ンフィーレアと「漆黒の剣」からシャドウデーモンの事を聞かれたソリュシャンは、あっさり白状した。
「あれは、あたしが付けといたやつだ。
守るって言ったろ?」
ニカッと笑って答えるソリュシャン。
ンフィーレアは感動で言葉も出なかった。
「ありがとうございます!」
「おかげで命拾いしたぜ」
「感謝の言葉もないのである」
「なんで教えてくれなかったんですかー!」
口々にお礼を言う「漆黒の剣」の面々。
唯一文句を言っているニニャが一番喜んでいて、ソリュシャンに抱きついて顔をぐりぐり。
シャドウデーモンの手伝いくらいには役立ったし、多少の無礼は許してやるかと思いながら、ソリュシャンは適当にあしらう。
「いや、まあ……怖がらせるのもアレだし……」
「ソーイさん。僕、カルネ村に移住します。
そこできっと例のポーションを開発して、御恩を返しますから!」
感激したンフィーレアは、この恩をなんとか返さねばならぬと決意して、赤いポーションの開発に注力するべく素材が豊富なトブの大森林に近いカルネ村へと移住することを決めた。森の賢王ハムスケの縄張りで、そのハムスケとも知り合いになって、素材採取の安全度は飛躍的に高まったので、ポーション開発の環境としては非常に理想的である。
リイジーは「淋しくなるねぇ」と言いながらニヤニヤしていたので、何やら勘違いしているらしい。もっとも、その勘違いは近いうちに現実のものになるだろう。少し遅れてリイジーも店を畳んでカルネ村に移ることになるはずだ。
そして、この数日後に、冒険者ソーイは銅級からミスリル級へ一気に昇格した。これは銀級の「漆黒の剣」が4人がかりでも「手も足も出ずに死ぬところだった」と証言する容疑者2名に対して、本人不在のまま保護してみせ、本人到着後にはたった1人で圧勝してみせた事が大きい……のだが、事件翌日には牢屋から2人とも消えていたことによって、容疑者2名の実力評価が上方修正されたことも影響している。つまりナザリック的にはお得意のマッチポンプを働く結果になったのだった。
◇
シャルティアの洗脳イベントは回避されたので、ホニョペニョコ討伐イベントは発生しない。
一方、同じミスリル級の「クラルグラ」でリーダーを務めるイグヴァルジは、ソーイの昇格を快く思っていなかった。
「チャンスがあれば蹴落としてやる。
とりあえず悪い噂を立てるか……どんな噂が良いと思う?」
などと仲間に相談するものだから、仲間たちは呆れた。
「やめとけ、やめとけ。クソの役にも立たん」
「仲良くなって助けてもらおうとするほうが、よっぽど建設的だぜ」
「そうそう。冒険者は助け合いってな。
ソーイを踏み台にして俺達が上へ行く、くらいの考えは持てよ。なんで蹴落とすんだよ。昇格諦めてんのか?」
どうやら協力は得られそうにない。
役に立たない仲間たちだ、とイグヴァルジは内心で毒づく。
「うっせー! 諦めてるわけねーだろ!」
などと言い返しはするものの、だからといって嫌がらせを思いとどまるほどマシな性格ではなく。
本当に悪い噂を立てようとしたところ、それを小耳に挟んだソリュシャンに怪しまれた。
「……なぜこんな噂が立つのかしら?
私の演技にそんな要素は無かったはずだけど……」
人間心理は摩訶不思議……だとしても演技とは観客の印象を操作する技術である以上、観客の心理を理解することは、どのような演技をすればよいか考える上で必要不可欠となる。
ならば後学のために噂する人間たちの心理状態を観察しなければ……とシャドウデーモンたちに調査を命じることにした。
そしてたちまちイグヴァルジの存在が割り出される。
「……という状況でして、どのように対応したものかと」
ソリュシャンは、セバスに相談した。
すぐさま秘密裏に殺すことは簡単だ。
しかしミスリル級が忽然と消えるのは問題だろう。クレマンティーヌとカジットが忽然と消えたばかりだ。立て続けに消してしまうと、共通点がソーイというのは浮かび上がってしまう。
「そうですか……働きやすい職場環境の整備は執事の仕事。何か手を打ちましょう。
あなたは、とりあえず噂のことは無視して任務を続行してください」
そうして状況を預かったセバスは、その足でデミウルゴスのもとを訪れる。
「おや? 君の方から来るとは珍しいね」
「少し相談がございまして」
「ほう? 君が私を頼るなんて、珍しいことが起きるものだね」
「ソリュシャンの職場環境に若干の乱れが生じました。
従って、事はわたくし個人の問題ではございません」
「ソリュシャンは、たしか外で情報収集をしているのだったね」
「はい。冒険者ソーイとして地位の確立に当たっております。
それ自体は順調に進んでおり、銅級からミスリル級へ一気に躍進したと……。
ですが、それを妬んだイグヴァルジなる冒険者が、ソーイの良からぬ噂を立てようと暗躍しています」
「それを何とかしたい、と?
