RAINY CROWN(Re:make) 作:KAMENRIDER
雄英高校の正門を潜った時、胸の奥に浮かんだ感情は緊張よりも、ようやくここまで来たという妙な感慨の方が大きかった。
五歳の頃に《雨冠》の本格的な修行を始めてから、既に十年近い年月が過ぎている。その間に何をしていたのかと聞かれれば、答えは驚くほど単純で、ひたすら勉強して、ひたすら身体を鍛え、個性を研究し続けてきただけだ。前世ほど娯楽へ簡単に手を伸ばせる環境ではなかったこともあり、この十年間は自分でも感心するほど真面目な生活を送っている。
こちらの世界にも前世と似たようなゲームやアニメは存在していたものの、何故か昔ほど夢中にはならなかった。単に一度人生を終えたことで趣味が変わったのかもしれないし、《雨冠》という現実に存在する超常の力を研究する方が面白くなっただけかもしれない。いずれにせよ、そのおかげで義務教育の勉強へ集中できたのだから、結果的には悪くない。
法「さぁ〜て……ライト」
校舎へ向かう受験生達の流れに乗りながら、天之助は伸びをしながら周囲を軽く見回した。
当然ながら人が多い。
全国でも最高峰と評されるヒーロー科を擁する雄英高校、その一般入試ともなれば、ここへ集まっているのはそれぞれ自分の個性と将来へ一定以上の自信を持った連中ばかりだ。体格も服装も雰囲気も様々だが、誰もがこれから人生を左右する試験へ臨むだけあって、表情には否応なく緊張が滲んでいる。
前世で画面越しに見た場所へ、今は自分の足で立っている。
それを改めて考えると不思議な気分だった。
法「まあ、感傷に浸るのは受かってからでいいか」
天之助は一度だけ頬を軽く叩き、試験会場へ足を進めた。
最初に行われたのは筆記試験だった。
席に座って問題用紙が配られた時こそ多少身構えたものの、開始の合図と共に一問目へ目を通した瞬間、肩から余計な力が抜けていった。
法(……分かる)
もちろん口には出さず、心の中だけで呟く。
読める。
意味が分かる。
そして解ける。
前世の学生時代の天之助なら、ここまで余裕を持って試験問題へ向き合うことなどまず出来なかっただろう。試験直前まで別のことへ気を取られ、テスト前日になって慌てて教科書を読み返し、「もっと早く勉強しておけばよかった」と毎回同じ後悔を繰り返していた自信がある。
しかし今回は違う。
ここへ来るまでの十年間、天之助は《雨冠》の訓練と並行して勉強も続けてきた。特に気象、物理、災害対策、人体に関する基礎知識などは個性運用にも直接関係するため、学校の教科書以上の範囲まで自主的に調べている。
そうした積み重ねのおかげで、問題を読むたびに答えが自然と頭へ浮かんできた。
筆を走らせながら、一問ずつ丁寧に処理していく。
焦る必要はない。
分からない問題へ無理に時間を掛けることもない。
全体を一度解き終えた後は見直しへ入り、計算間違いや記入漏れがないことまで確認したところで、まだ時間には余裕が残っていた。
法(……頑張った甲斐はあったな)
心の中で満足しながら筆記具を置く。
前世の自分へ見せたら、本当に同一人物なのか疑われそうだった。
筆記試験が終われば、次はいよいよ実技試験。
受験生達は巨大な講堂へ移動させられ、指定された座席へ座って説明開始を待つことになった。
そして壇上へ現れた人物を見た瞬間、天之助は思わず目を細めた。
『今日は俺のライブへようこそォォォ!! エビバディ、セイ・ヘイ!!』
爆音と呼んでも差し支えない声が、講堂全体を震わせた。
静まり返る受験生達。
誰一人として「ヘイ」とは言わない。
『こいつぁシヴィ―!受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?』
画面越しに見た時にも知ってはいたが、実際に同じ空間で聞くと想像していた以上に声量が凄まじい。マイクを通しているとはいえ、あれだけ腹から声を出し続けられる肺活量がどうなっているのか非常に気になる。
壇上で派手な身振りを交えながら進行している男は、プロヒーロー《プレゼント・マイク》。
彼はこちらの無反応など気にする様子もなく、むしろ自分一人で会場のテンションを引き上げる勢いのまま実技試験の説明へ入っていった。
試験時間は十分。
舞台は雄英高校の敷地内に建設された模擬市街地。
そこへ多数配置された仮想敵を、自分の個性を使って行動不能へ追い込み、機体ごとに設定されたポイントを獲得する。
持ち込み可能な装備は事前申請の範囲で自由。
ただし受験生同士への故意の攻撃は当然失格。
