PKしたり、返り討ちに遭ったり、監獄送りになったり、昔PKした初心者と再会して土下座したり。
MMOでの経験談などをぼかしつつ混ぜながら、思いついた話を気ままに書いていきます。
※推敲・校正および一部表現の文体調整に生成AIを利用しています。ストーリー・設定・構成および最終的な本文の編集は作者が行っています。
-> リアル仕事の関係上バリバリAIを使う機会がめちゃくちゃ増えた
-> LLMがここまで進化してきたら、AIに校正・推敲してもらえれば書けるのでは?
-> 消費するだけの存在から、趣味レベルでいいから生産するぞオラァン!
という流れで生まれた初小説です。
砂漠を断ち切るような、切り立った岸壁。
どこまでも続く黄褐色の砂海に、まるで巨大な刃を突き立てたかのように、黒々とした岩壁がそびえている。
強い日差しに焼かれた地面は白く霞み、遠方の景色をゆらゆらと歪ませていた。
風が吹くたび、砂丘の表面から細かな粒が薄い煙のように巻き上がる。
植物らしいものは、岩陰にしがみつくように生えた枯れ草くらいしか見当たらない。
かつて道として使われていたのだろう、半ば砂に埋もれた石畳が岸壁へ向かって伸びていた。
その両脇には、折れた槍や朽ちた荷車、持ち主を失った鎖が点々と残されている。
道中に敵Mobの姿は少ない。
その代わり、時折吹き抜ける熱風が継続ダメージを与え、長時間留まるプレイヤーから少しずつHPを奪っていく。
周辺には安全地帯も、気軽に立ち寄れる補給拠点もない。
最寄りの都市から陸路を辿れば、慣れたプレイヤーでも相応の時間を要する。
マップが未解放ならば、方角を確かめるだけでも一苦労だ。
そんな土地の最奥。
岸壁の岩肌には、犬の頭を象った巨大な人型像が、墓守のように沈黙していた。
像は岩山そのものを削って作られている。
頭部には長い耳。口元からは鋭い牙が覗き、両腕は胸の前で重ねられていた。
手には剣とも杖ともつかない、奇妙な形状の祭具を抱えている。
風雨に削られた顔は虚空を見つめ、胸元には幾筋もの亀裂が走っていた。
かつては全身を覆っていたと思われる黒い塗料も、今では窪みにわずかに残るばかりだ。
それでも、足元に立って見上げれば、こちらの罪を値踏みされているかのような圧迫感がある。
像の足首には、千切れた巨大な鎖が巻きついていた。
その鎖が地面へ沈み込んだ先。ぽっかりと口を開けているのが、地下監獄へと続く門だった。
石造りの門柱には、判読できない古い文字が刻まれている。
その中央には、両腕を鎖で縛られ、犬頭の神へ差し出される人々の姿が浮き彫りにされていた。
近づいたプレイヤーの視界へ、控えめなシステム表示が浮かび上がる。
《ラナーン地下監獄》
かつて王国中の罪人を収容していた、巨大な地下牢獄。
反逆者、異教徒、略奪者。あるいは、罪の有無すら定かでないまま連れてこられた者たち。
彼らの多くは地上へ戻ることなく、地下深くで命を終えたという。
現在では高レベル帯の狩場であると同時に、マイナスカルマ状態のプレイヤーが死亡した際に送られる収監エリアとしても知られていた。
つまり、普通のプレイヤーにとっては危険なダンジョン。
赤ネームのプレイヤーにとっては、できるだけ世話になりたくない場所である。
乾いた風が砂をさらっていくなか、その門前へ三人のプレイヤーが姿を現した。
「いやぁ……ここまで遠かったねー」
先頭を歩いていた女が、肩をほぐしながら笑う。
長い移動で、装備の隙間には薄く砂が入り込んでいた。
マントの裾を軽く払い、頭上にそびえる犬頭の像を見上げる。
「新入りちゃん、マップ解放ほとんどしてないって話だったからな。一通り地域を巡ってきたけど……やっぱここ、遠いわ」
大盾を背負った男が、うんざりしたように周囲の景色を見回した。
開放済みのマップを使えば、途中までファストトラベルすることもできる。
