田の国のうちはの里を出たナルトたち一行は、無事に風の国の、砂隠れの里にまでたどり着いていた。
さえぎるものの無い激しい太陽光にさらされ続けて、赤茶けた大地や、その太陽光を反射して黄金に輝く砂丘。
その厳しい自然環境を越えて、見えてきた断崖絶壁。それに生じた細い切れ目。
そんな世界に出来た隙間を潜り抜けるようにして通り抜けた先に、その里はあった。
断崖すら超えて来る強い砂嵐と、砂の国全てを平等に苛む容赦ない日光から身を守るため、建物のほとんどは粘土と砂を固めた壁も屋根も円形の、ドーム型の構造をしている。
角のない滑らかな外壁が連なり、子供が砂浜で作ったような巨大な砂の城や、言葉は悪いが昆虫の巣。
そんな建物が、限りある絶壁に囲まれた土地にひしめき合っていて、独特の景観を作っていた。
「この景色だけでも、観光資源にはなるな」
「ああ。だけど移動が厳しすぎるって」
そんな雄大な自然とエキゾチックな光景に見入るでもなく、価値を生み出そうと思考する少年たち。
うちはのあの男に仕込まれたビジネスマンの意識が、彼らをそうしてしまっていた。
風の国への道中では、軽くお互いの趣味や、それぞれの里の違いなどを話し合って、年齢相応のコミュニケーションを取ってもいたのだが。
それもこれからチームを組んで仕事をする上で、チームワークを養うために必要だからと考えたからかもしれない。
「そう言えば、日向の分家に勧誘をかけていなかったか?」
「どうも日向の宗家の長が「これからも一緒にやってくれ」って、分家に頭下げたらしくて、待遇改善されるみたいだから、しばらく様子を見るってよ」
「それはそれでいい話だが、うちはには美味しくないな」
「まあ、コネにはなったから、マイナスではないってば」
そんな会話もしていたようだ。彼らの脳は間違いなく、つい先日受けたビジネス講習にいまだ囚われていた。
そしてそれは、同時に講習を受けた彼も同じ。
「砂漠の移動が厳しいならば、そこも含めて観光ツアーを組んでしまえば良い。忍者を使い、風遁で砂漠を行く砂船など、むしろいいウリになるだろうのぉ」
砂隠れの里の観光資源化。そのプランに早々に見切りをつけた少年たちに「発想を変えれば、捨てたものではないぞ」と、貫禄を見せる自来也。
インストラクションを受けた合計時間は三人のうちもっとも短いが、人生経験は最長で、それが伊達ではない事を見せ付けていた。
それもあとで書類にまとめて、プレゼンしてみるか。あとナルトお前、さっき「だってばよ」が出そうになっただろ。すまねえ、ちょっと疲れて油断した。
そんな会話をかわしながら、彼らは指定された宿に荷物を置くと、これから行く戦場に相応しい戦闘服であるスーツに袖を通して、目的地へと向かった。
そして向かった先の、大きく「風」の文字が丸い屋根に書かれた風影邸の、執務室。
建物に結界でも張ってあるのか、砂嵐の音が遠く聞こえる静かな部屋で、四代目風影の羅砂は、目の前の光景に微かな困惑を覚えていた。
中忍試験のさなか。今、目の前にいるうずまきナルトが、我愛羅との試合中になぜか。本当になぜか始めた、砂隠れの里を対象としたプランの数々のプレゼンテーション。
そのいくつかは羅砂にとって非常に魅力的で、是非とも詳細を知りたくなったのだ。
だからこそ、木ノ葉の里に指名依頼を出してまで、うずまきナルトを呼び寄せた。のだが。
(忍者を呼んだはずなのに、なぜ目の前にいるのは、全員スーツを着ているんだ……?)
そんな疑問が、ぬぐえなかった。
試験会場でナルトがスーツ姿だったのは覚えている。あれはあれで疑問だったが、まさかこの砂漠でもスーツでやって来るとは思っていなかったのだ。
羅砂の後ろに控えていた、長男のカンクロウは(そういえば……)と思い出していた。
実際に、砂漠でスーツを着ているとどうなるか実験してみた事があったな、と。
いや、別にそんな酔狂な実験だけを単独で執り行ったわけではない。
砂隠れの予算は、軍縮という砂の国の大名の方針のせいで、年々減少している。
それに対応するためのコストカットの一環で、忍び衣装を『安価で丈夫で着心地と
その中の候補の一つに、ビジネススーツが入っていた、というだけだ。
……あれ? 充分酔狂じゃん?
