「なんでこうなった……!?」
日本の夏の夜特有の、まとわりつくような湿気と、アスファルトの匂い。
周囲には眩しすぎるほどのネオンサイン。そして、遠くに見える見慣れた巨大な電波塔――スカイツリー。
俺、向田剛志(ムコーダ)は、絶望的な気分で頭を抱えていた。
事の発端は、数時間前。異世界の安全な結界内で、俺はいつも通りフェルたちのご飯を作っていた。
そこに通信を入れてきたのが、残念女神ことニンリル様たちである。
『おお、異世界の勇者よ! 妾たちから特別な加護と、未知の美味なる食材が眠る秘境への転移魔法を授けようぞ!』
『ちょっとニンリル! 私の魔力も混ぜなさいよ!』
『酒だ! 酒が湧き出る泉へ繋ぐのだ!』
『私も……甘味の森へ……』
女神たちが供物(ケーキやビール)の要求ついでに、ろくに調整もせずに神力と転移魔法をゴチャ混ぜにした結果――空間がぐにゃりと歪み、俺と従魔たちは光に飲み込まれた。
そして目を開けると、そこは未知のダンジョンでも魔境でもなく。
間違いなく現代日本。しかも、なぜか少し治安の香ばしい**『錦糸町』**の路地裏だったのだ。
「主殿、ここはなんだ? 鉄の馬が走り、空気が酷く淀んでいるぞ。魔素も全く感じられん」
巨躯のフェンリルであるフェルが、不快そうに鼻を鳴らす。
「あるじー? ここどこー? 見たことない石の地面だねぇ」
スライムのスイが俺の足元でぽよんぽよんと跳ねる。
「おいおい、空を飛んでるあの光るデカい箱(ヘリコプター)はなんだ!? 俺より速いのか!?」
ピクシードラゴンのドラちゃんが、ネオンサインの周りをビュンビュン飛び回っている。
異世界最強クラスの魔獣が三体、日本の裏路地に降臨。
**完全なるアウトである。**
しかも最悪なことに、俺たちがワープしてきたこの路地裏では、ちょうど『ある騒動』が起きていたらしい。
「――動かないで」
冷たく、一切の感情を排したような少女の声。
俺が振り返ると、そこには制服姿の少女たちが数人、信じられないほど洗練された動作で俺たちを半包囲していた。
手には、鈍い光を放つ本物の銃(ハンドガン)。
彼女たちは『DA(Direct Attack)』のエージェント、リコリス。
銃器密売の取引現場を押さえる極秘任務中、突如として空間が割れ、巨大な狼とドラゴンとスライム、そしてエプロン姿の男(俺)が降ってきたのだから、無理もない。
「目標、完全に未知の生物。ですが、対象が人間(密売人)の逃走を助けたのは事実です。これより制圧します」
黒髪の長い少女――井ノ上たきなが、一切の躊躇なくフェルの眉間に銃口をピタリと合わせた。
「おいおいおいおい! 待って待って! 降参! 撃たないで!」
俺は慌てて両手を挙げた。
「ふん。この程度の鉄の筒で我をどうにかできると思っているのか、小娘。そのふざけた殺気、万死に値するぞ。我が風の魔法で塵にして――」
「フェルーッ! ストップストップ! 絶対に魔法使うな! ここ俺の故郷だから! 街が消し飛ぶから!」
「あるじー? このお姉ちゃんたち、敵ー? スイが酸で溶かしてあげよっか?」
「スイもダメ! 溶かしちゃダメ絶対!」
「なんだあの鉄の筒? 魔法具か? 俺が全部ぶっ壊してきてやるよ!」
「ドラちゃんも待てぇぇぇっ!!」
俺の胃痛がマッハだった。
フェルたちが本気を出せば、錦糸町どころか東京が火の海になる。
しかし、たきなの鋭い視線は全くブレない。引き金に指がかかる。
「たきな、ストーップ!!」
その時、緊迫した路地裏に、場違いなほど明るい声が響いた。
赤い制服を着た金髪の少女――錦木千束が、信じられないスピードでたきなの銃身をひょいっと下から押し上げた。
「ちょっと千束! 何をするんですか、相手は未確認生物ですよ! 危険です!」
「いやいやいや! 見てよあのモフモフ! すっごい大きいワンちゃん! 超可愛いんだけど!!」
千束の目は、銃を向けていたフェルに対して、完全にハートマークになっていた。
「ワンちゃん……? 貴様、我を犬と呼んだか? 誇り高きフェンリルに向かって……!」
フェルが低く唸り声を上げる。周囲の空気がビリビリと震え、路地裏のゴミ箱が風圧で吹き飛ぶ。
リコリスの少女たちが一斉にざわめき、再び銃を構えた。
(ヤバいヤバいヤバい! 完全に一触即発だ!)
