先祖返り半人外TS娘をいじめ抜く異世界生活24時 作:生後半年の猿
とある片田舎の村。
住人は500人程度で、辺鄙な土地にしてはそれなりの村人がいる。
都までは遠いが、隣国へ向かうまでの道の途中にあるためか、経済の概念は生きている。
そんな村に、ローランは暮らしていた。
出身ははるか遠くの都。名家、というわけではないが、そこそこおおきく、裕福な家だったことを覚えている。
親は教育熱心で、あれやこれやと詰め込まれたおかげで学もある。
その影響か、選んだ職は文筆家で──ターゲットは若年層の恋愛小説──文字に親しむ生活を送っていたおかげもあって、それなりに売れっ子の作家となれた。
順風満帆。ローランの経歴は、そのひと言に尽きる。
都に住まう作家で、金に困らず、人間関係も良好で、ファンも出来た。
きっと、多くの人が羨む程度には恵まれていた。
彼よりも幸福で満ち足りた人生を送っている人もいるだろうが、それ以上に不幸な人が多かったから。
相対的に、ローランは幸福だった。
けれど、それだけ。
それなりの苦労、それなりの努力、それ以上の報い。
ただ積み重ねたそれらによって構成された日常に、飽きてしまった。
窓から見る景色に。石造りの街並みに。部屋の中だけで完結する日々にも。
あまりにも起伏がなくて、無味乾燥。
熱くもなく冷たくもない平熱のお粥を食むのは嫌いではなかったが、好きでもなかった。
だから、移住しようと思った。
インクと紙の匂いだけが体に染み付く生活は充実していても、満ち足りるには不十分だったのだ。
……なんて言うと、少しばかり考えなしにも見えるだろうか。
せっかく築いた生活基盤を移すなど、よほどのリターンがなければバカバカしい思いつきでしかない。
彼の周りの家族も仕事の付き合いにある業者も、彼の本のファン達も。
全員があんまりにもあんまりな発想だと思っていた。
よりにもよって、ローランが目をつけた先は辺鄙な片田舎ばかり。
相応のリターンなんて、あるはずもなかった。
「ベルナールさん、資料をお持ちしましたよ」
「……あぁ、ありがとう。悪いね態々、こんなお願いをしてしまって」
「いえいえ、構いませんよこのくらい。我が組合の売れっ子作家のお願いとあれば幾らでも力を貸しますとも」
禿頭の男に手渡された紙をぺらりとめくる。
彼の言った言葉もはたしてどの程度が本心なのか。
心の内側に浅い思索をはせながらも、しかしローランの目的に変わりはない。
海沿いの村、川沿いの村、平原の村。
ありきたりな名前で呼ぶしかない、ささやかな村達がひとまとめに載せられていた。
指でなぞった感触は乾いていて平坦で、けれど不思議と胸を高鳴らせる魅力を秘めていた。
もしそこで暮らしたのならどんな人生を送れるのだろう。
きっと都よりも不便な暮らしになる。今まで通りの雑な近所付き合いなんて許されない。仕事をできる環境は用意できるだろうか? ファンレターを貰うのも一苦労だ。
なんて、なんて胸がときめく日常だろう。
この時ローランは、初めて恋をした生娘と同じくらい無邪気で盲目だった。
生まれて初めて自分の意思だけで、自分の責任だけで人生を背負えることのなんと輝かしいことか。
その輝きで目を盲した時点で、なんとも愚かしいと笑うべきなのだろうが……残念ながら、彼の周囲にそのような人間はいなかった。
「それじゃあまずは色々見て回るよ。なんせこれから先、根を下ろす土地だからね。人も暮らしもきちんと見ないと……またここに出戻りする羽目になりそうだ」
「はは、私はそれで良いと思いますがね。あなたの取引相手としての感想、ではありますが」
「冷たいことを言ってくれるね……それなら君個人としてはどうだい? 僕の友人としての君なら」
「もちろん……こうお答えしましょう」
中指を立てて、やっぱり帰ってきたな臆病者の弱虫ローラン! お前にはそれがお似合いだぜ!