あの時はマジメにやっていたが、冷静になって考えると、オカしな事をやっていたのかもしれない。
カンクロウは、今更ながらに我がフリを見直した。
なお、ビジネススーツの砂漠適正は、意外と高かった。
長袖で直射日光を防ぎ、通気性も悪くないので、意外と過ごしやすくはあったのだ。
ただ防御力は論外だったので、採用はされなかったが。
もし採用されていたら、俺らスーツ姿の忍者の群れになってたのか……
今隣にいる弟の我愛羅と姉のテマリも、なんなら風影の父も、スーツだったかもしれねぇ……
その場合はうちはたちこそが普通に忍者衣装を着ていたんだろうか。逆だったかもしれねぇ……
カンクロウは、今更ながらに我がフリを見直した。何やってたんだ俺ら。
引率として後ろに控えた、やたら貫禄のあるグレーのダブルのスーツを着こなしている自来也。
ピシッとシワひとつない黒のビジネススーツを着こなしたうずまきナルト。
そしてその隣に立つ、同じく漆黒のスーツを纏い、銀のフレームのメガネを知的に光らせた黒髪の少年、うちはサスケ。
目の前に、もはやそうなってしまった奴が3人もいるので、カンクロウはなおさらにそう思った。
なおサスケは幼少期に一族ごと田の国へ引っ越した上に、木ノ葉の中忍試験にも参加していない。
よって原作とは違って、砂の三兄弟とはこれが完全に初対面である。
サスケは、一切の隙がない洗練された動作で、しかし相手が見落とすことが無い緩やかなスピードで、胸ポケットから名刺入れを取り出し、両手で丁寧に差し出した。
これが内ポケットだったりすると「暗器によるアンブッシュか!?」と、相手に過剰な反応をさせてしまうかもしれない。忍者業界には、忍者業界ならではの奥ゆかしさが必要なのだ。
「お初にお目にかかります、四代目風影様。『うちは人材派遣 コンサルティング事業部』営業担当のうちはサスケと申します」
長年のトレーニングによる、滑らかな動作と舌滑。サスケの見事なアイサツに遅れじと、ナルトも続く。
若干のつたなさはあるが、それを吹き飛ばす勢いもあった。
「お、同じくアシスタントのうずまきナルトってばよ! 本日は砂隠れの里の経営課題解決に向けた、特別ソリューションのご提案に伺いました!」
まあまあなアイサツだったが、それを受けた羅砂は先程よりも更に困惑した。
「うちは、だと?」
羅砂は怪訝そうに眉をひそめた。彼はうずまきナルトに。つまりは木ノ葉の忍に依頼をしたつもりだったのだ。
中忍試験では、ナルトが『うちは人材派遣・コンサルティング事業部所属』などと言っていたので、うちはフガクに直接問い合わせてみたが、要領を得ず。
調べてみたら、ナルトは木ノ葉隠れ所属の忍びだったので、疑問に思いながらもそちらへと依頼を出す事に。
しかしナルトへの指名依頼だったために、木ノ葉に出された依頼が、そのままナルトの出向先のうちはに回されてしまったのだ。
羅砂はまさかナルトが今、うちはの里に出向中だなどとは想像もしていなかった。それはそうだ。あの中忍試験からまだ一週間もたっていない。
ましてや、ナルトは中忍に認定されている。昇進して即里を出るとか、意味がわからない。
それに当然ながら、うちは一族の情報も、里の長として抑えていた。
数年前、木ノ葉から突如として一族ごと退職 離脱し、田の国に独自の里を築いたという噂のうちは一族。
一族で退職とはいったい……?
