腐った連邦軍高官の娘にTS転生して、ケネス大佐の首席補佐官をやる話 作:TSペルペト
鎮圧後、着陸先は急遽、ホンコンからミンダナオ島のダバオ空軍基地へ変更された。
ハイジャッカー達――大佐の見立てによれば、彼らはオーストラリア北部・ダーウィン東方のオエンベリに集結中の不法居住者からなる武装勢力、自称マフティーの第1軍ことオエンベリ軍ではないかとのこと――はハウンゼンをオーストラリアに向けて移動させていたらしく、もっとも近い位置にある大規模基地がダバオとのことだった。
奇しくも目的地が赴任先と同一になった訳だが、これは私にとっても好都合だった。
本来の基地到着は数日先。このタイムスケジュール変更は、そのまま予定の変更に直結する。私自身にとってだけではなく、私をこの基地に異動させることで何かを目論んでいた連中にとっても。
軍人という立場上、命じられれば従わなければならない。しかし、唯々諾々と全てを受け入れるほど大人しい人間であるつもりはない。
この数日間を使って、私には幾つか試してみたいプランがあった。
現状、あくまで仮定の話だが――。
もしも、マフティー・ナビーユ・エリンの真の指導者が本当にジョン・バウアーならば、その件で司法の効果を期待できないとしても、彼にとって特大の醜聞となることは疑いようがない。
なにせ、閣僚を次々に暗殺して回っている反地球連邦政府運動が、まさにその地球連邦の内部の、それも重鎮と呼べる人間によって組織されていたということになる。彼の政敵にとってはこれ以上無いほどの価値ある攻撃材料だろう。
それは大きな力になる。上手く使えば、私自身を父親の呪縛から解放することが出来るかもしれない。
そこまでならずとも、少なくとも政治的切り札にはなる。
自分そのものは強い力を持たず、家に寄生することで生活を維持し続けてきた私だが、カードがあれば立場は逆転する。情報は力だ。ラプラスの箱を隠匿していた頃のビスト財団の権勢のように。
ならば話が早い。私が最優先すべき事項は、『マフティー・ナビーユ・エリンという組織と関連情報を徹底的に調査し、背後関係を明らかにすること』だ。つまり、求められる職務を適切に執行するのみである。
こちらには大義名分があるのだから、誰にも文句は言わせない。
――でも、それで本当に良いのだろうか。
まるで、私が嫌悪している父親そのもののやり口で。
仕事を利用して個人的目的を果たす、自分がこき下ろした腐敗そのもの。
――仕方ない。だって、そうでもしなければこの呪いからは逃れられない。
嘘。逃れたいなら、家を飛び出してただのジャンヌ・チィウになればいい。
それをしないのは、結局は今の生活を捨てられないだけ。
――それならいっそ、開き直ればいい。
駄目だ。私は中途半端な人間だから。
清廉潔白に生きられるほど潔癖ではなく、一方で良心も捨てられない。
――では、どうする?
わかっている。せめて罪滅ぼしをしよう。
私がしがみついた私利私欲の分だけ、この世界の役に立てるように。
――帳尻は合うの?
わからない。
でも、私は他に上手く付き合う方法を知らないのだから。
今までやってきたようにやるだけだ。
「よし」
両手で頬を叩く。乾いた音。揺らぎかけた性根に気合を入れる。
ここ数日、ずっとマフティーについて考えていたせいか、自分が幾らかナイーヴになっているのが分かった。
そんなことはとっくに理解していたはずなのに。政略結婚を回避するためのツールとして連邦軍を利用すると決めた時、選んだはずだ。この腐敗した体制から意識的に利益を得る側に回るなら、せめてその分の何かを人々に返そう、と。
私の生活は特権によって成り立っている。清い立場ではない。それを決して忘れるな。
もし当たり前のこととして蜜を貪る人間になれば、私は本当の意味であの男の娘に成り下がる。
もっとも、タツィオ・チィウはきっとそれを望んでいるのだろうけれど。
「仕事をしよう。私の仕事を」
顔を上げる。ハウンゼン機内の化粧室、鏡に映る私の表情はいつもと同じジャンヌ・チィウだ。
『――皆様、当機は間もなくダバオ空軍基地に着陸致します。お席に戻り、シートベルトを……』
私は背筋を伸ばし、優秀な連邦軍士官の仮面を被って廊下に出る。
切り替わった思考はもう、これから現地で顔合わせするだろう部下との対面のことを考え始めていた。
- - -
/U.C.105年 04月19日/
/連邦軍南太平洋管区(東南アジア地区) ミンダナオ島南部 ダバオ/
/ダバオ連邦空軍基地 第1滑走路/
「ダバオ基地司令補佐官、ミネッチェ・ケスタルギーノ大尉です。ジャンヌ・チィウ首席補佐官、ようこそおいで下さいました」
