守るべき城も、先祖から受け継いだ『斬刀・鈍』もない。すべてを失った彼が流魂街で手に入れたのは、銘すらない「なまくら刀」だった。やがて、虚を斬り伏せ死神の刀を弾く彼の噂を聞きつけ、とんでもなく面倒な男がやってくる。――十一番隊隊長、更木剣八。
創作初経験につきAI利用しています。
自分の好きな剣客と剣客をぶつけたいという思いから構想し、AIのサポートを借りながら形にした作品です。
全体のストーリーや会話、戦闘描写などのベースを自分で書き、校正を受けるという作業を繰り返してなんとか完成に漕ぎ着けました。
ずっと読み専だったため今回が初めての創作となり、拙い部分もあるかと思いますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
一番最初に感じたのは、砂だった。
口の中に入ったざらりとした感触を、
「……まずい」
ぺっと吐き出し、身体を起こす。そこで初めて、銀閣は気がついた。
頭上には青い空があり、雲が流れ、風が砂を舞い上げている。
遠くには、見たこともない形の家々が雑然と並んでいた。
「…………」
銀閣はしばらく黙っていた。記憶を探す必要はない。
下酷城。
斬刀・鈍。
虚刀流の鑢七花。
そして――自分の死。己が一生を費やした一撃である『零閃』を、あの刀を使わぬ剣士に破られた。
最後に見た光景まで、はっきりと覚えている。ならば。
「死んだはずなんだがな」
独り言に返事はない。自分の胸を見るが、傷はなかった。着ているものも違う。粗末な着物だ。
そして何より。腰にあるはずの刀がない。
斬刀・鈍がない。
その事実に、銀閣はしばらく動けなかった。
自分の腕が一本なくなったと言われるより、奇妙な感覚だった。
宇練銀閣という男にとって、刀は身体の一部ではない。もっと面倒なものだ。
先祖から預かり、守るべきもの。自分がそこにいる理由。下酷城を離れなかった理由。
そして、自分が死ぬ理由でもある。それがない。
「……参ったな」
銀閣は頭を掻いた。死んだことより困っているような口調だった。
やることがない。刀もない。城もない。守るものもない。なら。
「寝るか」
銀閣は再び地面に横になった。鬱陶しい砂を手で少し払い、目を閉じる。しばらくして。
「おい」
声がした。無視した。
「おいって」
まだ無視した。肩を蹴られ、ようやく銀閣は目を開けた。
顔色の悪い痩せた男が三人いた。着物は銀閣以上に汚れている。
一人は木の棒を、一人は短刀を持ち、もう一人は丸腰だった。
「新入りか?」
「さあな」
「ここらじゃ見ねえ顔だな」
「俺もお前らは知らん」
「は?」
銀閣は横になったまま答えた。
「だから、お互い様だ」
短刀を持った男が銀閣の胸倉を掴んだ。
「舐めてんのか?」
「眠い」
「聞いてんのか!」
「聞いてるから答えてる」
男が拳を振り上げた。銀閣は溜息を吐く。そして。男の身体が横倒しになった。
「え?」
残り二人が固まる。何が起きたのか分かっていない。
胸倉を掴んでいた男は右手首を極められ、足を払われていた。
短刀は銀閣の手の中にある。銀閣はただ起き上がっていた。それだけだった。
「…………」
奪った短刀を見る。刃こぼれ。錆。鍔さえない。
「ひどい刀だな」
「て、てめ……」
銀閣が軽く刀を振ると、三人が身構えた。だが斬らない。地面に突き刺した。
「いらん」
「……は?」
「もう少しまともなのを持ってこい」