俺はパニックになった頭をフル回転させた。
異世界で何度も死線を潜り抜けてきた(主にフェルたちのせいで)俺の生存本能が告げている。
**『こういう時は、美味いもので気を引け!』**
「ちょ、ちょっと待ってください! 敵意はありません! これ、これあげるから!」
俺は咄嗟にスキル『ネットスーパー』を起動した。
空中に浮かぶ半透明のウィンドウ。先ほど、異世界で「夏バテ防止の飲み物」を探すために開いていた『アジアンフェア・輸入食品特集』のページがそのままになっていた。
俺は震える指で、カートに入っていた商品を適当に決済した。
ポンッ!
段ボール箱が突如として空間からドロップする。
リコリスたちが「空間転送!?」と息を呑む中、俺は箱を開け、キンキンに冷えた瓶を取り出した。
「これ! すっごく美味しいジュースだから! 飲んで落ち着いて!」
俺が差し出したのは、輸入食品店でよく売られている**『タマリンドジュース』**だった。
「ジュース……?」
たきなが訝しげに眉をひそめる。
「毒物や幻覚剤の可能性があります。千束、触らないで」
「えー? でもこのお兄さん、すっごく必死だし、悪い人に見えないよ?」
千束は全く警戒する様子もなく、俺の手からタマリンドジュースの瓶を受け取った。
「あ、冷えてる! いただきまーす!」
「ああっ! 千束!」
プシュッ、と栓を開け、千束がタマリンドジュースをゴクリと一口飲む。
その瞬間。
千束の目が、見開かれた。
「…………なにこれ」
路地裏に沈黙が落ちる。
フェルも、スイも、ドラちゃんも、そしてたきなたちリコリスも、千束の次の言葉を待った。
「**なにこれ、すっごく美味しいぃぃぃっ!!**」
千束は目をキラキラと輝かせ、バタバタと飛び跳ねた。
「甘酸っぱくて、コクがあって、でも後味はすっきり! 疲れた体に染み渡るーっ! たきなも飲んでみなよ!」
「わ、私は任務中で……んっ」
千束に無理やり瓶を押し当てられ、たきなも思わず一口飲んでしまう。
「……っ!?」
たきなの表情が、ピタッと止まった。
(……怒られるか?)
俺が冷や汗を流していると、たきなは信じられないほどの早口で呟き始めた。
「……タマリンド特有の豊かな酸味と、黒糖のような深い甘味。しかしベタつかず、清涼感がある。これを炭酸で割ればさらに爽快感が増し、スパイスカレーなどとの相性も抜群……なにより、この未体験の味わいは強烈なリピーターを生む……」
たきなの目に、エージェントとしての冷酷さではなく、別の恐ろしい光が宿った。
それは**『喫茶リコリコの経理担当・およびメニュー開発者』**としての狂気だった。
「お兄さん」
たきなが俺に詰め寄る。
「ヒッ、はい!」
「この『タマリンドジュース』、原価はおいくらですか。安定した仕入れルートは確保できますか」
「えっ? あ、はい、ネットスーパーでいつでも買えますけど……1瓶200円くらい……」
「200円! これをグラスに注ぎ、ミントを添えて氷を多めにし、特製ドリンクとして提供すれば、1杯600円……いや、750円でもいける! 粗利は……!」
たきなの脳内で、凄まじい勢いで電卓が弾かれているのがわかった。
『……おいおい、現場の連中、何やってるんだ?』
その時、千束のインカムから、ハッカーであるクルミの呆れたような声が漏れ聞こえた。
『ドローンの映像見てるけどよ、なんで未確認生物の前でジュースの試飲会やってんだ? ……ってか、それ美味そうだな。アタシにも一口残しとけよ!』
『やれやれ……千束、たきな』
今度は、落ち着いた大人の男性の声――ミカの声が響いた。
『近隣のDA部隊がその異常な魔力反応……いや、エネルギー反応を感知してそっちに向かっている。その客人たちを捕獲、あるいは処分される前に、一旦店(リコリコ)に案内しなさい』
「了解でーす、先生!」
千束は満面の笑みで俺を振り返り、フェルの巨大な鼻面にすりすりと頬ずりした。
「うおぉぉ!? 貴様、気安く触るな! 我はフェンリル――」