けれど、今回の目的は新入りのマップ解放だ。
まだ訪れたことのない地域を一つずつ踏破し、転移地点や知識オブジェクトを登録しながら、ほとんど徒歩でここまで来ていた。
「何から何まで、ありがとうございます……! おかげでほとんどのマップが解放できました。知識バフも、ちょっと増えました!」
最後尾にいた新入りの女が、弾むような声で頭を下げる。視界の隅には、つい先ほど表示されたばかりの地域発見報酬が残っていた。
解放した地域。
登録された転移地点。
新たに得た世界知識。
一つ一つの効果は小さいものの、積み重なればステータスへ無視できない補正が加わる。
新入りは嬉しそうにメニューを開き、増えた数値を何度も確かめていた。
禍々しい石像と、罪人を呑み込む地下監獄。
そんな光景とはまるで釣り合わない、明るく穏やかな会話だった。
彼女たちの背後では、長い道のりが砂漠の彼方へ霞んでいる。
見上げるほど巨大な犬頭の像も、三人の様子へ何か反応するわけではない。
ただ、地の底から吹き上がる冷たい風だけが、門の隙間から細く漏れ続けていた。
けれど、その穏やかな時間を押し流すように、遠くの砂丘から茶褐色の壁が迫ってくる。
最初は、地平線の一部がぼやけているだけに見えた。
やがて風の音が変わる。低く、腹の底へ響くような唸り声。砂丘の稜線が一つずつ呑み込まれ、空が暗く翳っていく。
三人の視界に、警告表示が浮かんだ。
《エリア一帯に砂嵐が発生しました》
《屋外に留まっている間、継続ダメージを受けます》
風が唸り、細かな砂粒が三人の装備を叩き始めた。
「あー……タイミング悪いな。さすがに砂嵐の継続ダメージはきついし、ダンジョンの中に入るか」
男が顔をしかめると、先頭の女が門の奥を覗き込んだ。内部から吹いてくる風は冷たい。
けれど、数分後には視界を奪うほどの砂嵐に包まれることを思えば、薄暗い地下の方がまだましだった。
「せっかくここまで来たんだし、どうせならちょっとだけMob狩ってみない?」
「俺ら、まだ推奨装備スコアに届いてないけどな……まあ、最低限殴れて盾できるのが二人いるし、何体かならいけるか」
男は新入りへ振り返る。
「新入りちゃん、行ってみたい?」
新入りは暗い門の奥と、背後から迫る砂嵐を見比べた。一瞬だけ迷ったものの、好奇心の方が勝ったらしい。
「はい! 行きたいです!」
「決まりだね。じゃ、入ってみよっか~」
三人は砂嵐から逃げるように、地下監獄の門をくぐった。
境界を越えた瞬間、吹き荒れていた風の音が遠ざかる。
代わりに耳へ届いたのは、鎖が軋む音と、どこからともなく響く水音だった。
門の内側では、重い鎧を身につけた門番のNPCが、槍を手に立っている。
全身を覆う鎧は錆びつき、ところどころ黒く変色していた。兜の奥に表情はない。地下へ入る者も、戻ってくる者も、ただ黙って見つめていた。
三人が横を通り過ぎた瞬間、門番がわずかに首を動かす。
『罪ある者は、いずれ牢へ戻る』
ひどく掠れた声だった。
新入りが足を止め、恐る恐る振り返る。けれど、門番はもう動かなかった。
「今、何か言いませんでした?」
「ここのNPC、近くを通るとランダムで喋るんだよ。雰囲気づくりじゃない?」
リーダーの女は気にした様子もなく答えた。
壁には等間隔に松明が焚かれていたが、その火はひどく頼りない。
揺らぐ明かりが湿った石壁を撫で、鉄格子の影を長く引き伸ばしている。
壁面には爪で掻いたような傷と、赤黒く変色した汚れが残されていた。
牢の番号らしき金属板もあるが、大半は錆びて読み取れない。
どこからか、静かな水音が聞こえた。
滴が落ちるたびに、冷えた空気のなかへ小さな反響が広がっていく。
一度響いた音が、見えないほど深い場所まで落ちていき、やがて別の場所から返ってくる。
新入りは無意識に、自分の腕を抱いた。
外は焼けつくような砂漠だったというのに、ここは妙に寒い。
