木ノ葉崩しという名の「大規模資産差し押さえ(ガサイレ)」からしばらくして、あの例の男――我がうちは一族の「自称・普通の忍」の暴走は、留まるどころか加速していた。
頼むから、もう少し落ち着いてくれ。長老衆も、彼を酷使しないでくれ。
例の男は、木ノ葉からの略奪、もとい差押え品の査定と目録作りの激務の中、ヒマを作って大蛇丸への詫び入れと称して、単身で奴のアジトへ向かったという。
頼むから、そういうのは一度で懲りてくれ。大蛇丸のアジトに単身向かうのは、これで三度目だぞ。
今回手土産として渡したのは、スーパーの買い物袋いっぱいに詰めた「床屋から回収してきた一族の髪の毛」だった。
そんな物をどうするのだ。と問えば、クローンなる概念を語ってくれた。
なんでも生命体の細胞には、その生命の設計図がつまっていて、それを使えばひとカケラの細胞からでも、その生命体を再現する事も可能だという。
実際、綱手様の医療忍術で、髪の毛などから肉や皮、神経などに細胞を書き換えて怪我を補うものがあった。
変換ができるのなら、培養して増やすことさえ出来れば、人体丸ごとを作り出す事も、確かに可能なのかもしれない。
「人をさらってくるより、この細胞で自家栽培してください」
そんな事も言ってきたらしい。
大蛇丸が木ノ葉から逃走する事になったキッカケは、里の人間を使った人体実験が明るみに出た事だった。
今も同様に実験を続けているとするならば…… いや、あの大蛇丸の事だ。絶対にやっているだろう。
確かに、罪も無い人々をさらって非道な実験に使うよりはマシなのかもしれないが……
いや待て、自家栽培言うな。
また、他の狙いもあるのだという。ほう、言ってみろ。聞くだけは聞いてやる。
「ほら、大蛇丸の事ですから、絶対にうちはの血と写輪眼を狙ってるでしょう? だからって、襲ったら一族との全面戦争開始です。
でも…… クローンなら、まだ文句はないですよね?」
うむぅ…… まあ、そうではある。そうではあるけれども。
「これでウチの一族は大蛇丸から狙われません。あそこと仲良くやれるのは、大きなメリットです」
報告を聞いている間はずっと、俺の万華鏡写輪眼は困惑のあまりに開かれっぱなしだった。
もし未覚醒の者があの場にいたなら、写輪眼に開眼していたかもしれない。
コイツは何を言っているんだ? と強く思いながらも、一定の理解はしてしまう…… そんな自分を嫌いになりそうな、そんな時間だった。
幸い、例の男には倫理観はある(らしい)。あると思う。本人もそう主張している。
だからこそ、一般人が犠牲になるのを防ぐために「自我も芽生えない促成栽培のクローン」を提示したのだという。
それを妥協だとも言っていた。その事実に、勝手に傷ついてもいるようだった。
しかし同時に、この男は大蛇丸にこう持ちかけてもいた。
「あ、写輪眼に目覚めたクローンが出来たら知らせてください。こちらで万華鏡写輪眼に進化させますから」
どういう事だと問い詰めれば、またとんでもない物が飛び出してきた。
お前はいつもそうだ。いつも俺の脳を精神的に殴ってくる。
「それをクローンの元になった人間に移植して『永遠の万華鏡写輪眼』にパワーアップさせる計画です。もちろん、トラウマを植え付ける家族殺しの幻術は俺が組みます」
倫理観って、なんだっけ。
確かに一族は強大になるだろう。なるだろうけれども。
それは果たして、俺が愛した一族なのだろうか……?