「ワンちゃんも、お兄さんも、スライムちゃんもトカゲちゃんも、みーんなまとめていらっしゃい! 美味しいスイーツ、ご馳走するから!」
「スイーツだと……!?」
フェルとスイとドラちゃんが、その言葉にピクリと反応した。
「主殿! この者たちは敵ではないらしい! 早急にその『すいーつ』とやらを食しに行こうぞ!」
「あるじー、スイ、甘いのたべたいー!」
こうして、俺たちムコーダ御一行は、DAの追跡を躱すため、千束とたきなに連れられて和風喫茶『リコリコ』へと足を踏み入れることになった。
そして、この何気なく提供したタマリンドジュースが、喫茶リコリコに未曾有の売上をもたらす「限定裏メニュー」として大バズりし、俺がネットスーパーの仕入れ担当としてこき使われることになるのだが……それはまた、少し後のお話。
喫茶「リコリコ」の店内に、なんとも言えない静けさが漂っていた。
「……で? つまりこの『タマリンドジュース』は、向田さんが異世界の『ねっとすーぱー』とやらで買ったわけじゃないってことですか?」
カウンターの中で、ミカが深く溜め息をつきながら、眼鏡の眉間を揉んでいた。
その隣では、ハッカーのクルミがタブレットの画面を爆速でフリックしている。
「おいおい、ミカ。アタシが速攻で日本のデータベースを洗ったらよ、出たぞ。このタマリンドジュース、普通に首都圏のスーパーで流通してやがる」
「……なんだと?」
「『ワイズマート』だよ。千葉や東京を中心に展開してるスーパーだ。で、直近の在庫状況と店舗規模、配送ルートを考慮すると……うん、一番安定してこの手の輸入アジアン食材が手に入るのは**『ワイズマート 稲毛店』**だな!」
クルミがドヤ顔でタブレットを掲げた。
たきなが目を輝かせてメモ帳を取り出す。
「ワイズマート稲毛店……! わかりました。明日から仕入れルートを稲毛店に一本化します。これでタマリンドジュースの限定メニュー化は決定ですね」
「ちょっと待てたきな、千葉の稲毛まで毎回買いに行くのか……!?」
俺(ムコーダ)は思わずツッコミを入れた。異世界の神様への供物じゃあるまいし、実在するスーパーの特定スピードが早すぎるだろ。
だが、そんな呑気な会話を遮るように、喫茶リコリコの奥の個室――DA(Direct Attack)の緊急避難用兼、待機スペースから、地鳴りのような音が響いてきた。
**『ぐうぅぅぅぅぅ…………』**
「……お腹減った……」
「千束先輩……私、もう動けません……」
「たきな、さっきのタマリンドジュースで胃袋が刺激されて、逆にお腹ペコペコなんだけどー!」
さらには、店内に居座る我が従魔たちからも重厚なプレッシャーが漂い始める。
「おい主殿。すいーつとやらはまだか? 我の腹はすでに背中とくっつきそうであるぞ。肉だ、肉も寄越せ」
フェルがドサリと畳の上に身を横たえ、尾をバシバシと振る。
「あるじー、スイもお腹すいたー! 美味しいのいっぱい食べたいなー!」
「おい向田! 俺も肉! あと甘いやつ! 早くしないとこの店の天井、火吹きで突き破るぞ!」
ドラちゃんがブイブイ飛び回りながら催促してくる。
リコリスの少女たちと、異世界最強の魔獣たち。
双方から発せられる「腹ペココール」の圧力が、狭い店内を満たしていく。俺の胃がキューッと痛んだ。
「わ、分かった! 分かったからみんな落ち着いて! 今から俺がご飯作るから! 厨房、借りてもいいですかミカさん!?」
「ああ、構わんよ向田殿。だが、これだけの人数(と魔物)の料理を今からとなると、食材が足りんだろう……」
ミカが心配そうに言うが、俺にはアレがある。
俺は急いで『ネットスーパー』の画面を呼び出した。すると、画面のトップに今まで見たこともないド派手なポップアップが表示されているではないか。
**【祝!『ロピア』コーナー新規オープン! 高品質なお肉・惣菜・大容量食材がネットスーパーで購入可能になりました!】**
「うおおおっ!? ロピアが入ってるー!!?」
思わず叫んでしまった。あの肉の殿堂、コスパ最強のスーパー・ロピアがネットスーパーに加盟しただと……!?
