独占したいウマ娘VS何も知らないトレーナー 作:mashiyu
「俺がドーピングだと?ふざっけんじゃねぇ!」
「気持ちは分かるが、暴れんなよサンデー。その体力はファンサービスにでも残しておけ」
にしても、中々酷い記事だな。無根拠にこんな記事を作るとは。
「『サンデーサイレンス、奇跡的な回復!その裏には違法薬物使用の疑いが…』だとよ。ハハッ、流石自由の国だ。言論の自由って他人の名誉を棄損する内容でも保障されてんだっけか?」
「なにヘラヘラ笑ってんだ?俺がドーピングなんてしてねぇことくらいてめぇはわかってんだろ。それをこんなこと書かれててめぇは怒りの一つも覚えねぇのか?あぁ!?」
「熱くなんなよチビ。記者だって情報を拡散するツールじゃなく人間だ。ちょっとくらい血迷うことはある。それに、こんなことでキャリアを終わらせるわけにもいかねぇだろ?」
「日和ってるだけだろうが。チッ、てめぇがそこまで根性の無いやつだとは思わなかった」
うーん、チビにはまだ難しいらしい。
「お前はアスリートなんだぜ?オラついてるそこら辺のガキと同じことしちゃだめだ。チビにはまだこういう話は難しかったか。ま、これから覚えていけばいいさ」
「チビチビうるせぇ!何回言ったらわかるんだてめぇは!?」
「体が小さいから頭に血が上るのも早いな」
「ぶっ殺す!」
うーん、強烈な回し蹴りだ。当たったら俺ワンチャン死ぬんだが、考えてんのか?いや、考えてねぇな。まあ当たらんがね。
「走り終えるまではこういうことも多々あるさ。忍ぶことは大切だぜ。覚えておけよ、チビ」
「てめぇからの説教なんざ聞きたかねぇ」
チビは案外繊細なのかもしれないな。
「ま、終わったあとに文句を言われる筋合いはねぇ。いつかそうなったときは…俺が全員殺す」
「…バカかお前は?俺様が余計に面倒なことになるだろうが」
「喜んで証人になってくれるんじゃねぇのか?」
「喜んで検察側の証人になってやるよ」
「おお、そりゃ悲しい。自白の時にはお前を共犯に加えておくぜ。塀の中でも仲良くやろうな、チビ」
「俺をお前の異常行動に巻き込むんじゃねぇ!」
うん、さっきと比べて元気だな。その代わりよりエキセントリックになったが、まあ必要経費だろう。
「異常とか正常とか興味ねぇんだ。俺のいた国に比べてここは随分ルールがエキサイトしてるみたいだしな。ドーピング?オセアニアじゃあ常識なんだよ」
「蔓延ってるだけで常識じゃねぇだろ…」
「常識、一般論、共通認識、ジンクス。その尽くを覆してやろうぜ。最強がルールの外にいるんじゃあ格好つかねぇだろ。な?」
「…付き合い切れねぇな。文句があるやつは俺様がこの脚で叩き潰すだけだ」
「ハッ、比喩なのか物理なのかわからねぇな」
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「勝てなくても努力した結果が大事?冗談言うんじゃねぇよ。結果が全てだ。まだわからねぇのか?」
「えっ…?」
「お前は負けに負けてとうとう地の底にまで落ちてんだ。それを今更何言い訳してやがる?それを言っていいのは結果を出した奴だけだ。言い訳に使うんじゃねぇ」
「わ、私だって頑張ったんですよ!でも周りは皆強くって、努力してもどんどん差がついていって…そんな言い訳すらできないなら私に何が残るっていうんですか!」
名も知らぬウマ娘。中央に来てこれからどんな蹄跡を残すのか心を躍らせた過去が容易に想像できる。しかし、現実はどこまでも非情だ。ただ一つの勝ちを拾うことすらできなかった。
「勝利だけなんだよ!お前がここまでやってきたことを正当化できる証は!くたびれたシューズ見て昔を思い出して、あのときは努力したけど勝てなかったな、なんてしょうもない思い出に浸るのか?お前がそれを思い出したときに得るのは一度も勝利できなかったことへの虚しさだけだ」
「じゃあ私はどうすればいいんですか!?あなただって私のことを諦めてるくせに!勝手なこと言わないで!」
「諦めてるのはお前だろうが。自分が信じれないからって他人に縋ったところで結果は何一つとして変わらねぇんだよ!…意地張れ。プライド見せろ。ヘラヘラ笑って誤魔化すな。本当に悔しい思いをしてるのはお前だろ?」
「………」
「お前を証明できるのは画一化した価値観じゃない。お前が勝利するのに必要なのは全てをねじ伏せるエゴだけだ。最後に勝つのは最後まで諦めず意地張ったやつだ」
人生楽しいことばかりじゃない。そう割り切るしかないんだ。
「最後にどうなるかはお前次第だ。期待してるよ」
気まずくなったその場から逃げるように俺は去った。
あのウマ娘はその後ラストラン、最後のレースを初重賞制覇で終えることとなった。それがどういう経緯であれ、めでたいことだと思う。だが、華々しく終えることのできたやつはいったい、全体の何割ほどなんだろうな。
