ロスト・コズミック   作:シグワン

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第46話 返信の条件

――――――――――――

LC-483-T/arieSta

2048.04.24-Fri 19:40

Location : 中野区 東京都

MoonAge : 11.2

Sectors : 3/88 fired, 1/88 open

――――――――――――

 

 解析結果を公開したのは、三月九日の夜だった。

 

 繰り返し届いた同一内容の一塊――1679ビットのすべて。全変換。

 

 四人それぞれの解釈も、分けて載せた。

 

 その翌週から、機構の窓口は一日に千件を超える問い合わせを受けた。

 

 最初の二週間で、世界中の研究機関から再解析の結果が届いた。

 

 上半分の数値データ──0と1、元素、分子、材料──については、ほぼ同じ結論に収束した。

 

 争ったのは、その先だった。

 

★★★

 

 三月十六日。

 

 ケフェウス座の照射を終えた翌日の午後、村上がマルイチへ来た。

 

「観測データの提供について、条件が来ています」

 

「条件?」とユキ。

 

「NASA(ナサ)/JPLやJAXA(ジャクサ)を含む複数機関が調整に入りました。北半球を中心に、こぐま座方面を観測できた複数の電波望遠鏡から、データを集められるそうです」

 

 村上は一覧を画面へ出した。

 

 復調(ふくちょう)前の基底帯域(きていたいいき)(ベースバンド)データ。

 局時計(きょくどけい)の補正値。

 アンテナの指向(しこう)記録。

 受信機と位相(いそう)の較正値(こうせいち)。

 比較に使った較正用天体の観測記録。

 

「こちらだけでは持っていないものです」とタキ。

 

「はい。ただし、先方も情報の提供を求めています」

 

「機構と、アリエスタのですか?」

 

「こぐま座までの照射日時、照射方向、出力記録、送信波形、開放を検出した時刻です」

 

「提供しなければ、観測データは来ませんか」

 

「少なくとも、全局分は難しいと言われています」

 

「情報交換という名前の人質だな」とダイチ。

 

「先方は、相互検証と呼んでいます」と村上。

 

「言い方を変えただけじゃん」とユキ。

 

 タキは要求項目を上から確認した。

 

「公開済みの照射記録と、検証に必要な送信波形は出せます。開放検出時刻も問題ありません」

 

 一行ずつ、提供可の印を付けていく。

 

「ただし、クリスタルの保管場所、制御系の詳細、未実施区域の照射予定は対象外です」

 

「その範囲で、機構内の承認を取ります」と村上。

 

「こちらが受け取った観測データも、提供元と用途を記録してください。公開の可否は、データごとに確認します」

 

「分かりました」

 

 承認は、その日のうちに下りた。

 

 各地から届き始めたデータは、観測局ごとに形式も時刻系も違っていた。

 

 ユキが、画面に積み上がっていくファイル名を見た。

 

「ハク。ダイチの手伝い、できる?」

 

『可能です。受信データの形式統一、欠損および重複の検査、観測局ごとの時刻情報の整理を行えます』

 

「じゃ、お願い」

 

「勝手に仕事を増やすな」とダイチ。

 

「邪魔?」

 

「邪魔ではない。解析の判断は自分がやる」

 

『ダイチの手伝いを開始します』

 

「言い切った」

 

 ダイチは何も返さず、最初のデータを開いた。

 

 数分後、ハクが報告した。

 

『一局分の局時計補正ファイルが欠落しています』

 

「その局は外せ」とダイチ。

 

「足りないところ、なんかで埋められないの?」とユキ。

 

「できる。でもやらない」

 

「なんで?」

 

「埋めた値で発信元を作りたくない」

 

 欠けた一局を外し、残った観測記録を揃えていった。

 

 素数列そのものは、各国のデータが届いてから見つけたものではなかった。

 

 最初の夜。

 

 一塊の長さをTとすると、最初の五つの無信号時間は、補正前の受信記録でもおおよそ2T、3T、5T、7T、11Tと並んでいた。

 

「でも、それって、素数になるって分かってたから、そうなるように数字を直したんじゃないの?」とユキ。

 

「順番が逆だ」とダイチ。

 

 最初の夜の解析記録を開く。

 

「補正する前に、この並びを見つけた。次の受信を13Tと17Tで予測して、時刻を先に記録した。その時刻に次が来た」

 

「あとから、過去の数字だけを合わせたわけじゃないんだよ」とハル。

 

