腐った連邦軍高官の娘にTS転生して、ケネス大佐の首席補佐官をやる話 作:TSペルペト
/U.C.105年 04月19日/
/地球 成層圏下層/
/ホンコン行きハウンゼン356便 機内/
揺れが落ち着いた時、客室内の様子を確認すると、幸いにして負傷者は出ていないようだった。
そこでふと、見慣れた顔を視線が重なる。大佐だ。同じように拾ったものか、似たような形状の拳銃を握っている。
無事戻ってきていたらしい。心強い。この場に少なくとも一人、頼りに出来る人物が現れた。
「大佐!」
「ああ!」
「提案があります! 上手くすれば、奴らを足止めできるかもしれません!」
「聞かせてくれ!」
私が考えたプランというのは、構造的にはシンプルなものだった。
ハウンゼン客室内には左側に三ヶ所の自動ドアが設置されており、通路と接続されている。このうち中央と後方の開閉センサーを外部、内部の順で破壊し、敵の侵入口を前方に限定した上で、座席を盾に籠城を図るという計画だ。
センサー自体はカバーに覆われただけで露出しており、破壊しようと思えば難しくない。加えて、ドアの厚みはそれなりのものがあるため、敵が強引に突破しようとしてもある程度の時間を稼ぐことが出来る。
ただし、問題は――。
「――ということです! 敵が入り込んできていない今なら、実行可能かと!」
「待て! 待ちたまえ、チィウ少佐! 時間を稼ぐのはいいが、それからどうするつもりなんだ!?」
「……申し訳ありませんが、エインスタイン大臣。この状況では選択肢に限りがあります、抵抗を長引かせつつ交渉する……あたりが妥当かと」
「交渉だと!? そんな不確実なことに巻き込むな! 君たちの無謀な行動が我々を危険に晒すとわから――」
結局、スーツ姿の閣僚の一人――カール・エインスタインの言葉は最後まで続かなかった。廊下の制圧を終えたハイジャッカーの一人が、アサルトライフルを構えたまま客室内に侵入してきたからだ。
つまるところ、これが最大の問題点だった。武器を持つ警備官が排除されてしまった時点で、相手側の行動の障害はほとんど無くなる。あとは煮るなり焼くなりやりたい放題だろう。
それこそが反抗のタイムリミットであり、今や超過してしまった。こうしている間にも後方からも妙なマスクをした男が乱入し、銃を突きつけながら乗客の一人に絡んでいる。
ここに至っては拳銃持ち二人だけで抵抗すること自体無理がある。下手に強行しても失敗して犠牲者が増えるだけだ。
「……」
アイコンタクトを交わすと、大佐も首を振った。意見は同じらしい。
先程のプランにせよ、提案してはみたものの急拵えの作戦で穴も多い。
私達は後手に回り、相手の作戦は周到だった。そろそろ限界だろう。
幸いなのは、相手がマフティー・ナビーユ・エリンかもしれない、という点だった。
幾つかの分析を通じて私はほとんど確信していたが、マフティーという組織は少なくとも無差別破壊を目的とはしていない。取った手段こそテロリズムだが、対話が全く成り立たない相手ではない可能性が高かった。
ただ、それはあくまで、相手が本当にマフティーだった場合の話だ。
自分自身でマフティーかもしれないと推測したものの、彼らの振る舞いを見るうちに、私は次第にその考えに自信を持てなくなりつつあった。
――そうして、目の前にソイツが現れたのだ。
「(かぼちゃマスク……)」
何かこう、記憶にある奇妙なダンスの動画に出てきたアイツとはデザインが違う気がしてならないが、似ていると言えば似ていないこともない。いや、やはり……あまり似ていない気もするけれど。
ともかく、こんなタイミングでなければふざけたハロウィンの仮装そのものな被り物をした男は、お祭り騒ぎにしては随分剣呑なオモチャを手に宣った。
「銃を下ろして貰おうか。ケネス・スレッグ大佐、ジャンヌ・チィウ少佐」
