Pixivに投稿済みの同名作品と同一の内容になります。
今回のものはこちらでした。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27557791
「ねえ君、雑談として何か面白い話はない?」
「先日、親戚の乳児に会う機会がありまして、光栄にもミルク係に任命されたんですよ」
「あーあれね、温度難しいよね。回数とか量とか記録しないといけないし」
「所長、まるで育児したことあるようなことを言いやがりますね。まぁそれはそれとして、あれ以来困ったことがあるんです」
「どうしたの」
「推しのマグカップに母乳を想起させるものを入れて飲めなくなりました」
「……ふっ」
「何わろてんすか、ゆゆしき事態なんですよ、寒い日にホットミルクが飲めない」
「あーうん、大変だね、ふふ、そっかそっか、そうだよね、ふふふ、で推しって誰だっけ?」
「いろPです」
「ッスー…………マグカップ、持ってるんだ」
「基本オタクグッズは買わないようにしてますが、生活に使えるものなら……一つくらいあっても……いいかなって」
「あーうんそっか。何か面白い話ないかなとは言ったけどさ、これ聞いちゃった私はどうしたらいいかな」
「優しく殺してください」
§
「ねーねーきいてー、彩葉がねー」
「かぐやちゃん重たい。背中やめて」
「背中鍛えてあげてる!」
今日もかぐやちゃんは絶好調で私は絶不調だ。味覚の調整がうまくいってかぐやちゃんとヤチヨは万々歳、ついでに所長もおいしいご飯を食べれて大満足、なんだけど、私はそれらを論文にしようと四苦八苦。所長の超人的な発想をどうやって人類の頭に理解できるレベルに落とすか悩みに悩みまくってる。
「それで、所長がどうしたの」
「彩葉がね! ごはんもりもり食べてくれる!」
「おうおう惚気なら帰んな」
「なんでよ! ケチ! てか君の恋バナも聞きたい。聞かせて? きーかーせーてー」
「やめろぉっ首が絞まってるっなんもないよなんも!」
「えーうそうそうそ、何かあるでしょ」
ないわけじゃない、けど、話して面白いやつか、あれ。
「新卒で配属された研究所に、好みの先輩がいたんだけどさ」
「あるじゃん!」
「その人が、学会の後の宴会で、学閥のおえらいさんにセクハラされてて」
「許せねえっ」
「ね、許せないよね。てことで、酔ったふりしておえらいさんのカツラ取ってやったら、ガチ怒られして酒寄研究所に飛ばされた」
「えーかわいそう! あれ? でも良かったじゃん、ここでおしごとできて。その人とはどうなったの?」
「私がここに来るために荷造りしてるあいだに別の人と婚約報告してた。おしまい」
「バッドエンドじゃん!」
「何もかもがうまくいくわけじゃないんだよ。結果、ここで働くのは、まぁ楽しい」
「じゃあハッピーエンドだ」
かぐやちゃんはこのワードにこだわるところがある。まぁ、みんなハッピーエンドがいいよね、うんわかるよ。
「ハッピーエンドは強く望まないよ。それより私は望む生き方があるし」
「え、どんな?」
「ピンピン生きてコロッと死ぬ」
「ヴェー、じじくさい」
「そりゃ祖父の受け売りだから。じいちゃんの会社のOB会がピンコロの会って名前だから気に入ってんだ」
「その名前なんかいいかも」
「いいでしょ。今論文スランプでピンピン生きれてないから邪魔しないで」
「じゃあじゃあもう一個だけ彩葉の話聞いて、ねっね?」
「わかったから腕を首に入れるな苦しい!」
「まずねー、彩葉はハンバーグが好きでね」
こいつ、まずって言いやがった。一個だけって言ったくせに。これはしばらく続くな、聞き流しながら論文考えよう。大体かぐやちゃんだってこの後色々な測定があって午後埋まってるのに、まったく。
えーっとまずここからここの理論の飛躍が激しいから、後から測定で得たデータを事前にとって根拠としたことにして、間違いじゃないように後で佐藤さんに見てもらうようにして、所長にも理論の一貫性について確認してもらうことにして。ここデータ足らないから探すか測定しなおすかしないといけないな。これは回路図作ってあるから使おう、の前に、配線の見栄えが悪いから綺麗に整えよう。ここのコードもちょっと汚いな、綺麗にしよう。