「そっか」

 

 複数局のデータを使う目的は、素数列を作ることではない。

 

 地球の自転と公転。

 観測局ごとの位置と速度。

 局時計の誤差。

 信号が届く方向に対する、それぞれの動き。

 

 それらが受信時刻と周波数に生じさせるずれを、一つずつ取り除くためだった。

 

「地球、めっちゃ速く太陽の周り回ってるんでしょ。それでも大丈夫なの?」とユキ。

 

「大丈夫だ。ほぼ一定の速さで近づいたり遠ざかったりしている間は、一塊も空白も同じ割合で伸び縮みする。比はほとんど崩れない」

 

「じゃあ、なんでぴったりじゃないの?」

 

「公転も自転も、こっちの速度と向きが少しずつ変わる。観測局の場所も違う」

 

「その違いを局ごとに計算して、太陽系の重心で受けた時刻へ揃えるんだよ」とハル。

 

 補正後、各局で測った無信号時間は、同じ素数倍列へ重なった。

 

 同時に受信した局どうしの到着時刻差と位相差を、ダイチが揃える。

 

 ハルが、較正用天体を基準に角位置(かくいち)へ落とした。

 

 到来方向は、こぐま座区域まで絞られた。

 

「じゃあ、月とかじゃないんだよね」とユキ。

 

「月ではない」とダイチ。

 

「人工衛星でも、地球の近くの発信源でもない」

 

「距離も、素数から出したの?」

 

「いや。そっちは、空の中での位置のずれから見るんだよ」とハル。

 

 信号が続いた約二十六日のあいだに、地球も太陽の周りを移動している。

 

 見かけの位置の変化を、発信点そのものの直線的な動きと、地球の公転による視差に分けて解析する。

 

「ただ、二十六日分しかない。ぴったり何光年とは、まだ言えない。一光年級のモデルが、いちばん無理なく合う」

 

「壁までの既存の測距(そっきょ)とも矛盾しません」とタキ。

 

「ただし、壁の手前か、壁面か、向こう側かまでは判定できません」

 

「中継点なのか、実際の送信者なのかも分からないな」とダイチ。

 

 分かったのは、信号がこぐま座区域の方向から届いたこと。

 

 発信源が、一光年級の距離にある可能性が高いこと。

 

 壁が開いた直後に届き始めたこと。

 

 その三つだった。

 

 壁の外から来たとは、まだ確定していなかった。

 

★★★

 

 四月二十四日。

 

 三鷹の会議室。

 

 タキと村上の前の画面には、ジュネーブ、リオ、スカンジナビアの三つの接続先が並んでいた。時差の関係で、リオはまだ朝だった。

 

「今日の議題は三つです」

 

 タキは資料を開いた。

 

「一つ、未解読部分」

 

「二つ、返信するかどうか」

 

「三つ、次の信号を受けた場合の公表手順の最終確認」

 

『順番を変えたい』とジュネーブ側の研究者が言った。

 

『二番目からにしませんか』

 

 誰も反対しなかった。

 

 三月九日以降、どの会議でも議題はそこへ吸い寄せられていった。

 

 返事を、送るのか。

 

 立場は、おおむね三つに分かれていた。

 

 送るべきだ、という立場。

 

 信号は人間が読み解ける形式で構成され、地球の位置まで図示していた。理解したことを返さなければ、次の情報を得る機会を捨てる。

 

 送るべきではない、という立場。

 

 問題は、地球の位置を知られていることではない。返信すれば、「人類がこの信号を理解し、発信元を狙って意図的に通信を返せる」と相手に確定させる。

 

 そして、まだ決めるな、という立場。

 

 数では三つ目が最も多かった。

 

 ただ、それは合意ではなかった。決められないことの言い換えだった。

 

「アリエスタの見解を聞かせてください」

 

 ジュネーブ側から名指しされた。

 

 タキは少し間を置いた。

 

「私たちは、現時点では送りません」

 

『理由は』

 

「まず、返信に使える送信設備を持っているのは、私たちだけではありません。復調済みのビット列と解析結果、到来方向の観測値は公開されています。私たちが決められるのは、私たちが送るかどうかだけです」

 

『責任の回避では』

 

「回避ではありません。範囲の確認です」

 

 タキは資料を一枚送った。

 

「次に、私たちは壁を開けるために光と電波を照射しています。返信は、それとは別に、発信方向へ意味を持つ通信を送る行為です。二つを混ぜると、照射の結果と通信の結果を切り分けられません」