銀閣が再び横になると、三人は逃げていった。今度こそ、銀閣は眠った。
それが後に流魂街の片隅で語られることになる、名もなき剣士についての最初の噂だった。
```
*
```
死後の世界。尸魂界――ソウル・ソサエティ。流魂街。銀閣がそれらの言葉を知ったのは、目覚めて三日ほど経った頃だった。
「つまり俺は死んでるわけか」
「そうだよ」
粥の入った茶碗を持ちながら尋ねると、老婆が答えた。
「ここにいる奴はだいたい死んでる。死神様は生まれた時からこっちにいる奴もいるって話だからね」
「死神?」
「知らないのかい?」
「知らん」
「黒い着物を着て刀を差した連中さ。瀞霊廷にいる」
刀。その単語にだけ、銀閣は反応した。
「刀を使うのか」
「そりゃあ死神様だからね」
「死神と刀に何の関係がある」
「知らないよ。常識だろう」
「俺の常識じゃない」
老婆が銀閣をじろじろと見る。
「変な男だねえ」
「よく言われた」
「それで?」
「刀はどこにある」
「死神様になりたいのかい?」
「なりたくない」
「じゃあ何に使うんだい」
「斬る」
老婆は黙った。銀閣は構わず粥を食べる。
「何を?」
「必要になったものを」
「怖い男だね」
「そうか?」
「少なくとも、飯を食わせてる相手に聞かせる言葉じゃないよ」
「お前は斬らん」
「安心できないねえ」
そう言いながら老婆は笑い、銀閣もそれ以上は何も言わなかった。
数日、雨風をしのがせてもらった。
借りを残すのが嫌いな銀閣は、家の屋根と壊れた戸を直し、薪を割ってから出ていった。
「どこへ行くんだい?」
「刀を探す」
「死神に喧嘩売るんじゃないよ」
「面倒だ」
「じゃあ大丈夫か」
「ああ」
歩き出した銀閣は、三歩進んで止まった。振り返る。
「婆さん」
「何だい」
「世話になった」
「……ああ」
それだけ言って、銀閣は去った。
```
*
```
刀は案外簡単に見つかった。だが、気に入る刀は見つからなかった。
一本「軽い」
二本「脆い」
三本「曲がってる」
四本「これは刀じゃなくて棒だ」
刀屋の男の額に青筋が浮かんだ。
「じゃあ買うな!」
「だから買ってない」
「毎日来て文句だけ言って帰るんじゃねえ!」
「他に店がない」
「出てけ!」
銀閣は追い出された。
翌日、「帰れ!」また来た。
その翌日、「帰れって言ってんだろ!」「まだ見てない刀があるだろ」「ねえよ!」それでもまた来た。
七日後。店主が根負けした。
「……一本だけある」
「ほう」
「売る気はなかった。昔、死神崩れから流れてきた刀だ」
奥から持ち出された刀を受け取り、鞘から抜く。細身。反りは浅い。刃文は消えかけている。幾度も研がれた、銘のない刀。
「斬魄刀とかいうもんじゃねえぞ。ただの打刀だ」
「そうか」
銀閣は一度。二度。振るう。店主には、動いたようにすら見えなかった。気づけば刀は鞘に戻っている。
「これにする」
「銀は?」
「ない」
「帰れ!」
「働けばいいのか」
「そこまでして欲しいのかよ!」
「ああ」
それから三日間。銀閣は薪を割り、荷を運び、店の屋根まで直した。
「お前、本当に金ねえんだな」
「ああ」
「なのに刀だけは欲しいのか」
「ああ」
「何でだ?」
銀閣は少し考えた。
「何でだろうな」
店主は呆れた。銀閣自身にも、よく分からなかった。斬刀・鈍はない。家もない。敵もいない。それでも。腰に刀を差した時。ようやく。ほんの少しだけ。自分が戻った気がした。
```
*
```