自分で作った実験記録と人に見せるデータは違う。我々の違法建築を、如何にして駅近タワマンに見せるか、それが科学者の腕の見せ所。散々やらされてきた数学の証明問題や、物理の前提を明記した答案の行く先がここにある。確率は同様に確か。摩擦はないものとする。
本当は所長に書いてほしい。自分が楽をしたいからじゃなくて、所長の論文は美しいから。あの人の考えを覗くことができるから。でも所長はもっと根幹の研究で忙しいから、こういうのは私でやってしまう。私が作ったものが、所長の想定しているものと同じだと嬉しい。あの人の引いた道筋に乗っていると確認できるから。
なんてことは、言ってやらないけど。
「でね、彩葉って月に一度は手つないでないと寝てくれなくて」
おい今聞き流せないワード出てきたぞ。
「なんて?」
「だから手つないでないと寝てくれなくて」
「誰が?」
「彩葉」
「おいおい……ん? もしかして君たち毎日一緒に寝て」
「る」
「今度のメンテナンスのとき隙間に埃たまってないかチェックするね」
もう所長がピグマリオンコンプレックスなことからは目をそらすことにした。気にしてたら保たないよね。私も大分啓蒙されてきたな。
「なんで月に一度?」
「満月の日だからかなー」
「所長のバイオリズムってウミガメみたいに月の満ち欠けに影響されるの?」
「そうじゃなくってー、まあなんか色々思い出しちゃうんじゃないかなって」
「ふぅん? あんまり深く聞かないでおくよ、多分プライベートな話だ」
ここまで聞かされておいてプライベートもクソもないけど。
私は、所長の考えていることを理解したい。だからといって所長の抱えている事情やバックグラウンドを理解しようとは思わない。それは多分、私がするべきことではない。
それに、最近疑念の点と点が線でつながりそうで、脳が警告を発している。これ以上はヤバい、と。
§
進まない論文に嫌気がさしてきた頃、時計を見るともう昼過ぎだ。何か食べ物を、と立ち上がったところで誰かがドアをノックした。ノックしてくるということは、かぐやちゃんじゃないな。
「はいはいどうぞ」
歩み寄って開けると上品さの中にトンチキを含ませた気配。ヤチヨだ。
「今大丈夫?」
「どうしたの? 何か不調でもあった?」
「いえいえ、今日は日頃の感謝を伝えに来ましてよ。はいお弁当。いつもコンビニ弁当かインスタントでしょ?」
「お、わ、わぁっ嬉しい! けど、所長に殺される!」
優しく殺してくれとは言ったけど! これはいけないって! それでなくともツクヨミの管理人にしてみんなのアイドルヤチヨからの弁当なんて、その筋の人からしたら国宝なのに!
「これは彩葉発案だから気にしなくていいよー」
「所長が!?」
「そんなに驚くことかな? 彩葉は結構君のこと気にかけてるよ」
「気にかけてんならぶっとび思考プロセスを説明してほしいんだけどな……お弁当、ありがたくちょうだいいたします」
「お弁当、授与!」
ヤチヨが首から下げてるスマホの中で、FUSHIがぴょんぴょんしながら表彰式の曲を歌い始めた。見よ、勇者は帰る、だったかな。思わず笑ってしまう。ちょっと肩の力が抜けたかな。
「さぁさぁお食べなさいな」
「本人の目の前で?」
「ヤッチョは感想が聞きたいなー」
「では、遠慮なく」
開けた弁当箱には和食が色鮮やかに並んでいた。なんだこれ、おせち料理みたいな綺麗さだぞ。
手始めににんじんの煮物を口に運ぶ。よく火の通った甘さに出汁の味がしみている。うっま、すっご。次に鮭の西京漬け。これまたうまい、鮭が硬くなくて生臭くもない。次はきんぴらごぼう。信じられない、これだけで白米がどんぶり山盛り食べれそう。
「ぜ、ぜんぶおいしい」
「お口に合ったようでよかった」
「このしいたけの煮付けがすごい好き」
「それはかぐやがつくったんだよ」
「今度お礼言わないと」
あまりの美味しさに感動し続けている私に、ヤチヨは目を細めた。
「君のそういう素直なところをもっと知ってたら、先輩さんも振り向いてくれたのかもね」
「んぶっげほっげほ」
いかん米が、変なとこ入った。な、なんでそんなことを、だってもう今更、いや、待て、おかしい。私は今までこの話をヤチヨにしてない。なんで知ってる?
