その蓄えた力はどの様に使うのですか?」

「海ノ世界モ甘クハナクテナ。悪魔同士ノ生存競争モ熾烈ナノサ。

 特ニまーめいどノ奴等ガ最近デカイカオヲシテヤガル。

 沈メテモ平気ナ船ダト言ッテ酷イ歌ヲ聞カセルンダ……

 ソンナ顔スルナヨ、冗談ダ。貴様ハ日本生マレデ日本育チノ艦カ?

 冗談ノ通ジナイ奴メ。

 マア、ソウサ我々ガ何ヲ恨ンデイルカヲ考エレバ想像ハツクノデハナイカ。

 アア言ッテオクガ、私ガ恨ンデイルノハ日本ダケデハ無イゾ。

 米国モダ。フフ、私以外ノ仲間ガ恨ム相手ヲ挙ゲレバソレコソ数エ切レンナ。

 凡ソ海ニ面シタ全テノ国トイッテイイ」

 驚いたゴウトが声を上げる。

「世界中を相手に回すつもりなのか? 正気か?」

 その言葉に、姫は心底楽しそうに笑った。

「ハハハハハハ。私ニ正気ヲ問ウトハ面白イ冗談ダナ。

 気ニ入ッタゾ猫チャン。ゴ褒美ニ答エテアゲヨウ。

 無論狂気ダ。当然世界スベテノ人類ヲ敵ニ回スノサ。

 ……安心シナヨ。我々ノ力ガ十分ニ蓄エラレルマデ今ノ調子ジャア百年ハカカルダロウサ。

 貴様ラハ既ニ墓ノ下ダ。

 イヤ、船ノ御嬢チャンハワカラナイカナ」

 ゴウトは合点がいったと頷いた。

「なるほどな。ここで引いてもライドウ個人には不利益はないというわけだ」

 だが、ここで見逃せば百年の後の大戦乱が目に見えている。

 そして、それは当然帝都も巻き込む戦禍となるだろう。

 ならば今ここを決戦場とするのが帝都の守護者としての最良の選択であろう。

 気がつけば、ゴウトがライドウと樅の顔を見上げている。視線をずらせば樅と目が合う。

 樅は覚悟を決めたか、強い意志を込めた瞳で頷いた。ライドウもそれに続いた。

 ライドウと樅の覚悟を悟り、ゴウトは深海棲艦の姫を見据えて言い放った。

「ありがたい申し出だが、遠慮しよう。

 どうやらこのライドウは将来帝都を襲う戦禍を見過ごす事は御役目上出来ないようだ。

 御目付役として、我もそれに付き合う他ないのでな」

 樅が小さな声でライドウに語り掛ける。

「さまなぁさん、事の次第は三六式無線機で本土に伝えておきました。

 ……無理やり通信に割り込んだからすっごい怒ってましたけど。

 もし樅たちがここで沈んでも、我が皇国は何らかの対策は採ってくれる筈です。

 ……イタズラだと思われてなければ」

 樅の瞳には悲壮な覚悟が浮かんでいる。

「交渉決裂ダナ。愚カナ。打テ」

 深海棲艦の姫の残念そうな合図に、無数の深海棲艦の砲が火を吹き、また無数の雷跡が迫る。

 ライドウは防御を固め、樅はアリスを盾にしながら、全速力で回避接敵を試みた。

 刹那の行動の後、その成果が明らかになる。マグネタイトと陰陽葛葉による防御越しに大打撃を与えた一撃は戦艦の砲撃であろう。被弾したのはそれだけであった。

 とは言え、その衝撃に手は痺れる。なんとか胸元から一本の封魔管を取り出した。呼び出すのは銃撃属性吸収の防御相性を持つ八つの頭を持つ蛇の仲魔、ヤマタノオロチである。

 ヤマタノオロチを呼び出すと同時にライドウは樅から飛び降りた。

 ヤマタノオロチの氷結属性魔法に冷却された海は瞬時に凍り、海原を氷原へと変えた。