これなら、この大食いモンスターたちと腹ペコリコリスたちを満足させるフルコースが作れる!
「よし……! 喫茶リコリコのメニュー提案も兼ねて、気合い入れて作るぞ!」
俺は腕まくりをし、ネットスーパーの大量購入ボタンを連打した。
**【1品目:北海道男爵いものカマンベールチーズ入りいももち】**
まずは前菜代わりに、手軽に渡せる一品からだ。
ロピアで仕入れた北海道産男爵いもを蒸して潰し、片栗粉とバター、牛乳を混ぜて練り上げる。中にトロトロのカマンベールチーズを丸ごと包み込み、フライパンで両面をこんがりときつね色に焼き上げた。仕上げに甘辛い醤油ダレを絡める。
「はい、まずはコレ食べて待ってて!」
「わあぁ! なにこれ、丸くて可愛い!」
千束が真っ先に飛びつき、熱々のいももちに噛みついた。
サクッ、モチッ……そして中から溢れ出す濃厚なカマンベールチーズ。
「……っ!! ん〜〜〜〜っ! もちもち! チーズがとろーりしてて、お醤油の甘辛いタレと合わないわけがないやつー! たきな、これすっごいよ!」
「ん……! 美味しいです。外は香ばしく、中は驚くほど滑らか……これなら小腹が空いたお客さんの軽食メニューとして、セット販売できますね」
たきなは一口で平らげ、早くも電卓を叩き始めた。
**【2品目:ロックバードの鶏ガラスープの刀削麺入りマーラータン・夏野菜の思い出】**
続いて、ガッツリとした麺類だ。
異世界で倒した巨大鳥・ロックバードの手羽とガラから取った極上の黄金スープ。そこにロピアの各種スパイスと花椒、唐辛子を効かせた自家製麻辣(マーラー)オイルをたっぷりと投入。具材にはナス、ズッキーニ、パプリカといった夏野菜を彩りよく炒めて乗せ、極めつけにモチモチの刀削麺を投入した。
「辛いのが好きな人はどうぞ!」
「ひえぇぇぇっ!? からい! からいよお兄さんっ!!」
一口食べた千束が、ハヒハヒと口を扇ぎながら涙目になった。
「舌が……舌が痺れます……! 美味しい、旨味はすごいのに、辛すぎます……っ!」
たきなも水をガブ飲みしている。リコリスの若い二人には、少々刺激が強すぎたようだ。
しかし――。
「……ほう。この痺れるような辛さと、深い鶏のコク。汗が噴き出すが、箸が止まらん……! これは美味いな」
「ヒィ〜〜! 辛ぇ! でもクセになる! ビール持ってこいビール!」
ミカとクルミが大絶賛。汗を流しながらズルズルと刀削麺を啜っている。
「ふむ、この辛くて痺れる麺、どこかで食べたことがあると思ったら……」
クルミがスマホを叩く。
「これ、**DAISO(ダイソー)で買える『マーラータン刀削麺』のスープベース**とほぼ同じ系統の味だぞ! 100円ショップの材料で再現できるなら、リコリコの『激辛夏限定メニュー』として即採用だ!」
「よし、それも稲毛のダイソーで買い占めましょう」と、たきなが即決した。
**【3品目:のどぐろの炭火焼き】**
次は魚料理。ロピアの鮮魚コーナーで見つけた、丸々と太った高級魚「のどぐろ」だ。
シンプルに塩を振り、網でじっくり炭火焼きにする。皮目はパリッと、身からはジューシーな脂が溢れ出している。
「うむ! この魚、脂が乗っていて実に美味いぞ!」
フェルがバクリと一口で一匹を平らげる。
「お魚甘い〜! パリパリしてるー!」
スイも大喜びでポヨンポヨン跳ねた。
**【4品目:半熟ウフマヨネーズとベビーリーフの無限ネギンジャーサラダ】**
お肉の前に、口直しの一品。
