7話 錬金術師、と愉快な仲間たち。
法術窮理院、魔法師として高みを目指す者はまずここを目指すのだが、だが、だが……。
法術窮理院前、そびえ立つ石壁と巨大な鉄門、それも凄いが、続々と豪奢な馬車が現れては人を降ろして去っていく、降りた人は皆異様に身なりが整った若人ばかりで、それを遠くから観る俺はその中へ入るのを躊躇い、ファティマに呆れの視線を送られている。
「あの人も貴族、あの人も貴族、あの人も……貴族だ……完ッ全に貴族学校だ、貴族のフルコースだな」
「ここにいる全員が爵位を持っているわけではなくて、その代理権限を与えられたという建前が入るのだけど、その建前が使えるのは貴族だけだし、やっぱり貴族学校なのは否定しないことにするわ……あの子は公爵、あっちは子爵、珍しい、辺境伯も来てる、伯爵、男爵、あとは有象無象ね」
「分かるのか?」
「王族だったので」
ファティマの特技が一つ知れた所で。
法術窮理院は円形の王都を☓字に切り分けて上、北側の区域『魔路区』、親しみを込めてマジックと呼んだりすることもあるとか、日本語的な言葉遊びだが、何故か異世界語が理解出来ている時点で気にするような事でもない、翻訳前のニュアンスなんて論文読む時に気にする程度でいいと思うの。
話を戻し、『魔路区』の中央、一等地、二等地に跨ってこの『法術窮理院』がある、院自体は四角く区切られた土地にある、その中に学生寮や学舎、そしてコロシアムもある。
コロシアム、つまりは戦いの場、魔法師は戦いとは切り離せない存在である、それを教えるための場、生徒同士切磋琢磨する場として存在する。
そろそろ彼女の視線が痛くなり、猪狩りの時よりもずっと勇気を振り絞って、貴族達の中へ歩を進めようとした。
ファティマが俺の腕を掴み、笑う。
「寝癖、あとネクタイ曲がってる」
「……夫婦かよ」
「貴方右腕と結婚するの? ナルシストね」
「お前自認右腕かよ」
「冗談はさておき、せっかく舐められないよう服を新調したのだから、しっかり整えなさい」
「はいはい」
ファティマが貴族周りのしがらみを教えてくれたので、入学前に色々と準備をしておいた。
まず服装だ、窮理院は服装自由だが、そこにいる学生は貴族ばかり、あまりラフな格好だと浮いて悪目立ちするから、それなりのグレードの仕立てた服が必要なんだと言う。
俺が用意したのは白シャツに紫紺のチェック柄のスーツ、黒のネクタイ、そして黒のコートを袖を通さず羽織る程度、見た目に右腕がないと分かりづらい方が良いという俺の要望もあってこうなった、暑い。
ファティマは使用人枠だからと控えめな……なんてことするはずなく、赤紫色のベストに白のシャツ、ベストと同色のパンツスーツ、紫紺の髪は一つに纏め編み込み尻尾のように揺れている。イケメンか? イケメンだ。
服装について振り返っている間に俺の身だしなみチェックが終わったようで、彼女のおさげがご機嫌に揺れる。
「よし、行くのよ本体」
「目線が右腕すぎる」
俺達は貴族の群れへと突入する、好奇の目に晒されることくらい覚悟していたが、した所で減るわけでもなく、チクチクと刺さる視線へ意識を向けないように歩いていた。
時折、密やかな会話が聞こえてくる、もしくはそういう体を取り偶然聞こえてしまったようにしたいのか、俺の噂、ファティマの噂、聞くに堪えない事から恥ずかしくなるような事まで、色々と噂が聞こえてきた。
「有名人は辛いって顔してる」
「ご明察」
「面白い?」
「かなり」
前世、ここまで人の気を引いたことがない人生だった、だからか意外と楽しい、その上で困ることは困るのだが。
結局大勢の視線に晒されはしたが絡まれることなく法術窮理院への入り口である巨大な鉄門の前へと俺たちはたどり着いた、首が痛くなるほど見上げる高さに圧倒される、ファティマは二度目は何しようと悩んでいるようでこの鉄門には見向きもしなかった。
さて、法術窮理院には入学と卒業が正式にある訳では無い、だが、生徒が一斉に入り、一斉に出ていくタイミングには式を行う、そのほうが効率的だから。
それが今日、しかし時間はまだ先で暇になる。
貴族たちは皆知り合いなのかそれとも社交辞令なのか、楽しげに会話をしている、俺たちはしばし無言で門に背中を預けていた。
「暇ね」
「言うなよ、半分寝て時間意識飛ばしてたのに」
「良いじゃない、それと話のネタ、考えてあげたんだから感謝しなさい」
一応謝辞を送る、返ってきたのは鼻で笑った音。
ファティマが暇そうにしているしどうにか暇を紛らわせたいのは俺も同じ、だからその話に乗った。
「貴方、入学して何がしたい? 目的と、言ってもいい事なのだけど、そしてその後は?」
「入学の目的か……そうだな、言ってみれば入ることが目的だったな、己の錬金術にさらなる磨きを掛けたいと言う思いだけ持って……その後は無いな」
「意外と暇そうな人生ね」
「カマルに任せされた店もあるんだから暇じゃないぞ」
「その割には入学して好きなことしようとしてるけど?」
「更に出来るようになればそれは恩返しになる、と思うことにした」
「錬金術は言い訳まで作れるの?」
「そうだが?」
「今後の目的は?」
「作れない」
小気味よいテンポで進む会話に俺はすでに暇なんてこと感じなくなった、ファティマの話術が上手いのはわかっていたが、どこまでも話していきそうになる。
しかし、周りはそうでもないようだ。
俺たちが話に夢中になっている所へ、不意に強い気配が向けられる、ファティマが顔をしかめそちらを向く、釣られて俺も向ける、視線の先には貴族のみで作られた人集りを割って歩く男、若く誠実そうだが何人かの系統が違う女性を侍らせている、本人には自覚がなさそうだが。
ふむ……ハーレム主人公じゃな?