「同じく補佐官、ソアン・ソアラ大尉です」
「ジャンヌ・チィウ少佐です。早速ですがソアラ大尉、基地の状況について報告を。ケスタルギーノ大尉はスロープの近くで待機を、大佐が降りてきます」
「はっ!」
ハウンゼンが着陸しスロープが展開されてから、私はまず最初に下に降りて状況の掌握を開始した。
と言っても、そこまで大袈裟なものではない。基地からは既に、ハイジャッカーの拘束と乗客の避難誘導を担当する班がそれぞれ出動しており、私の役割は彼らの仕事を監督するくらいなものだ。
つまり、生の情報を収集するには絶好のタイミングである。
滑走路には二人の基地司令補佐官が待機していた。
一人は四十歳前後で眼鏡を掛けた男性、ミネッチェ・ケスタルギーノ大尉。彼は先任ということで、まずは大佐のところに向かって貰った。
もう一人は三十代半ばの黒髪の女性で、ソアン・ソアラ大尉。まずは彼女を捕まえて親睦を深めることにする。
「――つまり、ヘイマン大佐は昨日の時点で既にオエンベリに向かったと?」
「はい……新任が到着する前に戦果を挙げる、と仰って……」
「その後は?」
「わかりません、以降は連絡が取れず……」
まず判明したのは、前任司令のキンバレー・ヘイマン大佐の暴発だった。
自らの無能の評判を払拭しようとしたのか、彼は昨日、グスタフ・カールを中心とする基地所属のモビルスーツ部隊を率いてオーストラリア方面へ出撃。オエンベリに集結中の武装勢力を壊滅しに向かったらしい。
攻撃自体は順当に成功するだろう。相手は自称マフティーの私設軍隊といっても民兵に毛が生えた程度のもので、それに対して十数機の一線級モビルスーツでは過剰戦力だ。一方的な虐殺にしかならない。
問題はその後だ。スレッグ大佐の着任が予定より繰り上がったことをヘイマン大佐は知らないだろうが、それにしても戻ってくるかどうかは疑わしい。
オエンベリ軍の壊滅程度では戦果としては弱いことを考えると、あわよくばそのまま留まって、マフティー本人を討ち取ろうと考えるのではないか。
だとすれば、本来ならこのダバオで動かせるはずのモビルスーツが、戦略的重要度の低い作戦によって実質的に拘束されていることになる。
それも、キンバレー・ヘイマンという人物の私利私欲に基づく行動で。よりによって、アデレードでの中央閣僚会議という、マフティーにとって絶好の標的が立ち上がっているこの時期に。
「(素人が、余計なことをしてくれる……足の引っ張り合いか)」
まぁ、仕方ない。それを言っても。
今の連邦軍という組織にあっては、この程度の軍内対立は珍しくない――酷い話だが。
「結構、その件については私からも大佐に伝えます。ヘイマン大佐が動かした部隊の詳細と、物資の使用状況を確認してください。すぐに。まずは基地の実働戦力を把握しなければなりません、終わったら報告を」
「了解です、直ちに取り掛かります」
「ええ」
ソアラ大尉は敬礼すると、踵を返して車両に乗り込み基地施設へ戻っていった。
これまでのところ、実直で扱いやすい部下と見える。私は彼女に好感を持ち始めていた。後はお手並み拝見だ。
「――やぁ、ジャンヌ君。さて、まずはお礼だな。ハウンゼンでは本当に助かった。あの状況から相手を制圧してしまうとは驚いたよ」
「長官」
次の手について頭を巡らせていると、背後から聞き慣れた声が掛かる。振り向けば、そこには数日前までの上司、ハンドリー・ヨクサン刑事警察機構長官の姿があった。
「返す返すも、君を手放すことになったのは惜しい。それに君の新しい上官、ケネス・スレッグ大佐だが……なかなかのやり手じゃないか。調査局の連中が来るよりも先にハイジャッカー達を確保されてしまった」
「それは、ええ……そうですね、大佐のお立場上……」
率直に言って気まずい。とはいえ、私はもう連邦空軍の所属となっているため、こうとでも言うしかない状況だ。
ヨクサン長官とのパイプは維持しておきたいが、板挟みである。
「……反連邦政府組織への対抗は、軍も警察も共通の使命です。共同して事に当たれればベストなのですが」
「いいことを言う、そこは私も同感だな。実は、以前から考えてはいたんだ。軍とマン・ハンターで協力して不穏分子の取り締まりが出来ないか、とね」
「長官? もしや大佐と……」
「うん、察しが良くて助かる。さすがはジャンヌ君だ! というわけで、ケネス大佐との繋ぎを作って貰いたい。出来るかね?」
喋りながら嫌な予感がした――というより、これはもうほとんど言わされたのに近い。
茶番めいた予定調和の末に、断りにくい役割を背負う羽目になってしまった。思うに、愚鈍な高官の相手は面倒だが、頭の切れる高官の相手も厄介だ。
