エ・ランテルで、ソリュシャンが冒険者ソーイとして登録し、先輩冒険者に絡まれて投げ飛ばした末、ブリタにポーションの弁償を要求されて、翌日「漆黒の剣」と出会っている頃――
モモンガは、カルネ村の住人から聞いた周辺情報をもとに、人が来ないトブの大森林の深部にナザリック地下大墳墓に偽装した施設を作ろうと計画していた。
「さしあたって、現地に脅威となる存在がいるかどうか調べなくては……森ならアウラが得意か?」
「ご明察かと。
ただ、すぐ近くにあるカルネ村の住人が、あのレベルでも生きていけることを考えますと、トブの大森林においてもそこまで強い生物は居ない可能性が高いかと」
「セバス。油断は禁物だぞ」
「承知しております。
わたくしが申し上げたいのは、アウラ様にその点を注意しておかなくては、力の差がありすぎてどれが強い個体なのか分からないという事になりかねないのでは……という事でございます。そうであれば十分な調査結果を得られないことになりかねませんので。
もっとも、アウラ様であれば動物同士の力関係を把握することには長けていらっしゃるでしょうから、無用の心配かもしれませんが」
「なるほど。では調査を命じるに当たって、一言添えておくとしよう」
「差し出がましいことを申しました」
「いや、助かる。今後も頼むぞ。
さてアウラを呼んでくれ」
そういう事になった。
実際のところ、アウラならハムスケを周辺一帯のボス格と認識することは可能だ。原作でもそうだった。
しかしながら、見つけた時点ですぐに「強い奴が居ました」と報告するほどではない。ハムスケとはレベル差が大きすぎて「報告するほどの脅威」とは考えなかったからだ。
どんぐりの背比べ――ちょっと大きいどんぐりがありました、なんて報告するほど幼くない。
だが、そういう事を踏まえて念押しされた上であれば……
「というわけで、おそらくこの個体がトブの大森林南部を仕切るボスだと思われます。
レベルでいうと30前後なので、脅威にはなりません。
ただ、見たことのない種類でした。
北部というか東部・西部については、まだこれから調べるところなので、もう少し時間をいただきたいです」
「うむ。では引き続き頼む。
それにしても、見たことのない種類か。ちょっと興味深いな。
どんな姿だった?」
「んーと、第6階層で飼ってるスピアニードルと似てました。もふっとした毛皮でまんまるなところが。
弱いので配下に欲しいとは思いませんが、毛皮は欲しいかな、と。
あと尻尾が長かったです」
「スピアニードルとは違うのか?」
「違いますね。種族名は分かりません」
「ふむ……レアなら欲しいな。
よし、アウラ。案内してくれ」
「モモンガ様、もふもふでしたらシズを一緒に連れていかれませ」
「シズ?」
「シズはあれでもふもふ好きでございますので、喜ぶかと」
「あー……そうですね。シズはよくスピアニードルに抱きついて困らせたりしてます」
「そうなのか。ふふふ……それはぜひ見てみたいな」
思わずアウラの頭を撫でて、モモンガは命じた。
「ではシズを呼べ」
◇
ルクルットのナンパも軽くいなして、ソリュシャンが「漆黒の剣」とともにカルネ村を訪れる。
ンフィーレアの薬草集めのために森に入ると、しばらくしてルクルットが反応した。
「何か来る。こりゃ、ちとヤバいぜ」
「撤退しよう。ンフィーレアさんを守らないと」
「しんがりは任せるのである」
「僕とダインで時間稼ぎを――」
などと「漆黒の剣」が話し合う。
そこへ、ちょっと申し訳なさそうにソリュシャンが口を挟む。
「あー……大丈夫だ。この気配は、知り合いだぜ」
「「知り合い???」」
こんな森の中に?
こんな強大な気配の?