最初の騒ぎは、流魂街七十八地区だった。巨大な白い仮面を持つ怪物――虚が現れた。
「逃げろ!」
「死神はまだか!」
「子供が!」
路地裏で寝ていた銀閣は、うるさくて目を覚ました。
「何だ」
外を見る。巨大な怪物。白い仮面。爪。牙。
「…………」
興味はなかった。戻って寝ようとした。泣き声が聞こえた。転んだ子供の背後へ、虚の腕が伸びている。
銀閣は溜息を吐いた。
「寝かせろよ」
鞘に手を添える。
距離。
十二間。
一歩。
二歩。
三歩。
虚が銀閣を見る。
『ギ――』
抜刀。
納刀。
一瞬。
虚の右腕が落ちた。
『ギャアアアアアアアアア!』
「硬いな」
虚が残った腕を振るう。
だが。
そこにはもう銀閣はいない。
肩。
脚。
腹。
三度、刀が走る。
虚の身体から黒い血が噴き出した。
「面倒だ」
首が高い。
銀閣は瓦礫を踏み、屋根へ上がる。
そこから跳んだ。
空中で、虚の仮面と正対する。
「でかいだけか」
居合。
仮面に線が走る。
割れる。
着地した銀閣の背後で、虚の身体が粒子となって崩れ始めた。
「……?」
銀閣が振り返る。死ぬ。というより、崩れている。粒子になって。
この世界の仕組みを知らない銀閣には、それが何を意味するのか分からない。
本来、虚を斬ることは死神とその斬魄刀の役目だった。だが、そんなことを銀閣は知らない。
「斬れたならいいか」
刀を見る。刃こぼれしていた。
「……駄目だな」
そちらの方が問題だった。
```
*
```
その話が広がるのに、一日もかからなかった。名も知らぬ流魂街の男が、居合で虚を斬り伏せた。
三日後。――虚を一太刀で真っ二つにした。
五日後。――十体の虚をまとめて斬った。
七日後。――刀を抜かずに虚を殺した。
十日後。――刀を見るだけで相手が死ぬ。
銀閣本人は昼寝をしていたので、何も知らなかった。
```
*
```
「ねえ、剣ちゃん」
「あ?」
「面白い話あるよ」
十一番隊隊舎。書類の山に埋もれた執務机の上で、草鹿やちるが足をぶらつかせていた。
更木剣八は酒を飲んでいる。
「流魂街にね、すっごい剣士がいるんだって」
「剣士?」
「普通の刀で虚を斬ったらしいよ」
「死神じゃねえのか」
「違うって」
「斬魄刀もなし?」
「うん」
更木剣八は酒を置いた。
「行く?」
「まだだ」
「えー?」
「雑魚斬っただけじゃ分からねえ」
剣八はつまらなそうに言った。
しかし三日後。別の話が届いた。流魂街で騒ぎを起こしていた武装集団十二人が、一人の男に潰された。
全員、生きている。ただし、刀を持つ腕だけを斬られていた。誰一人、男が刀を抜く瞬間を見ていない。
さらに翌日。巡回中の死神二名がその男と揉めた。
二人が斬魄刀を抜いた瞬間。二本の刀が、宙へ舞った。
手首は斬られていない。鍔元だけを正確に打たれ、刀を弾かれた。
報告書の最後にはこう記されていた。
――抜刀動作、視認不能。
更木剣八はそれを読んだ。
「…………」
「剣ちゃん」
「行くぞ」
「わーい!」
```
*
```
銀閣は、その日も寝ていた。持ち主のいない古びた家の縁側。
以前と違うのは、あの名もない刀を抱いて寝ていることだった。
「……来るな」
目を閉じたまま呟く。
遠い。
まだ姿は見えない。
それでも分かる。
何かが来る。
殺気。
いや、殺気とも違う。
存在そのものが、斬るために歩いてくるような圧力。
「面倒なのが来たな」
起き上がる。
道の向こうから、一人の男が歩いてきた。
黒い死覇装。逆立った髪。眼帯。肩には小さな少女。