と、誰もが思い、当時忍界では話題になったものだ。
そもそも、何があったのか。それを認めた三代目火影は、大馬鹿なのか、むしろ傑物なのか。
それを調べるために多くの忍が、もちろん砂隠れも含めて、様々な方法で探りを入れたものだ。
結局は、よくわからなかったが。
その謎の一族が、なぜスーツを着て営業に来ているのか? 羅砂にはその心当たりすらも無かった。
「うちはのガキが何の用だ。俺たち砂の忍は、お前たちのような抜けた連中と馴れ合うつもりはないぞ」
木ノ葉隠れの里を「抜けた」というのと、間が「抜けた」という悪口を掛けた、洒落た言い回しでのカンクロウのエントリーだ。
しかしサスケは冷ややかな営業スマイルを崩さない。堂々と、静かにアタッシュケースを開いてみせた。
カチャリ、と重厚な金属音が静かな執務室に響く。
「単刀直入に申し上げます、風影様。現在の砂隠れの里は、風の国大名からの軍縮圧力による予算削減の危機に瀕しているとお見受けします」
自分たちうちはとナルトの事情を説明するよりも、サスケは本来の目的を優先した。
そう。サスケはここに自己紹介をしにきたのではない。ビジネスをしにきたのだ。
「……なに?」
おもむろに痛い所を突かれた、四代目風影の目が鋭くなった。
少しでも事情を知る者ならば知っているとはいえ、一応は国家と里の機密に等しい財務の弱みを、初対面の少年があっさりと口にしたからだ。
大名側は『里の維持費が高すぎる』として予算を削り、他国への任務委託を増やしている。
このままでは砂隠れは軍事力を失い、緩やかな衰退を辿る。そうなったら砂の国は、忍者という軍事力を持たない、ただの他国の草刈り場と化すだろう。
そうさせないために、磁力を操るという磁遁に、どういうわけだか反応する砂金を集めて不足する予算を賄っているのが、現在の砂隠れの里の台所事情だった。
なお磁遁が使えるのは、四代目風影である羅砂だけである。
原作では彼が亡くなったと判明した瞬間、即座に砂は木ノ葉に降伏すると決めたが、それは戦争のための追加予算獲得の手立てが消滅したから、というのもあるだろう。
しかもその後も、砂金収入は絶えたままになる。それは戦争なんてやっている場合ではないだろう。
現状はそこまでではないが、年々砂隠れの里の予算が縮小傾向にあるのは確か。
それを一番理解していて、何とかしようと考え、動いているのが風影の羅砂だ。だからナルトのプレゼンにも飛びついた。
「……違いますか?」
念を押すように確認するサスケに、羅砂は面白くないという感情を隠さず、言い返した。
「……フン、だからどうしたというのだ。お前がどうにかしてくれるのか」
やれるもんならやってみろ。俺には無理だったぞ。
不機嫌さを露にする羅砂に、サスケが攻勢に出た。静かに眼鏡のブリッジを押し上げ、一呼吸置いてからプレゼンを始めた。
「提案がございます。我が社による【砂隠れの警備・防衛業務のアウトソーシング(外注化)】です」
どうせ砂の大名に外注されてるんなら、里の業務も外注しちゃおうぜ! というとんでもない提案だった。
しかも国防に関する案件だ。普通ならば論外である。
ふつうなら。
サスケの合図とともに、ナルトが慣れた手つきで印を結んだ。
「多重影分身の術!」
ポンポンポン! と何かが爆ぜる小気味良い音とともに、部屋いっぱいに現れたスーツ姿のナルトの影分身たち。
彼らは一斉にプロジェクターのスクリーンを組み立て、出来立ての「事業提案書(カラー30ページ)」を四代目風影や三兄弟に配り始めた。
「風影様、こちらの比較表をご覧くださいってばよ!」
ナルトが指示棒を持ち、スクリーンに映し出されたグラフを指し示す。
「防衛・警備と言っても、あくまで断崖の外だけ! 主に国境などです。砂の忍を常時雇用・維持するコストと、弊社の忍を派遣する場合のコスト比較です!
万一の保険、医療費、危険手当…… これらを大幅カット!
通常時は一般の忍者で更にカット! 非常時、必要な時には弊社の精鋭(主にスサノオ持ち)を時空間忍術や口寄せで緊急派遣なので、いざという時もジッサイ安心!
最終的には、防衛コストをなんと年間で合計42%も削減できます!」
ぱんぱんぱん! こうしてこうしてこう! と、勢いで結論まで突っ走るナルト。
忍びの里という軍事組織に「よその軍事組織を防衛に混ぜなさい」という、禁じ手もいい所な提案をしているのだ。
そもそも他国の軍勢を国内に置いておいて、その国と敵対したらどうなる?