邪悪な商談を大蛇丸とまとめてきて、結果的には隣国の危険な組織と和解、ほぼ同盟状態を維持できた。
マッドサイエンティストも裸足で逃げ出す邪悪な企みで、近い将来に一族は全盛期すら越えそうだ。
俺はもう、こいつが一族の英雄なのか、悪魔なのか、ただの社畜なのか、もう判断がつかなかった。
そして時は流れ、木ノ葉隠れの里で「中忍試験」が開催される時が来た。
その間の変化といえば、大蛇丸が無事クローン技術を確立した。それとトラウマ幻術の「強制開眼パッケージ」も残念ながら開発に成功してしまった。
その組み合わせによって、我が一族に万華鏡写輪眼持ちの集団が爆誕した。
不幸だったのは「暁」という謎の秘密結社である。
傭兵集団として稼ごうとしていた彼らは、運悪く我が一族のビジネスゾーンとカチ合ってしまった。
結果、使い放題になった万華鏡写輪眼の力で、だいたい狩り尽くされた彼らは壊滅した。
俺も参加していたが、骨だったり上半身だけだったりはしたが、スサノオの群れが集団を包囲して上から殴りつける光景は、虐殺以外の何者でもなく、哀れみすら覚えた。
やたらと死ににくい奴らもいたが、燃やし尽くすまで消えない天照の黒い炎には敵わなかったな。
その報告を聞いた例の男は「何もしてないのに勝手に壊れた」などと、心底どうでもよさそうに語っていたが、何もしていないわけがない。
そもそもあの部隊を作り出したのはお前だ。
さらに解せないのは、暁の幹部だった干柿鬼鮫の件だ。
戦いの中で奇妙な友情を感じて、彼を連れて帰ってきてしまったのだが。
「少しばかり、あの男の真似をしてみた」
そう言ったら、どういうわけか長老衆が「仕方が無いな……」と亡命を受け入れてしまったのだ。
……なぜだ。なぜ通るんだ。
ほんのちょっとした冗談でしかなかったのだが。
ありがたくはあるのし、好都合でもあるが、納得はいかない。俺はあの男の同類じゃない。一緒にするな。
ついでに言えば、男は結婚した。
相手は水の国で出会った女性だ。
忍務の通りすがり、彼女が血継限界の持ち主だと見破り「この国を出たほうがいい、俺についてこないか」と声をかけたところ、なぜかそのまま口説き落とせてしまったらしい。
あの国では血継限界は戦乱の元として、命を落とすレベルで迫害されている。機会があったら国を出たほうがいい、というのは事実だろう。
だから親切心で言っただけで、深い意味はなかったのだろう。だがそれでも、これはあの例の男が悪い。
窮地に陥った、それも長い間ずっとそうだった女性に、不意に救いの手など伸ばせば縋られてしまうに決まっているのだから。
「氷の血継限界で、片手印の秘術。ああ、もうこれは子供の名前はハクですね」
あの男も諦めたのか、女性を受け入れたようだ。昨日はそうやって、子供の名前まで考えていた。
ただ里の全員がこの結婚を受け入れたわけではない。
「私にも声をかけてたくせに……」
招待された披露宴で、やさぐれて酒を次々とカラにしていっていたシズネさんがそうだ。
なお、それを見た綱手さまは、実に満足そうに笑っていた。
独身仲間が減らなかった。それも身近な年下の同性の仲間が。そんな後ろ向きなのに、大変に明るい笑顔だった。それでいいんだろうか、あの人は。
そんな綱手さまは周囲から肝臓を心配されるたび「医療忍術でいつでもフレッシュな肝臓に再生できるから大丈夫だ!」と豪語している。人生が楽しそうで何よりである。
それでは話を中忍試験に戻そう。
第三次試験の会場である演習場に、俺たちは見学として訪れていた。
綱手さまは例によって特等席で缶ビールを開けている。
木ノ葉でもうちはの里でも、その血筋と立場から、彼女に文句を言える人はとても少ない。もうやりたい放題だ。トラウマとか、本当にまだ残っているのだろうか。
そんな彼女から眼をそらして、演習場の中央を観客席から見下ろす。
そこに立っていたのは少年――うちはにも因縁のある相手、うずまきナルトだった。
だが…… 何か、違う。聞いていた話とは、何かが、というか何もかもが決定的に違う。
「……父上。あれは本当に、四代目火影様のご遺児なのでしょうか?」
木ノ葉の里から離れた事で、掟に縛られなくなったうちは一族には、いくつもの機密が解禁されている。
うずまきナルトの両親の情報もその一つだ。
六道仙人やら、大筒木一族に、アシュラとインドラとか、十尾など、そりゃ機密にするだろう。という情報も多々解禁されて、驚いたものだ。
なぜか族長の父すらも驚いていたが、父すらも知らない情報が混ざっていたのだろう。
今回のうずまきナルトの異変も、父に心当たりはないようだった。
「う~む…… イタチよ。私にも、自分の目が信じられん。だが」
「はい。間違いなくアレですね」
あのクーデターの決起集会以来、積み重ねられてきた経験が教えてくれる。
こういうトンチキな事態が起こった時は、まず間違いなくアレだ。
そう。これはまず間違いなく、あの例の男案件だ。
中央に立つナルトの服装は、聞いていた話では派手なオレンジの忍びスーツのはずだった。
