元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです(旧題:元TS聖女の受難) 作:黄金りんね
詳細な研究の結果、聖女の心臓が動いている理由は解明できなかった。エリザベートの見解では、魔力に依らない力――すなわち、権能による作用であるとしか思えないということだった。死してなお心臓を動かす
魔王との戦いで、砕け折れた戦斧の柄をもって、軽く二度、三度と振る。竜の牙で作った大斧が、戦いの中でいともたやすく砕けてしまった。
あのとき、俺は魔王の圧倒的な闘気を突破する一撃はほとんど放つことができなかった。何度か有効打は与えられても、ダメージにつながっていたとは思えない。
戦士としてあの場にいながら、最も戦うことができていなかった自分が情けない。戦うことを生業としながら、あの場で活躍できたとは言えなかった。
聖女は、何度も俺の傷を癒しながら、戦況を確認していた。
「勇者様でも、あまりダメージは入っていないかも……いや、聖剣の通りが悪いのか? クソ、なら……」
ぶつぶつと何かをつぶやいてから、首を振る。
「――戦士殿。次の一撃で、魔王の闘気を削り切ってやりましょう。私も、武器に属性付与を授けてみます」
「魔族を滅ぼす退魔の術式か」
「いえ。これは一種の賭けですが……大地の加護が、魔王にはよく効くんじゃないかと思います。推測の理由はまた今度教えてあげますから。ね?」
茶目っ気手っぷりに笑う聖女に、俺は小さくうなずいた。武器に、聖女の編み込んだ術式が浸透していく。俺は、一瞬で呼吸を整えて、魔王まで一気に駆け抜ける。魔王の攻撃を、二度、三度と回避する。死を振りまく不可視の衝撃。当たるわけにはいかないし、当たらないようによける訓練はたくさん積んできた。
負けるわけには、行かなかった。
「
斧を、横薙ぎに振りかぶる。魔王が腕で受けた。伝わってくる感触は、先ほどとは違う。腕の骨がバキバキにへし折れる感触。
俺はかつて、どうしようもない荒くれ物で、この手の感触は拳に覚えていた。魔王はやや驚いたような顔で、こちらを――否。俺の後ろを、見ていた。
「お前か」
魔王が、抑揚のない声でつぶやいたのを覚えている。――そして、残りの腕で。ああ。俺は、あの瞬間。力を出し切って、動けなかった。
自分の無力を痛感しながら、守るべき少女の腹に風穴があくのを、ただ見つめることしかできなかった。
大聖女アリアの棺を納めた新たな教会、マグナポラリス大聖堂が建設されることが決まった。城壁外の広大な大地に建設される。建築は魔法を含めた急ピッチで進み、わずか一年で荘厳な大聖堂が完成した。
アリアの遺体が、穏やかな顔で眠っていた。水晶の棺の中で、さも「世界を救った偉大な聖女」であるかのように眠る少女に、何故か。笑う気にはなれなかった。
「戦士殿は、なんで勅令に従ったんですか?」
「……もとより魔王を滅ぼすと決めた。勅令に従ったのではなく、たまたま勅令がでただけだ」
「なんか重そうな感じですね……理由は言わなくていいですよ」
「村が魔族に滅ぼされた。よくある話だ」
俺の言葉に、アリアは顔をしかめていた。
「言わなくていいって言ったのに! もう、戦士殿は悪い人ですね……じゃ、いってらっしゃい」
「……?」
「アンタも行くのよ! 何勝手に留守番しようとしてるの!?」
魔法使いに怒られる聖女見て、勇者と俺は顔を合わせて苦笑い。聖女は旅路の中で、まっとうな人間であろうとはしなかった。意図してそうだったような気もする。だが、そうだな。もし彼女が、普通の村娘として生きられたなら。きっと、こんな風に軽口をたたきながら。洗濯をしたり。糸をつむいだり。パンをこねたりしていたのだろうか。
そんな世界になればいいと思った。俺も、いつか斧を手放せれば。魔王を殺せば、そんな日も来るかもしれない。
「――戦士殿は、私の惰弱を見ても何も言わないのですね。勇者様はたまにガチギレしてきますよ」
「……俺は、君が聖女なんかじゃなければいいのにと思うことがある。旅は、辛いだろう」
俺の言葉に、聖女は一瞬ひっぱたかれたような顔をした。そして、くしゃりと笑った。心に亀裂を入れてしまったのではないか。そう思って、慌てて言いつくろった。
「いや、俺はただ、君には普通に……」