言って、ふたりはけらけらと笑い合った。
悪意などなかった。隔意も同じく。
……けれど、ローランは。
ほんの少し、胸の奥、腸の裏に突き刺さった感触を覚えている。
臆病者の弱虫ローラン。
自分で道を選べない。選んだとていつも失敗ばかり。
ゆえに付けられたあだ名は、それでも諦めずに前を見ていた彼を愛したがゆえの言葉だった。
だったけれど、ローランはその呼び方がずっとずっと嫌いだった。
ひとり、踵に怒りを込めて踏みつける。
音なんて鳴るはずもなかった。
◇
そうしてローランの新生活は始まった。
選んだのは都からみて西側、隣国へ向かう途中にあるそれなりに大きな村だった。
特産品は香料。近くには原料でもあるカザリバナの咲く平原があって、もの好きな貴人あたりが時折慰安に赴くらしい。
そのおかげもあってか外様の人間に対する隔意はあまり強くなく、極めて珍しい移住者であるローランも受け入れて貰えた。
驚くほどにスムーズで、想像よりも苦労のない移住だったと、将来の彼は回顧するだろう。
「……へぇ、あなたは文筆家なの。それじゃああなたの家には本がたくさんあるのかしら」
「もちろん。僕が書いた本も、僕が好きな本もしっかり収めてる。幸いここは空気が程よく乾燥してるから、本にも優しい土地だからね。都に置き去りにせずによくてホッとしてるよ」
「あら、そうなの。この村にも良いところはあったのね」
夕方。
村の中、飯屋や酒屋というわけではないが、似たような役目を担うこともある大きな集会所の隅っこ。
そこに居ても排斥されずに馴染めている時点で、びっくりするほど恵まれている。
ローランは質素な丸机に肘を置きながら、ほぅと息を吐いた。
手にした杯に注がれた酒は思っていたより酒精が強く、貧弱な彼の肝臓を我が物顔で痛めつけてくる。
酒とは、大槍を持った屈強な大男だ。対する彼は貧弱なゴブリンか本の虫な少年か。
逆転の目などあるはずもない力関係にはいつもいつも悩まされてきたものだったが、しかし酒に酔う感覚自体は嫌いではない。
頭の中がふわふわふらふらと、揺らめく水面の波の上で、愉快に思考だけが踊っていく。
普段は気の小さいと自認しているローランでも、その一時だけは大男のように振る舞えるのだ。
だから、嫌いではなかった。
「ねぇ先生、飲みすぎじゃないかしら。いいの? 文章を書く人から考える力を奪っちゃったらただの葦と変わらないわよ」
「はは、何を言っているんだ君は。……僕は元から葦だよ、ただの。考える力すら弱い、ただの、ただの……」
でも、その日だけは少しだけ飲みすぎてしまって。
踊り疲れた思考は次第に静まり返って、机に突っ伏してしまった。
たまたま同席した少女に面倒を見てもらえたから良かったものの、そうでなければさっくり風邪を引いて目も当てられない状態になっていただろう。
……少女はそんな醜態を晒すローランを見ても、カザリバナのように笑うだけだった。
悪意もなく、隔意もなく、ただ面白いものを見たから笑っただけの自然な仕草。
その笑顔は、なぜだかローランの脳裏にずっとこびりつくほど綺麗で。
次の日にたまたま再会した彼女にはそれを気にした様子もなかったことに……ほんの少しだけ、喜びを覚えた。
誰もローランを知らない土地。
ローランの生家も、過去も、仕事も、何もかもを知らない人ばかりの土地。
そんな場所にたどり着いて、ようやく、まっさらなただのローランという人間が息をできるようになった気がした。
「次はあんまり飲みすぎないようにしちゃだめよ? あなたはお酒に強くないみたいだし」
「本当に面目ない……」
「でもね、くよくよと引きずるのも良くないわ。まったくもってつまらないもの! さぁ先生、まだこの村に住み始めたばかりのあなた。せっかくだもの、色々と見て回りましょう? 私が案内してあげる!」
そう言って、手を強く引かれたのを、何十年経っても忘れることはないのだろう。
風に踊る亜麻色の髪も、太陽を浴びた草のように煌めく緑色の瞳も、全て。
産まれて始めてだった。世界がこんなにも美しいと思えたのは。
……彼女の周りだけ鮮やかに色付いているように見えて、どうにも無性に──自分がこの世界で呼吸できている奇跡を、強く抱きしめたくなった。
「ところでさ、あの……本当に今更なんだけど……君の名前はなんて言うんだい?」