説明を聞きながら、俺は背後へ収めている《雨傘剣天雨》の柄へ軽く触れた。
神様から受け取って以来、十年近く共に使い続けてきた相棒だ。
最初の頃は個性のイメージ補助へ頼ることも多かったが、現在では天雨がなくても大半の技を問題なく発動できる。それでも、個性制御の補助、耐久性、武器としての性能を考えれば、今なお俺にとって最も扱いやすい装備であることに変わりはない。
プレゼント・マイクが三種類の仮想敵について説明を続けていたところで、講堂の一角から勢いよく手が上がった。
「すみません! 質問をよろしいでしょうか!」
あの声を聞いた瞬間、天之助は視線だけを向ける。
眼鏡を掛けた、見るからに生真面目そうな少年。
飯田天哉。
前世の記憶通りなら、後に天之助と同じ雄英高校一年A組へ入ることになる人物だ。
もっとも、今の時点ではまだ互いに名前も知らない受験生同士でしかない。
飯田は配布資料と壇上を交互に確認しながら、資料には四種類の仮想敵が記載されていることを指摘した。日本最高峰の教育機関である雄英が誤記をしたのであれば看過できないと真っ直ぐに問い掛け、その流れで近くに座りながら何やら独り言を続けていた緑髪の少年へまで注意を飛ばす。
「ついでにそこの縮れ毛の君!先程からブツブツと気が散る!物見遊山のつもりなら即刻ここから去りたまえ!!」
「す、すみません……」
小さくなった緑谷出久を見ながら、天之助は内心で苦笑した。
知っている。
二人とも知っている。
けれど、こちらから声を掛ける理由はない。
原作を知っているからといって、初対面の相手へいきなり名前を呼びながら話し掛ければ不審者そのものだ。天之助はあくまでこの世界で十五年間生きてきた法雨天之助であり、これから起こる出来事へ関わるなら、自分自身の立場と判断で関わるべきだと思っている。
プ「オーケーオーケー、受験番号7111君!ナイスなお便りサンキューな!四種目のヴィランは0P!そいつはいわばお邪魔虫!スーパーマリオブラザーズやったことあるか!?レトローゲーの!それのドッスンみたいなもんさ!各会場に一体!所狭しと大暴れしている『ギミック』だ!」
通称0Pヴィラン。
破壊しても得点にはならず、各試験会場へ一体だけ配置される巨大な妨害用ギミック。
要するに、遭遇したら戦わず逃げることを想定された存在だ。
法「……まあ、普通ならそうするわな」
天之助は小声で呟いた。
ただ、普通ではない選択肢も既に頭の片隅へ浮かんでいた。
プ「俺からは以上だ!最後にリスナーへ我が校“校訓”をプレゼントしよう!かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!Puls ultra!それでは皆!良い受難を!!」
プレゼント・マイクが最後に雄英高校の校訓《Plus Ultra》を高らかに告げ、実技試験の説明は終了した。
その後、受験生達は受験番号ごとに割り振られた演習場へ移動する。
巨大なゲートを抜けた先へ広がっていたのは、とても学校の敷地内とは思えない規模の人工市街地だった。
何本もの道路が交差し、その左右には大小様々な建物が並んでいる。信号機、路地、歩道、街灯まで設置されており、遠目だけなら普通の街と見間違えても不思議ではない。
法「改めて見ると、とんでもない金掛かってそうだな……」
雄英の敷地面積は一体どれほどあるのだろう。
そんな疑問が頭を過ぎったが、すぐに意識を試験へ戻す。
周囲では他の受験生達も思い思いの準備を始めていた。
身体をほぐす者。
精神統一する者。
装備を確認する者。
天之助も天雨を背中から抜き、閉じた状態のまま右手へ持つ。
雨を降らせる必要は今のところない。
雷化も最初から最大出力を使う必要はない。
必要なのは、短時間で仮想敵を確実に行動不能へすること。
そのための手段なら十年間嫌というほど鍛えてきた。
法「さて……どれくらいやれるかな」
スタート地点へ立つ。
多くの受験生が、これから「三、二、一」とカウントされるものだと思い込んでいるのか、まだ完全には構えていない。
だが天之助は違う。
知っているというのもあるが、そもそもプレゼント・マイクの説明にはカウントダウンを行うなど一言もなかった。
だから、開始の声が聞こえた瞬間には既に身体を動かせるよう、足へ薄く電流を巡らせておく。
プ『はい、スタート。』
妙に気の抜けた声が響いた瞬間、天之助は地面を蹴った。
雷光が弾ける。
視界の端で何人もの受験生が呆然とこちらを見送っているのが見えたが、気にする理由はない。
開始している?