そして腰には1本の刀。その刀を見て。銀閣は眉をひそめた。
「ひどいな」
男が止まる。
「あ?」
周囲にいた住民たちが一斉に悲鳴を上げて逃げ出した。
「更木剣八だ!」「十一番隊隊長だぞ!」「逃げろ!」縁側の銀閣だけが残った。
「今、何つった」
「刀が酷いと言った」
「聞こえてる」
「なら聞き返すな」
剣八の口元が歪む。怒った。わけではなかった。笑ったのだ。
「俺を見て最初に言うことが、それか」
「他に何を言えばいい」
「ねえのかよ」
「ない」
即答する銀閣を見て、剣八が笑う。肩の上のやちるも笑った。
「変なのー」
「お前に言われたくない」
やちるが銀閣をじっと見る。
「名前は?」
「宇練銀閣」
「じゃあ銀ちゃん!」
「やめろ」
「銀ちゃん」
「やめろ」
「銀ちゃん銀ちゃん」
「……面倒だ」
銀閣は縁側へ腰掛け直し、刀を膝に置いた。どうやら再び寝るつもりらしい。
「おい」
「何だ」
「俺が何しに来たか分かってんのか」
「知らん」
「てめえを斬りに来た」
「帰れ」
「あ?」
「眠い」
剣八が大笑いした。
「ハハハハ! いいな、お前!」
「よくない」
「流魂街で虚を斬ったのはお前だろ」
「多分な」
「死神の刀弾いたのも?」
「向こうが先に抜いた」
「十二人斬ったってのは?」
「十二人もいたか?」
「知らねえよ」
「なら聞くな」
「全部本当じゃねえか」
「大したことじゃない」
剣八の笑みが少し薄くなる。
「大したことじゃねえ、か」視線が変わった。剣士を見る目になる。
「じゃあ俺も、大したことねえか試してみろよ」
「断る」
「何でだ」
「面倒だから」
「戦うのが嫌いなのか?」
銀閣は少し考える。
「好きではない」
「へえ」
「斬る必要があるなら斬る。それだけだ」
「俺は必要なくても斬るぞ」
「だろうな」
「分かんのか」
「顔に書いてある」
「どこに」
「全部」
剣八はまた笑った。よく笑う男だ。少しうるさい。
だが、流魂街で出会った誰とも違う。虚とも、先日の死神とも違う。
圧倒的な何かがある。銀閣にはそれを表す言葉がない。ただ、強い。それだけは分かる。
「ねえ剣ちゃん」
やちるが肩の上から言った。
「降りるね」
「おう」
少女が地面へ飛び降り、自然に二人から距離を取る。銀閣の目が僅かに細くなった。慣れている。
この男が戦うところを何度も見ている者の動きだ。
剣八の右手が腰へ伸びる。
刀の柄を握った。
「最後に聞くぞ」
「何だ」
「やらねえのか?」
「やらん」
「そうか」
刀が抜かれた。荒れた刀身。無数の刃こぼれ。美しい刀ではない。良い状態とも言い難い。だが
「…………」
剣八はその刀を何の躊躇もなく握っている。手に馴染んでいる。長い間。ずっと。
それを振ってきた者の持ち方だった。
「何だよ」
「別に」
「俺の刀が気になるんじゃなかったのか」
「気になる」
「じゃあ何だ」
「……随分長く使ってるんだな」
「さあな」
剣八は刀を肩へ担いだ。
「覚えてねえ。気づいた時には持ってた」
「……そうか」
銀閣はそれ以上何も聞かなかった。剣八も答えなかった。互いの刀について。それ以上、問う必要がなかった。
銀閣の右手が柄へ伸びる。
「やる気になったか」
「斬るんだろう」
「おう」
「なら仕方ない」
銀閣が立つ。腰を落とす。半身。左手で鞘。右手で柄。ただそれだけ。だが、銀閣から。余計なものが消えた。
力み。迷い。無駄。構えたことで何かが増えたのではない。削られた。