「私は――マフティー・エリンだ」
「しかし、今回の作戦の目標は閣僚各位の粛清ではない」
「諸君らの命と引換えに、地球連邦政府から軍資金を調達することだ」
客室内に、人々の口に、ざわめきが走る。それを眺めて意気揚々といった様子のハイジャッカー達。
巻き込まれた多くの乗客が怯えと安堵が入り混じったような表情を浮かべる中、私は言われるがまま拳銃を床に置き、大佐と共に最後方の座席へ追いやられながらも、いよいよ確信するに至った。
この連中はマフティー・ナビーユ・エリンではない、と――。
- - -
カボチャ頭の男が乗客リストを確認する声だけが響く客室内。私はスレッグ大佐の隣、左壁際の席で身動きが取れない状況にあった。
ただ、大佐が手首にバンドを巻かれて拘束されたのに対し、私には何もなかった。軍人とはいえドレスで着飾った女、甘く見られたのかもしれない。好都合だ。
しかし、それで何が出来るわけでもない。相手は頭数でも装備でも勝る集団、こちらは丸腰。自由を許されたのは、観察し思考することくらい。
だから私は、ずっとマフティーのことについて考え続けていた。
「――次、サウリ・ストールベリ通信大臣とその妻アイラ」
「はっきり見えるように上げろ」
先日、ハンドリー・ヨクサン長官から例の話を聞いて以降、マフティー・ナビーユ・エリンに関するあらゆる情報を、使える限りの権限をもってかき集めた。
当然ながら未だわからないことも多いが、一方でわかったこともある。
たとえば、あの組織の行動原理はかなり『潔癖』なものらしい――ということは、そのうちの一つだ。
「ダグラス・ヒギンズ木星開発庁長官」
「その妻、フィアナ」
「……よし」
私がこれまで追ってきた反地球連邦組織、たとえばパーデアなどは、基本的に無差別テロリズムを前提としている。悪しき地球連邦を破壊するためならば、暴力を含むあらゆる手段が正当化される、というロジックだった。
この悪しき地球連邦、悪しき体制の中には、生活のために公務員として働いている者達や、積極的に反抗しようとしない民衆も含まれる。
思うに、彼らがそういった荒っぽい手段に出ることが出来るのは、彼ら自身がその攻撃対象とする集団の中に属しておらず、また、属することを求めてもいなかったからなのではないか。
「ん? おやおや……」
その最も極端な例がギレン・ザビであり、ジオニズム思想だ。
もっとも、ジオン・ズム・ダイクンが提唱したコントリズムとエレズムの複合体たる本来的なジオニズムと、ギレン・ザビが自分に都合よく書き換えた優性人類生存説主体のジオニズムの間にはかなりの乖離がある。
ならば、それはザビズム、或いはギレニズムとでも称されるべきかもしれない。
「内宇宙監視大臣は若い娘に出張中か?」
「なっ……!」
かのギレン・ザビは、スペースノイドを選ばれし優良人種――ニュータイプとして定義し、アースノイドや、スペースノイドであってもギレニズムを理解しない者達を、人類の革新を妨げるオールドタイプとして定義した。
彼自身、どこまでその思想を本気で信奉していたかは疑わしいが、いずれにせよギレニズムは『敵』と『味方』を効果的に分断し、集団そのものを悪魔化し、対話も相互理解も不可能と見せかけ、攻撃し殲滅する正当な言い訳を与えた。
それが出来たのは恐らく、ギレンがオールドタイプに価値を見出さず、存在を求めてもいなかったからだ。
ひたすら攻撃し破壊するだけの対象であり、どうなっても構わないと確信していたからこそ、ここまで踏み込んだ思想が形成され、類を見ない規模の犠牲者が生じたのだろう。
「ふふふっ――」
そのロジックは、無差別テロリズムを是とする反地球連邦組織にも――あそこまで極端ではないにせよ――通じるところがある。
「ん? 何を見ている、女。見せろ」