既に国内に入り込んでいるその軍勢は、たちまち里などの重要拠点目掛けて侵攻するだろう。
そんな論外な手段だけに、法外に利益が出るのだと、そこまで聞いてもらわねばならない。
でなければ、判断する以前に、このプランが切り捨てられる。
まあ、聞いた上でなお論外と言えば論外なのだが。
しかし切実に予算と戦い続けていた者たちにとっては、その数字は魅力的すぎた。
「よ、42パーセント削減……!?」
まずひとり、長女が釣れた。 手渡された書類を見たテマリが、普段ナメられないよう意識して作った声ではなくて、思わず年齢相応の素の声でそう言ってしまったのだ。
「詳しい資料と、大雑把な資料の両方ちゃーんとそろえてあるので、ご参考までにどうぞ!」
そんなテマリに追い討ちを掛けるナルト。いいアシストだ。
「さらに」
このプレゼンに手応えを覚え始めたサスケが、軽く笑みを浮かべてチャクラを練り、その目が妖しく赤く光った。写輪眼である。
サスケは写輪眼の持つ圧倒的な洞察力で、手に入る限りの砂の財務資料を爆速で読み解き、暗算で未来の損益分岐点を割り出していた。
まあ、割り出す作業をしたのは砂の国への入国前なので、今写輪眼を光らせているのは、ただの演出なのだが。
「ここに、もし砂隠れが火の国に領土を得てしまった場合の、必要とされる防衛戦力と、物資と予算の概算をご用意しました。ご覧下さい」
原作で木ノ葉崩しに加担した砂隠れの欲したのは、おそらくは緑豊かな領土だろう。
しかし得たとして、それで終わりではない。維持できなければ意味はないし、運営して利益が出なくとも意味はない。
「あの、クーデターが成功したとして、その後は、どうしますか?」
うちはのあの男が、かつて言った言葉だ。
人というのは、時に成功させる事だけを考えて、その後の事までは考えていない時がある。
王になってどうこうするとか考えてないけど、反乱を起こす大臣とか。
これをやったらウケるぞ! と思いついちゃったバイトテロや炎上系の人とか。
政権交代を目指してる野党とか。
ともあれ砂隠れの里に、新たな領土を得ても維持できる人もカネもないという無惨な事実を突きつけたサスケは、次の案件に手を出した。
「こちらの我愛羅殿。一尾の人柱力として、凄まじいチャクラをお持ちですが、現在の『兵器としての過剰な緊張状態』は、里のメンテナンスコストおよび人権リスクの観点から非常にハイリスクです」
短く纏めると「あんた子育て完全に失敗してるよ。なにやってんの」となる。
詳しくは省くが、どこまでやったら暴走するかな? と、暴走しない限りは終わらない、どんどん過激になっていくストレステストという、もはや本来の意味を見失ったストレステストを何度も行ったり……
育ての親とも言える夜叉丸という忍者を、仮面を付けて我愛羅を襲わせ、返り討ちにさせたり……
その時に夜叉丸に「誰もお前を愛さない」と、確かに生前は、何なら現在進行形で向けられている、母から我愛羅への愛情を否定したり……
他にも何度か暗殺者を仕向けたり、住民らに特に説明もせず理解も求めていなかったり……
もう「暴走させたいのかな?」としか思えない、クソ親っぷりを発揮しているのだ。
まだ「いっそ全部滅んでしまえ」と暴走していないのは、我愛羅の理性や倫理観が強かっただけである。
幼少時、一尾の力を制御できずに、他の子供を傷付けてしまった時も、傷薬を渡そうとしていた優しさを、生まれつき持っていたのだ。
怖がられて、拒絶されたけど。
もうリスクでしかないから、この我愛羅の教育問題解決しようぜ。
砂隠れの里の経済問題を解決するという目的で、ナルトとサスケはそこに行き着いていた。
明後日の方向から正解の「顧客(我愛羅)の本当に欲しかったもの」にたどり着くあたり、彼らは確かにうちはのあの男の弟子たちだった。
「弊社のアライアンス契約を導入いただければ、うちは特製の『メンタルケア☆安眠サポート幻術』を無償提供いたします。これにより暴走リスクをゼロにし、里の治安維持コストをさらに削減可能です」