 その場しのぎの仲魔であったアリオクと違い、長く苦楽を共にし鍛え上げたヤマタノオロチの分厚い氷ならばそうそうわれないはずである。

 これが追撃戦や逃走戦であれば、そんな選択肢は最初から無いが、包囲されているいまは、海中からの雷撃に気をつければ、有用な選択であった。

 ヤマタノオロチへの指示は二つ。足場の作成と、ライドウの盾になることである。

 ヤマタノオロチの吐息で生まれる足場を走り接敵を図り、飛来する砲弾はヤマタノオロチを盾に防ぐ。

 樅とライドウに別れたことで、密度の下がった砲弾の雨の中、樅に少し遅れて、ライドウはついに接敵を果たした。

 敵艦に紛れた途端に落ちる敵砲撃の頻度。同士討ちを恐れた為だろう。ライドウは深海棲艦の主に駆逐艦、時に軽巡洋艦を屠りながら樅に近づき、ヒラリと肩に乗った。

「おかえりなさい、さまなぁさん。短い離艦でしたね。

 ところでご存知ありません?

 私は駆逐管属樅であって、航空母管属鳳翔でも赤城でも加賀でもないし、人間は艦載機じゃないんですけど」

 軽口を叩く樅を黙殺したライドウは、ヤマタノオロチを管に戻し、ヨシツネを召喚する。

 先の戦艦戦でもそうであったが、八艘飛びの逸話と銃撃属性耐性を持つヨシツネは、深海棲艦との乱戦に強い。

 見る間に敵意と注目を引き付けながら敵艦を屠っていく。

 流石に多勢に無勢で時折被弾するもアリスの回復魔法で継戦能力に不安はなかった。

 無論、ライドウも樅もただヨシツネの活躍を見ている訳ではない。

 外れれば味方に当たる敵方とは違い、こちらは砲も魚雷も打ち放題である。目を瞑って適当に放っても何れかの敵に当たりそうな状況。砲撃に雷撃に八面六臂の活躍を見せる樅。

 それを庇い、回復魔法も忘れないアリス。陰陽葛葉による防御と拳銃による牽制、時折現れる接近戦を挑む命知らずを切り捨てるライドウ。

 多勢に無勢で始まった海戦は、こちらの優位に進んで行った。

 しばし死闘が続き、沈んだ深海棲艦が五十を超えた頃、ライドウの視界の端に小さな水柱が立ち上る。閃く陰陽葛葉から確かに鋼鉄の如き肉を切る手応えが伝わるが、同時に刀身を掴まれた感触も伝わる。

 水柱が晴れれば、そこには左肩から胸の中心までを切り裂かれながらも右手で陰陽葛葉を掴み、魚雷をアリスに投げつける凶悪な笑顔の姫の姿が見えた。

 瞬時に巻き起こる大爆発。もはや音と認識するのも困難な衝撃、飛び散る金属片が防御を貫き自らの肉に食い込むのを感じる中、ライドウはアリスがマグネタイトに還元され管に戻るのを感じる。

 明らかに死亡状態となっている筈だ。

「金髪悪魔ハ倒シタ! 同士討チヲ恐レルナ! 一斉射!」

 そんな姫の声が高らかに響く。

 銃撃無効のアリスが倒され、爆発の余波に体勢を崩された今この状況は危険極まりない。

 ヤマタノオロチを召喚したいところだが、十中八九間に合わない。

 ならばと、ありったけのマグネタイトを振り絞り、全力で防御を展開。そしてヨシツネを召し寄せる。

 ヨシツネが姫、樅、ライドウの順で海面に叩きつけ、覆いかぶさった直後、無数の砲弾と魚雷が襲いくる。

 姫の身体を魚雷からの盾に、ヨシツネの身体を砲弾からの盾とするも、身体が引き裂かれそうな衝撃を何度も受け、やがて収まったときには、ライドウ、樅は満身創痍となっていた。