一方マフティーには、無差別破壊のロジックが存在しない。
彼らがやっているのは対象を明確にした限定的攻撃行動――それは暗殺と称され、粛清とも称される――であり、彼らの言うところの連邦政府の腐敗した高官個々人を名指しして狙っている。
その行動は明らかに不法なものであり、テロリズムであり、巻き添えも皆無ではないにせよ、目標を限定しそれ以外への被害を避けようとする姿勢は常に見えていた。
「……あ?」
そもそもマフティー・ナビーユ・エリンという組織は、連邦との本格的な武力対立に至る以前、対話による閣僚の意識改革を求めていた。
結果的にそれは成立しなかったものの、その最初のプロセスが対話であったことは注目に値する。
「可愛いですよ」
「はぁ?」
それはまるで、子供じみた清廉潔白さの名残りのような。
甘く、青い、理想主義。
12年前のあの日、私が捨てたもの。
「スーダン語、アラビア語、古いアイルランド語の合成……」
「というより、酷いメドレー。名前じゃないわ、ふふっ……」
「――マフティー・ナビーユ・エリン」
マフティー・ナビーユ・エリン――連邦政府は彼らを『反地球連邦政府運動』と定義している。
けれど、彼らは別に、地球連邦というシステムそのものに反対しているわけではないし、破壊しようとしているわけでもない。その思想はギレン・ザビでもなければ、キャスバル・レム・ダイクンでも、フル・フロンタルでもない。
少なくとも、マフティー構成員の大部分は、本気で『現在の地球連邦政府に反省を促すために』活動しているのではないか。
「なんだぁ、こいつ?」
「おい!」
「ギギ・アンダルシア……隣の席もリザーブしているじゃないか、なんでだ!?」
それは本来、連邦の標榜する民主主義を脅かすはずの行為だが、その民主主義体制の下で高級官僚や中央議会議員の世襲化・貴族化が進み、露骨な専横と既得権益の拡大が行われていることは、連邦政界のトップ層たる閣僚からして多くの醜聞に塗れている時点で、もはや周知の事実だった。
そこに自浄作用は存在しない。加えて、腐敗を外部から浄化する役割を負う選挙制度もまた、目先の利益の提示と感情的対立を利用した民心誘導でシステムをハックされ、かなりの部分まで無力化されていた。
必然的に、変化へのインセンティブは乏しいものとなる。既得権益層にとっては現状保守こそが最大の益であり、持たざるものが求める改革は、基本的に持ち得ている者には旨味を齎さないのだから。
故に、その全員とは言わないまでも、特権階級の大半は民衆など無知で愚かな羊の群れに過ぎないと思っているに違いない。
私の父――タツィオ・チィウは、まさにその典型例と言える人物だった。
……このあたりは、私怨と混同しないように気を付けなければ。
「悪い虫が……つかないように、って」
「あぁ?」
そしてこの問題、最も厄介なところは、現状の地球圏には腐敗した地球連邦体制の代替となり得る統治形態が存在していない、という点にある。
実際には、本来的なジオニズムやサイド共栄圏構想など、可能性そのものは存在していたのだが――しかし、彼らはいずれも失敗してしまった。
だからこそ、連邦は一世紀を過ぎた今に至るまで、『必要悪』や『人類社会の潤滑油』として仕組みを維持することに成功している。
この構造は非常に強固なものだ。私自身、こんな風に連邦体制や父のことを批判しながらも、結局は特権と立場を手放せず保身に走り、抜け出せないまま枠の中に収まり続けているように。
それ故、ジョン・バウアーにはマフティーが必要だったのかもしれない。
「……パトロンがいるのよ」
そうして選ばれた彼らが、粛清とは全く関係のないハイジャック行為で、あまつさえ軍資金調達――要するに強盗の真似事をしようとするだろうか。