ゲーム内の温度が現実の身体へ伝わるわけではない。
それでも、視覚と音響によって作られた冷気が、肌の上を撫でていくように感じられた。
「入口から少し進んだところに、Mobが何人かいたはずだからさ。何体か狩ったら、入口まで戻って帰ろうか」
リーダー格の女はそう言うと、怖がる様子もなく、すいすいと階段を下りていく。
「ちょいちょい。あんたDPS役でしょうが。俺が前に出ないと駄目じゃん」
盾役の男が慌てて追いかけた。
その後ろを、新入りが監獄の造りを珍しそうに見回しながら進んでいく。
壁の窪みに置かれた人骨。鎖に繋がれたまま放置された足枷。扉の向こうから、一瞬だけこちらを覗いたように見えた白い影。
そのたびに足が止まりそうになるが、二人から遅れないよう、少しだけ早足になっていた。
十数秒ほど階段を下りた先で、空間が大きく開けた。
天井から鎖で吊られた鉄格子。扉を開け放たれた、いくつもの牢屋。一段低くなった床には黒く濁った水が薄く溜まり、松明の炎を歪に映している。
水面の下には錆びた鍵や、折れた食器、何かの骨らしきものが沈んでいた。
遠くには、さらに地下へ続く通路が見える。その先は光が届かず、黒い穴のように口を開けている。
そして、牢屋の周辺を、数人の囚人が彷徨っていた。
痩せこけた身体に、破れた囚人服。手首や足首には重そうな枷が嵌められ、歩くたびに鎖が床を擦っている。
虚ろな目は何も見ておらず、意味のない呻き声を漏らしながら、同じ場所を行き来していた。
中には壁へ向かって何度も頭を打ちつけている者や、存在しない誰かへ話しかけ続けている者もいる。
彼らは囚人であり、同時に、この地下監獄を徘徊する敵Mobでもあった。
「よし。それじゃ、行こっか。盾お願いね~」
リーダーの女が杖を掲げる。
「――フロストバイト」
淡い青色の魔法陣が広がり、空気中の水分が一瞬で凍りついた。
生まれた巨大な氷塊が鋭い音を立てて飛翔し、囚人の胸元へと激突する。
氷の破片がきらきらと舞い、攻撃を受けた囚人が、ぎこちなく首をこちらへ向けた。先ほどまで虚ろだった瞳へ、濁った赤い光が灯る。
「ああ……やっぱ硬いな。ルミナスコール! フォートレス!」
男が大盾を床へ叩きつける。
鈍い音とともに盾の中央から白金の光柱が立ち上がり、周囲へ波紋のような光が広がった。
攻撃を受けた囚人の濁った瞳が、男へ向けられる。
囚人は幽鬼のような足取りで近づくと、痩せた腕からは想像もつかないほど重い拳を振り下ろす。
盾と拳がぶつかり、耳を刺すような金属音が響いた。男の身体が、衝撃でわずかに沈む。シールドゲージが目に見えて削れた。
「いや、痛い痛い! やっぱ普通に痛いって! 早く攻撃お願い!」
「あいあい。アイシクル!」
無数の氷柱が囚人へ降り注ぐ。肩を貫き、足元の水を凍らせ、動きを鈍らせる。
「ええと……と、とりあえず回復しますね! エリアヒール!」
新入りの足元から柔らかな緑色の光が広がり、三人のHPをゆっくりと押し上げていく。
囚人一体を相手に、三人がかり。攻撃を受け止め、魔法を撃ち込み、減ったHPを回復する。
敵の攻撃モーションを確認し、危険な攻撃だけを避け、スキルの再使用時間が明けるのを待って再び撃ち込む。
そうして数十秒をかけ、ようやく囚人の身体が力を失った。膝から崩れ、黒い水の上へ倒れ込む。
その身体は黒い霧へと変わり、床へ溶けるように消えていった。あとに残されたのは、数枚のコインと、価値の低い素材アイテムだけだった。
「……いや、やっぱここ、まだきついわ。防御も足りないし、火力もちょっと足りない」
盾役の男は、減った装備耐久値を確認しながら溜息をついた。
「でも、ゴミドロップの単価は高いんだよなぁ。ちゃんと狩れれば美味しいんだけど」
「だねぇ。まあ今日は新入りちゃんへの紹介ついでだったし、次は他のギルメンも誘って来ようよ」
リーダーの女が笑い、杖を背中へ戻す。