「ヤチヨ、ここに来る前かぐやちゃんに会った?」
「会ってないよ?」
そうだ、会ってるわけがない。かぐやちゃんはあの後すぐに測定にいったんだからヤチヨに会う暇はない。
「なんで、その話を……私話してないよね?」
「んーそれは、壁に耳あり障子にメアリーと言いますのでー」
そんな理由で納得するわけがない。でも納得するしかない。
味を感じなくなった弁当を飲み下した。重石のようだった。そうか、メンタルのパラメータと味覚も関連付けないと、なんてことを冷静に考える自分が滑稽だった。
§
本日はかぐやちゃんとヤチヨのシステムメンテナンス。二人の各センサーが代謝制御コントローラーとうまく連携できているかをチェックしている。見たところかぐやちゃんは消化器官に、ヤチヨは呼吸器に軽微なエラーが起きているので記録、分析、原因の解明を行い調整をする。
かぐやちゃんとヤチヨには診察台で寝てもらっている。諸々の計算にやや時間がかかっているので、ついでに他の部分も見てみよう。概ね良好に動作してる。我ながらとんでもねえもん作ってしまったな、電子上の人格を搭載した義体なんて。
ふと思った。そういえば根幹となる人格部分を見たことなかった。所長が触ってたとこだったから。論文に必要だし、中身を見せてもらおう。
スマコンをつけてARモードで起動。メンテナンスの結果を投影して横目で見つつ、かぐやちゃんとヤチヨの人格部分を司るシステムにアクセスする。深く潜っていくにつれて思う。やっぱり所長が作るものは綺麗だな。なんでもっと早くアクセスしなかったんだろう、あの人の思考に触れられるところなのに。
「あった」
システムの中枢にたどり着いた。中身を確認す、は? なんだこれ?
並んでいたのは未知の文字列だった。見たことあるどの言語でも、いやそもそも文字が違う。違う、けれど、かぐやちゃんとヤチヨの中枢のどちらも、
「おな、じ?」
未知の文字が、同じ配列で並んでいる。
たじろいでいると視界が暗くなる。驚いて身体を硬直させた。隙間から明かりが見える。誰かの手で目隠しをされている。ドアの開く音はしなかった、ここにいるのは私とかぐやちゃんとヤチヨだけ。目を覚ましたのか、どっちが?
「おいたはだめだよー」
どっちの声? かぐやちゃん? ヤチヨ? わからない、聞き分けられない。スマコンにARで投影されたFUSHIが飛び込んでくる。
「バカ者、やりすぎだ」
こいつこんなしゃべり方したのか? 普段はもっとかわいい感じなのに。FUSHIの目が赤くピカッと光
薄目を開けると私は診察台で横になっていた。所長がパソコンの前で何か作業をしている。
「しょちょう……?」
「あ、起きた? かぐやから君がメンテナンス中に寝ちゃったって聞いて。最近論文に根詰めてたからあまり寝てなかったかな? 気付かなくてごめん」
「それなら思考プロセスをもっと明確にしていただけませんか?」
「努力します。メンテナンスは無事に終わったよ。今日は定時で帰りなさい」
「わかりました……いびきかいてませんでした?」
「いや? でも何か寝言いってたかな」
「夢をみていたので」
「どんな?」
「金色のような銀色のような、満月」
§
『あれ、まだ寝かせられてなかったんだ』
『もーぜんっぜん寝ない。ゆらゆらしてもとんとんしてもだめ。抱っこしたまま歩いてみたけどかぐやが疲れるばっかり!』
『子守歌でもうたったら?』
『ねーむれーねーむれーってやつ? ねんねーんーころーりーよーの方? それとも、ゆーりかごーのうーえにー?』
『それじゃなくて、たいせーつーなメロディーはながーれてるよーあーなーたーのハートにー』
『スヤァ』
『いやかぐやも寝るんかい!』
「って夢をみてね」
「うわびっくりした、夢か」
話を聞きながら手を滑らせてこぼしたお茶を拭いた。なんて夢みてんだかぐやちゃんは。まぁ夢なんて当人の自由だけどさ。
「夢だったけどさー、赤ちゃんかわいかったなー」