政府関係者でもなんでもないパーサーやキャビンアテンダント達に銃口を突きつけ、脅しながら笑い声を上げるようなことをするだろうか。
「愛人よ、いやらしい」
「まだ二十歳にもなってないんだろう?」
「よく、まぁ」
しない、と断言できる。ましてやジョン・バウアー――或いはそれに近いような人物による政治的意図が背後に介在するなら、なおのこと。
彼が求めるだろうものは、かつてのジオンの代わりとなる都合の良い改革圧力。つまり、民意の代弁者として特権階級を脅かし、彼らに変化の必要性を意識させる『正義のテロリスト』だと考えられる。
その手段に賛否はあろうとも、その行動と結果そのものは民衆の大多数に支持されるような。
そして、今のところこの目標は達成されている。
『シャアが生き返って、人の思うことをしてくれる』――これが世間的な、マフティーという個人に対する評価の多数派パターンだった。
「あなた、やめて――」
「なぁ」
――その声は、妙に大きく聞こえた。
思考の海に沈むのをやめて、私は僅かに目線だけを動かし様子を見る。
ハイラム・メッシャー保健衛生大臣。黒いスーツの老年の男。
彼は明らかにハイジャッカー達と対話を試みる気のようで、座席から立ち上がって普通の声量で話し始めた。
「諸君らはどのように、この船の情報を掴んだのかね?」
まずい、と思った。
大臣がその句を最後まで言い切らないうちに、苛立った様子のカボチャ頭が腰の拳銃に手をかける。
「喋るなと言っている」
それを見た周囲の乗客達が血相を変える中、私は顔を上げ、メッシャー大臣に強く首を振った。
私の隣の席、大佐の近くにいる海賊頭の男がこちらを見たのがわかったが、反応としてはまだ薄い。ならば構わない。
喋らせ続ければ、彼は殺されかねない。
この連中は実際、既に警備官ニ名を射殺しているのだ。引き金に掛かった指がそこまで重いとは思えなかった。
「しかしねぇ、私達としては……君達の組織を調べる立場にいるの――」
「大臣、それ以上は……!」
しかし、通じなかったか。通じて敢えて無視したのか。メッシャー大臣はそのまま言葉を続けた。
私は過剰にカボチャ頭を刺激しないよう、どうにか抑えめに声を上げたが。
そこからはもう、一瞬だった。
「よく喋るッ!」
カボチャ頭の銃口から続けざまにマズルフラッシュが迸るのと同時、スレッグ大佐が咄嗟に立ち上がろうとして、海賊頭に抑え込まれる。
数発の銃弾を浴びたハイラム・メッシャー大臣は、恐らくほぼ即死だったと思われた。そのスーツは噴き出した血に塗れ、その足からは力が抜けて、重い音を立てて床に落ちた体は動かなくなる。
「きゃああっ!? あっ、あ、いやっ――ぁ゛ッ……!」
直後。血を浴びた隣席の夫人が金切り声を上げ、狂乱しながら駆け出すや、自動ドアに正面から激突してひっくり返るように倒れ伏すのが見えた。
酷い音がしたものの、状況はわからない。いっそ気絶していた方がまだマシかもしれない。
今や、この場において唯一幸いと言えるのは、倒れた夫人に対する追撃がないことくらいだ。
少なくとも三人の死者。私はほとんど何も出来なかった。
マン・ハンターとして現場に立っていた以上、これより酷い状況を見たことも一度ならずある。
それは、他の部隊が暴力的な取り締まりを終えた後の血なまぐさい光景だったり、不法居住者の武装集団が引き起こした凄惨な人質事件への対処だったりしたが、ある程度までそうした環境に慣れることはあっても、心ひとつ動かさずに受け入れられるほど無感情にはなれなかった。
何よりも、人々の最期の瞬間。ドロっとこびり付くような――この感覚をなんと表現したらいいのか。
だからこれは、罪滅ぼしという訳でもないけれど。
「――おい、誰でもいいから死体の片付けをやってくれ!」
「……私が」
「……僕が」
私が手を上げた時、聞き覚えのある青年の声が重なった。