新入りも、初めて倒した高レベルMobのドロップを大事そうに拾い上げた。
三人が入口へ引き返そうとした、そのときだった。
「――散華風」
低く、ひどく静かな声がした。
直後。
鋭い風切り音とともに、赤黒い斬撃が空間を走った。
リーダーの女のHPバーが、一瞬で消失する。
「え……?」
本人が振り返るよりも先に、その身体は白い粒子へとほどけ始めていた。
細かな光が宙へ舞い、女の姿を跡形もなく消し去っていく。
残された白いパーティクルの向こう側。
ほんの数歩先に、一人の男が立っていた。
革製の黒いフードジャケット。片手には、細身の刀。反対側の袖には、幾本もの暗器が隠されている。
深くかぶったフードの奥に表情は見えない。けれど、頭上に表示された名前だけは、嫌になるほどはっきりと見えた。
血を流したような、真っ赤な文字。
「え? ……えっ!?」
新入りは状況を理解できないまま、消えていく仲間と黒衣の男を交互に見た。
つい先ほどまで笑っていた相手が、何の前触れもなく消えている。指先が震え、回復スキルを選ぶことさえできない。
「は……? 赤ネーム!? PKerか! フォートレス!」
盾役の男は叫ぶと同時に、新入りを庇うように前へ出た。
大盾を構え、残っている強化スキルをすべて起動する。
光の防壁が幾重にも重なり、盾を包み込んだ。
――大丈夫だ。
ガードスキルで強化した状態なら、いくら装備差があっても、一撃でシールドを削り切られることはない。
その間に、新入りを対象にテレポートスクロールを使えばよい。
男がアイテム欄へ視線を移そうとした、その刹那。
黒衣の男の姿が消えた。
「――落花一閃」
声が、すぐ目の前から聞こえた。
「なっ……」
いつの間に距離を詰められたのか。横薙ぎに振られる刀の切っ先が、盾へと触れる。
次の瞬間、幾重にも重なっていた防壁が、薄い硝子のように砕け散った。シールド値が、一撃でゼロになる。
「は……?」
男の口から、乾いた声が漏れる。
黒衣の男は崩れた防御の内側へ静かに踏み込み、刀を大上段に構えた。
「椿落とし――斬刑執行」
刀が振り下ろされる。
赤い花弁を思わせる光が舞い、その中央を、強烈な斬撃エフェクトが縦一文字に走った。
盾役の男と、その背後にいた新入り。二人のHPバーが、まったく同時にゼロへ落ちる。
「あ……」
新入りの声は最後まで形にならなかった。
身体が白い粒子へ変わり、指先からほどけていく。
盾役の男もまた、消えていく自分の身体を眺めながら、今さらのように思い出していた。
――ああ、そういえば。
ここ、PK低リスク地帯だった。
復活エリアへの転送処理が始まり、視界がゆっくりと暗くなっていく。画面が完全に暗転する直前。
盾役の男の目に映ったのは、三人を瞬く間に斬り伏せて、こちらの様子にも目をくれず、悠然と血振りを行う赤ネームの姿だった。
◇
それから、数秒後。
「――あああああっ! やっちまったぁ!!」
先ほどまで冷酷な殺人者そのものだった黒衣の男――嵐刃は、唐突に頭を抱えてしゃがみ込んだ。静かな地下監獄に、情けない叫び声が反響する。
ぺぽっ。
緊迫感の欠片もない通知音が鳴り、ギルド通話から、呆れたような女の声が飛んできた。
『なんか叫んでるけど、どうしたの?』
嵐刃はしゃがみ込んだまま、目の前に表示されたカルマ値を見つめる。きれいに回復しかけていた数値は、見る影もなく減少していた。
「いや……さすがにPKして遊ぶのも飽きたので、そろそろ他のエリアへ行こうと思って、カルマ値を戻してたんですよ」
『うん』
「それで狩りをしてたら、ルート上にほかのプレイヤーがいて……」
『うん?』
「つい、PvPオンにして殴っちゃって……」
通話の向こうで、短い沈黙があった。
「そうしたら、一瞬でキルできちゃったんですよ。たぶん初心者の引率か、装備スコア足りないけど挑戦しに来た人たちで……」