 衣類や艤装を大きく破損した樅が、ライドウの身体を抱え込んだまま海面に座り込んでいる。

 ヨシツネもマグネタイトに還元され管に戻りつつある。

 僅かな身動ぎでも耐え難い苦痛が襲う。樅の胸元から目を回したゴウトが顔を出し尋ねた。

「無事か?」

 首を横に振って返し、周囲を見回すと、傍らに姫が漂っていた。

 その姿は手足が千切れ、胴もひどく損傷した、もはや死体にしか見えないが、目は開きこちらを見ている。

「オ互イ死ニ損ナッタナ。

 チッ、奴等手心デモ加エタカ。

 ダガ、ソノ様子デハ最早戦エマイ、対シテ我ガ艦隊ハオヨソ半数ガ健在。彼我ノ戦力差ハラカダ。

 ドウスル? 奴等ハ私ノ身ヲ案ジテカ次弾ヲ撃ッテ来ナイヨウダガ、私ガ沈ムカ命令スレバ先ノ攻撃ガ再現サレルコトニナルゾ。ククク」

 樅は身動きすら出来ずに喋る姫を悔しそうな眼で睨みながら立ち上がり、ライドウを肩車する。

「ムゥ、敵の首魁を目の前に癪だが……」

「ワカラン猫ダナ。首魁デハナイト言ッタロウニ。

 私ハタダノ現場指揮官ニ過ギン。確カニ我等ノ中デ希少ナ存在ダガ、他ニモ同等ノ存在ヤ上位ノ存在ハ居ル。

 私ガ沈ンダトコロデ、我々ハ大シタ痛手ハ受ケンノダヨ」

「なんと……ライドウよ。ならば余計にここは退くべきだ。

 此奴の討伐にこだわっている場合ではない。

 此奴の身柄を引き換えに上手く交渉を持ちかけられぬか?」

「さまなぁさん。もう撤退しましょう。これ以上は被害が出るだけです」

 ゴウトも樅も撤退を提案するが、その目に臆した様子はなく、合理的判断での提案のようだ。ライドウにも異論はなかった。

 先程姫たちとの決戦に挑んだのは、ここで勝てば深海棲艦を一掃できるという誤った思い込みと、深海棲艦に相性の良いヨシツネとアリスにより、極めて薄くとも勝機があってこその判断であった。

 相性有利な仲間としてヤマタノオロチはまだ残っているが、事此処に至ってはもはや退却しかあるまい。

「ククク、今更逃ガスト思ウカ?

 撤退ヲ許ス最後ノ機会ハ先ノ交戦前ニ終ワッタ。

 今攻撃ガ止ンデイルノハ、私ガ会話ヲ楽シンデイルカラニスギン。

 仮ニ奴等ガ交渉ニ乗ッタトシテモ私ガ攻撃命令ヲ出ス」

 だが、姫がそれを許しそうにない。このままでは、自分もゴウトも樅も海の藻屑となるだろう。

 マグネタイトにはまだ余裕がある。

 最後の切札とも言える最強の仲魔、混沌王人修羅を召喚する事も頭によぎるが、彼は地に足つけて戦う悪魔である。

 洋上ではその無双の実力を一割も発揮できまい。

 ボルテクス界で銀座から芝浦埠頭に向かう際、橋の崩落した運河を超えるのを避け、はるばる遠回りして有明あたりから長大な橋を渡り移動していた人修羅の事を思い出した。

 しかし、他の仲魔を召喚したところでジワジワと追い詰められるのは目に見えている。

 もはや、玉砕覚悟で勝機の見えない戦いに挑むしかないのだろうか?

 走馬灯のように頭をよぎる様々な記憶の中、つい先日のヴィクトルの言葉に活路を見いだした。

 『十分に練度を上げれば樅自身が悪魔召喚師になることすら可能かもしれん』

 確かに、ヴィクトルはそう言っていたし、先日からのアカラナ回廊での鍛練で、樅の練度は十分に上がっている。

 マグネタイトの取り扱いも熟達しているし、いまやライドウのマグネタイトを供給せずに自給自足が成立している。

 この状況で戦力になりうる悪魔を単独で使役させるのは流石に無茶だが、ライドウの手にも余る悪魔の召喚・制御を補佐させるくらいなら可能なのでは?