と戸惑う「漆黒の剣」だが、ひょいと現れたのはハムスケ。すでにモモンガが絶望のオーラⅠで服従させ、ソーイの冒険者ランクを上げるための一助として口裏を合わせてあった。
「やや! 某の縄張りに何者かと思えば、姫ではござらんか。
そちらの人間たちは姫のお仲間でござるか?」
「まあ、一時的な連れだね。
元気にしてたかい、ハムスケ?」
「もちろん元気でござる。
森の様子も変わりないでござるよ」
ポカーンとしていた「漆黒の剣」がそろそろ我に返って騒ぎ始めた。
「本当に知り合いなんだ……」
「こちらの魔獣は、もしかして森の賢王では?」
「強大な気配に、知性を感じる瞳であるな」
「やっぱりソーイさんは凄い人なんだ……」
ハムスケもソリュシャンも有象無象の言うことなど気にしない。
だが、それらの言葉の中に、ハムスケが知っている単語があった。
「いかにも、某は森の賢王でござる。
との……姫には敗れて以来の付き合いでござるよ」
となれば、冒険者として当然の疑問が出る。
「従魔登録はしないんですか?」
「すればランクも上がりやすいと思うぜ」
「常に連れ歩く必要もないので、形だけでも登録しておくのはおすすめである」
「一緒にいるところを誰かに見られて、襲われていると勘違いされて攻撃を受けるなんて事もなくなりますしね」
冒険者として地位を確立して情報収集に励むという任務。その性質を考えると、ランクは高いほうが良い。
また、せっかく至高の御方が従えたペットが、うっかり殺されてはならない。
などとソリュシャンは思った。
実際には、ハムスケを殺せる現地人なんてほんの一握りだが、その一握りをも殺せるソリュシャンにとってはハムスケも「うっかり」で死にそうな弱者である。
「ふむ……別に従えてるわけじゃないんだけど……」
御方のペットだし。
形だけでも「自分が従えている」というのは不敬では……。
というか、一番心配なのはハムスケがちゃんと演技できるのかどうかだ。ついさっきも「殿」って言いかけたし。ていうか言ったし。
などと心配するソリュシャンだが、森の賢王はソリュシャンが心配するよりは賢かった。
「某は別に構わんでござるよ。
要するに今まで通りここに居るだけでよく、人間の侵入者は減るという事でござろう?
悪くない契約でござる」
そういう事になった。
◇
なんとか近づいて製法を聞き出したい。
ンフィーレアは考えていた。
ブリタからの情報でソーイが赤いポーションをもたらした人物だという事は分かっている。薬師として、その赤いポーションの製法を知りたい。祖母リイジーもそれを望んでいる。というかソーイに今回の依頼を持ちかけたのは、それが狙いだ。
だがセバスの名前はエンリから聞いて知っても、ソーイとつながる情報がない。ゆえに「エンリとその村を守ってくれた人物」と「赤いポーションをもたらした人物」は別々に考えている。時期の一致性から、完全に無関係とは考えていないが、つながる情報がない以上はつなげて考えない。素材から成分を抽出する薬師としての思考回路がそうさせていた。
だからこそ、ソーイに製法を聞き出すほど近づく方法が分からない。ルクルットのナンパを軽くいなしたり、それ以外の会話のあれこれから察する。ソーイという人物は、人当たりは良いが、決して秘密を漏らすような「うっかり」や「まあいいか」という考え方をしないはずだ。何ならバレてもシラを切り続けるだろう。
なぜそこまで徹底するのか分からない。だがンフィーレアにとって重要なのは「なぜ」ではなく「徹底する」という事実。その秘密主義だ。この様子では赤いポーションの製法を聞き出すなど夢のまた夢。極めて難しい。なんとかそのチャンスを掴もうと機会を伺ってみたものの、これといった機会は得られないまま薬草採取は終わり、帰路につこうとしている。
「ソーイさん、ちょっといいですか?」
こうなったら正面突破しかない。
ンフィーレアは覚悟を決めてソーイに声をかけた。
「赤いポーションの製法を教えてください」
ンフィーレアは頭を下げて頼み込んだ。
もうこれしかない。
事情を説明して頼み込む。
だがソーイの答えは、そっけないものだった。
「知らないよ。あたしは盗賊だ。薬師や錬金術じゃないからね」
言われてみれば当たり前だ。