嵐刃は自分の頭上を見上げる。少しずつ白くなり始めていた名前は、ふたたび鮮やかな赤色に染まっていた。
「装備差が酷かったせいで、カルマ値がごっそり持っていかれて……俺の五時間の狩り作業が……」
両手で顔を覆う。
「また最初からやり直しだぁ……うわああぁぁ……」
嵐刃が呻いていると、通話相手のニャンまるが、半笑いで答えた。
『あらま、ご愁傷さま。横殴りされたりすると、つい殺っちゃうよね』
「今回は横殴りすらされてないです……」
『じゃあ完全に自業自得じゃん』
「狩りのルート上にプレイヤーがいると、反射的に……」
『まあ、五時間追加コース頑張れ!』
「慰める気ないでしょ……」
軽い調子で慰められ、嵐刃は深々と溜息をついた。
いつまでも嘆いていても、カルマ値は戻らない。
立ち上がり、近くを彷徨っていた囚人へ刀を振るう。
囚人の身体は一撃で両断され、黒い霧へと変わった。
もう一体。
さらに一体。
先ほど三人がかりで数十秒を要した敵を、嵐刃は流れ作業のように斬り伏せていく。
敵の攻撃が届く前に距離を詰め、一撃で仕留め、次の標的へ移る。
囚人たちは反撃の動作へ入ることすらできず、黒い霧となって消えていった。
けれど、精神的な影響というものは馬鹿にできない。
いつもなら無意識に最適化できている移動も、スキル回しも、どこか鈍い。自分でも、わずかに狩りのペースが落ちているのが分かった。
――そのとき。
視界の端で、赤い光が瞬いた。
燃え盛る龍を象った巨大なエフェクトが、横合いから監獄内へ飛び込んでくる。
「……横殴り」
ニャンまるの言葉を、そのまま反芻する。
次の瞬間には、身体が動いていた。
攻撃モーションはまだ終わっていない。
通常の回避では間に合わない。
嵐刃は反射的に緊急回避を切り、同時にハイドスキルを起動した。
嵐刃の姿が黒い霞へ溶け、炎龍の軌道上から消える。
炎龍は、嵐刃が斬ろうとしていた囚人を巻き込み、その周囲を激しい炎で焼き払った。
炎龍を回避した嵐刃は物陰へ滑り込みながら、攻撃を放ったプレイヤーへ視線を向けた。
青ネーム。
PvPモード、オン。
名前は――アラマ。
青ネームであれば、赤ネームのプレイヤーをPvPモードへ切り替えずとも攻撃できる。
それでもあえてPvPモードを有効にしているということは、最初から狩りではなく、対人戦を目的としているのだろう。
装備は手甲とマジックオーブ。おそらく、俗にいうモンク型の格闘DPS。嵐刃は、わずか数秒でそこまで見定めた。
「影走り――心衝」
ハイドが解除される。嵐刃の身体が黒い残影となり、アラマの背後まで一気に疾走した。
現れた刀の切っ先が、無防備な急所へ吸い込まれていく。
しかし。
その瞬間、アラマは振り返りざまに腰を落とした。
「鉄山靠!」
刃が肩口へ食い込む寸前、青白い光がアラマの正面に広がる。
フロントガード。嵐刃の一撃を受け止めながら、アラマの全身が凄まじい勢いで叩きつけられた。
肩と背中から伝わった衝撃が、嵐刃の身体を弾き飛ばす。HPバーが揺れた。
だが、軽い。ほんのわずかしか減っていない。
対してアラマのHPバーは、目に見えて減っていない。
(フロントガードで防いだか。こっちの被ダメージは軽い。心衝を受けてもHPが減っていない――ガードゲージも割れていないな)
嵐刃は弾かれた勢いを利用し、後方へ跳んだ。
(防御寄せ。少なくとも火力型じゃない)
数メートルの距離が開く。アラマは追ってこない。
両腕を胸元で構えたまま、わずかに腰を落とし、こちらの出方を窺っている。
静かな水音が響き、燃え残った炎が揺らめき、辺りを照らしている。
炎に照らされた鉄格子の影が、二人の間でゆらゆらと揺れ、張り詰めた空気が、監獄の一角を満たしていた。
(距離は問題ない。落花一閃さえあれば、いつでも詰められる)
相手が防御へ寄せているのなら、正面からHPを削り合う必要はない。
一度でも、行動不能系のCCを通せばいい。