「な……ッ!?」
これまで殺気を撒き散らしたり、たまにナルトをチラ見したりしていた我愛羅が、ポカンと口を開けた。
「オレの暴走を…… ゼロに……?」
これまで「殺戮の兵器」としてしか見られていなかった自分に対し、目の前の黒髪の少年は「リスク管理とコスト削減」の対象として淡々と接してきているのだ。
中忍試験でナルトから感じた、共感と理解と、本気で差し伸べられた手から感じた何かとも違う、新鮮な感覚だった。
彼は今、生まれて始めて、人として普通に扱われたのだ。
「風影さま。大名に頭を下げて予算を乞う時代は終わりました。これからは外部リソースの適切な活用とリスクヘッジです」
テマリに続き、我愛羅も釣れた。
そう判断したサスケは「カンクロウはいいか……」と見切って、本丸の風影を落としにかかる。
サスケはスッと契約書と、高級万年筆を風影の前に滑らせた。
「本日ご契約いただければ、初期特典として『ナルトによる九尾チャクラを用いた砂漠の簡易インフラ整備』も無料でお付けします。 ……どうされますか?」
「………………」
静寂が執務室を包み込む。
窓の外からは、乾いた風がドーム型の建物を撫でるゴーゴーという音が、かすかに聞こえるだけだ。
四代目風影 羅砂は、目の前の契約書と、完璧なプレゼンを決めた二人の少年を交互に見つめてから、今の今までずっと黙って見ていた自来也へと視線を向けた。
そこにあったのは、信頼とソンケイだった。
まだ少年のナルトとサスケの二人への、確かな情があった。
「……サスケと言ったな」
「はい」
「……お前たち『うちは』は、木ノ葉で何があったのだ……?」
政治家として、そして風影として、この提案が砂隠れの財政難を劇的に救うものであることは、火を見るより明らかだった。
だがすぐには飲めなかった。事は軍事なのだ。それは国の大事だと、はるか古代から決まっている。
その一部を任せ、これから組むにあたって、どうしても相手の事を知らねばならなかった。
よく知らない相手とは、組めない。当然の事だ。
それはそれとして、かつて探れなかった謎を今なら聞けるな。という下心もあったが。
「木ノ葉の機密に関わる事は申せませんが、話せる事だけなら。グチになってしまいますが」
そしてサスケの口から、里の大人たちから直接聞いた、サスケ本人は当時は幼かったのでよくわかっていなかったアレコレが語られた。
九尾襲来事件。それ以降の、犯人扱い。ダンゾウ。里内で行われた、うちは一族の隔離。実質追放。写輪眼持ちの相次ぐ事故や不審死。ダンゾウ。徐々に強まる一族の反発と、里側の圧力。ダンゾウ。
もうダンゾウの事だけは「機密なにそれおいしいの?」とばかりに、フルオープンした。
帰ったら怒られるかもしれないが、サスケに後悔はない。大人たちも、説教はするだろうが内心は「もっと言ってやれ」と思うはずだ。
「そんなわけで、いっそ里と戦おうと決意高まった中で、ある人が言ったんです。「独立しよう」と。そこから流れが変わって、うちはの今があります」
サスケが語りきった満足の吐息を漏らすと、四代目風影は反対に深いため息をつき、万年筆を取った。
「ハァ…… 分かった。サインしよう。ただし、我愛羅のメンタルケア幻術とやらは、今日からすぐに実行してもらうぞ」
「毎度ありっ!!!」
「ご契約ありがとうございます」
ナルトが満面の笑みでガッツポーズを決め、サスケは眼鏡の奥でフッと満足げに目を細めた。
そして顔を合わせると、お互い右手を高く上げてハイタッチをかわし、初めての大きな仕事の成功を祝うのだった。
その日の夜。
砂嵐が収まり、果てしない砂漠の地平線が深い紫へと染まる頃。
砂隠れの料亭の屋根の上で、契約を終えたナルトとサスケが冷えた麦茶で乾杯していた。
祝杯にしてはしまらないが、まだ酒が飲めないので、仕方がないのだ。屋根の上なのは、せめて忍者らしく祝おうぜ、と場所を選んだだけである。
