モブ剣聖 作:いとういっしんさい
荒れた街並みを進んで暫く、大きな川へと辿り着く。
「はーい、玉狛支部へようこそー!」
「四角い……」
川の上に渡された橋の上に設けられた四角い建物。
元々は、河川の水質調査などに用いられていた建物をボーダーが買い取った物であり、その為奇妙な位置に建っていた。
外観も、相応の年月を感じさせるが手入れされているお陰か倒壊する心配はなさそうだ。
先導する迅と、車を置いてくるために二人を送り出した林藤押し出されるようにして、鈴木は支部の中へと足を踏み入れる。
「――――しんいりか?」
「子供……?」
出迎えたのは、カピバラに乗った幼児だった。
面食らった鈴木だが、直ぐに気を取り直すとその場に膝をつく。
「こんにちは。俺は、鈴木肇。新入り……ではあるかな」
「そうか。おれは、せんぱいだからな。うやまうように」
「待って待って、陽太郎。彼は、うちには入らなくて本部所属になるから」
「む、そうなのか…………」
唇を尖らせて、しょんぼりとした雰囲気。
流石に、小さな子にそんな表情をさせる事には抵抗があるのか鈴木は迅へと視線を向ける。
「あの、迅さん?」
「ん?…ああ、ごめんごめん。この子は、林藤陽太郎。この玉狛支部に住んでるんだ」
「
「あ、うん。よろしくね」
明らかなピースサインに、カピバラの説明は幼児の一言のみ。
気になる事は山ほどあるものの、鈴木は自身が新参者であると自覚している。
故に、それ以上突っ込むことなく立ち上がった。
案内された先は、生活感のあるリビングルームだ。
先の入隊試験で訪れたボーダー本部とは正反対の、温かみのある室内がそこには広がっている。
「そこに座っといて。お茶請けとって来るから」
「え、あ……お、お構いなく……」
キッチンへと引っ込む迅へと声を掛けるが、ひらひらと手を振る動きが返ってきただけで彼自身が戻って来る事はない。
慣れない場所に一人で残されると、妙にソワソワするのは誰しも経験のある事だろう。
「すわらないのか?」
「え……あ、ああ、そうだね…………持ち上げようか?」
「おねがいする」
いつの間にかカピバラから降りていた陽太郎の声に肩を跳ねさせ、鈴木はどうにか椅子を引いた。
そして、自身が座る前に子供用の椅子に陽太郎を抱え上げて座らせる。
満足そうなお子様に頬を緩めて、鈴木もまた引いた椅子へと腰を下ろした。
そのまま静かに待ち時間、とはならない。
「はじめは、たいいんなのか?」
「え?……そう、だね。といっても、今日試験を受けたばっかりなんだよ。ココには、迅さんに連れて来られたんだ」
「うむむ……そうなのか。はじめ、たいへんだな」
「そうだね」
とても三歳児とは思えない言葉遣いのお子様に、鈴木は小さな微笑みを一つ浮かべる。
人によっては、尊大な物言いをする子供など可愛げが無いかもしれないが、彼からしてみれば微笑ましい以外の感想はない。
因みに、鈴木はファミレスなどで子供が泣いていても元気が良いと思うし、公園でキンキンと騒ぐ子供たちを見てもまた元気があってよろしいと思う。そんな感性の持ち主だった。
そのまま、手を組んで影絵を見せたりしながら陽太郎をあやしていれば迅が返ってきた。
「お待たせー。お、早速仲良くやってるみたいじゃん。感心感心」
「じん!とりだぞ!」
満足げに頷く迅に対して、陽太郎はその小さなふくふくとした親指同士を重ねながら手を動かす。お子様の手の動きに合わせて、影の中では一羽の小鳥が羽搏いていた。
その様子を微笑ましそうに見ながら、迅は二つのコップをそれぞれの前に置き、さらに追加で二つのコップを別の椅子の前に置く。
自分の前にもコップを置いて、テーブルの上に置かれたコップの数は全部で五つ。
二つ多い状況に、鈴木は首を傾げた。
「あの、迅さん。多くありませんか?」
「ん?いやいや、大丈夫だよ。おれの……あー……兎に角、大丈夫」
「そう、ですか……?」
何やら言い淀んだ迅だったが、鈴木としてもそれ以上突っ込むような真似はしない。
彼の思考としては、今ここで質問として追求しようとも求める答えが返って来るとは思えなかったからだ。もし仮に返ってきたとしても、その真偽を彼自身が確定できない。
故に、
「何か聞きたい事とかある?」
「…………特には?」
「ありゃ、何も無い感じ?」