「知ってますよ。私だけ、場違いですよね。もとより魔族を殺しまわっていた大斧のモーガン・ディエス・ベアバックボーン。魔術を極めた天才、エリザベート・シルバースノウ・ノルトライト。それに、聖剣を抜き放った人類最初にして世界最強の剣士。エドワード・アレキサンダー。それに比べて、私は何一つ持ってませんからね」
才能は凡庸。地位はかりそめ。そういって、少女は笑った。だが、彼女の治癒は的確だったし、魔族の弱点を見抜く力も高かった。彼女の能力は、何一つ劣るものではなかったのだ。
「でも。旅はつらくなんかないですよ。そりゃ、まぁ……嫌なことも、苦しいことも、悲しいことも山ほどありますが。それでも、旅は楽しいとおもってます。でなきゃ、こんなに長く旅を続けることなんてできませんよ」
そういって笑ったアリアに、俺は結局。謝ることはできなかった。
思い出を懐かしみながら、もう二度と目を開かないアリアを見つめ続けて、二時間がたった。
「――アンタはどうするつもりなの?」
「……エリザベートか」
ふと、隣から声が聞こえた。少しやつれた様子のエリザベートが、こちらをみていた。彼女は肩をすくめてから、不愉快そうに吐き捨てた。
「帝国貴族と王国貴族の意見は今のところ足並みをそろえているわ。魔王なきあとの世界秩序について。おおむね教会の平和主義を踏襲して、貴族間での平和を維持するために一致するそうよ」
「……そうか」
俺には、恐ろしいほど関係のないことに聞こえた。
「勇者は帝国側の、アタシは王国の貴族が好き勝手しないように監視する。時々勇者と連絡を取って、互いの貴族どもの暴発を防ぐつもりよ」
「……そう、か」
「アンタは、どうするつもり?」
俺のこと? ああ。そんなこと、何一つ考えていなかった。だが。勇者とエリザベートがいるなら。安心して任せられる。
「――南方に、覇王を自称する魔族がいると聞いた。腕試しにはちょうどいいだろう」
「……あ、そう。好きにすれば」
エリザベートは、俺の言葉をあっさりと受け入れた。俺は。アリアが生まれた場所で、アリアが死んだことを実感して生き続けることから、逃げたかっただけなのかもしれない。
魔法騎士団は、王都西部の城壁に隣接した場所に本拠を置く。そのまま城壁内部の通路とつながっており、いざという時は城壁の上に即時展開できるようになっているんだとか。
騎士団員として招聘された貴族子弟は五十人。使用人は例外なく帰された。シシィらしい。貴族の特権を許さない態度は立派だと思う。ま、のんびり待とうと席に着いた。
そんなとき、遠くの席で大きな音がした。
「はぁ!? お前ごときが魔法騎士だって? 笑わせるじゃないか」
何事だと思ってみてみると、何やらけんかをしているらしい。若いっていいなぁ。金髪の、いかにも偉そうな少年が、茶髪の少女を睨みつけている。少しづつ距離を詰めて、できるだけ近くで観察する。
「あ、ちょっと失礼……」
とん、と肩がぶつかったので頭を下げつつ近くによる。少女も、負けず劣らず大きな声で反論した。
「私は――私だって、魔法騎士に選ばれたんだもん!」
「後悔しても知らないぞ? この魔法騎士はエリートもエリート。この王国最強の騎士団になるはずだ。お前みたいな、ろくに魔力操作もできない落ちこぼれがついていけると思うな!」
どうやら、魔法騎士の素質について議論しているらしい。両者の魔力を判断するに、少女は魔力量で少年に勝り、少年は魔力操作で少女に勝っている。なるほどなるほど。
てか、この子、魔力量多すぎじゃね? この魔力量を全力で操作できるなら、――少なくとも、
「後悔なんてしない。――私は、ここで魔法騎士筆頭になる」
「――っ、ずいぶんと偉そうに! なら、ここで試してみるか?」
少年が、魔力を開放する。口だけじゃないのは一瞬でわかった。みなぎる魔力操作は流麗の一言。鍛錬されたいい強化だ。今の私より全然上手だな。
「おやめなさい。これから騎士になろうという者が、私闘を好むなど……」
「ん? なんだお前」
なんだお前ってなんだ。
「リリーナ・アリア・ハミングバード。魔法騎士の召集を受け、王都に参りました。あなたは?」
「……パックス・レイン・レオンテイル。同じく、魔法騎士候補だ。……なぜ止めた?」
「なぜって、それは……」
貴族として、見苦しい私闘を許すわけにはいかない? 貴族も決闘はするか。シシィの目指す騎士ってどんな存在なんだ?
