鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
クエスの修行は順調に進んでいる。飲み込みは正直かなり早い。他の工房で聞くところの弟子の育成の、二倍から三倍程度の進捗で進んでいるとみてもいいだろう。元々ある程度の教育を施されているので、確認に必要なやり取りが少なく済んでいるのもあるんだろう。
文字も読めるし図も理解できる。こっちで教えたい情報を整理して、こういうことですか? と逆に聞き返してきて、それが正解に最も近い形で返ってくる、というのは中々に心地いい。
ハンマーを持つにはまだ早いが、鋼の鍛造の初歩と、銑鉄の作り方については仕込むことができるようになってきた。
家の工房の釜は、工房の規模に比べると比較的大きい。師匠の使っていた工房をそのまま引き継いだのと、師匠が居た内は俺以外にも弟子がいた。
なので師匠と、俺を含めた幾人かの弟子で、交互に大きなふいごを操って、鉄鉱石から銑鉄を作り出して、そこから鋼を作り出すことでそれなりに安く製品を作ることもできていた。
俺が弟子をいつまでも取らなかったので、ふいごもぼろくなっていたのだが、この度めでたく弟子を取るということになったので、窯を少しばかり手入れしたのだ。
「綺麗になりましたね! 」
その新しくなった炉を見て、クエスも心なしかうれしそうだった。俺もちょっとだけ嬉しかった。何より、これから二人で作業をしながら炉を回せる、というのも久しぶりだ。
前は師匠が死んで落ち込んでいるときにふいごを踏んで元気づけようとしてくれたっけか。それも懐かしい、と思えるようになったのは、前向きになれているということだろう。
今日も、銑鉄を作るための素材の組み上げ方とその論理、そしてどのようにすれば鉄鉱石から銑鉄が得られるのか、という話を教え込む。
このハンブラの街では、鉄鉱石から銑鉄を作る工程は、実はそれほど重要ではない。ここには代行サービスとも呼ぶべき、専門の銑鉄を作って中間材料として銑鉄を販売する工房がある。
そこに頼めば一両日中に鉄鉱石から溶かし出した銑鉄を輸送サービスまでつけて送ってくれる。
俺も一人でいる間は基本的に銑鉄まで作ってもらったものを買い付けに行っていたのだが、クエスという弟子が一人増えたことで、二人で作業をすることが可能になった。
そしてつい先ほど、鉄鉱石から作り始めた銑鉄第一号ができあがったところだ。
「ふむ……」
「……」
品質を確かめる俺とクエス。さすがにクエスに銑鉄をパッと見て、そこからどんな不純物がどのぐらい混じっているか、なんてことはまだわかるわけではない。
俺にはなんとなくどのぐらいの割合で混じっているか、ということぐらいはわかる。これも長年の勘なので、クエスに今すぐ理解しろというのは無茶ぶりだろう。
「悪くないな、これだけ不純物が取れていれば銑鉄としては十分使えるだろう」
「じゃあ、成功の部類に入るってことですか」
「そうだな。比較的綺麗に不純物も抜くことができたし、久しぶりにやったわりに腕は鈍ってない感じだな。自分でもびっくりだ」
「やりましたね……でもさすがに疲れました」
「とりあえずエールを飲んで体力回復だ。二人で朝からひたすら漕ぎ続けたから疲れただろう」
エールの樽からエールを注ぎ、クエスの分を渡して自分の分を……と、自分の分を注ごうとしたところで、エールが切れてしまった。
「あれ、もうなくなったか。そう言えばクエスの分もあるから消費も早いんだよな。次からはもうちょっとペース早く注文するようにしないとな。ちょっとエールの買い付けに行ってきてくれないか」
クエスにお使いを頼む。エールを樽単位で取り扱ってくれる店は既に教えているので、ラスティネイルにエール一樽、到着払いで、と伝えればすぐにも送ってきてくれるはずだ。
「それはいいのですが、私が離れてしまっても続きは大丈夫ですか? まだ作業中ではないのですか」