その程度のことを解決できないで私を頼ろうとしたのかね? これはとんだお笑い草だ」
仲が悪い。
創造主同士がそうだった影響なのか、デミウルゴスはセバスを煽った。
だが完璧執事のセバスは、自分だけの事ではないから、と不快感を示すことさえしなかった。完璧な仕事モードである。
「現地エ・ランテルでは、ミスリル級の冒険者が最高位で、その上に位置するオリハルコン級およびアダマンタイト級の冒険者はエ・ランテルには1人も居ない状況です。
逆に言えば、エ・ランテル周辺ではその程度の脅威しか存在しないということ。
ソリュシャンを他の場所へ移動させて、さらなる昇格に励ませるというのも方法の1つではありますが、そうなりますと他のアダマンタイト級冒険者も居る土地で競い合う形になるかと」
「当然だね」
「ここまで言えばデミウルゴス様ならお分かりでしょう?
エ・ランテルに新たな脅威を用意してやれば、ソリュシャンは競争相手のいないブルーオーシャンでアダマンタイト級に昇格できうる……この脅威の度合いを示すために、イグヴァルジなる冒険者に犠牲になっていただけば、そちらの問題も解決できて一石二鳥だと思うのですが」
「君にしてはよく出来た筋書きだね。
少しは頭を使うようになったとみえる。感心したよ」
セバスらしくない作戦だな、とデミウルゴスは思った。
しかしセバスにしてみればワガママを通す場面ではない。モモンガの意向に沿ってソリュシャンを高位の冒険者に仕立てる方法と、その職場環境を整えること。一挙両得の手があるなら私情を殺して当たらねばならない。そういう意味では、モモンガの生活の質を上げることに貢献しない相手なら、切り捨てることに躊躇いはない。
もっといえば、原作で八本指の拠点襲撃の際には無慈悲に殺してまわり、娼婦を殴り殺していた客に対しては「あなたは殴るのがお好きなようですね」とあっさり殺さないように加減しながらボコスカ殴ってあげたり、そもそも「敵には非情」という性質を抱えている。
極めて善良――ゆえに邪悪に対して容赦ない。原作の甘いセバスはここには居ない。ここに居るのは仕事人のセバスだ。善良と寛容は違う。寛容はむしろ中立の性質である。
「そこで相談なのですが、そちらで計画している内容に不都合はございませんか?」
「…………」
デミウルゴスは表情を消して黙った。
さんざん煽り散らかしても手応えがないばかりか、結局のところ相談の次元が想定より遥かに上だった。
これではどっちが知恵者なのか分からない……どころか、とんだピエロを演じさせられてしまったではないか。
「……無いとも。存分にやりたまえ」
絞り出すように答えるデミウルゴス。
そこへセバスが一転攻勢を掛ける。
「そういえば王国両脚羊の牧場計画ですが」
「……なにか問題でも?」
「ええ。
モモンガ様の世界征服は、世界を手に入れること自体が目的ではなく、名前を轟かせることで他の至高の御方々がこの世界へお越しになった際の道標となることが目的です」
「な……それは……どのような根拠で言っているのかね?」
「我々が、御方々の代わりにモモンガ様の隣に並び立つような働きができないからです」
「ぐむ……!」
「そして他の至高の御方々がお戻りになった暁には……たとえば、たっち・みー様は王国両脚羊の牧場など、決してお許しにならないでしょう。
そしておそらくウルベルト様も、そのような行いをしたと知れば、あなたに失望なさるかと」
「なぜ!? 私は悪魔として、『悪であれ』として創造されたというのに!
