平民、佇まいが優雅すぎて「身分を隠してる皇子では……」と勘違いされてしまう 作:訳者ヒロト
馬車の中。スモーカーとユリウスは向かい合って座っている。
ユリウスの左右には二人の女性部下が配置された。どちらも魔術師ではあるが、かなりの美人で巨乳である。少しでも懐柔しようという意図だ。
「そこまで言ってくださるなら遠慮なく甘えてしまいますよ? 本当に、本当によいのですか?」
「もちろんでございます。お気になさらないでください。私どもにできる限りのことは、喜んでさせていただきます」
「でしたらありがたく――」
ユリウスは頷いた。魔術書をわざわざ買ってきてくれるなんて優しすぎて怖いくらいだが、貰えるものは貰っておこう。
スモーカーは部下に指示を出し、もうひとつ申し出た。
「もう夕食時をかなり過ぎております……。質素なものではありますが、お食事をご準備しています。いかがなさいますか?」
「食事まで……。今思い出しましたが、今日は昼食さえ食べていなくて。図書室に籠っていたのです。ありがたくいただきます」
馬車がとまった隙に、食事の乗った銀皿が運び込まれてくる。切り分けられた果実、干し肉、チーズとナッツ類、果実酒。
スモーカーは頭を垂れた。
「こんなものしか用意できず申し訳ございません」
「いえいえ、美味しそうですよ」
美女が銀皿をユリウスへ捧げるようにして持ち支える。
ユリウス少年は困惑した。貧乏平民が他人に皿を持たせるなどありえない。
「そんな、やめてください。自分で持ちますよ」
「そうですか……。ではどうぞ。グラスにお気をつけください」
銀皿がユリウスの膝の上に受け渡される。
「毒見はいかがいたしましょう?」
スモーカーは訊いた。
敵国人から出された食事をそのまま口にすることはないだろう。誰かが毒見役を務めねば。
しかしユリウスはにこやかに笑い、果実をそっとフォークで掬いあげた。
「ははは。ご冗談を」
そのまま口に運び、呑み込んでしまう。
スモーカーは愕然とした。
(毒見をしない……!? 俺たちを信頼している、命を預けると暗に示しているのか……! なんという豪気!)
揺れがある馬車の中であるというのにユリウスは一切の音を立てず、ゆったりと食事を口へ入れ果実酒でのどを潤す。
まるで何も気にしていないかのような素振り。まさに何も気にしていないのであった。
「うん、美味しいです」
「…………それはなにより、です」
ユリウスは微笑みを浮かべた。
「名乗るのがとても遅くなったことを謝らせてください。ご存知でしょうが――僕はユリウス・ユーガといいます」
「……お気になさらないでください。私こそ、自己紹介がたいへん遅れました。今はスモーカーと名乗っております」
「ぴったりなお名前ですね」
美女二人も唇を開く。
「ハニーと」
「シュガーです」
(ハニートラップ丸出しじゃん……!)
ユリウスは動揺を微笑で押し隠した。
「お二人の魅力を端的に表したお名前ですね」
美女を褒めつつも、ユリウスの顔に色香に惑わされた男の下品さはない。突然の接待に内心では怯えているのだった。
「さてスモーカーさん。せっかくの出会いですから、僕とお話をしてくださいますか」
「……どのようなお話をご希望でしょう?」
「そうですね。まあ、面白い話を」
「面白い話――」
スモーカーはおずおずと口を開く。
「それでは
気合が入った語りの始まりである。ユリウスは食事を進めながらスモーカーに注目した。
「魔術師見習いは悩んでいました。毎日毎晩、街の人々がたくさん手伝いを頼んでいき、修行に専念するひまがないのです。
見習いは人払いの魔術を作ろうと決意しました。それから新魔術の開発にひたすら没頭して七日後、見習いはついに成功しました。外を歩くと街の人々がみな離れていくのです。
見習いは師匠に言いました。『師匠、成功です!』。しかし師匠は言いました。『我が弟子よ、失敗じゃ。まずは風呂に入ってきなさい』」
ユリウスが感想を言う間もなく、スモーカーは深々とうなだれた。
「つまらなかったですよね。申し訳ございません。腹を切ってきます」
「!! いやいや、面白かったですよ!」
ユリウスは大いに困惑する。すべったら腹を切るなんて、どんな環境で育ったらそんな発想になってしまうんだ。
「くすっとできました。それに教訓的な意味合いも含まれていて、魔術師見習いとしてはとても興味深いジョークでしたよ」
「ありがとうございます……っ」
「しかし、小噺チックなのはナシにしましょう。スモーカーさんの命が心配です。もっと普通の雑談を……出身はどちらで?」
「カバエターニでございます」
カバエターニとは魔国の首都だ。ユリウスは眉を小さく持ち上げた。外国生まれだったのか。そこから帝国皇族の護衛になるなんて異色の経歴だなあ。
「カバエターニ。高原の街だそうですね。実を言うと、子供の頃から訪ねてみたかったんですよ」
「! そうなのですか……!」
ユリウスの故郷の属州は、帝都とカバエターニのまんなかぐらいにある。彼の実家の宿屋には魔国に行き帰りする旅人や冒険者が泊まることもあったのだ。
「
「おお……!!」
「
ユリウスが魔国語をかるく話すと、ずっと強張っていたスモーカーの頬が緩む。ハニーとシュガーの顔もぱっと華やいだ。
「魔国語を話されるのですね?」
「
「
「??」
ユリウスは定型句しか言えない。聞き取りもできない。ただ宿泊客を少し喜ばせるための技能だ。
しかしスモーカーは感激していた。
(魔国語を学んでくださるなんて、亡命はやはり本気ということか! 疑う気持ちがあったのが申し訳ない……!)
