それは、遠い世界を駆け抜けた魂を受け継ぎ、この地に生まれた少女たち。
彼女たちはターフの上で、走ることの意味を証明する。
UMA娘。
それは、なんだかよくわからん強さを誇る、ある種のバグみたいなウマ娘。
彼女たちはターフの上で、だいたい理屈を置き去りにする。
本書は、そうした個体を発見し、観測し、分類を試み、そのすべてに失敗した記録である。
※本作では、校正、文章の推敲、イラストの生成に生成AIを利用しています。
※登場するウマ娘はすべてオリジナルです。原作キャラクターは登場しません。
※一話完結の短編集です。各話に繋がりはありません。
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脚質:分類不能
得意距離:不明
特徴:異常な加速力
春の中山は、芝と土の匂いがした。
陽を受けた緑の上を風が渡り、内ラチに沿ってさざ波を立てていく。スタンドでは色とりどりのタオルが揺れていた。幾万もの話し声が重なり、低い唸りとなって、足元のコンクリートまで震わせている。
皐月賞。
最も速いウマ娘が勝つ、と言われるレース。
十八人が、その称号を取りに来ていた。
冬の朝に凍えた指も、何度も見返した映像も、トレーナーとすり合わせてきた勝負の位置も。すべてを二千メートルへ持ち込んで、たった一人が最初にゴールする。
最後のゲートが閉まった。
歓声が細くなる。
柵の内側で、靴底が芝を噛んだ。
誰かが握り込んだ手を一度だけ開いた。誰かが唇を湿らせた。前傾したまま微動だにしない影もある。
吐いた息が、戻ってくるまでが長い。
「……待つってのは、どうにも慣れねぇな」
一つのゲートから声がした。
明るい栗毛。前髪を横切る白が一条、高く束ねた尾にもう一条。腰より下まで届くその束が、風を待つように揺れている。
頬の脇に落ちた房の上で、ウマ耳が前へ向いた。
こめかみへ向かって鋭く跳ね上がった赤紫のレンズに、まだ閉じた扉が映っている。
「開いちまえば、こっちのもんなんだがね」
口の端が上がった、その瞬間。
ガシャンッ!
扉が跳ねた。
十八人の脚が、いっせいに地面を蹴り抜いた。
「スタートしました!」
短く刈られた緑の粒が散る。削られた芝が宙で裏返る。
足音が足音を追い、重なり、腹に響くひと続きの轟きになった。スタンドから押し寄せる歓声を肩で割って、ウマ娘たちは最初の坂へ駆け上がっていく。
外から一人が前へ出た。内側の一人も譲らない。
肩が並ぶ。そのすぐ後ろへ別の影が潜り込み、狭くなった進路を嫌った少女が半歩外へ持ち出した。
わずかな位置の違いで、浴びる風が変わる。前の背中を使えば呼吸が楽になる。近づきすぎれば、自分の脚を伸ばす場所がなくなる。
濃紺の勝負服を着た鹿毛のウマ娘は、三番手を確保すると奥歯の力を抜いた。
前の二人は競っている。つられるな。肩を下げろ。
トレーナーと決めた言葉を胸の中で繰り返し、先頭の靴裏を見つめる。
まだ長い。勝負は向こう正面から。
その三人ほど後ろで、妙に軽い笑い声がした。
「いいねぇ。ずらっと五人!」
アールジースピードは六番手にいた。
青紫と白の勝負服は、どこかのSFアニメに出てくる軍服に似ていた。二列に並んだ飾りボタン。金の留め具のついた黒いベルト。二つに割れた長い裾が翻るたび、赤紫色のブーツが陽光を弾く。
勝負服の下は黒の短いスパッツ。剥き出しの腿に、金の徽章がひとつ。
膝の下までを覆う金属は、幾重にも重ねた装甲板でできていた。踝の外側で鈍く光る円筒。脛の前に並んだ二つの小窓が、踏み込むたびに琥珀色を点す。後方へ伸びた鋭いフィン。
芝を走るには場違いなほど硬質な装いだった。
なのに接地は軽い。装甲の重さに引かれる気配がない。
「現在六番手につけているのはアールジースピード! このウマ娘の脚質は『分類不能』! しかしその速さは本物だ!」
「分類不能、ですか……?」
解説席が手元の資料をめくる音を、マイクが拾った。
「本人に聞いたところ、『前にいりゃ抜く。いなけりゃ先へ行く』とのことでして」
「……なるほど」
実況の相槌が返るまでに、一瞬の間があった。
第一コーナー。バ群が細く伸びていく。
アールジースピードのレンズを、ラチの白が斜めに流れた。身体を傾けると、ブーツの底から脚の付け根まで荷重が通る。馬場を捉えた足を離す、その寸前の手応えが心地よい。
目の前には、まだ五つの背中がある。