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「過去に俺に縋ってきたやつは何人だっていた。俺は決まってそいつらに現実を叩きつけた。現実を見てねぇやつは夢の心地よさもわからねぇからだ。やがて夢は焦燥感と哀しみに溢れる。夢が現実を蝕んでいくんだ」
まだ未熟だったあの頃の記憶に思いを馳せた。
「現実を受け入れることなく去っていったやつばかりだったよ。でも、最後の最後に意地見せたやつはいた。その時のそいつは、縋ってきたあの時の表情より何百倍もいい顔してたよ」
「努力が報われる保証はねぇが、しないよりはマシな未来になる。だから、お前も諦めるなんて冷めること言うなよ」
「勝手なことを言ってくれる。勝利の栄光を手に掴んだやつの言葉は違うな。だが、少しはやる気が出てきたよ」
目の前の男はそう言った。
「ああ。結果が出たらなんか奢ってやるよ」
「それはいい。給料以外の報酬が貰えるなんてな。それなら、もう少しだけやってみるさ。あと、少しだけ…」
俺の同僚はそれだけ言って去った。その背中は少し小さく見えたが、どこか熱を持っていた。
「もちろんウマ娘にとって結果は大事だが、トレーナーも例に漏れねぇんだよな。少しだけ寂しく感じるぜ」
重賞に勝つことが難しいのは皆わかってる。それでも、夢見てトレーナーになったやつは受け持ってきた担当が勝利できなければその自信と夢を打ち砕かれてしまう。そりゃあ背負ってるものが他人の未来なら尚のことそうだ。
「勝者の上には敗者の屍が…なんてな」
勝者の苦労と、敗者の嘆き。それは比較することのできない物だ。他人の気持ちなんておおよそは読み取れても本質まで読み切ることなど人にはできない。
「それを見るのは、どうしようもなくつまらねぇな」
俺は灰皿に煙草を押しつけ、火を消した。
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「担当ウマ娘、ねぇ…」
帰ってきたあの時もそうだったが、たづなさんにそれとなくウマ娘と担当契約をして欲しい、と伝えられた。あの時話を打ち切ってしまったツケが来たらしい。
『トレーナーさんはどうしてウマ娘の方たちと担当契約を結ばれないんですか?皆さん貴方を慕っていると思いますが…』
『担当契約を結んだならそれなりの責任と覚悟を持って自分なりにやりますよ。相手や状況に合わせた対応だってします。でも、俺のやり方が相手にとってどうかはわからないでしょ?その解が未だに見つけられないんすわ』
『トレーナーとして誠実だとは思いますが、余り待たせるのも酷ではないでしょうか。担当を持たないのは少し極端では?』
『この手に栄光を、なんて考えてた時期もあったが最近になって考えが変わりましてね。できるだけ多くに手を差し伸べるなら一人に専念するのは視野も手を伸ばせる範囲も狭まる。それが嫌だっつーだけの理由っすよ』
栄光は道を照らすために。名誉は己の心を守るために。
「最終目標から逆算しても、随分遠い道筋だな…」
だが、諦めるわけにはいかない。誰か1人を選んで誰かを諦めることになるなら、俺は最初から選ばない。
「何一つとして欠けてはいけない。手が小さいのなら広げればいい。千里の道も一歩からだ」
一歩ずつ、踏みしめていく。
「未来はこの手の中にある。だからこそ、それを零さないように。汚さないようにしていかねぇとな」
傲慢で結構。誰かを導くのにはそれくらいの自信と勇気が必要だ。示す手本は雄大でなければならない。
「発破をかけられてそれを糧にできる精神状態のやつはまだいいが、そうじゃないやつはどうするべきかね…」
反発できるだけマシだ。それなら殴られてでも凹みは直す手段を取れる。だが、相手が潰れてしまっていたら?
「ただ肯定してるだけじゃ沈んでいくだけだ。元の状態に戻すぐらいのことはしねぇとな。その為には何が必要だ?…成功体験、手っ取り早く勝利ってところか?いや、それもどうなんだ?人によって悩みなんて変わるし、まずはそこを明確にしねぇと…」
まだ答えを出すことはできない。しかし、考え続けなければならない。思考をやめた瞬間に、人は終わるのだから。
「歩みを止めてはいけない。現実に追いつかれちまうからな」
現実というのは実に恐ろしいものだ。それだけでなく、虚構にすら呑み込まれてしまえば尚更状態が悪い。
「現実を見ないと進むべき道も見えねぇ。酩酊した状態で進んだ所で足を踏み外すだけだ。碌なことにならねぇ」
最終的な目標としては自立させることだが、立つことができない相手にそれを強いては状況を悪化させるだけ。
「世の中面倒事ばっかだよな。ま、一番面倒なのはこの性分なんだけどな。今更直せそうにねぇや。誰かを諦めんのも、誰かに諦められるのも大嫌いだ」
だからこそ、寄り添い、それからある程度観察して見極める。それが正解だとひとまずは結論付けておく。結局はケースバイケースだが、完璧を目指すよりまず終わらせろ。ってやつだ。
新鮮な空気は煙草とはまた変わった落ち着きを得られる。俺は深呼吸をし、息を整えた。
「はー、毎日が日曜日だったらいいのによ」
俺はトレーナー室の電気を消し、後にした。