「魔国語はたしなむ程度ですので帝国語に戻させてください」
アイスブレイクは終えた。ユリウスは本題に切り込んだ。
「ところで、スモーカーさんも魔術師ですよね? よければ魔術の話をしませんか」
「はい。私でよければお話し相手をつとめさせていただきます――」
魔術談義が始まった。
といってもユリウスは、スモーカーの手の内を暴くような質問はしない。ゆえに話題は自然と、ユリウスが作った新魔術についてになる。
そもそも。
古代ルーン語は力ある言葉だ。唱えただけで何かが起こる――こともある。結果は安定しない。
それを補助するのが現代魔術の魔術陣だ。細かいところまで詳細に記述することで起こる結果を安定させる。
魔術陣は繊細なバランスで成り立っていて、文字の一画を変えるだけでまともに動作しなくなる。
つまり新魔術を作るとは、その『繊細なバランス』を探る作業だといえる。
ユリウスは、自分がどのようにしてバランスを成立させたか熱弁した。かなり新しい手法を確立したのではないかと自負している。誰かに聞いて、評価して欲しかったのだ。
軽く説明がなされたが、しかしスモーカーの反応は鈍かった。ハニーとシュガーもよく分からないという表情だ。
「まことに申し訳ございません……。ほとんど理解できませんでした。理論はさっぱりでして」
「そうですか……」
魔術師は大きく二種類に分けられる。
使用者と開発者だ。
例えるなら、与えられた剣での戦い方を磨く側と、剣そのものをさまざま加工しようとする側。
ユリウスは後者寄りで、スモーカーは明確に前者である。
「しかし――しかし。仰られた内容が革新的であることだけは、ぼんやりと分かりました……!」
スモーカーは熱を込めて言葉を発した。
「知識を惜しみなく示してくださること、感謝の言葉もありません。ユリウスさまの本気さは伝わっております!」
魔術面においてガイウス帝国は圧倒的に先進をゆく。対する魔国は常に帝国の
だからこそ魔国にとって、皇族秘伝さえ知る皇子の亡命は計り知れぬ価値があるのだ。
もはやスモーカーは疑念を捨て去っていた。そして忠誠心さえ抱き始めていたのである。
「我が国は必ずや、その知識と才覚にふさわしい地位と名誉を用意するでしょう……!!」
「……そう言ってくださるのは嬉しいですが」
話が通じてないなあ。
ユリウスは落胆し、話題を変えることにした。理論に興味がない人間にこれ以上魔術の話をしても意味がないという判断だ。
「僕ばかりが喋りすぎたようです。次は……スモーカーさんのお仕事の話を聞かせてくれませんか?」
「はい――もちろんです」
スモーカーは顔を引き締めて口を開く。
「誠意には誠意でお返しします。もはや何も隠そうとは思いません。何でもお聞きになってください」
「そうですか? では――普段はどういったお仕事をなさってるので?」
「帝国貴族たちのもとに送り込んでいる密偵たちの報告を取りまとめています」
「貴族への密偵……! それは、なんというか……」
ユリウスは顔には出さず驚愕する。
(凄まじく闇深い話を聞いてしまっている気がする……。皇室はそんなことをしてるの? まあ、貴族を監視したいというのは分からなくもないけど……)
「密偵なんて……。あまり想像がつきません」
「例をあげるなら、カトローネ家の家兵長が通う娼館の主や、チャールトン家によく出入りする宝石商などは、我らの手のものです」
「!? ……そんなこと、僕に教えてくれていいんですか?」
「ユリウスさまだからこそお教えするのです」
スモーカーはためらいなく頷いた。
「加えて言うと、実はお知恵を借りたい案件もありまして。これは極秘も極秘ですが――」
ユリウスの背筋に嫌な予感が走る。聞かない方がいいんじゃないだろうか……。だが遮ることもできず。スモーカーは熱っぽく言った。
「まだまだ構想段階ではありますが、アルンハイム魔術学園を襲撃しようという計画が持ち上がっているのです。ぜひ内情に詳しいユリウスさまの意見を伺いたく……!」