なら動く。
それだけだ。
プ『どうしたァ!? 実戦じゃカウントダウンなんざしてくれねぇぞ! 始まりってのはいつだって突然だァ!』
背後からプレゼント・マイクの声が響き、ようやく他の受験生達も慌てて走り始める。
法「知っててよかったK〇MON式、ってところかな」
小さく笑った直後、建物の陰から機械音が聞こえた。
大型の脚部で路面を踏み砕きながら、一体の仮想敵が姿を現す。
赤いセンサーがこちらを捉えた。
『標的発見――』
法「初ポイント発見」
相手が最後まで喋り終えるより先に、《雷移動》を発動する。
地面と身体の間で白青色の電流が爆ぜ、一瞬で仮想敵の視界から姿を消す。
次の瞬間には、その背後へ立っていた。
仮想敵の上半身がぎこちなく旋回し、天之助を探そうとする。
法「悪いけど、遅い」
天雨を両手で握り、腰を捻る。
狙うのは胴体中央。
傘だからと侮ることなかれ。
天雨は神様曰く、核爆発へ巻き込まれても耐えられるほど頑丈な代物であり、十年間使い込んでも傷らしい傷一つ付いていない。
その耐久力を利用して振り抜けば――。
法「フッ!」
鈍い衝撃音と共に、傘の側面が仮想敵へ叩き込まれた。
金属製の装甲が大きく陥没し、数トンはありそうな機体が横方向へ吹き飛ぶ。
道路を滑り、壁へ激突。
内部から火花を散らしたまま完全に停止した。
法「……やっぱり硬いな、これ」
手元の天雨には傷一つない。
逆に仮想敵は、殴った場所が見るも無惨に凹んでいる。
法「力加減はもう少し抑えてもいいか」
敵を壊す試験とはいえ、必要以上の破壊は効率が悪い。
十年間修行してきた中で嫌というほど学んだことだが、最大威力を出すことよりも、必要な威力だけを正確に出す方が遥かに難しい。
天之助は手首を軽く回し、そのまま次の仮想敵を探した。
そこからは、ある意味単純だった。
雷移動で市街地を駆ける。
センサーがこちらを捉えるより早く死角へ入り込み、天雨で脚部や関節部を破壊する。
複数が集まっている場合は、指先から威力を落とした《雫弾》を撃ち込み、駆動系だけを狙って停止させる。
一体。
二体。
三体。
進路上へ現れる仮想敵を次々と行動不能にしていく。
ただし、ポイントばかりを追い掛けていたわけではない。
「痛っ……!」
交差点近くで転倒した受験生が足を押さえているのが見えれば、俺は進路を変えた。
法「大丈夫?」
「あ、あぁ……ちょっと捻っただけだよ。それよりポイントが――」
法「その足で走ったら悪化するって」
しゃがみ込み、患部へ手を翳す。
空気中の水分を集め、薄い膜のように患部へ纏わせる。
《雨冠》を長年研究する中で、俺は水というものが単に攻撃へ利用できるだけではないと知った。
肉体へ直接作用させる精密操作は特に難しかったが、細胞の水分バランスや血流、炎症の状態を個性で補助することで、軽度の外傷なら回復を促進できる。
もちろん魔法のように何でも瞬時に治せるわけではない。
それでも捻挫や擦過傷程度なら十分だ。
「……え?」
数秒後、受験生が恐る恐る立ち上がる。
先ほどまで痛みを訴えていた足へ体重を掛け、驚いたように何度か地面を踏んだ。
「痛く……ない?」
法「無茶はしないでね。一応治したけど、試験終わったら医務室には行った方がいい」
受験生を治療した天之助はその場を去ろうした時
「あ、あの!」
法「ん?」
「あ…ありがとう!」
法「どういたしまして」
感謝された天之助は軽く手を上げ微笑み、その場を離れる。
ポイントになるかどうかは知らない。
もっと言えば、知ってはいる。
雄英は単純な破壊点だけを評価しているわけではない。
だが救助ポイントの存在を知っているから助けたわけではなかった。
ヒーローを目指している人間が、目の前で怪我人を見つけて「今は試験だから」と無視する方がよほどおかしい。