冒険者は「使い方」の専門家であって「作り方」の専門家ではない。
知らないというのが本当なのか嘘なのかは重要ではない。ソーイが「知らない」と言ったのなら、どう頼んでも「知らない」で通すのだろう。
「ただ……」
と、ソーイは含みを持たせる。
シャドウデーモンを通してセバスから情報提供は受けている。
そしてンフィーレアに赤いポーションの再現を期待していることも、その情報提供で知っている。
「もしあんたが赤いポーションを作れたら、『あたし』の中であんたの価値は跳ね上がる。
あんたは『あたし』の命綱になるから、あたしは命懸けでもあんたを守るぜ。
あんたが研究と生産に集中するためなら、『あたし』はエンリもカルネ村も守ってやるよ」
ナザリックと個人とを巧妙に混ぜて使うソーイ。ンフィーレアにそれを判別するだけの材料はない。
だが並大抵の騎士なら相手にもならないだろうソーイの約束は、ンフィーレアに決意を固めさせるに十分な言葉だった。
「赤いポーションの開発……必ず、成し遂げてみせます」
「期待してるぜ」
◇
セバスは、ソリュシャンからブリタの情報を受け取り、その後の調査のためにシャドウデーモンをブリタにつけた。盗賊系の職業をとっているソリュシャンの動体視力は、割れたポーション瓶の中身が青いことに気付いており、赤いポーションとの違いを知るためにわざと与えていた。つまりは、原作でモモンガが後付けで言った理由を最初から狙っての行動である。
そこから、エ・ランテル一番の薬師リイジーとその孫ンフィーレアに辿り着き、赤いポーション再現の可能性に賭けて監視と護衛を兼ねたシャドウデーモンをつけておこうと判断したセバス。
これにより、クレマンティーヌの襲撃に際して「漆黒の剣」側にシャドウデーモンが加わることになる。
シャドウデーモンはレベル30前後で、クレマンティーヌよりは弱いと推測されるが、かなり時間を稼げるだろう。
また、詳しいことは不明だが遠隔で報告する能力も備えており、即座にセバスへ情報が届くはず。
すると、セバスはポーション開発の人材確保という観点から「保護する」と判断を下し、ソリュシャンに指示を飛ばして解決することになる。
「あんたがンフィーレア・バレアレ?
お姉さんと一緒に来てほしいな~」
店に戻ったとたんに待ち構えていたクレマンティーヌ。
エ・ランテルで一番の薬師として知られるリイジーの孫たるンフィーレアは、これを「怪しい」とは思わなかった。
急を要するというほどではないが、店売りのポーションでは解除できない(あるいは、どのポーションが効くのか分からない)症状を抱えて、本人あるいは仲間が「症状を見て専用の調合を」と要求するパターン。それはたびたび見てきたものだった。
「出張診療ですか?
祖母は今、席を外しているのですが――」
「そういうのじゃなさそうだぜ」
ルクルットが遮る。
「下がってください、ンフィーレアさん」
「彼女は危険である」
「そばを離れないで。
でもチャンスがあったら逃げて。
たぶん、私たちじゃ勝てない……」
クレマンティーヌは楽しくなった。
つまらない誘拐のはずが、獲物が4匹。
「いや~ん、バレちゃった~。
それじゃ、行っきまっすよ~」
加速――装備から判断してスカウトらしきルクルットを刺突。
パーティーで最も速い人物を狙うことで、クレマンティーヌの得意とする戦法が通じるかどうか判断する。
もっとも、立ち居振る舞いからして格下だと分かる程度ではあるが。
「まずは1人――なっ!?」
まったく反応できないルクルット。
しかし一撃必殺を狙ったスティレットは途中で止められた。
シャドウデーモン。
護衛対象はンフィーレアだが、クレマンティーヌ相手に単独では勝てないと判断したシャドウデーモンは、「漆黒の剣」が生存していたほうが時間稼ぎになると判断して彼らを守ることにした。
「なんだこいつ……?」
シャドウデーモンを警戒しながら、ニニャを睨むクレマンティーヌ。
「ただの魔法詠唱者かと思ったら、悪魔召喚師とはね~」
法国出身のクレマンティーヌは勘違いした。
陽光聖典が天使を召喚するのだから、悪魔を召喚する術者だって居るだろう。
漆黒聖典の一人師団は魔獣を従えているし、悪魔を従える術者だって居るだろう。
だがニニャの顔は戸惑っていた。
……こいつじゃない……なら誰が?
