ソードワールド二次創作小説(ファリスの聖戦士) 作:シットライヌ
アノス中央区画の喧騒から少し離れた、静かな職人街の宿屋『黄金の麦穂亭』。その二階の個室には、香ばしく焼き上げられた羊肉の丸焼きと、黄金色に泡立つエールの樽が並べられていた。
聖地の大聖堂で繰り広げられた緊張感あふれる対峙から解き放たれ、部屋の中は温かなランプの光と仲間たちの笑い声に包まれていた。
「ガハハッ! 見たか、あのダニエルってえ監察官の顔! アルベルティ枢機卿様から一言食らった時の鳩が豆鉄砲食らったような面、マイリーの神殿に飾りたいくらいだったぜ!」
バルドが木製の大きなジョッキを豪快に打ち鳴らし、エールを勢いよく飲み干す。口元に蓄えられた立派な髭に白い泡を撒き散らしながら、ドワーフの戦士は肉の塊にかぶりついた。
「本当に胸がすく思いだったよ。でもさ、一番かっこよかったのはクライヴだね。『教義とは人を縛るためのものではない』なんて、あの固物どもの前で堂々と言ってのけるんだから」
ジュードがリュートの弦を軽やかに弾きながら、いたずらっぽく笑う。皿の上の干し肉を小器用にナイフで切り分け、口へと運んだ。
「精霊たちも安堵していました。アノスの街を満たしていた冷たい緊張の風が、今は穏やかな夜の吐息へと変わっています」
エレノアが杯に注がれた果実酒を静かに傾け、微かに頬を桃色に染めながら微笑む。その隣では、ミレーヌが羊皮紙の手帳を閉じ、上品な仕草でワイングラスを手に取っていた。
「これで教団からの手配や追撃を恐れる必要はなくなりましたわね。タイデルでの異変解決、ロマールでの『狂戦士』事件の真相解明、そしてアノスでの教義の証明……私たちが歩んできた道は、何一つ間違っていませんでしたわ」
ミレーヌの理知的な瞳が、静かに酒杯を見つめる俺へと向けられる。
「それで……クライヴ。過去の自分と完全に決着をつけた今、貴方はこの先何を指針として剣を振るうつもりですの?」
仲間たちの視線が一斉に俺へと集まった。
俺は背後の壁に立てかけられた、無骨で頑丈なツヴァイハンダーへと視線をやった。教団のメイスを捨て、遠心力と理合いを頼りに握りしめてきた大剣。師匠アルブレヒトから受け継ぎ、フォルカーとの模擬戦で極意を昇華させたその刃は、今や俺の生き様そのものだった。
「俺の目的は、最初から変わっていないよ」
俺はジョッキを手に取り、静かに口を開いた。
「世界にはまだ、古い教義や理不尽な権威に縛られ、声も上げられずに苦しんでいる人々がいる。あるいは、タイデルやロマールで見たように、怨念や暗黒の教義に利用される人々もだ。俺は、己の眼で真実を見極め、この大剣の理合いをもって彼らの立ちふさがる壁を斬り開きたい」
「……つまり、世直しの旅を続けるってワケだな?」
バルドがニヤリと口の端を上げた。
「世直しなんて大層なものじゃないさ。ただ、俺たちが信じる『正義』と『理合い』が、どこまで世界に通用するのか確かめたいんだ。アノスを越えたその先にある、未だ見ぬ国々や危険な境界領域へ行こうと思っている」
俺の言葉に、ジュードがリュートをポロンと一鳴らしして立ち上がった。
「いいね! 未開の地や伝説の眠る果ての世界か。詩人としては、最高の叙事詩が書けそうな予感がするよ。僕はもちろん、最後まで付き合うよ」
「私もですわ」
ミレーヌが不敵で美しい笑みを浮かべる。
「古代の魔法技術や、世界の裏で暗躍するファンドリアの残党……探求すべき謎は山ほどありますからね。貴方の合理的な大剣術は、私の魔法理論の最高の観察対象でもありますし」
「風の精霊たちも、クライヴの行く先を照らしたいと言っています。……私も、あなたの振るう優しい理合いの剣が届く場所を見届けたい」
エレノアが静かに、だが確かな意志を込めて頷いた。
「ガハハッ! 決まりだな! マイリーの加護のもと、俺の鉄槌とラージシールドがお前の背中を死ぬまで守ってやるぜ!」
バルドがジョッキを高く掲げると、俺たち全員が自然と杯を中央へと差し出した。
「俺たちの旅と、未だ見ぬ明日に」
木杯とガラス杯が触れ合い、澄んだ音が部屋の中に響き渡る。
かつて教団の落ちこぼれだった男と、互いの背中を預け合うかけがえのない仲間たち。
アノスの夜空には無数の星が輝き、これから始まるさらなる冒険の道標のように、彼らの未来を優しく照らし出していた。