王家の異端者   作:ゲダツ

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お続きですわ


4あなたは?

 

 重い瞼を開けると、見覚えのない天井が視界に飛び込んできた。

 

 カビ臭い地下街の匂いとは違う、どこかさっぱりとした清涼な空気。柔らかい布の上で寝かされていたことに気づき、僕は勢いよく体を起こした。

 

「う……っ」

 

 全身の節々が痛むが、21日間の過酷な旅で疲弊しきっていた身体は、いくらか休息を取り戻していた。

 

 周囲を見渡す。質素だが、地下街の住処にしては異常なほど整理整頓され、埃ひとつ落ちていない綺麗な部屋だった。

 

 

 そして──部屋の隅、椅子に腰掛けて静かにナイフの手入れをしている男の姿があった。

 あの、暗闇で僕を助けてくれた黒髪の青年だ。

 

「……あ」

 声を出そうとすると、喉が干からびていた。僕は慌ててベッドから下り、頭を下げた。

 

「あの……助けてくれて、ありがとうございます」

 青年はナイフを拭く手を止め、冷ややかな三白眼でじっと僕を見つめた。

 感謝の言葉に対して返ってきたのは、予想外の一言だった。

 

「……礼を言う前に、まずその汚ねぇ体を綺麗にしてこい」

「え……? あっ、はい! わかりました!」

 青年が指さした先には、地下街には珍しい小さな洗面所と脱衣場があった。

 

 自分の姿を鏡で見ると、泥と汗で顔は真っ黒、髪はボサボサのひどい有様だった。言われた通り、僕は言われるがまま洗面所へと向かった。

 

 ◇

 

 桶に溜めた水で、石鹸を使って身体中の泥と汚れを必死に洗い流していく。

 

 その最中、玄関のドアが開く音がし、足音が部屋へと入ってきた。

 洗面所の隙間から、男たちの会話がかすかに聞こえてくる。

「おいリヴァイ。あのガキの荷物、チンピラどもから全部取り返してきたぞ」

 

 

 帰ってきたのは、少し長めの髪をした別の青年だった。

「……あぁ」

 

「『あぁ』じゃねぇよ、感謝の言葉もなしかよ。……それにしても、なんであのガキを助けたんだ? あんな身ぐるみ剥がされたガキなんて、地下街にゃ腐るほどいるだろ」

「……さあな。わからない」

「わからないって……」

「ただ……誰かに似てたからだ」

 

 水音を立てないようにしながら、僕は息を殺してその会話を聞いていた。

 

(僕の荷物を……取り返してくれた……!?)

 

 あの大切な日記も、隠したお金も、荷物全部戻ってきたのだ。胸の奥が熱くなるのを感じながら、僕は急速に身体を拭き、用意されていた大きめの清潔な服に着替えた。

 

 ◇

 

「……あの、体を洗い終わりました」

 

 洗面所から出ると、二人組みの青年がこちらを振り返った。

 ダボついた服の袖を折り返しながら、僕は深々と頭を下げた。

 

 

「着替えまで貸していただいて、本当にありがとうございます。……えっと、お二人の名前をお伺いしてもいいですか?」

 

 髪の長い方の青年が親しみやすい苦笑いを浮かべ、黒髪の男を指さした。

 

「俺はファーラン。そっちの無愛想なのがリヴァイだ」

「……アランです。リヴァイさんに、ファーランさんですね」

 名前を口に刻み込む。するとファーランが、ソファの脇に置かれた巨大な物体を親指で指さした。

 

 

「それと、これ。お前のだろ」

「あ! 僕のバッグ……!!」

 そこには、僕がレイス領から命がけで背負ってきた、あの二回りも巨大な革バッグが無傷で置かれていた。

 

 駆け寄って中身を確かめる。二重底の鋼貨も、一番底に隠した『日記』も、すべて無事だった。

 

 

「よかった……本当に、ありがとうございます……!」

 心底安堵した僕の姿を見て、リヴァイが冷たい声で問いかけてきた。

「で……なんでガキが一人で、そんな大荷物抱えて地下街になんか来た」

 静かだが、嘘を許さない圧迫感。

 

 

(僕の荷物の重さや中身を見て、地上から逃げてきた奴だと見抜いているんだ……)

 僕は一瞬ためらい、小さな声で答えた。

「……家族から、逃げるためです」

「家族?」

 ファーランが首をかしげる。リヴァイは腕を組み、淡々と言った。

 

 

