「席を譲ってあげようって思わないの?」
悲しきヒステリーモンスターの魂からの叫びによって、誠に遺憾ながら目を覚ますことになってしまった。
今いるのは今日入学する高校に向かうバスの中だ。俺は座席にしっかりと座っている。
空気椅子で座っているように見せかけて、トレーニングしているわけではない。
俺は素早く状況を確認した。どうやら老婆が座席に座れなくて困っているのを見かねたヒステリーモンスターOL、長いからヒスモンが、優先座席に座っている金髪DKでストレス発散をしようと試みたようだ。
ああ、やだやだ。働くとあんなヒスモンになってしまうのか。心が荒み過ぎているな。いや、元々きつい性格かもしれないな。顔に如実に表れている。
社会に出たらあんなヒスモンとエンカするのかよ。怖すぎるだろ。競争社会を超えて狂想社会って言われても信じるぞ俺は。
とりあえず俺……乗客の迷惑だから、あのヒスモンを黙らせるか。どうするかな。
脳内選択肢
①老婆に席を譲った後、ヒスモンを論破する。
②ヒスモンを力づくで黙らせる。
③ヒスモン、お前もうバス降りろ!
ふむ。どれも甲乙つけがたいが、この後ビッグイベントが待ち構えているから一番無難な①にするか。
「お婆さん、よかったら座ってください」
俺は老婆に席を譲った。なんだかやたらと感謝されたが、たいしたことはしていない。早くヒスモンをなんとかしないと。
「そこのヒスモ……OLのお姉さん」
「何?今こっちの高校生と話しているのよ。後にして」
「バスの中でそんな大声で喚き散らしたら、他の乗客(主に俺)に迷惑だ。少しは抑えて喋ったらどうだ」
「何よ!あなたも高校生でしょう!それが目上の人に対する態度!?」
「あん?俺の目の方があんたの目より上に付いているが?」
「目上の意味も知らないなら引っ込んでなさい!」
「冗談に決まってんだろ。あんた余裕なさすぎるぜ。ストレス溜まってるとしても他人、ましてや年下の高校生に当たり散らすなよ」
「なんなのよあなたたち!良かれと思って行動したのに、私が悪いみたいじゃないのよ!もうなんなのよ……私はどうすれば良かったのよ。教えなさいよ……」
ええ……泣き出したよこのヒスモン。情緒不安定過ぎんだろ。更年期にはまだまだ遠いよな。てかこれ俺が悪いのか?俺悪くないよな?
「……あー、なんかその、すまんかった。泣き止んでくれよ、な?色々と大変だったんだろ?話聞くからさ」
とりあえずハンカチを差し出した。ヒスモンは涙を拭き鼻水をかんだ。
なんでこういう時ってみんなハンカチで鼻水をかむんだろうな?鼻水をかむのはティッシュでって教わらなかったのか?ああん?
さよなら俺のハンカチ。きみのことは忘れるまで忘れないよ。俺ヒスモンにハンカチ代請求してもいいよな?
うわ、鼻かんだハンカチ返してこようとするな!常識ねえなこいつ。だからヒスモンなのか、納得した。
ヒスモンの愚痴を聞く時間が始まってしまった。まあ、俺にも責任があるらしいからしかたない。甘んじて受け入れることにした。
職場関係(上司からのパワハラ・セクハラ、お局と取り巻きたちからのいびり、同僚との不仲、後輩からなめられる、休みと給料少ない)、彼氏と上手くいってない、金欠、ダイエットしてるのに5kg太ったなど。
うわあ、職場の人間関係終わってんな。そりゃあヒスモンになるわけだ。職場関係以外は同情の余地あるのか?わからん。
「転職しろ。彼氏と別れろ。節制しろ。食べる量減らして運動しろ。以上」
「良い転職先見つからないの、紹介して!彼氏と別れたら寂しくなるから無理!ストレスすごいから食べる量増えちゃうのしょうがないでしょ!それで食費がかさむの!太っちゃうの!運動は怠いの!」
なんだこいつ、めんどくせえ。俺が言ったこと何一つ実行しようとしねえ。あっ、そうか、共感するだけでよかったんだ。解決策なんて求めてないんだな。切り替えよう。
「お姉さん大変だったね。よく頑張ったね、偉いよ」
優しく頭を撫でた。払いのけられるかと思ったが、そんなことはなかった。
「きみ意外に優しいんだね。よく見たらすごいイケメンだし。私と付き合ってみない?」
ヒスモンは少し頬を赤らめている。どうする?
脳内選択肢
①付き合う。
②振る。
③金髪DKに擦り付ける。
①はありえねえ。相手はヒスモンだぜ?俺はヒスモントレーナーでもヒスモンマスターを目指してるわけでもない。この最悪の出会いから付き合えると思ってるなんて狂ってやがる。
付き合ったら、手錠と足枷嵌められて監禁されるんじゃないかって思っちまう。思考回路はショート寸前どころか、大爆発してかけらも残ってないだろう。
そもそも彼氏いるんだろ?別れる前に告ってきてんじゃねえよ。そういうとこだぞ。
やはり順当に②か?だが、③も魅力的なんだよな。金髪DKは我関せずといった感じで、音楽を聴いて上機嫌に鼻歌を口ずさんでいやがる。気に入らねえ。
あいつが席を譲っていればこんな状況にはならなかったはずだ。よってあの金髪が悪い!ギルティ。
「ねえ、なんで黙ってるの?私じゃダメかな?」
上目づかいで追い打ちをかけてきやがった。顔はよく見たら美人だ。だが断る!性格はドドドドドドドドドブスだからな。脳内会議に時間を使い過ぎた。上手く切り抜けないと俺の未来がないかもしれない。
返事を考えていると、タイミングよく目的地に着いたようだ。
「お姉さんは俺なんかよりもずっと素敵な人と巡り合えますよ。だから希望を捨てないでください。それでは」
俺がバスの運賃を払おうとしていると、耳を疑いたくなるような言葉が聞こえてきた。
「私もここで降りるの。これって偶然なのかな?違うよね?運命だよね?」
今日は厄日なのか?俺が何をしたっていうんだ。こんなこと考えてる場合じゃない。逃げなきゃ犯られる。
「釣りはいらねえ!」
俺は1000円札を支払い、脱兎の如く逃げ出した。
「ダーリン待って~ん、子供の名前を決めましょう?」
何段階すっ飛ばしてんだ!?誰かヒスモンを止めてくれ!いや捕まえてくれ!リアル鬼ごっこの参加者ってこんな気持ちで逃げてたのかな。
俺の明日はどっちだ!?
近いうちに、高校初日からナンパした猛者だの、OLを孕ませた勇者だの、ホストやりそうな男子ランキング一位だの、将来刺されそうな男子ランキング一位といった、不名誉な称号を授かることを俺はまだ知らない。
あたおかを制すには相手以上のあたおかになるしかない。
高円寺ともバトルする予定でしたが、ヒスモンが強すぎたため無理でした。
高円寺用の選択肢とバトル展開もちゃんと考えていたんですけどね。うーん、残念。
正義感の強い【?】OL風の女性ファンの皆様申し訳ありません。
主人公の脳内ではヒスモンのように見えております。
もしかしたら今後出番があるかもしれません。
いや、無い方がいいですね。どう考えてもまともな話にはならないでしょうから…。