「ふふ、本当に今更ね。あなた、昨日同じ席であんなにお話したのに今まで気付きもしなかったのね……ふふ、本当に変なひと! ああ、でもダメよ、名乗る時は自分からでしょう?」
「ごめんごめん。僕はローラン・ベル……いや、違う。僕は、ただのローランだ」
「それで、君の名前を教えてくれるかな?」
「もちろん。私はロザリー! よろしくね、ローラン!」
◇
それからの日々も、本当に穏やかなものだった。
ロザリー。ただの偶然から始まった交友関係は思ったよりも中々途切れず、同じ方向を見る時間を少しずつ重ねていった。
夕暮れに沈む村の中で一緒に酒を交わした。
秋の風の中、一緒に薪を拾いに行った。
夜には共に空を見上げに、こっそり夜ふかしをしたこともあった。
そうした時間を積み重ねていくうちに自然とローランの世界は素朴な一輪の花を中心に回り始めていって、それが当たり前に変化するまでたいした時間は必要無かった。
そう思っていたのは、きっとローランだけではなくて。
だから、同じ未来を見始めたのも、自然な流れだったのだろう。
「僕と、一緒の道を歩いてくれないか?」
「……ふふ、いいですよ。あなたを夜道にほっぽり出したら、すぐに迷ってしまいそうですからね」
◇
やがて、結ばれた二人は大勢に祝福されながらも新たな門出を迎える。
ロザリーの出身地であるこの村に住まう人々に見守られながら、神に誓いを立てた。
この村の慣習として、花嫁に厄除けの香料を振りかけるというものがある。
それは花嫁が選んだ親友に託されることが習わしで──彼女が選んだ親友とは、アイラという女性だった。
年齢はそう変わらないけれど、ずいぶんと豪快な女性だと初対面ながらに驚いたものだ。
でも、本当に嬉しそうだったから。
ロザリーも、アイラも、二人の両親も、周囲の人々も。
だから、ローランも嬉しかった。
もはやこの村の住人こそが彼の家族であって、家族の喜びは彼の喜びにもなっていたから。
……ゆえにローランは、誰も呼ばなかった。
結婚することを手紙にしたためたのすら、結ばれてから半年以上過ぎた頃だった。
たぶん、意固地になっていたのかもしれない。
◇
そして、ついには子供も産まれた。
ぴゅいぴゅいと小鳥のような声を上げる、不思議な子供だった。
頭髪、瞳、どちらも親に似なかった子供。
けれど、そんなことはどうでもいい。
せっかく産まれてきてくれた我が子。
妻に似ておしゃべり好きな我が子。
妻に似てやんちゃで、意地っ張りで、でも妙に生真面目で。
将来が不安なようで楽しみな娘がいる日常は、ローランの人生にさらなる彩りを与えてくれた。
ローランは幸せだったのだ。間違いなく。
たとえこの先になにが待っていようとも──その日々は、間違いなく、夕暮れよりもなお眩く輝いているのだと確信できる。
「ねぇ、あなた。カナリアがね、あなたのために果実酒を貰ってきてくれたんですって! たまにはどうかしら、一緒に」
「……あぁ、ゴードンさんの蔵から、かな。後でお礼を言わないと。……少し待っててくれないか。手を洗ってくるから」
「ええ、もちろん」
ペンだこの出来た左手をさすりながら、家の裏の井戸に向かう。夜風が涼しい。春の季節にふさわしい過ごしやすい気温だった。
空気も澄んでいて、星の光がよく通る。
ローランがここに居を構えようと思った理由も、それだった。
「……やっぱりここは、空気の流れがいいなぁ」
軽く目を瞑って、思い返す。
都に住んでいた頃だ。
都は、栄えていた。
少し歩けば出店が立ち並ぶ通りがあって、装飾店や服飾店、本屋に薬屋、何でもあった。何でも手軽に手に入れられた。もちろん、金があれば、という前提はあるけれど。
とにかく、住みやすいことに違いはなかった。
近年特に流通している植物紙のおかげもあって、娯楽としての本も市民に広く行き渡るようになった。
つまり、ローランの仕事もそれだけ需要が増すということだ。
子供が産まれて以降、ますます売れ行きが好調になっているらしい。
……最初に任せていた本職人の彼は、一体どうなったのか分からないけれど。
少なくとも、今は仕事で関わっていない。それが答えなのかもしれない。
わざわざ確かめるほどの勇気は持ち合わせていなかったけれど、喉の奥にちくちくとした小骨が突き刺さる感覚が少しだけ主張している。
『────?』
「……あぁ、カナリアか。少し風に当たっていただけだよ。……まぁ、仕事で少し疲れてしまってね」
『──────!』