「へえ」
剣八が呟く。
「こりゃあいい」
「何が」
「てめえ、本当に剣士だな」
「今更か」
「噂だけならどうとでも言える」
「なら帰ればよかっただろ」
「馬鹿言え」
剣八が一歩踏み出す。
「ここまで来て帰れるかよ」
地面が沈んだ。
速い。
巨大な刀が上段から落ちてくる。
「――!」
銀閣が抜く。
甲高い金属音。
火花。
全身へ重い衝撃が走った。
「重い……!」
真正面では受けない。
刀身を滑らせる。
軌道を半寸ずらす。
剣八の刀が地面へ落ちる。
轟音。
土が弾けた。
その時にはもう。
銀閣は剣八の内側へ入っている。
抜刀した刃を返す。
首。
一閃。
剣八が顔を僅かに引く。
刃先が頬を掠めた。
一筋の血。
二人が離れる。
銀閣はそのまま。
納刀。
「浅いな」
剣八が頬の血を指で拭う。口角が。ゆっくりと上がる。
「ハ」
銀閣が嫌そうな顔をする。
「うるさくなるな」
「ハハ」
「やっぱりな」
「ハハハハハハハ!」
流魂街に笑声が響いた。
「斬りやがった!」
「見れば分かる」
「最高じゃねえか!」
「最悪だ」
「もう一回だ!」
「嫌だ。今ので帰れ」
「帰るわけねえだろ!」
剣八が再び踏み込む。
先ほどより速い。
鞘走り。
斬撃。
衝突。
だが。
「……?」
銀閣の刀が、剣八の肩で止まる。
皮膚を浅く裂いた。
それだけ。
「硬くなった?」
「違えよ」
剣八が笑う。
「霊圧だ」
「れいあつ?」
「本当に何も知らねえんだな」
「知らん」
「なら身体で覚えろ!」
横薙ぎ。
銀閣が身体を沈める。
頭上を刃が通過する。
続く膝。
肘で逸らす。
距離。
再び剣八が斬る。
銀閣も抜く。
刀と刀。
真正面。
銀閣の刀が軋んだ。
力を抜く。
競らない。
滑らせる。
剣八の力を空へ逃がし。
同時に。
脇腹を浅く斬る。
「ハハッ!」
「笑うな」
「無理だ!」
右。
左。
上。
下。
斬撃。
斬撃。
斬撃。
剣八の刀には型がない。
構えも足運びも雑。
洗練とは程遠い。
だが。
速い。
重い。
鋭い。
そして。
読めない。
「剣が雑だ」
「あ?」
「だが」
銀閣が剣八を見る。
「強い」
剣八の動きが止まった。
「……あ?」
「強いと言った」
「俺が?」
「ああ」
剣八の顔に。子供のような笑みが浮かぶ。
「だろ?」
「腹が立つな」
「何でだ!」
「何となく」
また斬り合う。
衝突。
その時。
銀閣の刀が鳴いた。
高い音。
「…………」
距離を取る。
刀身を見る。
亀裂。
本当に小さな。
一本の亀裂。
剣八も気づいた。
「おい」
「何だ」
「その刀、もう保たねえぞ」
「見れば分かる」
銀閣は刃を見る。あと一度か。二度。まともに受ければ。それ以上はない。
「……参ったな」
「何だ」
「刀が壊れる」
「そりゃ見りゃ分かる」
「お前が斬るからだ」
「俺のせいかよ!」
「他に誰がいる」
「てめえもぶつけてんだろ!」
剣八が大声で笑う。銀閣は笑わない。
刀身を見つめる。
「惜しいのか」
剣八が聞いた。
「何が」
「その刀だ」
「ああ」
即答だった。
「惜しい」
名刀ではない。銘すらない。刃こぼれもする。斬刀・鈍には遠く及ばない。
それでも。死んだ後。この世界で初めて手に入れた。自分の刀だ。捨てる理由にはならない。
剣八は一度だけ。自分の刀を見る。無数の刃こぼれ。荒れた刀身。
そして、再び銀閣を見る。
「じゃあ」
刀を構える。
「折られねえように斬れ」
銀閣の目がほんの少しだけ変わった。
「……お前」
