『FAIRY TAIL ―風神と雷神、そして星霊魔導士―』 作:パスカルDX
第25話「氷の鎖――アモールを救え!」
雪が降っていた。
白い。
ただひたすらに白い。
山間に広がる氷結湖は、空から舞い落ちる雪によって、その輪郭すら曖昧になっている。
風が吹くたびに雪煙が舞い上がり、視界を覆う。
その中心に、一人の少年が立っていた。
薄い水色の髪。
灰色の瞳。
細身で、どこか儚げな身体。
けれど、その身体から放たれている魔力は尋常ではない。
氷。
周囲一帯を凍てつかせるほどの、圧倒的な氷の魔力。
――氷結竜。
アモール・グラシエ。
本来なら、妖精の尻尾の仲間になるはずだった魔導士。
しかし今、その瞳には光がなかった。
「…………」
アモールは震えていた。
寒さのせいではない。
自分自身の意思とは無関係に動かされる身体。
首筋に浮かぶ黒い紋章。
それは闇ギルドによって刻み込まれた、魔力による洗脳の証だった。
「……いや、です……」
小さく呟く。
「僕は……もう……戦いたく……」
だが。
次の瞬間。
紋章が赤黒く輝いた。
「――ッ!」
アモールの身体が大きく震える。
「が……ぁ……!」
頭を抱え、膝をつく。
脳裏に浮かぶ。
闇ギルドの魔導士。
自分を捕らえた男。
そして、命令。
『敵を殺せ』
『逆らうな』
『戦え』
「いや……です……!」
アモールは必死に首を振った。
「僕は……そんなこと……したく……」
しかし。
身体は止まらない。
氷が大地を這う。
巨大な氷柱が次々と地面から突き出していく。
「アモール!」
叫んだのはルーシィだった。
彼女の隣にはフウマがいる。
その後ろにはエルザ、グレイ、そしてヴェロニカ。
五人は雪の中でアモールを見据えていた。
「もういい!」
ルーシィが叫ぶ。
「あたしたちはあなたを倒しに来たんじゃない!」
「……ルーシィ」
フウマが静かに彼女を見る。
「大丈夫。僕たちも同じ気持ちだよ」
そう言って、フウマは前へ出た。
銀色の長髪が風に揺れる。
「アモール」
「……」
「僕たちは君を助ける」
「……僕を……?」
「ああ」
フウマは頷いた。
「君が自分の意思で戦いたくないと言うなら、僕はその意思を尊重する」
その言葉に。
アモールの灰色の瞳が僅かに揺れた。
「……どうして……」
「え?」
「どうして……そんなことを……」
アモールの声は震えていた。
「僕は……あなたたちを攻撃した……」
「それでもだよ」
フウマは穏やかに答えた。
「君は悪い人じゃない」
「…………」
「少なくとも、僕にはそう見える」
アモールは言葉を失った。
胸の奥が痛い。
ずっと忘れていた感覚だった。
誰かに信じてもらうという感覚。
誰かに必要とされるという感覚。
「……僕は……」
アモールの目から、一粒の涙が落ちた。
それが地面に触れるより先に。
凍った。
「……怖いんです」
小さな声だった。
「僕は……また……誰かを傷つける……」
「させないわ」
エルザが一歩前へ出る。
鎧を纏った彼女の瞳は、真っ直ぐにアモールを見据えていた。
「お前が自分を制御できないというのなら、私たちが止める」
「……エルザさん……」
「そして、その後でお前を助ける」
エルザは剣を構える。
「それが仲間というものだ」
「…………」
アモールは唇を噛んだ。
だが。
黒い紋章が再び輝く。
「――ッ!」
「アモール!」
氷が爆発した。
巨大な氷塊が五人へ向かって飛来する。
「散開!」
エルザの声と同時に全員が飛び退いた。
ドォォォォンッ!!