 更に言えば、樅は艦船であり、熟練の乗員の記憶も持つ。相性も良さそうである。

 そう思い立ったライドウは、樅に召喚・制御補助の指示をだし、一本木の封魔管を手に取った。それを見たゴウトが叫ぶ。

「バカな! 血迷ったか!? 止めるのだライドウ! 其奴はうぬの仲魔ではない。拾っただけのうぬに従うはずのない悪魔だ。うぬ一人で制御できる代物ではないと知って……

 そういうことか! 分の悪い賭けだが、後が無くては是も非もないか。

 感謝しろ、我もうぬの賭けに全力で乗ってやる」

 姫もそんなライドウたちを黙って見ているはずもなく、他の深海棲艦に砲雷撃の命令を出すが、一手遅い。

 次の瞬間には、マグネタイトの輝きから生じた巨大な戦艦上から、深海棲艦の砲撃が装甲に弾かれる様を眼下に見下ろしていた。

 波間を漂う姫と一瞬目が合い、雷撃の水柱に見失った。

「なんですかコレ! なんなんですかコレ!? どーいうことですかコレは!?」

 心の準備の暇もなく、いきなり未知の悪魔の召喚・制御補佐をさせられた樅が混乱しながら叫んでいる。

 樅の肩から降りたライドウは、樅にこの戦艦「超力戦艦ヤソマガツ」の概要を説明した。

 時折、ヤソマガツの自主的な射撃による轟音に声を遮られながらも説明を終えると、樅は額を抑えてうろたえた。

「え、ちょっと待ってください。混乱してきた。この戦艦は悪魔なんですか?」

 さらに混乱が深まる樅の言を、ゴウトが肯定した。

「まさにその通りだ。

 そして、この召喚に要するマグネタイトはライドウとうぬの二人で負担しているし、制御も二人でしている。自覚もあろう?」

「確かに、自分の艤装以外の何かが意識下にあるのは感じますけど……」

 自分でもわかる感覚の話になったためか、樅の混乱は多少収まったようだ。

「気を抜くなよ。こやつは、以前帝都を襲った巨大人型兵器と同型の悪魔だ。制御を外れればどうなるか分からんぞ」

 だが、ゴウトのその言葉で新たな困難の渦の中に樅は放り込まれる。

「え、ちょっと、ホントに待ってください、これ、あれと同じやつなんですか!?

 冗談ですよね? 何でそんなもん持ってんですか!?

 え、嘘ですよね? あれ? 目眩がしてきた」

 ゴウトは、そんな樅にさらに情報を投げつける。

「うむ、このヤソマガツは以前アカラナ回廊でライドウが斬り捨てたのだが、消滅はしなかったようでな。

 その後、ライドウと異世界の雷同でアカラナ回廊を巡っている際に拾ったのだ」

「え゛! 超弩級戦艦を切り捨てた話って冗談じゃなかったんですか!?

 待って待って、情報多過ぎて理解が追い付かない。ホントにちょっぴり待ってください」

 だが、ゴウトの言葉は止まらない。

「雷同と二人がかりなら制御できたのだが、一人では御しきれずにいてな。

 どうやら使役に同意していないのが原因だと睨んでいるが、さりとて意思を疎通できる悪魔でもなさそうでな。

 他の悪魔召喚師との協力も、息が合わぬのか上手くいかず難儀していた。

 そこへ、共に訓練し、共に戦場を駆け、ライドウとのマグネタイト授受をこなすうぬが現れたのだ」

 ゴウトは樅の胸元から、ヤソマガツの甲板に降り立って、ライドウを見上げた。

「よくぞあの土壇場で思い付いたものよ。ライドウよ。ここは素直に称賛してやろう」

「あーもう、理解出来ないってことはわかったんで、諦めて現状を受け入れます」

 頭を抱えていた樅は、突如スッキリした顔になり、言い切った。

「さて、樅が状況を受け入れたならば早速艦橋へ急ぐぞ。

 この戦艦と深海棲艦では大きさが違いすぎて砲撃もままならぬ。

 戦艦より人型兵器の方が、小回りが効いてこの場合は有利であろう」

 走り出したゴウトを追って、ライドウ、樅の順で続いた。

 