スタン。
硬直。
掴み拘束。
ノックダウン。
そこから椿落としへ繋ぎ、火力に任せてコンボを完走する。それで殺し切れる。
嵐刃は袖口から数本の苦無を取り出し、刀を横薙ぎに振り抜くと同時に投擲した。
「散華風、影縫い」
刀身から放たれた赤黒い斬撃が、空を割く。
斬撃に合わせて放たれた苦無が、アラマの退路を塞ぐように広がっていった。だが、アラマは動かない。
「炎龍掌!」
突き出された掌から、燃え盛る龍が放たれる。
赤黒い風の刃と炎龍が正面から衝突した。
爆音と共に炎と黒煙が弾け、二人の姿を覆い隠す。
その煙を突き破り、アラマが飛び込んできた。
「乱炎脚――月影脚!」
炎を纏った回し蹴り。
「刀花楯――逆寄の徒花――ッ!」
嵐刃は刀で受け流し、そのままカウンターを狙う。
直後、死角から跳ね上がった鋭い蹴りが顎を狙った。
上体を反らし、紙一重で躱す。
強烈な速度の足先がフードの端を掠め、嵐刃のHPをほんのわずかに削った。
(やっぱり、ダメージは軽い)
蹴りを振り抜いたアラマの身体が、一瞬だけ流れる。そこへ嵐刃が踏み込んだ。
「落花一閃」
一足で距離が消える。
刀が赤黒い光を纏い、アラマの眼前へ閃いた。
アラマが腕を構え受けようとした、その足元へ、嵐刃はアラマの影を強く踏みつける。
「影踏み」
アラマの影から、黒い杭が幾本も伸び上がった。
手足へ絡みつき、その身体を一瞬だけ拘束する。
動きが止まった。
嵐刃の口元が、わずかに吊り上がる。
「取った」
拘束が解けるよりも早く、アラマの懐へ潜り込む。
伸ばされた腕を掴み、その勢いを殺さぬまま、身体を捻って宙へ跳んだ。
「飯綱落とし!」
視界が上下へ反転する。
アラマの身体が頭から石床へ叩きつけられ、鈍い音を立てて跳ねた。
硬直からのつかみ拘束。
そして、ノックダウン。
CCは、完全に通っている。
アラマが起き上がるよりも早く、嵐刃の身体から赤黒いオーラが噴き出した。
「修羅の理……」
視界の端で、複数の強化アイコンが一斉に点灯する。
攻撃力上昇。
クリティカル率上昇。
物理ダメージの一部を、軽減不能ダメージへ変換。
倒れたアラマの頭上には、まだ行動不能を示すアイコンが残っている。
逃げられない。
防げない。
この距離なら、外しようもない。
「終わりだ」
嵐刃は刀を両手で握り、大上段へ構える。
赤黒いオーラが刀身へと集まり、刃の輪郭を禍々しく歪ませていく。
「椿落とし――」
振り下ろされた刀から、赤い花弁のような斬撃が舞い散った。
美しいほど鮮やかな赤。
その中央を、巨大な縦一文字の斬撃エフェクトが貫く。
「斬刑執行!」
勝った。
嵐刃がそう確信した、その瞬間。
アラマの頭上へ、小さな白い文字が浮かび上がった。
> EVASION <
ダメージ表示が出ない。
アラマのHPバーも、まったく動いていない。
赤い花弁がゆっくりと消えていく。
その向こう側から、無傷のアラマが何事もなかったかのように立ち上がった。
嵐刃の動きが止まる。
「…………は?」
理解が追いつかない。
刀は確かに当たった。CCも通っていた。アラマは倒れたまま、一歩も動いていない。回避動作など取れる状態ではなかった。
それでも、ステータスによる自動回避だけは成立し、ゲームシステムは無慈悲な白文字を表示していた。
一方、大技を放った嵐刃には、長いスキル硬直だけが残されている。
「は……?」
アラマと、白い文字を交互に見る。
「回避ビルドかよ!!」
アラマが一歩、踏み込んだ。
「握撃!」
伸ばされた右手が、嵐刃の顔面を鷲掴みにする。
硬直中の身体は、抵抗を受け付けない。
そのまま軽々と持ち上げられ、背中から石床へ叩きつけられた。
> KNOCKDOWN <
視界が激しく揺れる。
嵐刃のキャラクターが仰向けに倒れ、操作を一切受け付けなくなった。
(まずい。起き上がりは――まだ行えない! 緊急回避もCT中で使用不能!)