氷塊が地面を砕く。
凍結した地面がさらに広がっていく。
「くっ……!」
グレイが手を地面へ向ける。
「氷の造形――!」
だが。
「待って、グレイ!」
フウマが叫ぶ。
「アモールの氷を正面から受けないで!」
「分かってる!」
グレイは横へ跳ぶ。
直後。
巨大な氷柱が突き上がった。
「……あいつ、かなり強いな」
グレイが眉を寄せる。
「第一世代の滅竜魔導士……か」
ヴェロニカが舌打ちする。
「厄介だな」
「ヴェロニカ」
「分かってる」
ヴェロニカは拳を握った。
「殺す気はねぇ。あくまで止める」
「助かるよ」
フウマは小さく笑う。
「じゃあ――」
銀髪がふわりと浮いた。
周囲の風が変わる。
「僕がアモールの動きを止める」
「俺は近距離で援護する」
ヴェロニカが前へ出る。
「グレイ!」
「ああ!」
「エルザは――」
「分かっている」
エルザは剣を構えた。
「洗脳の核を探す」
「お願いします」
そして。
フウマは一歩踏み出した。
「――風よ」
吹雪が、一瞬だけ止まった。
「僕に力を貸して」
次の瞬間。
爆発的な風圧が発生した。
「風竜の――」
だが、フウマはそこで詠唱を止めた。
滅竜魔法ではない。
使うのは――風魔法。
「――風刃!」
無数の風の刃が飛んだ。
しかし、それはアモールを狙っていない。
彼の周囲にある氷だけを正確に切り裂いていく。
「な……」
グレイが目を見開いた。
「全部……氷だけを切ってる?」
「ああ」
フウマは答える。
「アモール自身には当てない」
「器用な真似しやがるな」
ヴェロニカが笑った。
「さすが風神ってところか」
「……大したことじゃないよ」
「謙遜すんなって」
ヴェロニカは拳に血を纏わせる。
「じゃあ俺も行くぜ」
「紅血竜の鉄拳!」
赤い魔力が炸裂する。
ヴェロニカの拳が巨大な氷壁を粉砕した。
「――ッ!」
その衝撃でアモールの身体が僅かによろめく。
「今だ!」
エルザが走った。
「換装!」
瞬時に鎧を纏う。
「天輪の鎧!」
無数の剣が宙に浮かぶ。
だが、エルザは剣をアモールへ向けなかった。
「――氷を狙う!」
剣が飛ぶ。
アモールの周囲に展開された氷の盾だけを次々と破壊していく。
「すごい……」
ルーシィが呟いた。
「エルザって、本当にすごい……」
だが。
アモールは再び頭を押さえた。
「う……」
「アモール?」
「いや……!」
苦しそうな声。
「来る……!」
黒い紋章が強く輝いた。
「殺せ……って……」
「違う!」
ルーシィが叫んだ。
「あなたの本当の気持ちはそんなことじゃない!」
「……!」
「あたしには分かる!」
ルーシィは前へ出た。
フウマが驚いて振り返る。
「ルーシィ!」
「大丈夫!」
ルーシィは震える手を握り締める。
怖い。
正直に言えば、怖かった。
相手は滅竜魔導士。
自分が戦えば、簡単に倒されるかもしれない。
それでも。
彼女は逃げなかった。
「あたしも……このギルドの一員だから!」
まだ仮加入。
正式な妖精の尻尾の魔導士ではない。
それでも。
ここにいる人たちと一緒にいたい。
その気持ちは本物だった。
「あたしはあなたを見捨てない!」
「…………」
「だから――!」
ルーシィは鍵を握る。
「帰ってきて!」
その声が。
雪原に響いた。
アモールの瞳が揺れた。
「帰る……?」
「そう!」
ルーシィは頷く。
「帰る場所がなかったら、作ればいい!」
「…………」
「妖精の尻尾には、そういう人がいっぱいいるんだから!」
アモールの目から涙が零れた。
「……僕にも……」
声が震える。
「帰る場所を……くれるんですか……?」
フウマが微笑んだ。
「もちろん」
その瞬間だった。
「――ふざけるなァァァァッ!!」
雪山の向こうから怒号が響いた。
闇ギルドの魔導士たちが姿を現した。
「そのガキは俺たちの駒だ!」
「洗脳は解けねぇ!」
「殺しちまえ!」
数十人。
闇ギルドの魔導士たちが一斉に攻撃態勢に入る。
ルーシィの顔が強張る。
しかし。
フウマは振り返った。
その瞳から、先ほどまでの穏やかさが消えていた。
「……そうか」
風が吹く。
静かに。
しかし強く。
「君たちが……アモールを苦しめているんだね」
「ヒッ……!」
闇ギルドの一人が後退する。