 痛む身体に鞭打ち狭い階段を上りきり艦橋へと出る。

「うひゃー。高いですね。樅の艦橋とはやっぱり違います。

 ああでも、ここに居ると、自分の艤装みたいに超力戦艦ヤソマガツの諸元が手に取るようにわかります。

 コレって樅がこの子の召喚主だからですか?」

 少なくともライドウにはそんな感覚はないので、少なくとも召喚主で有ることだけが原因ではないだろうと、ライドウは首を横に振った。

「じゃあ、きっとそれに加えて樅も艦だからですね。よくわかんないけど。

 うわ何この装備。レーダー感度ヤバすぎ。超力陽弾とか名前がダサカッコイイ。

 お、あのへん深海棲艦の密度が高くて試射に丁度良いですね。

 狙い目です。さまなぁさん射って良いですか?」

 海上での砲撃戦はどう考えても樅の方が得手である。多少浮ついているものの、判断は任せたほうがよかろうと、ライドウは無言で頷いた。

「やった! そうと決まれば早速、超力陽弾徐に打て!」

 ライドウの返事を待たず旋回していた砲塔が、許可と同時に火を吹き、ライドウからは死角になっている海面を叩いた。万能属性の輝きが膨れ上がる。

「うひゃあ、すごい威力! 弾着水面が燃えてますよ!」

 興奮する樅に、ゴウトが冷水を浴びせる。

「それもいいが、余裕ができたらさっさと人型に変形するのだ」

 樅は、一度視線をライドウに定め、ライドウが頷くと「ええっとこれかな?」などといいながら、意識下で何らかの指示を行ったらしい。

 艦体が大きく震え、周囲に巨大な水柱が立ったかと思えば、艦橋がグイッと持ち上がる。

 ライドウは手近な手摺に手を伸ばし、弱った体を支えた。

「凄いすごい! なんですかこれ!?

 本当に艦艇が人型になりましたよ! こんなの初めて見た!」

 などと、先日人型になった駆逐艦、樅が騒いでる。

 樅は超力戦艦……否、人型になった超力超神ヤソマガツの諸元を確認する。

 ゴウトは、ライドウに視線で確認してから樅に告げた。

「樅よ。海戦はうぬの方が得意であろう。

 好きにやってしまえ。ぬかるなよ?」

「猫さん話がわかりますね。それじゃあ手始めに……超力殺線! 超力陽弾! 超力陽弾! 超力殺線! で敵艦を誘導してぇ。超力撃砕ぃ!」

 ライドウが手摺に掴まりながら、艦橋窓から下方を見下ろすと、超力超神が暴れ狂う。手から怪光線を発し、肩からは強力な砲弾が飛び出し、あげくの果てには両手を組んで敵に叩きつけ、広範囲の深海棲艦を一気に吹き飛ばした。

 超力超神ヤソマガツは、なおも樅の指示に従い暴れまわる。

 無数の深海戦艦を蹴散らし、海面に無数の炎を残す。さんざんヤソマガツを暴れさせた樅は、さらに叫んだ。

「ついでにこれもぉ! 超力死界ぃ!」

 ヤソマガツの全身から悍ましく赤黒いマグネタイトが立ち上り、黒い靄をまとった万能属性力場が無数にまき散らされる。

 一瞬、攻撃の余波に揺れる波間に満身創痍の姫の姿を見た気もしたが、それも赤黒い炎に呑まれ、やがて炎が消えたあとには何も残っていなかった。

 ライドウもゴウトも樅も残心を解かずに周囲を観察する。数分が経った頃に、ようやく勝利を確信した。

 同じく残心を解いた樅が、額の汗をぬぐい口を開いた。

「ふぅ、一時はどうなることかと思いましたが、何とかなりましたね。

 流石はさまなぁさんです。もはやインチキを通り越して卑怯なくらいの奥の手でしたね。

 なんですかあの超力死界ってのは?」

 かつて敵として戦った際に苦労した、超力超神ヤソマガツの奥の手である。強力極まりない万能属性の力場を無数にまき散らす恐るべき技であった。

 ……ような記憶があるが、奴の奥の手は前後左右どころか上からも怪光線が飛び交い、加えて衝撃波や二本の触手を振るう範囲攻撃だったような気もする。

 いや、何れにせよ超力死界は厄介であったが。はっきりとせず二重に存在する記憶に困惑しながらも、ライドウはようやく区切りの付いた一連の事件にため息をこぼした。

 

最終章 史上最大規模の前哨戦 完

 

 

 

 

終章

 

 帝都、筑土町は銀楼閣。今風のビルヂング3階の鳴海探偵社で、ライドウは鳴海に対して事件捜査の報告を行っていた。

「凡そ海に面した全ての国を恨む。世界の人間全てを敵に回すか。

 なあ、ライドウ。深海棲艦は一体何を恨んでいるんだろうな?