しかし今、演習場に立っている少年の衣装はそうではない。
ピシッとシワひとつなくアイロンがけされた「黒のビジネススーツ」にネクタイ。髪もキッチリと整髪剤でオールバックに固められている。
その手には手裏剣でもクナイでもなく、なぜか厚みのあるアタッシュケースを下げていた。
だが対戦相手の日向ネジは、そんなある種異様なナルトの格好にもツッコミを入れず、冷酷な眼差しで見下ろしながら言い放った。
「落ちこぼれが。奇をてらおうとも、運命からは逃れられん……」
大丈夫か、日向の少年。それは例の男案件だぞ。
心配する俺たち親子のそんな思いは、日向の少年には届かないままに、試合は始まってしまった。
するとナルトは、懐から名刺入れを取り出し、慣れた手つきでスッと名刺を差し出した。
「日向ネジ殿とお見受けするってばよ。本日対戦させていただきます、うちは人材派遣・コンサルティング事業部所属、うずまきナルトです。まずは弊社の事業概要をご確認ください」
「なっ……何だそれは!?」
何だろうなあ。うちは人材派遣ってなんなんだろうなあ。
父上、知ってます? と視線で尋ねたが、父上は無言で首を横に振るだけだった。
ですよね。そうだろうなあ、と知っていました。
戸惑うネジと観客を無視して、ナルトは素早くアタッシュケースを開けた。
すると中から飛び出したのは、チャクラで作られた数多の影分身。いやそれは普通に出せ。
が、その影分身たちは一切攻撃してこない。
全員がどこからかライプライターを取り出すと、文章を打ち込み始めた。
同じく取り出した電卓も叩き、書類を作り出すや、ネジの周囲を取り囲んで一斉にプレゼンを始めたのだ。
「試合ってなんだっけ」
「俺たちはいったい何を見せられているんだ」
「なあに、木ノ葉には、たまにあることだ」
観客たちの反応などかまいもせずに、ナルトの攻撃…… 攻撃? は開始された。
『日向宗家と分家の労働格差における費用対効果と、その改善案!』
『額の呪印による人権リスクと、それによる一族の価値暴落の予測値!』
『分家独立における法的な抜け道と、うちはの里との業務提携のご提案!』
(なあ、あいつ今度は日向の分家をスカウトしようとしてないか? なんならうずまきナルトはスカウト済みなんじゃないか?)
父から、そんな意思を込めた視線が向けられたが、今はまだ考えたくないので、気付かなかったフリをした。
しかしまだ若い日向ネジには、スルーするという事ができなかったようだ。
「くっ…… 何を言っている!? 軽々と分家の運命を語るな!」
日向ネジが動揺しながらも八卦六十四掌の構えを取るが、ナルトは爽やかな営業スマイルを崩さない。
「ネジ殿、運命なんてもんはなあ…… 適切なリスクマネジメントと契約書の書き換えで、いくらでも回避できるってばよ!
労基署(うちは万華鏡隊)をチラつかせれば、宗家だってイチコロ! 自由になっちまえってばよ!!」
ドゴォン! と直接攻撃ではなく「労働環境の劇的改善提案」という精神攻撃が叩き込まれた。
ベキィ! とネジの心がへし折られた音が聞こえた気もする。
「オレの…… オレの苦悩は…… 契約書一枚で、どうにかなるものだったのか……!?」
あっ、日向ネジが膝から崩れ落ちた。
その姿に俺は、あのうちは一族が救われてしまった日の自分を幻視せざるをえなかった。
え? なんですか父上。泣いてなんかいませんよ。何でもありませんってば。
「一本! 勝者、うずまきナルト!」
審判の不知火ゲンマの声が虚しく響く。
一本でいいのかとは思うが、勝敗は決しただろうと言われれば、頷くしかない。意外と名采配なのかもしれない。
勝利したナルトの元へ、誰かが近付いていく。いや、あれは、例の男だ!
やっぱりあのヤロウの仕業か!
「よしよし、ナルトくんもすっかり洗脳の効果が、もとい、社員教育が実ってきましたね」
なに満足そうに頷いてんだ。
クソッ、いつからだ。ちゃんと監視は付けていたはずなのに、いつの間にうずまきナルトをこんな風になるまで育てたんだ?
九尾の衣を纏って暴れるわけでもなく、高度な術を駆使するわけでもない。
ただ「社会の仕組み」と「コンプライアンス」と「ビジネスマナー」を叩き込まれた九尾の人柱力。
そんなわけのわからない忍者を、なんのために…… って、日向の分家を取り込むため、か。
……いや、それだけか? 他にも何か企んでないだろうな?
くそっ、今は考えてなくても、後で唐突に思いついたりするから、あの男はたちが悪い!
試合が終わり、またしても大爆笑しながらビールを飲み干す綱手様と、あまりの光景に開いた口が塞がらない三代目火影様。
なんか木ノ葉崩しの時も、こんなんだったなあ。
俺はあの時と同じように、静かに天を仰いでそっと呟いた。
「……なあ、シスイ。木ノ葉の中忍試験は、いつから事業参入のプレゼン大会になったんだ……?」
あの時のように澄み渡る空に、俺の消え入りそうな声が今日も虚しく吸い込まれていくだけだった。