無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
グレイラット家に、待望の(あるいは両親の予想を大きく裏切る)家庭教師がやってくる日の朝。
「この村には宿屋が無いから住み込みになるらしいぞ。まあ、来るのは引退したベテランの冒険者だろうな」
「そうねぇ、宮廷魔術師なら王都にいくらでも仕事があるでしょうし。若者はこんな田舎に来たがらないわ」
パウロとゼニスは朝食の席でそんな会話を交わしていた。
この世界では、他人に魔術を教えることができるのは「上級」以上の魔術師と決まっている。
ゆえに、はるばるこんな田舎までやってくるのは、冒険者ランクで言えば中の上かそれ以上。長年研鑽を積んできた中年か老人で、立派な髭を蓄えた「まさに魔術師」といった佇まいの人物が来るだろう——というのが両親の予想だった。
そして、玄関のドアが叩かれ、一人目の家庭教師がやってきた。
「ロキシーです。よろしくおねがいします」
だが、入ってきたのは両親の予想を完璧に裏切る、年若い少女だった。
見た目はせいぜい中学生くらい。
魔術師らしい大きめの茶色のローブに身を包み、鮮やかな水色の髪を三つ編みに結っている。手には小さな鞄一つと、身の丈ほどもある木製の杖。ちんまり、という表現がこれ以上なくしっくりくる佇まいだった。
家族四人でお迎えしたものの、両親は口をぐうの音も出ないほど開けて固まっている。
無理もない。気合いを入れて威厳ある老魔術師を出迎えるつもりだったのだから。
ルーデウスは心の中で(……ちんまいなぁ)と呟き、俺——アレン・グレイラットは腕を組んだまま(……ガキ(ロリ)が来たな)と冷静に観察していた。
静寂に耐かねたように、両親がしどろもどろに言葉を紡ぐ。
「あ、あ、君が、その、家庭教師の……?」
「あのー、ず、随分とそのー……」
言いにくそうにモジモジする両親に痺れを切らしたのか、ルーデウスがズバリと言い放った。
「小さいんですね」
「あなたに言われたくありません」
ロキシーと呼ばれた少女は、不機嫌そうにジト目で即答した。
その、どこかすれ違ったやり取りが行われていた直後——。
「やあやあ! 邪魔するよー!」
ガラリとドアが豪快に開き、二人目の家庭教師が踏み込んできた。
そこに立っていたのは、圧倒的な存在感を放つ女性だった。
身長は174cm。女性としてはかなりの高身長で、スラリと伸びた長い脚と、服の上からでもはっきりと分かるグラマラスで豊かなFカップの胸元。
鮮やかなシアン色(青緑色)の髪を高い位置でポニーテールに結び、同じシアン色の瞳が爛々と輝いている。耳は尖っており、紛れもないエルフだ。
そのスタイル抜群で華やかな美貌とは裏腹に、纏っている雰囲気や挨拶は驚くほどラフでサバサバしていた。
「初めまして、私は魔術の家庭教師をしに来たニルシィだ。よろしく頼む。で、私の生徒はどっちだ?」
ニルシィと名乗った長身のエルフは、腰に手を当てて部屋の中をぐるりと見渡した。
あまりの振れ幅の大きさに再度フリーズしかけたゼニスだったが、すぐにハッと正気に戻り、二人の家庭教師に向き直った。
「え、ええと! ニルシィさんにはアレンをお願いします。ロキシーさんにはルーデウスを頼みますね」
「はい、よろしくお願いします」
ゼニスの割り振りを受け、ロキシーとルーデウスは挨拶も早々に庭へと向かっていった。
残された俺とニルシィ。
ニルシィはゆっくりと俺に近づくと、174cmの長身から見下ろすように、シアン色の瞳で俺を上から下までじっくりと観察してきた。
その視線には、大人が子供を見るような生温かいものではなく、どこか油断ならない、獲物を見定めているかのような鋭い観察眼が混ざっていた。
少しの沈黙が流れた後、ニルシィはニッと口角を上げた。
「……外でやるぞ」
短くそれだけ言い残し、背を向けて外へ歩き出す。ポニーテールが揺れる後ろ姿を追いかけ、俺も静かに庭へと出た。
庭の少し離れた場所では、すでにロキシーがルーデウスに初歩的な講義を始めているのが見えた。
一方、俺を連れて庭の別のスペースにやってきたニルシィは、立ち止まると右手を無造作に地面へ向けた。
「『土よ、形を成せ』」
短い無詠唱——いや、ほとんど呟きに近い魔力操作。
地面の土が生き物のように盛り上がり、瞬く間に簡素だが頑丈そうな土の机と、二つの椅子へと形を変えた。
(ほう……無駄のない滑らかな土錬成だ。土魔術の熟練度がかなり高いな)
俺が心の中で感心していると、ニルシィは脚を組んでドカリと椅子に腰掛け、顎で向かいの椅子をしゃくった。
「座れよ、アレン」
「ああ、失礼するよ」
俺が素直に椅子に座ると、ニルシィは肘を机につき、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込んできた。
「さて、アレン。まずは最初にいっちゃん大事なことを聞いておこうか」
「何だ?」
「お前は、なんで魔術が使いたいんだ?」
ニルシィのシアン色の瞳が、ジッと俺の目奥を射抜く。
「立派な魔術師になりたいから」とか、「親を喜ばせたいから」といった、3歳の子供が口にしそうなテンプレの答えを期待していないことは、その眼光から明らかだった。
俺は少しだけ思案した。
前世で妄想したノートの術式『星焔の創世宮(せいえんのそうせいきゅう)』のことや、前世のオタク知識と体術を組み合わせて最強の近接錬成魔術師を目指している、なんて本音を馬鹿正直に語るつもりはない。だが、嘘をついて誤魔化せる相手でもなさそうだ。
だから俺は、腕を組み、簡潔に自分の本質だけを口にした。
「——頭の中にある事を、再現してみたいからだ」
「……」
一瞬、風が止まった気がした。
ニルシィは目を見開き、俺の言葉を吟味するように数秒間黙り込んだ。
俺の「頭の中にある事」——それは既存の魔術体系にはない、俺オリジナルの構造とイメージを持った武装錬成術式のことだ。
ニルシィは、俺が密かに庭で行っていた「土魔術で変形させた岩石に、火の熱を帯びさせる不完全な錬成」の痕跡や、俺の魔力の練り方の異質さを察していたのかもしれない。
沈黙を破ったのは、腹の底からの爆笑だった。
「——あははははははっ!『頭の中にある事を再現したい』、だと!? ひー、最高だなそれ!」
ニルシィは長身を揺らし、Fカップの胸を大きく弾ませながら高らかに笑い転げた。
「既存の魔術を学びたいんじゃない、自分の中に既にある『完成形』を形にするために魔力って道具が必要なだけってわけだ! 3歳のガキが言うセリフじゃねえよそれ!」
ひとしきり笑った後、ニルシィは涙を指先で拭い、口元に凶悪で楽しげな笑みを浮かべて俺を睨み据えた。
「気に入ったぞガキ! ならまずは、その『頭の中の妄想』を形にするための基本原理から叩き込んでやるよ!」
ニルシィのシアン色の瞳が、怪しい光を放つ。
(……この人、ただの冒険者じゃないな)
俺は直感的に察した。
だが同時に、この型破りでラフなエルフの魔術師こそ、俺が求めていた『最高の理解者』であり『指導者』になると確信した。
こうして、俺とニルシィの、常識外れな魔術修行の日々が幕を開けたのだった。