 

『照射は続けるのに、返信はしない』

 

「はい。照射は、信号が来る前から決めていた検証です。返信は、信号が来たから始める新しい行為です」

 

 画面の向こうで、誰かが何かを書き留める音がした。

 

『三つ目は』

 

「返信を求める記号も、期限も、今の解析からは読み取れていません。送る理由は作れます。でも、今すぐ送る理由はありません」

 

 画面の向こうは静かなままだった。

 

 中段の未解読部分は、まだ誰も解けていなかった。

 

 壁の左端と地球の位置を結ぶ距離は、三月のうちに読めた。

 

 残ったのは、その左にサイコロの五のように見える点の集まり。

 

 時間の単位。

 物質量。

 座標。

 エネルギー。

 

 提案は山ほど出た。

 

 どれも、他の区画のように突き合わせる先を持たなかった。

 

 元素なら原子番号。

 分子なら分子量。

 距離なら、既存の壁までの測距。

 

 だが、あの区画だけは検証先がない。

 

「解けないものを、解けないまま置く」

 

 それを世界に納得させることの方が、解読より難しかった。

 

★★★

 

 公表手順の原案は、四月の第二週に形になっていた。

 

 三月の混乱では、未解読部分に勝手な意味を与えた投稿や、存在しない続報が数百件流れた。速さだけが、確認より先に走った。

 

 各国の主要観測機関は、新たな出所不明信号を受信した場合、二系統以上の独立観測で確認し、一次解析が終わるまでは公式発表を保留する。

 

 報道機関に拘束力はない。

 罰則もない。

 

 ただ、同じ検証基準だけは共有する。

 

「守られると思いますか」とタキは村上に聞いた。

 

「次の一回は守られると思います」と村上は言った。

 

「その次は分かりません」

 

 異議は出なかった。

 

 原案は、この日の会議で正式な申し合わせになった。

 

★★★

 

 十九時四十分。

 

 会議を終えたタキが、マルイチに着いた。

 

 ダイチが受信ログを開いていた。

 

 ユキとハルは、奥で星図を広げている。

 

「信号、まだ来ていますか」

 

「来てない」とダイチ。

 

 画面には、三月八日からの受信時刻が一本の線で並んでいた。

 

 最初は密集している。

 右へ行くほど、間隔が広がっている。

 

「最後は四月三日の朝。七十三個目」

 

「七十三」

 

「1679の因数だ。23×73の、73」

 

 タキは最後の点を見た。

 

 そこから右側には、何もない。

 

「七十四個目は」

 

「来てない」

 

「では、終わった?」

 

「そこまでは言えない。七十四個目が来てない。それだけ」

 

 ダイチが別の集計を出した。

 

「七十三回分を、一塊として送っていた時間だけ全部足しても四時間弱。搬送波が実際に出ていた時間だけなら二時間半もない。三月八日から約二十六日かかったのは、ほとんどが素数間隔の無信号だ」

 

「一か月近くかけて、電波が出てたの二時間ちょっと?」とユキが顔を上げた。

 

「そう」

 

「……向こう、もう喋ってないんだ」

 

「今はな」とダイチ。

 

 ハルが星図から目を上げた。

 

「七十三で止めたのか、そこで止まったのかも分からないね」

 

「でも、ニュース、もうやってないね」とユキ。

 

 最後の受信から三週間。

 

 最初の夜には世界中が「応答だ」と騒いだ信号が、もう日常の外へ押し出され始めていた。

 

 二十年、空は何も答えなかった。

 

 人はそれに慣れた。

 

 今度は、答えと呼ばれたものが来た。七十三回。

 

 それでも、止まれば世界はまた慣れていく。

 

 タキはマルイチの端末から、機構の内部記録を開いた。

 

「狭帯域(きょうたいいき)(ナローバンド)信号。到来方向、こぐま座区域。推定距離、一光年級。壁との前後関係および送信主体は未確定。同一内容を七十三回受信。受信間の無信号時間は、太陽系重心時刻への補正後、素数倍列と一致。最終受信、四月三日。以後、現在まで受信なし。送信終了は未確定。監視継続」

 

 追記して、保存した。

 

 今は返事を送らない。

 

 その理由は、もう記録した。

 

 向こうからも、今は来ない。

 

 止まった理由は分からない。

 

 だから、その分からないことも記録しておく。

 

 なかったことにならないように。

 

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