「位置取り結構、駆け引き上等。そいつを全部こなして、そのうえ速けりゃ勝つだろうさ。」
第二コーナーの出口が開く。
前の少女が内へ寄った。外側に、誰の脚も届かない緑の帯ができた。
そこへ一歩、持ち出す。
「だがなぁ、前が空いたんだぜ?」
右のブーツが鳴った。
キィン、と細く澄んだ音。
装甲の継ぎ目を、紫の光が走った。
「眺めてるだけじゃ、もったいねぇだろうが! 前がある。道がある。その先がまだ空いてる!」
腰が沈む。
足裏に集まった圧が、踵から爪先へ抜ける。
「まずは一段目だ。風に置いてかれんなよ!」
「疾風の、ファースト・ブリット!」
踏み抜いた。
地面が後方へ跳ね飛んだ。
隣のウマ娘は、頬に叩きつけられた風に目を細めた。
青紫の袖が見えた。白い裾が見えた。真後ろへ伸びた栗毛の束が見えた。
そのどれも、次の瞬きには前にあった。
慌てて踏み込む。だが、追いかけようとした肩はもう遠い。
アールジースピードの視界で、五つの背中がほどけていく。
ひとつ。ふたつ。
靴底を振り上げた脚。汗を浮かべた横顔。食いしばった歯。
それらが左右を流れるたび、身体にまとわりついていた風の乱れが一枚ずつ剥がれた。
「アールジースピードが外から進出! 四番手、三番手――速い、もう二番手です!」
先頭のウマ娘が腕を強く引いた。
その脇へ、赤紫の光が差す。
「お先に!」
短い声と一緒に、栗毛が前へ抜けた。
先頭が替わる。
追う少女の一歩が着地する間に、白い裾はさらに遠ざかった。
一バ身。
二バ身。
三バ身。
四バ身。
五バ身。
そこで、差が止まった。
「アールジースピード、一気に先頭! リードはおよそ五バ身!」
スタンドのあちこちで腰が浮いた。
向こう正面に、五バ身ぶんの芝がぽっかりと空いている。
抜き去られた少女たちの足音は、そこでひとつの塊になった。
飛ばしすぎだ。
バ群の中で、誰もがそう思った。あの位置からあの脚では保たない。まだ千メートル以上ある。
届く。坂が来る前に、必ず。
鹿毛のウマ娘は、その空白を見た。
胸に熱いものが突き上げる。いますぐ脚を伸ばして、あの背中を引き戻したい。
だが、喉まで上がった息を押し返した。
ここで乱れたら、向こうの思うままだ。
前の二人が左右に分かれる。間に道ができた。
彼女は自分の呼吸を保ったまま、その道へ踏み込んだ。
追わないのではない。追いつくための走りをする。
先頭では、アールジースピードの勝負服が乾いた音を立てていた。
ぱたぱたという軽い音は消え、引き絞られた布が、ばたん、ばたんと背中を打つ。
高く結った栗毛は、背の後ろで一本の帯になって水平に伸びていた。
風がレンズの縁へ潜り込む。頬の汗が横へ千切れる。吸い込む空気が胸の奥で冷たく、吐き出すときには熱い。
「ああ、いい!」
脚を送る。地面を捉える。
足首、膝、腰。一本に繋がった力が、次の一歩で身体を前へ押し出す。
「こうでなくちゃなぁ!」
ラチの支柱が等間隔の白い瞬きになる。
正面の景色だけがくっきりと残り、左右の緑は長く引き延ばされていく。
ひと息前に見えていた地点が、もう足の下にある。
それが嬉しくてたまらない。
残り八百メートル。
鹿毛のウマ娘は二番手へ出た。
前は五バ身。大きい。だが、届かない距離ではない。
ここまで守った呼吸を解く。深く吸い、腕を振る。腿の奥で温めていた力が、踏み出すたびにほどけていった。
背後でも足音が変わった。外へ出た少女の影が、芝の上で自分の影に重なる。
全員、ここを待っていた。
「後続が動いた! 先頭との差を詰めにかかります!」
五バ身が、四バ身半になる。
白い裾が大きくなる。
鹿毛の少女は、息を吐く勢いで笑いそうになった。
行ける。
前の足音を捕まえた。金属を打つ、奇妙な高い響き。その一打と次の一打の間へ、自分の靴音を叩き込む。
四バ身。
もうひとつ、詰める。
アールジースピードのウマ耳が動いた。
風の底で、足音が厚くなっている。
「来た来た来た! いい足音じゃねぇか!」
三バ身。
さっきより近い。
その事実に、彼女は笑った。
「そうだ! それだよ! 追ってこい! 食らいついてこい!」
右脚を引きつける。
ブーツの紫光が一本から二本へ増え、両脚を繋いだ。
「お前らが速ぇなら――俺はもっと速くなれる!」
一歩ぶん、身体が沈む。
「もっと速く! 速さの先へ!」
「迅雷の――セカンド・ブリットォ!!」
バチンッ!