考えていたことをそのまま口に出すのも憚られたから誤魔化してみると、娘は黄金の瞳を柔らかく細めてローランに手を伸ばしてきた。
……撫でようと、してくれているようだった。
まったく、これっぽっちも届くはずがないのに。
知らず、苦笑が漏れる。
こういう突拍子のない行動も、やはり妻に似たのかもしれないなという呆れと──ほんの少しの喜び。
少し、屈んでやる。
すると彼の推測は当たっていたようで、娘はローランの面白みのない髪の毛を、面白そうに撫でてくる。
小さな手は、まだ苦労を知らない綺麗な色を保っていた。
叶うのならずっとそうであってほしいと、素直に願った。
「優しいね、カナリアは。ロザリー……お母さんに似たのかな?」
『──、───!』
「はは、喜んでくれてるようでなによりだ」
お返しにローランも頭を撫でかえす。
娘はぴゅいぴゅいと囀りを鳴らして、くすぐったそうに笑っていた。
(……まっすぐな目だ。逸らすことをまだ知らない、子供の目)
そうしてきらきら輝く瞳を見ていると、なんだか、自分がどうしようもない人間のように思えてしまう。
悩みも、過去も、抱えていたもの全部全部がしょうもない事なのだと。
真新しい鏡は曇りがなくて、よく見えるから──だからかつての、自信のない少年だった頃からどの程度変わっているかも簡単に比べることもできて、差異を探すことに苦労した時点で諦めた。
結局、ローランはローランでしかない。ひとは簡単には変われない。
臆病者、弱虫ローラン。
そんなあだ名を付けられたのは随分昔だったけれど、その名前はもうしばらく現役のままなのだろう。
『────?』
「……なんでもないよ。……ほら、母さんが待ってる。いっしょに帰ろう」
『──!』
それでいい。
その名を笑いたければ好きにすればいい。
だって、手と手が触れ合う、その隙間にある温度。温かさ。
それがきっと、家族を家族だと定義するもの。
そんな宝物を持つ自分はきっとこの世で誰よりも幸せで、満たされていて、くだらない嘲りが介在する隙間なんて無いのだから。
もし隙間があったとしても、妻と娘がいる限り、すぐに埋められてしまうのだろう。
──ローランにはその確信があったから、自分を認めることができた。
『──、──』
「ん? 抱っこしてほしいのかい? ……しょうがないなぁ。まだまだ僕も若いし全然この程度……うん、大丈夫、絶対大丈夫だ……」
薄く笑って、踵を踏んだ。込めたのは怒りではなく喜び。
踏まれた土が、軽やかに跳ねている。
(この子の行く先に、どうか幸のあらんことを)
もう一度娘の頭をくしゃりと撫でてやる。
すると少女は無邪気に顔を見上げて、柔らかい春風のように笑ってくれた。
まっすぐな瞳に映る男は、確かに父親のカタチをしているように見えた。
「僕も、昔はそんな風に笑っていたのかな」
そして、大切な宝物を抱えあげる。
少しずつ少しずつ、日々の中で重たくなっていく宝物を。
「うっ……しまった、まだ耐えられるか……? ……人生って何があるか分からないものだねぇ、まさか僕が娘を抱えて腰を痛めかけるなんて……」
今の姿、昔の姿。
己の父、自分自身。
それぞれを頭の中で並べて、くすりと笑った。
奇妙で変で可笑しくて、でも、どこか誇らしくもあった。
臆病者な弱虫ローランは、それでも父親だったから。
『TIPS』
カナリア
好きなもの:おしゃべり、春先の風。
嫌いなもの:苦いもの全般。
求める最期:故郷の風の中、ひとりで眠る。
ダリル
好きなもの:麦パン、野鳥。
嫌いなもの:火。
求める最期:恋した誰かに見守られながら、土に還る。
ヨハンナ
好きなもの:子供、豆のスープ。
嫌いなもの:争い。
求める最期:守れた命を抱きしめた後、ひとりで雷に灼かれる。
アイラ
好きなもの:おしゃべり、酒。
嫌いなもの:子どもの泣き声。
求めた最期:いつ死んでも後悔しないように全力で生きてきた。だから、何でも良かった。
ローラン
好きなもの:重たい本、春先の風。
嫌いなもの:過度な期待。
求めた最期:孫やひ孫を抱きしめて、風の吹く庭で眠るように。
ロザリー
好きなもの:おしゃべり、ローランが書いた本。
嫌いなもの:苦いもの全般。
求めた最期:その瞬間に笑っていられるなら、それで十分だった。
ウィティウム
好きなもの:虐げること、虐げても立ち上がれる誰か。
嫌いなもの:不死。
求める最期:この男にそんなものを求める機微はない。