察したが、察したことを悟られないように勘違いしたふりを続ける。
そうすればニニャを警戒している隙を突いて、本当の術者が攻撃を指示するかもしれない。
術者さえ分かれば、スッと行ってドスッで終わりだ。悪魔が邪魔してくるだろうが、他の仲間を肉壁にするように立ち回ればいい。
情報にない事態が起きるのだって初めてのことじゃない。
ニニャが違うなら、次に怪しいのはンフィーレアか。あらゆるマジックアイテムを使えるというタレント。悪魔を召喚するアイテムを持っていたのかもしれない。情報にないのは使ったことがなかったからか? 召喚するのが悪魔であれば、陽光聖典や一人師団と違って使いたがらないのは理解できる。
◇
クレマンティーヌが居もしない悪魔召喚師を探して思考する間、シャドウデーモンはセバスに状況を報告していた。
「……わかりました。あなたはそのままンフィーレアを守ってください。
すぐにソリュシャンを向かわせます」
そうして従魔登録の手続き中だったソリュシャンに、緊急連絡が入る。
◇
自分の影に潜んでいるシャドウデーモンから連絡を受けたソリュシャンは、手続きを途中で切り上げることにした。
「ちょっと途中で悪いんだけどさ、こいつがどれだけ賢いのか試したいから、実験させてくれよ。
ハムスケ、あんた、あたしの代わりに説明聞いといてくれ。
んで、あとであたしに説明して、それから内容が合ってるか確認しに来るから」
「あの、それはちょっと――」
「任せるでござるよ、姫!
某、それくらいのお使いは朝飯前でござる!」
「んじゃ、いったん離れるから。
暴れたりしないから大丈夫大丈夫」
「もちろんでござる!」
「あっ、ちょ……!」
レベル57。プレアデスの中で最も素早さに優れたソリュシャン。
しかも種族レベルではプレアデス1位で、スライムの不定形な肉体を器用に使える。
緊急事態であり急ぐべき状況だと理解できる頭もある。
ゆえに急いだ。
最短距離を、最速で――あらゆる凹凸や障害物を、体を変形させることで幽霊のようにすり抜ける。
現地人にとっては目で追えない。
それどころか、能力的に一般人である受付嬢では、忽然と消えたようにさえ感じられた。
◇
「んふふ~。逃げずに待っててくれて、お姉さん嬉しいな~」
シャドウデーモンを倒したクレマンティーヌが、ンフィーレアと「漆黒の剣」に迫る。
彼らは逃げなかったのではない。逃げられなかったのだ。周囲に気付かれないように遮音の結界を張っていたカジットが、それを終えてしまったから。
余談だが、おそらく店の外周にあわせて何度も「静寂」を使いながらぐるりと1周したのだろう。「静寂」は効果範囲内の音をすべて消してしまうので、1発で店全体を覆うと会話できなくなり、クレマンティーヌがンフィーレアに対して本人確認できない問題が生ずる。だから店の外周に合わせて防音壁を形成したのだ。なお「静寂」は信仰系魔法のひとつで、カジットは信仰系魔法詠唱者の職業をとっている。職業レベルは不明だが、母親を蘇生させるための研究をしていたのだから、決して低くはないだろう。
閑話休題。
唯一の逃走経路たる正面出入口から現れたカジットは、アンデッドを召喚して「通せんぼ」に徹した。攻撃はクレマンティーヌに任せる形だ。
疲労も恐怖もせず、負傷しても意に介さないアンデッド。店の中におさまるサイズのものを選んだからレベルはそこまで高くないとはいえ、防御に徹したら突破するのは非常に厄介だ。もちろん背中を見せれば積極的に襲ってくるだろう事は想像に難くない。
それゆえ「漆黒の剣」はシャドウデーモンに加勢してクレマンティーヌと戦うという手段もとれなかった。
「ふふふ……そろそろ観念したらどうdくぁswでfrgthyじゅきぉ」
どんがらがっしゃーん。
ソリュシャンが乱入した。
ドアでも蹴破るように飛び込んできたソリュシャンの、それだけの行動でアンデッドは即座に全滅した。スピードに優れたソリュシャンの脚力から繰り出される蹴りを食らって、低位のアンデッドが耐えられるわけもないのだ。
「ソーイさん!」
「なんだ、てめえ……?」
「――――」
希望に満ちた顔でソリュシャンを見る「漆黒の剣」とンフィーレア。
警戒するクレマンティーヌ。
砕け散った骨の下敷きになって潰れているカジット。
3箇所に視線を送って状況把握を終えたソリュシャンは――
スッ……ドスッ。
静かに仕事を完了した。
犯罪者として当局へ突き出された2人は、その後にナザリックの手勢によって密かに回収され、世間的には脱獄逃亡犯という扱いに。
現地人にしては強い方らしい2人を回収したナザリックは、強さに関すること以外にも、法国やズーラーノーンといった組織に関する情報を手に入れ、思わぬ掘り出し物にモモンガも喜んだ。
かくてエ・ランテルはアンデッド騒動に巻き込まれることなく、事態は終結したのである。
誤字報告をいただきました。
tino_eu様
ありがとうございます。