そこまで侮辱するいわれはないはずだ!」
「悪には悪の正義が……失礼、この言い方は矛盾していますね。
悪には悪の美学がある、と申しましょうか。
王国両脚羊の牧場……その計画には『美学』がありません」
「美学……だと……?」
「あなたの趣味と、ナザリックの実益の両立……それはそれで素晴らしい事かと。
ですが、たとえばウルベルト様は悪魔像こそお作りになったものの、骸骨像はお作りになりませんでした。
あなたは骨で家具を作る趣味がおありでしょう? それはウルベルト様のご趣味に合わないものだと、ご理解されていますか?」
「ならば、君はウルベルト様の『美学』を理解しているとでも?」
モチーフの違いとでもいうべきか、ウルベルトならば骨の椅子ではなく、夜を表した地球儀や時を表現した歯車などを好んで使うだろう。
デミウルゴスもそれは理解しているが、同じカテゴリーの中に収まるものだと思っている。そしてセバスは「そうではない」と思っているのだ。
極度に善良と設定されたがゆえにセバスは、デミウルゴスの作品からはひたすら邪悪に徹する気配を感じ、ウルベルトの作品からは退廃的だがその中に諦めの混じった嘆きがある事を汲み取っていた。
「かつてお話されていた内容から推察いたしますに、ウルベルト様の美学は『抑圧からの解放』あるいは『体制側の規範では救えない者たちの救済』といったところかと。
我々はアインズ・ウール・ゴウンが結成されてから創造されましたが、御方々はそれより前、ナインズ・オウン・ゴールの時代からご一緒されていた方々も多いと聞きます。
そしてナインズ・オウン・ゴールの活動方針は、迫害される異形種たちを救うため、異形種を攻撃する人間種を攻撃することであったと……」
「ならば人間種を攻撃することは許されるのではないかね?」
「この世界の話ではないのですよ?
同じような姿に見えても、人間種とホムンクルスは別物です。
それと同様に、ユグドラシルの人間種とこの世界の人間種は別物なのです。
そして彼らはナザリックに攻撃してきていない……それどころか、先日回収したクレマンティーヌから得た情報では、この世界の人間種は異形種に迫害されている側だというではありませんか。
大半が異形種であるナザリックが、この状況で人間種を攻撃することは、かつて御方々が『倒すべき敵』と定められた『理不尽』そのものではありませんか」
ふらり、とデミウルゴスはよろめいた。
セバスの言うことには筋が通っている。
思い返せば、たしかにウルベルトの発言はそのように解釈できる。
ならば己がやろうとしていた計画は、モモンガの意思を汲んだ内容でないどころか、むしろ正反対。
「……すまないが、大至急やらなくてはいけない事を思い出したので失礼するよ」
デミウルゴスはヨロヨロとした足取りで、急ぎその場を離れた。
計画を根本的に見直さなくてはならない可能性がある。
まずはセバスの言ったことが正しいのか検証しなくては。
「……仕事と割り切ってみても、デミウルゴスをやりこめるのは気持ちが良いものですね」
仕事を離れ、「様」を外して、プライベートモードで独白する。
しかし、すぐさま考え直した。
そんなつまらない事に喜んでどうするのか。
セバスは己を律しながら、次の仕事へ向かった。
◇
セバスは己の計画を実行するため、それに適した能力の持ち主に相談した。
「そういうわけで、カッツェ平野にレベル40程度のアンデッドをご用意いただきたく」
もちろんアンデッドといえばモモンガその人である。
「40か……デスナイトでは35だな。ソウルイーターでよいか?
第5階層へ行こう。死体を選ばなくては」
そうしてお家芸とでもいうべきマッチポンプが始まった。
現地人にとっては見たこともないアンデッドだ。しかし知らないわけではない。
現地の伝承では、大陸中央部にあるビーストマンの国の都市に出現した三体のソウルイーターによって、都市人口の95%(10万人以上)が犠牲になり、沈黙都市と名付けられ遺棄された。
エ・ランテル冒険者組合の組合長プルトン・アインザックは予感した。
「それは例のソウルイーターかもしれない」
ただちに「クラルグラ」「天狼」「虹」のミスリル級3チームが集められた。
もちろん、そこに新たなミスリル級冒険者ソーイも呼ばれる。
エ・ランテルには、オリハルコン級、アダマンタイト級はいない。彼らこそがエ・ランテルの最高戦力だ。
「かもしれないじゃなくて、そのものだね」
ソリュシャンは言い切った。
グダグダと「何だか分からない相手」の対策会議につきあわされるのは面倒だ。
相手の正体を知らせてしまえば、少しは捗るだろう。
「知っているのか?」
