鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
最近は裏の仕事も落ち着き、しばらく実入りは寂しいものの、お陰で弟子の育成に集中することができていて、とても助かる。
クエスもいたって真面目に学ぼうという姿勢が見てとれる。ここまで真面目に汗を流して仕事を覚えようとする元貴族なんて貴重すぎるのではないのだろうか。
本当にこの子は貴族だったのか? と思うぐらいに汚れるのも躊躇しないし、火花が飛び散って軽く火傷ができても気にしやしない。むしろ、技を覚えるうえでは勲章のようなものだと思っている節すらある。
いくらもう貴族ではないから、一般人として、そして弟子として扱ってほしいと言われても、相手は女性であり、肌に火傷の跡やなんかが残るのは少々気になるところ。
本人はいたって気にしていない様子だから割り切っているのだろうから、ここは俺がやきもきして気を使うのはなんだか違う気がするな。しっかり俺が様子を見ていくのが大事だろう。
「親方、叩きの強さはこのぐらいでいいですか? 」
クエスが精錬を終えた鋼へ均等にハンマーを打ち込み、まだ鉄の中に混じっている不純物を叩き出しながら質問を重ねてくる。
「そうだな。明らかに叩きすぎて凹みができていないうちは大丈夫だと思えばいい。明らかに強くたたきすぎたら周りと違って見えるだろうし、そこをしっかり判別できているうちは大丈夫だ」
クエスと交互に力を入れずにハンマーを入れていく。今日はクエスの教育日であり、使う素材もクエスの教育用だ。だから費用は気にしなくていいし、自分が手伝って最後まで完成させた製品第一号として本人に持たせるつもりでもある。
鋼を叩いて伸ばした後、折り返してはまた叩く。甲高い音が工房内に響き渡り、規則正しく続いていく。クエスが叩き、俺が調節し、というようにクエスにある程度好きに叩かせてみせて、その後で俺が相槌を打ちながら、物を形作っていく。
叩いてるうちに鋼の温度が下がって赤黒くなってくると、もう一度窯にくべて熱し、オレンジに輝き出したところでまた叩く。
そして折り返しを何度か繰り返し、不純物を鉄の中から叩き出したところで成形し、鋼をタガネで切って、品物に必要な形と鋼の量を調整する。今日作っているのは簡単なナイフだ。
いきなり剣を打て、なんて難しいことをいうつもりはない。それにナイフは研げば調理用や簡単なものとして、また刃を鋭く仕上げなければペーパーナイフとしてもそのまま使えるものにする予定だ。
せっかく最初の品物として手に入れるなら、普段使いできるようなもののほうが愛着がわくだろうし、自分の成果を身近に持っておくことはモチベーションの維持として大事なものとなるだろう。
もし、このペーパーナイフの出来が気に入らなければ、次に頑張ろうという気力にもなるからな。そう言う意味でも普段使いの品物を持っておくのは悪くない。
鋼を切り離した以上、後は仕上げに向けて少しずつ仕事を進めていく。焼き入れと焼き戻しだ。焼き入れ作業だけは先に手伝わせていたため、後はどれだけ手際よくできるか、というところ。
さすがにまだ来て日が浅いので一人で全部やれ、とは言えない。まずは一人で考えさせてみて、体を動かそうとしたタイミングで俺が口を出し、まだ早いか、それとも熱しすぎかを口出しして、タイミングを覚えてもらうことになる。
「今だ。すぐ水に入れて」
「はい! 」
水に入れて急冷し、ジュワワァァァ……と水が蒸発していく。音が鎮まった後、ナイフの全体の様子を見る。そんなに大きいものではないのでしっかりと冷却が出来ているとは思う。
これが大物の武器だったりする場合、水が足りなくて冷却ムラができてしまい焼入れに失敗してしまうことが時々あるらしい。今回はそこまでのものを扱っていないどころか、十分に小さいものなので問題ない。
