鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
翌日から、買い出しを含めて少しずつクエスの経験を積ませるための仕事が始まる。まずは店に並べておくカトラリーや調理用ナイフ、金属製の皿、それから……と、難易度ごとに順番に作り始める。
一から教え込むため、普段はさぼっている鉄鉱石からの銑鉄作り、そして銑鉄から鋼を作る流れまで、一通りできるようになるまでがまず第一弾だ。何より大事なのは目。鉄や鋼の色合いを見て、温度を見て測れるようになるのが一番だが、いきなりそうしろと言ってもなかなか難しいだろう。
そのため、基礎的なところは自分でやらせて、俺の目が必要なところは引き続き俺が担当する。いわば小間使いからの始まりだ。
本人にはそういう流れでどうしてもなってしまうし、細かい所で仕事ができないと、いずれ独り立ちするときに手詰まりを起こすから、一つずつ教える、とちゃんと断ったうえで、仕事に入り始めた。
クエス自身もそれには了承しており、多少きついが仕事の後のぬるいエールが思いのほか美味しい、と言ってくれている。
さて、今日は裏仕事の日だ。クエスには寝室から出ないようにすることと、俺が戻ってくるまで外出禁止を徹底させた。
「大事な仕事なら、目で見て覚えることも必要だとは思うのですが、それでもだめですか」
そう質問される。やはりそう思うのが普通というところだが、こっちの仕事はそうそう簡単に人様に見せる仕事ではない。それに、仕事を依頼してきた側も内密に、ということだった。
「今回は見せられない。下手に今日やる作業を見て覚えると、悪い癖がつく。これはもっとちゃんと仕事と手順を覚えて、それからやるべき仕事だ。だから今日の仕事は見せられない。いいか? 」
「親方がそういうなら、わかりました。いつか見せてもいいと言われるようになるまで努力したいと思います」
物分かりがいいのか、クエスは寝室に戻っていった。間仕切りを寝室と工房の間に敷きなおすと、時間が来たらしく、符丁の声が聞こえてきた。
「大聖堂の金の修理のお願いに参りました」
これが、専用品修復の符丁だ。ここまでは誰であっても話を聞いてくる可能性が高い。
「どのような手順で修理を? 」
こちらに渡された符丁と確認するため、質問を返す。
「鋳掛けで、磨きあげ」
叩きなおしと研ぎ。符丁と一致する。
「お入りください」
「失礼する」
入ってきたのは騎士団の第二団長であるアルガス。彼の扱う大剣であるヘイルブリンガーは処刑用の大剣として、ハンブラの中でも知られた名剣だ。そして、先日ザンザの件で貴族の女性の処刑に使われたこともまた、皆が知っている。
「いつもの定期メンテだ。よろしく頼む」
「わかった。しばし待て。あと、寝室には近づくな。弟子が寝ている」
「ほう。孤高のラスティ・ネイルが弟子を取るのか。収入は心配ないだろうが、表向きは大変だろうな」
アルガスがニヤリとしながら、ローブの上からでもわかる筋肉の発達した体を見せながらも俺に向けて白い歯を見せる。暑苦しいのが玉に瑕だが、いい仕事をさせてくれるし口も堅い。この場合のいい仕事は、金の都合がいい、という意味ではない。
「もう少し声を押さえててくれ。弟子には絶対見ないようにと釘を刺しているとはいえ、あまり騒ぐとこらえきれずに出てくるかもしれんぞ。そうなれば俺の仕事を芋づる式にあげられて、今度こそ裏の仕事はおしまいになるだろう」
「そこまでの大事になるまでに俺の手でもみ消せる分は努力しよう。俺もズルの仲間の内なんだからな」
「もみ消しきれない分は、俺が全部被って、そしてこれで処刑される……って話になるだろうな。少なくともアルガスの仕事を邪魔するのは難しいだろう」
ヘイルブリンガーを窯で熱し、歪んでいた部分を元に戻してそれから再び研ぎ直しの作業になる。研ぎは特に念入りにしておかないと、処刑が失敗したり、罪人を不必要に苦しめる可能性もある。
しっかりと刃のまっすぐさを目視で見て、歪みがあったら正す。それが終われば研ぎ作業に入る。これも刃がまっすぐになるように、そして綺麗に研ぎすぎないことが大事だ。