アインザックが尋ねる。
知っているが、そうとは言えないソリュシャン。
適当な嘘をつく。
「鑑定した。そういうスクロールをたまたま持ってたんでね」
するとイグヴァルジが噛みついた。
「おい、まさかそのせいでソウルイーターがこっちに来ているとかじゃねえだろうな?」
「やめろ、イグヴァルジ」
「うるせえ! 経験も積まずに昇格するから、こういう事になるんだよ!」
「バカだねぇ。そんなドジ踏むわけないだろ。
むしろ逆さ。進行方向を変えさせようとして試してみたけど、変わらなかったんだよ」
「このやろう、調子に乗りやがって!」
「イグヴァルジ!!」
怒るイグヴァルジの、その怒りを塗りつぶす勢いでアインザックの怒号が飛んだ。
「それ以上話の腰を折るな。まだ騒ぎたいなら外へ行け」
「くっ……」
イグヴァルジは悔しそうに黙った。
しかし、なおも恨めしそうにソーイを睨む。
鬱陶しいなー。殺気を向けたら黙るかなー。とか思いながら、演技派のソリュシャンは無視を決め込んだ。
もし実行すれば、イグヴァルジは「ソーイ」という擬態の奥に潜む怪物を知るだろう。そうして「ソーイ」を恐れながらも、あれは怪物だ、人間ではない、などと恐怖からうわ言のように漏らし漏らして噂を立て、結局は目にあまって処分される羽目になる。
仕切り直すように咳払いをして、1人の冒険者が口を開いた。
「進路変更が狙いなら鑑定より攻撃でやるべきではなかったのか?」
「あんた誰だっけ?」
「『天狼』の――」
「まあどうでもいいか」
「おい!?」
「攻撃だと注意を引きすぎるから、やらなかったんだよ。
で、使ったのが、種族名と強さの程度が分かるだけのスクロールってわけ。まあ、強さに関しちゃ説明するまでもないみたいだけど……ここに居るメンツじゃ死ぬだけだね」
「あんたは違うとでも?」
「本気の装備ならあの程度は屁でもないさ。
そうじゃないばかりに逃げ回る羽目になるのは面倒だけどね」
「ソーイくん、そんな装備があるのかね?」
「ああ。
けど、あいにく本気装備はメンテ中でね。手元にないんだよ。
並の職人じゃあ手に負えないんで、ちょいと時間がかかるのさ。
ここには元々、その待ち時間の暇つぶしとして来たんだよ」
「それは今から取りに行って、どのくらいで戻ってこられるのかね?」
「片道4日くらいかな。
メンテが終わってたらすぐ受け取ってこられるけど、まだ途中だったら元通り組み立てるのに1日……。
装備すれば戻りは2日でいいはずさ」
実際には今すぐだって取ってこられる。シャドウデーモンを通して転移門を要請し、ひょいと行って帰ってくるだけだ。
だが、それではイグヴァルジを殺す時間がない。
「7日か……その頃にはソウルイーターはエ・ランテルに到着する。
そうなれば大虐殺の始まりだ。
ミスリル級の各位は、ソーイくんが帰ってくるまでの間、なんとかソウルイーターの足止めを頼む。
可能ならそのまま討伐してくれて構わんが、無理はするな。相手は沈黙都市を作った化け物だ。慎重に行け」
アインザックが言う。
それしか手がない事は、イグヴァルジ以外の全員が受け入れた。
イグヴァルジだけは、自分たちの手で倒してやろうと息巻いていたが……もちろん、あっさり死ぬことになる。
◇
「くそっ! イグヴァルジ! イグヴァルジしっかりしろ!」
「ぐはっ……! がふっ……! お、俺が……英ゆ……に……なり……」
がくっ。
イグヴァルジの体から力が抜けた。
ぱたっ。
どこかへ伸ばしかけたイグヴァルジの手が地面に落ちる。
「イグヴァルジー!」
というわけで状況は整った。
本気装備――という建前の――明らかに上等そうな装備に身を包んだソーイが現れる。
「待たせたな。みんな無事か?」
「イグヴァルジが死んだ……」
「そうか。それは痛いな……。
よし、仇討ちだ! 派手に行くぜ!」
心にもないが短く黙祷して、ソーイが飛び出した。
そのあとはもう、神話のような光景だ。魔法が宿ったナイフが飛び交い、爆炎や電撃が所狭しと炸裂する。ソウルイーターは瞬時にソーイを最大の脅威と認識して反応するが、攻撃が当たらないどころか振り向いた時にはもうそこに居ない。
キョロキョロするソウルイーターに対して、絶えず背後を取りながら強力な攻撃を続けるソーイ。そのまま1度も発見されずに押し切って勝利する。それはあまりにも一方的で、ミスリル級冒険者たちが格の違いを思い知るには十分だった。
翌日、ソーイはアダマンタイト級に認定された。他のミスリル級冒険者たちからの強い推薦があったという。
「あんなのと一緒にされたら俺達が困る!」
誤字報告を頂きました。
ビグドラ様 tino_ue様
ありがとうございます。