「な、なんだこの風……」
フウマの周囲を風が渦巻く。
「僕は争いが好きじゃない」
銀髪が舞う。
「でも――」
フウマは右手を上げた。
「仲間を傷つける人を、見逃すつもりもない」
風が爆発した。
「――行くよ」
次の瞬間。
闇ギルドの魔導士たちは、全員まとめて吹き飛ばされた。
「うわぁぁぁぁっ!!」
「な、なんだこの風は!?」
「動けねぇ!」
誰一人として致命傷は負っていない。
しかし全員、地面に叩き伏せられていた。
グレイが呆れたように笑う。
「……相変わらず、とんでもねぇな」
エルザも頷く。
「見事だ」
ヴェロニカは腕を組む。
「これで風魔法だけってんだからな」
ルーシィは。
ただ、フウマを見ていた。
銀色の髪。
風を纏う姿。
静かな横顔。
そして。
誰かを守るために戦う姿。
「…………」
胸が高鳴った。
ルーシィは自分でも気付かないうちに頬を赤くしていた。
「……カッコいい……」
「ルーシィ?」
「えっ!?」
フウマが振り返る。
「今、何か言った?」
「な、何でもない!」
ルーシィは慌てて顔を逸らした。
「本当に?」
「ほ、本当!」
そんな二人のやり取りを見て。
ヴェロニカは小さく笑った。
「……なるほどな」
「ヴェロニカ?」
「いや、なんでもねぇよ」
そして。
エルザは倒れた闇ギルドの魔導士を確認する。
「洗脳を解く方法を聞き出せるかもしれない」
「……そうだね」
フウマが頷く。
だが。
その時だった。
「……違う」
アモールが呟いた。
「え?」
「洗脳を……解く方法……」
アモールは首筋の紋章へ手を伸ばした。
「あります」
「本当か!?」
グレイが驚く。
アモールは震えながら頷いた。
「僕を洗脳した魔導士は……言っていました」
「何を?」
「この紋章は……闇ギルドの魔力だけでは作れない、と」
全員の表情が変わる。
「じゃあ、誰が?」
「…………」
アモールは俯いた。
「僕以外にも……いるそうです」
「……滅竜魔導士が?」
ヴェロニカの表情が険しくなる。
「はい」
アモールは答えた。
「僕のように……ドラゴンに育てられた者たちを……」
フウマの瞳が細くなる。
ヴェロニカが拳を握った。
「やっぱり……いるんだな」
「ヴェロニカ?」
「……前に話しただろ」
彼女は静かに言った。
「俺が探している滅竜魔道士たち」
雪が舞う。
「どうやら――」
ヴェロニカはアモールを見つめた。
「俺たちが探している連中は、向こうも俺たちを探してるらしい」
フウマは黙っていた。
そして。
拳を握る。
風が静かに渦を巻いた。
「……なら」
その声には、決意が込められていた。
「僕たちが先に見つけよう」
ルーシィが隣に立つ。
「あたしも行く」
「ルーシィ……」
「もう決めたの」
ルーシィは笑った。
「妖精の尻尾に仮加入したんだもの」
胸を張る。
「だったら、仲間を探す旅にも参加する!」
グレイが笑う。
「言うようになったじゃねぇか」
「当然でしょ!」
エルザも頷いた。
「良い決意だ」
ヴェロニカは小さく笑う。
「決まりだな」
そして。
雪原の中央で。
アモールは呆然と五人を見つめていた。
「……僕も……」
「うん?」
「僕も……一緒に行っていいんでしょうか……?」
フウマは迷わず答えた。
「もちろん」
「……でも僕は……」
「もう敵じゃない」
「…………」
「これからは、自分で選べばいい」
アモールの目から涙が溢れた。
「……はい」
小さく。
けれど確かな声だった。
「……よろしくお願いします」
その瞬間。
雪の向こうから、一筋の光が差し込んだ。
長い夜が終わりを告げるように。
氷結湖を覆っていた雲が、ゆっくりと晴れていく。
そして――。
新たな滅竜魔道士を探す旅が、始まろうとしていた。
風神。
星霊魔導士。
妖精の騎士。
氷の造形魔導士。
紅血竜。
そして――。
洗脳から救われた、氷結竜。
彼らを待つ次なる滅竜魔道士が誰なのか。
その答えはまだ、雪の向こう側にあった。
ただ一つだけ確かなことがある。
この旅は。
彼らが想像していたよりも、遥かに大きな戦いへと繋がっていく――。
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