空気を平手で叩いたような破裂音がした。
鹿毛のウマ娘の瞳に、爪先から走る紫電が焼きつく。
近づいていた背中が、止まった。
違う。自分との距離が変わらなくなったのだ。
歯を食いしばってもう一度踏む。脇腹がきつい。腿が熱い。それでも、さっきより速く脚は回っている。
なのに、背中が小さくなる。
四バ身。
五バ身。
六バ身。
靴音が、また遠い。
「アールジースピード、再加速! 差が開く! 追い上げた後続を、もう一度突き放していきます!」
第三コーナーから第四コーナーへ。
アールジースピードの身体が、深く内側へ傾いた。
外へ膨らもうとする重さが腰へかかる。踏み下ろしたブーツが芝を噛み、土の塊を後ろへ弾く。脛が震えるほどの反力を受け止め、次の足を、曲線のさらに先へ置く。
フィンの先で光が尾を引いた。
白いラチが弧を描いて飛び去り、その向こうからスタンドがせり出してくる。
ざわめきが、声になる。
声が、壁になる。
「先頭アールジースピード! 最後の直線へ! 後続とは六バ身!」
視界が開けた。
ゴール板。その手前に、坂。
アールジースピードは唇についた汗を舐めた。しょっぱい。息を吸えば肋骨が広がり、足裏から突き上げる熱が腹の底へ届く。
全身が走っていた。
脚だけでは足りない。腕も、背も、噛み締めた歯の根まで、一歩先へ行きたがっている。
「さぁて、坂まで出迎えか!」
後ろから、懸命な靴音が続く。
鹿毛のウマ娘は内を回り、直線へ飛び出していた。その背後からさらに二人が伸びてくる。外を回った一人も、追い比べをやめて前だけを見ていた。
誰も二着を見ていなかった。
脚を残している者はいない。全員が、ここで使い切りにきている。
先頭の青紫だけを睨んで、腕を振る。
ここまで走った脚だ。
坂に入れば、変わる。
一歩でも鈍れば、その一歩を奪いにいく。
アールジースピードの爪先が、上りを踏んだ。
重力が胸へ乗る。腿の前側が強く張る。
その手応えに、彼女は笑った。
「上等! 地面が上向いたんなら、そこまで蹴って上がるだけだ!」
ブーツが沈む。
上りを押し返す。
肩から腰までを前へ運び、足裏の圧を、余さず次へ繋ぐ。
誰へともなく、声に出して問う。
「ゴールが見えたら、あとでいい? 勝てそうだから、このへんでいい?」
一歩。
「冗談じゃねぇ」
また一歩。
ブーツの紫光が、これまでより強くなる。
「前に道が残ってる」
右脚。
「脚も動く」
左脚。
「息もまだある」
肩を振る。
「だったら――」
サングラスの奥で、瞳が見開かれた。
「まだ速くなれるってことだろうがッ!!」
光が両脚から腰へ駆け上がる。
残り二百メートル。
「ペース配分だぁ? 脚を余らせて、何が楽しいってんだ!」
一歩。
「残しても速くならねぇ! 余らせても誰も褒めねぇ!」
右を踏み抜く。
「もっとだ、もっと、もっとォ!!」
左を送り込む。
「全部、燃やし尽くせェッ!!」
「神速のぉーー、ファイナル・ブリットォォォオ!!!」
その瞬間。
鹿毛のウマ娘は、自分の目を疑った。
アールジースピードの脚を包んでいた赤紫の装甲が、膝を越えた。
腰へ。
胸へ。
肩へ。
流線形の装甲が一瞬のうちに全身を覆い、背中から鋭い光の輪郭が伸びる。
人の姿をした、赤紫の閃光。
――そう見えた。
瞬きをする。
そこには、いつもの青紫と白の勝負服を着たアールジースピードがいる。
全身を覆う装甲など、どこにもない。
ただ。
さっきまでより、遥かに遠い。
スタンドの最前列で、一人の観客が立ち上がりかけて止まった。
隣の席の誰かが、同じ格好で固まっている。
目で追っているはずなのに、紫の光が視線の先へ抜けていた。慌てて追い直したときには、もう次の支柱を通り過ぎている。
「アールジースピード――いま、何が」
実況の声が、そこで途切れた。