処刑用の大剣の先に鋭さは必要ない。必要なのは肉や骨を断ち切る重さと、それを可能にするだけの角度。あまり角度が鋭角すぎると、肉や骨を断つ際に刃が負けて欠けたり折れたりすることがある。
そして、剣が巨大なため、砥石の上に乗せて研ぐ、ということが難しい。剣を支えて、砥石を油で濡らしたまま砥石を動かすようにして粗い砥石で磨いていく。
シャッ、シャッ、と研ぐ音だけが響く。アルガスは窯の火で少し温まる位置に座り、少しだけ冷える夜の家の中で温まっている。
「ふぅ……ここは夜になると冷えるんだな。前は昼に来たが、その時は暑いぐらいだったのに」
「熱気がこもるからな。できるだけ風通しは良くしてあるんだ。でも、窯の周りだけは空気が抜けないような構造になっている。そのほうが燃料費が節約できるからな」
「道理で、この辺だけ妙に温かいわけだ。結構凝ってるんだな」
まあ、燃料は少なく使えるほうがお得だからな。その代わり、入り口と出窓を完全にふさいだら部屋全体に熱気がこもるし、両方開ければかなりの風通しが良くなるので、部屋自体の室温は下げることができるようになっている。
「今日は珍しくおしゃべりだな。何か悩み事か? 」
アルガスが少しそわそわしているような気がするので、俺の邪魔にならない程度に世間話をする。
「そうだな。そういうわけじゃないが、俺がこうやって手入れをしてもらって、罪人を苦しませないようにすぐに首を落とすようにしてもらっているわけだろ? 罪人なのに、そこまでしてやる必要があるのか、と悩むことがあってな」
「……罪人なのに苦しませないように一発で殺すのはおかしい、もっと苦しめてもいいはずだ、と? 」
「まあ、そうだ。身分がない物は火刑や絞首刑で済ませるが、貴族や騎士団員、それから商会長やギルド長、自治会長なんかがそれ相応の罪を犯せば、もちろん彼らも斬首刑にする場合もある。もちろん、斬首にするにはそれなりの理由があってそこまでの罪になるわけだが、本当にそれでいいのかと、時々不安になることがある」
アルガスの独白をじっと聞きつつ、自分の仕事をこなしていく。曲がりは……ないな。後は砥石を綺麗にかけていって、鋭すぎない程度に刃をそろえていけば大丈夫だ。
「ラスティさんは、どう思う? 俺は本当にこのまま仕事を続けるべきなんだろうか」
「あんたが仕事を辞めたら、まず二つ面倒くさいことが起きる。一つは、代わりに罪を背負う新しい騎士団員が一人増えるということ。もう一つは、俺が新しく人脈を築かなければいけないということだ」
「前者はともかくとして、後者は深刻そうだな。前者と並べるあたり、人付き合いが苦手なラスティ・ネイルは筋金入りか」
アルガスが髭のないあごを触りながら全身に力を入れて、そして抜く。どうやら、落ち着いたらしい。
「ふぅ……もうしばらくはこの仕事を続けにゃいかんか。なあ、ラスティさん。俺の仕事は認められるべきか? それとも、人殺しと蔑まれながらも、やり続けるべきか? 」
「新しく人殺しが増えるのをよしとするか、ってところだな。それに、お前が仕事を辞めてもお前が処刑人だったことは変わらん。諦めて続けろ。それがある意味一番平和のためだ」
「そうか……そうだよな……もうちょっと続けて、金が溜まったところで引退して、他の所へ行って、俺の処刑人仕事を知らない女の子を探すか」
「それがいい……と、これでどうだ」
アルガスに出来上がったヘイルブリンガーを渡す。アルガスは狭い部屋の中で器用に振り回し、重さの感覚や振り具合を確かめている。
「うん、いつもながらいい出来だ。ありがとう」
「礼はいつも貰ってるからな。たまにはちゃんと、正規の方法でメンテナンスに出すんだぞ」
「ああ、次はちゃんと大聖堂で専用化解除を施してもらって、研いでそれからまた専用化してもらうさ。もしかしたら、そのタイミングで俺とこいつの関係はおさらばになるかもしれないけどな」
背中に背負って、俺に銀貨で支払いをしていくと、アルガスは悠々と出ていった。今の会話で悩みの解消には手伝えたんだろうか。わからないが、次の処刑ぐらいまでは仕事をやる気でいるらしいな。
間仕切りの向こうから、小さくつぶやく声が聞こえた。
「……なんだろう、あれ」