嵐刃の視界の中央で、アラマの全身から炎が噴き上がった。
「闘神降臨」
防御型だと思っていた身体が、魔力を伴った赤熱した闘気に包まれる。
アラマの周囲へ、複数の攻撃強化アイコンが一斉に表示された。
「……ちょっと待て、魔力バフ……?」
アラマが跳び上がる。
炎を纏った踵が、倒れた嵐刃へ向けて振り下ろされた。
「炎斧廻脚!」
衝撃で石床が砕ける。嵐刃のHPバーが、大きく削れた。
ようやく立ち上がろうとした腹部へ、炎を纏った掌底が突き刺さる。
「炎龍掌!」
至近距離から放たれた炎龍が、嵐刃の身体を貫いた。
爆炎とともに吹き飛ばされ、背中から牢獄の壁へ叩きつけられる。
(バフ後から、急にダメージが跳ね上がった!)
鉄山靠も、月影脚も、物理属性。
対して今の炎龍掌は、魔法属性。
そして、表示されたバフアイコンには魔法ダメージ増加。
(まさか――純魔・回避混成ビルドか!)
「純魔・回避ビルド相手なんてやってられっか! 影走――」
アラマは止まらない。
「煉獄衝波!」
石床を走った炎の衝撃波が、逃げ出そうとした嵐刃を再び空中へ浮かせた。
HPバーが、半分を切る。
「炎龍崩撃!」
追撃の拳が、空中の嵐刃を正面から打ち抜いた。
炎が爆ぜ、身体が地面へ叩き落とされる。
残り三割。
二割。
一割。
視界の端で点滅する赤いHPバーを見ながら、嵐刃は必死に身体を動かそうとした。
打ち上げ後のCCは、まだ解除されていない。
起き上がり入力を何度繰り返しても、キャラクターは石床の上で無防備に転がるばかりだった。
最後に、アラマが大きく片足を振り上げる。炎と龍を象ったエフェクトが、その脚へ渦を巻くように集まり、眩い極光を放ち始めた。
「神龍震脚!」
「やだー!! 待って!!」
通話越しに、ニャンまるの声が聞こえた。
『今度は何?』
白炎を纏った踵が、嵐刃の頭上へ落ちてくる。
「監獄行き面倒なんだよー!!」
轟音。
地下監獄全体が揺れたかのような衝撃とともに、嵐刃のHPバーが、きれいにゼロになった。
キャラクターの身体が白い粒子へと変わり、足元から静かに崩れていく。
先ほど斬り伏せた三人と、まったく同じエフェクトだった。
『あ、死んだ?』
「死んだ……」
視界が暗転する。復活地点の選択肢は表示されない。代わりに、中央へ無慈悲なシステムメッセージが浮かび上がった。
《カルマ値が規定値を下回っています》
《ラナーン地下監獄へ収監されます》
嵐刃は数秒ほど、その文字を黙って見つめた。
転送処理が始まり、暗い視界の奥から、どこかで聞いた門番の声が蘇る。
――罪ある者は、いずれ牢へ戻る。
『おかえり』
ニャンまるが笑う。
「帰ってきたくなかったよぉ……」