しかし、提案そのものは決して悪くない。むしろ好都合でもある。軍とマン・ハンター、そのどちらも深く知る立場にある私なら、共同作戦を上手く扱うこともできるだろう。
それに加えて、長官の心象も良くなる。一石二鳥だ。
「はぁ……私が断れないと知ってのお言葉でしょう? お人の悪い。ですが、はい。その役目、承りました」
「助かるよ。頼るべきは優秀な元部下だな。あぁ、勿論……いざとなれば私のことも頼ってくれて構わない。元上司なのだからね」
「ええ。ありがとうございます、長官。では、後はお任せ下さい」
「頼んだ。さて、これ以上は仕事の邪魔になるな。そろそろ失礼しよう」
「はい、長官」
こういう立ち回りがあの人の上手いところだ。すっと懐に入り込んで厄介な仕事をねじ込んでくる一方、きちんと見返りも用意している。
実際、私が目論んでいる計画を実行に移すにあたっては、ヨクサン長官の協力が得られるのと得られないのとでは格段の差が生まれる。その為にも、依頼は確実にこなしたい。
ダバオの熱と湿気を帯びた重い大気の底で、私はスレッグ大佐の利益となる交渉材料を探し始める。
難題ではあるが、これで味方が増えると考えれば少しばかり楽しみにも思えた。
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ハサウェイ・ノアは考える。着陸したハウンゼンから軍の車両に乗せられ、基地へ移動しながらも。彼にとって、356便での出来事は予定外の塊だった。
マフティーを名乗る縁もゆかりも無いハイジャッカーの乱入。
組織にとって厄介な敵となるだろう、ダバオ基地の新任司令官ケネス・スレッグとの遭遇。
ギギ・アンダルシアと名乗る不可解な――そして、どういうわけか『彼女』のことを思い出させてくる少女の存在。
そして、ジャンヌ・チィウ。
マン・ハンターとして大規模爆弾テロを阻止し、一つの反連邦武装組織をほぼ壊滅まで追い込んだ女。
「(彼女の視線……何度も感じたけれど、僕のことをどこまで知っているんだろう……)」
最初の接触はなんということもなかった。アクシズの一件で世間的な知名度が上がって以降、有名人扱いを受けることは時々あったし、あの時点では名前もわからなかったため、ただそれだけだと思っていたのだ。
多少古傷を抉られることにはなったが、笑って受け流せただろうと――少なくともハサウェイ自身はそう考えていた。
「(それに、あの時……)」
ジャンヌ・チィウの名は耳にしたことがある。しかし、それは彼女自身の風評と言うよりも、その父親の風評に引きずられたものだった。
連邦軍参謀本部第12課長、タツィオ・チィウ少将。かつては父であるジーホン・チィウと共にレビル派に属し、一年戦争後はゴップ派、バウアー派と鞍替えを繰り返すことで出世し続けた悪名高き風見鶏。
階級こそ少将ではあるが、監察という軍内部に睨みを利かせる部門を統括する立場上、その権力は一介の少将の枠に収まるものではなく、派閥の後ろ盾も利用して水面下で私腹を肥やし続けている男。
人格は五流、軍人としては三流、ただしゴマ擦りと裏工作のスキルだけは一流。ならば、そんな男の娘もきっとそうなのだろう。
そんな偏見に、無意識のうちに囚われていたのは、ハイジャッカー達もハサウェイ自身も似たようなものだった。
「(あの時、彼女は本気でメッシャー夫人を助けようとしていた。相手は確かに特権階級かもしれない、でも……)」
「(そこに打算があったようには思えなかった)」
だからこそ、ハサウェイ・ノアはあの瞬間、ジャンヌ・チィウを――こんなことが出来る人を死なせてはならないと思った。
後先考えずに気が付いたら声を掛けていたし、勢いのままにハイジャッカー達を薙ぎ倒して銃を奪い、コクピットに突っ走っていったのだ。
そうするべきだと感じたから。
「(わからないな……)」
わからない。解らないからこそ、知りたい。
相手は対テロ戦のプロだ。接触にはリスクが大きすぎる。そう思いながらも、その存在が、何を考えているのかが気に掛かる。
そして今更になって――根拠には乏しいものだが――チィウ親子の不仲を囁く噂があったことを、ハサウェイは思い出していた。
連邦政府高官の娘、腐敗した父親、それに反発する子供、宇宙軍の女性士官。
ギギ・アンダルシア、クェス・パラヤ、ジャンヌ・チィウ、チェーン・アギ。
「(いや、今はそれよりも、この状況をどう乗り切るかだ)」
揃いつつある奇妙な因果にざわめく心を、努めて意識しないようにして、彼は確実に行われるであろう事情聴取への対応を検討し始めた。
その因果がこれからの自身の運命を左右することを、直感的に理解しながらも――。