鹿毛のウマ娘は、吸おうとした息を喉で引っかけた。
それでも腕を振った。胸を突き出し、焦げつくような腿を上げた。
前がどう走ろうと、自分のゴールはまだ先だ。
残り百メートル。
「アールジースピード! 坂でも加速! まだ伸びる――もう、何バ身あるのか分かりません!」
アールジースピードは、後ろを見なかった。
見るものが前にしかない。
次の一歩。ゴール板。そのさらに先。
耳を押す風。胸で鳴る鼓動。靴底が地面を離れる一瞬の軽さ。
ゴール板が近づいてくるのではない。
自分が、そこまでの距離を食い尽くしていく。
「まだ一歩――!」
踏む。
「もう一歩ッ!」
さらに踏む。
ゴール板が視界の端へ滑り、白い線が足元へ飛び込んだ。
アールジースピードは、その向こうまで蹴り抜いた。
「一着、アールジースピード! 皐月賞を制しました!」
声が追ってきた。
彼女は走っていた。
ゴールを抜けた勢いのまま、真後ろへ伸びた栗毛と、白い裾と、紫電が先へ流れていく。
ずいぶん経ってから、空いたコースへ濃紺が飛び込んだ。
そのすぐ後ろを二人が駆け抜ける。続いて、また一人。
最後まで走り切った少女たちの荒い息が、風の中に残った。
やがて掲示された着差は、大差。
走破時計は、レコード。
表示を見上げていた観客が、隣の肩を叩いた。叩かれた側も同じ数字を指差していた。
言葉にならない声が重なり、中山のスタンドがもう一度、沸き返った。
*
走り終え、たっぷり流してから戻ってきたアールジースピードは、着順掲示板の前でサングラスを持ち上げた。
ブーツから、小さな紫の火花がひとつ消えた。
「ふぅ、また世界を縮めちまったぜ」
汗を拭っていた鹿毛のウマ娘が、手を止めた。
「……縮んでないから」
「そうかい? 走り出したら、ずいぶん手狭になっちまったぜ」
「あなたが速いの」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるねぇ!」
アールジースピードは嬉しそうに指を鳴らした。
鹿毛の少女は返事の代わりに深く息を吐き、それから、まだ熱の残る脚を見下ろした。
「向こう正面では、届くと思った」
「来てたなぁ。いい音がしてた」
「聞こえてたの?」
「あれだけ踏んでりゃな!」
鹿毛のウマ娘は、そこで少しだけ言い淀んだ。
タオルを握る手に、力がこもる。
「……ねえ。何だったの、さっきの」
「あん?」
「坂の途中。あなたの身体が、全部――」
うまく言葉にならず、彼女は自分の肩から腰のあたりを手でなぞった。
アールジースピードはその手つきをしばらく眺め、それから、あっさり首を傾げた。
「知らねぇよ。俺はただ速く走ってただけだぜ?」
嘘をついている顔ではなかった。
鹿毛の少女は口を開きかけ、結局、閉じた。
「次も来いよ。俺も今日より先へ行くからさ」
鹿毛のウマ娘は少し黙った。
やがてタオルを握り直し、小さく頷いた。
「……次は、勝つ」
「おう、待ってるぜ!」
そこへ、マイクを手にしたインタビュアーが近づいた。
皐月賞制覇を祝う言葉に、アールジースピードは片手を上げる。だが、レコードについて触れられると、眉を寄せてターフビジョンを見上げた。
「ううむ」
「ご自身でも驚くほどのタイムだった、ということでしょうか?」
「もう過去になっちまった」
「はい?」
「あの数字さ。ゴールした途端に追い抜く相手へ早変わりだ。忙しいねぇ、まったく!」
心底楽しそうだった。
「最後の坂で、さらに加速されました。あれだけのリードがあっても、脚を緩めるお考えはなかったんですね」
「前にゴールがあったろ?」
「はい」
「なら早く着く。話はそれからだ!」
「二着との差は大差でした。順位としては、もう――」
「速さってのは順位じゃねぇ」
アールジースピードは指を一本立てた。
