3月のまだ冷たい風が、僕の髪を撫でて吹き抜けていく。
この高台から見る景色は、梨花のお気に入りであると同時に、僕にとってのお気に入りでもあった。
千年もの永きに渡って見続けてきた鬼ヶ淵、いまは雛見沢という優しい名前で呼ばれるその村の全景が見渡せる。
鬼として忌まれ、社の神として祀られ、呪いながらも愛しずっと見守り続けてきた……大切な場所だった。
優しい母たちがいた。
強く厳しい父たちがいた。
笑い合う子等がいた。
子はいつしか若者となり、夢を見て、恋をして……。
そして、次に来る子等の母や父となっていく。
もちろん、平穏無事な時代ばかりではなかった。
戦に暮れた秋。
野伏せりと化した落人の群れから家族を守らんと武器をとり、二度と戻らなかった者もいた。
飢饉に見舞われた冬。
飢えに負けて朋輩を、あるいは我が子を喰らうことで命を永らえるしかなかった者もいた。
死病の流行った春。
死にゆく者たちを捨て置けず、彼らを救おうとするうちに自らも病に蝕まれ果てた者もいた。
大戦に揺れた夏。
己が未来をなげうってでも愛する人の幸せを願い、一粒の涙を隠しながら出征した者もいた。
連綿と紡がれる人の世の物語を、移り変わり引き継がれてゆく世界を、それに関わることのできない幽世の身としてずっとずっと見つめてきた。
神の座にあって願うことなど、ひとつしかない。
ただ、皆が幸せであるように。
それが強い願いであるほどに、人の儚さと神の無力をこそ思い知らされるのが、この残酷な世界の真実だった。
疲れ果てた無力な神の前に、舞い降りたのは奇跡。
梨花。
彼女の存在は、僕の世界に新しい色彩を加えてくれた。
その輝かしくも尊い奇跡を無惨に踏みにじられたとき……僕は、許されない禁忌の扉を開いてしまった。
繰り返す惨劇、歪み始めた世界、枝分かれする未来。
梨花の命惜しさに、何人もの運命を狂わせてしまったことを嘆き、絶望しかけた頃に……気づいたのだ。
人の子を弄するだけの運命の荒波に必死で抗い、堅く閉ざされた時の扉を叩き続ける、力強いその拳に。
彼は戦った。
巡る世界に気づいてさえいないのに、正邪あらゆる手段を試し続け、どの世界の彼も諦めることを是としなかった。
仲間たちも彼に応え、その手と想いは重ねられてゆく。
虚空へと伸ばし続けた彼の手はついに、この私をさえ神の座から引き下ろし、運命の舞台へと連れだしてくれた。
この最後の世界で、僕は願ってもいいのだろうか。
神としてではなく、人として……。
彼のそばにいて、僕自身が幸せでありたいと。
「……あれ、羽入。どうしたんだ?」
背後から、彼の声。
あの繰り返す夏に百年間見てきた幼い彼ではない。
たくましく優しい若者に成長した彼の声だ。
「早く桜が咲かないかな、って……思っていたのですよ」
振り向きながら……我知らず、笑みがこぼれた。