ロスト・コズミック   作:シグワン

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第45話 ケフェウスの照射

――――――――――――

LC-479-AI/arieSta

2048.03.15-Sun 03:36

Location : 三鷹市 東京都

MoonAge : 0.2

Sectors : 3/88 fired, 1/88 open

自動記録 / 照射結果セッション

――――――――――――

 

 ケフェウス座の石版は、三月一日に完成していた。

 

 最後に収まったのはβ(ベータ)星アルフィルク。

 

 遠隔計測から数ヶ月かけて、O.L.A.F.(オーラフ)の北欧ネットワーク経由でフィンランドから届いた石英だった。

 

 照射枠は、三月十四日の夜から十五日未明。

 

 ケフェウス座の照射は、こぐま座が開く前から予定は決まっていた。

 

 問題は、照射をするかどうかではなかった。

 

 五日前に決めた照射継続の方針を、変えるだけの新しい事実が出ていないか。その最終確認だった。

 

 三月八日、こぐま座が開いた。

 同じ夜、壁の外から信号が来た。

 三月九日、その信号を「名刺」と読んだ。

 

 送信者が壁を作った者かどうかは分からない。壁の開放を歓迎しているのか、警告しているのか、それすら分からない。

 

 十四日午後の最終会議で、タキが最初に言った。

 

「五日前の結論は照射継続です。ただし、『予定どおりだから』だけでは実行しません。信号受信後のデータも含めて、照射を止めるだけの新しい事実が出ていないか確認します」

 

「危険を示す新しいデータはない。今のところ、五日前の判断を変える材料もない」とダイチ。

 

「信号が好意的だとは断定できないね。ただ、悪意や警告だとも読めない。分からない、が今の答えだ。そこは五日前と変わっていないよ」とハル。

 

 ユキは腕を組んだ。

 

「分かんないまま撃つの、やっぱちょっと怖いね」

 

「そうですね」とタキ。

 

「でも、分かんないから止めるのも違う気がするんだよね」とユキ。

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 ケフェウスは、信号が来る前から準備していた。五日前、四人は相手の意図を根拠にせず照射を続けると決めた。今日確認するのは、その判断を覆す事実が増えたかどうかだった。

 

 会議資料の末尾には、見慣れない項目が一つ増えていた。

 

 環境モニタリング。

 

 きっかけは、O.L.A.F.の公開スレッドに上がった質問だった。投稿したのは、夜間に渡る鳥の移動を研究している大学チームの一人だった。

 

《夜に渡る鳥の一部は、星空の回転や地磁気(ちじき)など複数の方位手掛かりを使う。二十年間なかった恒星光(こうせいこう)が、もし星座の区域単位で戻るなら、次の区域が開く前に、比較できる基準データを残しているか》

 

 警告ではなかった。

 

 照射を止めろとも書いていない。ただの質問だった。

 

「鳥も星、見るの?」とユキ。

 

「見る種はいるよ。星だけじゃない。地磁気や夕暮れの偏光も使う。でも、星空の回転から方角の基準を覚える鳥もいる」

 

「じゃあ、二十年ずっとなかったのに、一箇所だけ急に戻ったら……」

 

「分からない。だから、今のうちに比べられるものを残そうって話だと思う」

 

 ダイチが資料を引き寄せた。

 

「残す。気象レーダーの鳥エコー、既存の渡り定点記録、建物衝突の記録。開放前のデータも、遡(さかのぼ)れるだけ拾う」

 

「機構の環境部門へ、記録・保存対象の追加を出します」とタキ。

 

「協力できる観測点は、O.L.A.F.経由でも募ります」と続けた。

 

 まだ異常は見つかっていない。目で見える形では。

 

 だから止める理由にはならない。でも、何かが起きたあとで比較する相手がなければ、何が変わったのかも分からない。

 

 星を取り戻すための手順書に、初めて、空ではなく地上の生き物を見る欄が増えた。

 

 村上が確認した。

 

「アリエスタとして、最終判断を確認します。照射実行でよろしいですか」

 

 ユキは三人を見た。

 

 ダイチが頷いた。

 ハルも。

 タキは最後に一度だけ資料を見直してから、頷いた。

 

「アリエスタ、問題ありません。お願いします」

 

★★★

 

 その夜。

 

 前回まで身内だけだった閲覧回線には、今夜は外部研究機関の接続が増えていた。NASAやJAXAを含む宇宙に携わる複数機関が、公開データを同時に視聴している。

 

 スタークリスタルは三十六時間前から復温(ふくおん)に入っていた。

 

 深冷個体は十二時間で五度へ上げ、十八時間保持。

 ファントムクリスタルは最初から五度で待機。

 照射六時間前から全個体を二十度へ揃えた。

 

 午前三時。

 

「照射チーム、準備は」と村上。

 

「準備完了です」とタキ。

 

 ダイチの前には出力系と追尾系の画面。

 

 タキは増幅器の入力値と電波送信のチェックリストを追っている。

 ハルは日中に出した可視条件のログを、機構の観測データと突き合わせていた。

 

 気象は、屋上のハクが追っている。

 

 新月を過ぎて、三時間半ほど。

 

 月光の影響はない。

 

「天文条件は」と村上。

 

「ケフェウスは周極星座だから沈まない。時刻の自由度は高い。ただ、照射高度と暗さの限界はある。天文(てんもん)薄明(はくめい)が四時二十七分。そこまでが今夜の制限時間だよ」とハル。

 