 彼女はおそらく沈んだ船の舟魂、荒御魂だろうが、『戦い破れ、沈んだならば悔しく悲しくあっても恨みはしない。本望だ』と言ったんだろ?」

 鳴海は一拍の間ライドウを優しい目で見つめ、視線を切って続けた。

「それはきっと、彼女の『無為無策に付き合わされたのでなければな』って言葉に集約されているんだろうな。

 俺にはなんとなくわかるよ。ライドウも知っての通り、かつて軍人だったからな。

 彼女の言葉を借りれば、我々は戦い、殺し、殺される為の職業って所さ。

 死ぬのは嫌だが、戦いの上で敗れて死ぬなら、まあ当時は納得していたと思う。

 そんな生き物がどんな時に母国を恨むのか? 思いつく限りでは二つだな。

 一つは、犬死させられた時だよ。死ぬのも仕事のうちとはいえ、お国のため、その後ろにいる家族や大切な人を守るためにその仕事に就いたんだ。

 それを意味のないところで死なされたらそれは恨むさ。話が違うってね。

 もう一つが、命で贖った成果を台無しにされた時だと思う。

 お国の将来、大切な人の将来を安泰にするために戦ったのに、そのおまけで生き残った連中の怠慢や私欲で、せっかく死んでまで勝ち取った太平を乱されたらそれこそ恨む。

 ライドウだってお役目を戴いている身だ。多少の考え方の差はあれど大筋は分かるだろ?」

 ライドウは静かに頷いた。

「どっちも無為無策と言えば言えるが、きっと深海棲艦の恨みってのは主には二つ目の方だと思うよ。

 せっかく戦争が終わったというのに、もう国際情勢にはきな臭さがある。

 兵力の維持増強は結構なことだが、目先の利益を追求した外交の果ての戦争なんか起こってみろ?

 彼女等の恨みは更に深まるぞ?

 しかもその戦争で更に軍艦が沈み深海棲艦が増える。

 悪い方向に進めば世界中の海が奴らに占拠されて海路が使えなくなる未来も有りうるぜ。

 帝国本土にとっては致命的な事態になりかねない。

 いや、恨みってのは怖いね。地獄少女の時しかり、此度もしかり」

 鳴海は深いため息をついた。そして、頭を振り、暗い雰囲気を払うと、話題を変える。

「そう言えば、樅ちゃんは良かったのか? ライドウ?

 海軍に帰っちゃったんだろ?」

 もとより樅は海軍所属。深海棲艦の一件の対処のために一時的にライドウの所に身を寄せていただけである。

 将来の深海棲艦の脅威に備え、今後は海軍でヴィクトルやその助手の妖精たちの協力を受け、自らの後進を生み出すことに励むこととなっている。

 繋いだ縁が切れるわけでもない。

 そう伝えると、鳴海は朗らかに笑い、時計を見ると席を立った。

「さて、俺は方々を回って今回の件の後始末をしてくるよ。

 こっから先は戦闘能力も悪魔の力もの必要ない大人の領分だ。

 ライドウもまだ本調子じゃないんだろ? のんびり休んでいてくれよな」

 言いながら帽子を被り、ドアーの外に消えていく鳴海。

「鳴海の奴、嫌に真面目に働くじゃないか。普段からこうだと苦労がないのだがな。なぁライドウ?」

 鳴海を見送ったゴウトの言葉に否定も肯定もせず、椅子に座り暫く体を休めていると、廊下から足音が響く。

 この足音、足運びは竜宮の女将であろう。

 やがてドアーが開くと、予想の通り竜宮の女将が顔を覗かせた。

「おや、ライドウくん。ご無沙汰してるわね。鳴海さんはいるかしら?」

 外回りに出ていると伝えると、女将は肩を落とした。

「この時間にツケを回収に来るって伝えといたんだけどねぇ。

 大方手元不如意で逃げてるんだろうけど、ここで待たせてもらうよ。ライドウくん」

 言うが早いか、女将は応接テーブルに付いた。

「真面目に働いているのかと思えば、逃げであったか。まあ、鳴海らしいと言うかなんと言うか」

 ゴウトの呆れ声を聞きながら、ライドウは珈琲を淹れるために席を立った。

 


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