「迅さんが悪い訳じゃありませんよ。ただ、俺が今ここで質問したとしてその答えが正しい物かどうか、俺自身が判断できませんから」
「成程ね。いやー、今の中学生は理知的な子が多い事多い事」
コップに注いだ茶を飲みながら、迅はそう言って笑った。だが、表面上は笑っていてもその内心では少々苦いものを噛んでもいた。
昨年起きた、三門市を襲った大規模な侵攻。
大きなダメージを受けて、大人たちが東奔西走の大わらわであるが追い詰められたのは彼らだけではない。
様々なものを失って、大人にならざるを得なかった子供たちもまた大勢いる。特に、ボーダー所属の未成年はその傾向が強かった。
鈴木は、入隊こそ果たしていないが似たような形質。少なくとも、迅はそう判断する。
若干のシリアスが流れる室内。しかし、そんな事はお子様には関係のない事だ。
「…………たべないのか?」
期待に目を輝かせながら、涎を垂らす陽太郎。
既に、彼の手元に置かれていたおやつのどら焼きは包みだけが無造作に置かれ中身は幼児の腹の中へと収まっている。
陽太郎が見るのは、鈴木の前に置かれたどら焼きの包み。
期待の視線に、鈴木は眉を上げると迅へと視線を送る。
「あー、陽太郎?二つも食べたら、夕飯が入らないだろ?」
「だいじょーぶだ。べつばらだからな」
「いや、別腹って胃が増設される訳じゃないんだけど……」
どこで覚えたんだか、と迅は苦笑い。
子供というのは面白いもので、自分の欲求に正直でありその欲求を果たす為ならば割と手段を択ばない。
その大半は、大人からすれば稚拙で、或いは可愛らしいものだが子供たちからすれば立派な理論武装というもの。
下手に否定すれば、その幼いプライドを傷つける事になるだろう。そうなれば、話し合いなどしていられない。
「ふむ……陽太郎君」
「なんだ?」
「食後のデザートを知ってるかな?」
「しょくご?」
「そう。ご飯を食べた後に、甘いものを食べるんだ。その時まで、このどら焼きは置いておこう」
どうかな?と鈴木は問う。
三歳児である陽太郎の胃のキャパシティは、本人が思う以上に小さい。コレは、小さい子にありがちな事なのだが「食べられる!」と大きく騒いだ後に「もうお腹いっぱい」という流れになる原因だったりする。
どら焼き一つでも、お子様には結構な量。もう一つ食べれば、迅の懸念通り夕飯に支障が出てしまうだろう。
ぱちくり、と目を瞬かせて陽太郎は問いかける少年を見上げた。
「おれがたべていいのか?」
「勿論。ただし、夕ご飯をちゃんと食べてから、ね」
「…………わかった。がまんする」
うん、と頷く陽太郎。
その様子を眺めながら、迅は内心で感嘆していた。
(
迅がそこまで思考を回した所で、不意に玄関の方から音が聞こえる。
騒がしい話声と、二つ分の足音。
果たして、入ってきたのは買い物袋を抱えた青年とその後についてきた少女だった。
入室してきた青年は、迅に気付くと眉を上げる。
「帰ってたのか、迅」
「まあね。お帰り、レイジさん。小南もお疲れ」
「この位平気よ。あ、それ飲んで良いの?」
「勿論。
「俺は、先に片付けてくる。小南も手を先に洗え」
「はーい……あ、どら焼き!あたしのも…って、あんた誰よ」
騒がしい。目まぐるしく表情の変わる少女は、迅と共にテーブルについている
「あ、えっと……はじめまして、鈴木肇です」
「詳しい話は、レイジさんが戻って来てからするよ。あと、どら焼きは二人の分も残してるから心配しなくて良いさ」
「…………手、洗ってくるわ」
少女は、ジッと鈴木を観察してから視線を切ると小走りに部屋を出ていった。
その背を見送って、鈴木はおずおずと迅に問う。
「あの、俺何かしちゃいましたかね?」
「いいや?気にしなくて良いさ。小南は大体、初対面の相手はあんな感じだから」
「はあ……?」
いまいち釈然としない様子で頷く鈴木。
補足をすると、迅としては悪くないファーストコンタクトであったと感じていた。
鈴木肇という少年の見た目は、凡庸だ。印象に残りにくく、第一印象もどこか朧げな記憶にしかならない。
だが、裏を返せば初対面で相手に強い感情を抱かせにくいというメリットでもある。
人の印象は、初見に左右される。そこで嫌われれば、友好的な関係を結ぶことは難しくなる事だろう。
その点、凡庸な、言い方を変えれば無害そうな雰囲気のある鈴木の場合は初見で余程の嫌悪を抱かれる事はほぼほぼ無い。
そんな顔合わせを経て、そして――――