「今夜だと、あとは雲だな」とダイチ。

 

 気象画面には、気象庁の雲画像と短時間予測、その上にハクの現地観測が重なっていた。

 

 三時十二分。

 

 屋上のハクから、気象報告が入った。

 

『北北西より雲、接近。ケフェウス照射方位、雲量上昇中』

 

 部屋の空気が変わった。

 

「どれくらい待てますか?」と村上。

 

「天文条件なら、まだ余裕はあるよ。月は問題ない。薄明まで一時間十五分ある」とハル。

 

「なら待つ。雲が抜けるまで」とダイチ。

 

 三時十五分。

 

 誰も何もしていなかった。

 

 ダイチは同じ出力画面を三度更新した。数値は変わらない。

 タキはチェックリストの同じ行を二度なぞった。

 ハルは雲画像を見て、それから天井を見た。

 

 ユキだけが、何も見ていなかった。

 

「……ハク、寒くないのかな」

 

「気温は二度です」とタキ。

 

「うん、それは知ってる」

 

「動作温度はマイナス二十度までだ」とダイチ。

 

 ユキが振り向いた。

 

「そうじゃなくて」

 

「……そうか」

 

 ダイチは画面に戻った。

 

 タキが小さく笑った。

 

「屋上に一機だけです。誰も見ていません」

 

「それ、余計にかわいそうじゃん」

 

「かわいそう、ではありません。仕様です」

 

「言い方!」

 

「ちびは平気だよ」とハルが言った。

 

「そういうふうに作った」

 

 ユキが目を細めた。

 

「……ハル、たまにちびって言うよね」

 

「言うよ」

 

「なんで?」

 

「ちび白虎の、ちび」

 

「そっち?」

 

「そっちしか残ってなかっただろ」

 

 ユキが笑った。

 

「うちが白虎のほう取っちゃったからね」

 

「取られた」

 

 少し間があった。

 

「……でも、正式名称に近いのはこっちだけどね」

 

「今それ言う?」

 

「言う機会がなかった」

 

 ユキは窓のほうを見た。屋上は見えない。

 

「寒いとこも、暗いとこも、いつもひとりで行くじゃん」

 

「そういう設計だ」とダイチ。

 

「そういう設計にしたの、誰?」

 

 ダイチが手を止めた。

 

「……先週、ファームを上げた」

 

「え、いま?」

 

「今のは関係ある。雲の予測が、前より三分早い」

 

「そこ?」

 

「そこだ」

 

 タキが顔を上げた。

 

「基板を二回やり直させたのも、ダイチさんです」

 

「余計なこと言うな」

 

 三人が笑った。

 

 ダイチは画面を見たままだった。耳の先が少しだけ赤かった。

 

 三時二十八分。

 

 ハクが予測を更新した。

 

『ケフェウス照射方位、雲量八十五パーセント。切れ間、三時三十五分から約五十分』

 

 誰も急かさなかった。

 

 照射できる時刻は一点だけではない。

 

 月光がなく、対象星座区域が十分な高度にあり、途中光を遮る雲がない。

 

 三つが揃うまで待つ。

 

 三時三十五分。

 

 ハクがもう一度、気象条件を読み上げた。

 

『ケフェウス照射方位、雲切れ。予測継続時間、約五十分。光学条件、基準内』

 

 ダイチが出力画面を確認した。

 

「出力系、いつでもいける」

 

 ユキが、一つだけ空けておいたくぼみに、α(アルファ)星アルデラミンをゆっくりと置き、村上を見た。

 

 石版に揃ったクリスタルが共鳴し光り始めた。

 

 タキはチェックリストを一段送った。

 

「増幅器、入力値正常。電波送信系も同期しています」

 

 ダイチが追尾系を見た。

 

「追尾誤差、〇・一秒角(びょうかく)以内。ロックした」

 

 ハルが最後に高度を確かめた。

 

「区域、条件内。薄明まで五十一分ある」

 

 村上が頷いた。

 

「実行」

 

 三時三十六分。

 

「ケフェウス座、照射開始します」とタキ。

 

 石版の共鳴光が増幅器へ入る。

 

 塔の頂点から、光の柱が伸びた。ケフェウス座の方向へ。

 

「出力、一〇九パーセント。安定してる」とダイチ。

 

 その光に、石版が同じ配置から組み立てた電波コードを重ねる。

 

 こぐま座を開けた三回目と、同じ複合方式。

 

 照射時間は、こぐま座で実績のある四十六分間。

 

 三つ目の星座区域へ、光が飛んだ。

 

 規定されたパルス列が、一つずつ送られていく。

 

「電波同期、正常です」とタキ。

 

「出力変動も許容範囲」とダイチ。

 

 四十六分後。午前四時二十二分。最後のパルスが終わった。

 

 ダイチがログを見届けた。

 

「送信シーケンス終了。出力ログ、問題なし」

 

 タキがチェックを一つ閉じた。

 

「照射、完了です」

 

 屋上のハクから報告が来た。

 

『ケフェウス照射方位、雲量上昇。光学条件、基準外』

 

 五十分ほどと見ていた切れ間が閉じた。

 

 薄明まで、あと五分だった。

 

 ユキが息を吐いた。

 

「ハク、でかした」

 

 今夜の光が答えになるのは、二年後だ。

 

 一つ目の答えを受け取ったあとで、四人は三つ目の問いを投げた。

 

 壁側から何かが返ってきても、待つことは終わらなかった。

 

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