なお自来也はちゃっかり独りだけ飲んでいる。自費でゲイシャも呼んで、楽しく宴会中だ。
二人の少年が屋根の上に来たのは、それから逃げてきたという意味も無いではなかった。
「ふぅ~! 四代目風影様、めちゃくちゃ顔が怖かったけど、契約取れてよかったなサスケ!」
「フン…… 当然だ。安定した姿勢と自然な視線、ジェスチャー…… あの先生から叩き込まれた『プレゼン基本動作』を完璧に再現したからな」
サスケはネクタイをゆるめ、夜風に吹かれながら遠くのドーム型の街並みを眺めた。
「あーっ! その辺、写輪眼はズリィよな! 動作のコピーとか一発だもんよ!」
「フッ、うちは一族はビジネスでも最強だ」
ナルトの拗ねるようなからかいを一笑に付して、それからサスケはふと我に返った。
「……俺はかつて、父上や一族のために最強の忍を目指していた。そのはずだ。豪火球の術を初めて成功させた時の、父上に誉められた時の事を、今でも覚えている」
「どうした急に」
「いや、そんな俺がなぜ今、風の国で契約書を交わして営業インセンティブの計算をしているんだろうという疑問がな?」
(メンドクセーこと言い出したな、こいつ)
木ノ葉の里での友人の一人の口癖を思い起こしながら、ナルトはこの新しい友人の疑問を誤魔化しにかかった。
だってそれは、追及しても誰も幸せにならないヤツだ。強さだけを追い求めていった先には、それもひとりぼっちでどこまでも進んでしまった先には、きっといい物は待っていない。
「まあまあ! 誰も死んでねえし、砂の人たちも助かったんだからいいじゃん!
それにほら、サスケの兄ちゃんのイタチさんも『サスケが立派になって』って、遠くの砂丘から影分身で見てるぞ?」
「えっ、兄さんまた隠れて見てるのか? うわ、本当にいる。護衛とは言え、正式なメンバーなんだから、いっそこっちに合流しろよ」
物陰から見守るというスタンスに、なぜか拘りを見せる兄に、サスケが頭を抱えて溜息をつき、ナルトが声を出さずに笑う。
少年たちが初めてやってきた風の国にはもう、血みどろの戦争も、兵器として苦しむ少年も、抜け忍の絶望もありはしなかった。
ただ夜空と、そこに広がる満天の星と、夜の砂漠を優しく吹きぬける風だけがそこにあった。
明日になれば、また新しい契約に向かって突き進む、二人の若いビジネスマン(忍)の姿がそこにはあるだろう。
いやその前に、ナルトはアフターサービスとして、影分身で馬車馬のように働く義務があったか。
その隣には、久方ぶりの満足な睡眠を取ってスッキリした我愛羅が、監督の名目でいるかもしれない。
苛酷な砂漠に吹く風は、今夜だけは本当に穏やかで、彼らの描く新しい未来を静かに見守っているようだった。
忍びの世界は、確実に変わり始めている。一部は取り返しが付かないほどに。
今回もまた、ほんの少しだけ変わった。たぶんスーツと名刺の力を借りて。
なおその翌日。
また風影に呼び出されて「中忍試験でうずまきナルトの言っていた、砂漠の緑化の件はどうなった?」と尋ねられてしまい。
そっちのプランは、木遁がまだ開発中なんで練ってなかった少年たちが慌てふためき。
「砂隠れの里の周囲のような砂の砂漠では無理だのう。だが岩石が基本の礫砂漠の地帯なら、うちは建設のスサノオ部隊でクレーターを作り、そこへ水遁で湖を作り出す事も可能だ」
自来也がそれを救った。
こんな事もあろうかと、元々サブプランが用意されていたらしい。
なお用意して持たせたのは例のあの男だが、自来也はそんな事はおくびにも出さずに、堂々と振舞っていた。だって少年たちのソンケイの眼差しが気持ちよかったから。
「まさか、水の無い所でそんな水遁を……?」
「いい人材が入社、もとい里入りしてくれましてな」
羅砂の質問にも淀みなく答えて、自来也は絶好調だった。
この絶好調はうちはの里に戻って、勢いのままに綱手にプロポーズして振られるまで続いたそうな。
(最終的には)南無。