まさかこんなリアルハーレムを作るとは、感服、そういうのは野生動物か物語の中だけかと思っていた、異世界ならあり得るのか? ファティマに目線を送る、普通あり得ないよくらいの感覚で首を振られた。
理性は“(静かに中指を立てる)”。
本能は“羨ましいなぁ……”。
なるほど、なるほど。
「凄くない?」
「アレは天然物の人たらしね、私が知らない顔か……まさか平民……いや」
「養子ってことか」
「恐らくは、貴族が養子にするほど魔法に秀でた才能がある平民、しかも人たらし……ということになるけど、近寄らないでよ」
凄いのは分かった。
だったら近寄ったらダメな理由はなんだと聞けば、それも分からないのね可哀想に教えてあげるわ、とか透けて見える顔で言うのだ。
「取り込まれるからよ、周りにいる女たちも子爵以上の子ばかり、対貴族兵器みたいなものよアレ、貴族間政争の覇権を握れるもの」
「激ヤバ?」
「激ヤバ」
「じゃあ大丈夫だな、俺は一世貴族だし」
「それ言ったらダメな────」
「あーっ! 隻腕の勇者様だぁぁぁっ!」
「事故だ、大事故、ものすごい事故です、無理だろ、ミサイルだよアレ、俺だけ狙ったミサイルだって」
ファティマに懇願するような言葉は、彼女の我が意を得たりと無言の答えを引き出した、そこから彼女が背もたれにしていた鉄門に手を添え、そして唱える。
「『我が命じる、開け窮理の門』」
ドゴン、ドン、ギギギ……、擦れる石と鉄、けたたましい音と共に法術窮理院の門が開けていく、そしてその奥に見えるのが俺たちの学び舎になる本校舎、なのだろうか。
遠目に、そう遠目に見るほど広い敷地には、どこかの自然公園を丸ごと持ってきて優秀な庭師に手入れをさせているだろう贅沢な自然の使い方、その中に一直線に伸びる道は今までとこれからに思いを馳せる余裕すらあるだろう距離、しかしそんな余裕は今の俺にはないのである。
開門、直後、快走。
「直線距離で約1キロ、走るわよ」
「分かってる」
「え、ちょ、隻腕の英雄様ぁっ!? なんで逃げるのぉ〜〜!?」
何も聞こえない、何も知らない、何も見ていない。
背後に浴びる絶叫に、俺はひたすら無視を通した。
周りにいた貴族たちも、何かの試験か? と勘繰り、なんか面白そうだから走ろうか、となって一斉に1キロ走が始まる、意外に貴族たちが体力自慢ばかりで驚いた。
あの全自動縁結び機もハーレムと一緒に走り出す、俺を付け狙うようにしているのが、本当に怖かった、お前が怖いわけじゃない、お前の背後が怖いんだ。
「アレの背後はお父様より狡猾かもしれない」
「
「お父様も大変ね」
走って走って走って、校舎に一番乗りした俺たちは、ぎょっとする教員の一人を捕まえて入学式会場を聞き出す。
法術窮理院、その北にあるコロシアムが会場だと言う、一番広い場所だから何かと便利なのだろう、コロシアムへの道程はファティマが詳しく、あのハーレム縁結び機に捕まる前に会場へ到着した。
コロシアムは円形闘技場という名前から察する通り、円形だ、当然、中心には戦うための舞台があり、壁があって、それから上がって観客席、三千人程度は余裕で動員出来そうな広さだった。
そのコロシアムの中心に、複数人で相談し合う教員たちがいる、俺は離れようとしたがファティマが迷いなく歩いていくので、仕方なく俺も着いて行くことに。
近くまで寄ると分かる、教員は首から下を覆い隠すローブを着ている、デザインもなければ特殊な機能があるわけでもない、しかし、錬金術師目線から見れば一級品の品物だ。
練り込まれた魔力が、触れずとも分かるくらい伝わってくる、恐らく衝撃軽減、魔法軽減など付与されているはずだ、錬金術ではない強化も入っていることもわかる、正体は今は分からないな。