そしてすぐに焼戻しをする。金属の表面を軽く磨いてから再加熱し、表面の色合いで温度を区別する。
「ここからは、口伝では伝えにくい。色で覚えろ」
「はい」
「温度が一定ごとに達すると、今磨いた部分の色合いが変化する。作るものによって必要な温度は変わってくるが……このぐらいのものなら今がいい色合いだ。この色を覚えておくといい。後は自然乾燥をさせる。こっちもムラができると、歪みの元になったり、不十分なところから欠けていく、なんて話にもなる」
「はい……黄色、というより麦わらみたいな色まで加熱されていればいいってイメージが湧きますが」
「そこはさっきも言ったが口伝だ。どういう色に見えるかどうかは個人差があるからな。俺とクエスは同じものを見ているが、同じ色に見えているとは限らない。自分で見えた色を信じろ」
「わかりました」
「さて……これで作品第一号を作ったわけだが、これは自分で使え。自分で扱っているうちに、使いづらい点やここをもう少しこうしたほうがよかった、なんて話にもなってくるかもしれないからな。それに、刃を研いでないからペーパーナイフとしては使えるだろうが、他の用途にはまだ使えないだろう。他に使いたい物が出来た時、こいつを練習台にすればいい。そう言う意味でも第一号だな」
できあがってまだ熱を冷ましきっていないペーパーナイフ一号くんを指さしながらこれはお前のもんだ、と教えておく。自分の初作品を手元に置いておくのは俺も師匠に教え込まれた。
これを見えるところに置くことで、このころに比べれば成長したな、と感じ、そして更にいい品物を作れるようになろう、と前向きな気持ちにしてくれる。
さて……まだ時間はあるし、銑鉄もある。木炭も在庫はあるから、いつ仕事が来ても大丈夫、ということになる。何か仕事はないかとポマスの所へ行ってこよう。今日はいいタイミングでいい仕事に出会えるような気がするんだ。
「ちょっと仕事を探してくる。ナイフにはまだ触るなよ。明日の朝ぐらいまで自然乾燥させておくものだからな。あと、もし入れ違いでポマスが来たら、ここに押し止めておいてくれ。飲ませてやってもいいけど二杯までにしておいて」
「わかりました、しっかり留守番しておきます」
クエスに留守番を任せてポマスの所へ行く。ポマスの家は店ではなく、一般の家屋だ。もちろん、あいつ自身が工房を持っているわけではなく、人の差配と仕事の割り振りができればいいので、自宅に机が一つあれば事足りる、と言った様子。
そのため、家にいなければどこにいるかわからない、というのが困り者ではあるが、会えればたいてい何かポケットに仕事を二、三入れて歩いている男なので、飯の種に困ることはない。
そもそも師匠にも、ハンマーを持たせる才能は全くないが、金勘定とやりくりの素質はある、として俺が腕を磨いてる間にそっちの腕を磨いた男だ。
実際は目の病気で、まともに炎の温度が見れらないのが才能の差、ということが分かったのは師匠が死んだあと。それを含めて才能と言い切った実の親父も、無理に鍛冶師を継がせるよりは無理なくできることを、と配慮したのかもしれない。
ポマスの家にたどり着いて居所を聞くと、今日一日は戻らないらしい。まあ、明日でもいいか、と素直に出直すことにした。
「ただいま。ポマスはいなかったよ。来客はあったか? 」
「おかえりなさい親方。お客さんは見えました。大聖堂の鐘の修理をお願いしたいという話でした」
「そうか、一緒に行かなくてよかったな。それは大事な用事だ。また来ると言ってなかったか? 」
「明日の昼頃にまた訪れると言っていました。大聖堂の鐘の修理なんかもするんですね」
クエスは符丁を知らないから、俺が大聖堂の鐘の修理を本当に請け負っているんだろう、という意識が離れないんだろう。さて、どうやって誤魔化そうかな。