「乳児のいる親戚から、かわいいけどすぐ死んじゃいそうで不安だし、なかなか寝ないし、すぐミルク吐くしで大変だって聞いたよ。オムツも高い上にすぐサイズ変わるって」
「オムツ高いは彩葉も言ってた!」
「なんであの人そんなこと知ってんだ……ておい、もしかして夢の話、所長にした?」
「真っ先に」
「やめてよ……あの人、赤子を錬成しかねないぞ。まぁ無理だけど」
「ん? できるよ?」
「何を抜かすかロボ娘」
「だってヒトゲノムって解析されてるんでしょ?」
「だめ。この話はこれでおしまい」
「えーやーだー、またいじわるゆってる!」
「いじわるじゃない。それは許されないやつ」
まず、ヒトクローンは倫理的に問題視されているだけではなくクローン技術規制法で禁止されている。またヒトゲノムの操作はそれ以上に厳しく扱われていて、ヒトの胚を用いた研究は許可のもと限定的に行われることはあっても人間として誕生させてはならない。
要するに、生命や人間を科学のみの力によって誕生させることは許されない。人工授精のように科学が関与することは認められているが、誕生そのものは人の営みの延長として行われるべきものであり、生命そのものを設計し、創り出すことは許されない。
「かぐやちゃんの発想はいつも超人的だ。所長もそれを実現できるだけの能力がある。でも越えちゃいけないものってのがあるんだよ」
「むー、じゃあ彩葉が、これやるーって言ったら?」
ほかの職員たちは所長の発案に乗るだろう。みんな望んでここに来て、望んでここで研究をしている。私のように追い出されて後がない奴とは違う。であれば、
「怒るよ、史上最大にね」
私の役割はここなのだろう。
§
叩かれた机が音を立てる。手の痺れは少し遅れてやってきた。
「いま、なんて?」
「合成した遺伝情報を3Dバイオプリンターから出力、ヒトの胚に注入して生命を」
「危険です」
「胚は私のを使うから」
「生命の冒涜、禁忌です」
「それを恐れてたら前に進めないでしょ」
「前? あなたなにを、どこへ、なんのつもりで進めようとしてますか?」
科学とは人類の発展のためにあるもの。だから科学者はその研究を世に伝え、人類が次のステップへ至るための階段となる。でもこの研究は到底発表できるものじゃない。そんなことは所長だって理解している。だったらなぜそれをしようとするのか。
答えは簡単、所長と私が見ているものが違うから。
「薄々勘付いてはいたのですが、所長、かぐやちゃんのためだけに研究してますよね?」
「それは」
「だってそうでしょう、こんな発表できないような研究に踏み出そうとして。義体に入れてある人格だってそうです、どうして内部の人間にまでブラックボックスにするんですか。あなたは人類の発展なんてどうでもいい、ただ自分にとって大事な人だけが幸せになればいい、それだけを思って研究をしている、違いますか?」
「待って話を」
「確かにあなたは優秀です。なんでもできてしまいます。それを人類のためだけに使えとは言いません、あなたのために使っていい。でも、研究室にいるのはあなただけじゃないんです。この研究はどこにも出せない、秘匿しないといけない。それに関われば私たち職員の時間が無駄になる。今後の進退にもかかわる」
「若手クン」
佐藤さんが私の袖を引いた。あ、いやだ。わかってしまう。ここに私の味方はいない。
「我々職員一同、覚悟の上だよ」
狂ってる。一同って何? 私は何も了承してない。だってこんな研究したら、やっちゃったら、所長は。
私は袖を振り払って立ち上がり、酒寄彩葉を睨みつけた。
「最低ですね酒寄所長」
そのまま会議室を、研究所を飛び出した。こんなとこにいたくなかった。
かくして無名の職員は研究からきれいさっぱり足を洗い、実家に帰って地元で再就職してやると決心するのであった。めでたしめでたし。
これでめでたしめでたしです。え、本当に?
気になるならまた明日おいでくださいよ。