ファティマがその集団に近づくと、その中でも一番偉いだろう頭頂部が輝く白ひげの爺が一番に気が付き、そして彼女を見て目玉が飛び出るくらい見開いて驚いている。
「おや? 新入生じゃな、時間まで門は開かないはず……げぇっ! 王女殿下!?」
「今はただのファティマです、お久しぶりですね、ゲルズ・アドメリヒ魔大公」
「大仰な名前で呼ばんで下され、ゲルズじいと呼んでくだされば結構とお伝えしたこと……懐かしい、王女殿下……ああいや、今はファティマさん、じゃな」
俺以外に和気あいあいと話をする彼女は初めて見る、あの人は、それだけファティマに影響を与えた人物であるということと捉えられる、だとするとロクでもないのか、大人物なのか、二極の判断をしなければいけない。
「そちらの男子は……ああ、隻腕の勇者殿か」
「……まぁ、そうですね、はい、アキールと申します」
「よろしくのう、ワシはゲルズ・アドメリヒ、魔大公などと呼ばれたりするが、周りが勝手に呼んどるだけじゃ、何も気にすることはない」
「魔大公、その名前を出すだけで隣の帝国は震え上がるって噂よ、もちろん事実であると元王女が保証します」
「こわ……」
「あーっ! 王女殿下っ! そういう事するからワシを怖がる生徒が増えるんじゃが!? ワシはゆるっとした爺キャラ目指しとるんじゃ! 生徒孫化計画がぁぁぁ!」
ロクでもない人間に決定します、俺、理性、本能の全会一致の決定であります。
こうしている間に、入学式の時間が近くなってきたのかコロシアムに続々と生徒が入ってくる、在校、入学、入り混じり、好きな所に好きな様に座り、観客席には在校生が多く、舞台には入学生が多かった。
「おや、そろそろ時間じゃのう、ま、適当に座って聞いていきなされ」
「良いんだそんな感じで……」
「ただの全体説明会だし、そもそも任意だもの」
「そうなんだ……」
知らないこと、いっぱいだあ、楽しそうだなあ。
「さ、あの舞台の端にでも行きましょ、見つかっても面倒だから」
「そうだな、見つかったら面倒だ」
俺達がコロシアムの舞台、その端に移動すると、丁度そこに人集りが、嫌な予感がする、しかしもう何処へ逃げればいいのか分からない、たまたまここを選んでしまった俺たちの失態だ、それへの罰だ。
「こんちには! 隻腕の勇者様!」
一見、好青年、人懐っこい笑顔をする素直な男、中肉中背、落ち着いた短めに整えられた髪と上品に仕立てられたベストとズボン、見た目は貴族と言うよりお坊ちゃまだが、その幼さと甘さがいいんだろう、彼の周りにいる女子たちが俺を睨みつけていなれば、とは思う。
やはり、関わるべきでない、ファティマの意見も一致している。
「……アキール、挨拶くらい返せ」
「あ、そうか……ああ、こんにちは、えーと……誰さんかな?」
「はい! 僕はホードバルド家から来ました! タリオ・ホードバルドです!」
元気良く挨拶ができて偉いねぇ、なんて言えば横の彼女らにミンチにされそうな気配すらある、それを何も感じ取ってないのか彼はとても、とても笑顔だった。
胃もたれする、幻覚だろうか、本当に?
「えっとですね! 色々と、色々とお話を聞きたいんですが! 『
「後にしないか?」
「後にします!」
素直だなぁ。
「絆されてどうするのよ」
「無理だよ、めっちゃいい子だし、無理かも」
「最後骨抜きにされていいように使われるオチよ」
「引き締めます」
「素直ねぇ」
とりあえずでも警戒を強める、彼が悪いわけじゃない、彼の背後が怖い、申し訳ないが、ファティマ曰く貴族とはそういう生き物らしいから。
素直な彼を静かにさせて、ゲルズじい、と全生徒に呼んでほしそうにしていたロクでもない爺の話を聞く為に、俺は壁へ背中を預けた、ファティマも俺の右隣をずっとキープしてくれている。
新たな世界が、もうすぐ始まる、そんな期待で胸が膨らむ、無い手を握りしめる。