「あ?」
「思ったよりまともなことを言うんだな」
「喧嘩売ってんのか?」
「最初に売ったのはお前だろ」
「そりゃそうだ!」
剣八が笑う。銀閣も。僅かに。口元を緩めた。
「やっと楽しそうになってきたじゃねえか」
「気のせいだ」
「嘘つけ」
「俺は寝たい」
「じゃあ俺斬ってから寝ろ」
「注文が多い」
銀閣が刀を鞘へ収める。最後まで。ゆっくりと。納刀。剣八の笑みが止まった。
「それだ」
「何だ」
「何でいちいち刀を戻す」
「居合だからだ」
「抜いたまま斬った方が速えだろ」
「そういう時もある」
「今は?」
銀閣は剣八を見る。
「戻した方が速い」
剣八の目が鋭くなる。
「まだ上があるのか」
「何の話だ」
「とぼけんな」
「…………」
「今までのは」
剣八が刀を肩へ乗せた。
「てめえの一番じゃねえ」
銀閣の指が柄の上で止まった。
「何でそう思う」
「勘だ」
「役に立たなそうな勘だな」
「戦いじゃ外れねえぞ」
銀閣は黙った。当たっている。今まで使ったものは。零閃ではない。
「出せよ」
「嫌だ」
「何でだ」
「今の刀じゃ保たん」
「俺の攻撃を受けなきゃいいだろ」
「簡単に言うな」
「できねえのか?」
銀閣の目が細くなる。分かりやすい。幼稚な挑発。だからこそ。腹が立つ。
「……一度だけだ」
「おう」
「避けろ」
「嫌だ」
「死ぬぞ」
「いいねえ」
「馬鹿か」
「それもよく言われる」
「本物だな」
剣八の霊圧が。膨れ上がった。空気が重くなる。地面が軋む。遠くの家屋の窓が震える。銀閣の着物が。風もないのに揺れた。
「…………」
呼吸しづらい。身体が重い。いや。身体ではない。魂そのものを押される。
「これが霊圧か」
「そうだ」
「便利だな」
「何が」
「いるだけで邪魔できる」
「ハハッ! そんな言い方する奴ぁ初めてだ!」
「事実だろ」
銀閣は息を吐く。一度。そして吸う。余計な思考を捨てる。尸魂界。死神。虚。霊圧。そんなものは。今は必要ない。残るのは。距離。構え。呼吸。刀。そして。斬るべき相手。剣八が。笑うのをやめた。
「…………」
銀閣から殺気が消えた。敵意も。気配すら薄くなったように見える。だが、剣八には分かる。
違う。
消えたのではない。集まったのだ。すべてが。一点へ。次の太刀へ。
「……いいな」
剣八が小さく言った。
銀閣の親指が鍔に触れる。零閃。抜刀。斬撃。納刀。三つの動作を。一つへ繋ぐ。
無駄を削る。呼吸。筋肉。視線。思考。一切を。一つの太刀へ集約する。
かつて、その手には斬刀・鈍があった。一切刃こぼれせず。どんなものでも斬る刀。
斬れば。斬れる。それが当然だった。
今は違う。
手の中にあるのは。
名もない刀。
傷だらけ。
刃こぼれ。
亀裂。
次の一撃で。間違いなく折れる。
だから、銀閣は柄を握る手から僅かに力を抜いた。
刀に無理をさせない。
余分な力で刃を殺さない。
斬る瞬間だけ。
必要なものを。
すべて乗せる。
剣八もまた、無意識に自分の刀を握り直した。
荒れた刀。
刃こぼれした刀。
名を知らぬ刀。
それでもずっと。
共に斬ってきた刀。
「来い」
剣八が言った。
「そっちから来たんだろうが」
「細けえな!」
剣八が踏み込んだ。
一歩。
地面が砕ける。
速い。
銀閣の世界から。
音が消えた。
空。
風。
家。
やちる。
すべて。
必要ない。
残るのは。
剣八。
刀。
距離。
七間。
六。
五。
剣八の刀が上がる。
四。
三。
間合い。
銀閣の親指が。