天之助はその後も、市街地を移動しながら仮想敵を倒し、助けが必要な受験生がいれば手を貸していった。
いつの間にか周囲から妙な視線を向けられていることには気付いていた。
「な、何者だよアイツ……」
「速過ぎて全然見えないんだけど……」
「さっき怪我人まで治してなかった?」
「戦闘系なのか治癒系なのかどっちだよ……」
「もうアイツ一人でいいんじゃないかな?」
まあ、そうなる。
天之助自身、もし何も知らない状態でこんな受験生を見たら同じことを思うだろう。
しかし試験中に自己紹介を始めるわけにもいかないため、気にせず次の仮想敵へ向かう。
どれほど時間が経過しただろう。
体感ではかなりの数を倒している。
法「結構稼いだかな」
天雨を肩へ担ぎ、周囲を確認する。
まだ試験終了のアナウンスはない。
となれば――。
法「そろそろ来る頃か?」
そう呟いた直後だった。
突如足元が揺れた。
最初は小さな振動だったものが、数秒ごとに強くなっていく。
建物の窓が震え、道路上の小石が跳ね始める。
周囲の受験生達が足を止め、不安そうに振動の発生源へ視線を向けた。
そしてビルの向こうから、巨大な影が姿を現した。
法「デッッッッッッカ。」
思わず感想が漏れる。
0Pヴィラン。
映像で知っていたとはいえ、実物を至近距離から見ると印象がまるで違う。
全高は周囲の建物を遥かに上回り、一歩進むだけで地面が揺れる。巨大な腕や脚が動くたびに機械音が響き、頭部に備えられたセンサーが市街地全体を見下ろしていた。
受験生達は一斉に逃げ始める。当然の判断だ。倒してもポイントは入らない。それどころか、あれほど巨大な機体へ不用意に挑めば怪我をする危険性の方が高い。
だから普通なら逃げる。
普通なら
法「さて……」
だが天之助は逃げなかった。天雨を握り直し、0Pヴィランを下から見上げる。別に得点が欲しいわけではない。倒さなければ試験へ落ちるわけでもない。
もっと単純な理由だった。
法「実際、どれくらい頑丈なんだろうな」
純粋に興味がある。十年間、《雨冠》を鍛えてきた。その成果を試す相手として、これほど分かりやすい標的もなかなかない。ただし、周囲を巻き込むわけにはいかない。雷を広範囲へ放てば他の受験生まで危険に晒す。ならば攻撃範囲を一点へ集中させる。
法「やってみましょっかい。」
雷化
身体が白青色の閃光へ変わる。地面を蹴った瞬間、一筋の雷が0Pヴィランへ向かって走った。
「おい! アイツ、逆方向に行ってないか!?」
「嘘でしょ!? 0Pだよ!?」
「ポイント入らないぞ!?」
背後から驚愕する声が聞こえる。聞こえてはいるが、止まるつもりはない。
0Pヴィランの足元へ接近し、機体の周囲を高速で駆け回る。巨大なセンサーがこちらを捉えようと動くが、反応速度がまるで追い付いていない。
法「ほらほら、こっちだぞ」
あえて機体の真正面へ現れ、すぐに反対側へ移動する。0Pヴィランがこちらを追って上半身を旋回させる。
法「遅い遅い」
巨体であることは圧倒的な強みだ。しかし、それは同時に小回りが利かないという欠点にもなる。天之助は脚部の装甲へ飛び乗り、その凹凸を足場にして上へ駆け上がった。
腰。
胸部。
肩。
巨大な機体表面を雷光が一直線に昇っていく。ようやく天之助の位置を認識した0Pヴィランが腕を動かし始めるが、既に遅い。
法「さて……試験だからな」
肩の上から大きく跳躍する。
視界が一気に開ける。
眼下には0Pヴィランの頭部。
そのさらに下には模擬市街地。
周囲に受験生が残っていないことを確認する。ここからなら、下方向へ威力を集中できる。
法「なら、一発で終わらせる」
天雨を両手で握り、切っ先に見立てた先端を真下へ向ける。