「とりあえず今日はここまでだ。銑鉄ができあがっていれば次回からの作業はもう楽になったようなもんだし、かかった費用も銑鉄を買い付けするよりも安くなってるしな」
実際、自分で作れることになった分だけ銑鉄の代金はずいぶん助かっている。ここから製品を作る分の値段はまた違ってくるが、数本無駄にしてしまってもいいぐらいの余裕はできた。
「わかりました。行ってきます。いつもの店でいいんですよね? 」
「ああ、俺はちょっと涼しい所で休んでいるからな。エールが飲めない分水とちょっと胃袋を満たしておくことにしよう」
クエスにお使いを頼むことにも意味はある。安くてそれなりに栄養が取れて、喉の渇きを癒せるエールの店を教え込むのと、そこでどんな注文をすればいつものエールが手に入るのかをしっかり教え込む意味でもある。
涼む前に、炉の中にたまった不純物の掻き出しと掃除を終わらせなければならないからな。これはちょっとまだクエスには任せられない部分。今のところはまず製品が作れるかどうかに集中してもらうほうがいい。
確かに手入れや掃除、その他メンテナンスができるようになって一人前だが、最初の頃にそればかりやらせると、肝心の製品製造のほうに頭が回らなくなる恐れもあるからな。
クエスほど賢いならその心配はないとは思うが、掃除や片づけ、そして次の仕事への準備は少しずつ覚えさせていこう。育成方法としては、片づけを一通り教え込んでから実を学ばせる方法もあるが、今回はこちらの方法は取らず、一つずつできることから学ばせていく。
あー……のど乾いたな。掃除の手を休めて一瞬外に出て涼しい風を感じた後、汲み置きの水を一杯飲んで、すぐさま窯に向かい、不純物の掃除を終わらせる。
クエスが帰ってきたのは掃除が終わりかけの所だった。クエスは帰ってきて開口一番、俺が残り仕事をしていることに文句をつけに来た。
「親方、やることまだあったんじゃないですか。一通り終わらせてから二人で買い物行くのでもよかったのでは? 」
「それでもよかったが、今日はクエスは銑鉄のざっくりした作り方と目で見る際のコツを覚えた。そこに掃除をぶち込むと、せっかく覚えたことを忘れるといけないからな。掃除や片づけはまた次回だ。そして、次回の前に本身を打つところを見せなきゃいけないからな。もうしばらく先になりそうだぞ」
「んぅ……親方がそういうなら従います。では、次に作る時こそ掃除の仕方やそれ以外のことも学ばせてもらいます」
「そうしてくれ。で、エールはいつ届くって? 」
「お願いしたら、手が空いてるから今すぐ持ってくる、とのことです」
「ちわー、アルブレヒトでーす」
話をしていたら本人が来たな。ちょうど樽ごと持ってきてくれたようだ。つけ払いや月末まとめ払いができる店のうちの一つである酒屋、「アルブレヒト」は工房の職人たちの憩いの場でもあり、その場で新作を飲ませてくれたりするありがたい存在だ。
「空の樽はいつも通り回収でよろしく」
「毎度。早速入れ替えますね」
アルブレヒトの従業員が二人一組で樽をどけ、そして新しくエールが入った樽を備え付けてくれる。
これでまたエールが飲めるな。どれ、早速一杯……よし、ちゃんといつもの味だ。
「うん、変わりないな。配達ありがとう」
「お支払いのほうはいつも通り月末払いということでいいですか? 」
「おう、忘れず支払いに行くからな。またよろしく頼む」
「毎度ありー」
アルブレヒトの従業員に配達完了の受け取りを書き終えると、元気よく帰っていく。さあ、これでまた今夜も問題なく酒が飲めるぞ。
「明日はこの出来上がった銑鉄を使って、少しずつ包丁と剣を打っていく。まずは包丁からだな。しっかり教えていくから、ちゃんとついてくるんだぞ」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあ、飯を食いに出かけるか。しばらくは大きな仕事も来ないだろうし、仕事が欲しければポマスのところで都合してもらうこともできるだろうしな」