静かに鍔を押した。
「零――」
剣八が笑った。
その笑みが形になるよりも。
早く。
「閃」
剣八にも。
一瞬。
見えなかった。
ただ。
戦いだけを積み上げてきた本能が。
警告する。
首。
剣八は刀を振る。
速さを追うのではない。
斬撃が通る場所へ。
置く。
刃と刃が触れた。
甲高い音。
銀閣の刀へ。
亀裂が走る。
一つ。
二つ。
三つ。
そして。
折れた。
だが。
「――!」
剣八の目が見開かれる。
折れたのは。
斬撃の後。
銀閣の刀は。
その役目を果たしていた。
剣八の左肩から右胸へ。
斜めに線が走る。
一拍遅れて。
血が噴き出す。
同時に剣八の刀も銀閣へ届いた。
避けきれない。
右肩。
斬撃。
血。
二人が交差する。
数歩。
進んで。
止まる。
静寂。
からん。
折れた刀身が。
地面へ落ちた。
「…………」
銀閣は自分の手を見る。柄だけが残っている。
「……やっぱり折れたか」
第一声が、それだった。
剣八は自分の胸を見る。深い。今までとは違う。死覇装が赤く染まる。
「ハ」
銀閣が嫌な顔をした。
「笑うなよ」
「ハハ」
「言ったぞ」
「ハハハハハハハハハ!」
剣八が空へ向けて大笑いした。
「やりやがった!」
「何を」
「今のだ!」
「ああ」
「何だありゃ!」
「零閃」
「零閃?」
「技の名だ」
「もう一回やれ!」
「無理だ」
「何でだ!」
銀閣が柄だけになった刀を持ち上げる。
「見ろ」
「…………」
「折れた」
剣八は露骨に嫌そうな顔をした。
「チッ」
「何でお前が舌打ちする」
「これからって時に」
「俺もそう思う」
「刀のせいにすんなよ」
「お前が折った」
「半分はてめえだろうが!」
「半分だ」
「認めんのかよ!」
銀閣はしゃがんだ。地面へ落ちた刀身を拾う。刃こぼれ。亀裂。そして。最後の一撃で。役目を終えた刀。
しばらく見つめる。
「悪かったな」
剣八の目が僅かに動いた。
「何謝ってんだ」
「無理をさせた」
「刀にか」
「ああ」
剣八が自分の刀を見る。無数の刃こぼれ。荒れた刀身。銀閣に酷いと言われた刀。
「……俺は刀に謝ったことなんかねえ」
「そうか」
少し間を置く。
「置いてく気はねえんだろ」
銀閣が顔を上げた。
「当たり前だ」
「ならいい」
「何が」
「知らねえ」
「適当だな」
「うるせえ」
銀閣は折れた刀身を布で包む。柄と。鞘と。まとめる。捨てるという発想は最初からない。
剣八もそれを笑わなかった。
「剣ちゃん」
やちるが近づいてくる。
「終わり?」
「……刀がねえ」
「じゃあ終わりだね」
「つまんねえ」
「十分斬っただろ」
銀閣が言う。
「足りねえ」
「俺は足りた」
「嘘つけ」
「本当だ」
「笑ってたじゃねえか」
「気のせいだ」
「見たぞ」
「幻だ」
「てめえ!」
やちるが二人を見て笑う。
「仲良しだねー」
「どこがだ!」
二人の声が重なった。沈黙。
「真似するな」
「てめえがしたんだろ!」
「銀ちゃんも剣ちゃんも面白ーい!」
「銀ちゃんはやめろ」
「銀ちゃん」
「…………」
銀閣は剣八を見た。
「こいつを黙らせろ」
「無理だ」
「役に立たんな」
銀閣は諦めた。折れた刀へ視線を戻す。
「……次を探すか」
小さく呟く。剣八が拾う。
「次?」
「刀だ」
「また流魂街の鈍ら使うのか?」
銀閣の眉が動いた。
「鈍らかどうかは俺が決める」
「そりゃそうだ」
剣八は笑う。
「次はもう少し保つやつにしろ」
「お前が斬らなければ保つ」
「斬るぞ」