「次の一歩を、さっきの一歩より先へ出すことだ。できてりゃ速くなってる。できてなきゃ遅くなってる。簡単だろ?」
インタビュアーは一度口を閉じ、手元の質問用紙を見た。
「では、二千メートルという距離については――」
「長いなら速く走る! 早く着けば走ってる時間も短い! 実に具合がいいじゃねぇか!」
用意していたペース配分の質問は、読み上げられなかった。
*
後日、アールジースピードの脚部装備について、追加の検査が実施された。
出走前の検査でも問題は見つかっていない。
それでも改めて調べることになったのは、あの映像を見た関係者の視線が、例外なくブーツへ集まったからである。
モーターなし。
推進装置なし。
圧縮空気機構なし。
電動補助機構なし。
左右のブーツが検査台に並んだ。
踝の円筒は、ただの中空だった。軸も羽根も入っていない。
脛の前の小窓は、走行中の映像では琥珀色に光っている。台の上では、透明な樹脂でしかなかった。発光素子はない。配線もない。
電源に相当するものはない。光源もない。
調査員が装甲を軽く叩くと、こつ、と控えめな音がした。
録音されたレース中の響きとは、まるで違っていた。
「走行時に鳴っていた音は、どこから出ているんですか?」
「足元だな」
「場所ではなく、仕組みを伺っています」
「踏むと鳴る」
「こちらで踏んでも鳴りませんが」
「もっと速く踏んだらどうだ?」
調査員はペンを置いた。
協議の結果、市販のトレーニングシューズを使用し、比較計測を行うことになった。
アールジースピードは渡された靴を持ち上げ、底を見て、甲を見て、露骨に口を曲げた。
「こいつで?」
「装備による影響を切り分けます」
「見た目の速さがだいぶ違うぜ」
「見た目は今回の計測対象ではありません」
「そこを外すかねぇ!」
不服そうではあったが、履いた。
走った。
記録に、有意な変化はなかった。
調査員たちは、計測器と、検査台に置かれたままのブーツとを交互に見た。
アールジースピードは戻ってくるなり、両手を広げた。
「ほらな! 走ってんのは俺なんだ。靴だけ置いといても、ゴールしやしねぇよ!」
その点について、異論は出なかった。
追記記録
対象:アールジースピード
脚質:分類不能
得意距離:不明
勝負服:青紫と白を基調とした軍服型
脚部装備:赤紫色の金属質ブーツ
特記事項:走行中、段階的な加速に伴う紫色の発光と金属音を確認。
脚部装備の発光部に、発光素子は存在しない。
装備から競走能力を補助する機構は発見されず。
一般的なシューズによる比較計測でも、異常な加速力を確認。
謎の現象の暫定呼称:PHOTON BLITZ
終盤の最高速度域において確認。
発動時、複数の出走者および観客から、以下の証言を得た。
「全身が赤紫色の装甲に覆われた」
「背中から光の翼のようなものが伸びた」
「脚部装備が全身へ広がった」
「後ろで、巨大な推進器のようなものが開いた」
レース映像をフレーム単位で確認したところ、対象の勝負服および脚部装備に外見上の変化は認められなかった。
また、証言内容には細部の不一致がある。
発光現象との関連を含め、原因は不明。
なお、走法の分類について改めて本人に説明を求めたところ、以下の回答を得た。
「走り方? 足を出す。次の足を出す。その次をもっと早く出す! さぁ、説明は済んだな。走ってきていいか?」
回答を書き留めている間に、対象はコースへ戻っていた。
調査を継続する。
いかがだったでしょうか?
今回はクーガー兄貴こと、ストレイト・クーガーを元ネタにしたUMA娘でした。
色々としっかり表現できてるか不安ですが、楽しんでもらえてたら嬉しいです。
こんな感じで、ふと思いついたネタを短編として不定期に書く予定ですので、もしよろしければまた読みに来てくれたら嬉しいです。