少なくとも――。
「――私の思う騎士のふるまいとは、いたずらに力を示さず、気高い精神をもってあり方を示すものですので」
「……。ふぅん。じゃあ、止めてみろよ。お前をぼこぼこにして、その後そこの思いあがった平民をのしてやる」
貴族のくせに、口の悪い奴だ。
「……言っておきますが、魔力操作において私はあなたには勝てませんからね」
「なぜ、そんなことを今言う? 手を抜いてほしいのか?」
「――――手加減はできないということです」
魔力を開放する。大体六割……いや、五割といったところか。魔力圧だけでいえば、私の力は「そこそこ」だ。
パックス君もわかっているらしく、私の魔力操作を見てふんと鼻を鳴らした。
「……なるほどな。少しはできるらしい。だが、ハミングバードの割にずいぶんお粗末な魔力操作だな――!」
パックス君の拳が、私の顔面を捉える。きぃん、と金属と金属がぶつかったような甲高い音が響く。パックス君が、眼を見開いた。
私の魔力圧がすごい、みたいな話をお父様がしていたような気がする。アンナから馬車で聞いた話だと、あれはドラグスケイル相伝の特殊な魔力――竜鱗気と呼ばれるもので、闘気に近い性質を持つ。つまり、一定以上の攻撃でないと私には疵一つつけられない
「どうなってやがる……」
「どうします? 今なら許してくれると思いますが」
「許す? 俺がいったい誰に許しを請えというのだ」
私は、そっと目をそらす。パックス君の後ろから、低い声が聞こえた。
「私だろうな。パックス・レイン・レオンテイル」
「――まさか」
振り返ると、背の高い、真っ赤な髪の毛を後ろで括った威厳のある女性が私たちを睥睨していた。――魔力でわかる。これは、この人は……。
「賢者、様……」
シシィだ。あれ? さっき会ったときと背格好と……年齢が違う。どういう手品だろうか。考えこむ私を横目に、シシィが説教を始めた。
「これから騎士ともなろう人間が、私闘など……ありえん……いや、少なくとも。魔法騎士としてこれから研鑽と練磨を互いになしていく友人同士ではないか。何故暴力沙汰になる。節制と礼儀を知らん愚か者め……まったく、嘆かわしい」
へへーん。怒られてやんの~。シシィが、こっちを見つめる。
「貴様もだ。リリーナ・アリア・ハミングバード。理由は知らんが、貴様も同罪だ。貴様ら二人、しっかりと後で罰を言い渡す。いいな?」
「……申し訳、ございません」「申し訳ございません」
悔しそうに謝るパックス君と、普通に頭を下げる私。まぁ、なんとなくこうなることは分かっていた。シシィが本気の魔力戦を許すとは思えなかったし。
シシィが壇上に向かって歩き始めると、ちょんちょんと袖を引っ張られた。茶髪のかわいい子だ。魔力量やば。
「その、ごめんなさい。私のせいで……」
「ん~。ま、いいんじゃないですか? 罰って言っても、死刑とかじゃないですし……。それより、名前は?」
少女は、コホンと咳払いして。頭を下げた。
「ミシェル・サークホルンです」
「……よろしくお願いいたします。ミシェル様」
「こちらこそ、ありがとうございました。リリーナ様」
ミシェル。リリーナにとっては、人生初の友人になりそうだ。