「ならお前が悪い」
「だから全部俺のせいにすんな!」
「それより」
「あ?」
銀閣が剣八の刀を見る。
「お前の刀も少しは研げ」
「余計なお世話だ」
「欠けすぎだ」
「斬れりゃいい」
「そういう問題じゃない」
「俺の刀だ!」
銀閣が。少しだけ目を細めた。俺の刀。その響きだけは。悪くなかった。
「……そうか」
「あ?」
「何でもない」
剣八が肩へ刀を担ぐ。
「宇練銀閣」
「何だ」
「名前は覚えた」
「忘れていい」
「忘れねえよ」
「面倒だな」
「次会った時」
剣八の口元が吊り上がる。
「続きをやるぞ」
「断る」
「刀持っててもか?」
「断る」
「零閃も?」
「断る」
「てめえ」
「だが」
銀閣が折れた刀を腰へまとめる。
「斬りかかってきたら」
剣八を見る。
「斬る」
剣八が笑った。
「それでいい」
そう言って背を向ける。
「帰るぞ、やちる」
「はーい!」
「帰れるのか?」
銀閣が聞いた。剣八が止まる。
「……どういう意味だ」
「来る時、迷ってなかったか」
「迷ってねえ!」
「剣ちゃん、迷ってたよ」
「やちる!」
「こっちだよ!」
「おう!」
二人が歩いていく。十歩。二十歩。剣八が全く違う方向へ曲がった。やちるも何故か反対を指している。
「…………」
銀閣は見なかったことにした。
疲れた。肩も斬られた。刀も折れた。眠い。最悪だ。縁側へ戻る。腰を下ろす。折れた刀を横へ置く。横になる。目を閉じる。だが。なかなか眠れなかった。
「…………」
更木剣八。強かった。鑢七花とは。まるで違う。七花は磨き抜かれた。完成された。刀を使わぬ一本の刀だった。剣八は違う。粗い。雑。隙だらけ。なのに。圧倒的に強い。そして。あれほど刀の扱いが雑なくせに。気づいた時から。同じ刀を持っている。
「俺の刀、か」
銀閣は自分の折れた刀を見る。斬刀・鈍はもうない。あれは。下酷城と共に。以前の自分と共に。終わった。この刀も。終わった。それなのに。自分はもう。次の刀を考えている。死んだというのに。守る城も。先祖から預かった刀も。何もないというのに。何故。まだ刀を握るつもりでいる。
「……面倒だな」
答えは出なかった。銀閣は目を閉じる。今度こそ。眠りへ落ちた。
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翌日。噂が流魂街を走った。
名もなき剣士が。十一番隊隊長、更木剣八と斬り合った。剣八を斬った。そして。生き残った。
話は瞬く間に形を変えた。
――剣八と互角だった。
――剣八を追い詰めた。
――剣八の刀を折った。
――剣八を倒した。
最後の方は。完全な嘘だった。
「誰が負けたって?」
噂を耳にした剣八が笑顔で尋ね、その場にいた十一番隊士たちが一斉に青ざめることになる。
そして、噂には初めて名前がついた。
無名ではない。
流魂街の居合使い。
死神でもない。
斬魄刀も持たない。
鬼道も知らない。
瞬歩も知らない。
霊圧という言葉すら昨日覚えたばかり。
それでも。
『剣八』
の名を冠する男の身体へ。
確かに。
刃を届かせた。
『宇練銀閣』
その名が瀞霊廷まで届くのに
そう時間はかからなかった。
斬魄刀を持つとしたら
斬魄刀名:鈍(なまくら)
解号:「眠れ――鈍」
能力:刀身に触れた霊子結合を一瞬だけ弱める。
切れ味を上げるのではなく、相手を切れる状態にして鋼皮だろうが、
血装だろうが、霊圧による防御だろうが、一瞬だけ「普通に斬れるもの」へ落とす。