同時に空へ意識を伸ばした。晴れていた空へ、急速に黒雲が集まり始める。大気中の水分が凝結し、雲内部で電荷が分離する。雷が生まれる過程そのものを、十年掛けて何度も学び、何度も再現してきた。
雲の奥で白い閃光が走る。轟音が遅れて響いた。
法「……これならいけるな」
天雨へ雷を集める。最初は細かった電流が、見る見るうちに密度を増していく。傘全体が青白い光へ包まれ、周囲の空気が電離して独特の臭いを放ち始めた。
本来なら名称を付けるほど複雑な技ではない。雷を集束させた天雨を槍のように叩き込む。
ただそれだけ。
法「でも、技名あった方が気合い入るよな」
眼下の0Pヴィランが巨大な腕をこちらへ伸ばす。天之助は天雨を構えたまま笑った。
法「悪いな。もう遅い」
落下と同時に雷雲から一条の雷が降り注ぐ。天雨がその雷を受け止め、全てのエネルギーを一点へ収束させる。
法「――
天雨の先端が0Pヴィランの頭部へ突き刺さった。次の瞬間、世界が白く染まった。
雷鳴。
爆音。
衝撃。
圧縮された電流が装甲を突き抜け、巨大な機体内部へ一気に流れ込む。
電子系統が耐え切れず次々と破裂し、各部の関節から火花と煙が噴き出す。
頭部から胴体へ。
胴体から脚部へ。
白青色の雷光が巨体全体を駆け抜けた。地面へ着地した瞬間、背後から轟音が響く。0Pヴィランの動きが止まり、巨大な身体がゆっくりと傾いていく。
法「よいよっと」
倒れる方向を確認し、誰もいない区画へ向かって雲を発生させる。
その雲を滑り台のような形にし、それを滑りながら僅かに軌道を修正。
数秒後、0Pヴィランは周囲を揺らすほどの衝撃と共に地面へ倒れ込んだ。
砂埃が舞い上がる。天之助は天雨を肩へ担ぎ、しばらくその巨体を眺めた。
法「……流石にやり過ぎたかな」
頭部は大きく陥没し、機体の至る所から煙が上がっている。どう見ても再起動は不可能だ。周囲にいた受験生達は、逃げることすら忘れたようにこちらを見ていた。
「アイツ……0P壊したぞ」
「一人で?」
「いやいや、あれ倒す試験じゃないだろ……」
「何なの、あの傘……」
法「うん。俺も少し目立ち過ぎたと思う。」
一方その頃、受験会場を監視していた雄英高校の教師陣も同じような意味で騒然としていた。
0Pヴィランへ雷が直撃した瞬間、複数の監視カメラへ一斉にノイズが走った。
「今の衝撃は何だ!?」
「爆発か!?」
「違う、落雷だ!」
「映像を戻せ!」
一時的に乱れていた映像が正常へ戻る。モニターへ映し出された光景を確認した教師達は、一様に言葉を失った。
本来、受験生へ戦闘させることを想定していない0Pヴィランが地面へ倒れている。頑丈さだけなら通常の仮想敵とは比較にならない。多少の攻撃を受けても簡単には停止しないよう設計されている。その巨大な機体の傍らに、一人の受験生が天雨を肩へ担いだまま立っていた。
「……彼の受験番号は?」
誰かが静かに尋ねる。別の教師が端末を操作し、受験者情報を呼び出した。
「法雨天之助。十五歳。個性登録名は《雨冠》です」
「雨冠……?」
「気象操作系か?」
「少なくとも雷を発生させるのは間違いないだろうが……それだけじゃないな」
教師の一人が別の映像を表示する。
そこには天之助が負傷した受験生へ駆け寄り、治療を施している場面が記録されていた。
「こっちを見ろ。彼は試験中、何度も他の受験生を助けている」
「救助行動なら評価対象だろう。問題は?」
「問題というより……これだ」
映像が拡大される。足首を負傷していた受験生が、天之助の処置を受けた直後にはほぼ正常に歩いている。
「治癒している?」
「それもかなり高い精度でな。確認できる範囲では擦過傷や捻挫程度なら、ほぼその場で回復させている」
「待て。個性は《雨冠》なんだろう?」
「登録上はな」
教師達の間に小さなどよめきが広がる。
雷を発生させる。
高速移動する。