絶妙な半熟に茹で上げたタマゴに、自家製の特製マヨネーズをたっぷり。そこに、ロピアの「万能刻みネギ」と生姜、ごま油を効かせた特製「ネギンジャーソース」をドバッと回しかけ、シャキシャキのベビーリーフの上に鎮座させた。
「タマゴを割って、ソースと絡めて食べてね」
「……っ!!」
千束がスプーンでタマゴを割ると、黄身がとろりと溢れ出す。
「なにこれぇぇ! ネギと生姜の風味がガツンと来て、マヨネーズがコクをプラスして……永遠に野菜が食べられる! まさに『無限』!!」
**【5品目:スタミナ源のタレに漬け込んだブラッディーホーンブルの牛バラ焼きとタンシチュー】**
ここからが本番、肉のフルコースだ。
異世界の凶暴な魔獣「ブラッディーホーンブル」の極上牛バラ肉を、青森県民のソールフード**『スタミナ源たれ』**にじっくり漬け込み、強火でジャッと炒める。
さらに、厚切りの牛タンは赤ワインとデミグラスソースでホロホロになるまで煮込んだタンシチューに。
「肉だーっ!!」
「肉だぞー!!」
ドラちゃんとフェルが狂喜乱舞する。
「ぬおおおっ! この甘辛いタレの味付け、肉の旨味を極限まで引き出しておる! 素晴らしい!」
「シチューの肉が、口の中で溶けるの! すごいのー!」
スイも大興奮だ。
**【6品目:オークジェネラルのサムギョプサルとトッカルビの盛り合わせ】**
ロピアの得意分野、豚肉料理!
高級豚肉に匹敵する「オークジェネラル」のバラ肉を厚切りにし、カリカリに焼いてサンチュとサムジャン(韓国味噌)を添えたサムギョプサル。さらに、ミンチ肉を甘辛く捏ねて焼き上げた韓国風ハンバーグ「トッカルビ」。
千束がサンチュにお肉とキムチを巻き、大きな口でパクリ。
「んん〜〜っ! ジューシー! お肉の脂が甘い! これ、絶対ご飯が進むやつ!」
**【7品目:コカトリスのハニーマスタード焼き】**
鳥形魔獣「コカトリス」のモモ肉を使用。
皮目をカリッと焼き上げ、粒マスタード、はちみつ、醤油、レモン汁を合わせた「ハニーマスタードソース」を煮絡める。甘酸っぱさとマスタードのピリッとした刺激が、プリプリの鶏肉にベストマッチ。
「うわ、このソース……! おしゃれで甘くて美味しい! リコリコのランチプレートに絶対入れたい!」
たきなの目が完全に「カフェ経営者」のそれに変わっていた。
**【8品目:ブラッディーホーンブルのテールスープ茶漬け】**
締めの御飯物だ。
じっくり数時間煮込んで旨味を凝縮させたテールのスープを、熱々のご飯にかける。刻みネギ、海苔、そしてわさびを少し添えて提供。
「ふぅ……」
ミカがスープ茶漬けをサラサラと流し込み、深いため息をついた。
「素晴らしい……肉の旨味が溶け出したスープなのに、わさびのおかげで驚くほどあっさりと食べられる。怒涛の肉料理の締めに、これ以上のものはないな……」
そして――宴の最後を飾るデザートの登場だ。
**【デザート:ハーフカットメロンクリームソーダ〜器のメロンも頂きます〜】**
「最後はデザート! これぞ喫茶店の夢!」
俺が差し出したのは、半分に豪快にカットした本物の高級メロン。
種をくりぬいた中央に、キンキンに冷えた炭酸水とメロンシロップを注ぎ、大きなバニラアイスとチェリーをトッピングしたものだ。メロンの果肉をスプーンで削りながら、クリームソーダと一緒に食べるという贅沢の極み!