「なぜだ。そんな大荷物持って逃げるくらいなら、家族のところへ戻った方がいいんじゃないのか」

「──嫌だ!!」

 気づけば、僕は叫んでいた。

「……っ!?」

 二人が少し目を見張り、驚いたように僕を見る。

 感情を乱した自分に気づき、僕は慌てて口を押さえた。

 

「あっ……ごめんなさい……大声を出して……。でも、絶対に嫌なんです。戻ったら……また戻されたら、僕は僕じゃなくなってしまうから……」

 リヴァイは追及するのをやめ、少し視線を落とした。

「……質問を変えよう。お前、どこから来た?」

「……ウォール・ローゼの、オルブド区近郊です。レイス領地から来ました」

 その言葉を聞いた瞬間、

 

「ウォール・ローゼ!?」

 ファーランが声を裏返らせて目を見開く。

「おいおいマジかよ……! ここからどんだけ離れてると思ってんだ!? それに……どうやってウォール・シーナの門を突破したんだよ! ガキ一人で通れるわけねぇだろ!」

 

「……シーナへ入る高級商隊の親方に、お金を渡して……荷台の樽の裏に隠してもらいました。憲兵には親方が賄賂を渡して、そのまま通り抜けました」

 

「……」

 

 二人とも、絶句して引きつった顔で僕を見つめていた。

 7歳のガキが一人で馬を調達し、20日以上かけて壁を越え、大人を金で動かしてシーナを突破してきた──その異常な行動力と冷徹な知略に、完全に引いているのだ

 

 リヴァイは小さく溜息をつき、子供を見る目ではない、どこか一目置くような鋭い視線を僕に向けた。

「……とんでもねぇクソガキだな。その歳でそれだけの粘り強さと頭が回りやがるか」

「あハハ……。で? そこまでして地下街に来て、お前はここで何をするつもりなんだ?」

 

 ファーランの問いかけに、僕はピタリと動きを止めた。

 

「……あっ」

「あん?」

「……考えてなかったです」

「……は?」

 二人は拍子抜けしたように口をぐうの音も出さず開け、心底呆れ返った顔をした。

 

「お前……あんな必死こいて壁越えておいて、ノープランだったのかよ!?」

「だって……逃げることだけで精一杯だったんです……」

 

 気まずくなって俯く僕。

 ふと、部屋の壁に掛けられている「ある装置」が目に入った。

 

 革ベルトと鞘、そして腰に取り付ける金属製の駆動部。先ほどリヴァイが路地裏で見せた、あの人間離れした動きの源だ。

 

「……あの、リヴァイさん。その武器、なんて言うんですか? 腰につけて、空を飛ぶみたいに動くやつ……」

 僕が尋ねると、リヴァイは装置に視線をやった。

 

「……『立体機動装置』だ。本来は壁の外で巨人と戦うための兵器だが……この地下街じゃ、天井の岩盤を使って飛び回るのに都合がいい」

「へぇ……すごい構造だ……アンカーを射出してガスで巻き取るのか……」

 一目見ただけで構造を分析し始める僕に、ファーランがニヤリと笑った。

 

「ちょうどよかったな。これからお前の分の装置も、闇市から調達しに行くところだったんだよ」

「えっ……!? 僕の分も……? いいんですか!?」

 驚いて目を見開く僕に、リヴァイは装置を腰に装着しながら冷たく言った。

 

「あぁ。ただしタダじゃねぇぞ。体が動くようになったら、俺たちの仕事を手伝ってきっちり恩を返せ」

「はいっ……! なんでもします!」

 カチャリと装置を固定した二人は、窓枠に足をかけた。

 

「じゃあ、留守番してな」

 アンカーが甲高い音を立てて射出され、二人の身体は夜の地下街の闇へと一瞬で躍り出て、飛ぶように去っていった。

 

 ◇

 

 静かになった部屋で、僕は一人、ポツンと佇んでいた。

 

「……そうだ。ここで何をするか、だ……」

 カバンを開け、一番底からあの重い『暗号日記』を取り出す。それを固く胸に抱きしめた。

 

「ここに来るまでは、逃げることだけで精一杯だった……」

 でも、僕は逃げ切ったのだ。

 記憶を消される恐怖から解放され、大人たちの手が届かない場所に辿り着いた。

 

「ここを起点にするんだ……」

 日記を強く握りしめ、瞳にメラメラと青い炎を宿す。

 

「この地下街で力をつけて、知識を蓄えて……この世界の歪んだ仕組みを、全部知って、変えてやる……! そのために……今、僕は何をすべきか、しっかり考えなきゃ」

 天性の狂気的な探求心と野性心、そして冷徹な計算が、暗闇の中で静かに噛み合い始めていた。

 

 




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