水を弾丸のように放つ。
負傷者を治療する。
そして巨大仮想敵を単独で破壊する。
一見すれば複数の個性を持っているようにすら見える。
「複数持ちの可能性は?」
「現時点では何とも言えない。本人の個性申告が虚偽とは考えにくいし、すべて《雨冠》から派生している可能性もある」
「雨という概念を、そこまで拡張しているのか……?」
「少なくとも、本人はそう認識しているんだろうな」
教師達がそれぞれ映像を確認する中、一人の男がモニターを凝視していた。
オールマイト。
長年に渡り日本の平和を支え続けてきたNo.1ヒーロー、《平和の象徴》。
その視線は先ほど0Pヴィランを破壊した天之助へ向けられている。
ただ強い。
それだけなら、ここまで目を引くことはなかった。雄英には毎年、強力な個性を持つ少年少女が集まってくる。オールマイトが注目したのは、仮想敵を圧倒する戦闘力を持ちながら、その途中で怪我をした受験生へ迷わず手を差し伸べていた点だった。
オ「……素晴らしい」
思わず声が漏れる。同じ試験会場には、既に彼自身が《ワン・フォー・オール》を託した緑谷出久もいる。
今年は面白い。いや、面白いなどという軽い言葉では足りない。未来へ大きく羽ばたく可能性を持った若者達が、これまで以上に集まっているように感じられた。
オ「法雨少年、か……」
身体が僅かに震える。興奮するとつい力が入ってしまう。その様子を隣から見ていた相澤消太が、眠たげな目を向けた。
相「……トイレなら早めに行った方がいいですよ」
オ「いや違うよ!?」
オールマイトは思わず振り返った。
オ「別に我慢して震えているわけじゃないよ!」
相「じゃあ何です?」
オ「いや、その……今年は凄いことになりそうだと思ってね」
相澤は再びモニターへ目を向ける。画面の中では、天之助が倒れた0Pヴィランを見上げながら頭を掻いていた。
相「まあ……確かに」
戦闘能力だけなら既に並のプロへ迫っている可能性すらある。しかし相澤が気になったのは、むしろその力をどこまで正確に制御できるのかという点だった。
強過ぎる個性は、それだけで才能とは呼べない。使いこなせて初めて意味がある。
相「入学してくるなら、色々確認する必要はありそうですね」
オ「はっはっは! 相澤君らしい!」
相「笑うところじゃないですよ」
そんな会話が教師側で行われていることなど、当然ながら天之助は知らない。やがて試験終了の合図が響いた。
天之助は天雨を閉じ、背中へ戻す。周囲を見る限り、大きな怪我人はいない。0Pヴィランを倒した時も一応周辺の安全確認はしたため、巻き込まれた受験生もいなさそうだ。
法「まあ……やることはやったかな」
戦闘点もそれなりに稼いだ。筆記も問題ない。怪我人も何人か助けた。
普通に考えれば、合格圏内には入っているはずだ。しかし帰路へ就きながら、天之助の頭に一つだけ気掛かりが残っていた。
0Pヴィラン。
あれは本来、倒す必要など全くない。それを興味本位で正面から叩き潰した。
法「…………」
試験中の自分を思い返す。雷雲を作り、雷を落とした。その技で巨大ロボを一撃で機能停止へ追い込んだ。治療までした。
法「……絶対目ぇ付けられたな、俺」
今更ながら頭を抱えたくなる。入試なのだから実力を見せること自体は間違っていない。間違ってはいないのだが、少々派手にやり過ぎた自覚はある。教師達から危険人物認定されていないことだけを祈ろう。
法「まあ、終わったもんは仕方ないか」
なるようになる。そう開き直りながら雄英高校を後にする。
この時の天之助はまだ知らなかった。
自分が想像していた以上に、教師陣からしっかり名前を覚えられてしまったことも。
そして――この入学試験を境に、十五年間続いていた比較的平穏な日常が、大きく動き始めることも。
⊂( ⊂_ω_)