「きゃあぁぁぁぁぁっ!! すごいすごいすごい! 夢のハーフカットメロンクリームソーダだぁぁっ!」
千束が子供のように大はしゃぎでスプーンを突っ込む。
「ん〜〜〜〜っ! メロンが熟してて超甘い! アイスとシュワシュワの炭酸が混ざって、最高に幸せぇぇぇっ!!」
「……完璧です」
たきなが震える手でメモをとる。
「このヴィジュアル、このインパクト……SNSに投稿されれば間違いなくバズります! 映え(バエ)の頂点です! 向田さん、これの提供価格はいくらに設定しますか!?」
しかし、ここでミカが静かに首を振った。
「……却下だ、たきな」
「えっ!? なぜですかミカ先生! こんなに素晴らしいのに!」
「ロピアでどれだけ安くメロンを仕入れたとしても、メロン丸々半分を使うとなれば原価が高すぎる。うちの喫茶店の価格帯を超えてしまうし、何よりメロンの仕入れが不安定になる。客が殺到して仕入れが追いつかなくなれば、店のオペレーションが崩壊するぞ」
ミカの冷静かつ的確なプロの指摘に、たきなはガックリと肩を落とした。
「うぅ……高級すぎましたか……」
「まあまあ、たきなちゃん! 売り出せなくても、私たちが今こうやって食べられたんだから大満足だよ!」
千束がニコニコしながら、メロンの果肉を綺麗に平らげていた。
全ての料理が完食され、店内には満足感に満ちた幸せな溜め息が充満していた。
フェル、スイ、ドラちゃんも、お腹をふくらませて満足そうに丸くなっている。
DAのリコリスたちも、すっかり毒気を抜かれ、幸せそうにお腹をさすっていた。
俺がホッと胸を撫で下ろし、厨房の片付けを始めようとした――その時である。
ガタッ、と椅子を引く音が響いた。
ミカとたきな、そして千束の三人が、恐ろしいほどの真剣な目つきで俺を取り囲んだのだ。
「……あの、皆さん? どうしました……?」
ミカが俺の肩に、ずっしりと重い手を置いた。
「向田殿。君の料理技術、そしてその『あらゆる食材を即座に調達する能力』……実に素晴らしい。我が喫茶リコリコに喉から手が出るほど欲しい人材だ」
「えっ」
たきなが契約書らしき書類とペンをシュバッと差し出してくる。
「向田さん。基本給は優遇します。シフトも自由で構いません。仕入れ担当兼、厨房のメインシェフとして、**今すぐ『喫茶リコリコ』に就職してください!!** あなたがいれば、我が店の営業利益は前年比300%を超えます!」
「いやいやいや! 俺、異世界に家もあるし、冒険者だし!」
「えーっ! お兄さん雇っちゃおうよ!」
千束が俺の腕に抱きつき、キラキラした目で懇願してくる。
「お兄さんがいてくれたら、毎日あの美味しいご飯が食べられるんでしょ!? DAの任務なんて放り投げて、ずっとリコリコで一緒にカフェやろうよー!」
「主殿」
それまで黙って寝そべっていたフェルが、ぬっと顔を上げた。
「……我は、この『りこりこ』という店に留まるのも悪くないぞ。あの『すいーつ』とやらも美味かったし、この『ろぴあ』の肉とやらもなかなかだ。ここで暮らすというなら、我は一考してもよい」
「スイもー! ここで美味しいのごはん食べたいー!」
「俺もー! この『めろん』ってやつ、毎日食えるならここに住むぞ!」
「お前たちまで裏切るのかよーーーっ!!?」
俺の悲痛な叫びが、錦糸町の夜空に虚しく響き渡った。
ニンリル様たちの手違いで始まった、まさかの里帰り(?)と邂逅。
異世界最強の従魔たちを胃袋で従えてきた男・ムコーダは今、最強の女子高生エージェントたちから**「本気のスカウト(という名の軟禁)」**を受けるという、人生最大の危機(?)に直面していたのだった――!